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うららかな共和国

ヴェニスの金融的毒蛇達
ジョセフ P. ファレル著

第三章
うららかな共和国、:霧がかった湿地からの怪しい行い

「ヴェニスはそれ自体を、うららかな共和国と呼びましたが、アメリカ人にとって理解可能な共和国などでは無く・・・その邪悪な制度は、15世紀またはそれ以上続く、最も醜い無類のオリガーク(オリハルヒ)的な支配を供給しました・・・ヴェニスは近代国家の世界のど真ん中まで、退廃的な古代のバビロニアの伝染病を運んだ、ある種のコンベヤー・ベルトとして考えられるのが最適です。」
- ウェブスター・グリフィン・タープリー

「ヴェニスの本質は、オリガーク主義、ユーザリー(金利宗教)、奴隷制、そしてアリストテレス・カルトです。」
- ウェブスター・グリフィン・タープリー


上記の引用を読み、読者が想像したであろう様に、研究者、ウェブスター・グリフィン・タープリーは、ヴェニスの最もうららかな共和国について良い事を、もしあったとしても、全く言いません。彼にとって、商業銀行業のヴェネチア(フェニキア/ヴェニス)的システム、傭兵軍、そして帝国は、それ等が産み出した略奪的銀行業のオリガーク達、そして必然的な帝国に関連させられる全ての邪悪の典型的な象徴の一種です。ですが、確かに、人は彼が、彼の件(ケース)を大げさに言いすぎていると反論するかも知れません。確かに、バビロンまで遡る15世紀続いたオリガーキー的な陰謀は言い過ぎでしょう?と。確かに、タープリーは、ヴェニスの役割を大げさにし過ぎ、その他のイタリアの都市国家とそれら自体の商業銀行家達の役割を無視しているでしょう?結局の処、人は、ジェノア、またはパドュア、そしてフローレンスといったバルディ家、ペルッジ家、そしてメディチ家と言った銀行業と商業の支族を考えるだけでも十分です。より要点的に、強力なヴェニスが、冒険的なヘルメス主義者ブルーノを、膝まづかせ、破綻(処刑)へともたらさせるなどとは、考え過ぎでしょう?

タープリーは沢山ヴェニスに文句をつけた様ですが、しかしながら、ヨーロッパの政治におけるその絡まった構造を理解するためには、その政治的で金融的な歴史を言うまでも無く、そしてそれからジョルダーノ・ブルーノ、ヘルメス主義、隠された数学的隠喩、そしてそれらが科学的そして金融的に暗示する事が並列され、そしてその全てを陰謀/共謀の複雑な構造へと編み込まれると、それは遊園地のお化け屋敷に入る様なもので、埃と蜘蛛の巣満載の太古の文献のある戸棚に満たされた、より不気味な部屋に入る様なもので、其処において階段は煉瓦で固められた壁に繋がり、ドアの入り口は突然の落とし穴の割れ目に繋がり、罠のドアは針の山に繋がり、部屋の天井は低すぎるか高すぎるかのどちらかで、人自身の声が埃っぽい薄暗闇の中で響きます。

人は、羽根の着いたライオンを大胆に縫い込んだ赤い旗である、ヴェニスの国旗が、バビロニアとアッシリアの羽のついたライオンと類似している点を指摘し、その紋章を基にしてタープリーに同意するかも知れません。

1flaglarge.jpg


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跳ねのついたライオンを、ヴェニスのパトロンである聖者マーク(マルコ)と断定するのは簡単で、そして実に、ヴェネチア共和国は、エジプトのアレクサンドリアから聖者マークの遺物を得るために努力を惜しみませんでした。ですが人は、その関連性の究極的な根本において、実にメソポタミア的であると立件出来るより深い歴史的背景を有し、その論説においてヴェニスの公式な旗におけるメソポタミアの羽根つきのライオンの奇妙な現れのコンテキスト(文脈)的な理解を出来ます。

A.ユーフラテス川がテベレ川に流れ込んだ:ヴェニスの先史

私はこの話を、このシリーズの前出の本、バビロンの銀行家達:より深い物理学、高度(大規模)な金融、そして太古の宗教の中で初めてしましたが、それを知らない人のために、此処で再検討してみましょう。

それは19世紀が20世紀に変わるころに、ジョン・ホプキンス大学で教授をしていた、テニー・フランクと言う名前の教授の研究に関係しています。彼の研究、ローマの経済的歴史は、私がその本で記述した様に、その学術分野の絶対的な基準に成り、ケンブリッジ大学の古代歴史学部とオックスフォード大学のローマの歴史学部の入学試験の基礎と成った程です。フランク教授が発見した事は、今でも、彼自身の時代と同様に驚きなのは、彼が発見した事が、「共和国から帝国の台頭の最終時代までの期間の間の」イタリアのローマの人口は、大々的に、ローマ人でもラテン人でも無く、大袈裟にいう事無く一言で言えば、バビロニア人でした。

フランクがこの結論にたどり着いたのは、様々な碑文や書類における広く広まったギリシャ語の名前と名字に気付いたからで、紀元前300年から西暦300年までに、ローマの人口は、とても急激な変化を経験し、全くラテン人では無く成ってしまったと言う事でした。

ですがギリシャ語の名前自体も混乱的だったのは、私達が第二章で目撃してきた様に、ペルシャ(中東)からエジプト(北アフリカ)までの、アレクサンダー大王の古代の世界の征服の結果、多くの異なった文化において、ギリシャ語が公式言語に成ったためです。ですから、これ等の人々は誰(何人)だったのでしょう?

私がバビロンの銀行家達の中で述べた様に、この問いに答えるためのフランク教授の方法は、「ローマの古典的著者達と風刺作家達の言葉を信じる事で、そうする事から、とても重要で重大な事実が浮かび上がりました。」ですからローマの古典的な著者達と風刺作家達は何と言っていたのでしょう?フランクは、風刺作家のジューヴェナルが、「(ローマの)テベル川がシリアのオランテス川と混じった」と不平を言っているのを記述します。彼は更にこう明言します:

「(皇帝)ネロの時代に成ると、ローマの議員(政治家)と騎士達のだ多数が奴隷の子孫で、原イタリア人の血脈は驚く程小さな比率まで減少したと、タシタスが述べる時、ローマの古い血脈(原イタリア人)の不満によって大袈裟にされた文句ではないかと、私達は不確かにさせられます・・・ローマの歴史のこれらの原理的な問いへの新たな光(手掛かり)を発見するために、私は碑文等の破片的データの集合体を出来る限り集めました。その証拠はその趣旨において決して決定的では無く、そして常に、その物質(証拠)の実の本質によって、その視野において部分的ですが、何にしてもある範囲まで、私達の文献的源泉の解釈を手助けするかもしれません。それは、ジューヴェナルとタシタスが、大袈裟に言ってはいなかったと、少なくとも、私を納得させました。これ等の人達が記述した時に、恐らく、ローマの道端を歩く庶民の、とてもわずかな比率しか、混合されていない純粋な原イタリア人の血脈を証明出来たのでしょう。大多数を超える者達、多分90%が、オリエント(中東)の血脈を彼等の血管の中に有していたのでしょう。

私がバビロンの銀行家達の中で書いた様に、

「フランク教授が意味する事を人が理解するためにしなければいけないのは、行と行の隙間を読み取る事で、思い出して欲しいのはジューヴェナルが「オランテス」川が「テベル川に流れ込んだ」と不平を言った事で、それはカルデアの人々のための比喩で - つまり、バビロニア人で - その血脈が古代ローマの血脈へと「流れ込んで」:「これらの卑劣な奴等は、彼等自身をギリシャ人と呼ぶが、ギリシャから来ているのはほんのわずかで;オランテス川がテベル川へと流れ込んだ」と、彼は不平をあらわにします。

基本的で歴史的な概要は今、鮮明で、ローマの侵略が東地中海地域に広がり、最終的に古きセリューシッド帝国 - つまり、その首都がバビロンであるメソポタミアに基礎されたアレクサンダーの帝国の一部が最終的に侵略されたため - これらの人々の多くは奴隷としてイタリア半島へと連れ去られ、そして主人が死んだら奴隷は自由人に成れるという、ローマの比較的に緩和な法律のために、自由に成った元奴隷達は、その帝国の正に中心で、ローマの経済の背骨に成りました。」

それが暗示する事は重大で、これ等の奴隷達は、彼等の宗教と文化を持ち込み - この点はローマ帝国の増幅する「オリエント化」を説明しますが - 彼等がまた持ち込んだのは、「彼等のバビロン的ビジネスと銀行業の実施」です。そして勿論、フン族のアティラがその半島で暴れ回り,ローマ自体でさえ脅かそうとした時、これ等の多くの商業的な家族達は、北部イタリアへと避難しました。此処において私達が見つけるのは、すると、古代バビロンの「ブリオン(延べ棒)売買人達」、ローマ、そして後の都市国家と、それらの銀行業のオリガーク達の間の関係です。

ヴェニスと古代メソポタミアの間には、もう一つの奇妙な関係があります。私達がこの章の初めに引用した研究者、ウェブスター・グリフィン・タープリーはこう述べます:「早期から、ヴェニスは、大セント・ジョージ島の上のべネディクト派の修道院の場所に成りました。聖者ジョージはキリスト教の聖者では無く、変装させられたアポロであり、ペルセウスであり、そしてマルデュックで、オリガーキーの偶像です。」太古のメソポタミアとマルデュックへの関連を見るためには、馬にまたがり、怖ろしい龍に槍を刺している、典型的な聖者ジョージの偶像的描写を、人が思い出すだけで十分です。(注:イングランドの国旗、白地に赤い十字は、セイント・ジョージ・クロスの旗と呼ばれます。)

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