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賢者の石 第一章:

「ああ、ドイツ人のチャールズ、貴方の宝物は何処ですか?貴方の
哲学者達は何処ですか?貴方のお医者さん達は何処ですか?少なくとも伐採し
リラックスさせる、貴方の森の管理人達は何処ですか?貴方の天界は反転させられているのですか?
貴方の星々は、制限の線であるそれらの軌道から逸れて、異なった軌道に迷い込んだのですか・・・?」
フィリップス・テオフラスタス・アレオルス・ボンバスタス・ヴォン・ホッヘンヘイム、
別名: パラセルスス、錬金術師達のための宝の中の宝、
パラセルススと彼のオーロラ&哲学者達の宝から、
そしてまた、賢明な人達の水の石;宇宙的な色合いの物質を描写し、
そしてそれを得る方法、J.J. オクソンによって忠実に英訳され、出版された、
ロンドン、ジャイルズ・カルヴァート、1659年。


賢者の石 第1章: 
錬金術的な婚姻、中世的な秘儀主義、そして現代の物理学


『「錬金術」の一般的な可能性は、もう、証明を必要としません・・・』
ノーベル物理学受賞、ウォルター・ガーラック教授


NASA, ソヴィエトの科学アカデミー、そしてナチスのアルゲマイネの全てに共通する事は何ですか?

答え:錬金術。

(物理学の)弦理論、量子の重力のループ、または - 専門家のために - ヘルム理論の全てにおいて共通な事は何ですか?

答え:錬金術。

月、火星、水星、そして太陽に共通な事は何ですか?

答え:錬金術。

そして、私(ファレル博士)の以前の著書の中で探求された3つのエキゾチックな(珍しい)物質 - アメリカの(モノアトミック)「ゴールド」、ソヴィエトの(赤い)「マーキュリー」、そしてナチスの「セラム」の - すべてに共通する事は何ですか?

答え:錬金術。

それは不思議で、もしくは突飛な答えによる主張とさえ、見えるかも知れません・・・

錬金術

この効能のある言葉を口にするだけで、それはイメージを呼び起こさせ - 私達の、非魔術的で、科学的とされる時代において、それ自体の中で、そしてそれ自体の魔術的な行いで - 偽医者や詐欺師達が、原始的なフラスクやビーカー、そしてかまどやるつぼの上で腰を曲げ、卑金属を黄金へと変えるために、実行者達によって唯一薄暗く理解された、様々な不透明で不明瞭な行程の試みによって、硫黄と水銀の有害で有毒な煙を吸い込み、そしてその行程において発狂し、その熟練者達が、とても若くして死ぬイメージです。それは、汚いフィルターと、煙たく油っこい技術と蒸気の試料ビンに息を詰まらされた雰囲気において、新鮮な空気を必死に求める、非科学的な中世の時代の死ぬ寸前の最後の一息です。

錬金術。

その言葉を発するだけで人は、「本物の」科学者をはっきりと不快にさせ、恐らくある意味、喧嘩腰にさえするでしょう。

錬金術が、その目の回るような暗号化されたシンボル、占星学的な逸話、幾何学的な図表とチャートとの連続と共に - 大いなる不死の妙薬と、卑金属を「ゴールド」へと変格する事の出来る賢者の石のためのその探求において - 本当は、エキゾチックな物質、または物質のエキゾチックな状態のための探求であるためです。これにおいてそれは、時空間(space-time)自体の繊維を操作する事の出来るエキゾチックな物質である、ダークなマテリア・プリマを造り出す、それ自体の探求において、不鮮明な英知と方程式のレシピの本のために、膨大な額を支払い、コンピューターに計算されたモデルと原子の幾何学の、彼等自身のチャートを熟考し、不可解な道具と共に彼等自身の研究室で研究し、黒板の上に高度な数学の暗号化されたシンボルを書いている不透明な秘儀の解説者達のそれ自体の目の回る様な連続を持つ、現代の物理学に、奇妙にも、とても良く似ています。

そして錬金術の様に、それは、それ自体の暗号化された言語を話し、一般大衆からその秘密をそれ自体の中に保とう(隠そう)と試みる間、お金持ちのパトロンを求め、権力者達のために提供します。

言ってみれば、殆ど何も変わっていません。

そしてこの類似性の中に、勿論、お話しがあり、その題材の真実は、恐らく、その類似性が偶然以上のもので、それがそれらの偶然の類似性を超えた事に拘わっていて、その探求自体の実質と手法の中に主にあるためです。何故、実際に、現代の科学と太古の錬金術が、本質的に同じものを探しているのでしょう?人の心とマインド自体の情熱を超えて、この探求は一体いつ、何処から起因するのでしょう?そして更に重要な事に、それは今現在、私達を何処まで連れて行ったのでしょう?これらの問いに対する答えが、部分的に、この本の内容です。

更に特定的にこの本はまた、これ等の3つの近代の錬金術的で「エキゾチックな素材」:アメリカの「ゴールド」、ソヴィエトの「水銀」、そしてナチスの「セラム」についてです。私は、私の以前の著書の中で、これ等の実質について簡単に記述しましたが、それぞれの場合において、論議されていたその他の題材に関連してのみでした。此処においてはしかしながら、その説明はこれらのエキゾチックで「錬金術的な」素材自体に限定して言い表されています。この論議の中で見られる様に、新たな詳細が浮上し、その詳細は、とても異なったエキゾチックな物理学の形状が存在し、世界の主要な権力のオカルトされた(隠された)研究所において、最も厳密な秘密主義の中で、裏帳簿(闇会計)の膨大な出費において研究されていると言う、強い印象を伝えます。

ですが一体何故、その様な物質のためのこの現代の探求を「錬金術的」と呼ぶのでしょう?何故,現代物理学と中世の秘儀主義の間の意図的な比較を呼び起こさせるのでしょう?この問いに答えるために私達は、一般的(通説的)な想像力が錬金術とは何で、それが何を探していたのかと言う事では無く、錬金術が本当は何で、本当は何を探していたのかの、基本的な知識が必要に成ります。そしてその途中で私達は、奇妙で神学的な関連さえ発見します。

A. 錬金術の起源と絶頂期

1.秘儀的な「ギャップ」に戻る:秘儀的な歴史のための、錬金術の本当の重要性

簡潔に云うと、錬金術の正にその存在自体が、最後の偉大な新プラトン主義派の魔術師(化学者)、イアンブリカスの死から、それ自体の強い秘儀的な没頭と共に派生したルネッサンスまで、「流れを反転させ」、太古の失われた科学意図的に再発見しようと試みる、地下の流れが、多かれ少なかれ存在しました。錬金術は、その失われた科学を回復する方法であり、またその体現であると考えられました。

ですが、これは何を意味するのでしょう?

私のギザの死の星三部作の3番目の本、ギザの死の星は使用されたの中で、ローマにおける、西暦302年の、新プラトン主義派の最後の偉大な魔術師で、「太古の技術」の実行者であったイアンブリカスの死と、その数世紀後の、西暦1118年における最初の大規模な西洋の秘儀主義的なグループ、テンプラー(テンプル騎士団)の台頭の間までに、ほぼ、8世紀の歴史的な「ギャップ(溝)」があったと、私は記述しました。問題は、その期間の間に秘儀的で、オカルトな(隠された)伝統に、何が起こっていたのかです。人はどの様に、それを「埋め合わせ」出来るのでしょう?私が着目した幾つかの論説は、

「このギャップ(隙間)を埋める為に提示された論説は、モーア(イスラム)的なスペインにおいてユダヤのカバラ主義者達や、南フランスのラングーダックにおけるカタリグノーシス派)によって続けられた伝統であったり、テンプル騎士団員達のその他のもっと独特な説明は、コンスタンティノープル(イスタンブール)の豊富な資料へのアクセスを有したビザンチンの人文主義者(ギリシャ人)達と接触する事、またはムスリム(イスラム教徒)の「オーソドキシー(主流派)」の眼から、太古の神秘(秘儀主義)を隠して保存したアサシン(暗殺者)の様な、アラブのムスリムの秘儀的なグループと接触する事によってであったとされました。」

ですが、それでもこれがその「ギャップ」を十分に満たさないのは、そのギャップが、西洋ヨーロッパの本拠地の、スペイン的、ビザンチン的、またはムスリム的な地方にのみ存在するだけでは無く、その本拠地、ルネッサンス期のヨーロッパの王族的な宮廷における秘儀主義の突然の台頭が殆ど理解出来ないためです。ですから再び、重要な問いが尋ねられなければならず:その「ギャップ」の期間の間に、この伝統を保存した人、または組織は誰だったのでしょう?

それだけ長い間、その様な伝統を保存する事が出来るためには、そうしている何らかの組織が、ある程度強力で安定的で組織的な保護者達と、監督者達を有していた事を意味し、これに関して思考されるためにそれら自体を明らかにする場所は実際に2つしか無く、そしてそれらの1つはローマの宮殿(ヴァチカン)の教皇的な宮廷で、

「一般大衆に利用可能では無い知識の倉庫(宝庫)を利用出来る、一つの考えられる場所は、教皇的な宮廷(ヴァチカンの図書館)でしたが・・・」

注意がありました:

「私は、教皇的な宮廷自体が、この組織だったと提案しているのでは無く、むしろ、教皇的な宮廷の中に、西ローマ帝国の崩壊の後に続く数世紀の間に、そのキリスト教に対する同盟(信仰)が、表面的でしか無かった、古くからのローマの上院議会的な家族達(貴族)によって構成された司教達、助祭達、そしてその他の聖職者達の隠れたグループが存在していたかも知れないと言う事です。その幾つかは古くからのローマの帝国的な資料を含む、増え続ける教皇(教会)的な資料(図書館)の操作(管理)は、寺院の丘(パレスチナ/エルサレム)における早期のテンプル騎士団による発掘へと導いた知識の一種へのアクセスを与えたでしょう。そして唯一、テンプラー達のパレスチナにおける発見のための報酬を支払う - またはそれについて口をつぐむために、彼等に十分に支払うために - 十分な富を持つ地位にあったのは、その教会のみでした。」

中世の初頭の間、教皇(教会)的な国家運営の内的な働きの多くを操作していた、その古くからのローマの上院議会的な家族達に対するこの繋がりにおいて - 順を追って、その「秘儀的なギャップ」の期間の間の、秘儀的な伝統の強力で安定的なパトロン(支援者)の2番目の有力者に繋がり、そしてその組織は、恐らくその幾つかは西暦70年におけるエルサレムの崩落の後のユダヤ人達の放浪に結び付くかも知れない、ヨーロッパの古くからの王族と貴族達でした。ですから私は、『太古の神秘主義学派と、近代の最初の秘儀主義学派と、秘密結社等の間の「ギャップ」を埋める最良の場所は、ローマ自体、またはヨーロッパの古くからの王族』であると結論しました。

その「秘儀的なギャップ」の間に、それによってこの伝統を保った秘儀的な技術の実行者達の、正に媒体を構成したのは、錬金術自体でした。彼等は、多かれ少なかれ、継続的で、断続されていない流れにおいてそれを行っただけでは無く、私のギザの死の星は破壊されたの中で提案されたテーゼが確認する様に、彼等は教会の緩い保護の下でそれを行っただけで無く、更に重要な事に、この章の少々後に見られる様に、ヨーロッパの最もよく知られた王族の幾つかの、直接の擁護の下でそれを行いました。

2.錬金術の起源と絶頂期

錬金術の殆どの学者達は、その起源がエジプトにあると同意します。イングランド人の学者、E. J. ホルムヤードは、しかしながら、その科学を特定的にエジプト自体に関連させる見解に対して、もっと慎重な見方を表現しました:

「錬金術(alchemy)と言う言葉は、その技術のアラビア語の名前、alkimis から由来し、それにおいて「al」が定冠詞です。「kimia」の起源については、意見の違いが存在しています。幾人かはそれが、彼等の国のための太古のエジプト人達の名前、kmt、または chem(ケム)から派生したと主張し;これが意味するのは「黒い土地」で、そしてこれは、赤茶色の砂漠の砂と対照的な、ナイル川を境にする、黒い氾濫的な土への言及です。錬金術の早期の日々において、それはエジプトにおいて多大に実施され、そしてもしこの由来が受け入れられるなら、その名前は「エジプトの技術」を意味するでしょう。この語源に対してあるのは、太古の文献の中で、kmt、または chem は、錬金術に全く関連させられていない事実で、そしてそれは恐らく、金属を融合させる、または鋳造する事を意味する、ギリシャ語の chyma から kimia が由来した可能性の方が高いでしょう。」

故に、その言葉の語源が少々不鮮明な間、その技術の実際の実施が、何らかの形状でエジプトに関連しているのには疑う余地がありません。

これは、その技術の最も早期の記述を人が探す際に、更に明らかに成ります。そして、その最も早期の記述のためのこの探求において、もう一つの奇妙な捻りがその話に加えられるのは、その実施の起源のための新たな挑戦者がその場面に登場するためで:中国です。

「錬金術の最も早期の記述に関して幾らかの疑いがあるのは、錬金術的な題材の本が、約紀元前200年頃と言う以上には正確に確定される事の出来ない日付けにおいて、ボロス・デモクリトスのよって、エジプトにおいて記述された間、それ(錬金術)に対する言及が、紀元前44年の中国の勅令の中に起こるためです。しかしながら、その名誉が中国に与えられるべきか、それともエジプトが少々のリードを確立していたのかは別にして、錬金術の発達の主要な伝統がヘレニズム(ギリシャ)的なエジプトにおいて始まり、そして特にアレクサンドリアと、ナイルの三角州地帯のその他の街々であった事実については、全く不確かさはありません。」

エジプトと中国の両方が、錬金術の最も早期の幾つかを記録した事は再び、その技術が実際に遥かに太古であり、そしてその2つの文明の間の、今の処知られていない何らかの接触、または別の考え方をすると、それぞれの場合において、それからエジプトと中国が派生した、極度に大昔の、更にもっと古い共通の文明からの、退化した遺産であるかも知れないと言う可能性に焦点を当てます。

どちらの場合にしても、西暦300年のエジプトにおける、有名なギリシャ人の錬金術師、パノポリス(の街)、またはアクミンのゾシモスの時代にまで成ると、「錬金術的な推測(研究)は暴走(大混乱)していました。」

「私達は此処においてその中に、エジプト的な魔術、ギリシャの哲学、グノーシス主義、新プラトン主義、バビロニアの占星学、キリスト教の神学、そしてペイガン(異教)の神学の驚かされる混合と、錬金術的な文献の解釈を、とても難しく、そして不明瞭にする、謎めいて、不透明な言語と共に見つけます。」

(ローマ)皇帝、ヘラクリウス1世の時代(西暦610-641年)の間に活動的だったビザンチンの錬金術師、アレクサンドリアのステファノスの時代に成ると、錬金術はグノーシスと新プラトン主義的な要素を多大にトーン・ダウンしましたが、錬金術的な文献と、それらの「科学技術的/テクニカル」な言語に存在する、混乱と不鮮明さに関して限って言えば、一般的な状況は、多かれ少なかれ、同じままでした。

これに関してヘラクリウス1世に触れる事は、ホルムヤードが記述する事を見逃した、もう一つの点に対して重要です。ヘラクリウスは、ペルシャ帝国の最終的な破壊と、ローマ帝国へのエジプトの再建と不活を目論み、エジプトのキリスト単性論者のキリスト教徒達を復帰させ、彼等を帝国的な教会(ヴァチカン)の統一キリスト教会(カトリック)と和解させるための、軍事的、そして神学的なキャンペーンを行いました。神学的にこの努力は、彼の博学な神父、コンスタンチノープル(イスタンブール)のセルジウスによって先導されました。この努力が大々的に失敗したのが何故なら、セルジウスの指導の下で、単意論(monothelitism)として知られる新たな異端が派生したためですが、私達の目的に取って、そのキャンペーンが示唆するのは、その活動が皇帝に知られていたはずである錬金術師、ステファノスが寛大に扱われていた事です。そしてこれが示唆するのは、勿論、現実的には実際のパトロン(支援)から、やや一歩手前の、王族による寛容さの一種でした。錬金術と、王族の寛容さ、またはあからさまなパトロン性(支援)とのこの関係は、何度も、何度も繰り返すと私達が目撃するパターンです。

「西暦約800年から17世紀中頃までの」錬金術の絶頂期に成ると、その実行に含まれていたのは

「王達、教皇達、そして皇帝達の下級な聖職者、修道院の神父達、加治師達、紺屋達、そして鋳掛け屋達でした。ロジャー・ベイコン、聖者トマス・アクイナス、サー・トマス・ブラウン、ジョン・エヴリン、そしてサー・アイザック・ニュートンと言った著名な人達でさえ、それ(錬金術)に深い関心を示し、そして(王)チャールズ2世は、プライベートな(専用の)階段によってアクセス可能な錬金術的な実験室を、王族の寝室の下に持っていました。錬金術的な王族のその他は、ビザンチウムのヘラクレイオス1世、スコットランドのジェームズ4世、そして皇帝ルドルフ2世でした。」

言い方を変えると、錬金術は幾人もの教皇達のパトロンを受けただけで無く、より重要な事に、それら自体のメイソンリーとその他の秘密結社と教義への関連が記録上の問題である、ハプスブルグ家(オーストリア)やステュアート家(スコットランド)と言った強力な王族のパトロンを有していました。

B. 俗世的(表向き)、そして秘儀的な錬金術

すると、錬金術とは一体、何なのでしょう?

殆どの人達は錬金術が、「賢者の石を造るための探求」である事実を知っていて、そしてその殆どはその石が、順を追って、卑金属をその石に触れさせる事、またはその石を含む何らかのその他の行程を通して「卑金属を純金へと変格する」力を持つと主張される石であると知っています。ですが此処で一般的な知識は通常終わり、そして幻想、または無知が始まるのは、全ては一般的な想像力が想像する程単純では無く、賢者の石のための探求のために、物質の性質と、そして創造自体の最初の行いからのそれら(物質)の派生に関する、錬金術的な信仰のシステム全体を実際に含むためです。

錬金術について最初に気付かれる事は、そのテクニカル(技術的)な用語の不透明さから、表面的、そして秘儀的な実行の両方を含むその枠組みの全体まで、殆ど全ての段階における、その一貫した「二重の」本質です。その後者に関して、ホルムヤードはこう観測します:

「錬金術は2つ折り(二重)の本質で、表向き、または俗世的、そして隠された、または秘儀的です。表向きの錬金術は、鉛、錫、銅、鉄、そして水銀と言った卑金属を、金や銀と言った貴金属へと変格する力を持つ、賢者の石、または単純にザ・ストーンと呼ばれる実質を造る試みに関連しています・・・それが神聖な気品と好意によってのみ会得出来ると言うその信念は、秘儀的、または神秘的な錬金術の発達に繋がり、そしてこれは徐々に、金属の平凡(世俗的)な変格が、神の意志への祈りと服従を通して、罪深い人を完璧な存在へと変格する信仰的なシステムの、単なる象徴に成りました。2つの種類の錬金術は頻繁に、切り離せない程密接に混合されましたが;しかしながら、神秘主義的な文献の幾つかにおいて、その著者達は、物質/素材的な実質に関心を持っていたのでは無く、神学的、哲学的、または神秘主義的な信仰と熱望を表現する唯一の目的のために、秘儀的な錬金術の言語を活用していたのは明らかです。」

錬金術のこの二重の、表向き-秘儀的な要素は、しかしながら、とても複雑に編み込まれているので、その表向きの要素は「もしその他の(秘儀的な)要素が常に頭の中に入れられていなければ、正しく理解することが出来ません。

錬金術のその「二重」の要素は、その表向きの実行においてもまた複製されました。西暦1330年頃に記述していた中世の錬金術師、ペトラス・ボーヌスはこう明言しました:

「錬金術の原則は2つ折り(二重)で、自然的と人工的です。自然的な原則は、金属と、そしてそれらに帰属する全ての、4つの要素の原因です。人工的な原則は、昇華(sublimation)、分離化、濾過、煆焼(かしょう/calicination/炭化)、凝固、不揮発性化(凝固)、そして創造で、全てのテストの他に、それらの実験が正しく行われたか否かを、技術家が判断出来るサインと色があります。」

言い換えると、錬金術自体の機能/実行は、表向きの錬金術の、人と人工的な要素を構成します。これにおいて人が見るのが、秘儀との関連性なのは、それらの機能/実験を行うために、その錬金術師自身が、神聖な悟りの助けと共に、罪深い人間である卑金属から救われて、悟りを開いた魂である「純金」へと、彼自身を変格させなければならないためでした。

1. 錬金術のテクニカル(技術的)な言語の曖昧な本質

ペトラス・ボーヌスはまた、錬金術の二重の要素が、その実際の技術的な用語と言い回しのスタイルにおいて更に鏡写しされていると記述するのは、人が通常の錬金術的な文献の何処を見ようと、人は意図的に曖昧な言語に出くわし、i.e. 意味の一つのレベル以上を持つように意図的にデザインされた言語です。表面上の錬金術の実際の機能は、

「短時間で伝えられる事が出来ますが、その知識のための探求は、とても難しいのが部分的に何故なら、熟練者達は言葉を、それらの通常の意味だけでは無く、例え話的、形而上学的、謎的、両意的、そして更に皮肉的な感覚において使用するためであると彼は加えます。」

言い換えると、錬金術は、その他のオカルトされた(隠された)、または秘儀的な技術と同じく、明かす事と隠す事の両方をする事を意図的にデザインされた言語を使いました。その結果は、ホルムヤードが観測する様に、「特定の文章が実際の実行的な実験に言及しているのか、または純粋に秘儀的な重要性なのか判断するのは、常に可能であるわけではありません。」

この曖昧さは、両方とも共通のシンボルを共有する、錬金術的な機能とゾディアックのサインの間の一致の典型的なテーブルを、一目見れば簡単に理解されます:

表1: 錬金術(化学)的な機能とゾディアック的な一致
1 01506011628062e6

この表には、その重要性が、後の章において唯一明らかに成る点があり、つまり、錬金術はその行程と結果の特性を、天体の位置に関連させると言う事です。

特定の天体にそれらを関連させる、錬金術の一般的な卑金属のシンボルの幾つかにはまた、二重の使用があります。

表2: 錬金術的な基礎の金属と惑星的な関係
2 0150601162935e67

この2番目の表は、錬金術の二重性のもう一つの要素に更に焦点を当て、そしてそれは、私の以前の著書の読者達が以前に出くわした関連性です。私の著書、宇宙戦争:間惑星的な戦争、近代物理学、そして太古の文献の中で、最も太古のエジプトとシュメールの占星学の一つの要素は、特定のクリスタル(結晶)と宝石を、特定の惑星と天体に結び付ける事であると、私は注目しました:

「殆どの現代の人々は、彼等がもし占星学に全く出くわしたとしても、地方の新聞紙の「星占い」のページ、または八百屋/コンビニ店の棚の、太陽のマークが入った小さな本としてしか、占星学に出会いません。この様な種の露出のために、殆どの人達は、占星学は、人間の生活の上に恒星や惑星が持つ、微妙な影響力としてだけ考えます。ですが太古の見解において、最も決定的な更なる事があり;バッジはこう観測します:

「太古の占星学者達は、宝石や準宝石は、占星学的な7つの恒星と惑星(日月火水木金土)の影響力を生むものと信じました。故にそれらは以下の様に関連され -

太陽は、黄色っぽい、または黄金の色の石と関連させられ、e.g.(例えば)琥珀、ヒアシンス(ジルコン)、トパーズ、貴橄欖石(クリソライト)です。

月と共に関連されたのは、白っぽい石で、e.g.ダイアモンド、クリスタル(水晶)、オパール、緑柱石(エメラルドの様な緑の石)、真珠層です。

火星に関連されたのは、赤い石で、e.g.ルビー、赤鉄鉱、碧玉(へきぎょく)、血玉髄です。

水星と共に関連されたのは、中性的な色の石で、めのう、紅玉髄(カーネリアン)、玉髄、赤しまめのう(サードニックス)です。

木星に関連されたのは、青い石で、e.g.アメジスト、トルコ石、サファイア、碧玉、ブルー・ダイアモンドです。

金星と共に関連されるのは、緑の石で、e.g.エメラルドとサファイアの種の幾つかです。

土星に関連するのは、黒い石で、e.g.黒玉(ジェット)、黒曜石、ダイアモンド、そして黒サンゴです。」

其処でまた気付かれる様に、占星学の正確な起源を、誰も本当に知らない間、それは古代において最も先進的な文明:エジプトとシュメールの「科学」の始まりから存在していた事が知られていています。特に、最も現代の西洋の占星学が由来するのはシュメールからで、シュメール人達が彼等の天文学的、そして占星学的な観測を粘土板に記録したためです。これらは:

「その後、天文学的では無く、魔術(化学)的な見解から解釈され、そしてこれ等の観測と彼等のコメント、そして彼等の解釈は、過去5,000年に及ぶ間、世界において使用された占星学の基礎を形成しました。」

ですがそれは、占星学のために主張された全てではありませんでした。バッジはこう続けます:

「ギリシャ人の著者達に保存された太古の伝統によると、バビロニア人達はこれらの観測を数百万年間行い、そして私達はその様な大袈裟な明言は否定しなければなりませんが、私達はバビロニアの平野(地域)で天界の観測が行われた期間は、(少なくとも)数千年に及ぶと信じずにはいられません。」

しかしながら、その様な見識が、更にもっと太古の、そして遥かにもっと先進的な文明の、退化した科学的な遺産(知識)である事を示唆する、数多くの証拠があります。故に、シュメールの占星学が実際に、「数百万年前」にその起源を持つと言う事は、可能性の枠の外ではありません。

ですから人は、興味深い構図を見せられます:片方で、エジプトからシュメールまで、人が出くわすのは、惑星と星々(恒星)と、特定のクリスタル(水晶/宝石)とそれらの色の質との関連性で、それはつまり、特定の電磁的そしてスペクトログラフィー(スペクトル図)的な性質で、そしてもう片方で、錬金術から、人が有するのは、錬金術的な機能/実験の特定の種だけでは無く、同時に特定の金属の種と、その同じ天体との関連性です。そして金属は、誰もが知る様に、クリスタル同様、分子的な結びつきの、それら自体の特徴的な「格子」の性質を持っています。端的に、秘儀的な技術の2つの異なった種類から人が有するのは、それら自体が特定の格子構造とスペクトログラフィー的な特質を持つ特定の物質/素材との、天体的な関連性です。これは、シュメールとエジプトの、退化した占星学的、そして錬金術的な遺産の根底に、その昔あったかも知れない、原始太古(paleoancient)的でとても先進的な物理学の、更なるもう一つの要素を解き開く、重要な鍵に成ります。

ですから何故、始める処から物質を天体と共に関連させるのでしょう?何故、最初から、世俗的(表向き)と秘儀的な要素が編み込まれる様に成ったのでしょう?錬金術と占星学に、その様な関連性が、何故あるのでしょう?

C. 錬金術の目的と探求:マテリア・プリマの変格的な媒体

これ等の問いへの答えは再び、錬金術のエジプト的な根源と、そしてその根源が、順を追って何を示唆するかにあります。代表的な秘儀主義の研究者で「オルタナティヴな(通説的では無い)」エジプト学者、レネー・シュワラー・デ・ルービッツによって示唆された様に、創造の基本的でエジプト的な見解は、宇宙の全ての存在している多様性は、絶対的に非分別化された(分別化されていない)実質で、「エーテル」、またはその後に分別化(分極化)を経験し始めた媒体である、一つの根底にある「プライム・マター」、またはマテリア・プリマ(主要な物質)から派生したものでした。非分離化された媒体の「超-分離化(hyper-differentiation)」の、この元々の行程をシュワラーは、「プライマリー(主要な)切断/分離(分極)」と呼びました。更なる分別化が、順を追って、最終的に創造の多様な全体が派生するまで、その媒体からの元々の分別化の上で行われました。これらの全てが興味深い間、それは実際に、現代物理学の特定の観点から、深遠な解釈をする事が出来るのは、その絶対的な、分離化されていない実質は、実際に、物理的なnon-observable(眼で観測出来無いもの)で;それは故に物理学だけに関して言えば、このマテリア・プリマは何らかの「存在(実態)」を有すると言われるかも知れませんが、無(nothing)です。エジプトの信仰と魔術的な行いの全体は、すると、この観点から由来し、もし全てがこのマテリア・プリマから派生するなら、存在する全ては、その存在によって、その実質からの、その「形態的な後継」において表現される事が出来ます。端的に、全ての存在しているものは、同じ根底にある「もの」、または基盤からの、その創造の徳によって、その他の存在している全ての物事に関連されています。全ての物事は、実質から分別化された特定の現れ(分極化)でしか無いので、その基盤は全ての物事に存在します。

続いて、この根底にある基盤、または媒体(i.e. エーテル)は、その正に本質において変格的で;それは、ある意味、分別化と多様化を行う事の出来る、「純粋なポテンシャル(効能)」です。簡潔に云うと、その媒体は正に。哲学者(賢者)の石です。更に加えて、それが分離化されていない媒体なので、それは、空間と時間自体の概念を超えます。それは、言うなれば、非-地域的(non-local)です。そして故に、人がエジプトの同調的な魔術と、錬金術的な実施との関連性を見る事が出来るのは、もし、この非-地域的な媒体を通して全てが関連しているなら、すると、人は、それらが由来したものから、その媒体を通して、もう一つの物体(または人!)を操作し、影響する事が出来ます。これは、その物体の「由来」、または媒体自体からの分別化の行程の正確な類推を再構築する事によって達成されるとされました。人は、言ってみればその分別化の行程の全体を「バック・エンジニア(逆技術開発)」しなければなりませんでした。

そしてこれと共に、錬金術の本当の目的、そして何故それがその実行の世俗的(表向き)と秘儀的な要素に関連しているかの、錬金術との関連性を人が知覚するのは、もしその表向きの実行/実験が機能するためには、それらを行っている実行/実験者自身が、少なくともその人がそうする事を出来る限り、その人自身の分別化/分極化、そしてその媒体からの「トポロジー(形態/位相幾何学)的な下降(大脳から太陽神経叢に下り)」の道を上昇(アセンド)して(大脳に)昇らなければなりません。錬金術の探求は、端的に、この世の賢者の石において可能な限り、より低い分別化された物質の中のものとして、マテリア・プリマとその変格的な力を文字通り体現する事でした。

その根底にある実質、またはマテリア・プリマのこれらの見解は、古代ギリシャの時代の哲学者達へと受け継がれ、そしてアリストテレスを通して、後の西洋の錬金術の主流の流れに成りました。アリストテレスにとって、

「物質的な世界の土台は主要、または創始的な物質で、それは、しかしながら、「形状(form)」によって印象付けられるまで、ポテンシャル(効能)的な存在でしかありませんでした。フォームによって彼が意味したのは、形状だけでは無く、体(たい)にその特定の性質を与えた全てでした。」

言葉を変えると、錬金術のトポロジー的な用語において、アリストテレスの「フォーム」は、その結果として続く「分別化」の全てと共に、エジプトの「創始的な分裂(分極化)」でした。

マテリア・プリマと、トポロジー的な下降と存在している物事の分別化のこの見解は、有名な錬金術的で秘儀的な原理、「as above, so below (上(大宇宙)の様に、下(小宇宙/人)もまた)」の本当の土台です。実際に、最も大切にされ、有名で錬金術的な文献トート(ヘルメス)のエメラルド・タブレット(板状の物)の中で、変格的な媒体のこの原理の、その最も有名な表現が見つけられます:

「偽り無しで、それは真実で、確かで、そして最も本当です。一つのものの奇跡を達成するために、上のものは、下のものの様で、下のものは、上のものの様です。

「そして全ての物事は、一つ(one/神)の熟考/計画によるものなので、ですから全ての物事は、順応(adaptation)の単一の行いによって、この一つのものから派生しました。」

上記の引用の最後の一行の中で表されていると人が見るかも知れないのは、錬金術的な「物理学」の全体的な総合と実質で:その「一つのもの」は分離化/分極化されていない実質で、その実質からの全ての物事の「派生」は創始的な分裂で、そして「一つのものの熟考/計画によって」起こる「順応の単一の行い」は、知性と意志の超越的な行いによってもたらされた分別化/分極化自体の行いです。分別化/分極化の行いは故にまた、全くの均整(静止)の状態である、分別化/分極化されていない媒体を、多かれ少なかれ一貫的な非均整(運動)、またはストレス(圧縮/拡張)の状態へと置く事を伴います。これもまた、この本の残りの中で重要な要点に成ります。

変格的な媒体の太古の見解 - それから形而上学的な名残が全て取り払われると、断然と直ぐに近代的に成る見解のこの理解を手にすると共に、人はやっと、その探求のための錬金術的な説明と、賢者の石の構成を検証する位置に来ます。その根底にあるマテリア・プリマの元々の「分別化/分極化」の行為/出来事から、人は3つの存在(entities)に辿り着き:1)根底にある媒体自体、2)その分別化/分極化された部分、そして3)それらの共通の性質(接触部分)です。十分に興味深い事に、この三位一体の構造が、幾つかの錬金術的な文献の中で、賢者の石自体の性質の一つに成るのは、それが頻繁に「三位一体の石」として言及されるためです。例えば、

ソフィック・ハイドロリス」と題された、著者不明の17世紀の本によると、賢者の石、または太古の秘密で、理解不能で、天界(大脳)的で、祝福されて、そして賢者達の三位一体の宇宙/統一的な石は、それを粉へとすり砕き、その3つの要素へと溶解し、そしてワックス(ロウ)の熔融性の個体の石へとそれらの要素を再融合する事によって、ミネラル(鉱物)の一種から造られます。」

この「三位一体の宇宙/統一的な石」の成功的な仕上げのために、3つの不可欠な機能/行程がある事に此処で着目して下さい:

1.それをストレスの対象にする(「粉へとすり砕く」);
2.分別化/分極化の行程を繰り返す(「3つの要素/元素へと溶解する」);
3.その媒体からの、その元々のトポロジー的な下降/降臨を「逆技術開発」する(「固体の石へと、それらの要素を再融合する」)。

その根底にあるマテリア・プリマの賢者の石への直接の関連は、14世紀の錬金術師、ピーター・ボーヌスからの以下の文章の中で、更により明らかにされます:

「最初の感覚において私達の石は、その他全ての金属のパンの練り粉で、そしてそれらを、それ自体の本質へと変え - 練り粉の小さな塊が、全体の塊を醗酵/熟成させます。練り粉として、パン生地と同じ本質ですが、パン生地である事から、それが以前に持っていなかった新たな質を受け取るまで、それは膨らむ/醗酵する事は出来ず、ですから私達の石は、それ自体が変わる/変格し、それが以前に持っていなかった特定の徳をそれに加えるまで、金属を変える/変格する事は出来ません。それは、まず初めにそれ自体が変えられ、そして色を付けられるまで、変える、または色づける事は出来ません。通常の練り粉は、その醗酵の力を、優しく、そして隠れた熱の消化的な徳を通して受取り:そして、ですから熱無しでは消化も、行程/変格も可能では無いと理解すると、私達の石は、特定の消化的な熱によって、発酵させる事、変化させる事、そして変格する事が出来る様に成り、それはその効能と潜伏的な性質をもたらします。

これはとても啓示的な文章で、そして幾つかの理由のために、この本の残りを通して私達を考えさせます。

私達はボーヌスによって、以下の主張を有します:

1.賢者の石は「その他全ての金属のねり粉」で、言い換えると、「ねり粉」の隠喩はある意味、賢者の石が直接根底にある変格的な媒体の性質を取る事実を意味し:ねり粉はそのパン生地の全体を通して存在しているので、ですからその媒体は、その中で創造された物事の分別化/分極化の全てを通して、そしてそれに構成されたものに存在します。その媒体は、言うなれば、文字通りに賢者の石の中に「体現(em-body)」され、その隠喩は、私達が直ぐに目撃する様に、ボーヌス自身が使用し;

2.賢者の石は、それ自体が変化と変格を経験するまで、変化、または変格を、効果する事は出来ません。これは、上述されたばかりの最初の要点と関連して理解されるべきなのが、最も可能性が高いでしょう。ですがまた、着目してもらいたいのは、変化させる能力が、に関連させられている事です。この章の残りの中で、そしてこの本の次の部分を通して、私達が見る様に、このへの言及は、現代の物理学にとってでさえ、正真正銘の錬金術的な変格のサインとして、重大な重要性を持ち;

3.この変化は、順を追って、によって達成されるのは、「私達の石が、特定の消化的な熱によって、発酵させる事、変化させる事、そして変格する事が出来る様に成り、それはその効能と潜伏的な性質をもたらす」ためです。

故に、賢者の石が造られるのは以下によってで:

1.それが対象にされる熱、または、再びもう一度、ストレス(緊縮/拡張)
2.「その効能、または潜伏的な性質を表に出す」変化、または、再びもう一度、分別化/分極化でそれは
3.変格的な媒体自体のものです。

言葉を変えると、その変格的な媒体の幾つかの性質は、熱と色に拘わっている何らかの行程(運動)の方法によって賢者の石の中に文字通りに「体現(em-body)」されています。

ボーヌスは、以下の様に体と魂への類推を描く事によって、この「体現」の比喩を拡張させます:

「魂を保つのは体で、そして魂は、それが体と融合した時にだけその力を確立できます。故に芸術家/技術者が白い魂が現れる/派生するのを見た時、彼がその同じ瞬間に、その体にそれを融合させるべきなのは、その体無しで魂が保たれる事が出来ないためです。この統一がスピリットの仲介を通して起こるのは、その魂がそのスピリットを通して以外、その体の中に留まる/宿る事が出来ないためで、それはそれらの統一/融合に永続性を与え、そしてこのコンジャンクション(重なり/連結)はその働きの終わりです。その時、その体は、新しくも異質でもありませんが、以前には隠されていたものが現れ、そして現れていたものが隠されます。その体は、魂とスピリットよりも強く、そしてもしそれらが保たれるためには、その体を通してでなければなりません。その体は、賢者達が探している形状(form)で、発酵で、そして色合いです。それは実際に白(静止)で、効能的に赤(運動)で;それが白である間、不完全ですが、それが赤に成る時に完璧化されます。

典型的な方法で、ボーヌスは、この文章の中で賢者の石についての多くを明かし、そして隠します。

私達は、引用されたばかりのイタリクス化された部分に関連した要点をまとめられるかも知れません。

「1.まず一番最初に、その石が此処で「色合い/チンキ材」と呼ばれ、それが「石」などでは全く無く、液体である事に着目して下さい;
2.何かを「体現(em-body)」するたの、「体-魂」の類推の、重要な使用に注目して下さい。この場合、ボーヌスが意味している事はむしろはっきりしていて:その媒体自体の変格的な性質は「魂」で、それは、それを通して機能するための「体(たい)」であるその石自体を必要とします。彼自身の言葉においてそれは、「その働きの結果」、またはその目的である「コンジャンクション(連結)」です。
3.故に、変化を経験し、その新たな変格的な性質を得る「体」、または物質/素材は、「新しい物、または異質な物では全く無く」、i.e. それがミネラルであると言う事に関しては、それは以前のまま(ミネラル)です。ですが・・・
4.・・・何らかの「隠された/隠されていた」性質が今「現れました。」この暗号的な表現は、再び変格的な媒体への言及によって説明される事が出来ます。以前にも記述された様に、その媒体は、それがそれから後継した由来によって、その変格的な媒体の様々な度合を必然的に引き継ぎます。故に、錬金術的な思考において、それらの性質は、特にその「純粋」、または錬金術的に「洗練された」形状において、あらゆる実質の中に潜伏的であるままです。故に、世俗的(表向き)の錬金術の機能/実験の目的は、これ等の隠れた、そして潜伏的な性質を現せさせる事で;それは、あらゆる要素の中にある変格的な媒体の潜伏的な性質を鋭くする、または強化する事です。故に、錬金術師が本当に求めているのは通常の物質の変化させられた状態で、ですからその「体」は、ボーヌスの言葉を使うと、「賢者達が探している形状、発酵、そして色合い」で、つまり、「通常の物質」が、この世界において、媒体自体の変格的な性質を体現出来る様に成る事です。
5.そして最後に、私達はボーヌスからの最も重要な手掛かりを有し:錬金術士が、(成功に)「近い」と知る事を彼に許す、のはっきりとしたスペクトログラフィー(スペクトル図表)的な連続があり:その現れた形状においてそれは「実際に白く」、そしてその潜伏的な効能をもたらすために、その洗練の最終段階を通して加工された時、それは「効能的にです。故に、「それが白い間、それは未だ不完全ですが、それが赤く成った時、それは完璧化されます。

白(静止/磁気)、そして赤(運動/電気)です。

これ等は、この本の第1部、第2部、そして第3部の中で、何度も、何度も、再現する2つのです。それらは、私達が目撃する様に、誰かが、現代の錬金術的な力の、世界における何処かの秘密の研究所において、彼等の宿題を学び、マックス・プランクやアルバート・アインシュタインだけでは無いその他の人達から、彼等のインスピレーション(鼓舞)を引き出していると言う、最も強い指標です。

故に、錬金術的な技術の目的の全体は、「宇宙的な魂の力は、固体の賢者の石、または不死の妙薬の中にどうにかして集中されていなければならず、それはその後、錬金術師達が望んだ変格を行う事が出来ると言った、一般的なアイデアの中にあります。」それは、普通の物質の中に、変格の正に力である「宇宙的な魂」を含むために、出来る限り正確に、分別化/分極化されていない「宇宙的な魂」、または媒体(エーテル)から、特別の目的で、特定のミネラルの降臨(descent)を再現しようとする試みでした。ホルムヤードが明言する様に、「その根底にあるアイデアが、主要な物質(マテリア・プリマ)が全ての実質において同じであると言う事の様なので、この主要な物質に対する近以は、錬金術の最初の探求であったはずです。」その様な「哲学者(賢者)のゴールド」を製造する能力は、実際に、その所有者達に凄まじい力(権力)を与えたでしょう。

その真の重要性を明かすために、この賢者の石のための探求を、更に広いコンテキスト(文脈)において検証する事が大切です。私が、私の最初の著書、ギザの死の星の中に記述し、そしてその後、ギザの死の星は破壊された宇宙戦争の中で書いた様に、実際の間惑星的な戦争の太古の神話的な描写において、石が、もし中心的な役割では無いにしても、重要な役割を果たしました。石 - クリスタル(結晶)は - その戦争が行われる事を許した、破壊の凄まじい科学技術における中心的な構成要素でした。そして、私が宇宙戦争の中で述べた様に、これらの石は、変格的な媒体自体である、地域的で天界的な空間(宇宙)の幾何学(立体性)と時空間(space-time)の繊維に対して、文献自体によって直接結びつけられていました。その戦争の後、それらの石の幾つか - 悪名高きシュメールの「運命のタブレット(板状のもの)」は - 破壊され、その他は取り去られ、その他の目的に使用され、そして破壊される事の出来なかった幾つかは、隠されました。この感覚において、人は錬金術的な探求を、科学技術的な方法によって、失われた運命のタブレットによって体現された科学技術を再構築しようとする試みとして、恐らく見解出来るのかも知れません。

ですが錬金術と、賢者の石を製造しようとするこの試みにおいて、もう一つの秘儀的な関連性があり、そして私達は既にそれに出会ったかも知れず:トートのエメラルド・タブレット、または彼の古代ギリシャ的な再来において、ヘルメス・トリメギスタスであり、三度偉大なヘルメスで、錬金術の大マギ士(magister)(大賢者)である、全ての錬金術的な熟練者達のパトロン(先生)です。エメラルド・タブレットへの、その一貫的な言及によって、錬金術自体が、その技術の目的は正に、変格的な媒体自体を操作するための力である、この太古の失われた力の再構築であると認識します。

3. 錬金術の生き残りのための問題:三位一体の石とオーガスト的な三位一体

以前にも示唆された様に、錬金術は、最後の新プラトン主義派の魔術師(社会操作/洗脳)で、哲学者で、テウルジスト(新プラトン主義の白魔術士) - イアンブリカス - の死後から、テンプル騎士団の台頭まで、秘儀的、そしてオカルト(隠された)学術が、継続的な流れにおいて生き残った、主要なメカニズムでした。

ですがこの期間の間に錬金術が生き残ったもう一つのメカニズムが、特にラテン語圏のキリスト教の西洋にあり、それは多少、驚きのもので、それを理解するために人は、「三位一体の賢者の石」と西洋のキリスト教のオーガスト化された神聖な三位一体の教義の間の奇妙で、強い関係を理解しなければなりません。それを理解するために、言い換えると、人は少々の「神学」を行わなければならないと言う事です。そして、中世のラテンの教会(ヴァチカン)において広まった教義は、東方のオーソドクス(主流)のカトリック教会(ギリシャ正教)において唯一生き残った、元々の三位一体のキリスト教の教義では無いと言うのは、多くの人達に取って驚きかもしれません。実際に、東方のオーソドクスの教会(ギリシャ正教教会/e.g. ロシア正教)は、今日までも西洋(ヨーロッパ)そしてローマ自体にさえ広まった教義を、最も高度な異教と考え、それは1014年におけるローマ(西ローマ)とコンスタンティノープル(イスタンブール/東ローマ)の間の、正式な絶交の多大な役割を果たし、そして1054年における、お互いに対する追放と分裂に成りました。この場所が、これ等の問題について検証する正しい場所では無い間、キリスト教的な西洋のオーガスト的な教義の類似性の理解は、錬金術の「三位一体の賢者の石」の錬金術的な見解の重要性の理解に不可欠です。

この奇妙な関連性を解読する手掛かりは、西洋のキリスト教圏を通して受け入れられつつあった三位一体の教義の形成の正確な内容と本質を学ぶ上において、その教義は、「感覚(五感)的な物事」の形成に対してより相応しく、そして神学的な教義の形成には相応しくないと記述した、コンスタンティノープル(東ローマ)の東方の家長(神父)達の働き(記述)を翻訳した時に、私は気付きました。言葉を変えると、西洋のラテン語圏において形成されたものとしての三位一体は、神学よりも物理学に相応しいと言う事です。それは、同様の問題を指定している、より早期のギリシャの神父的な記述者達の研究において人が頻繁に見つける、その他のコメントのエコー(響き)です。

これが実に、太古のヘルメス的な文献の、可能な物理学的な意味を解きほどくロゼッタ・ストーンの一種で、この西暦9世紀のキリスト教の神父が提案していた事は、正に革命的であったためで:数多くの文献の中に書き記されたヘルメス主義新プラトン主義の哲学の全体は、基準的な学術の感覚における形而上学についてと言うよりも、むしろ根底にある媒体(エーテル)の物理学についてでした。

このアイデアによって魅了され、私は、私の著書ギザの死の星は破壊されたの中で実際に、特定の新プラトン主義とヘルメス主義の文献が正に、マテリア・プリマの暗号化された物理以外含まないとして解釈出来るのか判断しようと試み、そしてその題材に対して付属文章の章全体を使いました。そうする事において、ヘルメティカからのある一つの特定の文章が、此処における論議において特に重要に成り、錬金術的な関連性を更にもっと検証する前に、その本の中に私が書いた事を引用するのが最善でしょう。その関連している文章は「三度偉大なヘルメスの、神、空間、そして宇宙(ɵεος, Τοµος, Κοσµος)の概念におけるトポロジー(形態的/ 位相幾何学的)隠喩」についてでした。そしてそれ自体のとても示唆的な方法において、それは、トポロジー的な三角法の独特の方法によって、「三位一体の賢者の石」に対するそれ自体の見識/洞察を含んでいました:

「とても異なっていて、ある意味トポロジー的な非-均整(i.e. 運動)の隠喩の、より複雑なバージョンが三度偉大なヘルメスのヘルメティカの中に見つけられます・・・此処において、形状的にはっきりとした一つの特定の文章のトポロジー的な示唆の意味を理解する試みが成されるでしょう。この文章は、リベルス II: 1-6bのヘルメスと彼の弟子、アスレピウスの間の短い対話で:

「では、宇宙が運動している空間は、どれだけの規模でなければならないのでしょう?そしてどの様な本質なのでしょう?その空間は、宇宙の継続的な運動を含むために、そしてその運動しているものに、十分な場所が無く運動が止められてしまわない様に、遥かにより大きな空間でなければならないのではないでしょうか? - (アスレピウス): その空間は、実に大きくなければなりません、三度偉大な者よ。 - (ヘルメス): そしてその本質はどうでなければならないのでしょう、アスレピウスよ?それは宇宙の本質の正反対でなければならないのではないでしょうか?そしてその体(たい)の正反対の本質は無形(霊体)で・・・宇宙は思考の対象ですが、神と同じ感覚においてでは無いのは、神が彼自身、主に思考の対象であるためですが、宇宙は、それ自体では無く、私達にとって思考の対象であるためです。」

私はその後、以下のようにコメントしました:

「この文章は故に、プロティヌスの中で出くわす「3進」の考え方の一種を証明し、そしてトポロジー的な三角法の形而上学的で弁証法的なバージョンの一種です・・・ですがプロティヌスの3進的な構造とヘルメティカの内容のものとの間には顕著な違いがあり:プロティヌスのシステムにおいて、検証されている対象は一つ(神)、知性、そして世界的な魂ですが、此処(ヘルメティカ)において検証される主要な対象は、テオス、トポス、そしてコスモス(ɵεος, Τοπος, Κοσµος)、または神、空間、そして宇宙です。

「これらの3つ - 神、空間、そして宇宙は - 順を追って、そのそれぞれがそれ自体の機能の正反対を示唆する3つの要素的な機能の上に基づいた対峙の弁証法によって、はっきりと分別されます。

f₁: 自己-知識 ⇔ f₁: 無知
f₂: 静止/休息(στασις) ⇔ -f₂: 運動(κινησΙς)
f₃: 無形(霊体) ⇔ f₃: 実物性(有形)です。

「ですからその隠喩のヘルメス版において、以下の「三角法」が起こり「神、空間、そして宇宙」が、それぞれの頂点、または地域/領域のための名前、または象徴に成ります。」

私はそれに引き続き、それぞれの3つの頂点の、機能的で弁証法的な対峙を表すために以下の図表を産出しました:

三度偉大なヘルメスのヘルメティカの中の「三位一体の石」
1 topo

私はその後、以下の様に私のコメントを続けました:

「この図表は様々な理由のために重要です。第一に、神学的な情報に精通している読者達は、新プラトン主義的に影響された中世のラテン教会のオーガスト的なキリスト教において派生した三位一体の教義を表現するために使用されたピクトグラム(象形)である、キャロリンジアン(王朝)の「三位一体の楯」と呼ばれるものにおいて並行していると気付くでしょう。」

その「信仰の楯」を私はこの様に言及しました:

「信仰の楯」: 西洋の教会の三位一体のオーガスト化された教義の共通の象形
2 trip


コメントを続けると:

「このコンテキスト(文脈)の中でもっと重要なのは。しかしながら、それぞれの(三角の)頂点 - 神、宇宙、空間が - 機能のセット(一組)、またはそれらの対峙/反対として、どの様にその図表において描写されているかです:

神(θεος)   宇宙(Κοσµος)   空間(Τοπος)
{f₁、f₂、f₃}     {-f₁、-f₂、-f₃}     {-f₁、f₂、f₃}
f₁:知識        -f₁:無知        -f₁:無知
f₂:不動/静止     f₂:運動         f₂:不動
f₃:無形/霊体     -f₃:有形         f₃:無形

(Sic.)

その隠喩のヘルメス版は故に、ヘーゲル的な弁証法の用語における分析に対してとても上手くそれ自体を当てはめ、空間自体が神、テーゼ、そして宇宙の間の融合を形成し、そのアンチ・テーゼ(正反対)は、機能f₁、f₂、f₃、またはそれらの正反対において描写されます。ですが単なるヘーゲル的な分析は、その隠喩の微妙さを見落とします。」

実際に、その隠喩は、殆ど全体的にトポロジー的で、物理的です!

「どうしてかを理解するために、機能 f₁、f₂、f₃のヘルメスの形而上学的な表現を不要にし、そして神、宇宙、そして空間と言う用語をそれぞれの(三角の)頂点の付近における特定的でトポロジー的な地域のシギル(印し)とする事によって、そしてそれらを空のセット(一式)としてモデルする事によって、私達はその形式性を延長してみましょう。例えば ∪ や ∩ の様なコンビネーション的な機能が、空のセットのメンバーに成る事が可能なので、 ∅G、 ∅K、∅S をそれぞれ神(G)、宇宙(K)、そして空間(S)を意味するとさせると、とても異なったルート(道/手順)を通してでしたが、正にプロティヌスにおける場合と同様に、機能的なシグニチャー(特徴)、全く異なったセットから、格子造り(が結果するかも知れないと)人は直ぐに気付くかも知れません:

∅G = {f₁、f₂、f₃}
∅K = {-f₁、-f₂、-f₃}
∅S = {-f₁、f₂、f₃}。

「これから、(トポロジー的な隠喩を体現している太古の文献の)非-均整(運動)、非-等価のパラダイム(体系)が明らかなのは、そのセットがそれらのメンバーの同じ数を持つ事において同効力である間、それらは機能的に同一では無いためです。」

此処において一旦停止し、私がギザの死の星は破壊されたの中で書いたよりも、少々、更にコメントする事が有意義でしょう。

此処において表現されているものが、3つの地域、またはトポロジー学者達が「ご近所(三角の頂点の付近)」と呼ぶものなので、この太古の隠喩を通して実際にモデルされているのは、「トポロジー的な三角法」の一種だけでは無く、正にその三角法が、そのそれぞれが、「物理的な無」であるだけで無く、更に重要な事に、分別化/分極化された無である、それぞれの地域の間の機能的な違いによって達成されています。

この太古のモデルの物理的な媒体(エーテル)は故に情報を創造し、そしてそうする事において、それ自体を変格させます。この概念が、勿論、錬金術の土台です。

このヘルメス的でトポロジー的な隠喩と、3つの神聖な人格(神、息子、精霊)の間の、それ自体の弁証法的な対峙を有するオーガスト派の三位一体の楯との類似性は、直ぐに明らかに成り、そしてこれが示唆するのは、西洋の中世とそれを超えて全体を通した錬金術の生き残りのための、最も強い理由の一つで、それが繁栄する事が出来た広く受け入れられていた肥沃で文化的な母体があった事で、その根源を新プラトン主義の中に深く持ち、そして故にそれ自体が深いけれども殆ど疑われていない(理解されていない)根源をエジプトのヘルメス主義に持つ、神学的な教義とされるものは、実際に、正しい感覚において物理学とトポロジーについてでした。

2.錬金術的な言及と、オーガスト派の三位一体に対する類推

「三位一体の賢者の石」に対する錬金術的な言及の調査は、西洋の広く広まった新プラトン主義と、オーガスト派の文化的な母体と、そしてそれに対する錬金術の関係の事実を、更に鋭い集中へともたらすだけでしょう。例えば、Rosarium Philosophorum (哲学者/賢者のロザリー)はその他多くの錬金術的な文献がする様に、賢者の石の動物、植物、そして鉱物(ミネラル)的な本質に言及します。更に重大な事に、それは錬金術師アーノルダスがこう明言している事を引用します「錬金術の技術家は、金属の形状(forms)は、それらが、それらの最初の物質まで減少させられるまで変格される事は出来ず、そしてその後それらは、それらが以前に有していたもう一つの形状へと変格させられる事を知らされなければなりません。」アーノルダスが示唆しているのは正に、賢者の石の成功的な製造に不可欠であるとしての、マテリア・プリマからのそのトポロジー的な下降/降臨における物質の「バック・エンジニアリング(逆技術開発)」の一種です。

同様に、その賢者のロザリーはロシヌスの興味深い引用を記述し、それにおいて三位一体の教義的なフォーミュラ(形式)性は、とてもはっきりとしています:

「私達が真の本質/自然を使うのは、何故なら、もしそれが彼自身の本質/自然の中へのもので無いなら、本質/自然は本質/自然を修正しないためです。主要な賢者の石には3種あります。それは鉱物的、動物的、そして植物的です。鉱物的な石、植物的な石、そして動物的な石は名前において3種ですが、本質において1種です。そのスピリットは二重で、つまり、色合いの事と準備の事です。」

基準的な三位一体の教義に対するこの形式性と、聖歌学的な表現 - 人格において3種、本質において1種の - 共振は驚きです。それ自体の中、そしてそれ自体に、この形式性についてオーガスト派に特質的なものは何も無い間、スピリットが「二重」であると言う最後の一行が、三位一体のオーガスト派の形式性を強く示唆するのは、スピリットのオーガスト派の形成は、上述された三位一体の楯を一目見れば明かされる様に、西洋のキリスト教圏の全体を通して使用されていたナイセア(の委員会)の教義の加えられた(改竄された)ヴァージョンが明言するのと同様に、聖父、そしてその息子から、彼(神)の個人的な起源を取るためです。実際に、その形成に関連したこのアイデアはとても強いので、オーガスト派の三位一体の教義は、時には単純に、神聖な精霊の「二重進行」の教義として言及される程です。その錬金術的な言及は、故に、示唆的ですが、結論的では全くありません。

アーノルダス・デ・ノヴァ・ヴィラは、彼の Cymicall Treatise の中で、キリスト教の三位一体との関連における、三位一体の石へのもう一つの言及を行います:

「この仕事の初めにおいて、最も素晴らしいヘルメスは、理性的な人達に素朴な言葉でその方法を教えますが、無知で愚かな人達にとっては、オカルトで隠された語りであると、私は言いましょう。その聖父、息子、そして神聖な精霊は一つでありながら3つで、私達の石は、言うなれば3つが1つでありながら、分離化/分極化されていると、私は言いましょう。」

その三位一体的な言及はとても鮮明ですが、再びそれについて、特質してオーガスト派であるものは何もありません。アーノルダスは加えて、三位一体の石の「統一している実質」は水銀(マーキュリー/ヘルメス)なのは、「水銀から全てが造られる」ためですとコメントしています。この種の言及は、錬金術的な文献に精通していない人達が、実際に何が述べられているのかを誤解する原因に成りました。「水銀/マーキュリー(水星)」と言う用語は、頻繁に2つの感覚において使用され、一つはその文字通りの平凡な感覚で、化学的な要素自体に言及しています。2つ目の用途は、コード・ネーム(暗号)の一種における「私達の水銀」や「哲学的な水銀」の様なその他の指名と対にされ、単純に、根底にある変格的な媒体、またはマテリア・プリマ自体を意味します。それは、端的に、賢者の石自体と、それにその力を与える、根底にある実質(エーテル)のためのコード・ネームです。

コンテキスト(文脈)の中で、すると、アーノルダスの記述は、その三位一体の統一性は、聖父の人格の中にあるよりも、その図表の真ん中における、神聖な実質の輪の非個人的な統一性の中に更にあるので、それらの特徴を、三位一体の厳密にオーガスト派的な形成性のコンテキストにおける「三位一体の石」としてはっきりと表します。アーノルダスは、全く同じ事を言っています。その動物、植物、そして鉱物の部分における三位一体の石の統一は、「哲学的な水銀」で、マテリア・プリマ自体で:「賢者達の水銀」は、「一般的な水銀では無く、哲学者達によってプリマ・マテリアと呼ばれています、」と彼は述べます。その関係は三位一体の楯を再現し、三位一体のもののために、錬金術的な言及に入れ替えると、解り易く成るかも知れません:

「錬金術的なオーガスト派」:その(三角の)頂点における三位一体の石と、統一的な実質としての哲学的な水銀、またはマテリア・プリマと供の、オーガスト派の三位一体の楯
1 オーガスト

言葉を変えるとアーノルダスは、もし人が彼の記述を厳密に検証すると、私達が更に早期に発見したヘルメス的な文献における「トポロジー的な三角法」を再現します。

その変格的な媒体(エーテル)とマテリア・プリマ自体が、何人もの錬金術師達によってそれ自体の聖書的な扱いを受けます。例えば、サイモン・フォーマンは、創世記1の元々の創造の説明を、創始的な水が分別化/分極化されていない媒体である、錬金術的な働きとして解釈します:

「すると暗闇の中へと、水の混沌の上へと、神のスピリットが降臨し、その上で彼は、彼の住処(宿り処)を造りました。その暗闇は深み(the deep)の面の上にあり、その中で混沌は休み/停止し、そしてその中で全ての物事は眠っていました。粗雑で、無形成で、無形状で、形も善も無い中から神は、それが存在する様に全ての物事を創造し・・・そしてこの混沌の中から4つの要素(火、風、水、土)が造られ・・・(ある人達が)真髄と呼ぶものが、その4つの要素の全ての前に、その混沌から取り出されました。」

混沌は、その中で分別化/分極化する事によって、世界の物事を、その中から神が創造した「物理的な無」です。着目してもらいたいのはまた、「真髄」と言う用語で、錬金術は、物理学の最も素晴らしく、そして最も知られていない思考者の一人の背後にある概念的な土台の幾らかを形成したかも知れず、第3部の中の場合においてとても重要に成るためです。フォーマンは以下の方法で何が「真髄」なのかを拡張します:

「そして人々が、彼等自身のために種をまき、それからその様な種を刈り取るために、全ての特定の事に、真髄が入れられました。それらは種(オイル)において単純で純粋なためです。

簡潔に述べると、「真髄」は、賢者の石自体のもう一つのコード・ネームで、そしてその力を使用するための自然的な実質において、それを「体現」している錬金術的な機能/働きです。これもまた、もっと後に第3部の中で見られる様に、現代の物理学者の、息を奪う様な思考への、もう一つの示唆的なリンクです。

a. Philippus Theophrastus Areolas Bombastus von Hohenheim, a.k.a. Paracelsus
フィリップス・セオファラスタス・アレオラス・ボンバスタス・ヴォン・ホッヘンハイム、別名:パラセルサス


錬金術一般と、西欧キリスト教圏内における三位一体のアウグスチヌス化された(アウグスチヌス/オーガスト後の)形成への錬金術の特異的な関係の調査において、中世後期、そしてルネッサンス初期において、恐らく最も有名で、物議をかもし出した錬金術師(化学者)、パラセルサス(西暦1493-1541年)としてよく知られた、フィリップス・セオファラスタス・アレオラス・ボンバスタス・ヴォン・ホッヘンハイムによって言及された多くの明言に触れる事無しでは、完全にはならないでしょう。彼は単純に、「フィリップス・ヴォン・ホッヘンハイム」として生まれましたが、その後、彼自身により、その他の多くの名前の全てをつけた事実から、人はある意味、彼の人格を伺えます。彼の時代において、普通以上の医学者で、錬金術師として広く知られ、彼の著書の殆どは実際に、錬金術を扱い、どれだけ太古で、どれだけ尊敬されていようとも、その技術のその他の研究者達に対して、彼自身の異論を唱えました:

「この時代の中期から、芸術/技術の全ての王制は、哲学と医学の王子である、私、セオフラスタス・パラセルサスに、大々的に起因し与えられました。この目的のために、アリストテレスであれ、ガレンであれ、アヴィセナであれ、メスヴァであれ、または彼等の支持者達のあらゆる教義であれ、精巧な言葉の全ての幻想を消火し排除するために、私は神によって選ばれました。」

パラセルサスは、控えめでは全くありませんでした。彼の主張を明確にするために彼は、太古の技術の主要な腐敗者として彼が考える人物達をはっきりと指摘し、そして彼等は私達が既に出くわした2人のパトロン達です;「・・・先進的な科学が、教皇的、そして帝国的特権によって、その愚かさが補佐され、補強されなければならないとは。」簡単に云うと、パラセルサスは中世の間に、錬金術の生き残りと腐敗の原因の主なメカニズムが究極的に、何処にあったのか(ヴァチカン)を、完全に理解していました。

(1) 原始太古的な、とても高度な文明とエジプトについて

パラセルサスの特異性の一部は、人類の歴史と文化のための錬金術の示唆について、彼がはっきりと気付いていて、それを全く秘密にしなかった点です。彼の著書、哲学者達の色合いについての中で、彼はこう書きました:「私はこの説明書によって、無知な者達と、未経験の者達に:どれだけ素晴らしい芸術/技術が、最初の時代において存在していたのかを、明かす事を提案します。」パラセルサスが「最初の時代」によって意味するのは、エジプトとシュメール以前の何かである事は、直ぐに明らかに成ります。

何であれ、パラセルサスが太古のエジプトの権力に結び付けたのは、その錬金術の秘密の所有でした:「もし貴方が、前述された事実から、それらがどれ程素晴らしい宝であり何であったか、未だに理解出来ないなら、何故、エジプト人達を服従させる事が出来た、王子達や王達がいなかったのかを、私に説明して下さい。」ですが錬金術的な科学自体は、彼が「失墜/墜落の前も後も、全ての物事の知識を持っていた故に、芸術/技術の最初の発明者」と彼が呼ぶ、アダム(アトム/アテン)から由来したと、彼ははっきりと明言します。この知識の豊富さのために、パラセルサスの見解によると、アダムは以下を予言する事が出来ました:

「この世界は、水によって破壊されます。この原因からまた、彼の後継者達は、2つの石のタブレット(石版)を建て、彼等の子孫達がこの預言を知り、それが心に留められ、危険が起きた際に準備が出来ている様に、彼等は全ての自然的な芸術/技術を、ヒエログリフ(象形文字)の文字において刻みました。その後、大洪水の後に、ノアはこれらの石板の一つを、アララット山の麓で見つけました。この石版に描写されていたのは、ファーマメント(蒼穹)とその下の球体(地球)、そしてまたそれぞれの惑星のコース(軌道/通り道)でした。この統一的/宇宙的な知識は幾つもの部分に分離させられ、その活力と力において弱体化させられました。この分離の方法によって、一人は天文学者に成り、もう一人は魔術師に成り、更にもう一人はカバラ主義者と成り、そして四人目は錬金術師と成りました。アブラハム、あのヴァルカン族のトゥバルケイン、究極の占星学者で数学者は、その芸術/技術をカナーン(パレスチナ)の地からエジプトへともたらし、其処でエジプト人達は大いなる高度さと品位へと発展させ、その英知はその他の国々によって、彼等から取得させられました。」

パラセルサスは此処において、その微妙な重要性がとてもあからさまにはっきりとしているので見過ごされるかもしれない、2つのとても極めて重大な観測をしますが、唯一明らかに:

1.錬金術自体は、天文学と、いわゆる形而上学、または言い換えると、超越-次元的な( metaphysics )物理学、通常の物理と自然的な世界(「自然」、またはこの場合、自然的な世界を意味するギリシャ語、 φυσις/物理)を超えた物理(ギリシャ語の µετα/meta から「~を超える/超越する」)を含めた、元々、より大きく、高度に統一された知識と科学の集合体の一部でした。言葉を変えると、パラセルサスは大洪水を、もう一つの「バベルの塔の瞬間」と見解し、それにおいて太古の高度に統一的な、科学-宗教学-哲学的な世界観は、丁度、バベルの塔の様に、典型的なゲリラ戦争の作戦として取られる事の出来るものにおいて、更に分裂化させられ:伝達と科学と判断決定の行程が、大規模に妨害されました。パラセルサスは、言い換えると、この点についての秘儀的な伝統を詳しく知っていて、それらの重大な示唆以上により気付いていて、それは彼がこうはっきりと、明言するためです:典型的な古代の高度な文明 - エジプトとシュメール以前に - 更により高度で、更により洗練された何かが存在していました。パラセルサスは、少々後に、この概念をよりもう少し完全に発展させ、知識の分裂化/劣化を、大洪水後に起こった政治的な分裂に起因させました:「洪水の後に、ノアの息子が世界の1/3を所有した時に、この芸術/技術/知識は、カルデアとペルシャに分散し、そして其処からエジプトへと広がりました。」

2.エジプトは、その知識をシュメールから会得し、その2つの間には、原始太古のとても高度な文明との関連性があります。パラセルサスは、勿論、アブラハムのシュメールのウル(の街)からカナーンへの旅、そしてその後の彼の子孫達によるエジプトへの旅を通した「聖書的」な言及によって、この関連性を誤魔化します。ですが、勿論、聖書的な言及が、単なる敬虔主義(誇張された、または影響を受けた信心および宗教的熱意)なのは、彼等(イスラエライト族)が到着した時に、エジプトは既に存在していた事実と、モーゼスがエジプトの宮廷において成長した事の重要性を、パラセルサスが見落とす事は出来なかったはずであるためです。上述に示唆された様に、パラセルサスは実際に、知識の更なる分裂化/劣化を、洪水後の、世界の政治の分裂化に起因させます。彼が示唆しているのは、言い方を変えると、その知識の分裂化は三重で:カルデア人達(シュメール人達)が圧倒的に、占星学、そして天文学的な構成要素を保存し、ヘブライ人達(イスラエライト)は圧倒的に、カバラ的な構成要素を保存し、そしてエジプト人達が、錬金術的な構成要素を保存したと言う事です。故に、「三位一体の石」はまた、太古のクラッシック的な世界の3つの科学的で政治的な文化へと分裂化させられた、失われた科学の、三重の石でもあります。

結果的に、パラセルサスは、「三位一体の石」の錬金術的なシンボルを、隠された歴史の彼の哲学の全体と、エジプトとシュメールよりも以前の、原始太古のとても高度な文明の占星学の印しとして使用します。

(2)天文学と錬金術の間の関係について

太古の歴史と科学のパラセルススの見解を手にすると、人は何故彼が、錬金術的な目的を達成するためには、幾つもの正当な方法があると彼が主張しただけでなく、彼が何故、「天文学と錬金術の同意」について強調したのかもまた理解出来るかも知れません。実際に、パラセルススは - ある意味、不満と共に - 同じ実験を行おうとした彼の試みは、季節、またはその他の一時的な要素の上に起因して、時には成功的で、時にはそうはでありませんでした。この点を頭に入れておいてもらいたいのは、それが第2部においてすさまじく重要に成るためで、素晴らしいロシアの物理学者による、何年にも渡る、幾つもの方法で成された、類似した精密な観測を、少なくとも4世紀以上前に予測したためです。

(3)クリスタルと金属:サファイアと水銀

パラセルススはとても正確に、幾つもの太古の空間/宇宙の見解をエコーし - そしてとても近代的な見解をエコーするので - 彼の言葉の幾つかは、太古、または近代であれ、あらゆる立ち位置から息を奪う様に見えます:

「魔法を使って取り出す(conjure する)事は、それが何であるか知る事と、理解する事を正しく観測する事以外の何ものでもありません。そのクリスタル(水晶)は風(air/空気)の姿です。風の中に現れるものは、有動であれ不動であれ、スペクトル、またはクリスタルの中にまた、一つのとして同じものが現れます。風、水、そしてクリスタルが、物体の正反対のコピーが見られる事の出来る鏡の中の様に、ヴィジョン(視覚)に関する限り一つであるためです。」

最初に読んだ際に、パラセルススは、眼鏡と鏡以上のものは語っていない様に現れますが、実際に、一つの段階においては、彼はそうしています。更に加えて彼は、当時、光学の研究の一部に成り始めた光の波理論を推進しています。

ですがその様な単調な解読が、彼の観測の真の重要性を見落とすのは、「風/空気」が時には、特に錬金術的な文献の中において、「空間/宇宙」自体のため、そして時にはマテリア・プリマのための、更なるコード・ネームとして機能するためです。結果的に、クリスタルとそれらの示唆された格子造りと、風/空気、つまり空間/宇宙自体への彼の関連付けは、現代の物理学者達とトポロジー学者達の幾らかによって研究されている、とても近代的で、そして実際にトポロジー的な空間/宇宙の見解を示唆します。聖書的な文献への彼の知識、そしてそれらが失われた太古原始の物理学に言及していると解釈する彼の傾向を与えられると、空間/宇宙自体をクリスタルとして、格子の構造として言及する様に見える、エジキエル(の書)の中の聖書的な言及を、パラセルススが全く知らなかったはずはありません:「生き物の頭上には、恐れを呼び起こす、(酷い)水晶のよう(な色)に輝く大空(蒼穹/ファーマメント)のようなものがあった。それは生き物の頭上に高く広がっていた」エジキエル1:22。

パラセルススはまた、ある意味通常では無い様に、クリスタル(水晶)と宝石のアイデアを金属に対させます。金属は、もっとより親しみのある宝石やクリスタルの様にまた、一貫的な格子の構造を有するので、再び新たに、パラセルススの見解は、それ自体において、当時としてはとても先進的でした。更に重要な事に、あまりよく知られていないもう一つの研究、De Elemente Aquae (水の要素) の中で、パラセルススは、「体(たい)の物質と色において、サファイアは、水銀(創始的な原則)から派生させられます。」と述べ、哲学的な水銀、またはマテリア/プリマに関連するこの明言が、それ自体の現代的な重要性を有するのは、以前のソヴィエト連邦が、大きく人工的なサファイアの方法によって地球の重力的な加速の、正確な変化の測量の実験を行ったためです。

哲学的な水銀とマテリア・プリマをクリスタルに関連させ、錬金術と賢者の石が、後者を操作する力を持つ科学技術であると示唆する事によって、パラセルススはまた、クリスタルと空間/宇宙の格子構造自体が物理的な力に親密に関連していると示唆しています。

ですから、私達が有するのは何でしょう?

パラセルススは、以下の革命的なアイデアを概要しました:

1.太古の、そして高度に統一された科学は、彼がもう一つの「バベルの塔の瞬間」として解釈した大洪水の結果として、政治的な事を含み、様々な不法で分裂化されその分裂化は、それらの占星学的-天文学的、カバラ的、そして錬金術的な構成要素において、シュメール、ヘブライ、そしてエジプトにそれぞれ広まり;
2.錬金術的な行い(実験)は、特定の時と季節においてのみ成功的に行われる事ができ、第2部において、より完全に検証されるであろう見解において、約4世紀前に、予測されていて;
3.クリスタルと金属の格子構造と、主要な変格的媒体(エーテル)自体の間には親密な関係があり、その格子構造と物理的な力は親密に関連している事を示唆し、第三部において更に完全に検証される現代物理学の、とても現代的なアイデアで;そして、
4.形而上学、または現代的な用語でいうと、超越次元的な物理学(hyper-dimensional physics)の構成要素は常に上述の全てを通して機能しています。

ですが、未だ更にあり、そしてそれを明かす事において、私達は再び、三位一体のオーガスト化された形式性と、太古のヘルメス主義におけるその深く、予想されていない起源(故に太古の原始物理学)と、太古のヘルメス的な文献におけるトポロジー的な三角法と、三位一体の賢者の石の、文献的な隠喩の間の深遠な関係を目撃します。

(4)そしてオーガスト化された三位一体と錬金術

その関連性は、パラセルススが「貴方に、その中に全ての神秘/謎と全ての働き/機能の土台が隠されている、色合い、奥義/霊薬 1、真髄(quintessence)を教えましょう、」と言う、彼の明言から始まります。再び、その「真髄」への言及を、貴方の頭の奥に整えておいてもらいたいのは、第3部の中の素晴らしい現代の理論的な物理学者の考え方において機能している可能性のある影響力を解読するにおいて、それが重要な役割を果たすためです。パラセルススによると、この奥義の行い/機能は、神聖なスピリット(オイル)の方法によって達成されます。ですが人が一度、彼の言うこの神聖なスピリットについて探求すると、人はその関連性を認識します:

「これは真実のスピリットで、神聖な精霊の仲介、またはそれを知っている人達からの指導無しでは、世界が理解出来無い事です。神秘的な本質(自然)、素晴らしい強さ、限りない力についても同じです。聖者達は、世界の始まりから、その顔を見る事を望んでいました。アヴィセンナによってこのスピリットは世界の魂と名付けられました。魂が、体の四肢の全ての中にいきわたる際に、このスピリットもまた体の全てにいきわたるためです。そしてその魂が体の四肢の全てにいきわたるので、このスピリットもまた、全ての要素的で創造された物事(万物)の中にいきわたります。」

その神聖なスピリットを、完全に人格化したと呼ぶよりもむしろ、それと言及するのは、中世の時代から、私達自身の時代までの間の、西洋のキリスト教的な信心を影響し始めたオーガスト化された三位一体の形式性の影響の一つです。

ですが本当の手掛かりがあるのは、キリスト教の教義の神聖なスピリットと、新プラトン主義の世界の魂(World Soul)との一致で、その後者の概念において、この世界の魂は、その起源を(神の)知性から取り、それは順を追って、その起源を一つ(One/神)から取るためです。その世界の魂は故に2種類の原因によって原因されていて、原因の無い原因(Uncaused Cause/the One/神)と、原因された原因(Caused Cause/知性)で、オーガスト派の形式性の神聖なスピリットととても同じように、の起源を原因されていない原因(聖父/磁気)と原因されている原因(息子/電気)から取ります。そして着目するべきは、パラセルススのヴァージョンにおいて、純粋に物理的で錬金術的な働きに不可欠なのは、この世界の魂(磁気)-神聖なスピリット(電気)です。言葉を変えると、検証された様に、ヘルメティカにおいて純粋に物理的で、トポロジー的な隠喩として始まり、そして神学的な教義として西洋の中世の時代を通したその遍歴の後、そして歴史自体の弁証法的な解釈としてでさえ、オーガスト化された三位一体は、パラセルススの手の中で、再びもう一度、純粋に物理学に関連した現象へと制限されます。この歴史的な行程をまとめるために、西洋の三位一体の教義の中の神聖なスピリットの二重の進行の教義についてのトマス・アクイナスの言葉よりも優れたものは無いのは、パラセルススの手の中で、歴史的な「サイクルは、その進行が始まったものから正に同じ実質へと戻った時に完結するためです。」

これは、以下の文章の中で更に明らかにされます:「眼は見ておらず、耳は聞いておらず、人の心は天界(大脳)が、このスピリット(オイル)に自然的に合体させたものを理解していません、」とヘルメスのアポカリプス(i.e. 解き明かし)の錬金術的な著者は述べます。言い換えると、一つのそれに一度制限されると、その「スピリット」は賢者の石自体の単なるシギル(印し)に成り、そしてその石の中への、物理的な物質へのその体現で、それは物理的、そして形而上学的、または超越次元的な構成要素です。人が、パラセルスス(そしてその他の西洋のキリスト教圏の錬金術師達)の理論が働いているのを理解する事が出来るのは、物質の中へと「スピリット」を体現する/宿す、賢者の石を造り出す錬金術的な働きは、息子が具体化する/肉体を持つ転生への錬金術的な類推であるためです。その息子(オイル)は人に成り、そのスピリットはその石の物質に成ります。

故に、この「スピリット」は - 変格的で物理的な媒体(エーテル)として - 賢者の石の真髄なので、その石は、順を追って、長寿性を与えるだけでなく、ある種の不死さえも与えますが、それはまた破壊不可能です。

パラセルススが、オーガスト化された三位一体の形式性の、究極的でヘルメス主義的な根源に、とても知識豊富なのは、哲学者達のオーロラの中で十分に鮮明にされます:

「魔術は、神聖な3元にその起源を持ち、そして神の三位一体から派生したのは本当です。神が、彼の全ての生き物達を、この3元で印し、そして彼自身の指でそれらの上にその象形文字を刻んだためです。物事(万物)の本質において、神聖な3元のこの magistery (マギ/賢者の証)に欠けるものは一つも与えられず、または産出されず、もしくは視覚によってでさえもそれは証明されません。聖者ポール(パオロ)がローマ人達に証言する様に、生き物達は創造主自身を理解し、見る事を、私達に教えます。この神聖な3元の契約は、万物の実質全体を通して浸透していて、分解不能(不変)です。これによって、また、私達は、4つの要素(火、土、風、水)から、自然の全ての秘密を有します。その3元が、魔術的な真髄と共に、知られている万物によって多くの奥義と実証を与えられた、完璧なセプテナリー(septenary/1+6=7のシステム)を産出するためです。」

その「神聖な真髄」への言及でさえ、オーガスト化された三位一体の形式性においてそのエコーを有するのは、三位一体の楯の中で、人は3つでは無く、4つの輪を数えるためで、その中央の輪は、分別化/分極化されていない媒体を体現し、神聖な本質自体の絶対的な単純性で、それは錬金術師達の手の中で、マテリア・プリマ自体である、哲学者の水銀の象徴に成ります。

新プラトン主義の世界の魂への以前の言及は、錬金術的な文献、特にパラセルススの文献に入っているもう一つの新プラトン主義的なテーマを思い出させます。これは、エマネーション(emanation/放射/ギリシャ語では προοδος )と呼ばれる行程において、万物は一つから由来し、故に万物はそれ(περιαγωγη)に戻ると言う教義です。その錬金術的な文献、哲学者達のオーロラは、神聖な3元からの万物の派生を概要した後、故にその行程を反転させます:

「此処でまたそれは、全ての生き物達の徳と機能、そしてそれらの使用/使い道に言及し、それらは、それらの奥義、サイン、特徴、そして姿がスタンプされ、印されているので、それらには検証において鮮明にされない、最小のオカルトされた(隠された)点は殆ど残されていません。すると4元と3元が束ねられた時、denary (10進法)はそれらの 統一性への retrogression (逆行)、または減少を達成しました。

ですが、着目してもらいたいのは、逆戻りの新プラトン主義的な比喩が、錬金術的なコンテキスト(文脈)の中で起こる事です。言葉を変えると、逆戻りのその概念は、それ自体が順を追って賢者の石の製造の錬金術的な機能で、主要で物理的な媒体(エーテル/マテリア・プリマ)からの「トポロジー的な降臨/沈殿」のバック・エンジニアリング(逆技術開発)であるためです。パラセルススは、その様な形而上学的な文献の、全ての世紀を通した誤解、そして隠され、オカルトされた物理学の根底にある隠喩に対する正に「哲学的」な文献としての、それらの誤解を見破りました。もしこれがその文章の強引な解釈の様に見えるなら、彼自身が少々後に十分にはっきりとさせます:

「賢者(マギ)は、彼等の英知において、全ての生き物達は・・・多くの勤勉的で延長された準備によって、植物的な実質の範囲の上の、鉱物(ミネラル)的な範囲へと、鉱物的な範囲の上の金属的な範囲へと、そして完璧な金属的な実質から、永続的で、神聖な真髄へと、高揚させられ(exalted)、上昇させられると主張しました。」

故に「エマネーション(放射)」として、生き物達に派生を与え、そしてその多様性を説明するマテリア・プリマの分別化/分極化のための隠喩として機能し、ですから「知っている」錬金術師達にとっての「逆戻り」の機能は、賢者の石の中に、その生き物の中に、その媒体自体をより実直に製造し、体現させるための、トポロジー的な降臨/沈殿の、「逆技術開発」の行程のための隠喩です。

パラセルススについて言われなければならないその他の事が何であれ、一つの事が頻繁に、気付かれずに通り過ぎます。もし、「哲学は神学の女中である」と言う中世の古くからの確言が本当なら、するとパラセルススはオーガスト化された三位一体の形式性を、その究極的なヘルメス主義的な根源へと見透かし、そしてそれを再び錬金術的に、物理において、そしてそれがその後そう考えられる様に成った神学的な関連から刈り取られた「五感的な物事」の元々の土台へと減少させました。それと共に彼は、キリスト教圏の西洋で得られた神学と哲学の取り消す事の出来ない分離を行いました。

b. 究極的な減少と決め手

もし、この全てが、最も抵抗的な批評者を十分に納得させないなら、そのオーガスト化された形状におけるキリスト教の三位一体の、三度偉大なヘルメスのヘルメティカのトポロジー的な隠喩との一致が鮮明にされる錬金術的な文献があり、そして物理学への減少/制限は、はっきりと達成されています。これは、空間/宇宙における場所、運動のある場所と単純に題された小さな文献です。これの副題はもっと更に刺激的です:「自然の進歩の秘密の神秘は、祝福された三位一体、聖父 - 息子 - そして神聖な精霊の解明です。」注目すべきは、弁証法的な正反対の機能的な一式の同じ種類が、三度偉大なヘルメスのヘルメティカのリベルス(Libellus)第2巻から以前に引用された様に、それぞれの(三角の)頂上をはっきりとさせるために使われている事です:

「空間、場所、聖父&息子は、分離不可能な程、固定化され&不動です。汝、神聖な精霊(ye Holy Ghost)の運動は、フロリア・パトリ、フィリイ&スピリティ・サンクティ(聖父、息子、&神聖な精霊)、等々においての様に、神の祝福された決定へと全ての物事(万物)をもたらすものです。」

言い換えると、そのスピリットは、機能的な正反対 - 運動 - によってそれぞれが空間と場所の象徴である、聖父と息子からはっきりと分別されます。物理への減少/制限は再び証明されています。

ですが、錬金術には、未だ、更なる謎があります・・・


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