• 2017_06
  • <<
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • >>
  • 2017_08

♈♉♊♋♌♍♎♏♐♑♒♓

宇宙戦争 第十六章 人・・・または誰かの古代性

ファレル博士の宇宙戦争、475ページより:

(インドの)ヴィーディックの文学(記述)から、私達は人類がとてつもない古さであると言うアイデアを得ます。人間の古さについて、存在する化学的な文学の中における徹底的な調査を行う目的のために、とてつもない時間の期間の間、様々な人間の様な、そして猿人の様な存在があったと言う、ヴィーディック的なアイデアを、論説の形状で表現しました。
- マイケル・クリモー

禁じられた考古学:マイケル・クリモー
http://www.mcremo.com/
http://www.forbiddenarcheology.com/

マイケル A. クリモーとリチャード L. トンプソンの、大量で、有名な研究を、一つの短い章の中にまとめる試みは、始めから失敗すると解っています。オルタナティヴな先史学と人類学の、彼等の権威ある研究、禁じられた考古学は、900ページ以上にも及びます。その「短縮された」ヴァージョンの、人類の隠された歴史自体でさえ、300ページを優に超えます。

しかしながら、人は、宇宙的な戦争の論説、そして彼等自身のテーゼのために、それが何を示唆するのかの立ち位置から、彼等の研究に近づけるかも知れません。クリモーとトンプソンは、人間の起源と古さに応用された科学的な手法の、「社会学的、哲学的、そして歴史学的な批評の」最も広い感覚において、彼等の研究に取り組みました。彼等の基本的なテーゼは、基準的で学術的なモデルが許す以上に、人類は更に遥か、古く、故に、これは現代の進化論との直接的な対極に彼等を位置付けます。再び、此処はその論説(i.e.進化論)への、彼等の批評を検証する場所ではありませんが;しかしながら、その文献において、頻繁に数世紀、またはそれ以上遡る、考古学的な証拠の彼等の詳細な再検証の結果として、「進化的な論説の「事実」」とされるものは、論議と観測的な主張のネットワークでしかないと、彼等は結論します。

その赤道上に、3本の平行線の溝がある、南アフリカから出土した、金属製の球体(写真:ロエルフ・マルクス)。その球体は、28億年の古さと言われる、先カンブリア時代のミネラルの堆積の中で発見されました。[禁じられた考古学、813ページ]
1sphere.jpg


このコインの様な物体は、イリノイ州のロウン・リッジ付近の井戸の掘り下げの中から、地表から約114フィートの深さで発見されたと報告されました(ウィンチェル、1881年、170ページ)。イリノイ州地学調査によって供給された情報によると、そのコインを含んでいた地層は、200,000年前から400,000年前の間の古さです。[禁じられた考古学、801ページ]
2cents.jpg


ペンシルヴァニア州のフィラデルフィア近郊の採石場からの、大理石の塊の中から発見された、浮彫りにされた文字の様な形です(コーリス、1978年第19巻、361ページ)。その大理石の塊は60-70フィートの深さの、5-6億年の古さと年代測定される地層から出土しました。[禁じられた考古学、797ページ]
3lettr.jpg


レックの頭蓋骨
人間の起源に関係した最初の重要なアフリカの発見は、1913年に、ベルリン大学のハンツ・レック教授が、タンザニアのオルデュヴァイ渓谷の、第2層の上部から、人間の頭蓋を発見した時に起こりました。近代的な根代測定の方法は、この現場に、約115万年前の、前期更新世後期の年代を与えます。「その人骨が発見された層は、(穴などを掘って)乱されたサインは一つも見せなかった、」とレックは述べました。

その頭蓋は、上に重なった堆積土の蓄積の多大な重さから、圧力によって歪められました。1933年に記述していた、W. O. ディートリックは、その頭蓋のこの(歪められた)特長は、それが最近の浅い埋葬である事に反対して主張すると明言しました。イェール大学の、代表的な人類学者、ジョージ・グラント・マッカーディーは、レックの発見が、正真正銘と考えました。[禁じられた考古学、630-631ページ]

4reckless.jpg


この解剖学的に近代人の頭蓋(サージ、1884年、プレート1)は、1880年に、イタリアのカステネドロで発見されました。それが発掘された地層は第三紀最新世のアスティアン段階と年代測定されました(オークリー、1980年、46ページ)。現代の権威(ハーランド et al, 1982年、110ページ)によると、アスティアンは第三紀最新世の中期に帰属し、それはその頭蓋に300-400万年前の古さを与えます。[禁じられた考古学、424ページ]
5cdolo.jpg


1892年の8月、ユージーン・デュボアは、中央ジャワのトリニル村の近くの、ソロ河の土手で、化石化された、人間の腿の様な骨を発見しました。この場所から45フィート離れた処で、彼は頭蓋の天辺と奥歯を発見しました。デュボアは、その奥歯と、頭蓋と、腿が、全て同一の存在から来ていると信じました。しかしながら、それらの骨が、多くのその他の動物の骨が見つかった層において、頭蓋が発掘された場所から45フィート離れている事実は、その腿の骨と頭蓋が、同じ生き物、または同種の生き物のものであったと言う主張を疑わしくします。1895年に、デュボアは、彼の発見を、ベルリンの人類学、民俗学、そして先史学の学界で公表しました。その学界の会長、ヴァーチョウ博士は、その腿は人間で、その頭蓋は猿人に帰属すると宣言しました。彼の人生の後期に、デュボアは、その頭蓋が、進化論者達によって、人間に親密に関係しているとは考えられていない霊長類である、大型のギボンに帰属すると考えました。ですがこの「ミッシング・リンク(消失している中間)」の概念は、今日でも推進されています![禁じられた考古学、464-465ページ]
6javman.jpg

クリモーとトンプソンの、進化論に対する批評の端的な再検証

基準的なモデル(通説)のドグマ(教義)に関する発見の一つはジャワ「原人」の発見でした。

「一般的に、800,000年前の時代を与えられる、更新世の中期です。その発見はベンチマーク(規定指数)と成りました。その後、科学者達は、同等の古さ、またはそれより古い地層から、解剖学的に現代人の人工的な化石、または遺物を見つけ無いと推測しました。もし、彼等(または、彼等より賢い誰か)がそうした(遺物を見つけた)なら、それは不可能で、その発見を何らかの過ちであり、幻想であり、または詐欺であると、結論したでしょう。ジャワ原人の以前に、しかしながら、著名な19世紀の科学者達が、とても太古の地層の中で、解剖学的に現代人の頭蓋骨的な遺産の幾つもの例を発見しました。」

ジャワ原人の「進化的なベンチマーク(基準)」以前からの人間の遺骸に関する科学者達からの報告や論文を指摘した後、クリモーとトンプソンは、基準的(通説的)な論説を補佐する同様な論文や報告が存在する事を、観測します。

「しかしながら、もし人が、その報告の最初のセットを受け入れるなら、

「すると、私達は、始新世や中新世の様な、遥か昔の地学的な時代における、知性的で道具を造る存在(原始の人間)の存在を認めなければなりません。もし、これ等の報告の中で表された人骨的な証拠が受け入れられるなら、私達は更に追求し、それらの遥か遠くの期間における、近代的な人間の存在を認めなければなりません。これは、人類の進化の近代的な理論に反するだけで無く、新生代における哺乳類の進化の全体の構図に、大きな疑いの影をおろします。

中新世の時代は一般的に、約、2,500万年前から500万年前までとされ、そして始新世の時代は、5,000万年前、または5,500万年前から4,500万年前までとされます。故に、クリモーとトンプソンの研究は、当初は,文献において広く報告され、その後、忘れ去られた、または最悪には隠蔽された、「進化論以前」の証拠の確認可能なカタログの、幸いな利点を、その読者達に供給します。何にせよ、彼等は、現代の基準的なモデルが支持するよりも、実に遥かにもっと古い人類の起源の大量の証拠を概要します。

宇宙的な戦争の論説に取って、しかしながら、人類の古さは必然です。説明されなければならないものはむしろ、この「原始太古的な人」の文化的な達成の有無で、私達が既に見た様に、もし人がヴァン・フランダースの爆発した惑星の論説の日付けを、年代的なベンチマークとして受け入れるなら、3,200,000年前と65,000,000年前の間のある地点において、戦争を行うために - 人間であれ、それ以外であれ - 十分に発達した文明が存在していた事を、その戦争の論説が必要とするためです。この問題は、クリモーとトンプソンは、その宇宙的な戦争の論説のあらゆる種に、全く関心が無いけれども、彼等自身によって間違い無く認識されます。

「この時点まで、私達が検証した証拠の殆どは、もし人間達が、それ程遠い昔に存在していたとしても、彼等は、文化的で科学的な達成において、ある意、味未発達であったと言う印象を与えました。人は、以下の問いを上手く尋ねるかも知れません。もし人間達が、彼等の技術を完璧化するために、長い時間を有していたなら、何故、私達は、台頭してきている文明の、示唆的な太古の遺物を発見しないのでしょう?

「1863年に、チャールズ・ライルは、彼の本人間の古さの中で、この疑いを表現しました:「最も未発達な土器や黒曜石の道具の代わりに・・・美において、フィディアスやプラクシテレスの傑作を超えた、彫刻された形状;私達の時代の技術開発者達が、かけがえのないヒントを得られる様な、埋められた鉄道の線、または電気的な電報;ヨーロッパにおいて知られているあらゆるものよりも、更に先進的な構造の天文学的な道具や顕微鏡、そして芸術と科学におけるその他の示唆を、私達は今、発見しているべきです。」

クリモーとトンプソンはそれから、もし「天文学的」または「顕微鏡的」では無いにしても、何らかの科学技術的なレベルの複雑性を示唆する様に見える、異例で考古学的な遺物の、とても示唆的なカタログをリストしますが、彼等が観測した様に、その様な遺物はとても希少で、世界中に散らばっています。

科学技術の存在を示唆している、とても大昔の異例な発見

アイクス-エン-プロヴァンスでの発見

クリモーとトンプソンが関連させる、その様な発見の一つは、1786年と1788年の間にアイクス-エン-プロヴァンス(南フランス)において、フランス人の労働者達によって成され、バーノン卿によって記録されました。固い石灰岩を通して、50フィートの深さまで掘った後、その労働者達は一つの室に辿り着き、その中で彼等が発見したのは道具で、ハンマーやコイン、そしてその他の基準的な石工(メイソン)の道具でした。その室の中で発見された石の幾つかは、既に加工されていました。1820年に、科学のアメリカン・ジャーナル誌は、この発見の示唆に関するバーノン卿の結論の言葉を載せました:「人の存在は、この石(石灰岩)の形成の遥かに以前からあり、そして、石を切り出し、柱を形成する芸術(技術)が既に彼に知られていたので、彼が既にその様な段階の文明に到達していたのは、とても重大な事です。」

アメリカの科学ジャーナルに報告された発見

1831年に、科学のアメリカン・ジャーナル誌は再び、フィラデルフィア近郊の石の採掘所の、60-70フィートの深さから採掘された、大理石の塊の上に、浮彫りにされた文字の発見を報告しました。その文字は、再び、遥か大昔にその石が人間によって加工された起源を暗示しました。

浮彫理の文字?
3lettr.jpg


当時は、不都合な発見をした、考古学的なガリレオ達を、隠蔽する進化論的なカルトが存在していなかったので、科学的なアメリカンの様な、権威ある雑誌でさえ、報告する事が出来ました。その1852年6月5日号の中で、その雑誌は、正に「原始太古的」な規模の発見の説明を載せました:

「数日前、レヴの南、数ロッド(距離の単位)の、ドーチェスターのミーティング・ハウス・ヒルの岩の中で、強力な爆破が行われました。その爆破は、全ての方向に膨大な質量の残骸を飛び散らせ、それらの幾つかは、数トンの重さでした。それらの中から拾われたのは、その爆発で真っ二つにされた金属製の器でした。その2つの破片をくっ付けてみると、ベルの形をした器を形成し、その高さは4.5インチで、その幅は根本で6.5インチ、そして天辺で、2.5インチで、そしてその厚さは約1/8インチでした。この器の本体は、その色において亜鉛、または合金に似ていて、その中の大部分は銀が含まれる様でした。その側面には6つの形状、または花、もしくはブーケがあり、銀で綺麗に象眼され(はめ込まれ)、そしてその器の下の部分の周りには、葡萄のつる、または花輪があり、再び銀ではめ込まれていました。造形、加工、そして装飾は、何らかの巧妙な技師によって、繊細に施されていました。この奇妙で、知られざる器は、地表の下、15フィートの固い礫岩の中から、爆破されて出て来ました・・・上述された様に、この奇妙な物体が、岩の中から爆破されて出てきたのには、疑う余地がありません・・・この件に関して、偽りは無いので、この問題は調査するのにふさわしいです。

クリモーとトンプソンは、それが示唆する事を、言葉を濁さず明言します:

「ボストン-ドーチェスターのエリアの近年の米国地学調査の地図によると、現在、ロックスベリー・コングロマリットと呼ばれている礫岩は、先カンブリア時代 からのもので、6億年以上前のものです。通説的な説明によると、先カンブリア紀に、この惑星の生命は出現し始めたばかりとされます。ですがドーチェスターの器の形状において、私達は、リーフ・エリクソン(?)以前に、6億年以上前に、北アメリカにおいて、芸術的な金属加工技師が存在していた事を示唆する証拠を有します。

言葉を変えると、恐竜さえ出現する以前に、その様な芸術的な物体を産出した文化と科学技術を持つ、知性的な誰かがこの惑星、地球に存在していたと言う事で、これ全ては、進化論と、進化論がその論説の信者達に乗っ取られる以前の科学的なアメリカン誌からの報告です。

スミソニアン(博物館)の200,000年前のコイン

もう一つの奇妙な発見は、1871年に、スミソニアン・インスティチュートのウィリアム E. デュボアによって報告されました。それらの内の一つは、小さな銅製のコインで、奇妙な模様と確認不可能な人物像で印されていました。そのコインは、125フィートの深さから、3フィートの土を通して、「10フィートの黄色い粘土と;44フィートの青い粘土;4フィートの粘土、砂、砂利;19フィートの紫の粘土;10フィートお茶色の固い平らな層;そして20.5フィートの混合した粘土を」、井戸のためにドリルで掘った人によって発見されました。イリノイ州の州立地学調査は、114フィート(の深さ)のレベルの蓄積を、「200,000年前と400,000年前の間の「ヤーマウシアン間氷河期」の期間の何処かで形成されたと推定します。」これが興味深いのは、何故なら、それがシュメールの王のリストによって与えられたアヌンナキの地球への到来(降臨)と、大洪水の以前に彼等が統治したとされる時間の枠組み:241,200年間に、大まかに一致するためです。

奇妙なコイン
2cents.jpg


ですがそのコインの年代以上に興味深いその他の事がありました。デュボアは、そのコインが多角形である事と、その刻印が、判別不可能な言語である事に注目し、そして最も重要な事に、それが統一的な厚さなので、それが「造幣の機械を通った」はずであると、結論しました。これは、その様な科学技術の存在から、ホモ・サピエンス・サピエンス(現代人)は、100,000年前以前には、存在していなかったと信じられている事実、金属製のコインは、紀元前8世紀後に、小アジア(ギリシャ-トルコ付近)で初めて使用されたと考えられている事実の、通説的なモデルに対して、数々の方法で、真っ向から対立します。

ナンパの像、そして石炭の中の科学技術

もう一つの異例の発見は、1889年に、アイダホ州のナンパにおいて、300フィートの深さから、再び、井戸の採掘において発見されました。その像は、現代人の身体学的に正確な描写で、女性で、とても繊細で芸術的な技術でした。その像は、たった1.5インチの高さで、それが描写する芸術的な技術の繊細さを、更に注目に値する様にします。その小さな女性の像が出てきた地層は、多更新世と年代測定され、それを約2,000,000年前とします!

もう一つの注目すべき古い物体は、あるイリノイ州の主婦によって、彼女が石炭を、石炭入れに入れるために割っていた時に発見されました。一つの塊を割った際に、彼女は一つの破片の中に、明らかにアンティーク的なデザインのゴールドのチェーンが、部分的に埋まっているのを見つけました。その女性の死後、その鎖に行方は不明ですが、そのチェーンが出てきたとされる石炭の層は、2億6000万年前から3億2000年前の間と年代測定されます。類似した出来事は、オクラホマ州において、石炭が割られた時に、埋まっていた鉄のポットが発見された時に起こりました。その石炭は、その元々の炭鉱へと辿られ、そのポットが出てきた層は、3億1200年前とされました。再び、もしそれらが一つだけであったなら、その様な発見は否定可能でしょうが、広く離れた地方からの、ほぼ同じ年代からの、2つのその様な発見は、とても長い、長い、遥か昔の地球に、科学技術的な金属加工の技術を持っていた誰かが存在していた事を示唆します。

原始太古の文明の足跡


2つの、とてつもなく大きく異例な発見は、アメリカの南西部で起こりました。1992年10月8日の、ニューヨーク・サンデー・アメリカン誌の「週刊アメリカン」の部分は、「5,000,000年前の、化石化された「靴の跡」と題された記事を載せました。その記事は W.H. Ballou 博士によるもので、彼は、ネヴァダ州において、化石を発掘していた地学者、ジョン・リードの発見を報告しました。彼の驚きと引き換えに、リードは実に奇妙な「化石」を発見し、少なくとも、5,000,000年前の石の中の靴の底の足跡でした!ですが500万年前は、その足跡が発見された三畳紀時代からの岩は、通常、2億1300万年前から、2億4800万年前に時代測定されるので、遥かに遅すぎ(古すぎ)ました。

ネヴァダ州の靴跡の化石
1shue.jpg


2shue.jpg


もう一つの、物議をかもしだす発見はユタ州で、1968年に、アマチュアの化石標本家で収集者のウイリアム J. メイストナーによって発見された、メイストナーの靴跡と呼ばれる発見です。この靴跡は、ユタ州のアンテロープ・スプリングの街付近の、カンブリア紀の頁岩(けつがん/泥岩盤)の中で発見されました。その足跡は、5億500年前の岩の中で起こります。勿論、クリモーとトンプソンが指摘する様に、その発見は、科学者達(御用学者達)が、素早く(テレビに)出演し、様々なサウンド・バイツ(決まり文句/レッテル)で、「創造主義者」と「地球は平ら主義者」であると攻撃したので、進化論主義の生物学者の一人が、実際に彼自身が、その足跡を直に検証していないと認めた後でさえ、素早く否定されました。此処において、この驚きの靴跡にまつわる物議を検証する場では無い間、クリモーとトンプソンは、大学の科学学部の頭の固い教義主義者とは異なり、それらの件が不鮮明であるままである事を認め、「試験調査的な資源(方法)は、まだ使い古されていないので、メイストナーの靴跡は、更なる調査に相応しいと、彼等は提案します・・・」

メイストナーの靴跡:もし事実と証明されれば、この靴跡は5億500万年前のものです
3meiter.jpg

科学技術の産物である遺物

1968年に、Y. ドゥルエットと H. サルファティは、フランスのサン・ジーン・デ・リヴェット近郊の採石場において、白亜紀の石灰岩の中から、同じ形で様々なサイズの、半卵型の金属製の筒を発見したと公表しました。これは、その謎めいた筒を、少なくとも65,000,000年前の古さの、明らかな科学技術の産物にしました。その年代測定の重要性は、此処までくれば明らかなはずで、それがヴァン・フランダースの最初の惑星的な爆発の年代であるためです。

更にもっと異例の発見は、南アフリカのオットースダール鉱脈において、奇妙な金属製の球体が発見された時に起こりました。「それらの球体の幾つかが保管されている、南アフリカのクラークスドープ博物館の管理人、ロエルフ・マルクスによると、それらの金属製の球体は、完全な謎です。それらは、人工的に見えますが、それらがこの岩の中に蓄積された時、地球上の歴史において、知性的な生命体は存在していませんでした。

フランスの石灰岩の中から発見された65,000,000年前の金属製の筒のスケッチ画
1tube.jpg


それらの小さなボールの内の2つは、私達が既に出くわした特徴を見せていました。その一つは、金属製の球体で、先カンブリア紀の地層において発見され、それは約28億年前のもので - それはミリオン(~百万年)では無く、ビリオン(~十億年)です!この奇妙な球体にはもう一つの特徴があります:その赤道上に回る、3つの平行的な溝です:

南アフリカのトランスヴァールにおいて発見された、3本の赤道的な溝がある、28億年前の古さの金属製の球体
3groovy.jpg


私達は以前に、この様な特徴を、土星の月であるイアペタスに見ました!小さな南アフリカの金属製のボールと、巨大で、土星の周りで軌道していて、恐らく人工的であろう物体を関連させる証拠は、勿論、無い間、その類似性は、明白過ぎて、そして興味深い可能性を浮上させます。私達は、例えば、子供のためのおもちゃのモデルのセットを見ているのでは無いでしょうか?私達は恐らく、その答え、または類似した問いを決して知る事は出来ないかも知れませんが、その類似性が存在する事実は否定出来ません。

ですが更に重要な事に、それらの小さな球体が存在していると言う事実自体が、とても、とても、遥かな大昔に、この惑星上に、知性的な誰かが、人間かも知れませんし、そうで無いかも知れませんが、存在していたと言う、更なるもう一つの証拠の破片です。

赤道の溝とクレーターのある、金属製の球体とイアペタス
2iapetus.jpg


映画、スター・ウォーズの「死の星」とイアペタス
4lunaiapetus.jpg

クーパー-キャントウィール MAJIC-12 資料の御蔭で出来る、幾つかの急進的な推理


人間の起源と、人類、またはその属種の「天界的な延長」

この人類のとてつもない古さのための、クリモーとトンプソンの膨大な証拠のカタログは、大規模で宇宙的な戦争のために論説化された、時間的な期間の間、誰か、知性的な者達が存在していた事を示唆します。加えて、北アメリカからヨーロッパへ、そして南アフリカへのこの証拠の分散は、此処において検証された証拠の数は多くはありませんが、この原始太古の文明が、少なくとも、この惑星の地上の上で、比較的に広く広まっていた事の見解に補佐的です。そして、これ等の異例な発見の幾つかの遥かな古さがまた示唆するのは、私達にクリモーとトンプソンの検証を始めさせた、ライルの問いに答えます。ライルは、私達が見た様に、何故、大いなる、先進的な、失われた文明の証拠が無いのかを尋ねました。そして、クリモーとトンプソン自身の異例のカタログが示唆する様なその答えは、何故ならその文明が極度な古さであり、殆どその証拠が残っていない可能性がとても高く、そしてもし残っているなら、何百フィートもの地学的な地層の地下の下に埋もれているためです。簡潔に言うと、私達は唯単に、十分に発掘していないと言う事です。

これ等の証拠はまた、もしそれらがより重要では無いにしても、同等に重大な問いを浮上させます:それ程、遥か昔に誰が、一体、存在していたのでしょう?数多くの太古の神話の答えは、「天界の息子達」、または「アヌンナキ」、もしくは「神の息子達」である、「ブナイ・エロヒム(Elohim)」でした。

しかしながら、究極的には異論しませんが、少々、異なった答えが、最も異例的な源泉から示唆されます。第二次世界大戦の、ナチスの秘密兵器の研究である、私に著書、黒い太陽のライク(帝国)と、ベルのSS 同胞団の読者達は想い出すでしょうが、私は MAGIC12 のクーパー-キャントウィールのシリーズ、または MAJESTIC-12 資料と呼ばれる文献を検証しました。此処において、私達の注目に成るこれらの資料の一つは、「白く熱いインテリジェンスの(事前の)予測プロジェクト」と呼ばれるものです。この資料は3つの部分に分けられ、最初の部分は、有名なロズウェルの墜落と遺体の回収を扱い、2番目の部分は、「(事前の)科学技術的な検証」で、そして3番目の部分は、「科学的な可能性」と題されました。

私達が、此処において注目するのは、その3番目の部分です。私は、その書類のこの部分の一部を長文で引用し、「その様な昔に誰が存在していた?」と言う私達の問いに、急進的な答えを供給する、コンテキスト(文脈)を見せるために、その部分をイタリクス化します。

1.現在、AMC, AFSWP, NEPA,AEC, ONR, NACA, JRDB, RAND, USAAF, SAG, そして MIT の下で調査中の、回収された証拠から収集された利用可能な全ての証拠に基づくと、それらは、その本質において、地球外由来の様です。

今の処、その文献は、ロズウェルの墜落現場で回収された遺体は、非人間的な地球外生命体であったと言うアイデアを補佐している様で、違いませんか?更に読んで下さい:

「この結論は、1941年の、ミズーリ州から発見された遺物との比較の結果として結論されました。(注:本文では、「ミズーリ州から」が横線で上書きされています。)その科学技術は、米国の科学どころか、ドイツのロケットと航空機の開発の範囲を超えています

2.間惑星的な宇宙旅行は、十分な予算が供給され、必要な資源が利用可能で、国家的な関心が刺激されれば可能です。

5.人間の起源は、一つの惑星に限られないかも知れません。私達の属種は、私達自身のものに類似した、太陽系の中で見つけられるかも知れません。

6.物理学と遺伝子学の法則は、以前に考えられていたより、より高い、構造的な秩序において、その創世があるのかも知れません。

明言、5と6は、UFO の墜落からの「回収された遺体」の、主張された解剖が行われた後のその書類のコンテキストにおいて起こります。殆どの人達が、それらの書類の地球外生命体の論説の証拠の確認に急ぐ間、彼等が見落とすのは、これ等の高度に重要な明言で、もしその書類が正真正銘で - そして論議上、それがそうだと仮定すると - するとそれが意味するのは、その回収された遺体が、十分に私達の様で、それらは「人間」と言及され、そして故に、その書類はその書類自体が追及する問いを浮上させます:ホモ・サピエンス・サピエンス(現代人)が当てはまるかも知れない属種は、明らかに、その他の惑星上にも存在するのかも知れないと言う事です。

そして故に、人は、その書類の要点6と、その驚きの結論に引き寄せられ:「物理学と遺伝子の法則は、以前に考えられていたより、より高い構造的な秩序があるのかも知れない、」事です。その書類が此処において実際に提案しているのは、科学的な先進性の度合で - その墜落現場から回収された機体と遺体を検証した専門家達に - より高い理論的な秩序における、物理学と生物学の統合の証明を、明らかに示唆した事です。

此処でこれが興味深いのは、何故ならそれがその書類において描写された物理的な科学技術と正面衝突するためで、それは、私が黒い太陽のライクベルのSS 同胞団の中で指摘した様に、間銀河的な旅どころか、間惑星的な旅が可能な飛行物体を示唆するには、単純に不十分であるためです。実際に、私がそれらの本の中で論議した様に、MAJIC12 クーパー-キャントウェル書類の中で検証された科学技術は、全く人間的地上的に聞こえ、この「先進的な飛行物体」が墜落した、1940年代の後半の科学技術より、少しだけ進歩した様なものでした!

ですから言い換えると、要点5と6の結論は、その書類自体の中で引用され、明言された証拠の範囲を超え、そしてこれが示唆するのは、その書類から削除された科学技術についてで、その回収において関わった科学的な分析者達に、彼等が扱っているのは、パラドックス(矛盾)的に、人間的に地球上的であり、人間的に地球外的な何かであると示唆したと言う事です。

2つの宇宙計画の論説と、科学的な隠蔽(いんぺい)

これ等の推理は、私達を再び、2つの宇宙計画のアイデアに、その一つは表向き(NASA)で、もう一つは裏のものに、もう一度、戻らせます。リチャード・ホーグランドや、マーク・カーロット、そしてその他の、(地球以外の)その他の惑星における、異例な現象や、人工的な(様に見える)遺物を研究している数多くの研究者達が、NASAとその他の機関が、明らかに隠蔽工作、または改竄(かいざん)工作していて、もしくは公共において利用可能なデータと写真に手を加えていると、頻繁に指摘します。トム・ビアデン中佐、または物理学者、トム・ヴァローン、もしくはポール・ラ・ヴィオレットの様なその他の人達が、オルタナティヴなエネルギー開発、または理論的な論文における、隠蔽の類似した工作に気付きました。そしてこの章において、私達は、科学的なコミュニティー(学術界)において無視され、意図的に忘れられ、そして隠蔽されている、人類(または私がこの章の題名の中で<「誰か」と示唆した様に)の古さについての証拠に出くわしました。

私達は故に、証拠の隠蔽、改竄、または覆い隠しが目に見える、または少なくともそれを示唆する、以下の部分を有します:

1.私達の太陽系のその他の惑星上の、知性的なデザイン(人工性)を示唆する異例の隠蔽で、それは天体的な、実際の地質学、地学、そして物理学に関するデータの隠蔽まで延長するかも知れません。加えて、この隠蔽は、宇宙(開発)計画の真の目的の隠蔽まで延長するかも知れず、それは近隣の天体の上で見つけられるかも知れない、太古の先進的な科学技術を回復するためかも知れず;

2.少なくとも、19世紀の初頭からの、物理学におけるオルタナティヴな概念と科学技術の隠蔽で、それはより大きなエネルギー効率の改善と、凄まじい威力の兵器に繋がるかも知れず;

3.地球上の人類、または「誰かの」とてつもない古さと、それが達成した明らかな科学技術の先進性の隠蔽で、その隠蔽は通常、進化論を防衛するために成されます。実際にそうする事の本当の理由は、ダダ漏れの進化論を保護するためでは無く、とても先進的な科学技術が存在するかも知れないと言う、可能性から注意を反らすためかも知れません。加えて、この隠蔽は - MAJIC12 の書類が示唆する様に - インサイダー(内通者)達が、人類の起源は、本質的において間惑星的である事を示唆する情報を有する事実によるものかも知れません。

もし人が、可能性と推理のこのリストを見ると明らかなのは、すると、宇宙的な戦争の論説が、その3つの主要な部分のそれぞれに触れる事です。これが順を追って示唆するのは、その宇宙的な戦争の論説自体が、その3つの部分のそれぞれのための隠蔽の隠された動機かも知れない事です。結局の処、もしその様な戦争があったなら、それが示唆するのは人類、または「誰であれ」の天界的な延長(規模)で、そして私達には殆ど想像もつかない様な科学技術の先進性と破壊のための効能(能力)です。もし人が、その不安定なミックスに、最も創始的な(天使達の)反乱の背後には、太古の、そして超自然的な、悪意ある知性(ルシファー)がいたと言う、私達の最も古い神話の示唆を加えると、それは実に恐ろしいシナリオです。




  1. Category: None
  2. / trackback:0
  3. / Comments:0
  4. [ edit ]


Only the blog author may view the comment.

Profile

Songcatcher

Author:Songcatcher
現在地:ルネッサンス2.0









鼓動と呼吸:緊縮と拡張・・・

songcatcher@mail.com

Latest trackbacks

Search form

QR code

QR

« 2017 07 »
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -