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賢者の石: 第十章

第四部:
ナチスのセラムと錬金術的なライヒ(帝国)


「ドイツ人の錬金術師、フランツ・タウセンドは、1920年代において、水銀からゴールドを産出し始めました。彼は、1925年に、ルーデンドルフ将軍との関連において研究し始め、そして最終的に、ナチスのために人工的なゴールドを産出しました。」
- ロバート A. ネルソン、
錬金術の熟達者、
http://www.levity.com/alchemy/nelson_contents.html, part II 第七章


第十章:
最後のファーム・ホールの茶番劇、Wirtz, Diebner, そして謎めいた光化学的な行程


「さて、そのベータ・シンクロトロンは、(核)反応の容器へとそれらの通り道を曲げる、この磁石を通してそのエレクトロン(電子)を送ります・・・此処で、これは、調整可能なエキシマーのレーザーです。それは、プルトニウム-239の正確なレゾナンスに対して調整されていて、それはあちら側の反応の容器の中にあります・・・」
- 映画、マンハッタン計画からの、俳優、ジョン・リスゴウによって演じられた、ジョン・マヒューソン博士の役柄
³⁵²

特に、珍しい物質への、ナチスの秘密裡の研究計画、または言ってみれば、第三帝国(ナチス・ドイツ)全般の錬金術的な本質と戯れのあらゆる論議を始める場所として、映画は奇妙な場所に見えるかも知れません。ですがこの場合においてそれは、幾つもの顕著な謎の解決への直接の入り口を許し、そして新たな問いを浮上させます。その問題の映画は1986年に公開されたマンハッタン計画で、よく知られた俳優、ジョン・リスゴウが出演しました。その映画の主役は、しかしながら、科学に対する興味と才能を共にした、ませた十代の、ポール・スティーヴンスで、俳優のクリストファー・コレットによって演じられました。スティーヴンスは、彼自身の自宅で設計された原子爆弾を造るために、近くの研究所から、幾つかの高度に濃縮化されたプルトニウムを盗みます。ですが、スティーヴンスが知らないのは、しかしながら、リスゴウによって演じられたその実験所の所長、ジョン・マヒューソン博士が、調整可能なレーザーを使用したアイソトープ(同位体)の濃縮化の全く新たな方法を完成していた事でした。この新たな行程は、その盗まれたプルトニウムを、完全な(100%の)純度よりも、たった数百分の1、劣るだけのものにしました。その様な純度のプルトニウムと共に、その高校生の自家製の原爆は、彼が想像したよりも、遥かに大きな爆発力と破壊力で、そして軍部はスティーヴンスと彼の爆弾を追跡するために、努力を惜しみません。

此処において何が興味深いかと言うと、その映画の最初の数分間の中で唯一、とても簡単に描写された、アイソトープの分離と濃縮化のための科学技術です。実際の要点において、その描写はとても短いので、もし人がその重要性にも、その恐ろしい程の現実世界における存在にも気づかないなら、人は完全に見逃してしまうかも知れないものです。この章の初めの碑文の中で引用された、リスゴウの役柄、ジョン・マヒューソン博士によって与えられたこの簡単な描写は、更にもっと奇妙な事に、異例的で - そして実際に恐ろしい - エコーを、殆ど正に、41年以前の現実世界の中に見つけます。

そして、あたかもその事実の既に恐ろしい示唆を増殖させるかの如く、それはナチスの物理学者達の少数精鋭のグループによって成されました・・・

A. ファーム・ホールにおける茶番劇:アイソトープ濃縮化の光化学的な行程についての、Wirtz と Diebner

そのコメントを行ったそのグループは、勿論、戦後に、イングランドのファーム・ホールにおいて収容されていた、ドイツ人の原爆の科学者達の数名でした。そして実際に、彼等のコメントの幾つかは、長く続いている謎の源泉で、それを私は、私の著書、黒い太陽のライヒ:ナチスの秘密裡の兵器と、冷戦の連合国側の伝説の中で最初に取り上げました。ですがその謎は、其処に留まりませんでした。多くが発見した様に、ナチスの秘密裡の兵器への探求に入ると、幾つもの異なった種類の分析を可能にする謎が現れます。

そして、ファーム・ホールにおけるドイツ人の科学者達の発言は正にそれらの内の一つです。何故かを理解するためには、再びもう一度、私の著書、ザ・ベルの SS 同胞団の中で、私がそれらについて以前に記述した事を見てみる事が必用なのは、リチャード C. ホーグランドの御蔭で、この章の中で起こる新たな分析と、2007年の最後の月における数日間に私達が行った議論を理解するために、その背景が必用であるためです。

それを頭に入れると共に、以下がザ・ベルの SS 同胞団の中に、私が記述した事です:

「ナチスの秘密裡の兵器の開発のために、幾つもの珍しい文献において進められた、より極端な主張を検証する時、SS (親衛隊)の黒い制服をまとった錬金術師達が、威力と完全破壊の彼等の恐ろしい機械を完成させるために、やせ細った労働収容所の奴隷達の背中を鞭打つと共に、何らかの薄暗い中世の錬金術師達の実験室の印象を、人は与えられます。それは - それに含まれた人間の苦しみの規模が、それ程本物で、それ程膨大でなければ - 世界を征服するために共謀している、現実にはあり得無い様な悪役達を全てが演じている、ベラ・ルゴーシ、ピーター Lorre、ヴィンセント・プライス、そしてシドニー・グリーンストリートを含む個性派俳優達を指揮している、頬のこけたボリス・カーロフを共にした、下手なハリウッドの「B級」映画の全ての要素を有します。

「ですがその状況は、信頼可能な情報源からの奇妙な引用によって助けられず、それは、もし人が本当にそれらに対して注意を払うなら、人に一旦停止を与えるべきものです。英国側によって秘密裡に(盗聴)記録され、1992年において彼等によって唯一公文化された、ファーム・ホールにおいて収容されていた、ドイツ人の原爆の科学者達の会話の書き出しである、ファーム・ホールの記録からの2つの例を考えてみて下さい。ナチスの秘密裡の兵器についての私の以前の著書、黒い太陽のライヒの中で、延長的なコメントを付けずに私が引用したその2つの例は、人工的なルビーと、アイソトープ(同位体)の濃縮化の、知られざる「光化学的な行程(レーザー処理)」に関係しています。私はその本から直接、それらに関する引用のセットの両方と私の意見を引用しましょう。

1.ファーム・ホールの記録からの「人工的なルビー」の一節黒い太陽のライヒ142-132[Sic.]ページ

黒い太陽のライヒの142ページと143ページの上で、私はファーム・ホールに収容された科学者達の一人が、少々驚きの明言を行い、その発言は、その「事実上の問題」の実際の本質と簡潔さだけのために驚きなのでは無く、それがまた、その書き出し(記録)の編集者からのコメントをまた、殆ど全く得なかったためです:

「その後、1945年7月21日に、男前で皮肉的な Korsching は、Diebner と Bagge と共に生活する可能性を話し合うにつれ、奇妙な観測を提供します:

BAGGE: お金のために、私はウラニウムのエンジンの上で働く事を望みますが;もう一方で、私は宇宙的な光線を研究したいと思います。私はこれについて、Diebner の様に感じます。

KORSCHING: 貴方は、両方とも、ウラニウムのエンジンを建造したいと思いますか?

DIEBNER: これは、生活費を稼ぐ好機です。

KORSCHING: あらゆる素人は、それらのアイデアが極度に重要である事を理解出来るでしょう。故に、その中には、全くお金(利益)がありません。貴方は、一般大衆が考え付かないアイデアから唯一お金を儲ける事が出来ます。もし貴方が、時計を造る産業のために、人工的なルビーの様な何かを開発したなら、あなたはウラニウムのエンジンよりも、より多くのお金を稼ぐでしょう。³⁵³

私は、その後、以下の様にコメントしました:

「人工的なルビー?勿論、その様な物事は、クオーツの運動の発見以前に、時計製造において使用されていました。ですが、1945年においてそのアイデア(発想)は、驚きでした。勿論、それらの記録が公文化された時代(1992年)に成ると、光学的なキャビティー(光共振器)にレーザーを当てる構成要素として、人工的なルビーを実際に使用した、世界初のレーザーが事実上、1961年において開発された時には既に過去の歴史でした。ですが、1945年7月において、そのアイデアはその時代を少々超えたものでした。これは、間接的ですが、ナチス・ドイツの中で、何か他の事が起こっていたと言うもう一つの可能性でしょうか?その会話のその後において、Korsching は、彼の望遠鏡、レンズとプリズムを収集するために、Hechingen に戻る彼の要望を示し、彼が恐らく光学だけでは無く、原子科学の研究にまた、関わっていたと言う示唆でした。」³⁵⁴

其処におけるレーザーと人工的なルビーの間の関連性の明言が偶然では無かったのは、黒い太陽のライヒの104ページの上で、1980年代において西洋に対して、SS の秘密裡の兵器のシンク・タンク(戦略会議機関)である、カムラースターブ(カムラーのスタッフ)の逸話を最初に伝えた、元英国の諜報工作の士官で、その後、ジャーナリストに成ったトム・アゴストンからの以下の引用を、私は載せました:

「その目的は、原子力のエネルギーに推進されたミサイルと飛行機の応用について研究していて;当時は「死の光線」として言及されたレーザーのビームで:様々な自動標準的なロケットと、その他の高度な科学技術のための突破口の可能性の分野を探し求める事で、原子力に電源供給された飛行機を製造するための道を切り開く事でした。現代のハイ-テクの専門用語において、その作戦は恐らく、「SS の研究シンク・タンク」として言及されるでしょう。飛行機とミサイルのための原子力の推進力の応用を含む、秘密裡の兵器の第二世代についての研究の幾つかは、既に凄く先進的でした。」³⁵⁵

何が興味深いかと言うのが、それらの2つの引用の重なり合いなのは、アゴストンが、その戦争の間に SS がレーザーの開発について研究していたと言う、彼の主張のために全く証拠を提供しない間、彼が、そうであれ、これが探求された研究の方向性であったと、明らかに明言するためです。

故に、1990年代の早期における、ファーム・ホールの記録のその後の現れは、アゴストンの主張と、当時は、単に時計のためにルビーを造るよりも困難で、費用がかかり、時間を消費した行程である、人工的なルビーに対する、Korsching のとても奇妙な言及と共に、奇怪にも協力証言します。アゴストンが彼の著書を書いた時に、その記録は英国政府によって未だに公文化されていなかったので、私達は唯一、アゴストンがその当時、機密だった記録の内容を知らず、そして彼の主張を、カムラーのブラックな(裏予算の)秘密裡の兵器のシンク・タンクの逸話を最初に公にした、ウィルヘルム・ヴォス博士との、彼の秘密裡の対話に基づけていたと推測出来るでしょう。

この重なり合いは、唯一状況証拠的にですが、SS が実際にレーザーの研究に拘わっていた事をとても強く示唆します。彼等がどれだけ、またはどれ程の成功の段階において、この研究を押し進めたのかを私達が知らない間、それがあらゆる場合において率直な問題では無いのは、レーザーの理論的な可能性は当時、量子力学の中に既に存在していたためです。

ですが本当の関心なのは - お互いから個別に、十数年別れた - アゴストンと Korsching の主張の物理学の種類で、ドイツ人達が研究していた物理学の概念の本質について示唆し、この場合において、量子力学と結合性(干渉性)の要素でした。黒い太陽のライヒの中で目撃された様に、「ユダヤ的な」相対性物理学のその否定と共に、ナチスの思想自体は、当然、「純粋にアーリア人的」で、自国育ちで、そして先進的な計画を探求するための、概念的な土台として、同等に成功的な量子力学の理論に向き合いました。私達は、端的な手掛かりですが、とても重要なこの結合性(干渉性)へと直ぐに戻ります。現時点において私達は、SS が調査していた物理学の分野の可能性への、もう一つの奇妙な一見である、二番目の奇妙な引用に、私達の注意を向けましょう。

2.アイソトープ(同位体)の分離と濃縮の、ドイツの光化学的な行程の、ファーム・ホールの記録の示唆

黒い太陽のライヒの中に記述された様に、連合軍の広島における原爆投下を学んだ後、その収容されたドイツ人の科学者達はその後、どの様に連合軍が「その様な短期間でそう出来た」のかの話し合いを始め、その話し合いは必然的に十分なウラニウム-235のアイソトープを分離し、濃縮化させるかの問いに変わりました。カール Wirtz と核分裂の発見者であるオットー・ハーンの間の短い対話の一つにおいて、その様な(ウラン濃縮の)行程と共に、唯一、ウラン型の原爆の製造が達成される事が出来たと言う推理が直ぐにハーンによって成され、「彼等(連合軍)もまたそれ(ウラン濃縮の科学技術)を持っていた」³⁵⁶ と言った彼のコメントと共に、Wirtz によって直ぐにエコーされた感情で、アイソトープの分離の方法が、その戦争の間にドイツ人達に明らかに知られていて、そして利用可能であった事を示唆する、意味深で端的な認めです。

ですが、私が黒い太陽のライヒの中で記述した様に、「短いですが、ハーン、Weizsäcker、Herteck、Wirtz、そして Diebner の間の驚くべき話し合い」がその後続きます:

ハーン:私が思うに、アイソトープの分離によって1トンのウラニウム235を産出するのは、絶対的に不可能だろう。

Weizsäcker: それらの遠心分離機と共に、貴方はどうしますか?

Harteck: 遠心分離機では、純粋な「235」を、貴方は決して得る事が出来ません。私は、遠心分離機と共にそれを行う事が可能だとは信じられません。

Wirtz: 確かに、間違いなく不可能です。

ハーン:そうですね、ですがマス・スペクトログラフと供に彼等はそれを行えたでしょう。Ewald が幾つもの特許を持っています。

Diebner: 光化学的な行程もまた、ありますよ。³⁵⁷

黒い太陽のライヒがその後示唆する様に、この短い会話は、恐らく、その科学者達が、彼等を捕らえた英国人達に対して茶番劇を繰り広げていたと言うサインで、そしてその茶番劇は、その書き出し(盗聴の記録)の彼等の公文化(1992年)において、英国人達自身によっても、更に続けられたものかも知れませんでした。

私がこれによって何を意味するか、ですか?私が意味するのは、英国の公文化は、それが起こったのために重要で、そして私は以前の著書の中で、唯一、2、3の可能な理由を吟味しました:

「その(盗聴の)記録が、1989年における(東西)ドイツの統一の後に英国によって公文化された事に着目してもらいたいのは、恐らく、長い間、隠蔽されて来たその逸話を伝えるその他の情報源がその後、(東ドイツから)利用可能に成るので、彼等が未だに隠していた秘密が何であれ、それを守る目的がそれ以上無くなったためで:つまり、ナチスが原子爆弾(の製造)に危険な程、間近だった、または連合軍よりも早く実際に手に入れていたと言う事です。」³⁵⁸

収容されたドイツ人の科学者達と、英国政府の公文化によって繰り広げられたその「茶番劇」が何かを理解するために、黒い太陽のライヒの中の様々な場所において、私が唯一ヒントした重要な問いを、人は検証する必要があり:この「光化学的な行程」とは何か?と言う事です。

この謎めいた、知られざる光化学的な行程に対する二度目の言及が、Hartek と Wirtz の間の、とても短いですが多大に示唆的な会話の中で、その(盗聴)記録の少々後に起こります:

Hartek: 彼等は大規模なマス・スペクトログラフと共にそれを行ったか、そうで無ければ彼等は、光化学的な行程と共に、成功を収めたのでしょう。

Wirtz: まあ、私は、光化学、または拡散、通常の拡散作用とでも言いましょう。彼等はそれを、特定の波長と共に(レーザーを)照射します(全員が一斉に話し始めます)。³⁵⁹

私はその後、以下の様にコメントしました:

「この時点において、バーンステイン³⁶⁰ が再び、この光化学的な行程が何であるか「鮮明では無い」と観測します。³⁶¹ どんな場合であれ、その行程が何であったにせよ、その行程と、特定の「波長」と共に照射すると言う Wirtz の発言は、その他の科学者達からの突然の会話(誤魔化し)の盛り上げを派生させました。彼等は(盗聴)記録されない様に、意図的に彼(Wirtz)よりも大きな声を出し、彼の明言を隠そうとしたのでしょうか?私達は決して知る事は無いでしょう。」³⁶²

ですが恐らく、この謎めいた、知られざるアイソトープの濃縮化の光化学的な行程が何かを、本当は、私達は知っているでしょう。

手掛かりは再び、そのファーム・ホールの(盗聴)記録の公文化のタイミングによって与えられ:(東西)ドイツの統一の直後です。ですがそれらの公文化はまた、もう一つの重大な出来事の後に起こり、Pons と Fleischmann による最初の冷温核融合の実験の発見と公表でした。殆どは、アイソトープの分離化と濃縮化を、冷温核融合と共に関連させませんが、実際問題の事実は、正確に「electrolytic (電解的)」、または「光化学(レーザー)的」として最も上手く呼ばれる行程によって、とても簡単に技術開発され、要素/元素の原子的な変格は、それ以来、世界中の実験所において観測され、そして比較的に簡単に入手可能な素材を使用し、そしてあらゆる有能な高校において、または(アマチュアの)車庫の実験室の実験台において、技術開発が可能です。それらの冷温核融合を説明する文献は、あらゆるインターネットの検索の上で、簡単に利用可能です。³⁶³

もしこれ、または類似した何かが、「光化学的な行程」によって、実際にドイツ人達が意味したものなら、すると、ファーム・ホールの記録の内容が革命的なもの以外の何ものでも無いのは、それが意味するのは、とても異なった方法において、ドイツ人達が様々な意図的な探求の方法において、その媒質の量子的な結合(干渉性)の現象を研究していたと言う、第二の示唆を私達が有するためです。³⁶⁴ この見解の上で、その記録の公文化のタイミングが重要なのは、(1)ドイツ統一の直後と、(2)冷温核融合の実験的なデータの最初の公の公表の直後に起こっていたためです。

1945年において収容されていた、ドイツ人の科学者達によるその様な光化学的な行程への、2つのほのめかしの記録の示唆が驚愕なのは、もし彼等がその様な実験を発見し、そして行っていたなら - そして確かに、「エネルギー(電力)の独立のナチス政府の探求においてそうする事における、ナチス政府からの推進力はありましたが – そしてもし、近年の日本の実験においての様に、彼等が元々の Pons と Fleischmann の機器から室温において元素の変格を達成した、更に複雑なヴァージョンを進歩させたとしたら、すると私達は、未だに希薄ですが、SS が実際に、何らかのとても極度に先進的な物理学の概念を探求していたと言う、第二の示唆を有します。そして、その戦争の間に、ドイツ人達にとって利用可能な何らかの形状において、その様な実験の存在を必要としなかったものは、殆どありませんでした(あらゆる可能性を探求していました)。

すると、Wirtz が特定の波長における照射の話しを始めた時に、あたかも彼のコメントを、英国の盗聴者達から隠すかの様に、その他の科学者達が一斉に話し出した様に現れるのは少しも驚きでは無く、その努力は、もし人がバーンステインの編集的な混乱を何らかの示唆として取るなら、完全に成功的でした。³⁶⁵

この時点において、すると、私達は何を有するでしょう?

最初に、私達は、その同じ情報源から、2つの異なった現象のほのめかしを有し - 原子の変格のレーザーと「光化学的な行程」で - 何らかの段階において量子の結合(干渉性)を含みました。第二に、人工的なルビー(光共振器)と、レーザーにおける使用のそれらの示唆の言及の場合において、私達は研究の独立的な情報源、アゴストンからの更なる協力証言を有し、その逸話の「レーザー」側の彼の協力証言は、その(盗聴)記録と、人工的なルビーについての Korsching の発言の公表の以前に現れました。最後に、ファーム・ホールの記録自体の公文化と公表が、二重の感覚において重要だったかも知れないのは、ドイツ統一と、Pons と Fleischmann による冷温核融合の実験的なデータの最初の公の発表が起こっていた際であったためです。

そして其処が、多かれ少なかれ、ザ・ベルの SS 同胞団における、私の分析が終わった処でしたが、新たな可能性が浮上しました。

SS 同胞団が出版された後、私はティム・ヴェンチュラ氏のよく知られたウェブサイト、アメリカン反重力のために、彼によってインタヴューされるために招待されました。³⁶⁶ そのインタヴューは、勿論、ナチスのベルについてでした。ヴェンチュラ氏は、順を追って、有名な宇宙科学と火星の異例の研究者、リチャード C. ホーグランドの友人で、同僚でした。

私は知りませんでしたが、ヴェンチュラ氏はホーグランド氏に私の著書について伝え、そして其処から、2007年の秋において始まった、元々の接触と e-メールの一連が発展しました。それらの e-メールの一連の上で、ホーグランド氏は全ての私の著書のコピーを求め、それらを私は、彼へと送られるように調整しました。

SS 同胞団を読んだ後、ホーグランド氏は私と e-メールの一連を開始し、その本の中で、謎めいた「光化学的な行程」に関して私が記述した上述の文章よりも、異なった分析の可能性についてでした。正直に言うと、SS 同胞団の中のファーム・ホールの記録のこの謎の私の分析において含むために、当時、出くわしたであろう技術的な難しさに限らず、様々な理由のために、そのアイデアを考慮した後、否定し、そして故に私はその本の中で、其処まで科学技術的に複雑では無い解釈的な推理 - 冷温核融合を - 選択しました。

ホーグランド氏の分析と主張は、しかしながら、そのアイデアを私が再検証する原因に成りました。彼の分析を此処で表し、そして、この新たで、遥かにもっと急進的な解釈に、恐らく協力証言する、追加的で、状況証拠的な情報であると私が信じるものを提供する事によって、私はこの推理が実際に、ナチスの秘密裡の兵器開発についての、私のあらゆる著書の中で、以前には記述されていない、その戦争からのその他の謎に、どの様にまつわるのかを表現する事を望みます。着目されるべきはまた、ホーグランド氏の解釈が、その記録の文章自体にとても緊密に徹底する事で、そして加えて、その記録がそれ程長い間、機密に保たれたのかの理由のために、SS 同胞団の中で提供されたものに対する追加において、更なるもう一つの理由を提供するためです。

ですが、最初に、ホーグランド氏の分析です。

B. リチャード C. ホーグランドの分析と論説

2007年11月20日、火曜日の午後9時半頃に、私はホーグランド氏から、以下の e-メールを受取り、そしてそれは私達の間のやり取りの一連を開始しました。

1.ホーグランドの分析と論説:e-メール

「ジョセフ、

「私の2番目の要点は、『ファーム・ホールの記録』の中の特定の『謎めいた』言及に関してです。」

(私達が既に、此処においては関係の無いその他の題材を論議し合い、e-メールのやり取りを行っていた事を頭に入れてください。彼はこう続けます):

「特に、収容されたドイツ人の科学者達の一人(Diebner)が『光化学的な行程』として言及した時に、何が意味されたのかの、(明らかな)謎で・・・そしてその後、そのもう一人(Wirtz)が - 『まあ、私は光化学、または分散の、通常の分散作用と言いましょう。それらは特定の波長と共に、照射します - 』と述べ・・・

「そしてその後、その部屋にいた全員が(盗聴の記録者によると・・・)『一斉に話し出し』 - あたかも彼等は、彼等の英国の『捕獲者達』によって盗聴されている事を知っていて、更なる詳しい言及を誤魔化したいかの様でした・・・

「OK、この行程は『謎』ではありません。それはよく知られています - 今と成れば。

「それは『レーザー・アイソトープ分離』と呼ばれます。

・・・

「さて、レーザーは、1940年代の初頭において、存在しなかったと(仮定)されます。

「しかしながら、『人工的なルビー』に対して貴方が引用する、それらの同じファーム・ホールの記録における以前の言及がもし正確なら、それらの言及を全体的に読み取り・・・そして『光化学的なアイソトープの分離』に関するそれらの曖昧な明言が実際に、正にその様なアイソトープの分離のための、ナチスのレーザー計画の可能性に言及していると提案するために、ロケット科学者(天才)を必要とはしません!少なくとも - 理論的には。

「ブロードバンド(広い帯)、高い強さの光 - 『ナローバンド(細い帯)』のフィルターを共にしてでさえ - 単純にその働きを行う事が出来ません。これを正しく始めるためには、(アングストロムの数百分の1の幅/帯の)超-ナローバンドの、調整可能なレーザー(第二世代、または第三世代のレーザー開発)が必要です。ですが –

「もし彼等が(量子力学のドイツの発展に基づいて)そのアイデアを有していたなら、残りは『唯一』資金と・・・そして時間です。

「故に、(関連していないとされる)それらの2つの言及は、ドイツ人達が、Townes が実証的にした遥か以前に『レーザー』を思い付き・・・そして何らかの機能しているシステムを開発さえしたかも知れないと主張する様です!

「・・・一度、貴方がその足跡を辿れば - 特に、もし貴方が実質的に無制限の(ライヒ・マルク/ドイツ政府発行通貨)を持っていれば、(「調整可能な dye レーザーの開発の様な」後のレーザー開発の多くは、時間において急進的に短縮される事が出来たかも知れず;戦争(経済)程の、(科学技術を進歩させる)ものは他にありません・・・

「何であれ、貴方は知りたいだろうと思っただけです・・・」³⁶⁷

そして此処で、ホーグランド氏の注目すべき端的で、息を奪う様な e-メールは終わり、私のマインドが数千の方向に暴走する様に残しました。

私が以前にも記述した様に、私は、ホーグランド氏自身が彼の e-メールの中で明言した複雑さである、それ(レーザー)が機能するために必要とされた科学技術の複雑さの度合の大部分ために、そのアイデアを考慮はしましたが、それを否定しました。ですがこれは、私の注意を実際に捉えたものではありませんでした。私の注意を引いたものは、私は考え付きもしませんでしたが、ホーグランド氏がとても明らかに考えた2つの物事でした。

彼の e-メールの中で何が実際に私の注意を引いたのかを理解するために、彼の主張をまとめる事が有益でしょう:

1.ドイツ人の科学者達は明らかに、「特定の波長」を共にして素材を照射する事に言及する事によって、濃縮化の光化学的な行程を示唆し;

2.その様な行程は現在、よく知られていますが、第二次世界大戦においては、当時の考えの数十年先を行っていて(結局の処、マンハッタン計画でさえ、その開発を思いつかなかったし、探求さえもしなかたためで);

3.その科学者達は、あたかも更なるコメントを誤魔化すかの様に一斉に話し出し、あたかも彼等が大きな秘密を守っているかの様で、そのナチスの科学者達は、彼等が盗聴されていた事を知っていたと言う、多くの分析者達の疑いを肯定し;

4「人工的なルビー」の製造に対する Korsching の言及 - 10年半後の、最初の知られている光学的なレーザーのためのレーザー処理のキャビティー(光共振器)は - ホーグランド氏が言う様に、「少なくとも - 理論的に」ナチス・ドイツにおける何らかのレーザー計画の一種に協力証言します。

5.レーザー、そしてレーザーのアイソトープの濃縮化の概念を考えた後、ナチスはその後、様々な要素(元素)の色々なアイソトープを分離させるために、彼等はルビーのクリスタル(水晶)の様な、固体の状態のレーザー処理された光学的なキャビティーは必要では無く、アングストロムの単位の数百分の1以下よりも広く無い、極度に狭い帯幅の上で、特定のアイソトープの帯幅に対して調整可能なガス(気体)的なものが必要だと気付いたはずで;

6.彼等は「機能しているシステムを開発した!」かもさえ知れず、そして最後に、

7.彼等は、もし、十分な資金援助 - ライヒ・マルク(ドイツ政府発行通貨)の山積みと、十分な労働力と技術的な人員が有れば、そうする事が可能だったかも知れません。

慎重に着目してもらいたいのは、ホーグランド氏が言っていない事です。彼は、彼等が実際にそれを行ったと言っているのではなく、彼等がそうしたかも知れないと言う可能性を認識しているだけで、そして人工的なルビーを明言している Korsching の特定の発言を指定する事によって、レーザーの一線に沿った考え方、そして恐らく、調整可能なレーザー - ルビーのレーザーである、光学的なレーザー処理のキャビティーの固体の状態の第一世代の - 科学技術的な分岐の第一段階が、実際に行われたのかも知れないと示唆していました。

ですが、私のマインドの中に留まったのは、正に Korschng の発言と、そして十分な資金と共に何が達成されたかも知れないだろうと言う、ホーグランド氏の言及でした。私は、その科学技術的な難しさに(少々、必死にと私は加えますが)固執し、ザ・ベルの SS 同胞団の中で記述され無かった、その戦争からの特定の奇妙な事実と謎を知っていた上で、そして故にホーグランド氏には恐らく知られていなかった事ですが、それらが彼の分析に対して協力証言する傾向があるだけでなく、その他にも更にあった事を良く理解した上で、ホーグランド氏の e-メールに返答しました:

「リチャード、

「まず、レーザーのアイソトープの分離ですか・・・ナチスによる!?!?!?少々の冷温核融合の遠足(逸脱)と共に、私はその要点を主張し過ぎたと思っていました・・・!それとの関連においてレーザーを明言する事さえ、言い過ぎなのではないかと私には思えました・・・私は(レーザーを使用したアイソトープの分離の)この行程を知っていましたが・・・、私が述べたものだけでも、十分に悪く批評されると思いました・・・

「ですが・・・貴方が言う様に・・・道に光を当てるために、戦争と無制限のライヒ・マルク(ドイツ政府発行通貨)に変わるものは無く・・・彼等は Hartek の遠心分離機を持っていて、彼等はローレンスのベータ・カルトロン(ベータ線を使用したアイソトープ分離機)のヴォン Ardenne のマス(質量)スペクトロメーター(分光計)のヴァージョンを有し・・・ですからレーザーもあったのでしょうか?」

御覧に成れる様に、その可能性をもっと真剣に考えるために私のマインドを刺激したのは、ホーグランド氏の「十分な資金」への言及で、原子爆弾計画におけるとても純粋な核分裂の素材の、大規模な濃縮化のために必要な科学技術を開発するための、必死で、大急ぎの計画を示唆していました。これについては少々後に更に触れます。

また、御覧に成れる通り - SS 同胞団の中で、レーザーを使用したアイソトープの分離の可能性を記述する事から私を妨げた - 私の主だった疑念は、正にそれを達成するために必要条件とされたレーザーにおける科学技術的な複雑さの問題でした:

「調整可能なレーザーと『それを特定の波長と共に照射する』発言についての貴方の観測は興味深いものです・・・もし実際にこれが Wirtz が言及していた事ならば、それは本当にパンドラの箱を開きます!それは、もし貴方が正解ならば、実に恐ろし過ぎます。

「もし貴方が正しいなら(そして純粋に科学的な観点から、私は貴方が此処において間違っていると考える理由を全く見つけられませんが)、すると、ナチスが実際に何を行っていたのかについて、更にもっと行わなければならない探求があります。此処における科学技術的な要素が唯一マイナス面で・・・彼等は本当にそれを成功させる事が出来たのでしょうか?」³⁶⁸

言葉を変えると、黒い太陽のライヒザ・ベルの SS 同胞団の中で私が確立した様に、SS (ナチス親衛隊)がその様な計画の責任者で、そしてそれは資金に溢れていて、そして殆ど無制限の奴隷労働と、熟練の科学技術者達と技術開発者達の供給を引き出す事が出来たので、予算の欠如ではありませんでした。

ホーグランドは、言い換えると、資金と戦時中の状況についての彼の強調によって、その可能性を考え直す事を私に強要しました。そして彼に対する私の e-メールの返答が示唆する様に、私はその様な計画の科学技術的な難しさに、かたくなに固執していました。

この e-メールの返答を送信した後、私は間違いなく、科学技術的な難しさが、第三ライヒ内部で実際に可能だった計画とするこの提案の困難さを、彼に納得させるだろうと考えました。

そうではありませんでした:

「ジョセフ、

「ナチスのレーザーの開発、または少なくとも同じものの理論的な説明を支持する要点は:

「それが、存在していた量子物理学に矛盾していなかった事です。実際に、過去数十年に及ぶ、科学と物理学の筆者達は – Townes がやっとそれを造った前に、量子力学の長い歴史を与えられると - 何故、レーザーが実際に『開発される』までに、それ程長くかかったのか、何度も何度も不思議に思いました・・・

「『冷温核融合』は、もう一方で、『偶然でした』。

「そして、その説明は基準的な量子物理学では無い為に・・・その完全な開発は(今まで)ほぼ、完全な一世代によって(少なくとも - 表向きには)遅らせられました。」

此処までは順調で、科学は納得のいくものです。私達(ファレル博士とホーグランド氏)は両方ともそれを知っていました。そして、十分に興味深い事に、ホーグランドは、近年の歴史のための説明の、更にもう一つの可能なオルタナティヴで「隠蔽された物理学」を示唆していて、つまり、レーザーがもっと早く、公に開発され無かった理由は、ナチスの原子爆弾計画のための、アイソトープ分離の構成要素として、彼等が既にそうしていたためでした。此処で、彼(ホーグランド)は多くの言葉でこれを語りませんでしたが、彼の明言の示唆は鮮明でした。

そして実際に、以前に引用されたザ・ベルの SS 同胞団における私のコメントの中で指摘された様に、英国のジャーナリスト、アゴストンが実際にはっきりと明言した物事の一つは、ハンツ・カムラーの SS Obergruppenführer の超-秘密裡のブラック(機密)計画のシンク・タンクの中で実際に、レーザーを造った事でした!ですから、私が SS 同胞団の中ではっきりと明言し、そしてホーグランド氏が私に対する次の e-メールの中で概要した様に、その科学が実際にあり、彼等(ナチス)が実際に、レーザーを開発したと言う、アゴストン氏の明言において、その主張が存在しました。

その件は、立件され始めましたが、それでも、科学技術的な複雑さが、私のマインドの中で未だに比重を持っていました。ルビー(光共振器)のレーザーは正しく、少なくとも、ファーム・ホールの記録における発言の全体性と、カムラー・グループ(Kammlerstab/カムラーのスタッフ)について知られている情報の、より広いコンテキストにおいて示唆される様でした。そして私達はKammlerstab/カムラーのスタッフの使命が何であったのかを思い出すべきなのは:それが科学技術を会得するために、そして実際に実行するために、科学技術の分岐(発達)の必要な(次の)段階を計画する事によって、第二世代、第三世代、そして更に第四世代を考える事でした。³⁶⁹

その後、ホーグランドは、ファーム・ホールの記録におけるもう一つの更に興味深い明言について私に思い出させ、特定の方向へと示した明言で、ホーグランド氏が、その時未だに、私の黒い太陽のライヒを読んでいなかったので、その時に、彼がまだ知らなかった方向性で:

「だから、そうでは無くレーザーは・・・ナチスにとって想像するため・・・そして開発するために、とても簡単でした。

「そして、それらの(盗聴)記録における『人工的なルビー(光共振器)』と『光化学的なアイソトープの分離(レーザー)』についての言及が主要な手掛かりなのは;必要とされた超-細く、超-安定的なフリクエンシーの操作のために – 貴方が唯一、レーザーと共に光化学的なアイソトープの分離を行えるためです。止符(ピリオド/まる)。

「ですから、それが機能すると貴方が目撃していないなら - それが行われる事の出来る唯一の方法として貴方が知らないなら、何故、それを明言するのでしょう?」³⁷⁰

この最後のコメントは、私がそのアイデアを真剣に考える様に実際にしたもので、そして此処において体現させるものでした。彼(ホーグランド)は未だに、黒い太陽のライヒを読んでおらず、そして故に、私達が目撃する様に、このコメントが私に示唆した事について知りませんでしたが、彼の考えは独立的に、私が言っていた事の手助け無しで、私の考えが此処で向かっていた同じ方向に向かっていました・・・

2.Hartek が I.G. ファーべン社で目撃した事と、ホーグランドがそれまで知らなかった事:アウシュヴィッツの「ブーナ(合成ゴム)の工場」に戻る

「それが機能しているのを見る」事についてのホーグランドの明言が私に思い出させたのは、私が黒い太陽のライヒの中で引用した、ファーム・ホールの記録における短い会話でした。その本を未だに受け取っておらず、読んでもいなかったホーグランド氏が、何故私がその明言を重要だと考えたのかは、知る由もありませんでした。此処にあるのは黒い太陽のライヒの中に起こるコンテキストに入れられたやり取りです。その収容されたドイツ人の科学者達は、広島におけるアメリカ軍の原爆投下を耳にすると直ぐに、どの様にして連合軍がそれ程多くのウラニウムを濃縮化出来たのかを話し合い出しました。私は黒い太陽のライヒからの私自身の言葉を引用の塊として使用し、引用の印(「 」)の中で、ファーム・ホールの記録から、其処おいて引用された文章を記述しています:

「Hartek と、ファーム・ホールのその他の科学者達にとって、その問題は方法や手法では無く、それは単純に労働力の欠如で、SS が予測していなかった欠如でした。」

後に、Hartek は、更にもっと限定的です:

「関係した数値を考えると、(ウラニウムを濃縮化するために連合軍が使用したのは)マス(質量)スペクトログラフ(分光器)だったはずだと私は考えます。もし、彼等が何らかのその他の良い方法を持っていたなら、彼等はそれ程、多くを使用する必要は無かったはずです。人は、それ程多くの人間達(労働力)を必要としなかったはずです。³⁷¹

「戦後の連合国の伝説(プロパガンダ)により、この文章の基準的な解釈は、勿論、Harteki が、ドイツ人の科学者達の全てと同様に、彼等が単純に、マンハッタン計画の規模の上で、ウラニウムを濃縮化するために、資金も、労働力の源泉も持っていなかった事に、不満を言っていたと言う事でした。」

ですが、黒い太陽のライヒの中で、SS とその膨大な奴隷労働の人材は、その様な労働力と金融的な資源(ドイツ政府発行通貨)が利用可能だったので、連合国の伝説の中のこの点は、単純に、究極的に馬鹿馬鹿しいと、私は主張しました。実際に、その問題へのカーター P. ハイドリックと、その他の研究者達の足跡に続き、ナチスの原爆についての無能さの連合国の伝説の全体の要素は、とても大規模で、とても成功的なナチスの濃縮化の行程を隠すための、戦後の意図的なミスリード(嘘)だと、私は提案しました。

しかしながら、もしそのミスリードがまた、ナチスの濃縮化の科学技術自体から注意をそらすために行われたなら - もし実際に、調整可能なレーザーが関わっていた科学技術の一つなら – すると、そのミスリードのためには、更にもう一つの理由があるのは、それがとても純粋な核分裂のアイソトープを濃縮するために開発された、少なくとも第二世代、または第三世代の科学技術である、レーザー科学技術を意味し、それはより小規模の限界質量(最低限必要な量)を許し、そして、より軽量で、そして更に小さい大きさの(小型化された)原爆を許し、彼等(ナチス)のロケットの上で、核弾頭として使用される事が可能だったためです。ホーグランド氏の主張は、言い換えると、ナチスの原爆計画の全体的なコンテキストと、実用的な必要条件に、とても上手く当てはまりました。

以下に続くファーム・ホールの科学者達の間の会話を、人が読むべきであると私が信じるのは、このコンテキストにおいてです。再びもう一度、私は黒い太陽のライヒからの文章を引用し;その科学者達の実際の会話は、彼等の個々の発言の前の、彼等の名前の現れによって印されます:

「(Hartek の以前に引用されたコメントに対して)Korsching が返答し、そして短い論議が始まり、それにおいて詳細な題材は Hartek によって殆ど触れられず、そしてバーンステインの編集的なコメントは、無知の実証、または意図的な省略に成ります:

Korsching: 「それはスペクトログラフと共に全く成されませんでした。」

(これが、人工的なルビー[光共振器]について述べた、同じ Korsching だった事を思い出して下さい!)

Heisenberg: 「私が思うに、貴方の推論は正しく、それがスペクトログラフだったと、私は言わなければなりません。」

Wirtz: 「私はそうでは無かったと、賭けてもいいでしょう。

これは、高度に重要なコメントで、そして此処において強調されます。それが高度に重要なのが何故なら、黒い太陽のライヒの中で私が主張した様に、ヘイゼンバーグとその他の有名な科学者達は恐らく、(敵国のスパイ達に監視されるので)ナチス・ドイツの本当の原爆計画からは外されて、そして連合軍が心配するためのフロント(建前/表向き)として利用され、その間、Korsching、Deibner、Wirtz 等々の、それ程有名ではありませんでしたが、同等に有能な科学者達が、SS によって運営された本物の計画に携わっていたためです。故に、ヘイゼンバーグは、彼自身の酷く小規模な実験室の努力と共に、SS によって最高機密の中で開発されていた、アイソトープの濃縮化の科学技術のいずれも、知らされていなかったでしょう。故に、ヘイゼンバーグに対する Wirtz のコメントが示唆するのは、彼(Wirtz)がマス・スペクトログラフよりも、多大な労働力を必要とせず、それ程費用を必要としない、アイソトープの濃縮化のための科学技術を知っていた事で、ヘイゼンバーグが知らなかった、または、少なくとも、実用的とは考えなかった科学技術でした。

そして、これが、始めに正しい波長と共にアイソトープを『照射』する事について発言した、その同じ Wirtz だった事を、私達は忘れないでおきましょう!

故に、レーザーのアイソトープ濃縮化のホーグランド氏の提案は、その(盗聴)記録自体の完璧な意味を成す、ファーム・ホールの科学者達の名言を解釈する方法を提供し、それは、ナチスの原爆的な無能さの、連合軍の伝説(プロパガンダ)が、究極的に、全く説明出来無いものです。

ですがヘイゼンバーグはその後、ドイツにおいて、多大な労働力を必要とする、アイソトープの濃縮の何らかの計画が行われていた事を明らかに示唆する、彼自身の明言と共に続けます。しかしながら、ヘイゼンバーグの発言が引き出させる、Korsching と Hartek の発言に着目して下さい:

Heisenberg: 「何のために人は、60,000人の人達が必用なのですか?」

Korsching: 「貴方は、1トンのウラニウムを気化させる事を試みて下さい。

Hartek: 「貴方はそのために、10人の人達しか必要ではありません。私は I.G.において、私が見せられたものに驚かされました。」³⁷²

Korsching と Hartek のコメントを分析する前に、この行の直ぐ後に、私が黒い太陽のライヒの中で行ったコメントを引用する事が必要です:

「此処におけるバーンステイン(盗聴記録の編集者)の唯一のコメント³⁷³ は、あからさまな事を述べる事で、「I.G.」が意味したのは、「I.G. ファーベン社」だった事で、それ以外には全く触れられませんでした。バーンステインが、ファーベン社の「ブーナ(合成ゴム)の工場」と、ベルリンよりも多くの電力を消費し、そしてブーナを全く産出しない、その謎めいた性質に気付いていなかったのか、または彼は意図的に、Hartek の明言のあらゆる更なる説明を除外しました。バーンステインが考える限り、連合軍の伝説(プロパガンダ)が完全でした。」³⁷⁴

ですがそれは、全く完全などではありませんでした。実際に、レーザー・アイソトープ濃縮化についての、ホーグランド氏の驚くべき提案の光の下で、それ(連合軍のプロパガンダ)は全く粉々にされた様に現れます。

「何故かの理由は極度に単純で、そして同時に極度に息を奪う様なものです。

「人工的なルビーについて発言した、物理学者、ホースト Korsching の発言:『1トンのウラニウムをガス化する事を貴方は試みてみて下さい』に、再び注目して下さい。勿論、ガス(気体)への減少(変化)のこの行程が必要な、濃縮化の科学技術の一つは、熱的な気体の分離で、比較的に単純な科学技術です。それは正しくドイツ人達が持っていた科学技術でしたが、それから得られた結果的な U (ウラニウム)-235の純度は比較的に低く、そして(米国の)マンハッタン計画に対して類似した方法において大量に行われる事を必要としました。ですが、使用されたであろうその他の科学技術は、正にレーザーによるウラニウム分離であったでしょう。

「しかしながら、熱的な(処理の)行程は、それを行うために、膨大な量の機器と労働力を必要とし、多大な労働力が必用でしたが、対照的にレーザーによる濃縮化は、そうでありませんでした。以下に続く原子的な化学者、ポール Hartek の発言を息を奪う様なものにするのはこの事実で:『貴方は、そのために10人の人達しか必要では無く、』数千人では無く、10人の人達です!言い換えると、Hartek の端的な明言は、その場合の本質によって、第三帝国(ナチス・ドイツ)によって、ウラニウムを濃縮化するために使用された、とても先進的で、複雑な科学技術が存在していた事を示唆します!アメリカのマンハッタン計画におけるローレンス(リヴァーモア研究所)のベータ・カルトロンに対してとても類似した科学技術である – ヴォン Ardenne のマス・スペクトログラフの使用でさえも - 特に大量に使用されたならば、それ以上に大量の人力(労働力)を必要としたはずです。」

その決定打は、Hartek の最後の発言で:「私は、I.G. において私が見せられたものに驚かされました」で、つまり、I.G. ファーベン社です。³⁷⁵

何故これが、それ程、重要なのでしょう?

それが重要なのが何故なら、最初に、建設のためと、労働力の両方のために、奴隷労働の膨大な量の上に依存した、アウシュヴィッツにおいて I.G. ファーベン社が建設した合成ゴム、または「ブーナ」の施設と呼ばれるものに指し示すためです。しかしながら、その特徴の全ては、黒い太陽のライヒの中で私が指摘した様に、ブーナの工場のものでは全くありませんでした。その水源に対する近さ、その膨大な労働力の確保と技術的なスタッフの必要性、そして – 当時、世界において八番目の大都市だった、ベルリンの街の全体よりも多くの電力を使用した - その膨大な電力の消費、そしてそれが稼働していた4年間の全体を通して、それが合成ゴムを1オンスも産出しなかった事実は全て、黒い太陽のライヒの中で私が主張した様に、それがブーナの工場などでは全く無く、膨大なオーク・リッジ(研究所)-規模の、アイソトープの濃縮化のための施設だった事を示します。³⁷⁶

ですが此処で、記述され、考慮されなければならない2つの追加的な要素があるのは、その施設において使用された科学技術の一つが実際に、レーザーのアイソトープの濃縮化だったかも知れない可能性に、それらが協力証言するためです。それらの内の最初は、そのブーナの施設自体が、一貫的で技術的な問題と、故障によって悩まされたためです。これは、もし、その科学技術が、ゴムを合成させるだけのものだった、または、言ってしまえば、両方とも多少単純な科学技術なので、拡散作用、またはマス・スペクトロメーターによるウラニウムの濃縮化の科学技術だったなら、ファーベン社の様な科学技術的に有能で、経験豊富な企業には、考えられない事です。先進的で工業的な施設におけるファーベン社の過去の記録は、この可能性を排除する様に見えます。

ですから、アウシュヴィッツにおける、その「ブーナ」の工場の稼働において、ファーベン社が経験した一貫的な問題と故障を、どの様に説明すれば良いのでしょう?もし使用された科学技術の一つが実際に、そのレーザー処理の光学的なキャビティー(光共振器)として、固体の情態のクリスタルよりもむしろ、ガスを使用した初期的で調整可能なレーザーの科学技術で、少々先進的な科学技術だったなら、するとその故障はもっと納得がいきます。

ですが、I.G. ファーベン社に対する Hartek の明言がそれ程重要なその他の理由は、ファーベン社が化学的なカルテルでその専門が、化学製品、そして特に、ガス(気体)の製造だったためです。もし、アウシュヴィッツの「ブーナ」の施設がその主要な濃縮化の科学技術として、遠心分離機、またはマス・スペクトロメーターだけを使用したなら、すると、アウシュヴィッツにおける工場を建設するためには、ジーメンズ社の様な電気的な技術開発の企業の選択が、より合理的でした。

ガスの扱いにおける先進的な専門知識を示唆しているその他の科学技術の使用の可能性に指し示し、それは順を追って、一まとめにアウシュヴィッツにおいて使用された科学技術の可能性の一つとして、ガス的な分散作用の使用を指し示したのは、その工場を建設したのがファーベン社だったと言う事実でした。これは、多大な電力の消費と膨大な労働力の必要条件を説明するでしょう。

Hartek の発言がもう一度、再び思い出されなければならないのは、しかしながら、此処においてで、(1)彼が、彼が目撃した事に対して驚かされ、ファーベン社によって実際に使用されていた何かで、そして(2)彼が目撃したものは、機能させるために、たった10人しか必要としなかったと、彼が明らかに明言するためです!ドイツ人達に(そしてその他の国々にも)知られていて、利用可能だったガス的、そして熱力学的な分散作用の技術は、Hartek 自身が「驚き」を呼び起こすような科学技術では全くありませんでした。其処(アウシュヴィッツ)で使用されていた、極度に先進的で、当時としては、アイソトープの分離と濃縮化の先進的な科学技術の何らかの種類の使用の可能性に指し示すのは、この事実(Hartek が驚かされた事)に加えて、その極度に少人数の労働力の必要条件、そして高度に科学的で、化学的な行程と、ガスにおけるその専門知識における I.G. ファーベン社の特徴的な達成の過去の記録で、更に加えてアウシュヴィッツの工場を稼働させる事におけるその一貫的な問題でした。

それは、調整可能なレーザーの使用の可能性に指し示し、そして協力証言します。

金属の、ガスへの還元です。変格と純度化を達成するための、特定のフリクエンシー、または色の光の使用で・・

それはとても錬金術の様に聞こえ・・・

ですが、それについては後程に。

現時点において、ホーグランド氏の明言に一旦戻り、彼が私に対して彼の e-メールを書いていた時に、彼が未だに、黒い太陽のライヒの中で以前に概要された事実を読んでいなかった事を思い出しましょう。これが、彼の次の e-メールの中に含まれたコメントを更にもっと驚きのものにするのは、それらが独立的に、以前に概要された主張と分析を確認するためです:

「ジョセフ:

「私が思うに、私は『調整可能』を定義する必要があるでしょう。

「・・・

「私が意味するのは、有機的な染料(色素材)から造られた・・・沢山の化学的な調合を混ぜる様なものです・・・」

そして、忘れられてしまわない様に、染料(色素)は正しくファーベン社、そして実際に、世界全体で有名なドイツの化学的な産工業(複合体/財閥)がどの様にそれを開始したかの方法でした!

「・・・有機的な染料から造られ、それらを平行で、反射している、半分銀色の鏡(半透鏡)の間に設置し(1940年代における基準的で光学的な化学技術・・・)、そしてレーザーの放出に対して単純な光と共に、それらの調合物を励起(共振増幅)させます・・・」

言い方を変えると、その科学技術は存在していました。必要とされた全ては科学で、それは其処にあり、そして相応しい化学的な知識との科学技術のコンビネーションで、それはまた、ファーベン社の専門知識と、そして新たなコンビネーションにおける様々な科学技術の、カムラースターブのよく知られた利用の形状において存在していました!そして私達がホーグランド氏の e-メールと共に再開する前に、着目されるべきなのは - 人工的なルビーについて、暗号的なコメントを残した科学者である – ホースト Korsching がまた、ドイツに戻り、彼のクリスタルと望遠鏡を取り戻す、彼の要望を明言したとして、ファーム・ホールにおいて記録されたためです。³⁷⁷

「一度、正しい調合物が(もし、鈍重な実験と失敗の繰り返しによるもの以外のなにものでは無かったにしても)発見されれば・・・」

それは、その「ブーナの施設」を稼働する事において、ファーベン社が経験していた問題のための説明の一つの方法に成るでしょう。

「・・・その後、その特定の調合物は、工業レベルのレーザーの分離システムへと拡大化される事が可能で・・・そして一気に、機能しているレーザーの分離システムに成ります。

「拡大化」は正しく、アウシュヴィッツのファーベン社の施設でした!

「ですから、その『調整可能』な部分は、その(実験と失敗の?)発見と、正しい『レーザー処理の化学的な調合物』の準備においてでした。一度、それが達成されれば、この科学技術を使用して、実際のアイソトープを分離するのは・・・『合成的なゴムを造っていて』、『合成的なオイル』等々を造っている社会(ドイツ)にとって、とても単純でした。」

そしてナチス・ドイツは正に、驚きの度合まで、両方を合成していました。最終的な分析において、すると、科学的な立ち位置から、ホーグランド氏の提案について、異例的なものは何も無く、本当に異常な事(言い過ぎな事)もありません。実際に、彼の明言がはっきりと示唆する様に、その当時、彼は詳細の全てを知っていませんでしたけれども、彼は間違いなく、そうされた様に、その同じケースが主張され、そして此処において更なる詳細な土台の上で、進められる事を理解しました。

資金と政治的な意志です。もし、レーザーのための理論的な土台が、その戦争の早期に、ドイツ人の科学者達の幾らかによって知られていたなら - 究極的に必要とされた唯一の物事です。

「ああ、そして - それが機能するために人々と素材を組織化するための - 絶対的な独裁主義です!

「それ以外は何も必要では無く;その科学は・・・始めから・・・ドイツの量子力学の中に組み込まれていました。」³⁷⁸

再びもう一度、ホーグランド氏は、ナチスが実際にこれを行ったと示唆しているのでは無く、彼が概要しているのは、もしその可能性が考慮されるために、何を探せば良いのかの必要なパラメーター(限定要素)です。そして現時点で今まで私がその件を主張した様に、これが、実際に、本当に起こった事で、そしてその様な科学技術が実際に、I.G. ファーベン社によって使用されていたかも知れないと言う、合理的な状況証拠が発展させられる事が可能です。ファーム・ホールの記録の中の奇妙な明言の全てを解釈する、その他の可能な方法は殆どありません。

そしてもし、この主張が実際に事実であったとしたら、何故、そのファーム・ホールの記録が、戦後にそれ程長い間機密に保たれたのかの更なるもう一つの理由を可能にし;それらがマンハッタン計画において、連合国側によって使用されていた、または考えられていたあらゆるものよりも遥かに先進的な科学技術を示唆し、もし誰かが原子科学的に無能だったのだとしたら、それはドイツ人達では無く、連合国側だったためです。

ですが、第三帝国内部のその様な先進的な科学技術の使用に協力証言する傾向にある、何らかのその他の証拠があるでしょうか?実際に、存在します。ですが、私達がそれらの可能な協力証言を見る前に、私達はその科学技術自体を詳細に検証する必要があります。その詳細な検証は、ファーム・ホールの記録と、アウシュヴィッツのブーナ工場のこの解釈に対して、何故私が、元々、戸惑ったのかの一見を供給します。

3.調整可能なレーザーの現代版

ファーム・ホールの記録の示唆への彼の洞察について、ホーグランド氏が最初に私に e-メールした時に、レーザーのアイソトープ科学技術を、一般大衆のために表し、そして説明した、ウェブサイトへのリンクを彼は含ませました。それは此処において、レーザーのアイソトープの分離における、実際の科学技術と技法の素晴らしい写真と解りやすい一般化された描写を含むものとして言及されます。

そのウェブサイトは、ローレンス・リヴァーモア国立実験所のもので、そしてその記事は、「ローレンスの足跡に続くレーザー科学技術」と題されました。³⁷⁹レーザー・アイソトープ分離、またはそれは時々 LIS と呼ばれますが、基本的なアイデアは、単純性そのもので:

「その技術は、同じ元素の異なったアイソトープは、化学的には同じである間、レーザーの光の異なった色を吸収する(吸収スペクトルの)事実の上に基づいています。故に、レーザーは、望まれたアイソトープの原子だけをイオン化するために、正確に調整される事が可能で、それはその後、電気的に電荷された回収のプレート(陰電極)へと引き寄せられます。」³⁸⁰

ファーム・ホールの記録において、既に平行線され、そして示唆された2つの物事に着目して下さい。

その一つ目は、イオン化への言及で、実際に元素を気化化する行程で、i.e. ガスへと変える事です。そしてこれは、勿論、Korsching が1トンのウラニウムを気化化する事に言及した時に、彼の頭の中にあった行程かも知れません。その二つ目は、電気的に電荷された回収のプレートへの言及です。もし、アウシュヴィッツのその「ブーナの工場」において、大規模に、そしてひとまとめに、ファーベン社によって、その様な科学技術が使用されたなら、するとこれは、遠心分離機、拡散(作用)の機械、またはマス・スペクトロメーターの大量の数と同時に、その施設の膨大な電力の消費のために、説明出来るかも知れません。

人は、その記事に追随するこの写真から、その様なレーザーの規模のアイデアを得られるでしょう:

人が見るその3つの大きな四角のものは、分離されるべき要素(元素)を含んでいる、実際の分離タンクで、その間、それらへと入り、出て行く様に繋がっている大きなチューブは、それらのタンクへと調整されたレーザーの光を伝えている、実際のチューブです。³⁸¹ I.G. ファーベン社において使用された、濃縮化の何らかの科学技術は、10人の人達しか必要としなかったと言及した、上記に引用されたドイツ人の原子化学者、ポール Hartek の明言の光の下で、ローレンス・リヴァーモア実験所におけるレーザー・アイソトープ分離施設(の写真)において、たった2人の人しか殆ど見えていないのは、興味深い事です!

ですが、その記事の中に記述された最も興味深い事は、以前の部分の中で私が行った主張に協力証言する傾向にあるものです。そのコメントは、以下の写真の下で起こります:

ローレンス・リヴァーモア国立実験所における、工業規模の調整可能な染料(色素材)レーザー³⁸²
2ページの写真参照:


この写真の下の説明は、以下の情報を明言します:

「LIS の工業規模の染料レーザーのチェイン(鎖)は、solid state (媒体が個体の状態)のレーザーから、緑の光を吸収し、そして関心のあるアイソトープに対して調整される事の出来る色において再放出されます。ウラニウムの濃縮化のために、その緑の光は、ウラニウム-235によってのみ吸収される、3つの異なった波長の、赤っぽい-オレンジの光へと変えられます。」³⁸³

3ページの写真参照:

その調整可能な色素レーザーが、そのレーザー処理の光を放出するために、通常の 固体レーザーによって、刺激されている事に着目して下さい。これが重要なのが何故なら、その個体レーザーが正に、人工的なルビーについての Korsching の明言において示唆されたものであるためです。

言い換えると、ローレンス・リヴァーモアにおける科学技術の50年前に、収容されていたナチスの原爆の科学者達の、ファーム・ホールの記録は、以下の科学技術を示唆する明言を行っていて

1)固体レーザー(Korsching の人工的なルビー[光共振器]のコメント)で;

2)光化学(レーザー)的なアイソトープの分離と濃縮化(特定の波長と共に素材を照射する事についての Wirtz の明言)で、それは調整可能で、化学的なガスの色素のレーザーで;

そして此処において、ローレンス・リヴァーモアから、ナチスが何故、両方のアイデアを考えていたのかを私達が理解するのは、その科学技術のローレンス・リヴァーモア版において

3)2番目の、化学的で、調整可能なガスの色素のレーザーの、レーザー処理の運動を刺激するために、1番目の固体レーザーが使用されるためです。

言葉を変えると、ファーム・ホールにおけるナチスの科学者達のコメントは – Hartek の場合において明らかに、使用されている実際の科学技術を示唆しますが - 彼等がその行程の全体をとても完全に理論化した事を示唆し、そして順を追って、再びもう一度、初歩的で、調整可能なガスのレーザー科学技術かも知れませんが、実際に存在していた事を示唆する様に現れます。

そのローレンス・リヴァーモアの記事の中には、もう一つの高度に興味深いコメントがあります:

「高度な濃縮化の効率を達成するための開発的な努力は、レーザー・ビームの統一性と、ウラニウムの蒸気の状態の改善の上に集中しました。その施設の濃縮化の80%の効率の目標は、レーザーのシステムが記録的な電力のレベルにおいて機能していた、1999年5月における、290時間に渡る実証試験も含めて、何度にも及ぶ試験において達成されました。」³⁸⁴

人は、それらの観測から、ローレンス・リヴァーモアが、そのビームのフリクエンシーを操作する事において、ウラニウムのための正確な気体化の状態を達成する事における難しさに直面し、そしてまた、膨大な電力を消費していたと、推測出来るかも知れません。その様な問題は、アウシュヴィッツにおけるその「ブーナ(合成ゴム)施設」と呼ばれるものを稼働させるために、I.G. ファーベン社が経験していた説明不可能な問題を十分に説明するかも知れないのは、もしそれが実際に、ブーナの工場だったなら、それはファーベン社に対して、全く何の問題も体現しなかったはずだったためです。ですが、化学的なガスの色素レーザーから、正確なレーザーのビームを調整し、順を追って、固体レーザーによって、レーザー処理の運動を刺激する事は、1940年代の初期段階の科学技術と共に、全てを説明するかも知れません。

ですがその様な科学技術の本当の優位性は、その費用の効率(コスト-パフォーマンス)にあるだけでなく、その(レーザー)システムを通した(レーザーの反復)通過を多大に減少させて得られた、更に優れた純度のアイソトープで、この章の次の部分において、極度に重要に成る点で:

「・・・LIS の行程は、存在しているガス的な拡散(作用)の施設によって消費される電力の5パーセントしか使用せず、そして LIS の施設は、遠心分離機の様なその他の濃縮の技術のためよりも、多大に安価で建設される事が可能です。

ウラニウムの濃縮化は、0.7パーセントのウラニウム-235(235U)の自然的なレベルから、235U の3から5パーセントの間まで、LIS と共に、少数の(レーザーの)通過において達成され、その他の行程によって必要とされた、数百万回の(反復)通過と比べると、多大な改善です。これが意味するのは、ガス的な拡散、またはガス的な遠心分離機の科学技術のどちらよりも、多大に、より小規模な施設と産出の費用です・・・

「実際に、そのシステムは驚く程、小規模です。一つの分離機のユニットを内服している真空のチェンバー(室)が、最も良質で市販されている遠心分離機の数千機と同等の結果を産出します。商業的な(市販された) LIS 施設は、150,000機以上の遠心分離機の機械に筆頭する、84機の濃縮化のユニットを使用します。

「・・・その他の行程によって開始的な素材として必要な、ウラニウム六フッ化物(U-XF6)を使用する代わりに、LIS は比較的に有害では無い金属製ウラニウムを使用します。遠心分離機、またはガス的な拡散に対して比較されると、そのレーザーの行程は、同等の量の濃縮化された産物を産出するために、約30パーセント少ない、自然的なウラニウムの鉱物を必要とし、それはまた、約30パーセント、ウラニウムのテーリング(尾鉱)の量を減らします。」³⁸⁵

此処において強調されるべき幾つかの点があり、もしナチスが、その様な科学技術の理論的な可能性に気付いていたなら、またはもし彼等がその(科学技術の)何らかの初歩的なヴァージョンを所有していたとしたら、それらのそれぞれが、彼等にとって極度に重要であったはずのもので - そして目撃された様に、それらがそうであったと言うあらゆる示唆があり - そして目撃された様に、それらがそうであったと言う、強い状況証拠的な立件が成される事が出来ます。

最初に、私達の主張に矛盾する事に着目してもらいたいのは、つまり、その様な施設が、拡散のゲート、または遠心分離機の大規模な機械の上に依存している施設よりも、遥かに少ない電力を消費する事です。ですが、私は一度も、アウシュヴィッツにおいて一つの種類の科学技術だけが使用されたとは主張しませんでした。しかしながら、主張のために、唯一一つの種類が使用されていたと仮定して、そしてつまり、LIS 科学技術の何らかの初期的な形状だったとしましょう。上述の引用が鮮明にするように、商業的な施設でさえ、その様なレーザーのユニットを幾つも必要とし、そしてこれは - 特にその初期的な形状を与えられると - 特にもし、その施設がまた、レーザーのためのガスを産出していたなら - アウシュヴィッツの施設の、異例的に高い電力の消費のために、それでも説明が考えられます。

第二に、LIS の施設はより少ない(レーザーの反復)通過が必要なだけでなく - 実際に、必要とされた通過の数は数桁の規模で縮小されましたが - その様な通過の結果は、アイソトープの素材の遥かに大きな量と純度でした。彼等のロケットの弾頭に取り付けるために、彼等の原爆の小型化を急いでいたナチスにとって、この科学技術は、言い換えると、その目的のために不可欠で、絶対に必要な構成要素でした。その戦争の緊急な観点から、すると、この科学技術のナチスの開発は合理的なだけでなく、特定の感覚において必須条件でした。その主張のこの段階において、むしろ説明が必用なのは、もし実際に彼等がその理論的な可能性を知っていたなら、それは再びもう一度、Korsching、Wirts、そして Hartek のファーム・ホールの記録の明言から、彼等が(その科学技術を)知っていたのは明らかなようですが、何故彼等がそれを開発しなかったのかです。

また、上述の要点との連動において、着目してもらいたいのは、これがまた意味したのが、同じ結果を達成するために、より少ないウラニウムの鉱石が必用だった事です。再び、これはもう一つの利点だったはずです。

そのローレンス・リヴァーモアの記事はその後、レーザー・アイソトープ濃縮化の基本的な行程を描写するために、以下の図を産出します:

レーザー・アイソトープ濃縮化の基本的な行程³⁸⁶ (6ページ参照:)

以下のコメントが、この図の前にあります:

「LIS の濃縮化において、ウラニウムの金属は、真空のチェンバー(室)の中に納められた、分離機のユニットの中で最初に気体化されます。その蒸気の流れはその後、235U がエネルギーを吸収する正確な色に調整されたレーザーの光と共に照射されます。

「そのレーザーの光の放出は、高い反復の比率において、短く、高い強度のパルスを供給している、ダイオード(二極[真空]管)にポンプされた、固体レーザーと共に始まります。この固体レーザーからの緑の光は、高い電力の色素レーザーに電力供給するために、ファイヴァー・オプティックのケーブルを通って移動します・・・

「その色素レーザーの高い平均的な電力の数キロワットを考慮すると、その波長が1000万分の1以下の安定性で、そして殆ど完璧に保存されたまま、遠距離を移動するそのビームの能力は、重大な達成です。

「イオン化された235U の原子が此処で、プラスの電荷と共に「タグされる」ので、それらは簡単に、その分離機のユニットの中のマイナスに電荷された表面(陰電極のプレート)の上で収集されます。その産出された素材は、それらの表面の上で液体として凝縮され、そしてその後、金属製のナゲット(小塊)としてそれが固体化する処であるキャスターへと流れ込みます。そのレーザーのビームによって影響されておらず、必要とされていないアイソトープは、その産出物の収集器を通り抜けて、末端の収集器の上で凝縮し、そして取り除かれます。」³⁸⁷

LIS と関係した最後の科学技術、そして最初に分離された時の液体としての、洗練され、そして分離された235U の収集に対する言及に着目して下さい。加えて、ファイバー・オプティックの科学技術に対する最初の言及は、ナチスが夢見たあらゆるものを遥かに超えていたでしょう!

残念な事に、しかしながら、私達が次の部分の中で目撃する様に、235U のアイデアは - もしくは、言ってしまえば、とても純粋な液体の凝縮の状態において存在しているあらゆるアイソトープ、そしてファイバー・オプティクスのアイデアは、ナチス・ドイツの歴史的なコンテキストにおいて全て、実際に、ギリギリ可能だったかも知れません。

C. ホーグランドの提案に協力証言する傾向にある、その他の謎

それが、初期段階的なレーザーのアイソトープの分離の何らかの一種を示唆しているとする、ファーム・ホールの記録の解読に関するホーグランドの提案だけなら、そしてそれが、此処において体現された彼のアイデアの上に基づいた、より詳細な「コンテキスト的なケースだけなら、人はその論説に少しだけの可能性を許す様に傾くかも知れません。結局の処、レーザー・アイソトープ分離の科学技術の使用は言うまでも無く、ナチスの知識のために、その様な何らかの立件が可能だとしたら、もしそれがそうであったとして、戦後の連合国の権威が、その(レーザー・アイソトープ分離の)可能性を完全に見逃し、そしてその他の科学技術の開発において、多大な資金を費やし、そして何年も無駄にし、そしてそれらの上に基づいて巨大で費用のかかる濃縮化の施設を建設し、その間、より安価で、より効率的ですが、更にもっと先進的で、そして故に開発する事が困難な科学技術が、原子核の分裂自体との正に隣同士で、始めから量子力学において内在的だったと彼等(連合軍側)が認める事を嫌う理由のために、状況証拠的なものとして残らなければなりません。

ですが、実際には、ナチス・ドイツと第二次世界大戦からのその他の謎があり、そのコンテキストの中で、そしてレーザー・アイソトープ濃縮化のレンズの方法によって検証されると、多大な意味を成し始めます。そしてそれらの物事の全ては、順を追って、ナチス・ドイツの中からの初期的な形状における実際の存在のために進められた、その状況証拠的なケースをより完全に協力証言する傾向にあります。

1.証拠によって示唆された、ナチス・ドイツにおける濃縮化されたウラニウムの膨大な量

それらの謎の最初は、ナチスが所有した、明らかに膨大な量のウラニウムの鉱石だけで無く、彼等が実際に濃縮化した235U の多大な量でした。私の著書黒い太陽のライヒの中で、ロス・アラモス(研究所)の主任冶金学者からの公式なマンハッタン計画の書類が、1944年12月付で、核分裂兵器級のウラニウム-235のアメリカの備蓄が、機能可能な原子爆弾のために必要な限界質量(最低限必要な量)よりも、未だに遥かに少なかった事を示唆したと、私は記述しました。³⁸⁸ その書類によると、アメリカは、その当時の産出の率のままだと、1945年の11月まで、ウラニウムに燃料供給された爆弾のための、十分な素材を確保する事さえ出来ませんでした!

ですが奇妙にも、ドイツ降伏の後のたった数週間の内に、その貴重な素材(濃縮されたウラニウム)のオークリッジ(開発所)の蓄積と産出が倍増しました。私が其処で指摘した様にこれは、アメリカの原子物理学の有能さと、ドイツの原子技術開発の無能さについての、戦後の連合国側の伝説に、更にもう一つの大きな風穴を開けました:

「もし、1944年後期から1945年初頭までの、兵器級のウラニウムの備蓄が、2年間の研究と産出の後に、(アメリカ人達が)必要だったもののおよそ半分だけだったなら・・・するとどの様にそのマンハッタン計画は、その3月から、8月において広島にリトル・ボーイの原爆を落とすまでの数か月の間に、必要とされた大量のウラニウム-235を取得したのでしょう?もし実際に、産出の約3年間の後に、限界質量の兵器級のウラニウムの必要とされた供給の唯一、半分以下の産出しか持ち合わせていなかったなら、この偉業をどの様に達成したのでしょう?・・・

「勿論その答えはつまり、もしマンハッタン計画が - 数年間よりも数か月間と言った - 短期間において、十分な濃縮化されたウラニウムを産出する事が出来なかったなら、するとその蓄積は外的な源泉から補足追加されなければならず、その規模の上でウラニウムを濃縮化するために必要な科学技術を共にした唯一利用可能な場所は一つしか無く・・・その源泉はナチス・ドイツでした。」³⁸⁹

この主張の補足のために私は、アメリカの権威に投降したドイツの U-ボート(潜水艦)、U234号が、その証拠が恐らく、高度に濃縮化されたウラニウム-235だった可能性が高いと示唆した、80個の金張りされたシリンダーを積んでいた証拠を産出しました。

この主張を補佐していた2つの重要な事実がありました。最初に、ドイツから日本への、その貴重な積荷に随行していた2人の日本人の士官達が、単純に「235U」と読める、紙のラベルをそれぞれのシリンダーに塗っているのが目撃されました。そして第二にゴールドが唯一、高度に濃縮化された 235U をシールドする為に使用されるのは、非-腐食性の金属として、それ(ゴールド)が、その蓄積物(濃縮ウラン)の純度を腐敗させない、または減少させないためです。³⁹⁰ 故にその U234号が、原爆のために日本へと、大量の限界質量のウラニウム-235を輸送していた様に現れるのは、それらのシリンダーが約560 kg の酸化ウラニウムを含んでいたためで、数個の原爆のための限界質量よりも十分な量でした!³⁹¹

これが意味するのは、ナチス・ドイツが膨大な規模、そして多大な純度において、ウラニウムを濃縮化していた事です。問われるべきは:どの様にして?、です。

ですが、ナチス・ドイツのウラニウムの備蓄にまつわる、更により深い謎が存在します。私がまた黒い太陽のライヒの中で記述した様に:

「ドイツもまた、その戦争の最後の日々と、終戦の直後において、『消失しているウラニウム症候群』を経験した様に現れます。ですがドイツの場合におけるその問題は、その消失しているウラニウムが数十キロでは無く、数百トンだった事です。この時点において、この問題の結果を完全に描写するために、カーター・ハイドリックの素晴らしい調査を長文において引用するには価値があるでしょう:

『1940年6月から、その戦争の終わりまでに、ドイツはベルギーから3,500トンのウラニウムの調合物を押収し、そしてそれを、ドイツのストラスファートの塩の採掘所に保管し - (マンハッタン計画の主任の将軍、レズリー)グローヴスが購入した量のほぼ3倍でした・・・その戦争が終結に向かっていた1945年4月17日に、ストラスファートからの約1,100トンのウラニウムの鉱石に加え、フランスのトゥールーズから31トンを回収したと、グローヴスは豪語します・・・そして彼は、その回収された量は、ドイツが所有していた全てで、そして故に、ドイツは、プルトニウムの核反応器の堆積、または磁気的な分離の技術を通す、どちらかのためにウラニウムを処理するために十分な原材料を全く持っていなかったと主張しました。

明らかに、もしストラスファートが以前に、3,500トンを所有し、そして唯一、1,130トンしか回収され無かったなら、約2,370トンのウラニウムの鉱石の行方が説明されておらず - それだけでもマンハッタン計画が所有し、その戦時中の努力全体を通して使用されたとされるものの倍の量で・・・その素材は、今日までも、全く説明されていません・・・

1941年の夏までに、歴史家のマーガレット・ゴーウィングによると、ドイツは既にその酸化物の形状へと600トンのウラニウムを洗練し、その素材を気体(ガス)へとイオン化するために必要とされた形状で、その形状においてウラニウムのアイソトープはその後、磁気的、または熱的に分離される、またはその酸化物は、核反応器の堆積のために、金属へと減少(加工)される事が可能でした。実際に、その戦争の期間の間に、ドイツ全体を通してウラニウムの全ての責任者だった Riehl 教授は、その数字が実際にはもっと高かったと述べます・・・

『ウラニウム、またはプルトニウムの爆弾のどちらかを製造するために、ウラニウムはある時点において、金属へと減少(加工)されなければなりません。プルトニウムの場合、238U が金属化されます。ウラニウムの難しい特徴のために、しかしながら、この冶金学的な行程は複雑なものです。米国はその問題と共に初めに苦難し、そして1942年の後期まで、大量の産出におけるその金属的な形状へと、ウラニウムを加工する事に成功出来ませんでした。ドイツの技術者達は、しかしながら・・・1940年の終わりまでに、1/4トンを超える、280.6キログラムを既に金属へと加工しました。』³⁹²

私はその後、こう記述しました

「これらの観測は幾つかの追加的なコメントが必要です。

「最初に、着目されるべきはナチス・ドイツが、利用可能な最善の証拠によると、その戦争の終わりまでに、約2,000トンの加工前のウラニウムの鉱石を失っていた事です。それらの鉱石は何処に行ったのでしょう?

「第二に、1940年まで遡り、効能的な金属化のために、酸化物の形状まで600トンを洗練した事から、ナチス・ドイツが膨大な規模の上で、ウラニウムを濃縮化していたのは鮮明です。これは、その濃縮化を達成するために、何千人もの技術者達を共にした大規模で、献身的な努力、そして同等に大規模な施設、または複数の施設を必要としたでしょう。その数字は、言い換えると・・・アウシュヴィッツにおける I.G. ファーベン社の「ブーナ(合成ゴム)」の工場は、ブーナの工場などでは全く無く、大規模なウラニウム濃縮化の工場だったと言う論説に協力証言する傾向にあります。しかしながら、アウシュヴィッツの施設は実際に、1942年までに産出を始めていなかったので、その日付は何処かに位置した、もう一つのその様な施設を示唆します。」³⁹³

此処において注目されるべき2つの重要な物事があり:一つ目は、イオン化されたガスへのウラニウムの気体化へのハイドリックの言及で、そして二つ目は、1942年の初頭にアウシュヴィッツの施設が稼働状態に成る以前にナチス・ドイツ内で起こっていた、大規模なウラニウム分離の事実です。

問題なのは、この期間の以前に、その第三帝国の全体、またはそれが侵略した領土の中に、それ以外にその様な大規模な施設が無い事です。その様な大規模の施設の欠如は故に、大量の(人員/施設の)数における導入が無くても、素早く、そして効率的に濃縮化されたウラニウムのその様な備蓄を産出する事が出来る、先進的な科学技術の存在を示唆します。

私達は既に、それを行う事を出来るであろう、最も可能性の高い科学技術を知っています・・・

2.1945年3月の、Ohrdruf における、小さな限界質量の、高い破壊力の原子爆弾の、主張された実験

しかしながら、その戦争の間のナチス・ドイツ内部において、アイソトープ分離の高度に先進的な科学技術の存在に指し示す証拠の、更にもう一つの欠片が存在し、そしてこれは、1945年3月4日の、中央ドイツ南部の Thuringia のハーツ山脈における Orhdruf の軍隊行進の場所における、破壊力が高度に効率的な段階の原子爆弾である、小さな限界質量の - 極度に小さな限界質量の - 起爆の主張です。重要な事に、アドルフ・ヒトラー自身が、その実験の期間に、その地域に行っていました。

私達が此処において注目するものは、ドイツの情報源の幾つかによるとその実験が、たった100グラムの限界質量を共にした爆弾の起爆だった事です。この事実は、もしそれが本当に起こったなら、この実験の行程の少なくとも一つは、「ブースト(加速)された核分裂」を使用しなければならなかったはずで、その技術はそれによって、限界質量(最低限に必要な量)自体の分裂から結果しない、核反応の一連へと、素早い熱的なニュートロン(中性子)の追加的なバースト(破裂)を産出するために、限界質量へと幾らかのニュートロンを派生させる源泉が興奮されたと、私が黒い太陽のライヒの中で推理する事に導きました。この行程が複数の目的を果たしたのは、(1)より少ない限界質量、(2)その素材のより少ない投資のため、またはよりあからさまに、そして鮮明に云うと、ライヒ・マルク(政府発行通貨/投資)のために、より大きな破壊力を許したためです。その通常の使用の下でそれはまた、使用されるための核分裂の素材の限界質量の、少々低い段階の純度を許しました。³⁹⁴

ですが - たった100グラムの! - Orhdruf の実験のための極度に小さな質量は、原爆的な爆発を原因出来る、超-純粋な235U だったとしても、遥かに少ない重さでした。ナチスの秘密裡の兵器についての私の次の著書ザ・ベルの SS 同胞団の中で私が指摘した様に、この事実が意味したのはその爆弾が、極度に純粋なプルトニウムによって燃料供給されていなければならなかった事で、そして更に加えて、ブーストの行程を通してブースト(加速)されたプルトニウムでした。しかしながら、これがその方程式へと、新たな問題的な要素を注入したのは、プルトニウムが唯一、原子的な反応器(原子炉)において調合される事が可能で、そして連合国側の伝説と、知られている証拠によると、原子的な堆積(原爆)を製造するためのドイツの試みの知られている全ては、モデレーター(調整器)、または設計要素、もしくは両方における失敗のどちらかのために、多大に非成功的だったとされます。

これは、もし、Orhdruf の実験が行われ - そしてドイツにおける今日までの現場の証拠はそれが明らかに行われた事を示唆しますが – すると、ナチス・ドイツ、またはその同盟国の内部に、比較的に早期の段階から、隠された、そして知られざる、機能していた反応器(原子炉)の科学技術があったはずで、戦後の連合国側が今日まで隠した、または単純に全く発見しなかった科学技術だったと、私が推理する事に導きました。そしてこの科学技術はプルトニウムを産出していました。私はその後、2つの可能な源泉について推理しました。

一つ目は、ドイツ人達が実際に、メタンに調整された反応器を造った事で、「元素94」、プルトニウムを製造するはっきりとした目的のために、ドイツ人の物理学者達、フリッツ Houtermans とマンフレッド・ヴォン・アーデン男爵によって、その様なものが実際に、1941年において提案されたためです!そして歴史におけるその時点において、プルトニウムには唯一、一つの実用的な使用があり:原子爆弾の燃料としてでした。

ですが、モデレーターとしてグラファイト(黒鉛)を使用して、機能していた核反応器の科学技術の可能性のもう一つの源泉があり、そして私は唯一、ザ・ベルの SS 同胞団の中で端的に記述しましたが、その源泉はファシストのイタリアでした。1938年において正にその様な核反応器のためのイタリアの特許を取ったのは、結局の処、エンリコ・フェルミの地元の大学、ミラノ大学で、そしてそれは、マンハッタン計画のために、シカゴ大学のスカッシュのコートの中に、フェルミが彼の最初の原子的な堆積(原爆)を造ったのは、正にそのデザインに基づいてでした!私の知識の中に、ファシストのイタリアが機能している原爆を有していたと言う概念は全く無い間、同等に、もしそれが持っていたとしたら、再びもう一度、勝利を収めた連合国側は、その事実を明かす事を忌み嫌ったでしょう。

機能しているイタリア製の原爆はまた、その戦争のその他の作戦的な謎に対する、特定の可能な解決策を体現し、それはナチス・ドイツの中で起こっている、何らかの初歩的なレーザー・アイソトープ濃縮化の私達の状況証拠的な件を再開する前に記述されなければなりません。最初に、多くの軍事的なコメンテーター(解説者)達が気付いた様に、イタリアにおける連合軍による侵略と、その後の陸軍元帥、Kesselring の勢力に対して激しく戦われた、長く、ゆっくりとした戦闘は、軍事的に不可解(説明不可能)でした。バルカン(半島)の連合軍の直接の侵略は - チャーチル自身が主張した様に - 西欧の連合軍に遥かに大きな作戦的な成果をもたらしました。ですから、そうで無ければ軍事的に不可解な侵略の究極的な理論化は、実際に、とても成功的なイタリアの原爆計画だったのではないでしょうか?可能でしょう。³⁹⁵

成功的なイタリアの原子爆弾がまた、説明する事を手助けするかも知れない事がもう一つあり、そしてそれは単純に、ナチス・ドイツから消失している、数百トンのウラニウムの件です。それが移動されたかも知れない一つの場所は正にイタリアで、その科学者達が最初の機能可能な大規模の核反応器をデザインした国家です。

この推理の全ては、しかしながら、説明されるための、Ohrdruf の実験についての一つの問題を残します。其処において何らかの異例的なものが爆発させられた事には疑う余地はありません。問われているのは、それが幾人かのドイツ人の研究者達が現在主張する様に、ブーストされた核分裂の爆弾だったか否かで、もし人がその可能性を受け入れたとしても、それはプルトニウムを必要とし、そして故に機能している核反応器(原子炉)を必要とするだけでなく、人はプルトニウムを調合した後、たった100グラムの限界質量の、ブーストされた核分裂の爆弾を可能にするために、極度に高度な純粋さの爆弾のために必要なアイソトープ、Pu239を十分に分離しなければなりません。人が持っていなければならないのは、言い換えると、分散のゲートと、マス・スペクトログラフよりもはるかに効率的な、アイソトープの分離が可能な科学技術です。

レーザー・アイソトープ濃縮の様な、何かです。

3.トリウムとラジウムの謎

第二次世界大戦からの更により大きな謎は、連合国の「Alsos」の諜報工作のチームが、疑いを共に、パルスしているアンテナを持ち、ドイツの原子爆弾計画の本質へのあらゆる手掛かりと証拠のために、地面の匂いを嗅ぐために鼻先をくっつけていた(調査していた)事実で、そのライヒに入った時に、彼等が出くわした最も異例的な物事の一つは、トリウムにおけるドイツ人達の極度な関心で、その元素のあらゆる最後の一粒のために、占領されたヨーロッパの全てを探し回るためにナチスが行った極度な努力でした。それが(当時も) - そして(今も) - 謎なのは、それ(トリウム)と共にドイツ人達が行っていた事を誰も知らないためです。ナチスの秘密裡の兵器の研究家、イゴール・ウィトコウスキーが明言した様に:「米国の Alsos の作戦は、ドイツの研究における、トリウムの高い役割を説明する事が出来ず」³⁹⁶、その明言は再びもう一度、連合国側自体の核兵器的な優位性に関する戦後の連合国の伝説を疑いへと呼び起こすのは、もし彼等がそれ程優れていたなら、何故、彼等はこの謎を説明出来無いのか?のためです。

ウィトコウスキーは、しかしながら、それを見解するための、より広いコンテキストを示唆し、それは、最終的に、私達を、ナチスのベル計画と、その謎めいた、そして「錬金術的」なセラム(血清/漿液)525へと、導いて戻します。この筆者(ファレル博士)との個人的な対話において、ウィトコウスキー氏は寛容にも、ナチスの秘密裡の兵器についての彼の継続的な研究の最新の結果を私と分かち合い、その研究は彼の素晴らしい著書、ナチスの秘密兵器についての英語版のヴァンダーワッフについての真実の、予定されている(元々の)ドイツ語版の補足として含まれるでしょう。ナチスの核兵器の調査についての彼の章の終わりに対して加えられた、延長的な補足の中で、彼はそのドイツ語版のために以下の新たな情報を追加します。それは此処において、英語圏の読者達と分かち合う事を私に許す、ウィトコウスキー氏への感謝と共に、引用されます:

「コンパートメント(小箱/特殊)化は、ドイツの核兵器的な活動の題材が理解され無かった理由の一つですが、もう一つの理由がまた存在したのは - 何故なら、最も重要な施設の幾つかが、後のソヴィエトの関心の影響下だった、東欧に位置していたためで – 西洋の研究者達にとって、とても大きな「障害」だったためでした・・・近年(i.e. 東西ドイツ統一後)の記録の調査は、しかしながら、その他の類似した施設の存在を明かしました。更にもっと重要な事は、以下に表された2つの件の場合において、連合軍の諜報工作の報告がそれらを『核兵器の科学技術を研究している』等々としてでは無く、それにおいて核兵器が製造された、または開発されたものとして、はっきりと表現するためです。

「その報告書の一つの中に、Niederschlesien の Sagan の街近郊の、秘密裡なカモフラージュされた地下施設の描写があります:

「『ドイツ人の兵士達は、8月1日に、Sagan から15 km の、120°の方向の森の中に、空気ドームを共にした地下工場があると報告しました。工場は恐らく、新たな兵器と噂された原子爆弾を製造しています。Sagan 付近の空気ドームは、実験的な産出から(実用的な産出へ)変化する行程にあると報告されました。』

「もう一つの報告書が、更にもっと興味深い様に見えるのは、今度はヴァーナー・ヘイゼンバーグ(!)の指揮下の、以前には知られていなかった研究チームに関する事で、ドレスデンからの科学者達に基づいて形成されたものだったためで:

「『ドレスデン大学は:秘密兵器のドイツの開発の心臓部だと言われます。ドレスデン大学において、化学者達、技術開発者達、そして教授達のグループが、ヘイゼンバーグの指揮の下・・・保護区内の Jachymov におけるラジウムの採掘場の近くの、Schicht 採掘場におけるラジウムの副産物について研究しています。

「Jachymov (聖者 Joachimsthal)は、もう一方で、Böhmen と Mahren のライヒ保護区における主要な採掘の現場で、³⁹⁷ それにおいて後に、(ソ連の)赤軍のチームが働きました。この場合において Smersh によって大隊全体が起用され、³⁹⁸ 不特定の技術的なグループによって補佐されました。

「唯一近年に成って、彼等の目的は、ドイツの核兵器を会得する事だったと判明しました。ヘイゼンバーグと彼のドレスデンのチームの『明かされた』役割からは別に、『ラジウムの副産物』の明言は、同等に重要かも知れません。もう一つの情報の欠片を述べない事は難しく:その貨物は、1944年4月16日に、Lorient の基地を離れ、今日のインドネシアにおける Penang に向かった、日本の潜水艦(I-29号)によって輸送されました。利用可能な情報源によるとそれは、その他のものと共に、『水銀とラジウムの混合物』を輸送しました。

「・・・それらの2つの件が - ドイツと同時に日本の - 何らかの高度に機密で、そして未だに殆ど知られていない、核兵器計画の現れだったと疑わずにはいられません。」³⁹⁹

この重要な引用は、幾つもの高度に重大な手掛かりと、情報の破片を含みます。

最初に、ウィトコウスキーが示唆する様に、より近年に発見された記録の文献的な資料は、ヘイゼンバーグがドレスデン大学において、化学者達、技術開発者達、そして教授達のチームを率いていた事でした。量子力学自体の創始者達の一人である、ヘイゼンバーグを責任者にすると共に、その様なチームは正に、レーザーに基づいたアイソトープの濃縮化の科学技術を開発し、そして使用するために、必要とされたチームの種類でした。

第二に、それに拘わっていたのがドレスデン大学だった事実は、高度に重要でした。ドイツ中央南部のハーツ地方から、サイリーシアの曲線を通って Breslau まで下って伸びた、巨大な SS の地下工場と掩蔽(えんぺい)壕のネズミの巣の近くの、低サイリーシアのブレスラウの別に、(ドレスデンが)唯一の主要な大学だったためで、其処におけるヘイゼンバーグの指揮の下のその様なチームの存在は - そしてもし、その働きが少なくとも連合国側に知られていなかったとしても、その存在は - それまでに犯された最も野蛮な非道行為の一つに対して、軍事的な理由づけを終に与え:その戦争の終わりに向かう際の冷酷な状況の下における、市民の生命の恐ろしい消失で、ドレスデンの絨毯(じゅうたん)爆撃でした。その連合軍の爆撃は、そうで無ければモラル的に非難すべきで、弁護不可能で、それについて必死さの、説明不可能な雰囲気があり、ウィトコウスキーの情報が、その(爆撃の)背後には、とても秘密裡で、そして機密の軍事的な理由があったかも知れないと示唆するものです。

第三に、ラジウムとその「副産物」の明言と共に私達が更にもう一つの放射性物質におけるナチスの関心の指標を有する事に着目して下さい。以前の情報の全てを一つにまとめると、私達は此処で多大なジレンマによってぶつかられるのは:原子爆弾を追及しているあらゆる国のための通常の関心であるウラニウム-235とプルトニウム-239においてだけでなく、ナチスがトリウムとラジウムの「副産物」、i.e. アイソトープにもまた、極度な関心を表していたためです。そして、その広い関心の範囲が示唆するのは、再びもう一度、もし実際にそれらの「副産物」と共にナチスが行っていた事なら、幾つもの異なった元素のアイソトープを分離するための、十分に柔軟な科学技術の存在です。その科学技術は、再びもう一度、レーザー・アイソトープ分離でした。もし彼等が唯一、「ダーティー(初歩的)」な放射性の爆弾の迅速な産出の目的のためだけに、それらの素材に関心を持っていたとしても、放射性の爆弾が実用的な兵器に成るために、十分に殺傷的な素材を濃縮化する方法が存在していなければなりませんでした。これもまた、アイソトープの分離の柔軟な科学技術のための必要性を示唆しました。

4.レーザーの謎

私達が目撃した様に、そのファーム・ホールの記録は、その戦争の前、または間のどちらかの、その第三帝国の中のレーザー科学技術の開発の可能性を示唆している暗示的な発言を含みます。その明言は更に加えて、英国のジャーナリスト、トム・アゴストンの調査において協力証言を見つけられるだけでなく、彼ははっきりとこれが、SS が実際に実験していた分野の一つだったと明言します。ですが、その他にも、協力証言的なデータはあったのでしょうか?

(その他の)協力証言があるだけでなく、それはまた、その戦争の終わりの更にもっと後に、西洋の連合軍側、またはソヴィエト達が達成した事を遥かに超えて、ナチスの科学が実際に行った深さを明かします。

1944年11月16日付の、Merillate モーゼス大佐から F.J. スミス少佐に宛てられた極秘の戦争庁の書類は以下を明言します:

g) 1939年に、Tempelhof において、「死の光線」を共にした実験が、AEG Seimensstadt ベルリン社によって行われました。モルモットが、200メートルの距離において殺傷されました。

h) 「電気的な課題のために」雇用されていた、ある匿名、または描写されていない一個人が、その収容者に、ドイツ人達が何年にも渡りそれらの死の光線と共に実験していたと伝えました。

i) それは、遠距離において、飛行機の動力(エンジン)を止める事が可能な、磁気的なビームの一種と信じられます。

j) 彼が知っていた実験は、(1)誘導された磁気的なフィールドと共に、飛行機の動力の機能を破壊し、(2)直接の紫外線の光線によって、飛行機を空中において爆発させます。

k) ピエゾ電気(圧電力)に基づいた波、または光線の派生が、その死の光線の開発です。⁴⁰⁰ その試験は、1938年において行われ、そして800メートルの距離において、自動車の動力を止める事に成功した事が知られています。⁴⁰¹

このアメリカの戦争庁の書類によると、自動車等々に対する実際の実験が、1938年と1939年に始められ、概念の証明の実験が恐らく、更にもっとより早期に行われていた事を示唆する事を観測して下さい。

此処において描写された秘密裡の兵器の開発が明らかにレーザーでは無い間、固体レーザーの光学的なキャヴィティー(光共振器)のためのクリスタル(水晶)の使用を再びもう一度示唆するかも知れない「ピエゾ電気」に対する示唆的な言及があります。ファーム・ホールの記録における、人工的なルビーについての、ホースト Korsching の明言の面影です!

最後に、その拘わった企業に注目してもらいたいのは: AEG、または Allgemeine Elekstrisitäts Gemeinschaft 社が、後の NASA の指揮官、カート Debus の指導の下で、ザ・ベルの発電所を造った正に同じ企業だったためです!⁴⁰²

ですがそれは、更に悪化します。

ウィトコウスキーによると、ナチスの研究は、X-線とガンマ線のレーザーの光線を研究していました:

「・・・その他の物事の中で、『X-線のレーザー』の何らかの一種 – X-線、またはガンマ(線)の放射の干渉性(coherent)の源泉についての研究が行われました・・・」

X-線とガンマ光線のレーザー研究について言及しているドイツのルフトワッフ(空軍)の文献:イゴール・ウィトコウスキーと(彼の著書)ヴンダーワッフについての真実の御蔭(情報)

「ドイツの記録文献における調査の御蔭で、1944年において、Gross Ostheim の街に位置した特別なルフトワッフの研究施設が、その様な兵器を開発する役割を確立する事を受け取ったと証明する事が可能でした。この仕事に関連した物質は現在、民間の施設 – Karlsruhe 研究センター(Foruschungszentrum Karlsruhe) -  に位置し、数年前に発覚させられました・・・その兵器の第三世代で、そして最も最新のヴァージョンは、30秒間に7 rads (放射線の吸収線量の単位) の率において5キロメートル離れた標的を放射可能で、それはその報告書において確認された様に、飛行機の乗組員を完全に無能化させるのに完全に十分でした。」⁴⁰³

ですが、ウィトコウスキーが記述しないもっと興味深い事は、実際の文献自体の中で起こる事です。

私が以前のページにおいて実証したのは、ウィトコウスキーが言及する実際の文献なのは、何故ならその内容がとても驚きで、もし人が実際の文献を見せられないなら、人は、私がでっち上げたと信じるかも知れないためです。その文献自体の実際の内容に行く前に、それを読む時に覚えておくことが重要な2つの要点があります。

一つ目は、1940年代において、「light amplification by stimulated emission of radiation」を意味するレーザー (laser)の定義は、それ以前に(一般的に)知られていなかったためです。ですからドイツ人達は、もし実際に彼等がレーザーを研究していたなら、レーザーにおける機能的な概念と原則を描写しなければならず、つまり、光子(photon) の放射の派生の突然のカスケード(流れ)です。第二の点は、同等に重要です。ファーム・ホールの記録の「レーザー・アイソトープ分離化」の解釈をリチャード C. ホーグランドが提案した時に、ドイツ人達がその理論を実行化したと示唆するに何らかの文献的な証拠が必要だった事を思い出して下さい。

この文献が示唆する様に、彼等(ナチス)は、その理論を理解しただけでなく、単なる光学的な個体レーザーを越え、i.e. その科学技術の第一世代でしたが、殺傷的な X-線と、より致命的なガンマ線の、高いフリクエンシー(周波数/振動率)におけるレーザー処理の定義において既に考えていました。

それらの要点を頭に入れると共に、その文献自体の翻訳へと向かいましょう:

その研究に関する端的な報告書は、研究指示命令 DE 6442/0109/43の指示の下で、1943年4月20日以来、X-線に関連した自然的な、そして原材料の研究のためのインスティチュートにおいて署名された、彼の共同研究者達によって行われました。

1.20/4/54(1943年4月20日)における空軍元帥との会議のための、その研究の土台の完成。⁴⁰⁴

2.その実現化のための私の計画と提案の GL/St の明細のはっきりとしたメモと報告書。

3.場所の選択と Gross Ostheim 研究エリアの準備に関する、技術的、そして組織的な準備との協力。

4.存在している計画と、Wideröe 博士との論議の決定的な参加のための the Wideröe ビーム変換器の重要性に関する実証。

5.当局の Tamms 教授(ach. Sander)と空軍基地 XII の相応しい人員との共通における、Gross Ostheim の大ホールの建設と変換に関する計画の完成。

6.研究所の兵舎と兵士宿舎の変換の重要な供給のための、設置と電話施設等々のための、平地の形成。

7.何よりも、以前に上述された緊急の実施試験の目的を共にした、X-線に関連した自然的な、そして原材料の研究のためのインスティチュートの目録と共に、正確な機器を造る構成要素に加えて、科学的な機器と実験室の開発。

8.そのユニットからの科学的、そして技術開発の人材の訓練。

9.エレクトロン(電子)としての X-線とガンマ線の浸透の物理学の分野のための、現在までの結果に関する包括的で批評的な報告書の研究と開発のための、重要な文献の収集。

10.実験所と研究室の最初の設計のための備品と機器の配備。

11.ハンブルグの州からの120万ヴォルトの施設の確保。

12.ハンブルグの C.H.F. ミューラーの企業における、220万ヴォルトの X-線の機器のための注文の発注。

13.ハンブルグの C.H.F. ミューラー企業における Wideröe モデルの、1500万ヴォルトの光線-変換器の発注。

14.ルフトワッフ(空軍)の実験室の機器と追加的な機器の備蓄の確保。

15.様々な高い主要なエネルギーのための、変化可能な状況、密度、そして温度の下の空中における硬化された(hardened)X-線の伝播と減衰に関する理論的な本質の科学的な研究。

16.特徴的な流動の、大きく、高いテンションの X-線のチューブの提案。

17.単一の DRP の土台としてのカスケード(縦繋ぎ)原則に沿った、高いヴォルテージと大きな電流の強さの産出のための施設のための提案。

ライプツィッヒ、1994年(Sic.)5月4日/s(signed?)/E. Schiebold 教授

人がどの様に特定のニュアンス(微妙な意味)を翻訳しようとも、その書類から明らかなのは - 残り(その前後の)コンテキストが無ければ(理解する事が)難しいですが! - 特定の文章は、それらの示唆においてはっきりと不透明で、それは最終的な明言における「カスケード(縦繋がり)の原則」で、正にレーザーにおいて使用された原則です。着目されるべきは、その要点が文章化された点の方法で、その文章の前に続くその他のコンテキスト(文脈)において、何らかの設計と実験の概念の証明が既に行われた事を示唆し、そしてその計画が完全な規模(大々的)な機器のデザインと試験へと移行した事を示唆します。

更に加えて、その要点の16番目が示すのは、そのドイツの計画が向かっているのが、あらゆる種類のレーザーの使用におけるルフトワッフ(ドイツ空軍)において正しく問題であった、空気中の伝播と屈折効果の問題だったためです。

何がまた高度に特徴的かと言うと、「光線-の変換器」に対して言及された発明者の名前で: Wideröe です。以前にも明言された様に、その名前はドイツ人では無くノルウェー人で、レゾナントな粒子の加速器の設計と開発の先駆者の一人の名前で:ロルフ Wideröe でした。Wideröe は実際に、1928年において、ドイツの Aachen の the Rhensche-Westfalen Technische 大学における、最初の直線的な量子加速器を造りました。Wideröe の研究は、彼が『光線の変換器』と呼んだ、量子の加速器において、サイクロトロン に繋がった科学技術の分岐において重要でした。⁴⁰⁹

その書類は故に、恐らく、レーザーにおけるカスケード原則の機能の上に基づいた、X-線のレーザーのためのポンプのメカニズムとして、Wideröe によって開発された、直線的なレゾナンス(共振)の粒子の加速器の何らかのコンビネーションを、ナチスが試みていた事を示唆します。故に、ドイツ人達は理論を明らかに達成しただけでなく、より大きな規模の機器(施設の巨大化)を開発していました。更に加えて、レゾナンスの加速器の使用が示唆するのは、ドイツ人達がまた、調整可能なレーザーの定義において考えていた、高度に推理的な可能性です。

その書類には、その計画が理論的なもの以上で、既に開発の概念の証明の段階を通り過ぎたアイデアとプロトタイプに基づいた、機器の実用的な開発と実施化と関係していて、そして、つまりその書類が、匿名のルフトワッフ(空軍)の元帥!との説明において触れられるための要点を概要している、面白みが無く、退屈な「説明の要点」の説明書類だった事を示唆する最後の重要な点があります。明らかに、もし人が120万、220万、そして究極的に1500万ヴォルトの設置のために購買しているなら、人は小規模の実験的な努力を超えていて、そしてその計画の、より大規模な段階の中にいます。

D. 慎重な結論

私達は既に、日本の潜水艦によって運ばれていた、奇妙にも「錬金術的な」貨物に対するウィトコウスキーの言及に着目し、その貨物はラジウムと水銀の調合物でした!これは、ナチスのベルの謎めいた「IRR セラム525」の化学的なレシピ(調合法)を構成したのが何だったかの、最も強い状況証拠的な手掛かりです。ラジウムとトリウムにおけるナチスの強い関心 - 原子爆弾のための燃料としての、ウラニウムとプルトニウムにおける彼等の関心と、少なくとも同じ位大きな彼等の関心は – それらと、恐らくその他の要素(元素)が、ザ・ベルの「セラム525」の化学的なレシピにおいて必要な材料だったためでしょうか?

この問いが重大なものなのが何故なら、ポーランドにおける SS のヤコブ Sporrenberg 将軍の戦争犯罪の裁判の宣誓供述書の中で描写された様に、「赤い水銀」と、錬金術師達の「アンチモンの色合い」以上にセラム525に類似する調合物は無く、それらの両方が、その錬金術的な「赤っぽい紫」の色と、そしてそのとても濃密なドロドロ(粘着性)の液体の状態において、コザレフの実験において試験された様々な素材の様に、回転電気的なパルスによって、様々なストレスの対象にされたためです。

ですがそれは、もう一つの章の逸話です。現時点において、レーザー・アイソトープ分離の幾つかのヴァージョンのホーグランド氏の論説には、それを補佐するための多大な状況証拠があり、高度に推理的ですが、大きな可能性があると、私達は結論出来るかも知れません。そしてルフトワッフの書類によって示唆された科学技術の奇妙で、殆ど「錬金術的な」コンビネーションは、重要な問いを台頭させます:

ナチス・ドイツの中の、そして更に重要な事に、ナチス党自体の内部の、錬金術の役割と影響力は一体何だったのでしょう。そして何らかの役割がもしあったのなら、ザ・ベルの概念化において、何の役割を果たしたのでしょう?

濃いコーヒーを入れて、深く深呼吸して、席について、そしてあなた自身(の心)を準備させてください・・・!
_____
352 ジョン・リスゴウ、クリストファー・コレット、そしてシンシア・ニクソン出演の映画、マンハッタン計画(1986年)からの初めの台詞。
353 Bernstein, Hitler’s Uranium Club, p. 99, emphasis added.
354 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun, pp. 142–143.
355 Agoston, Blunder! How the U.S. Gave Away Nazi Supersecrets to Russia (New York: Dodd, Mead and Company, 1985), p. 65, emphasis added.
356 Bernstein, Hitler’s Uranium Club, p. 144, cited in Reich of the Black Sun, p. 144.
357 Bernstein, Hitler’s Uranium Club, p, 118, emphasis added, cited in Reich of the Black Sun, pp. 144–145.
358 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun, p. 145.
359 Bernstein, Hitler’s Uranium Club, p. 148, cited in Reich of the Black Sun, p. 148.
360 その(盗聴)記録の編集者で注訳者の、ジェレミー・バーンステイン。
361 Referring to Bernstein’s comment on p. 120, n. 38, of Hitler’s Uranium Club.
362 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun, p. 148.
363 2002年7月号の、応用された物理学の日本ジャーナル、41巻(2002年)4642-4650ページ、第一部、番号7Aの、ヤスヒロ・イワムラ、ミツル・サカノ、タケヒコ・イトウによる、変格のための浸透の方法についての重要な論文、「Pd コンプレックスの元素的な分析:D2 ガスの浸透の効果」を参照してください。SS と核融合の研究に関しては、ドイツ人の研究者、カール-ハインツ Zunneck は、SS がどれ程遠くまで、この研究を後押ししたのかは示唆しませんが、核融合のエネルギーが SS の研究の一部だったと明言します。(see Karl Heinz Zunneck, Geheimtechnologien, Wunderwaffe und die irdischen Facetten des UFO-Phänomens, Schleusingen, Germany: Amun Verlag , 2002), p. 151.)
364 この時点において、「量子の干渉性」と言う用語は、冷温核融合とはあまり関係が無い様に見える事を私は気付いていますが、その用語のより正確な描写を、後に拡張します。冷温核融合の実験において存在する、異例的で追加的なエネルギーのための有一の納得のいく説明は、真空のエネルギーの何らかの要素が、未だにまだ完全に理解されていないメカニズムを通って、その実験に干渉し、そして入ったと言うだけで十分でしょう。
365 バーンステインは間違いなく冷温核融合を知っていたので、ですから彼の曖昧化は、冷温核融合が「オープン・システム」の体系と、COP>1 (オーヴァー・ユニティー)のシステムを体現するので、冷温核融合の主張のあらゆる正当性を否定する「一般大衆向けの物理学」の学派に対する彼自身の執着を多少反映しているのかも知れません。
366 www.americanantigravity.com
367 Richard C. Hoagland, personal communication with the author, Nov. 20, 2007, 9:29 p.m.
368 Personal communication of the author to Richard C. Hoagland, Nov. 20, 2007, italicized emphasis in the original, boldface emphasis added.
369 See my Reich of the Black Sun (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2004), pp. 100–107.
370 Richard C. Hoagland, second personal communication with the author, Nov. 20, 2007, italicized emphasis in the original, boldface emphasis added (i.e., the last comments Mr. Hoagland emphasized, and I am doubly emphasizing here).
371 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun: Nazi Secret Weapons and the Cold War Allied Legend (Kempton, Illinois: 2004), p. 149, citing Jeremy Bernstein, Hitler’s Uranium Club: The Secret Recordings at Farm Hall, Second Edition (New York: Copernicus, 2001), p. 122, emphasis added in the present book.
372 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun, p. 150, citing Bernstein, Hitler’s Uranium Club, p. 122. Italicized emphasis added in the present book, boldface and italicized emphasis added in Reich of the Black Sun and doubly emphasized here.
373 Bernstein, i.e., the editor and commentator on the Farm Hall Transcripts.
374 Farrell, op. cit., p. 150.
375 Emphasis added.
376 Joseph P. Farrell, Reich of the Black Sun, pp. 25–43.
377 See my Reich of the Black Sun, p. 143.
378 Richard C. Hoagland, personal communication to the author, Wed. November 21, 2007, 2:23 a.m.
379 www.llnl.gov/str/Hargrove.html
380 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 1, emphasis added.
381 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 2.
382 Ibid., p. 4.
383 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 4, emphasis added.
384 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 5, emphasis added.
385 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, pp. 7–8, emphasis added.
386 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 12.
387 Stephen Hargrove, “Laser Technology Follows in Lawrence’s Footsteps,” www.llnl.gov/str/Hargrove.html, p. 12, emphasis added.
388 Farrell, Reich of the Black Sun, pp. 57–58.
389 Farrell, Reich of the Black Sun, p. 58.
390 Ibid., pp. 60–61.
391 Ibid., p. 61.
392 Farrell, Reich of the Black Sun, pp. 58–59, citing Carter P. Hydrick, Critical Mass: The Real Story of the Atomic Bomb and the Birth of the Nuclear Age, Internet published manuscript, www.3dshort/nazi-bomb2/CRITICALMASS.txt, 1998, p. 23, emphasis added in original citation, double emphasis added here. ハイドリックのインターネットの論文はその後、紙本として出版され、十分に読む価値のある本です。
393 Farrell, op. cit., pp. 59–60.
394 Farrell, Reich of the Black Sun, pp. 80–88.
395 この説明に対する問題は、しかしながら、あらゆるその様なイタリアの計画は、より田舎で出入りしにくいイタリア南部よりもむしろ、ミラン、ジェノア、トレントの様な、都会で大学の中心地の周りのポー峡谷の産工業的な北部に位置していた可能性が高いためです。故に、もしこれが侵略のための究極理論だったのなら、連合軍は、彼等が行ったよりも、もっと北部を侵略するべきだったでしょう。

イタリアの原爆研究の何らかの一種のアイデアの補佐において、しかしながら、ファシストのイタリアが、片道の原子爆弾の神風特攻において、米国の上で最終的に使用する可能性のために、その(イタリアの)4つのエンジンの長距離爆撃機の幾つかを変形(改善)し始めた特徴的で奇妙な事実があります。米国に対するあらゆる一般的な武力攻撃は、ムッソリーニ政府のためのプロパガンダ的な勝利でしか無く、その最高司令官(ムッソリーニ)がその行いを価値のあるものにする何か他の事を袖の中に隠していなかったのなら、軍事的に擁護可能ではないものです。
396 Supplement to be appended at p, 219 of the English edition of his The Truth About the Wunderwaffe for its pending German publication, from a personal communication of Igor Witkowski to the author.
397 i.e., ボヘミアとモラヴィアのライヒの保護区で、i.e., チェコスロヴァキア北部の「膨らみの」部分で、その中心部は、勿論、プラハです。ヒトラーとヒムラーは基本的にボヘミアのチェコスロヴァキアの全体を、SS 所有の保護区へと変え、多かれ少なかれその国の全体を、SS のハンツ・カムラー将軍の「ブラック(闇予算)計画のシンク・タンク」の本部をピルセンに共にする、「エリア51」へと変えました。
398 The N.K.V.D’s and Soviet Military Intelligence counterintelligence and assassination squads.
399 Igor Witkowski, “Supplements to the English Edition of The Truth About the Wunderwaffe to be added to the Pending German edition,” personal communication with the author. Comments to be added to page 219 at the end of the chapter on nuclear weapons.
400 私の著書の全てを読破した読者達は、私が「うーん!」と言う事を許すでしょう。
401 The text, plus an actual photocopy of the document, is reproduced and cited here from Igor Witkowski, The Truth About the Wunderwaffe, p. 88, emphasis added.
402 See my SS Brotherhood of the Bell, (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2006), pp. 154–157, and Witkowski, The Truth About the Wunderwaffe, pp. 256–257.
403 Witkowski, The Truth About the Wunderwaffe, p. 92. The actual German document is pictured on p. 99.
404 または「開発」で、ドイツ語の単語は Ausarbeit です。
405 または「意味」、もしくはこのコンテキストにおいて「示唆」です。此処におけるドイツ語の単語は Bedeutung. です。
406 Wideröeshen Strahlentransformators は、明らかに技術的に指定された名前で、恐らく、その苗字がその書類の終わりに現れる、その開発者(Wideröe)に由来します。その名前は典型的でも、恐らくドイツ名でも無く、ノルウェー人からの起源をより大きく示唆します。
407 文字通り「戦利の蓄え」で、i.e. 戦利品として捕らえられた供給です。
408 または “hard” or “harder” で; 「härter」ではなくむしろ「harter」と記述した事によってそのドイツ語は記入ミスの様に現れます。
409 See Rolf Wideröe, The Infancy of Particle Accelerators, ed. Pedro Waloschek, www.waloschekde/pedro/pedro-texte/wid-e-2002.pdf, pp. 25–40.
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