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ルシタニア号の撃沈は、アメリカの第一次大戦への参戦の原因で、ウォール街にとっての大儲け(グローバル・リサーチ)

The Sinking of The Lusitania, America’s Entry into World War I, A Bonanza for Wall Street
ルシタニア号の撃沈は、アメリカの第一次大戦への参戦の原因で、ウォール街にとっての大儲け(グローバル・リサーチ)

http://www.globalresearch.ca/the-sinking-the-lusitania-americas-entry-into-world-war-i-a-bonanza-for-wall-street/5381121

99年前の今日、ドイツのU-ボート(潜水艦)がアイルランドの南沖でRMSルシタニア号を沈め、128名のアメリカ人、94人の子供達、そして31人の赤子を含む1,195名の死亡者を出しました。この出来事は、気が進んでいなかったアメリカを第一次大戦の惨殺劇へと引き寄せる大きな要因になりました。

ですがルシタニアの沈没は、戦争中に偶発的に起こった不幸な出来事だったのか、それとも更により不吉な意図的な手による仕業だったのでしょうか?

この様な物議をかもしだす事件において、人は良く「Cui bono(誰が得した)?」と尋ねる事で、その出来事の真実に辿り着く事が出来ます。事実の詳細な検証の後、人が結ぶ事の出来る結論は、得をしたのは銀行家マフィアで、酷い利益を上げたと言う事です。

RMSルシタニアはクナード線の誇りで、彼女が沈んだ当時、世界最大級の船でした。「RMS」は「ロイアル・メール・スティ-マー(王立郵便水蒸気船)」の省略で、それが意味したのは、ルシタニアが郵便物を運ぶ事を認定され、その所有者は約68,000ポンドの歳入を上げたと言う事です。

1915年5月1日のニューヨークからリヴァプールに向けて彼女が最後の旅に出航した時、ヨーロッパは戦時中でした。ドイツは英国の周りの海を戦場と宣言し、ドイツのU-ボートは敵の船舶を攻撃していました。毎週300,000トンの連合国の船舶が沈められていて、英国を出港した水蒸気船の4隻の内1隻は決して戻ってきませんでした。英国は実質的に彼女の連合国から切り離され、彼女の周りの海域は危険に溢れていました。

当時の戦争ルール(ヘーグ協定とクルーザー条約)に違反して、RMSルシタニアは、イングランドとフランスの陸軍のための大量の武器弾薬とその他の軍需物資を輸送していました。

G. エドワード・グリフィンがジキル島からの生き物の中で述べた様に、「・・・彼女[ルシタニア]は実質的に浮かんでいる武器弾薬庫でした。」これが意味したのは、彼女は非軍事船舶の地位を有せず、警告無しで射撃される事が出来ると言う事でした。ルシタニアが海軍の艦隊に編入され、武装した予備のクルーザーとして登録されていたのは広く知られていて、ジェーンの戦艦海軍の年鑑表にもそう記述されていました。

ドイツはルシタニアが、西部の前線におけるドイツの敵のための軍需物資を輸送していると知っていました。ワシントンのドイツ大使館は、事前注意として米国の50種の新聞にルシタニアに乗って旅行しないように民間人向けの警告の広告さえしました。米国国務省の邪魔により、殆どの広告は公表されませんでした。しかしながら、the Des Moines Register紙は、ルシタニアの宣伝の隣に、以下の広告を載せました・・・

lusitania-notice.jpg


警告!
「大西洋横断に出る事を意図した旅行者達は、ドイツと彼女の同盟国と英国と彼女の連合国の間に戦争が存在している事を思い出して下さい;英国諸島の周りの海域は戦場に含まれ;ドイツ帝国政府によって与えられた正式なお知らせに沿って、英国または彼女の連合国の国旗をなびかせる船舶はこれらの海域において破壊の危険性があり、英国または彼女の連合国の船でその戦場を航海する旅行者達は、自己責任でそうして下さい。

「ドイツ帝国大使館

「ワシントン D.C.、1915年4月22日」


その戦争の初期の段階で、イングランドとフランスはアメリカの投資家達から大量に借り入れていて、ロスチャイルド家のパートナーであり番頭であったJ.P.モーガンを、英仏国債の販売代理人を演じるために選択しました。モーガンはまた、国債のお金が米国に戻った時に、軍需物資を買う買い入れ代理人としても選択されました。モーガンは両方の方向から儲かる手数料を受け取る幸せな位置にいて、それは、イングランドとフランスに関しては約3,000万ドルでした。これはロシア、イタリア、そしてカナダとのビジネスの数億ドルの手数料を数えずにです。

更に加えて、親会社(ロスチャイルド)を通して、モーガン家は、イングランドとフランスから軍需物資のための生産契約を請け負った、生産企業の多くを直接所有していました。(疑う余地なく、これ等の企業は、後にアイゼンハワー大統領に「軍需産業複合体」と言及されたものの土台に成りました。)直ぐに、J.P. モーガンは地上最大の消費者と成り、1日1,000万ドル近く使用する様に成りました。モーガンは、全ての側から利益を集める、売り人であり、買い人であり生産者でもあると言う有利な位置にいました。

しかしながら、その戦争でイングランドとフランスの形勢が不利に成ると、連合国の戦争国債の買い人を見つけるのは不可能である事にモーガンは気付きました。当時、(ロンドンの)官庁街にはイングランドが敗戦する処ではないかと言う本当の恐れが漂っていました。もし連合国がディフォルト(破綻宣言)したなら、モーガンの巨額の手数料は終わりに成り、そして彼の投資家達は莫大な損失を被る事に成ります(約15億ドル)。その上、モーガンの軍需物資産出会社には仕事が無くなります。何かが早急に成されなければなりませんでした。

6日後、1915年5月7日の午後、ルシタニアはアイルランド海岸線の南12マイルに近づきました。海軍本部大臣だったウィンストン・チャーチルは、その事前の2日間で、3隻の船が沈められていたので、その海域でドイツのU-ボートが作戦中だったのを知っていましたチャーチルはルシタニアの援護に出向かせなかっただけでなく、彼女の計画された援護であった戦艦ジュノをクイーンズタウンの港へ戻るよう命令しました。その前に、ルシタニアは(石炭を節約する事を建前に)彼女の4つのボイラーの1つを止める事によって減速する事を命じられました。彼女は座っているアヒル(簡単な標的)で、海軍本部全体が知っていました。

少なくともチャーチルの上官の内の一人、ジョセフ・ケンワージー司令は彼の上司のシニシズム(皮肉壁)に嫌悪しました。彼の1927年出版の本、海の自由に彼はこう記述しました:「ルシタニアは多大に減速させられた速度で、U-ボートが待ち受けていると知られていた海域に送られ、彼女の援護も差し止められていました。」

その運命に満ちた金曜の午後2時10分、U-ボートU-20のウォルサー・シュウィーガー艦長副官はルシタニアを発見し、魚雷発射を命じました。その魚雷はルシタニアの右舷のへさきの操舵室の丁度下に命中しました。数分後、見ていたドイツ人達も含めて全員を驚かせた第二の爆発が船体の中で起こり、その船は急速に沈み始めました。18分後に、ルシタニアは波の下へと消えました。

アイルランド人のレスキュー隊は11マイル以上離れたコーク市から漕ぎつけ、764人の生存者達を冷たい水から救い出しました。

多くの研究者達は今日、第二の爆発の原因は、600トンのpyroxyline爆薬、600万発の.303の弾丸、榴散弾の1248のケース、加えてその下層部に積まれた知られていない量の武器弾薬だと考えています。

それ以来、英国政府はルシタニアの積荷が何であったかをひた隠しにしています。1950年代に入ってでさえ、王立海軍は沈没したルシタニアを水中爆雷の訓練の標的とし、その船が戦争のクルーザー条約ヘーグ協定を違反していた証拠を隠滅しようとしました。

その沈没の後、英国はマージー卿に指揮された公式な調査を命令しました。海軍本部は、マージー卿を操作し、ルシタニアの主人である船長、ターナーに責任がある事にしました。マージー卿は海軍本部の意向に沿いましたが、良心の痛みの中で彼の奉仕への支払いを拒否し、それ以後「陛下の正義の代理行使から引退」させてもらいました。何年も後のマージーの唯一のコメントは:「ルシタニアの件は(神に)呪われるべき汚いビジネス」でした。

ルシタニアの撃沈はその後アメリカが世界戦争に参戦する主要な要因でした。その戦争における死者の総数は900万から1500万人と推定され、アメリカ人の死者と負傷者の数は300,000人を超えました。

ですがモーガン家とロスチャイルド家、そしてその他の銀行マフィア達は、アメリカのその戦争への参戦をとても大喜びしました。それが意味したのは、洗脳された人間達の大惨殺と悲惨さから、彼等が莫大な利益を得続ける事でした。

人が真珠湾や、トンキン湾や、9.11、そしてその他のフォルス・フラッグ(偽旗作戦)を考えた時、物事は全く変わってない様です。歴史の教訓は直ぐに忘れられてしまいます。大衆は常にとても簡単に騙されやすく、予測可能(操作可能)です。

ですがインターネットとソーシャル・メディアの御蔭で、それは全て変化し始めています・・・

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