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宇宙戦争 第十一章 善と悪、そしてネフィリム

ファレル博士の宇宙戦争、340ページより:

実質的に、世界の全ての神話において、神々の間の太古の戦争のテーマが存在します。エジプトの神話の中でそれは、オシリスとホルスに対するセットの戦争で;バビロニアにおいては、マードュックの創始的な女神、ティアマットに対する戦いで;ウガリットのカナーン(パレスチナ)的な神話の中で、それはバアルの、ユンとモットに対する戦いで;そしてギリシャ神話においてそれは、ゼウスのタイタン(巨人)達に対する戦争です。これらの戦争の全ては、多かれ少なかれ、今までに記述された最初の神聖な戦争、古代シュメール人達によって伝えられたエンリルエンキの間の、現在進行形の元祖の戦争に関連しています。」
- ピーター・グッドゲーム

太古の神話からの特定の「登場人物達」が繰り返し、この研究を通して現れました:ラー、マードュック、ニヌルタ、ネルガル、トート、ズー、そして前述の者達程では無いですが、ホルスとオシリス、そして示唆によってですが、これ等の人物像の全てに配偶者的な者達です。メソポタミアとエジプトからの、この名前のクラスター(集合体)は、私達の文化の聖書的な土台が派生した文化的な環境に、そしてその間でそれが動く対極に、焦点を当てます。その様な伝統の全てと同様に、それはそれ独自の、一つの同じ出来事を説明する、それ自体の独特の方法を有し、そして起こった出来事が何故起こったのかの、それ自体の独特の見解を有します。この広いメソポタミア-エジプトのコンテキスト(文脈)は、しかしながら、殆どの一般大衆からは、大部分が隠されたもので、極少数の専門家達だけが検証可能で、または更に最近に成ると、太古の人間の歴史のオルタナティヴ、もしくは再検証主義者の体系に興味を持つ者達だけが検証可能です。

よって、これ等の出来事の幾つかの奇妙で聖書的な理解を見るための、正しい見解を得るためには、上述された人物達の交流関係の背景に対して、それらを位置付ける事が必要に成ります。そしてその「交流関係」と言う用語は此処において、その用語が全体的な感覚において理解されなければならないのは、殆ど知られていない事実ですが、これ等の個人達の家系図が、太古のメソポタミアの神話から再構築出来るためです。彼の著書、聖杯の王達の起源の中で、これを行うために時間を割いた学者は、ローレンス・ガードナーです。人が彼の家系図の表を見た時、何故、数多くの文化によって、その宇宙的な戦争が、反乱の戦争であり、「パンテオン(万神殿)における市民戦争」であったと考えられたのかへの、とても必要とされる洞察と更なる情報を人に与えます。人がまた得られるのは、この争いにおける人類の重要な役割の直接的な理解で、そして昔からの、幾つもの聖書的な謎々に答える、特徴的で太古の見解の理解です。私達は、ガードナーの家系図的なテーブル(表)の最初の3つを表し、そしてこの戦争において「誰が「善玉」で、誰が「悪役」なのか」の重要な問いを答え始める方法として、それらのそれぞれにコメントしていきましょう。そして「何故彼等は善玉、もしくは悪役だったのでしょう?」

そうする前に、しかしながら、聖書的なものとシュメール的なものの平行線についての、全体的な比較と注意的なメモが必要に成ります。

シュメールと聖書の平行線についての、全体的な観測と注意的なメモ パート1

19世紀の終わりにフレイザーの黄金のボロ(郡)が出版されて以来、聖書的な逸話とモチーフ(題材)と、その他の伝統と神話に見つけられるものとの間の平行線を指摘するのは、学術的なファッション(流行)に成りました。特に一つのテーマ、「神の死と復活」は注目の的に成り、多くの学者達が、エジプトの神、オシリスが恐らく、このモチーフの、非キリスト教的な代表格では無いかと指摘しました。オシリスは、すると、シュメールと聖書の平行線について、全体的な観測と注意的なメモのシリーズ(連続)をするのに、とても異例な場所の様に見えるかも知れませんが、私達がこの章において進むにつれ、高度に関連性がある様に成ります。

私達が、太古のエジプトからの棺桶文献から始めると、それはオシリスについて、2つの興味深いコメントを供給します:

「これは暗闇の中にある封印されたもので、その周りには火があり、それはオシリスの(気体/ガスの)流出を含み、そしてそれはロスタウ(の地)に入れられた(置かれた/埋められた)・・・(棺桶文献、呪文1080)

「これは暗闇の中の世界です。それを知るあらゆるスピリット(霊)については、彼は生きているもの達の中で生きるでしょう。オシリスの流出を含むものの周りには火があります。それを知るあらゆる人については、彼は決して其処で消滅せず、彼がロスタウに何があるかを知っているためで・・・ロスタウは、オシリスのための(もう一つの名前・・・)」(棺桶文献、呪文1087)

「ロスタウ」は、ギザの地下トンネル構造のためのもう一つの名前で、そしてその示唆によって「下界/黄泉の国」自体の隠喩である事を思い出して下さい。オシリスは故に、棺桶文献の中で、この「ロスタウ」の地下トンネルと一致させられています。加えて、その棺桶文献が、何らかの科学技術が、オシリスの「流出」を護衛する事を示唆するのに注目して下さい。オシリスは、言葉を変えると - 多くの学者達が主張するにも拘わらず - とても単純な理由のために、「死んで復活する神」の良い例ではありません。実際に、ピーター・グッドゲームが適切に観測した様に、オシリスが実質的に「そのカテゴリーの一員に成るには最も相応しく無い」のは、簡単な理由のためで、彼の復活(上昇)は肉体的なものでは無く、スピリット的な世界におけるものであるためです。この世界(i.e.現世)に関して言えば、オシリスは、「死んで、そして逝ってしまった(いなくなった)」神であり、「死んで、そして復活(上昇)する」神ではありません。

ですがエジプトは何故、特にエジプトは殆ど何処からともなく、完全に発達した形で突然現れたので、その様な複雑な宗教的、そして哲学的な伝統を発展させたのでしょう?ジョン・アンソニー・ウエストと、その他の多くのオルタナティヴな研究者達が観測した様に、エジプト自体が、それは何か他のものからの遺産(後継)であると主張します。ですがその様な見解は、その昔、単にオルタナティヴな研究者達に限られたものではありませんでした。それは一昔前まで、学術界の最も尊敬されたメインストリーム(主要な)学者達の熟考された意見で、中でも近代エジプト学の父、サー・ウイリアム・フランダース・ペトリーの意見でした。ペトリーは、彼の人生を費やした活発な研究の後、彼自身の論説を発表し、その論説は「王朝的な民族/種族」として知られています。ペトリーはこう主張しました:

「王朝以前の時代に、エジプトは、元々、メソポタミアからやって来た、科学技術的により優れた、外国人のエリート達の集団によって侵略されました。この「王朝的な種族」は、上エジプトを侵略し、そして征服し、そして・・・後にアビドス、テべス(テーベ)、ルクソー(ルクソール)、そしてエドフと言った、重要なカルト(信仰)の中心地に定住しました。ペトリーは、この侵略してきた勢力を「隼の部族」と呼び、そして彼等の首都の名前、Nekhenは「隼の街」を意味します。」

ですがピーター・グッドゲームが正しく観測する様に、この民族/種族に基づいた論説は、第二次世界大戦の悲劇と、民族的な優位性の名の下に行われたナチス党の民族大量虐殺の後、学術的な内輪において、直ぐに不評判に陥りました。それはアフリカの元々のヨーロッパの植民地が、以前の帝国主義的な権力の管理者達から離脱する際に、熟考されていない、エジプト学における「国家主義」と入れ替えられました。そうであっても、ペトリーの論説には大きなメリットがあり、それがエジプトとメソポタミアの神話の間の、多くの詳細な類似性を説明するためで、エドフと運命のタブレットの間の奇妙な概念的な平行線においての比較が実証されるためです。

シュメールは、すると、エジプトと共に、もう一つの終端で、その間を旧約聖書的な話は流れ、そして故に、その2つの間に平行線を学者達が求めたのは当然の成り行きでした。

そして平行線は、間違い無くありました。

ピーター・グッドゲームは、これ等の平行線のためのケース、そしてそれらが浮上させる問題を、とても正確な言葉でまとめます:

「ペイガン(土着信仰)の神話と宗教の殆どは、その多くの異なった形状と文化的な表現において、この元々の戦争に辿って戻る事が出来ますが、興味深いのは、シュメールの創造、その神々、そして人間の文明と宗教への説明に、最も緊密に平行線する説明は、後の「ペイガン」の伝統に見つけられるのでは無く、その代りにヘブライの説明において、特に創世記の書の中に見つけられます。シュメール人とヘブライ人達の両方が、神聖な補助と共に、地球の粘土から人類が創造された話しを伝え;その情報源の両方が、農夫と羊飼いの間の太古の争いに言及し;両方が天界から降臨してきた神々または天使達が、人間の文明に影響を与えた説明をし;両方が創始の街を明言し;両方が大いなる洪水が大地を覆い、文明と人類の殆どを消滅させたと証言し;そして両方が、大いなる寺院または塔にある意味関わり、それぞれの国家を分離させた多くの言語の創造に関わった、大いなる王による征服を語ります。」

ですがこれは、とても明らかで適切な問いのシリーズ(連続)を浮上させます。

ですがこれは、とても明らかで適切な問いのシリーズ(連続)を浮上させます。

どうすれば、ヘブライの厳しいー神教が、シュメールの開放的で多様な多神教から「進化」出来たのでしょう?この問いを問いかけるもう一つの方法は:シュメールのパンテオン(万神殿)において、イスラエルの神は何処にいるのでしょう?と言う事です。これが尋ねるために良い問いなのは、何故ならイスラエルの国家の創始者、アブラハムが、神によってウルの街から呼び出されたとされるためで、それは(ウルの街は)シュメール人達の国の中心に位置したためです。」

言い換えると、私達は全体の2つの部分を見ていて、それぞれの部分は2つの多様で正反対の神学を現しています。

ですがこれは、グッドゲームが上げる問いに答えません:シュメールの万神殿において、人は何処にヘブライの神、ヤーウェイを位置付けられるのでしょう?または、言葉を変えると、ヘブライの「天使的なヒエラルキー(ピラミッド型の社会構造)」において、シュメールの神々の主役を、人は何処に据えれば良いのでしょう?どうやって人がその問いを尋ねようとも、その原理的な問題は残ったままです。ヘブライの神、ヤーウェイの、シュメール的な同等である3人の主な主役がおり:アヌ、エンリル、そしてエンキであると、グッドゲームは述べます。

グッドゲームによると、ヤーウェイ-アヌの平行線は、2つの主要な方法で体現されるとします。アヌは、ヤーウェイと同様に、天界の栄光の最上級で最も侵入不可能な処に住む「父」です。ですが「ヤーウェイとエンリルの間の明らかな関係は更に実質的です。」エンリルは、シュメール人達によって、元々の創造的な神とは見解されませんが、そうであれ、彼は全ての神々と同時に人類の上の究極的な王であり、そしてシュメールの神話の幾つかは、エンキでは無く、エンリルを人類の創造主とさえ言及します。この重大な点は - エンリルまたはエンキの行動を通した人類の異論された起源は - 私達がこれから見る様に、その話にヘブライ的な構成要素を取り入れる事によって、ローレンス・ガードナーによって、上手く解決されます。ですが最後の重大なヤーウェイ-エンリルの平行線があり、そしてそれはその両方の神々が、洪水を直接命令すると言う事です。

ですがパラドックス(矛盾)的に、最も浸透的(一般的)で、説得力があり(合理的な)、そして不穏なのは、ヤーウェイとエンキの間の平行線で、エンキはまた、ある意味、聖書的な伝統のルシファーに、最も最適なシュメール版の候補である様に現れるためです。エンキは、ヤーウェイの様に、シュメールの神々の全ての中で最も「個人的/個性的」で、そしてヤーウェイと同様に、「シュメール人達によって、強力で、親切で/優しく、神々の(特にエンリルの)敵意と近隣の敵対する部族から、シュメール人達を保護する彼の計画において、賢明(知神)であると見解されると、グッドゲームは記述します。そして、シュメールの神話の多くの中で、私達が前述の章で見た様に、特に野蛮な方法でですが、人類の創造に個人的に拘わったのは、エンリルでは無く、エンキでした。

しかしながら、エンキとヤーウェイの間の最も親密な平行線は、旧約聖書の全てにおける最も重要な神の顕現(神が目に見える姿で自らを現すこと/theophany)にあり、出エジプト記の3:13-14に記述される、燃える藪におけるモーゼス(の前)へのヤーウェイの現れです:

「13:そしてモーゼスはに言いました、見よ、私がイスラエル(ヤコブ)の子供達へと来た時、そして彼等にこう言うでしょう、貴方達の父達のが、私を貴方達に送りました;そして彼等は私にこう言うでしょう、彼の名前は何でしょう?私は彼等に何を言えば良いのでしょう?そしてはモーゼスに言いました、私は私である(I AM WHAT I AM):そして彼は言いました、故に貴方はイスラエルの子供達に言うでしょう、私(I AM)が私(モーゼス)を貴方に送ったと。」

これらの平行線のもう一人の学者、デーヴィッド・ロールは、神の顕現のシュメール的な背景とその濃密な言葉遊びを以下の方法で説明します:

「私達が学んだ様に、エンキは・・・アッカド語(東セム語)の中でエアと呼ばれ、つまり、バビロニアの伝統においてです。学者達は、エアが「エィア(Eya)」と発音されたと判断しました。ですから、モーゼスが燃える藪の前に立ち、その山の神の名前を尋ねた時、彼は本当に「私は私である(I am what I am)」(ヘブライ語:Eyah asher eyah/エア・アシェ・エア)と答えたのでしょうか?この難解なフレーズは、長きに渡り神学者達を困惑させてきましたが、今は単純な説明があります。そのの声は単純に「エィア・アシェ・エィア」 - 「私は(唯一)エィアと呼ばれるもの」と答え、その名前、エアは西セム語(i.e.ヘブライ語)における形状です。学者達は単純に、これが旧約聖書の中に溢れる特徴的な言葉遊びであると、認識出来無かっただけです。「私は(エィアは)、エア(エィア)と呼ばれるもの(アシェ)」は聖書の古典的な言葉遊びです。

「それはまた、の明らかに無意味な命令を説明します:「これが、貴方がイスラエライツ(ヤコブの子供達)に言う事です「私(I am)が私(モーゼス)を貴方に送りました。」の言葉は実際に、「エィア(エンキ)が私(モーゼス)を貴方におくりました。」と翻訳されるべきです。

「エィアまたは単純にヤー(Ya)は、ヤーウェイの名前の短縮形の形状で、旧約聖書の中の名前の数多くの要素として見つけられます。ですからエンキ/エアは、人を創造した神で、そしてその後、迫り来る人類の破壊を、ズイスドラ/ウトナピシュティム(i.e.ノア)に警告した神で、モーゼスの神と単一で同じです。」

ですが類似性の全ては、其処で終わります。ヤーウェイの、エンキへの聖書的な関係の可能性を否定しない間、それらの2つの人物像は何であれ、重要な違いを有します。エンキは、例えば、魔術師(化学者)で、全ての種類の魔術の実行において熟練者ですが、それに対して聖書的な伝統のヤーウェイは、その様な行いを特に禁じます。加えて、ヤーウェイは聖書的な伝統において、人類の創造と同時に、創始(宇宙)の創造に明らかに関連しています。エンキは、対照的に、シュメールの文献において、その様な名誉は無く、人類の創造にだけ関連しています。そして最後に、ヤーウェイとヘブライ人達との間には、「聖約/契約的な関係」が存在するのに対して、エンキとシュメール人達との間には、その様な特別な関係は存在しません。

これ等の思考を手に持ち、私達は今、完全な構図を構成するために、ガードナーの、シュメールと聖書の、ユダヤ的な伝統の使用を吟味する事が出来ます。私達はガードナーの詳細な「神聖な家系図」の表の、最初の3つだけを検証してみましょう。

サー・ローレンス・ガードナーの家系図的なテーブル(表)

ファレル博士の宇宙戦争、348ページより:

最初の表は、理解出来る様に、最も太古のもので、先史時代の霧の中へと遡り、ティアマットの元々の反乱、彼女による運命のタブレット(板状のもの)の窃盗、そしてその後の、マードュックによる、戦争における彼女の破壊まで遡ります。

ガードナーの「アヌンナキの大いなる集会(家系図)」

アヌンナキの大いなる集会(Marduk, Bau, Ninuruta より上の世代)
anunnaki7024.png


この表について、観測されるべき、幾つもの重要な点があります。最初に、最も顕著なのは、それがティアマット、アプス、そしてアンの神話的な特徴を保つ事です。ティアマットは、前述された章から思い出されるでしょうが、デ・サンティラーナとヴォン・デチンドが断言した様に、銀河的な象徴であるだけで無くまた、惑星的な象徴であると同時に、混沌の創始的な水の象徴でもありました。アブスは、「アビス(Abyss/底無しの穴)」、または創始的な深み(deep/宇宙)自体でもあり、そして時には太陽自体の象徴として機能します。アヌとキは、それらの「子供達」の内の2人で、そしてこれが明らかに彼等をティアマットから分離するのは、何故なら、その家系図の表が、惑星的な象徴として、ティアマットは地球に言及せず、「その他の場所」、最初に爆発した惑星、そして更にもっと銀河的なコンテキスト(文脈)に言及すると言う概念を補佐するためです。

第二に、これからすぐに見られる様に、兄弟達と姉妹達、腹違いの兄弟達と姉妹達の間の「婚姻関係」を観測して下さい。これは、メソポタミアとエジプトの両方の王朝的な行いの、安定的な特徴です。

第三に、これらの「血族的」な関係は、兄弟である2人の大いなるアヌンナキの神々、エンリルエンキが、彼等の姉/妹であるニン・クルサグ、またはニンフルサグを、彼等の妻として分かち合う事と共に、特別な重要性を持つ事を観測して下さい。このコンテキストにおいて、マードュックの地位は最重要に成り、エンキの息子として - 一つの大いなる大きなパンテオン(万神殿)ですよ、皆さん! - その家族の一員として彼は、最終的に彼が破壊する、「大いなる祖母、ティアマット」から離れた、反対側(分家)に位置し、そしてその万神殿おけるエンリルの側(本家)から分岐しています。また、マードュックが、ニヌルタの従兄弟である事にも注目して下さい。

最後に、その神々の多くは、特定の領域、または「万神殿的な政府」の、特定の機能を有する「省庁」の主(大臣)または「神々」として「称号」を与えられている事に注目して下さい。故に、人は同様に、個人関係の家系図的の表だけを見ているのでは無く、その王朝のものを見ているのかも知れません。

故に、マードュックがティアマットから運命のタブレットを取り戻した時、その所有権はその「家族」または万神殿の一つの側(本家)からもう一つ(分家)に渡ります。もしこれが考え過ぎの様に聞こえるなら、人が唯一思い出すべきは、第一次世界大戦は、特定の見解から見れば、その全てが、何十年にも渡る相互結婚(政治的な婚姻)を通して、親密で複雑に相互関連した、ドイツのヴォン・ホーヘンゾーラーン家、ロシアのロマノフ家、イングランドのヴォン・サシェー(サックス)・コーバーグ家、そしてオーストリアのヴォン・ハプスブル家の間の大規模な「家族喧嘩」であったと理解する事が出来る事です。皇帝ウィルヘルムは、故に、皇帝ニコラス国王ジョージの従兄弟で、女王ヴィクトリアの甥っ子で、そしてオーストリアの皇帝フランツ・ジョセフ、ベルギーの国王レオポルド、そしてイタリアの国王ヴィットリオ・エマニュエルの遠い親戚でした!第一次世界大戦は、このやや、単純化され、そしてとても大まかに解りやすい光の下で見解されると、それはある種の「市民戦争」で、ヨーロッパの、婚姻関係にある王朝の間の争いでした。その宇宙戦争のシュメールとバビロニア的な伝統においても、それは同じで;それはあらゆる件に関して家族戦争であり、市民戦争で、そして万神殿における反乱でした。

「アヌンナキの大いなる集会(評議会)」と人類

ファレル博士の宇宙戦争、352ページより:

しかしながら、物事が実に面白く成って来るのは、ガードナーの家系図の表の二番目(下部)の部分です。

読者が頭に入れておくべき事は、この表の(家系図の)線が、以前の表(家系図の上部)のものと繋がっている事です。故に、ナバクはマードュックの息子で、ネルガルはエンリルとニンリルの息子であると明かされます。第5章と6章の中で検証された文献の見解において、これが何を意味するかを考えてみて下さい:それが意味するのは、彼等自身がある時点で、運命のタブレット(板状のもの)の保護者、または所有者達であった、エンリルとエンキが、パンテオン(万神殿)の一方の側(本家)からもう一方の側(分家)にその物体の所有権を交換した、またはそれらが万神殿の進行中の戦争において、戦利品に成ったと言う事です。ネルガルがまた、火星と戦争の「神」である事、そして一時的にではありますが、そのタブレットの所有者に成った事を思い出すと、それらはその万神殿的な一族の、本家から分家に移っただけで無く、一つの惑星からもう一つへ、地球から火星へ移った、またはその逆を示唆する様に現れます。これは、以前の章の中で論議された様に、ホルスの2つの眼の、間惑星的な示唆によって、協力証言されています。

ですが、ネルガルの娘が誰であるかに注目して下さい:ユダヤ的な伝統における、アダムの最初の妻、悪名高きリリスです。

故に、ガードナーの3つの創始的な家系図の表(注:このブログにおいては、1つの表)の最後の層(世代)において、私達は、アダム、イヴ、そしてリリスに辿り着きます。そしてこの時点において、更にもっと暗示的で、興味深い関係が明らかに成ります。

アヌンナキと人類:アダム、イヴ、そしてリリス パート1

ガードナーのアダムとイヴのシュメール版の表
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エンキ・・・・・・・|・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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エンキ-----リリス-----アダマ-----イヴ-----エンキ
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(注:ガードナーのアヌンナキの家系図のこの部分は、ネット探索では、簡単に見つかりません。アダムとイヴが、アヌンナキに関連させられると、困る人達がいるのかも知れません。→ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。実際の表が見たい人は、以下のサイトから、The Cosmic War のepubファイルを(無料)ダウンロードして、354ページを参照して下さい:http://e.bookzz.org/g/Joseph%20Farrell

私達が第5章の中で出くわした、悪名高い登場人物ネルガルの娘、リリスは、エンキがイヴを、アダムと共に分かち合ったのと同様に、アダムとエンキの両方と、婚姻関係にある事に注目して下さい。ある特定の方法から見解されると、それは「政治的な都合の結婚」で、万神殿の2つの側 - エンリル(本家)とエンキ(分家)のものが - 人類自身の中で、再統一されるためです。もし人が、以前の章で言われた、秘儀的な文献の中における、人類と火星の奇妙な関連性を思い出すと、するとこの表は、人類と火星との間の関連性への更に詳細な証言を与え、今度は、リリスと彼女のネルガルとの関係を通してです。その他の事にも注目して下さい。前述された表において、アダム、イヴ、ネルガル、そしてリリスと言った人物像の祖先として現れたエンキが、此処で、2人の女性の登場人物の祖先であり、配偶者でもあるだけで無く、同時に、男性の登場人物達の義理の兄弟であり、従兄弟であり、そして義理の息子でもある事です。これが意味するのは、エンキが、ある意味、「未だに(その時代にも)周りにいる」と言う事で、i.e.エンキがとても長寿であったか、またはその名前「エンキ」は、エンキ家からの誰かに言及しているかのどちらかです。どちらにしても、その表は重大な問題を指摘し、そしてそれは此処において検証されるのが最良です。

一つの立ち位置から、ガードナーの研究は、聖書的な学者達を長きに渡って悩ませてきた問いに一つの答えを供給し、つまり、(旧約聖書の)創世記の書は、カインとアベルだけを、人類の始祖とされるアダムとイヴの子供達と記録しますが、創世記の4:17において、カインは彼の妻との間に子供を儲けます。彼女は何処から現れたのでしょう?その基準的な答えは常に、この名前を記述されていない妻は、聖書的な人類の始祖、アダムとイヴの、その他の子供の内の誰かであろうと言う事でした。そのシュメールの文献、ユダヤ的な伝統、そしてガードナーの表は、全く異なった答えを示唆します:カインの妻は、その万神殿における、その他の分派からの子孫だったのかも知れません。

私達は、アヌンナキとは誰で、そして彼等と人類との関係は何であったのかを思い出しましょう。アダムとイヴを、その他のパンテオン(万神殿)に関連させる点線に注目して下さい。(パート1参照:)シッチンとその他の解釈によると、シュメールの文献は、アダムとイヴが、意図的に、そして遺伝子的に技術開発された生き物で、アヌンナキ自身と、地球上に既に存在していた原-人間的な原人との間のハイブリッド(遺伝子的な混合)であると示唆します。人は故に、部分的に「粘土」であり、部分的に「神」です。これにおいて、聖書的、そしてシュメール的なヴァージョンはさほど変わり無く、そしての直接の行動による、人類の創造の聖書的なヴァージョンにおいてでさえ、「神々」であるアヌンナキの直接の行動による、人類の創造の類似したシュメールのヴァージョンにおいて、平行線があります。その2つのヴァージョンにおいて、創造のメカニズム(機械性)だけが異なり、そのシュメールのヴァージョンにおいて、人類の中の「粘土」は、アヌンナキによって遺伝子的に利用可能で、そして利用された、正に事前に存在していた生き物です。アヌンナキは、端的に、創世記第6章の「神の息子達」ネフィリムの、シュメールにおける同義語です。

シュメールのヴァージョンにおける人類の状況のために、これが何を意味するのかに注目して下さい:人類 - アダムとイヴの直接の子孫達は - その万神殿のどちらの側(本家/分家)にも直接関連していませんが、ところがエンキとリリスを介してアヌンナキの系統の継続性があり、万神殿におけるネルガルの側の系統で、そしてまた、ネルガルの「より純粋な」アヌンナキの系統とは独立的な系統として、(家系図の)反対側において、イヴとエンキから派生した、更にハイブリッド化された、一部、人間で、一部、アヌンナキの系統が存在します。人類は、これらの2つの王族的な系統の、不安定な中間地点に位置します。

これから続く明らかな示唆が、明言されずに迂回/隠蔽されるべきでは無いのは、これ等の表が示唆するのは、太古のシュメール人達の信仰が、彼等の「神々」は、実在の人物達で、人類と相互繁殖する事が可能であったと言う事であるためです。

この光の下で見解されると、シュメールの文献は、人類が創造された後、其処には主役達の、3つの主要な系統が存在した事を示唆します。

1.ネルガル-エンキ-リリスの「純粋な」アヌンナキの系統;

2.エンキ-イヴの「破損され」そして超-ハイブリッド化された、アヌンナキ-人間の系統;そして

3.アダムとイヴの「純粋な」人間の系統です。

これは争いのためにもってこいの流動性で、ネルガルのアヌンナキの系統と、アダム-イヴの人間の系統と言う、2つの「純粋な」系統が存在するためです。ですがまた2つの「ハイブリッド」の系統も存在し、エンキ-イヴのハイブリッド化されたアヌンナキ-人間の系統と、それと比較して「あまりハイブリッド化されていない」アダムとイヴからの人類の系統です。最後に、ネルガルの系統と、そしてエンキ-イヴの系統と言う、2つのアヌンナキの系統が存在します。

これ等の系統の2番目、エンキ-イヴの「破損された」または「超ハイブリッド化された」系統を、創世記第6章において、天界から降臨し、「人々の娘達」の間にハイブリッドのキメラ(半人半獣)的な子供達である、巨人達の種族を産出した、「神の息子達」である「ネフィリム」の、聖書的な伝統の立ち位置から、考えてみるのは興味深く、創世記におけるこの活動の説明において、この活動が何時始まったのかの説明を与え無いためです。そのシュメールのヴァージョンは何時かを示唆し:それは人間の種族の始まりの殆ど最初から存在していました。そして巨人達自身については、私達は既に、惑星ティアマットの住人達は、もしあったのなら、ティアマットのより大きな重力のために、人体学的に人類の平均的なサイズよりも、更にもっと大きかったであろうと推理しました。

加えて、更にもう一つの源泉(文献)から、その様な統合(婚姻)のキメラ的な子孫達の伝統の奇妙な協力証言があり、そしてこれはエンキの伝統的な描写で、彼は時折「2つに割れた蹄を持つ山羊の脚を持つ様に描写され、その間、彼の上半身は、魚の鱗で覆われています。」彼は「山羊-魚」であり、山羊座です。エンキ自身が、言葉を変えると、キメラ的な存在で、彼は順を追って、聖書的な見解における「神の息子」として、類似したキメラ的な子供達を儲けます。

しかしながら、シュメールと聖書的なヴァージョンの間には第2の関連性があり、エヌマ・エリシュの中のティアマットの破壊の説明において、彼女による運命のタブレット(板状のもの)の窃盗に加えて、彼女がその他の神々の激怒を買った一つの主要な理由は、彼女による兵器としてのキメラ的な生命体の創造であった様に現れるためです。聖書的なヴァージョンにおいて、ネフィリムと彼等のハイブリッド-巨人の子供達の話しは、その直後の人類を、彼等の悪行のために、絶滅させようと言う神聖な決定のコンテキスト(文脈)を形成します。その明らかな示唆が、再び、大洪水のための動機を形成したのは、人間と「神の息子達」の継続された同棲であったと言う事です。これらの点が更なる推理を示唆します:シュメールのヴァージョンにおける人類の創造は、宇宙的な戦争と運命のタブレットの窃盗に関連される事が出来るでしょうか?

その問いへの答えが何であれ、前述された全てによって強く示唆される様に現れる一つの事は、つまり、シュメールの伝統によると、少なくともハイブリッド化されたネフェリム的な系統において、人類は、その宇宙的な戦争の動機と、そしてある意味、それの遺産である事の両方において、中心的な関連性がある様に現れる事です。シュメールのヴァージョンにおいて、その戦争のための動機を形成したのは人類の人口過剰で、そして聖書的なヴァージョンにおいてそれは、大洪水の方法によって、「人類」を絶滅させようとする、神聖な決定の背景を形成したのは、「ネフィリム的な悪行」でした。2つを1つにまとめると、此処における関心の中心は、エンキ-イヴの系統であるかも知れない様に現れ、キメラ的な超-ハイブリッド化された系統として、そして恐らく、アダムとイヴ自身の「純粋な人間の系統」と相対して、人口過剰に成ったものの両方としてです。実際に、私達は、何故様々な旧約聖書的な書が、様々な家系図的な記録に、その様な強調を置くのかの理由に近づいているのかも知れず、旧約聖書の家長的な系統に、エンキ-イヴの系統の2番目の「超-ハイブリッド化」された系統との関連性が殆ど無いためです。実際に、その反対が本当で、エジプトからのヘブライ人達の出国の瞬間から、カナーン(パレスチナ)への侵略と占領まで、周囲の人々のネフィリム的な王朝に対する、終わり無き争いを行い、デーヴィッドとゴライアスの逸話が、その最も有名な例です。出来る限り率直に、そして端的に言うと、その戦争の一つの遺産は、「それぞれの血統の間の進行形の争い」の様に現れます。残念ながら、この話はとても興味深いのですが、その話が歴史を通して編み込まれるので、その話は此処において説明されるものでは無いのは、それが、それ自体の1冊の本を必要とするためです。

エンキとイヴの間の関係が、特定の方法において、太古のタルムード的な伝統を甦らせるのは、人間の妻達と婚姻した「神の息子達」が、キメラ的で巨人の子供達を儲けたとされる、ネフィリムの行動として、創世記に描写されたものにおいて、エンキが主役の役割を担うためです。回避的な方法において、ガードナーは、すると、創世記自体のネフィリムの特徴化を確認し、その特徴化は、キメラ的な存在としてのエンキの、シュメール人達の伝統的で、芸術的な描写によって補佐されています。

ニヌルタ-ニムロッド、そしてバベルの塔の瞬間


宇宙的な戦争の出来事の、もう一つの聖書-シュメール的な見解は、バベルの塔のエピソード(逸話)によって供給されます。私達がこれから直ぐに見る様に、このエピソードもまたとても奇妙な方法で、エジプトとオシリスに導き戻されます。前述の章の中で、アヌンナキの神ニヌルタと、聖書的な登場人物ニムロッドの親密な関連性は述べられました。ニヌルタのシュメール的な家系図と、創世記第10章の中の、ニムロッドの聖書的な家系図の、あらゆる比較は、その2人の間に平行線(類似性)が殆ど無い事を実証します。ですから、何故、この2人は関連させられるのでしょう?

ニヌルタの寺院が、現代のイラクの中のニムロッド(の街)に中心されている平凡な事実のレベルを超えて、それらの2人を関連させる、更にもっと暗示的なテーマが存在します。例えば、ガードナーの家系図的な表が明らかにハイライトするニヌルタの称号は、「強力な狩人(i.e.射手座)」で、その称号は順を追って、ニヌルタの(アン)ズーの打倒に関連しています。それは、言葉を変えると、意図的に、そして直接的に、その宇宙的な戦争と、それらの宇宙的な力/権力を与える性質と共に、運命のタブレット(板状のもの)の窃盗と取戻しに関連します。アッシリア学者、ステファニー・デイリーが記述する様に、ニヌルタは、そのタブレットの2度目の窃盗の際に、それ自体に関連した戦争における、エンリルの代理であり、復讐者で、そしてアヌンナキの指導者でした。人が、ニヌルタに関連した概念のタペストリー(壁掛け)と称号と共に、聖書におけるニムロッドの人物像との類似性を見つけるのは、これにおいてです。

ニムロッドは、旧約聖書の創世記の8:8-10の中で、とても端的に記述されます旧約聖書の創世記の8:8-10の中で、とても端的に記述されます。旧約聖書の創世記の8:8-10の中で、とても端的に記述されます旧約聖書の創世記の8:8-10の中で、とても端的に記述されます。此処におけるコンテキスト(文脈)は重要で、創世記第8章は、第6章に始まり、第11章のバベルの塔の瞬間と共に終わる、総合的な「大洪水」のコンテキストにおいて、その一部を形成するためです。この時点において、創世記8:8-10が、彼について述べなければ成らなかった事を、引用するのには価値があります:
(注:創世記第10章8-10の勘違い。

8.クッシュはニムロッドを得て(授かり)、彼は地球上(地上)で強力な者に成り始めました。

9.彼はの前で強力な狩人(射手座)で:それによって、強力な狩人ニムロッドは、の前で同等と言われました。

10.そして彼の王国の始まりは、シナル(シナイ)の土地における、バベル、エレク、アッカド、そしてカルネア(カルデア?)でした。

故にニムロッドは、ニヌルタと共に、「強力な狩人」の特徴的な称号を分かち合います。そして聖書的なヴァージョンにおいて、ニムロッドがその称号を与えられたのは、何故なら彼が征服者であったためなのは鮮明で、実際に、聖書の中に記述された、最初の征服者-暴政者です。これにおいて彼は、類似した戦争的な理由のために、強力な狩人の称号を得た、ニヌルタに親密に平行線します。

第10章の中で、これ等の行が起こるコンテキストに注目するのも、また興味深く、その章の残りの全体は、「ノア(v.1)の息子達の世代」の記録以外の何ものでも無いためです。言い換えると、通常の「begats(得た/授かった)」の連続は、一時的に、ニムロッドの謎めいた人物像への、少々のコメントを供給するために中断され、その後、その文献は、21度に渡り「begats」を繰り返し、その上で、その章は完結し、そして第11章が始まります。そしてこれが重要なのは、創世記の第11章が、その1-9段落において、直ぐにバベルの塔の逸話を始めるためです。では、創世記8:10が、ニムロッドの王国について述べる事に注目して下さい:それはバベルにおいて始まりました。これが強く示唆するのは、聖書の説明は、その読者が、ニムロッドとバベルの塔の瞬間を関連させる事を、意図していると言う事です。

では、私達は - 再び - 私が、私の著書ギザの死の星は破壊されたの中で、バベルの塔の瞬間について述べた事を思い出しましょう。

創世記

創世記の説明

「原始太古のとても高度に発達した文明と、推定された、統一された物理学と先進的な科学技術:バベルの塔の衰退に関して、もう一つの出来事が記述される必要があります。旧約聖書は、統一化された、とても高度な太古原始の文明を、それから結果した、様々な争い合い、そして退化した遺産的な文化へと変格した出来事への、重要な手掛かりを与えます。その話は、創世記第11章:1-9に記録されています:

1.そして、地球全体は、一つの言語であり、一つの語りでした。

2.彼等が東方より旅した際に、彼等はシナイ半島に平野を見つけ;そして彼等は其処に定住しました。

3.そして彼等はお互いにこう言いました、行って、私達は煉瓦を造り、それらをしっかりと焼きましょう。そして、彼等は石の代わりに煉瓦を持ち、モルタルの代わりに泥を持ちました。

4.そして彼等は言いました、行って、私達は街と、その天辺が天界に届く、塔を建て;私達が、地球全体の地表に散らばらされるといけないので、私達は名前を造りましょう。

5.そしてそのは、人々の子供達が建てたその街と塔を見るために降臨しました。

6.そしてそのはこう言いました、見よ、人々は一つで、そして彼等は全て一つの言語で;そして彼等はこれを行い始め:そして今、彼等が行おうと想像したものから、彼等を妨げるものは何も無い。

7.行って、降臨して、そして彼等がお互いの語りを理解出来無い様に、彼等の言語を混乱させよう。

8.ですからそのは、彼等を地上の全ての地表に散らばらせさせ:そして彼等はその街を建てる様に残されました。

9.故にその名前はバベルと呼ばれ;何故なら、其処においてそのが地上の全ての言語を混乱させたためで、:そしてそれにおいて、そのが、地上全ての地表の外国に、彼等を散らばらさせたためです。

「以前に概要された広いシナリオのコンテキスト(文脈)において、「バベルの塔」の瞬間は、更なる推理を許します:その「一つの言語」と、その「一つの人々」は、最も広い感覚において、一つの自然的な人間の言語と一つの文化であるだけで無く、一つの科学の言語で、統一された科学と物理学でありえるでしょうか?そしてその「一つの人々」は、一つの太古原始のとても高度な文明に言及するだけで無く、その「一つの言語」と統一された科学的な世界観がそれを可能にした、統一された文化的な効果に言及しているのはあり得るでしょうか?聖書的な説明の中に、これ等の可能性を除外するものは何も無く、そして実際に、もし人が、「天界に届く頂上」を、地域的で天界的なメカニクス(機械性)の、ピラミッドの多くの次元的な類推の隠喩だと理解するなら、その塔は、ピラミッド自体であるかも知れない、強い示唆があります。類似した理由づけの線によって、統一された科学と物理学は、「彼等が行おうと想像したものから、彼等を妨げるものは何も無い」と言う、神聖な観測において、示唆されています。明らかに、その「塔」は、木製の足場と、大規模な重さを凄い高さへ持ち上げようと唸るクレーンと共に、超高層の高さに届こうとする、大規模な煉瓦造りの、ルネッサンスの絵ではありません。全く異なった何かその他が機能していました。このコンテキストにおいて、そのバベルの塔の破壊は、遠回しに、「大いなる悩みの種」、「兵器」、そして「グレート・ピラミッド」の破壊に言及していると推理するのは、言い過ぎでは無いかも知れません。」

そして故に、私はギザの死の星は破壊されたの中でこう書きました。

「ですが私達は今、バベルの塔の瞬間を見解する、太古原始的なコンテキストの一部を形成するための、新たなデータを有し、そしてそれらは、運命のタブレット(板状のもの)で、私達が前述の章を通して見た様に、それらは、宇宙的な力/権力を、それらの所有者達に与えただけで無く、それらの力は - 私達が論説した様に - それらは、意識のある存在(人)の感情の状態も含み、地域的な空間における、物体のホログラフ的で干渉法的な「グレーテイング」のカタログであると言う事実に基づけられていました。また、そのタブレット、またはMEは、「指示のマニュアル」の一種、またはある種の科学技術のためのソフトウェアであると、B.A. ボウレイが明言した事を思い出すと、覇権を授ける方法における、「エクル(神殿)」、「塔」、または「ピラミッド」を造る、または再建する様にデザインされたプロジェクトを邪魔する、または破壊する一つの方法は、その人間的な解釈者が、その「機能的な言語」を理解出来無い様にする事によって、その「ソフトウェア」を使用不可能にする事です。それは、一種のゲリラ戦争における、典型的な戦法です。」

言い換えると、もしニムロッドがニヌルタに関連させられるなら、すると彼は運命のタブレットにも関連させられ、そして順を追ってこれが意味するのは、バベルの塔の聖書的な説明は、そのタブレットの伝説と石の逸話のもう一つの章であるかも知れないと言う事です。

シュメールのバベルの塔

ですがニムロッドはまた・・・エンキにも関連させられています。紀元前2,000年頃に書かれ、そして故に(旧約聖書の)創世記の話しよりも古い、エンメルカルとアラッタ(の街)の主として知られるバベルの塔のシュメールのヴァージョンの中で、「世界の全体は一つで、エンリル一つの言語において声を与えました。」その後、エン、またはエンキと言う、奇妙な登場人物が現れます:

「それから、その競争者(contender)、エン(主/lord)は
競争者 - 主(あるじ)は
競争者 - その王は
競争者 - そのエンは
競争者 - その主(マスター)は
競争者 - その王は

エンキ、へガルのエンは、
間違いない言葉の者は、
大地の悪賢く抜け目の無いエンは、
神々の、思考において才を与えられた者は、
エリドゥ(の街)のエンは、
彼等の口の語り(言語)を変え、
元々、一つであった人間の語り(言語)において、
論争を設定しました(言語を分岐させました)。

その逸話のシュメールのヴァージョンにおいてニムロッドは、エンメルカルと言う登場人物によって表されます。此処で注目してもらいたいのは、母音を省略するヘブライ語の記述において、ニムロッドと言う名前が、n-m-r-d と表される事です。シュメール語において、その登場人物、エンメルカルは単純に、Enmerに「狩人」を意味する「kar」の接尾辞が加えられただけです。Enmer は母音を抜くと、 n-m-r として表されます。

その平行線(類似性)はそれだけに留まりません。

この本の中で既に言及されたシュメールの王のリスト(表)は、エンメルカルがまた、ウルク(の街)を建設した事を明言します。創世記の中で、ニムロッドの王国の中心はバベル、またはバビロンで、そしてエレクはウルクのもう一つの別名です。此処でもまた、聖書の文献は、その古さが考慮されると、バベル、またはバビロンに言及しているのではなく、エンキのカルト(信仰)の中心であった、エリドゥであったと信じる理由があります。この中心地は、「ヌン-キ」または「強力な場所」として知られ、その称号は、その約1,000年後に、其処でマードュックの寺院が建設された後に、バビロニアに与えられ、其処はアッカド語の名前で「バブ-イル(bab-ilu)」として知られました。言葉を変えると、Bab-iluヌン-キと同義語で、そして元々のヌン-キはバビロニアでは無く、エリドゥに位置していました。1940年代に、エリドゥの太古の場所で発掘された印象深いジグラット(寺院)があるので、このアイデアは、考古学によって支えられている様に現れます。更に重要な事に、この巨大なジグラットの最も高い位置において、発掘者達は、この居住地の全体が、完全に突然として見放された(退去された)事を発見しました。

これは確かに、人が可能な限り行ける、エジプト、ギザ、そしてオシリスから遠くの様に見えます。

バビロニア、エリドゥ(Eridu)、ウルク(Uruk)
1Sumer1.jpg


エリドゥのジグラッドの跡
2Eriduaerial1.jpg


ジグラット(イラク)
3Ancient_ziggurat_at_Ali_Air_Base_Iraq_2005.jpg


しかしながら、その構図は其処まで単純では無く、オシリス自体の名前が、ヒエログリフ(象形文字)的に、一つのによって続かれた王座の絵文字でしたが、その順番はその後、逆転されたためです。エジプトのオシリスの形状は、アウサル(Ausar)で、メソポタミアのアシュール(Ashur/i.e.阿修羅)と同血族で、彼の王座を所有する者(王族)を示唆します。その他の意味は「創造する座」、「眼の座」、そして「強力な者」です。エドフ文献の「音の眼」と、創世記におけるニムロッドの称号の関連性は、今、明らかです。再検証主義の学者、デーヴィッド・ロールは - オシリス、ニムロッド、エリドゥ-バベル、そしてバベルの塔の - このシンボル(象徴)の配置を、この様な方法で説明します:

「私達が此処において扱っているのは、一人の歴史上の人物で、地球上で最初の帝国を確立し、4つの主要な集団の下の多くの国々によって、神格化された様に現れます:

(1)早期のシュメールのエンメルで、後のメソポタミアのニヌルタで・・・聖書的なニムロッドであり、ギリシャのニヌスで;

(2)古バビロニアのマードュクで、聖書的なメロダックで、その後、単純に、バアル(「主」)のベルとして知られ;

(3)後期シュメールのアサル-ルヒで・・・アッシリアのアシュールで、エジプトのアサル(オシリス)で;

(4)シュメールのドゥムズ、聖書的なタムズ(テムズ川の由来)、フェニキアのアドニス、ギリシャのディオニッソス、ローマのバッカスです・・・

もしこの同一視が本当であると証明されるなら、そのバベルの塔の関連性は、エリドゥにだけで無く、私が、私のギザの死の星は破壊されたの中で最初に推理した様に、ギザにもまた関連していて、その関連性が今、オシリス、ニムロッド、そしてオシリスの休む場所である、「ロスタウ(の地下トンネル)」またはギザの下界/黄泉の国の間の関連性であるためです。

私達は再び、象徴の統一化された意図の、豊かな言葉遊びと、複数の層の意味の前にあるのは、ギザ、神々の戦争、火星、バベルの塔の瞬間、そして人類自体の間に今、数々の関連性があるためです。そして前述の章が詳細した様に、私達は同様に、ある意味、その戦争の原因でもあり、それらの戦争に関連した、薄っすらとですが、それでもしっかりと理解可能な科学技術のパターンを保存する、文献の前にあります。そして明言されなければならない、もう一つの関連性があります。エンキは、ギリシャの伝統において、クロノスまたは土星と同一で同じです。ですから再び、人は、デ・サンティラーナとヴォン・デチンドによって最初に観測された、この宇宙的な戦争における、火星と土星の奇妙な関連性と出くわします。

この時点において、幾つもの言語学的そして語源的な吟味と共に、多くの章とページの中で文献と科学が分析された後、私達は、石、運命のタブレット、山々、そして「音の眼」を含む科学技術、先進的な科学技術と共に、多くの世界において戦われた宇宙的な戦争の、とても単純なテーマの解説を補佐する、複雑で細かく相互関連している象徴と題材の全ての前にあります。私達が関心のあるその世界は、これまでに論議された「神々」と、それらに関連させられた惑星によって示唆されます:

火星        ネルガル、そして幾つかの場合、ホルス

土星        エンキ

月         トート

木星          マードュック

地球          上記の全てです。

私達はその戦争の論説の外的な確認のために、これ等の惑星、またはそれらに関連した衛星の上の戦争と、人工的な異例の特徴を探さなければならないのは、その昔、戦争において一つの惑星を爆発させるために十分に兵器化された物理学が存在し、そして加えて、太古の文献の中の遠い記憶を通して、はっきりと目に見える物理学の概要が存在するのは、一応の証拠のあるケースが既に述べられたためです。

この研究全体を通して言及されたシナリオの、特定の年代的な特徴を解説する方法によって、そして戦争、サボタージュ、そして究極の科学技術のこの宇宙的なドラマにおいて、最も邪悪で、悪意ある、そして種族大虐殺的で、「世界大虐殺」的な人物:ルシファー、「太陽神」ラー、そして「光をもたらすもの」の、墜落を解説する方法によって、「手掛かりのカタログ」が今、必要と成ります。


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