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ヴェネチアの「穀物省」と十人委員会:オリガーク達の道具

2. The Venetian "Grain Office" and the Council of Ten: Tools of the Oligarchs
ヴェネチアの「穀物省」と十人委員会:オリガーク達の道具

ヴェニス(ヴェネチア)の金融的毒蛇達
Joseph P. ファレル著、197ページより:

(注:最新のファレル博士の研究によると、十人委員会の正体は、1307年に解体された後に地下に潜ったテンプル騎士団との事。)

これ等の事実と見識を手に入れ、私達は此処で再びヴェニス自体に私達の注意を向けてみましょう。

注目するに値するのは、バルディとペルッジ(の企業)が、それらの最大の成長を遂げた期間に入り、そして丁度、ヨーロッパの市場におけるゴールドと銀の量がシフトし始めた1310年に、悪名高いヴェネチアの十人委員会が確立された事です。大まかな司法権を持つ専断不公平な裁判所(星室)と諜報工作と逆諜報工作のコンビネーションだったこの十人委員会と、ヴェネチアの銀行と、オリガーキー(金持ち金権主義)的支族が、どれだけ近親相姦的だったのかの理解を得るのに人は、1390年頃に成ると、十人委員会は、銀行家達に、銀をヴェネチアの造幣局にあてがう事を許し、それはその後ヴェネチアの領土の貨幣へと造幣され、そして銀行家達へと戻り、彼等は「取り合わせ」の下で、政府に貸し出す事に同意した!のに注意をすればよいでしょう。言葉を変えると、ヴェニスには近代的な感覚で言う中央銀行が無いのは、厳格な意味合いにおいては本当ですが、十人委員会は様々な銀行にひいきと特権を許可する事によって、中央銀行としての本質的な機能を供給しました。それ自体の方法において、それは直接、そして公にはオリガーク的な実業をひいきする様には現れない、ヴェネチア的得策の典型で、その間、それらの背後で追及されるのは、国家の委員会と評議会のビザンチン的メカニズムで、全てはオリガーク的階級の手の内にありました。

ヴェネチアのオリガーキーのその他の大いなる道具は「穀物省」でした。私達が再検証する穀物省での行いの多くは、大いなるフローレンスの超-企業の崩壊ののものである間、それらが此処で再検証されるのは、第二章と三章で私達が再検証した、ヴェネチアのオリガーキーの運営的な精神性をそれらが鮮明にするためです。穀物省、またはCamera Frumentiは1256年までに存在していて、そして1310年に確立された十人委員会の様に、フローレンスの危機の間に、完全に機能していました。銀行家達は直ぐに彼等の貨幣を預ける様に成り、そして故に、約1世紀に及ぶその存在の期間、ミュエラーが観測した様に、ヴェニスの金融的エリート達のための、ある種のスイス銀行として機能しました。穀物省に大きな預金を持つ貴族の支族の鍵の一つで、よってその状況において大きな影響力を持ったのは、ド・エステ家で、後に私達は再び出会います。

此処で鍵に成るのは、穀物省がヴェネチア共和国の省庁だったので、その国家は、「それ自体のための巨額の出費のためにそのお金を使用した」と言う事です。人がより詳細にこれらの「目的」を見た時、人はもう一つのオリガーキー的パターンを見始め、それは、小麦を粉末にする水車小屋や、レンガと屋根のタイルを焼くかまどなどの - 公共の善に含まれる部門における、殆どが貴族達によるものでしたが貴族だけに留まる事の無い、事業へのローンを時折行いました。これにおいて穀物省は、国家全体としての安全に影響している様々なプロジェクトのために、軍産複合体に高額の契約を与える、今日のアメリカのペンタゴンに類似した方法で機能しました。ミュエーラーはこの様に書きます:

「国家へのローンと供の、この金融的機関はまた、殆どが貴族であった個人の実業家達に、長期的なローンを行い、許可された上で行われた事業は、ヴェネチアの経済の戦略的に重要な部分のものでした。」

それはコンスタンティノープルのビザンチン皇帝にさえもローンをし、帝国の冠の宝石が、担保として穀物省の帳簿にリストされています。穀物省は故に、「スイス銀行」として機能しただけでなく、また、ある種の連邦準備銀行で、それが公共と個人の両方のフロートされた借金を管理したので、ある時には預金を保っている貴族達と銀行家達、またはローンを受け取った実業家達の間の様々な陰謀の中心と成りました。十分に興味深く、そして十分に予想可能な様に、元々、国家によって預金が求められたのは - ヴェニスの食糧供給である - 穀物を購入するためで、穀物自体がローンの担保でした。

最後に、貴族、金融権力、、諜報工作、そして国家の間の、常に存在しているオリガーキー的な配置を強調し、穀物省が十人委員会の金融的なエージェント(部下/手先)だった事を観測するのはまた重要です。

奇妙で便利な事に(またはそうでは無いかも知れませんが)ヴェネチアの穀物省の記録は「完全に消失」していて、近代の研究者達は、その他の記録や、省に預金をする許可を求めた外人の口座から、その話の欠片を収集する事を余儀なくされています。これにも、また、ヴェネチアのオリガーキー的足跡が恐らく残り、表面的に統一的なフロントを現す間、内部的な派閥の闘争と活動を、意図的に隠しているのかも知れません。また興味深いのは、そしてまた恐らくオリガーキー的戦略でしょうが、フローレンスの超-企業の崩壊の1世紀後、そしてヴェニスがその力の絶頂期の時に、穀物省は解体され、リアルト(島)の銀行家達が公に場面に現れ、最もうららかな共和国のフロートしている公共の借金を管理する様に成りました。

一つのエピソードが、特に穀物省に関して、ヴェネチアのオリガーキー一般の、意図的に虚偽的な本質に焦点を当てます。これを私達は此処で「カングランデ事件」と呼びましょう。この問題について私達が詳細に知っているのは、その解決の記録がヴェニスにおいて - 国家のもう一つの重要なヴェネチアのオリガーキー的機関ですが、時間の問題で私達が此処で探求出来ない - サン・マルコの代理長官によって記述された御蔭と、イタリアのもう一つの都市国家、ヴェローナの貴族だったカングランデ・イル・デラ・スカラと言う一人の人の御蔭です。とても長く複雑な話を短くすると、カングランデは穀物銀行に預金をし、それは跡取りによって主張されました(あるフレガノと言う人物で、ヴェネチア人達はその人が貴族では無いと否定しました)、そして多くもめた後、彼はヴェネチア人達が法的に否定出来ない点まで、何とか主張を押し通しました。その問題において、穀物省、そして故にヴェネチアの国家自体に対するその主張が、金利と共に膨らみ、250,00デュカットと言う驚きの額に増え、ヴェネチア人達は明らかに支払いたくありませんでした(そして恐らく支払う方法が無かったのでしょう)。彼が貴族である事を否定したのは、疑う余地無く、その莫大な額のお金の支払いを避けるためで、加えて、彼に対する2度の暗殺未遂があり、ミュエーラーの慎重な言葉を使うと、「時には国家の重要な機関が関わっていまいた。」暗殺と延期がフレガノの心を変える事に失敗すると、妥協が最終的に結ばれ、フレガノは穀物省に対する主張を取り下げる事に同意し、その見返りにヴェニスは彼に1,500デュカットの年金と、彼の死後、彼の跡取り達に1,000デュカット支払う事に同意しました(その跡取り達も簡単に、誤魔化し、支払い拒否、そして暗殺の、同じ戦略の対象になると記述しておきましょう)。言い換えると、ヴェネチアのオリガーク達は、彼等が負債したものを単純に、支払う事を拒否し、脅迫、暴力、誤魔化しの戦略を取り、そして最終的に彼等の義務を「再び協議」する事ができ、その相手は、疑う余地無く、憤激させられ、疲労困憊させられ、少なくとの何等かの利益を、この試練から得たいと考えたでしょう。オリガーク達に取って、それは愉快で、それは彼らが、彼等の膨大な額の義務を、言うなれば、彼等にとっての小銭ですませられたためです。

カングランデ事件が穀物省の重要な機能に焦点を当てるのは、私達が見た様に、ヴェネチアの金融的な行いが、「北部イタリアの中央や、バルカン半島までのその他の地域の貴族の支族達」の場所に成ったからです。再び要点をハイライトすると、それは十人委員会とヴェネチア共和国がそれを通して、彼等の貿易、両替/為替、そして帝国を運営するために欠かす事の出来ない情報の流れを得た、重要な集中点でした。穀物省が衰退し、国家への貸し出しがリアルト(島)の上の銀行で行われる様に成る頃に成ると、様々な極悪な活動のためのファンドを管理する穀物省の機能もまた、銀行によって、「ビジネスにおける新たな透明性」の時点までさえも、直接入れ替わり、政府からのリアルトの銀行家へのローンの要請は、ヴェニスの敵(この件では1415年のシギスモンド王とブルーノロ・デラ・スカラ)を暗殺するための賞金を提供するためのものでした!

メインテーマであるフローレンスの国際商業銀行家達の崩壊に戻り、そして穀物省とその最終的な入れ替わりによって、ヴェネチア国家の借金を直接資金したリアルトの個人的な銀行家達を離れる前に - これらの銀行は多くのケースにおいて、国家を運営している正に同じオリガーキーと直接関連していると常に覚えておいて - 人がまた注意を払うべきは、銀行による国家への最も高い貸し出しの時代(現在)が始まったのはヴェニスの衰退を境界線にしての事です。
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