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地図、お金、そして独占主義:クリストファー・コロンブスの使命

Maps, Money, and Monopolies: The Mission of Christopher Columbus
地図、お金、そして独占主義:クリストファー・コロンブスの使命

1 Christopher

ジョセフ P. ファレル著
ヴェニスの金融的毒蛇達:第九章、220ページより:

少なくとも、近代において、陰謀は存在すると、信じる準備が私達には出来ています。「通説」によって推進され、そして世界のエリート達の権力の中央から派生される、「方向づけられた歴史的ナレーション」に挑戦する書籍は数多くあります。この本を読んでる多くの人達は、例えば、大統領、ジョン F. ケネディーの暗殺や、9.11の「公式な見解」等々に関する、推進される通説を疑います。

ですが、私達が中世とルネッサンスに向いた時、私達はすぐさま基準的な歴史的ナレーションを鵜呑みにし、これ等の時代に - 心理作戦、カバー・ストーリー、偽のフロント(建前)、フォルス・フラッグ(偽旗)作戦、等々を含む - 陰謀が存在する事が出来たとは、信じようとはしません。そしてこのリストの一番初めにあるのが1492年のクリストファー・コロンブスの航海です。私達は全員、その神話を心から知っていて:コロンブスはスペインの王、ファーディナンドと女王、イザベラの前に行き、アフリカ南端を周りインド洋を通るルートの、ポルトガルの支配を回避して、東洋の香辛料の島々への直接のルートを見つけると説得しました。それが、兎に角、その話(通説)です。

ですが、此処において論議される様に、その話は唯それだけで:カバー・ストーリーで、そして真実はとても異なるかも知れません。その真実は実にとっても異なっていて、マインドを驚きでギョッとさせるかも知れません。

何故かを理解するためには、金融、哲学、貴金属、そして隠喩の、難解で早急な世界から出て、そして同等に難解で早急な、海洋航海と、太古と中世の地図の世界に、私達が入る必要があり、それらの地図は、詳細な吟味をしてみると、通常では無い知識と、その出処を実証します。

A. The Strange Case of Piri Reis Map
1. Antarctica
ピリ・レイス地図の奇妙な件
1.南極


この、世にも奇妙な話は、ピリ・レイス(約1465/1479-1555年)と言う名の、オスマントルコのトルコ人の海軍将と共に始まります。ピリ・レイス地図の問題は厳密に、以下の様に明言されるでしょう:それは当時発見されていなかった何かを描写し、以下の写真が見せる様に、つまり、南極です

1pirireis_2maps.jpg

ピリ・レイス地図:南米の海岸線、アフリカ西部の膨らみ、そしてスペインと、それから、その地図の下部の南極に注意して下さい。

その地図は、直ぐに科学の歴史の教授、チャールズ H. ハプグッド(1904-1982年)の注意に留り、彼は、彼の学生達と共に、この異例には前例が無いか調査し、プロトラノスと呼ばれる古い中世の地図と、その他のルネッサンス期の世界地図を探しました。彼等が、有名なオロンテウス・フィナエウスの1532年の地図を掘り出すまで、あまり時間はかからず、それは、その時代の多くの地図と同様に、当時、テラ・オーストラリスとして知られていた南極大陸をはっきりと描いていました。

2pirireis05.gif

南極を描写している1531年のオロンテウス・フィナエウス地図の右側。

その問題は、懐疑主義のウェブサイト「粗悪な考古学」によって、遠回しに認められ、それはこう記述します:「オロンテウス・フィナエウスによる、南方の大陸の大体の描写と、南極の近代の地図の間には、とても明らかな類似性があるけれども、それらは詳細な吟味には耐えられず;実際に類似性よりも違いの方が多く、南方の大陸の正確な知識無しで描かれた地図から人が予測出来るものです!」言葉を変えると - 単純に見る意志のある人にとって - その問題は、1773年にクック船長がその大陸の直ぐ近くまで来た遥か以前に、そして1820年にその大陸との接触が実際に行われる以前に、地図における不正確さにも拘らず、多かれ少なかれ正確に描かれていると言う事で、それは否定するための、科学界の基準的な下らない戦法にも拘らずです。

ハプグッドはこの時代錯誤で場違いに正確な地図の、彼による発見について思い返します:

「それからある日、私はページをめくり、そして座ったまま釘づけにされました。1531年に、オロンテウス・フィナエウスによって描かれた世界地図の南半球に私の目が行きました。私が此処で見つけたのは、本当の南極の、正に正真正銘の地図だという、瞬間的な納得が、私にはありました。」

オロンテウスによって描写された地図の問題は、近代の地図製作法で表されたその大陸の描写との、一般的な類似だけでは無く;その問題はもっと深くまで行きました:

「その大陸の全体的な形は、驚く程、私達の近代の地図の大陸の輪郭に似ていて・・・南極点の位置は、殆どその大陸の中心で、大体正しい様でした。その海岸線を縁取った山脈は、近年、南極で発見された数々の山脈を暗示しました。また明らかだったのは、これが誰かの想像力でむやみに創造されたものでは無いと言う事です。その山脈は個別化され、幾つかは海岸沿いで、その他はそうでなく・・・これが暗示したのは、勿論、元祖の地図が描かれた時、その海岸線は、氷に覆われていなかったのかも知れないと言う事です。

より近くで見て見れば、読者はハプグッドが言っている事について、理解するでしょう:

オロンテウス・フィナエウスの地図は、当時発見されていなかった、南極大陸を描写する唯一のその様な地図ではありませんでした。ハプグッドは、1559年のハジ・アフメッド地図も含めて、その他を見つけ、マーケイターの様な技法で、再びはっきりと南極大陸を描写していました:

3hadji_ahmed_map

1559年のハジ・アフメッド地図

この全ては、ハプグッドが気付いた様に、この様な地図、特にピリ・レイス地図に出くわした者達の幾人かが、氷の下にあるはずの、トルコの海軍将の地図の海岸線の部分が、それにも拘らず多かれ少なかれ、正確に描写されているのは、「氷が現れる以前に」測量されたからであるはずと、憶測する事に繋がりました。

2. Medieval Portolans
中世のポートラン


その問題はその後、更にもっと深刻になりました。時代錯誤的に場違いな正確性を体現する様な、古い地図のための彼の探求において、ハプグッドは直ぐに、1339年に、アンジェリーノ・ドゥルサートによって産出されたドゥルサート・ポートラノを発見し、十分に興味深い事に、その人物は恐らく、ヴェニスの大いなるライバルで、ビザンチン帝国とのそれ自体の貿易特権を持っていた、北部イタリアのもう一つの商業都市国家であった、ジェノアで訓練されました。とても薄れてはいますが、ドゥルサート・ポートラノを一目見れば、直ぐにその問題が見えます:

4_Angelino_Dulcert_cropped

1339年のドゥルサート・ポートラノ

見るのが難しい間、ヨーロッパ、小アジア、そして北アフリカの輪郭は、薄いけれど、上の写真から、見る事ができ、問いを浮き上がらさせます:何故、この地図はそれ程に正確で、そしてこの正確性は何処から来たのでしょう?どうやってこの知識は中世とルネッサンスのヨーロッパに現れ、ヨーロッパの人々に知られていなかったもう一つの世界(アメリカ大陸)が存在すると証明する航海に拍車をかけたのでしょう?

3. Maps from High Antiquity
遥か大昔からの地図


ヴェニスがもう一度再び登場し、(首都)ビザンチウムを通して流れている、遠くの東(中東)との貿易における、ヴェニスとジェノアの大いなる貿易の、ライバル関係を象徴する全てが登場します。

第二章の中で記述された様に、北部イタリアにおけるヘルメティカ(神秘主義)の突然の現れは、フェラーラ・フローレンスの評議会に続き、それは、私達がまた観測した様に、フローレンスのメディチ家によって部分的で、金融的にスポンサーされました。其処で私達は、その評議会へのギリシャ代表の中の、ビザンチンの人文主義者、ベッサリオンとプレソンの存在が、コンスタンティノープルの東ローマ帝国の帝国的な記録の保管所から、唯一来る事の出来る、失われた知識を探し求めていた、フローレンスの商人達との、接触点では無かったかと、推理しました。私達は故に、この接触が、この時代に、地球の明らかに隠された地図製作法の知識が突如現れた一つのルートだと推理しました。

ですがまた、第三章で記述された様に、ヴェニスとそのライバルであるジェノアの、東ローマ、またはビザンチン帝国との接触は、フローレンスの評議会の約2世紀前で、ビザンチウム内での無課税と共に、ヴェニスとジェノアは実質的に、その港を独占していました。ヴェニスによる第四聖戦の後のラテン帝国の確立は、ヴェニスに帝国記録管理所へのアクセスを与え、そして故に、それらからピリ・レイスが彼の地図を製作したチャート手本へのアクセスを得ました。同様に、ヴェネチア人とジェノア人のライバル関係の期間に、ジェノアもビザンチウムへのアクセスを有した事は、彼等に同等のアクセスを与えました。疑問は、ヴェニスが何故、この知識にアクセスして利用しなかったのかと言う事です。

私達が第三章で見た様に、その疑問は、世界地図を見る事で、簡単に答えられます。ヴェニスが大西洋に出られないのは、地理的な問題だけでは無く、スペイン(i.e. ジブラルタル海峡)において戦争していたモーアー(ムスリム/イスラム)とキャスティリア人達のためでした。ヴェニスは、言い換えると、もしこの地図製作法の知識へのアクセスを持っていたとしても、それを使用する事が出来ず、その他の誰かによってそれが使われない様に、その知識を隠蔽せねばならず、そうしなければ遠い東との貿易において、戦略的に優位な位置にある地位と、その金融と商業の帝国が脅かされてしまうためです。

まだ残る問いは、ピリ・レイス地図の手本のようなものが実際に存在していたかと言う事です。もしそうならば、すると、ヴェネチア人による隠蔽の可能性は高く成ります。中世のポートラノが存在していたのは、私達は既に見ましたが、ハプグッドがコメントした様に、これ等はより古い手本から描写された様に現れます:

「・・・その代表的な学者の一人は、そのチャートが中世に起源するとは信じませんでした。これらのチャートの大いなるアトラス(図鑑)を収集した A. E. Nordenskiöld は・・・そしてまたそれらの歴史についての小論を書き・・・、それらが太古の時代からの起源でなければならない幾つかの理由を上げました。まず第一に、ドュルサート・ポートラノやそれに似たその他全ては、中世の船乗り達に描かれたとしては、とても正確過ぎると、彼は指摘しました。次に、その後に続くチャートは何の発達もしないと言う奇妙な事実があります。14世紀初めに起因するこれらは、16世紀からのものと同等の質です。あたかも14世紀初頭に誰かが、驚く程、良質なチャートを発見し、その後の200年間に、誰もそれ以上に改善出来なかったかのようです。更に加えて、Nordenskiöld は、その様な手本のチャートは唯一一つしか無く、続く数世紀に描かれた全てのポートラノは、その元祖からのコピーで - 複写または複写の複写であるという - 証拠を見つけました。彼はこの知られていない元祖を、「ノーマル・ポートラノ」と呼び、ポートラノは、集合体として、その元祖からコピーされた、少々独創性の無い模写であると証明しました。彼はこう述べました:「いずれにしても、その測量が見せるのは(1)地中海と黒海の輪郭に関して、ポートラノの全ては、その元祖から、殆ど変えられていないコピーで;(2)全てのポートラノの上で距離の同じスケールが使用されています。」」

Nordenskiöld は、これ等の測量は、カルタゴフェニキアの源泉から派生したと信じたと、ハプグッドは記述します。

ですがこれで全てではありません。 Nordenskiöld はまた、その地図が1400年代に初めて西洋ヨーロッパで紹介された、最も有名な古代の地理学者、プトレミー(プトレマイオス)の地図と、最も有名である中世のポートラノ、ドュルサート・ポートラノを比較しました。Nordenskiöld の2つの比較がはっきりと見せる様に、明らかに、中世の地図の方が、より詳細に正確でした:

この比較が示唆する事を明言するのにハプグッドは言葉を濁しません:

「これが何を意味するのか、私達は、一旦立ち止まって、考えてみましょう。プトレミーは古代の世界の最も有名な地理学者でした。彼は西暦2世紀に、アレクサンドリアの、古代の世界で最高峰の図書館で働きました。彼の一声で、この世界の、全ての蓄積された地理的な情報を得る事が出来ました。彼は数学に精通していました。彼は、彼の大いなる研究ジオグラフィアの中で・・・近代的で科学的な精神性を有している事を見せます。この知識を一つも持たない14世紀の中世の水夫達が、初歩的なコンパス以外に近代的な道具を一つも持たず - そして数学無しで - より科学的な産物を産出出来ると、軽く推測していいものでしょうか?

Nordenskiöld は、プトレミーによって体現されたものよりも、より優れた地理学的な伝統が、大昔にあったと感じました。「ノーマル・ポートラノ(原型)」は当時、水夫達や航海士達によって使用されたと彼は考え、その様な地図は古典的な著者達の誰によっても記録されていないと言う反論に、ポートラノが使用されていた中世において、それらは学生達や学者達によって、決して言及されなかったと指摘する事で答えました。古代と中世の両方において、学術的な地図の製作者と、実技的な航海士は、対極的に離れていた様です。」

此処でハプグッドが本当に示唆している事を慎重に注意して欲しいのは、もし中世の航海士達が、未熟な数学的技術と、そして更により未熟な航海的な道具しか持っていなかったのなら、すると、ドュルサート・ポートラノに代表される中世のポートラノは、プトレミーと有名なアレクサンドリアの図書館よりもさらに古く、大昔から手渡しされて来た、何らかの秘密の知識の、隠された伝統を現していなければなりません。

しかしながら、その様な観念を提案する、更なる証拠はあるでしょうか?実際にあるのですが、それは伝えるためには少々複雑です。ハプグッドと彼の学生たちが、ピリ・レイス地図の位置の緯度と経度を、実際の位置の近代の計算と相関させた時、彼等はピリ・レイス地図が、約4.5%ずれているのを発見しました。ピリ・レイス地図におけるこのエラーの源泉は、エラストセネスの地球の円周の計算から来ている様に現れました。ピリ・レイス地図がこの修正と共に描き直されると、驚くべき事が結果し、深遠な暗示をもつものでした:

「私達はこれが、それらが殆ど消滅するまで、経度的なエラーを減少させる事に結果するのを見つけました。

これは驚きの発展でした。それが唯一意味出来るのは、アレクサンドリアのギリシャ人達は、エラストセネスの円周を使って彼等の世界地図を準備した時に、彼等の前にエラストセネスの円周のエラーの無い地図を持っていて、つまり、明らかに認識可能なエラーが全く無いもので・・・示唆しているのは、その地図が起源した人々は、古代ギリシャ人達よりも、より先進的な科学を持っていたと言う事です。」

言い換えると、中世のポートラノ、そして実にピリ・レイス海軍将の地図の背後には、より太古で、そして隠された知識の伝統があると言う事です。

ハプグッドは、曖昧な言葉を使わずに、これ等が示唆する事をまとめます:

「まとめとして、すると、ピリ・レイスの地図のこの部分が示唆するのは、地球のカーブに調整された、ある種の三角法的なプロジェクションで、元々、多分、描かれた地図に基づいた、アフリカ、ヨーロッパ、そして大西洋の島々の源泉的な地図を持っていた事です。他に選択肢が無いので、私達はその地図のこの部分の起源を - ルネッサンスまたは中世の地図製作者では無く、そして経度に関してはその他の者達と同様に知らなかったアラブ人達でも無く、そしてギリシャ人達でも無く、古代ギリシャ時代以前の人々に帰属させなければなりません。プロジェクションの三角法(または、むしろ、地球のサイズについてのその情報)は、アレクサンドリアの地図製作者を示唆しますが、経度の明らかな知識は、私達によって知られていない人々を示唆し、古代ギリシャ人が夢にさえ見れなかった経度を見つける道具を持つ海洋民族で、そして、私達が知る限り、フェニキア人達もまた持っていませんでした。」

その他の場所でハプグッドは、更にもっとはっきりと、大昔からの、失われた文化と知識の明らかな示唆を、指摘します:

「浮き上がってくる様に見える構図は、故に、ルネッサンスの航海士と地図製作者、中世のあらゆる時代、アラブの地理学者、または太古の知られている地理学者の能力を、遥かにしのぐ、科学的達成のものです。それは、フェニキア人またはミノア人の様な人々を通して以外は、殆ど私達に伝えられなかった様に現れる、地図製作法の伝統の生き残りを実証している様に現れ、その大いなる海洋民族は、古代ギリシャ人達より長く以前の者達ですが、彼等(ギリシャ人)に彼等の海洋の話しを渡した様です。

円を分割するこの方法は近代のものでは無く;それは人に知られている最も古い、円を分割する方法です。更に加えて、それ(分割)が10進法を含むので、それ自体がどうして南極の太古の源泉の地図に、フェニキア人もバビロニア人も存在する以前に、オロンテウス・フィナエウスが南極点と考えましたが、私達が80番目の平行線かも知れないと見せた円をその(地図の)上につけたかを説明します。これから示唆されるのは、360度の円と12の風のシステム(twelve-wind system?)は、バビオニア人が現れる前に、そしてタイアーとシドン(の町)がフェニキア人によって造られる遥か以前に、太古であったと言う事です。バビロニアの科学は故に、恐らく、もっと古い文化からの遺産なのでしょう。

つまり、ピリ・レイス地図が体現するのは - ハプグッドが記述する様に - エジプトのアレクサンドリアから系統する、隠された、太古の伝統の生き残りです。これは今、東への貿易ルートの北部イタリアの都市国家による独占、特にヴェネチアによる独占の背骨を破壊した有名な航海の思考へと、私達をもたらします。それが私達にもたらすのは・・・

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