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キリスト教: 太古のエジプト的な宗教:

CHRISTIANITY: AN ANCIENT EGYPTIAN RELIGION
AHMED OSMAN
キリスト教: 太古のエジプト的な宗教
アフメド・オスマン著

パート2

パート1と2のまとめ


アブラハムのヘブライの部族は、紀元前15世紀においてエジプトの統治していた第18王朝に接触した際にのみ、歴史的な重要性を得ました。ヘブライの貧しい女性であったサラと、古代の王達の中で最強の王であったファラオ、トトメス(トート・モーゼス)3世の間に起こった婚姻は、そのエジプトの王によって父と成り、家長であるアブラハムによって受け入れられた、イスラエルの部族を産出しました。サラの子孫達のその後の人生における出来事において、彼等は決して、彼等の王族としての血統を忘れなかった事を表します。ですが、其処に奴隷として辿り着き、その後直ぐに、ファラオの大臣、そして二輪馬車軍の指導者、更にその王に続いて最も強力な人に成ったのは、夢見人と、ジョセフでした。

ヘブライ族の子孫と、第18王朝のメンバーの間には、もう一つの婚姻がありました。アメンホテップ3世は、彼の国の伝統に反して、ジョセフの娘であるティエを彼の女王にする事を主張しました。この婚姻は、聖書の中でモーゼスとして認識される、歴史において全ての人々と共にある、最初の一神教的な神を主張した人と描写された王、アケナーテンを産出しました。この教義は、一般の人々によって吸収されるために、もっと時間を必要とした、突然の変化だったので、アケナーテンの支持者達の間でポピュラーには成りませんでした。その一神教的な王(モーゼス/アケナーテン)に対して軍隊がクーデターを起こした時彼は、彼の息子、ツタンカーメンに王座を譲る様に、彼の母である女王、ティエの兄で、彼(アケナーテン)の二輪馬車軍の司令官である、アイに助言されました。

アケナーテンが、彼の親密な支持者達と共に、シナイ(半島)南部のベドゥィン(遊牧民)達の中で追放され、暮らしていた際に、ツタンカーメンは、一神教を、彼の民に近づけようと、宗教改革を試みていました。(注:宗教改革を行ったのは、アケナーテンで、ツタンカーメンは、それを元に戻そうとしていた)。その若き王の宗教改革(後戻り)が、歴史的に重要に成ったのは、彼等の信仰が今日まで(キリスト教として)生き残っているためです。彼は、人の死後も生き続ける、人の存在における、スピリット的な要素に対する永続的でエジプト的な信仰を認識しました。ですからアテン(アトム/太陽)は、生命の神であると同時に、死の神に成りました。彼はまた、スピリット的な存在の度合を認識し、古い神々(i.e. アヌンナキ)を、神の天界における天使達(角度)と認識し、神と人の間の仲介(媒体)としました。彼の父(アケナーテン)によって封鎖された寺院を再解放し、彼の新たな宗教改革を始める際に彼は、彼の名前(トゥト・アンク・アテン)さえも、ツタンカーメン(トゥト・アンク・アメン)へと変えました。

ツタンカーメンも、彼の宗教的な教えも、どちらも機能する機会は与えられませんでした。彼は、彼の父をシナイにおける追放から戻らせ、彼の支持者達を新たな信仰に改宗させようと試みた時に、オーソドックス(主流的)なアテン信仰の神官、パネヘシーに殺害されました。ツタンカーメンの死は、アマルナの統治の崩壊と、その宗教的な改革の終わりに繋がり、エジプトとイスラエライト族の中で、アケナーテンと彼の後継者、ツタンカーメン - または、モーゼスと彼の後継者、ジョシュア/イエスの記憶をぬぐい払おうと言う多大な試みが成されました。エジプトの権威(官僚)達が、記述された文献の中で、これ等の王達の名前や行いを記述する事を禁じた間、これらの出来事を記述した、イスラエライト族の書生達は、ジョシュアの殺害と、イスラエルとエジプトの王家とのあらゆる血縁関係を隠蔽する大規模な努力を行いました。彼等(の行い)を裏切った(暴露した)のは、しかしながら、本当の始祖であるアブラハムを、イスラエルの本当の父、デーヴィッド王(トトメス3世)と、入れ替えなければならなかった事実でした。紀元前10世紀の初頭に生き、侵略してきていたピリシテ(フェニキア)人達に対して数多くの戦いを行った、カナーン(パレスチナ)に住んでいた小規模の部族の統治者の説明を記述するにあたり、ヘブライの書生達は、ナイル川とユーフラテス川の間に、唯一の帝国を築いたイスラエライト族の、本当の先祖の説明を含ませました。

それを隠蔽しようとする試みにも拘らず、ジョシュア/イエスの記憶は、バビロニアにおける奴隷化からの帰郷に続き確立されたエッセネ派のコミュニティーを最終的に確立した、イスラエライト族の預言者達の連続を通して、生き残り/語り継がれました。それは、キリスト教時代の始まりに、グノーシス的なキリスト教運動を輩出した、オシリスとヘルメス・トリメギスタス(3度偉大なヘルメス)の信仰の中で、エジプトにおいてまた、生き伸びました。

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