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金融的権力に真実を語る(ゼロ・ヘッジ)

Speaking Truth To Monetary Power
金融的権力に真実を語る(ゼロ・ヘッジ)
http://www.zerohedge.com/news/2014-05-27/speaking-truth-monetary-power


政府、またはその特権化された中央銀行による通貨創造は、ビジネス・サイクル、通貨の価値の低下、そして政府の権力の増大を産み出します。

2007年に、ロン・ポール(議員)が国家的レベルでその問題を取り上げるまで、連邦準備制度(以下、米連銀)は、怠けた無関心の一種、あるいは老舗の組織が馴染みと共に大衆に徐々に受け入れられる様に、扱われていました。正確には、殆どの大衆はそれを未だにその様に扱っています。彼等は、2008年の崩壊にも拘らず、専門家(御用学者)への十分な信用を失っておらず、米連銀(個人企業)に二度見(または一見さえも)与えません。

ですが懐疑的な少数派は、その論議に影響するのに十分な程の量に成長しています。私達の金融システムに何らかの大きな変化が起きるかどうかは、勿論、未だ見られぬままです。私達が絶対的に知る事が出来るのは、過去数年間に米連銀が経験した(個人達による)精密調査は、決して無くならないと言う事です。金融政策は、米連銀の政策が緊縮的すぎるとか、拡張的すぎるとかの次元では無く、それ(米連銀/個人企業)が最初の場に存在する事自体がおかしいと非難する、理解能力があり、増え続ける市民の一部と言う背景に対して行われ続けるでしょう。

金融政策は、潜在的に不安定化させるものなのでしょうか?イエスとノーです。任意的な金融政策は、中央銀行からの祝儀を受け取る側の組織(企業)にとって、確かに不安定化させるものではありません。ですがその他の全ての人々にとって不安定化させるものです。

一般大衆は、経済が、上がり下がりする巨大な数字(株価)だと信じ込まされています。その数字が下落している症状を見せた時にいつでも、金融的権威はその数字を上昇させるのが,その役割であると思われています。その様な対策の唯一の可能性がある欠点は消費価格(物価)の上昇だと大衆は伝えられ、そのリスクは私達の政策創造者達(行政)が伝統的に取る事を意志してきたものです。

ですが経済は巨大な数字ではありません。それは、私達が利用する製品の様々な種類を生産するために、一つ一つお互いに内在的に拘わった協力において機能する相互関係した生産行程の格子細工です。この格子細工は、中央からの方向づけの必要性無しで一所に(一つに)存在します。それは、自由市場が派生を与える価格システムの補佐と共に集められます。自由価格システムは、経済的計算である利益と損失の計算を、事業家に可能にさせ、資源をそれらの最も価値産出的な使用へと方向づけ、変化し続ける消費者の要望を、事前にある好機において、最もコスト効果的な方法で満足させられる様に、その結果に向けて経済を常に押します。

「金融政策」は、この自発的な行程へと、白い雑音と混乱を紹介し、それ(金融政策)が無くても自然に起こった資源の配分のパターンを歪めます。邪魔されていない市場の上の金利は、時間を渡り生産を調整します。消費者が、存在している製品を今すぐ欲しい時、それが市場が生産するものです。消費者が彼等の収入を貯金する事を好む時、市場はそれに沿って、消費者が再び出費する準備がある未来において成熟する(製品の)プロジェクトに取り掛かります。

中央銀行によってもたらされた人工的に低い金利は、異なる生産プロジェクトの利益性を異なって影響します。完成品から時間において遠いプロジェクトは、金利のこの工夫された低下によって人工的な刺激が与えられます。それらが開始された時点で利益的なプロジェクトは、大衆の真の貯金と消費の好みが明かされ、製品を購入するために必要な本当の貯金が現れないので、難しさにぶつかります。

故に中央銀行の介入は、保つ事の出来ない設定へと、生産構造を再構成します。事業家達は消費者の要求のパターンと一致しないプロジェクトへと投資する様に誤って導かれます。プロジェクトは、そのために必要な資源が十分に利用可能でないのに始められます。この現れている豊かさが砂の上に建てられていると鮮明に成ってくると、金融的権威は、金利を更に低く押し下げるために、金融的ポンプ(量的緩和)を増やしたくなります。彼等がそうしたとすると、彼等は経済を更に歪め、もし緩和された金融政策が続き続ける際にのみ利益的に生き残れる生産ラインの数を増やします。

これはF.A. Hayekがインフレ金融政策について、「その刺激はそれが産出するエラーによるものだ」と言った時に、彼が意味していたものです。それは、確かに、活動を刺激しますが、消費者が要求している活動ではありません。米連銀が人工的な刺激を造れば作る程、経済自体が人工的に成ります。より更なる生産プロジェクトは、消費者の好みに奉仕する最善の方法において、生産の格子細工の中で資源(労働)の雇用がそれらに含まれるか否かでは無く、代わりに中央銀行が安い通貨をポンプし続けるか否かに、彼等の利益性を頼ります。その様な介入を米連銀が行えば行う程、より大きな経済の部分がこれらの介入の継続に頼る様に成り、そして中央銀行が最終的にその活動(量的緩和)を縮小する、または止めると決定した時に、そのシステムはより激しくクラッシュします。

ジム・グラントが観測する様に、「私が恐れるのは、金利率が抑制されているので、故に収入が膨らませさせられている事です。ですから率が上がり・・・鏡のホールが粉々にされ、そして私達はお互いを見合い、米連銀が私達に信じさせたいものよりもむしろ、何が実際に本当なのかを見ると言う事です。」

そうこうする間、世界の各中央銀行と、それれらを可能にさせる金融ジャーナリスト達(マスゴミ)は、あたかも全ての正気な人は金融的中央計画がとても素晴らしい成功であると知っていて、そしてこの殆ど統一的な判断を非難する者は、非常に間違った情報しか持っていないか、もしくは盲目的に思想的であるかの如く振る舞います。

デーヴィッド・ストックマンが、彼の欠かす事の出来ない2013年の本、大いなる歪みの中で、全ての(銀行)救済支持者達を論破したので、私はそれについては此処では言及しません。私が唯一言いたいのは、メディアの中、そして政治家階級によって主張された脅しは、順を追って詐欺だと暴露されたと言う事です。通貨市場ファンドからの主張された逃避も、AIGのクレジット・ディフォルト・スワップ(借金破綻交換)問題の一般銀行への主張された危険も、そして2008年のインチキの主張の集合体全体も、当時、最も賢明な経済学者達が指摘していた様に、政府の権力の拡張のための言い訳でしかありませんでした。

そうする間、21世紀における米連銀の記録は今の処どうだったでしょう?ストックマンはこう記述します:

もし金融的な中央の計画者達が、「富の効果(トリクルダウン/こぼれ落ち)」の間接的な方法を通して雇用創造を試みていたなら、彼等は彼等の無能さによって深遠に辱められるべきです。過去10年に雇用創造の前線で唯一起こった事は、便器と合格証の工場の小隊で;つまり、介護ホーム、病院、家庭健康エージェンシー、そして利益のための大学における雇用です。実に、HESコンプレックスは1990年代後期からのアメリカの雇用創造の全てを説明します。

加えて、一家の稼ぎ手の雇用数は、2000年1月から2007年1月まで全く変わらず、7,180万のままです。不動産や株式市場のブーム、そして家庭内の消費も、それらのために見せるにはこの不愉快な統計しかありませんでした(i.e.雇用が増えていない/経済が回復していないのに、株価や不動産はバブルに成る)。2000年から始まった12年の期間全体を私達が考えた時、毎月毎に18,000の雇用の総合的な増加があり - それは労働力における成長率の8分の1です。

クラッシュの後も、米連銀は株式市場を刺激し続けました。2012年の9月までに、S&Pは崩壊時の最安値から115%上昇しました。修正の間に雇用を失った560万人の一家の稼ぎ手の内、それまでに再雇用されたのはたった20万人でした。そして自慢される回復の間、アメリカ人の家庭は、2012年の秋には、2007年の同じ時期よりも、300億ドル少なく食料と生活必需品に使いました。

これが米連銀の仲間が擁護する事を強いられる記録です。

そして彼等はそれを擁護します。より多くのオーストリア派の経済学者が今まで以上に国中の学部の地位に就ているというのを私は嬉しいですが、大学は、存在している主流の論説に挑戦するアイデアのための場所としては、悪名高い程、好ましくないままです。Misesインスティチュートにおいて私達は、伝統的な大学の設定の外側で、オンラインのコースと同時に個人的なセミナーや特別なイベントを通して経済の指導を供給します。私達は私達の意見を短いビデオ、記事、出版物、そしてその他のメディアを通して一般大衆に直接届けます。私達は承認された意見の保護者達(御用学者)にエンド・ランを仕掛けます。

ルネッサンスの人間主義と科学的革命は、西洋の歴史の中の2つの大きな知性的出来事で、一般的な考え方と伝統的な源泉と権威への服従に支配された、大学システムの外で起こりました。大学システムの中で働いているオーストリア派の経済学者達の数は増え続けていますが、彼等がより大きな衝撃を持ち、より広い観客に届く責任を持つのは、彼等が大学の外で産出する記述と演説です。

1830年代、ニューヨークの反奴隷制のジャクソン派の社説記述者だったウイリアム・レゲットは、「お金と国家の分離」という素敵なフレーズを提案しました。彼は何かを気付いていました。ルッドウィッグ・ヴォン・Misesはその昔、お金の歴史は、政府の、お金を破壊する努力の歴史であると言い、Hayekは、私達は、政府が私達に善いお金を与えると予測する理由は無いと観測しました。その正反対に、政府は、彼等の権力を増大させ好まれた地盤が得をする方法で、通貨産出の独占者としての地位を悪用すると、私達が予測する全ての理由を有します。

私達は、私達が絵筆政策や、野球のバット政策や、自動車政策を必要とする以上に、金融政策を必要としていません。私達は、私達のために通貨を創造する独占的な組織を必要としていません。通貨は、どんな製品とも同様に、経済的計算の連鎖の中で市場の上で産出させた方が善いです。政府、またはその特権化された中央銀行による通貨創造は、ビジネス・サイクル通貨の価値の低下、そして政府の権力の増大を産み出します。それは経済的にも、リバタリアンとしての立場としても、好ましくありません。もし私達が金融的な事実を語るなら、これが最も中央的で転覆的です。
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