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スターライト&鉄道、トマス、ガブリエーリ、文明開化、そして神秘主義(追記=Read more)

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【大正天皇実録考その1】
http://6616.teacup.com/rendaico3/bbs

「・・・ところが、「こたびの大正天皇実録のほぼ全文公開」につき、ネット空間では音沙汰なしのようである。このことは関心が薄いことを示しているが、れんだいこは大いに注目している。騒がれていないのは、長年にわたって大正天皇に関心が向かわないよう報道管制が敷かれて来た結果としての盲目に過ぎないと思っている。事実は衝撃的である。その一つは、大正天皇論に纏わる病弱論、無能論が否定されたことである。事実は、「れんだいこの大正天皇論」に記したように「大正天皇の才を見るにむしろ稀に見る英才であり歴代天皇の中でも指折りの有能の部類に入る」と評されるべきである。

 もう一つ確認しておく。大正天皇実録の第二次公開によって大正天皇論毒殺の経緯と様子が間接的に明らかにされた。主犯は元老・山県有朋及びその徒党である。これを確かめるには大正天皇実録を直に当らねばならぬが、かく予想しておく。

 この系譜が、1・第14代征夷大将軍/徳川家茂急逝(1866.6.20日、20歳)、2・第121代天皇/孝明天皇急逝(1866.12.25日、36歳)、3・第122代天皇/睦仁親王(京都明治天皇)急逝(1867.7.8日)を手掛けており、大正天皇論毒殺はこれに続く「王殺し」であった。背後に潜むのは、黒船来航以来、我が国内を大手を振って闊歩し始めた国際ユダ屋である。こういう推理に導かれるからこそ大正天皇実録が公開されずに来たのではなかろうか・・・」


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