♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓

神々の格子 第4部: 第10章: 錬金術的な宇宙学と、石における量子力学:

主要な「ピラミッドの人々」:エジプト人達

複雑な文明はどの様にして、完全に成長した状態で、存在へと現れるのでしょう?1905年の自動車と、現代の自動車を比較してみて下さい。「発達」の行程を見間違える事は出来ないでしょう。ですがエジプトにおいては、平行線が存在しません。その始まりの時点から、全ては其処に存在しています。その謎への答えは勿論、明らかなのですが、それが現代の考え方に普及しているものと反発するために、それは殆ど真剣に考えられません。エジプトの文明は「発達」等では無く、遺産でした。

「このオルタナティヴ(選択肢)の示唆は明らかです。もし、エジプトの科学、宗教、そして哲学の、まとまって、完全で、そして相互関係しているシステムが、エジプト人達によって発達させられたのでは無く、後継されたものなら(そして恐らく、彼等の必要性のために再編成され、再デザインされたものなら)、そのシステムは、知識の高い秩序を所有していた、それ以前の文明から受け継がれたものでしょう。言葉を変えると、このオルタナティヴは、「アトランティス」の古い問いを浮上させます。」

ジョン・アンソニー・ウエスト、
空の中の蛇、13ページ、197ページ(加えられた強調は、ファレル博士のもの)

第10章: 錬金術的な宇宙学と、石における量子力学:
ナブタ・プラヤの謎めいた巨石群


「・・・科学の歴史は、歴史のその他全ての形状と同様に、勝者によって書かれます。故に、17世紀において、ヘルメス的な伝統の支持者達と、私達の理論的で、物質主義的な哲学を結果的に産出した科学の伝統の間に知性的な論争があり、ヘルメス主義者達が勝利する一歩手前まで行っていた事を知る人は、殆どいません。彼等が勝利していたなら、私達は間違い無く、今日までも先進的な科学を保有していたでしょうが、それはとても異なって見えて、そして「感じられた」でしょう。」
ジョン・アンソニー・ウエスト

大いなるナイル川のアスワン・ダムの西、約100マイルの、エジプトの砂漠の真っただ中の、人里離れたナブタ・プラヤと呼ばれる場所に、人は、「エジプトのストーンヘンジ」を見つけます。1973年に、フレッド・ウェンドルフと彼の考古学チームによって発見され、その遺跡は直ぐに発掘され、そしてそれと共に、殆ど考え難い謎が掘り出されたのは、その構造にコード化された物理学の最も詳細な検証を行った天文学者、トマス G. ブロフィーによると、「7,000年以上前に住んでいた人々が、天文学と物理学の、私達の現在の理解よりも、更に先進的で技術的な知識を持っていたかも知れない、」ためです。

現時点において、この遺跡がグリッドの重要な地点に位置しているか否かを特定する事は難しいですが、そうであれこの遺跡が私達の注目を集めるのは、正にそれが表わしている先進的な物理学と天文学の知識に関して、それが実証している知識のためです。ブロフィーによると、この太古の巨石群的な構造において、少なくとも3つの段階の洗練性が含まれ、その後者2つが、歴史の基準的で学術的なモデル(通説)のために、最もシリアスな難しさを構成します:

1)肉眼で、空に観測出来る物体(天体)の、配置/配列、そして出来事を示す、地図とマーク(印し)。

2)(明らかに)肉眼では観測出来ない、天界的な現象と出来事を示唆するマーク。

3)星々の距離、星々が私達から離れて行く速度、私達の銀河(天の川)の構造、そして私達が近代において発見したばかりか、または(例えば星々の周りの惑星的なシステムの様な)、今現在、私達にとって利用可能では無い(知らない)情報である、宇宙の起源の情報の様な詳細な、天文学的で宇宙学的な情報。

歴史の基準的で学術的なモデルにとって、更に悪いのは、この全てがその遺跡の中に配置/配列され、その天文学的な配置/配列が最後に起こったのが、紀元前16,500年だったためです!

これが重要な点なのは、それが - (歴史家)マネソをその中に含む - 古代エジプト自体の伝説と歴史的な記録に協力証言するためで、つまり、その文明は、基準的で学術的な(歴史的)組織描写が許す(通説)より、遥かにもっと古く、そしてそれはまた、彼等の文明が遺産的な文明であると言う、古代エジプト人達の見解に協力証言します。

ですがこれが、ナブタ・プラヤの巨石群によって提示された唯一の問題では無いのは、それらがエジプトに関連させられる最も有名な遺跡、ギザに親密に結びついているためで:ナブタ・プラヤとギザの両方が、宇宙的な中心を指すは位置/配列を有するためで、そしてギザの場合、宇宙的な中心へのこの配置/配列は、紀元前10,909年に起こりました。ナブタ・プラナの場合において、私達が目撃しているのは、文字通りの、そしてとても洗練された「石における宇宙学」であるとブルフィーは主張します。

A. ナブタ・プラヤにおける、天体的な配置/配列

その巨石群が、本当にどれだけ詳細で、複雑なのかを見るために、人は、ブロフィーがナブタ・プラヤにおいて発見した、天界的な配置/配列を見るだけで十分です。

その基本的な形状においてナブタ・プラヤの遺跡は、石の板のサークルで - 「カレンダー(暦)のサークル」で - ヨーロッパと南米の多くのその他の遺跡と同様で、そしてそれは明らかにとても古いものです。この「カレンダー・サークル」は、そのカレンダー・サークルにおいて、見解の「窓」の2つ(の線)を形状する、より大きい門の石の4つのセットと共に、砂岩の塊の外側の淵(輪)を構成します。そのサークルの内側には、6つの、より大きな石があります。それらの板の最も大きなものは、約3フィートの長さで、そして最も小さいもので、1フット弱です。そのサークルの直径は、10フィートから11フィートです。

しかしながら、これに加えて、その遺跡はその後、土の中に埋められた更なる2つの地下に埋められた層を有する事が発見され、故にその遺跡の全体を、複雑な3次元的な物体にし、これから見せられる様に、それが構築された方法の中に、凄まじい度合の知識と意図を見せます。

天界的な配置/配列 - パート1

ナブタ・プラナの構築の中へと注入された、知識と意図の複雑な洗練性が、その遺跡の最初のレベル、地表の「サークル」自体において明らかなのは、その構造の中にコード化(暗号化)された、様々な天文学的な配置/配列とその他の天界的な特徴があるためです。その最初で、最も明らかなのは、直ぐに異例性で人に立ちはだかる、それらの配置/配列です:

「それらの中央の6つの石の3つは、紀元前6,400年から4,900年の間の夏至の近くのメリディアン上に現れたオリオン座のベルトの図表です。「メリディアン」は単純に、空の中で北から南に通る線で、そして故に、星々が東から昇り、西に沈む、それらの夜間の移動において通る、中間点、または「メリディアン」です。故にそのカレンダーの内側は、星を見る図表としての、明らかな使用がありました。」

その中にあるのがその異例性で、そしてそれはある意味、時代錯誤的なものなのは、殆どの人達が気付いている様に、(古代)エジプトの宗教はオリオン座の上に執着していて、そして神々、オシリス、セット、アイシス、そしてホルスの周りに結び付けられた、死と再生の複雑な神話を発達させました。その星座は、彼等にとって、オシリスの再生/復活の概念の変動的な印しに成りました。ナブタ・プラヤ・サークルの中心における6つの巨石は、明らかに、オリオンの6つの星:アルニタク、アルニラム、ミンタカ、ベテルギウス、ベラトリックス、そしてメイッサを体現しています。

ですから、最も古い(古代)エジプトの構造物と、エジプトの宗教自体以前の構造が、エジプトの砂漠において何をしているのでしょう?もしくは、言い方を変えると:オリオン座への執着は、何故なのでしょう?

年代的な時代錯誤性を更にもっと悪化させたのは、そのカレンダー・サークルの中に、より以前の(古い)配置/配列のコード化を、ブロフィーが直ぐに発見したためです。記述された様に、それ等の石の内の3つは、紀元前4,900年から6,400年の間の配置/配列を示していました。ですが、その他の3つには問題がありました:

「そのカレンダー・サークルの中央の石のその他の3つの明らかな重要性は、先史時代についての一般的な推測(通説)に一致させる事がかなり難しいです。それらのその他の3つの石は、紀元前16,500年頃の数世紀において夏至の日の入りのメリディアンに現れた、オリオン座の頭と肩の配置/配列の図表です。その日付けは、春/秋分点の歳差に関して、オリオンのベルトの星々の一致である、紀元前5,000年の左右対称的な正反対で、そしてそれらの両方の日付けは、オリオン座の傾きの度合の究極(最大と最少)です。故に、その石の図表は、春分/秋分点の歳差のサイクル(周期)、25,900年を通した時間、位置、そしてオリオン座の傾きの振る舞い(運動)とそのパターンを、どの様に観測的に理解するかを描写します。

人が、このより早期の配置/配列を、その構造の年代設定として利用しようと試みると、ナブタ・プラヤが驚きを隠しているのは、より新しい遺跡が、その構築よりも数千年以前の配置/配列を明らかにコード化している明確な例であるためです:

「その図表における南部の3つの石の場合もまた強いのですが、幾人かの調査人達にとって不安なのは、ナブタ・プラヤにおける紀元前16,000年の、(人の)活動の証拠は未だに無い為で、そしてそのカレンダー・サークルが其処まで古いと言えないのは、それがより新しい地層の上に設定されているためで、そして古代人達が、歳差運動による、長期的な星座の傾きの変化を知っていたであろうと言うアイデアに傾かせます。

言葉を変えると、(古代)エジプトの王朝時代に先駆けて、歳差運動の知識を誰かが知っていて、その周期全体を(i.e. 25,900年を)そのカレンダー・サークルの中にコード化したと言う事です。

ナブタ・プラヤのストーンヘンジ
1S5circle.jpg

(代理の図:オン・ライン電子書籍の270ページのサークルの中には、オリオン座が描かれているのに着目して下さい。)

これ等のいずれも、しかしながら、創始的な人々の、原始的/未熟な科学技術と共に、構造物において観測するか、または安置/奉納するかのどちらにしても、その人々の能力を超えていませんでした:

「・・・太古の空の観測者達に、科学技術、または数学の使用が無かったとしても、もし彼等がそうしたいと欲していたなら、幾何学(立体性)的で太陽中心的な上昇を判断出来なかったと推測するべきではありません。賢明な観測者は単純に、星の上昇が明らかに目に見える間の、その年の数日間の間に、その星の上昇を観測したでしょう。もしその太古の空の観測者が、春分/秋分点が何時なのかを知っていたなら、人は単純に春分/秋分点における星の上昇のその日の時間を推定し、それが幾何学的で太陽中心的な上昇なのかを判断したでしょう。科学技術や数学が無かったとしても、それは太古の巨石(文明)的な天文学者にとって、達成可能な事です。

「故にナブタ・プラヤの巨石群的な天文学の、これまでのこの分析において、通常、石器時代の科学技術の低いレベルと推定される、太古の人々によって、それらの配置/配列がデザインされたと言うのは、可能です。そのデザイナー(設計者)達は驚く程のエレガンスと聡明さを体現しましたが、彼等が創始的な科学技術と共に、それを成し遂げたと言うのも可能です。」

ですがこの簡単な説明は、ブロフィーがそのカレンダー・サークルの、より深く詳細な分析に向かった時に、崩壊しました。

彼が扱っているのが、単なる石器時代の科学技術などでは無く、遥かにもっと優れていて、洗練されている構造であると言う最初の手掛かりの一つを彼に示唆したのは、基準的な誤差も含めて、星々を体現しているそのサークルの石の間の距離と、それらの近代的で天文学的な測量の類推を比較した時でした。その結果は?ナブタ・プラヤの測量は、近代的で天文学的な測量に比較された時、驚く程に正確でした。

「これはナブタ・プラヤの巨石群的な地図のこの分析の、最初のとても重要な結果です。星の距離は測量するのが難しいものです。星の進化の天文物理学に基づいた、近代的な科学の星の距離の最善の推定は、最近までとても不正確なものでした。大気圏の上(外)の、ヒッパルコス衛星観測所の発射と共に唯一、(地球が太陽の周りを公転(放射)する際の、星への異なった角度の測量である)パララックスを直接測量出来る様に成り、星の距離のほぼ正確な測量を達成出来る様に成りました。もしそれらの星の距離がナブタ・プラヤの地図の意図された意味で、そして偶然では無いのなら、すると、私達が先史的な人間の文明について知っていると思っている事の多くは、見直されなければなりません。ナブタ・プラヤの巨石的な地図の更なる研究は、これが実際に、偶然では無い事を証明します。

ブロフィーの慎重に選ばれた言葉の背後にあるのは、その様な距離が、肉眼、または石器時代の科学技術の方法によって、正確に観測される、または計算される事が出来なかったと言う驚くべき示唆です。その場合の本質によって、それらは洗練された科学技術と数学的なテクニック(技術)を必要としました。

正にどれだけ洗練されていたのかが明かされたのは、ブロフィーが、星の距離だけでは無く、公転的な速度まで、彼の分析を拡張した時に、新たなレベルの複雑性が明かされた時です(そして思い出してもらいたいのは、私達が未だに表面(地表)の構造だけを扱っている事で;私達がまだ、ナブタ・プラヤに埋まっている本当に驚くべき物事に出会ってはいないと言う事です!)。そのサークルの北半分における巨石の配置/配列が、地球から離れて行っている星々の「速度を示している」事を観測し、ブロフィーはその後、観測の連続を行い、そのそれぞれは、先史時代の一般的(通説的)で学術的な見解を膨大に不安にさせます:

「ナブタの巨石群の地図(図表)において、今の処、南部のそれぞれの配置における巨石の一つは、その星への物理的な距離を体現し、そしてそれぞれ一致する北部の配置の巨石の一つは、その星の公転(放射)的な速度を体現しています。また、北部と南部のそれぞれ一致する巨石の対の位置は、巨石の相応する数を含んでいます。

・・・

「もし私達がその遺跡を、天文学的な地図(図形)として見続け、そしてそれぞれの配置/配列が、主要な星に加え、二次的な石を体現している、一つの主要な石を有していると注目するなら、考えるべき明らかな問いは、それぞれの線におけるその他の巨石が体現しているのは、惑星であるか、または主要な星(恒星)への二次的で「同伴的」な星かと言う事です。

「この論説がまだ、観測に対してテストされる事が出来ないのは、現代の天文学者達が、それらの星々の惑星的、そして同伴的なシステムを、まだ観測出来ていないためです。太陽系外の惑星の察知の科学技術はかなりの速さで発達しているので、私達は近い内にそれらのシステムを観測する事が出来るでしょう。

「しかしながら、私達はこの論説の物理学をテストする事が出来ます。もしその論説がそれ等の石に応用されるなら、するとその巨石群は、惑星的な運動の天文物理学的な法則に沿って配置されなければなりません。」

言葉を変えるなら、ブロフィーが提案しているのは、その遺跡を構築するために「どの様な天文物理学的な原則が使用されているのかをテストするために」、基準的で天体的なメカニクス(機械性)の原則に沿って、その遺跡を「逆技術開発する」と言う事です。

これが行われた時、(公転)軌道的なダイナミクス(流動性)の物理学は、「その流動性、または軌道的な運動と共に」全く一貫的であっただけでは無く、その正確性は近代的な実験の多くよりも優れて正確でした。ブロフィーはこの結果に対する彼自身の驚きを記録します:

「実際の科学的、または技術開発的なデータを計算した読者達は、私が(そのデータ)のプロット(配置/配列)を見た時に、あわや床にぶっ倒れそうに成った事を理解するでしょう。それらの巨石の位置の印しが、7,000年、またはそれ以上以前に構築されたその遺跡からの実際のデータで、そしてそれらが、良質な近代の実験の多くが、それらの論説において最初に当てはまるよりも、もっと上手く物理学的な論説に当てはまる事を覚えていてください。」

言い換えると、人が扱っているのは単なる巨石的な科学技術、またはテクニックであるだけでは無く;その遺跡を建てたのが誰であれ、ある点、そしてある度合いにおいて物理学の洗練された知識に頼っていて、その知識はその遺跡の建築者達よりも以前のものでなければならず、そして彼等に手渡された(受け継がれた)ものでなければならないと言う事です。

ブロフィーの、紀元前16,500年と4,940年の配置/配列の図表
オン・ライン電子書籍の273ページ参照:

2.地表下の構造と宇宙学的な意味 

私達は既に、ナブタ・プラヤが、地表下の層、またはレベルを有する次元的な構造の遺跡である事を観測しました。それらの考古学は、その通常(通説的な)、使い古された「墓と宗教」の体系の線に沿って解釈される事は出来ず、「骨と墓の埋蔵品」を見つける事を望んでそれらの周りを発掘しましたが、そうする事が出来ず、それらの地表下の巨石群を、単純に「複雑な構造」と名付けました。それらは、より正確に、地表下8フィートから12フィートの岩盤へと刻まれた彫刻です。

それらの内の一つは、考古学者達によって複雑な構造物 A と名付けられ、天の川全体の類推の地表的な彫刻を含みます:

「私達の天の川に対する、小規模で、衛星的な銀河である、最近発見された射手座矮小(わいしょう)(楕円)銀河は、銀河的な螺旋の腕として、その彫刻の上の正確な位置に体現されているかも知れません。実際に、射手座矮小銀河の形と位置の、最近の天文物理学的な分析は・・・(英国)王立天文学学界の月間報告の電気的な空の描写よりも、ナブタ彫刻の体現に、より遥かに緊密に当てはまる事を示唆します。」

再び、人が理解しなければならないのは、これが意味するのが、洗練された先進的で科学的な知識無しで、単なる巨石文化が、その様な図表を刻む事が出来なかったと言う事で、その知識は、その正に根本において、現代において有されている科学技術と同一基準のものが必要とされるためです。

更に先に進む前に、複雑な構造物 A の、ブロフィーのスケッチの検証が必要です。

西に向いた際の地表下の複雑な構造物 A の、ブロフィーの図表
オン・ライン電子書籍の275ページ参照:

北に向いた際の地表下の複雑な構造物 A の、ブロフィーの図表;「宇宙学的なレンズ」は、はっきりと見られます
同ページ参照

私達がこの章の残り部分において考える様に、この図表から、複雑な構造物 A は、それが3つのはっきりと異なった層において存在するために、正に「複雑」であることが明らかです。一番底の層 - 天の川の彫刻自体が - 考えられた時、その結果は、再び、この遺跡が原始的な巨石文明の産物であると言うアイデアに対して、更にもっと否定的です:

「それは驚きかも知れませが、ナブタ・プラヤにおける「複雑な構造物 A 」の下の岩盤の彫刻は、特定の時代:紀元前17,700年における、宇宙的な中心の、春分/秋分点が、太陽中心的に上昇する、私達の天の川の天文学的な配置/配列の正確な描写の様に現れます。」

言い換えると、この構造を構築したのが誰であれ、最近に成って発見されたばかりの、天の川に対する衛星的な矮小銀河について知っていただけでは無く、天の川の宇宙的な中心の、十分に正確な天文学的な知識を持っていたと言う事です。

ブロフィーは、しかしながら、その構造物における驚きの発見の、彼のリストと共に終わったわけでは全く無く、そして、私達がナブタ・プラヤの謎の、最もパラドックス(矛盾)的で時代錯誤的な部分にアプローチし始めるのは此処においてです。彼がその複雑な構造物を調査した際に、ブロフィーはある事を発見して:つまり、物理的な構造の中の段階(レベル)に加えて、それがコード(暗号)化している、構造と天界的な空間の間の類推において使用された1つ以上の層、またはレベルのスケール(寸法/尺度)があったと言う事でした。其処には、実際に、3つのスケーリング(尺度/規模)の法則がありました:

「惑星と、同伴的な恒星のための17.0 AU (天文学的な単位)/ m (メートル);恒星のための0.799 LY (光年)/ m ;そして銀河のための17,600 LY / m です。その地図(図表)の設計者は、その地図上に、異なった種の物体を一緒に納めるために、異なったスケール(規模)を使用する必要がありました。(惑星、恒星、銀河などの)物体のそれぞれの種は、その種のためのスケールに沿って、その地図上に配置/配列されました。物体の異なった種のための異なったスケールは、「スケーリングの法則」と呼ばれました。その他のスケールにおける、その地図上の更なる情報のための探求をするために、私達の天文物理学的な逆技術開発(逆算)を続けるなら、そのスケーリングの法則におけるパターンに着目するのが理論的です。もしその様なパターンがあるなら、人はそれが自然的で、非次元的なパターンであると予測するでしょう(非次元的は、メートルやフィートの様な、人工的な寸法の使用に頼らない事を意味します)。

「(それぞれを、地上におけるメートルから、空におけるメートルにおいて表現する事によって、故に「メートル」を消去し、)その3つのスケールを非次元化し、そして自然的な対数を取ると、数字全体の連続:(29,37,47)を産出します。それらは素数です。そしてその数字は、ログの直線的な繋がりにおける、次の最大の素数を選択する事によって与えられたパターンに当てはまる様に現れます。その様な連続における、その地図の次のスケールは59によって与えられます。

「この次のスケーリングの法則は、ナブタの地上における1メートルが、空における28億7千万光年に等しい、新たなスケールを与えます。」

別の言い方をすると、その構造物の複雑性と、関わっているスケーリングの法則が意味するのは、再び、その遺跡を構築したのが誰であれ、彼等は、彼等に手渡された(後継された)知識と科学技術の土台の上でそうしていて、ナブタ・プラヤの地図の中に描写された幾つもの物体(天体)を観測する能力は、そうするために十分で科学技術的な洗練性を示唆するためです。

私達がその遺跡において目撃しているのは、言い換えると、とても太古の、とても高度な文明の遺産による構築で、そして故に、再び、私達が見ている遺跡において、その正に構築が、その文明の生き残りの幾人かのエリート達に指示され、恐らく、行われたと言う事です。

これは、「宇宙学的な彫刻」としか呼びようのない、複雑な構造の中の巨石と、その中にコード化された異様な/驚きの天文学的で天文物理学的な情報に私達をもたらし、その情報は再び、私達自身の現代と同一基準な物理学の洗練性の度合へと、明らかに指摘します。

まず最初に、通常の(通説的な)考古学が、コード化された数学を殆ど無視して、その構造が「牝牛の儀式的な描写」であると推測し、意味の無いカテゴリー化を応用する事を主張するのに着目し、ブロフィーは奇妙で数学的な一致に注目し、そしてそれを長文で此処に記述するには価値があります:

「太陽から、その彫刻の外側の球体的な(円の)エッジまでの距離は、スケーリングの法則によると、約60億光年です。これは、その彫刻された石が、創造の宇宙学的な「ビッグバン」を体現している事に、高度に示唆的です。恐らくそれが表わしているのは、(約50億年前とされる)私達の太陽系の起源の時の宇宙の歳(年代)です。または、もしかすると、その地図の設計者達は、その彫刻のカーブの半径では無く、直径が、現在の宇宙の歳を体現する事を意図したのかも知れず - 120億年とされています。もしくは、3つ目の可能性は、それが体現しているのが現在の宇宙の歳が60億年であると言う事で、それが意味するのは、私達の天文物理学的なモデルが、約2倍規模で間違っていると言う事です。

・・・

「この彫刻の宇宙学的な重要性の更なる協力証言は、その形、サイズ、そして配置/配列に見つけられます。1つの角張った突起を除けば、その石の角度のある角がある側面は、横の下降の2つの線によって定義される形に照合し、そして天辺から底辺まで、直角の上昇の2つの線によって定義されます。ナブタ・プラヤからほぼ東と、その上を観測した際の、銀河的な中心のための、その様な下降(下り)の窓の描写(この本の237ページ、オン・ライン書籍の275ページの図表)に、これは現されています。故にその彫刻の形は、天の川の彫刻における太陽の位置から外側に向けて配置された際に、銀河的な中心のための「下降の窓」を形成します。その彫刻(巨石)はその様に慎重に配置された様に現れ、この下降の窓は、銀河的な中心の下降の運動の幅全体に対照する様です。」

ですがナブタ・プラヤの「複雑な構造物」は、更にもう一つの驚きを有していて、そしてそれは全ての中で最も息を奪うものでした。

B. 基準的なモデルのための最大の問題:
ナブタ・プラヤにおける量子力学の定数の類推


ブロフィー博士が発見したのは、その他全てのコード化された数学に加えて、その複雑な構造物の中に量子力学の定数の、実際の係数を実に体現したコードで、20世紀におけるそれらの(再)発見の数千年以前に、でした!再び、ブロフィー博士の、彼自身の言葉で、その行程を描写させるのが最善です:

「最後に、私達がそのスケーリングの法則の連続を応用すると、素数79の逆数的で自然的なログが、知られている宇宙よりも遥かに大きい物体だけを体現出来るスケールを与えます。しかしながら、もし私達がそのスケールを、マクロからミクロコズムに此処で反転させると、そのスケーリングの法則の連続は、極度に小さな物を体現する事の出来るスケールを産出し:ナブタにおける0.505メートルは、1プランクの長さに同等です。

「プランクの長さは、物理学において原則的な長さと考えられています。それは自然の原則的な定数で、そしてそれは自然の原則的な定数のその他3つから派生する自然的な長さで:プランクの定数、宇宙/統一的な重力の定数、そして光速です。殆ど想像しがたい小ささの、1.6 x 10-35メートルにおいて、プランクの長さは、知られている物理学が分解出来るよりも小さなサイズです。このスケールにおいて、その牝牛の彫刻(宇宙学的な彫刻)は、1プランクの長さの厚さに近いです。ですからその宇宙学的な彫刻は、プランクのスケールの彫刻と重ねられる(2重にされる)かも知れません。」

此処において実際に述べられている事が何なのか、慎重に着目して下さい:その宇宙学的な彫刻は、とても大きなものの物理学のモニュメントであるだけでは無く、同時にとても小さなものの物理学で、そしてこれが示唆するのは、その遺跡を構築したのが誰であれ、現代物理学の聖杯を持っていた、または所有していたと言う事で、統一された物理学で、概念、または方程式の同一のセットから、マクロとミクロの物理学的なメカニクスの全てを説明出来ると言う事です。

ナブタ・プラヤにおいて存在しているのは、言葉を変えると、理論的で物理学的な統一よりもむしろ、技術開発された統一を示唆している技術開発された物理学的な構築を強く暗示していて、そのアイデアは私が最初に、私のギザの死の星の中で提案したものです。其処において私は、ブロフィー博士と同様の現象を観測し:グレート・ピラミッドは次元的な寸法において量子力学の様々な定数の、数字的な係数をコード化し、同時に、大きなスケール(マクロ)の物理学の類推もコード化する様に現れると言う事です。

この全ては、それら全ての中の最も衝撃的な発見へと、ブロフィー博士を導き:その複雑な構造物は、実際に、超-次元的な物理学の類推でした:

「・・・宇宙学的な彫刻上の(その)角張った突起は、時空間の全てに対して、ある意味直角/垂直的な2つの平面によって定義されます。その地図(図表)の銀河的な部分において、直角/垂直的な平面が紹介されると、それは全く新たな座標システムを体現しました。同様に、その宇宙学的な彫刻上の、直角/垂直的な平面の突起の角張った形、そして/またはサイズは、時空間の直角/垂直的で物理的な次元についての情報を体現するかも知れません。特に、恐らく11次元と推定されていますが、どれだけ多くの物理的に意味のある超次元があるのかと言う様な、複数次元のプランクのスケールの物理学の要素を体現する、自然的な方法でしょう。

言い換えると、ナブタ・プラヤの技術開発者達は、超-次元的な物体と物理学自体の類推を構築していました。実際に、これがとてつもなく重要なのは、とても大きなものと、とても小さなものの物理学を統一しようと言うあらゆる試みは、その本質において超-次元的でなければならないためです。

再び、それらの発見の凄まじい本質を見逃す事は出来ず、そしてそれらの重要性が完全に理解される様に、はっきりと明言されなければならず:その全体において、そして特に複雑な構造物 A において、ナブタ・プラヤを構築したのが誰であれ、定義によって、19世紀と20世紀における私達の時代において派生し始めたものと、少なくとも同等に洗練された、物理学と数学的なテクニックを持っていなければなりませんでした。私達は間違いなく、一般的な考古学がそれらの構造物に主張する「儀式的な牝牛」や、その他全てのノンセンスなどを目撃しているのではありません。私達が見ているのは、必然的に、とても太古からの、そして凄まじく洗練された科学的な文化からの、何らかの構造物の遺産で、石器時代の人は間違いなく、量子力学の定数の知識など持ち得なかったためです。

C. まとめ

ナブタ・プラヤにおいて私達が対面しているのは、全てが言われ、行われた時、石における錬金術(化学)的な建築で、量子のメカニクス(機械性)と天文物理学的で天体的なメカニクスの、洗練された、そしてつい最近、発見されたばかりの定数 -  そして故に原則の - 錬金術的で石版術的な体現です。これが示唆するのは、とても大昔にこの驚きの構造物を造った者達が誰であれ、唯一、情報/知識を良く知らされたエリートだけが、出元であった知識の生き残りである、知識の後継に基づいてそうしただけでは無く、この知識は、順を追って、現代の物理学が未だに解読していない方法で、とても大きなもの(マクロ)と、とても小さなもの(ミクロ)の物理学が、どうにかして深く相互関係していると見解しました。彼等は、実際に、物理学の聖杯を所有していたのかも知れず:全ての物理学的な力を説明し、統一した、統一化された理論です。

それが錬金術的な構造なのは、端的に、マクロコズム(大宇宙)からマイクロコズム(小宇宙)まで広がるスケール(寸法)からの、物理的な媒体(エーテル)とその現れの全てを、それが体現する深遠な知識のためです。

それが錬金術的であると言う事は、しかしながら、その遺跡が唯単に、特定の数学的な定数と関係を記録している以上に、何らかの機能的な目的を有していた事を示唆します。言うなれば、むしろそれは、それが記録した正に媒体をある意味、操作するためにデザインされました。

その遺跡に、その様な機能的な目的があったのでしょうか?ブロフィーは、ナブタ・プラヤの巨石群の技術開発者達が、最低でも、以下の3つの事を有していたと結論します:

1)「・・・私達が、現代の高度な科学技術と共に唯一達成出来る、とても先進的な天文学の知識;」

2)「・・・今日の私達の基本的な物理学と天文学の理解に同等、またはそれを超える知識;そして、

3)「・・・私達自身の(現代の)知識に類似した、天文物理学的な銀河の知識と、その中における私達の状況です。」

しかしながら、ブロフィー博士でさえ、その遺跡の機能的な目的において、単なる記録化以上の何かがあると知覚しました:

「・・・その地図(図表)の、天文物理学とミクロ物理学的な重要性は(言うまでも無く)、その最も興味深い要素は、それが何らかの機能を描写する様に現れる事かも知れません。その様な機能は、銀河的な中心にある、超巨大なブラックホール、ビッグバン、太陽(恐らく、春分/秋分点の日の出)、地球の自転の地軸、そして人間の間の、特定の配置/配列に関わる様です。この地図の統一化された理解は、ギザのモニュメンツ(構造物)において示唆された配置/配列と共に、そして恐らく、未だに解読されていないその他の巨石的な構造と共に、この機能をピンポイント(指摘)し、それをどう使えばよいのかを示唆するかも知れません。この機能は、スペクトルの一方で、純粋に物理学的な行程を含んでいて、またはそのスペクトルのもう一方で、人間の意識を含んでいるのかも知れません。

「シュメールの様なとても太古の記述の幾つかにはヒントがあり、その様な正に天文物理学的な-人間の関わり合いを描写すると解釈されるかも知れません・・・その紀元前17,700年の春分/秋分点の配置/配列の日付けにおいて、その銀河的な中心は、太陽と共にとても近くに昇り;故に両方の天体は、日の出の約40分後に、その宇宙学的な彫刻によって定義された「下降の窓」に入りました。その様な「銀河的な門」が、もし本当に存在するならば、未だに知られていない人間の意識と物理学の間の、相互関係の何らかのメカニズムを必然的に伴わなければなりません。

ですが私達は、その手掛かりが何であるかを既に目撃しました。

ナブタ・プラナの構造複合体は、とても大きなものと、とても小さなものの物理的なメカニクスの統一化を示唆している、超-次元的な物理学をコード化しています。それは故に、ダイナミック(流動的な)トーション(ねじれの力)の物理学をコード化し、旋回しているシステムの中の、サイクル的(周期的)なシステムの中の、旋回しているシステムです。私の著書、バビロンのバンクスター達の読者達の殆どがまた気付いている様に、これはまた、人間の振る舞い(行動/活動)の集合における、サイクル(周期)的なシステムも含みます。

しかしながら、ブロフィーが提案する様に、意識への、より直接的なリンクはあるのでしょうか?そしてもしそうであるなら、超-次元的な幾何学(立体性)と物理学は、その構図の中へと、どの様に当てはまるのでしょうか?

・・・貴方自身を身構えさせて下さい・・・

補足記述:
オン・ライン電子書籍の282-283ページ

  1. Category: None
  2. / trackback:0
  3. / Comments:0
  4. [ edit ]


Only the blog author may view the comment.

Profile

Songcatcher

Author:Songcatcher
現在地:ルネッサンス2.0









鼓動と呼吸:緊縮と拡張・・・

songcatcher@mail.com

Latest trackbacks

Search form

QR code

QR

« 2017 04 »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -