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ザ・ベルの SS 同胞団

SS BROTHERHOODOF THE BELL
ザ・ベルの SS 同胞団

1 ss index
NASA’S NAZIS, JFK AND MAJIC-12
NASA のナチス、JFK とマジック-12


Joseph P. Farrell
ジョセフ P. ファレル著


Table of Contents
目次

Acknowledgements
謝礼文
Preface
前書き

Part One: The “Background”:
第一部:「背景」
The “Race” to the Moon
月への「競争」


Chapter 1: “In the Nick of Time”
第一章:「時間ぎりぎりに」


A. “We Can Still Lose This War”
A. 「私達は、今でも、この戦争に負ける事が出来る」
B. German Potential in Late 1944 Early 1945
B. 1944年後期から1945年初期におけるドイツの効能
1. Papers for Paperclip: Project Lusty
1.ペーパークリップ(作戦)のための資料:ラスティー作戦
2. Death Beneath the Seas: The Extraordinary Capabilities of the Type XXI U-Boat
2.海の下の死:U-ボート XXI(21)機種の凄まじい能力
3. Death in the Air: The Sound Barrier Too?
3.空中における死:音速の障壁もまた?
4. Death on the Ground: Weapons of Mass Destruction in Use by the German Army on the Eastern Front in 1941
4.地上の死:1941年の東方の前線において、ドイツ陸軍によって使用された大量破壊兵器
5. Beyond Nuclear and Thermonuclear Bombs: Indications of a New Physics
5.原爆と水爆を超えて:新たな物理学の示唆

Chapter 2: “The Peenemünde Problem”
第二章:「Peenemünde (開発研究所) の問題」


A. The U.S.A. Gets the Crème de la Crème
A. 米国がクリームの中のクリーム(一番上質なもの)を得る
B. The U.S.S.R.’s Early Space Achievements
B. ソ連の早期の宇宙的な達成
1. Booster and Lift Capabilities
1.ブースター(加速器)と浮上の脳力
2. The First ICBMs and the Characteristic Russian “Bundle” Rocket
2.最初の大陸間弾道弾とロシアの「束」のロケットの特徴
C. What’s Wrong with This Picture?
C. この構図と共に、何がおかしいのか?
D. The Real Origin of the Bundle Rocket: “Projekt Zossen”
D. 束のロケットの本当の起源:「Zossen 計画」
E. SS Obergruppenführer Hans Kammler’s “Evacuation” of Peenemünde and the Russian Arrival
E. SS の親衛隊大将、ハンツ・カムラーの Peenemünde の「避難」とロシア人の到着
1. Strange Events at an “Empty” Site
1.「空っぽ」の場所における奇妙な出来事
2. The “Urals Incident”
2.「ウラルの出来事」
F. Over-The-Horizon Radars and the Amerikaraket
F. 地平線を超えたレーダーと Amerikaraket
1. The German “Proto-Transistor” and Television Miniaturization
1.ドイツの「プロト-トランジスター」とテレビの小型化
2. The Problem of the Miniature German Klystron Tube: Roswell, the E.T. Myth and the Nazi Legend Revisited
2.小型化されたドイツのクリストロン・チューブの問題:ロズウェル、E.T.神話とナチスの神話の再検証
3. Over the Horizon Radars
3.地平線を超えたレーダー

Chapter 3: “From Russia with Love”: The Two Space Programs Hypothesis
第三章:「ロシアから愛をこめて」:2つの宇宙計画の論説


「第二次世界大戦は、空の戦争でした;第三次世界大戦は宇宙の戦争に成るでしょう。」
- 彼の自殺の直前の、1946年10月の、サー・ウィンストン・チャーチル宛ての国家元帥、ハーマン・ゲーリングの手紙¹

「宇宙の操作は、世界の操作を意味します・・・究極の兵器よりも、もっと重要なものがあります。つまり、究極の位置で – 外宇宙の何処かにある、地球に対する完全な操作の位置です・・・」
- 大統領(当時は、米国上院議会の過半数の指導者)リンドン・ベインズ・ジョンソンの、1958年1月7日の上院議会の民主党の幹部会における演説²

著名な火星の顔の専門家、リチャード C. ホーグランド、陰謀論の研究者、ジム・キース、アポロ計画の「告発者」、デーヴィッド・パーシーとマリー・ベネット、匿名のテキサスの弁護士、有名なニュー・オーリンズの州検察官、ジム・ギャリソン、「オカルト」な著者、「ジャン・ヴァン・ヘルシング」、そして更にヴァーナー・ヴォン・ブラウン自身の全てに共通なのは何でしょう?彼等の全ては、ある意味、公共(表向き)のものと、そしてもう一つはそれ自体の目的を共にした深く秘密裡のものである、2つの宇宙計画が、随分前から存在していると信じます。

そしてそのアイデアは、本、またはノン・フィクションに限られていません。古典的なジームズ・ボンドの映画、ダイアモンドは永遠にの中で、若き日のショーン・コネリー(ボンド)は、ラス・ヴェガスの彼の豪邸、そしてネヴァダ砂漠の何処かにある彼の秘密裡の企業の本社に住む、カントリー歌手のジミー・デイーンに演じられた、エキセントリックな大富豪を誘拐する、邪悪で「独立的な悪役」、アーネスト・スタヴロ・ブローフィールドによる、世界征服の計画を捜査します。もしこの全てが、何と無く親しみがあるなら、頭に留めておいて下さい。

秘密裡のナヴァダの施設に忍び込んだ後、コネリー-ボンドは、究極のミサイルを破壊する、故にアメリカの核兵器を無力にする兵器として、宇宙空間における衛星において搭載される、スーパー-レーザーのためにダイアモンドを研究している - その映画の中では、メッツ博士と言う役名の - ドイツ人の科学者と、短い会話を交わします。この世界を救う使命の間ボンドは、月面着陸の細かく脚本されたスロー-モーションを行っている宇宙服を着た「宇宙飛行士達」を含んだ、月面の風景を描写したデレビの撮影のセットを通り抜けて、その施設から脱出します。それらの映画の内容は、アポロの月面着陸が、ヤラセ(作り事)だと信じる人達が、その有名な英国のスパイの役柄の創造者で、彼自身が戦時中に諜報工作員だった、イアン・フレミングが、「内部情報」を漏らしていると主張する事に、長きに渡り繋がりました。

明らかに、イアン・フレミングが、その様な「暴露」に拘わっている唯一の人では無いのは、もう一つの有名な映画、5月の7日間が、有名なテレビ・シリーズ、トワイライト・ゾーンの著名な創造者、ロッド・サーリングが今度は、力が無く、明らかに「リベラル」な大統領に対する、右翼の軍事的なクーデターの試みの話しを伝えるためです。そのクーデターは、米国の南西部の砂漠の何処かにおける秘密裡の軍事基地の上に集中されています。サーリングの脚本がとても現実的だったので、多くの疑問を浮上させ過ぎると言う恐れのために、ケネディー大統領の暗殺の後に、その映画の公開は実際に延期されました。そしてそれが、全くの偶然では無かったかも知れないのは、ケネディー大統領が実際に、サーリングが彼の脚本を書いている時に、実際の助言を与えたためです。ケネディーは、何らかの方法において、エリア51について、サーリングに教えたのでしょうか?

そしてその構図をまとめるにおいて、もう一つの有名な映画が、「意図的な暴露としての映画」の陰謀論の内輪における見解に対して多大に貢献しました。その映画は、カプリコーン・ワンでした。その映画の中で、3人の宇宙飛行士達が、赤い惑星への人類初の有人飛行において、火星に向かう宇宙カプセルの中に搭乗させられました。ですが、最後のぎりぎりに、彼等はそのロケットから降ろされ – あなたが想像する様に - アメリカの南西部の砂漠における秘密裡の基地に連れていかれ、其処で、テレビカメラの前で、そして火星の地表の映画のセットの上で、その3人の宇宙飛行士達はその後、火星への旅と着陸の、慎重に脚本された彼等の役割を演じます。その陰謀の構図をまとめると、その3人の宇宙飛行士達は罪悪感にかられ、そのヤラセの全体を暴露する決心をし、そしてその計画の秘密性を確かにするために、彼等を殺害する命令が与えられます。そうこうする間、火星への任務と一致しないデータにおける異常に気付き、不信に思ったその計画の実行部の、地上の職員が暗殺されます。

A. The Two Space Program Hypothesis
A. 2つの宇宙計画の論説


それらの3つの有名な「カルト映画」のクラシックから浮上する何かがもしあるなら、それは「陰謀論」の本の幾つもにおいて、人がとても頻繁に出くわすテーマで、その要素は以下のものです:

(1)アポロの月への計画、または少なくともそれらの幾つかの要素は、ヤラセで、アポロ計画は、それらが起こったと私達が伝えられる方法において実際に起こらなかったとし;

(2)このアイデアに対して自然に引き出せる結論として、一つは表向き(一般大衆)に納得させるためで、そしてもう一つは、軍需産業複合体によって操作、または調整されている秘密裡なものである、2つの宇宙計画が存在すると言う概念で;

(3)この秘密裏の計画、そして表向きのヤラセを暴露しようと試みた人達が殺害される、または少なくとも、謎めいた状況の下で死亡し;そして最後に、もしサーリングのプロット(筋書)をこれに混ぜ合わせると、

(4)その背景には、クーデターの何らかの本質、または要素が存在しています。

私達はそれらの4つの要素を「2つの宇宙計画」の論説と呼びましょう。そして以下に見られるでしょうが、その主なノン-フィクション的なヴァージョンが検証された時、その論説の少なくとも幾つかのヴァージョンは実際に真実かも知れないと言う、実に異例的に成る程と思わせる主張があります。

1. The Torbitt Document Version
1.トービット文献のヴァージョン


恐らく、その2つの宇宙計画の論説の、最も有名で、矛盾的にも、殆ど(中身が)知られていないヴァージョンは、ケネディー大統領の暗殺についての、「トービット」文献と呼ばれるものでしょう。1970年代において、フォトコピーされた「samizdat」の形状において現れて以来、JFK 暗殺の研究者達にはよく知られていますが、その文献は、その暗殺において何らかの陰謀の一種が拘わっていたと信じる傾向にある人達を含めて、一般大衆には殆ど全く知られていません。

その様な反応は、しかしながら、その文献の単一的な重要性を殆ど捉えません。実際に、よく知られた「陰謀論の研究者」ケン・トマスが記述する様に、それは恐らく「JFK 暗殺の研究の重要な文献で³、」衝撃的な内容をそれが含んでいるそれ以外の理由として、その内容が、順を追って、ニュー・オーリンズの州検察官、ジム・ギャリソンの、その事件の有名な(または悪名高い)捜査からのまとめを含んでいるためです。その正に注目すべき内容は、その題材についての新書が出版された時に、数年毎に流通される JFK 暗殺のヴァージョンの殆どにおいて、トービット文献の主要な人物達が殆ど記述されない事実を考慮すると、その内容は更に爆発的です。実際に、ギャリソン自身も、彼自身の調査が発見したこの特定の要素について長く考えず、そしてオリヴァー・ストーンは、彼のギャリソンの捜査についての有名な映画、JFK の中で、この要素を完全に無視しました。そうであれ、1970年代における暗殺についての委員会は、それを十分に真剣に受け取り、その暗殺とのあらゆるナチスの関連の可能性を話し合う事、または口にする事さえも全く禁止しました。

ですが、暗殺の陰謀論の内輪の中で密かに流通された、単一のペンネームを用いて著作された「samizdat」の文献について、何がそれ程衝撃的だったのでしょう?ケン・トマスは再び、その高度に異例的な内容をまとめます:

「それは当時知られていなかった政府的なスパイの機関である Defense Industrial Security CommandDISC/防衛産業安全保障の命令系統)とFBI の第五部門を関連させ;それはザプルーダー・フィルム(ケネディー暗殺の録画)の中で目撃された悪名高い「傘の男」が、ハンガリーの元首相であると提案し;グラシー・ノールの背後の鉄道の浮浪者の一人として、フレッド・クリスマンのような人物を、その暗殺の逸話へと紹介します。」⁴

読者が、それらの人物達が誰で、何故、彼等が重要なのかを知らない場合のために、簡単な説明が必要です。言及されているハンガリーの元首相はフェレンス・ナギーで、第二次世界大戦の間に、ナチスの操り人形以上のものでは無かった男です。丁度、ケネディー大統領のリムジンが通りかかった時に、彼の傘を閉じる事によって明らかに誰かにシグナルを送り、彼がグラシー・ノールの上で何をしていたのか、誰も知りません。そしてあたかもそれだけでは十分に奇妙では無かったかの様に、言及されているクリスマンは、ワシントン州シアトルのタコマの、1947年における悪名高いマウリー島の UFO 事件における彼の拘わりのためによく知られた、フレッド・クリスマン以外の何者でもありません。⁵

この奇妙な人物達の一連が、ケネディー暗殺と一体どんな関係があるのか、説明も、可能な動機も提供されていないので、トービット文献でさえも、知っているふりをしません。ですが、彼に対して勾引状を送る前に、クリスマンの奇妙な背景を学んだ時の州検察官、ギャリソンの困惑を人は想像出来るでしょう!

どんな場合であれ、その全てへの手掛かりは「Defense Industrial Security Command (DISC)」への言及によって、恐らく得られるでしょう。この組織は何だったのでしょう?此処において、トマスの紹介よりもむしろ、トービット文献を引用するのが無難でしょう:

「ケネディー大統領の殺害は、その通常の任務が諜報工作と対諜報工作の活動である Federal Bureau of Investigation (連邦捜査局/FBI)の比較的に小さな部門である、FBI の第五部門によって計画され監督されました。

「実際に、第五部門は、Defense Intelligence Agency (防衛諜報工作機関/DIA)と共に二重に活動していて、それはペンタゴンにおける統合参謀本部のために活動していました。第五部門と DIA の2人の長期的な指導者の直接の下にあったのは、そのコントロール・グループで、それらの高度に秘密裡な警察機関 – DISC でした。DISC が常に秘密に保たれたのが何故なら、2つの公式な操作の組織に加えて、それが NASA、原子力委員会(AEC)、米国情報機関(USIA)、そして NASA、AEC、USIA、そしてペンタゴンと契約していた、武器、器具、弾薬、軍需品、そして関連した種々雑多な供給を生産している企業のために活動したためです・・・

「防衛産業安全保障のコマンド(DISC)」は、1930年代の早期において、デーヴィッド・リリエンタールの要請において、J. エドガー・フーヴァーが、テネシー峡谷の権威の警察権力を組織化した時に、その始まりを有します。その警察権力はテネシー州のノックスヴィルから、アラバマ州のハンツヴィルとフローレンスを通して、そしてケンタッキー州まで、そしてテネシーの東部の部分を通してケンタッキー南部まで戻って、テネシー峡谷の全体を覆いました。これは別々の警察権力を共にした、最初の連邦機関の一つでした。この権力は成長し、そしてリリエンタールが、原子力委員会を覆う様に前に進めたので、故にそれを陸軍の諜報工作機関に結び付けました。

「・・・スイスの企業、パーミンデックスが、(暗殺における)命令された任務を行うための人材の用意と監督のための責任がある5つのフロント(建前)組織を代表するために使用されました。

パーミンデックスとそれらの管理人達の下の5つのグループは:


1.ハンガリーの元首相、フェレンス・ナギーと、30年来のリンドン・ジョンソンの支持者で、親しい友人で、テキサス州ヒューストンからのロシア人の追放者(亡命移民)のジョン・デ・メニルによって代表された、帝政ロシア、東欧、そして中東の追放者のソリダリスト達(極右)と呼ばれた組織。

2.テキサス州ダラスの H.L. ハントによって代表された教会のアメリカン委員会の一部。

3.キューバの元大統領、カルロス・プリオ・ソカラスによって代表された、キューバ開放委員会と呼ばれた、キューバ人の追放者のグループ。

4.ネヴァダ州の元副知事で、民主党の国家委員会の会員、クリフォード・ジョーンズと、ワシントン DC のボビー・ベイカーによって代表された、ザ・シンジケート(組織)と呼ばれた、米国、カリブ諸島、そしてキューバのハヴァナの賭博師達の組織・・・このグループは、ジョー・ボナノによって代表された、マイアミのマフィア組織と共に親密に機能しました。

5.1932年から1945年まで⁶、ナチス・ドイツのロケット(ミサイル)計画の主任だった、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンによって代表された、国立航空学と宇宙管理局(NASA)の安全保障部門。このグループの本部は、アラバマ州のマッスル・ショール・レッドストーン武器庫における防衛工業安全保障コマンド(DISC)でした。⁷

それらは衝撃的過ぎる主張で、実際に、それがギャリソンの捜査のもっと異例的な要素のまとめである事実が無ければ、その文献自体を全体的に、人が否定する事を誘惑されかねない位です。

しかしながら、その文献を一方的に否定するのが過ちなのは、その陰謀の構成要素の慎重な検証が - その出来事のそのヴァージョンにおいて - 一つか二つの例外を除いてそれが、その陰謀論のより人気のあるヴァージョンの中の共通なテーマである、基準的な、マフィアを共にした、諜報工作機関、軍需産業複合体を含んだシナリオを明かすためです。

ですがこれに加えて、何人かの新たな関係者達が存在します:

1.H.L. ハントと、基本的に、原理主義者で福音伝道的な信仰復興論者の「プロテスタンティズム」、言い換えると、背後の石油大企業を仮面している宣教的な組織に関連した組織で;⁹

2.「フェレンス・ナギーに指導された」右翼(ナチス)の政治的な顔色の、東欧からの亡命移民達のグループです。

私達は一時停止して、その場面上の新たな関係者達を考慮してみましょう。

JFK に対する陰謀の殆どの本は、リー・ハーヴィー・オズワルドとマリーナ・オズワルドの、ダラスにおけるロシア人と白ロシア(ベラルーシ)人の亡命移民コミュニティーとの関連、そして順を追って、そのコミュニティーとの石油大企業との関係に触れます。そうであれ、この関連についてはあまり説明されません。それはあたかも、研究者達が、それを説明するために、どうしたらよいのか本当に知らない様です。人がその全てについて典型的に出くわすのは、オズワルド達の大家、ルース・ペインが、このコミュニティーにおいて関わっていて、彼女の夫、マイケルが、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンとの連動において、ヒトラーの V-2 (ミサイル)計画の軍事的な指導者だったウォルター・ドーンバーガー将軍が雇われていた、同じベル航空会社である、ベル航空のために働いていた事です。ですが殆どの暗殺の研究者達は此処で留まり、もし人がそれらを慎重に調べれば、その問題の事実が、この東欧の亡命移民のコミュニティーの社会、組織、そしてグループが、第二次世界大戦を通して、ロシアとの国境上と、その背後で活動したドイツの軍事的な諜報工作機関の膨大なネットワーク(人脈)の - 言うなれば、生き残りだった - 北アメリカにおける関係性以外のなにものでも無かった、ナチスとの関連性がウサギの様に繁殖して増える事に実際に気付きません。

この軍事的な諜報工作のグループは Fremde Heere Ost (東方の国外の軍隊)と呼ばれ、ラインハルト・ゲーレン将軍によって指導されました。私達はこの諜報工作のネットワークと、その指導的な将軍について、後にもっと触れる機会があるでしょう。現時点において、しかしながら、そのトービット文献は、この亡命移民のコミュニティーの「代表者」としてフェレンス・ナギーを名指しする事によって、恐らく象徴的に語り、その暗殺における正に隠されたナチスの存在に対して指を指しているのかも知れないと着目されるべきです。私達は、此処で、その文献が記述する、その暗殺における最後の新たな関係者を検証する位置にいます:

3.ヴォン・ブラウンによって代表された NASA の安全保障が、アラバマ州のレッドストーン兵器庫において、防衛産業安全保障コマンド(D.I.S.C.!)の中で働いていました。

言葉を変えると、その暗殺における3番目の新たな関係要素は宇宙計画で、そしてそのトービット文献は、比較的に一般大衆からは隠されていただけでなく、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンの直接の操作の下にあった宇宙計画の要素を更に示唆し、更にもう一つのナチスの関連性です。

ですが、FBI と DIA のための、この不法行為の全てを調整していると主張される存在である、スイスの「パーミンデックス・コーポレーション」についてはどうなのでしょう?誰がそれに拘わっていたのでしょう?その役員会の一見が、何故それがギャリソン州検察官の注意を引いたのかを示唆するのは、勿論、それらの役員会の中にいたのが、その大統領の殺害のために、ギャリソンが実際に起訴したクレイ・ショウだったためです。ですがその他に含まれていたのは、ヒトラーのライヒ(帝国)銀行の総裁で、金融大臣であり、ヒトラーのお気に入りの SS の特殊部隊員、オットー・スコルツェニーの義理の父でもあった、ヒャルマー・シャクトの一家に婚姻した、イタリア人のファシストでした。¹⁰ですが、それらの人達だけが特殊な人物達ではありませんでした。其処にはエジプトのファルーク王の叔父¹¹、ムッソリーニ政府の下の農業大臣、そしてフェレンス・ナギー以外の、更にもう一人のハンガリー人の元ナチス、H. サイモンフェイがいました。¹²

あたかもそれだけでは十分では無いかの様に、トービット文献は、未だに起こってさえいなかった陰謀とスキャンダルの実際の誰と誰の様に読めるリストである、とても一貫的な、パーミンデックスの主要で金融的な後ろ楯のリストを供給します:

「パーミンデックスの主要な金融的貢献者は、幾つもの米国の石油企業で、ダラスの H.L. ハント、ダラスのクリント・マーチンソン、ヒューストンのソリダリスト(極右)の指揮、ジョン・デ・メニル、シド・リチャードソンの財産、ハリバートン石油社の執行者としてのジョン・コネリー(テキサス州知事)、オクラホマのロバート・カー上院議員、ダラスのトロイ・ポスト、ニュー・オーリンズのロイド・コブ、ニュー・オーリンズの Oechner 博士、ヒューストンのブラウン&ルート社のジョージとハーマン・ブラウン、ニュー・ヨーク市のライオネル社の役員会の議長、ロイ M. コーン弁護士、ニュー・ヨーク市のシェムリー工業社、元ナチスの将軍で、彼のベル航空社のウォルター・ドーンバーガー、パン-アメリカ世界航空社とその子会社、インターコンチネンタル・ホテル企業、彼の会社、ニュー・オーリーンズのクレアボーン石油社を通した、ダラスのポール・レイゴロッツキー、カナダのクレジット・スイス、カナダのハイネッケン酒造と・・・

そして極め付きは

その他の武器メーカーと、防衛産業安全保障コマンドDISC)に指揮された、NASA の下請け会社でした。¹³

この奇妙なリストを読むにおいて、人は、その後に起こるスキャンダルを考えずにはいられず、銀市場を独占し、テキサス州のための銀に後ろ楯された通貨を創造するためのハント達と彼等の試み(H.L. ハント)、カレン・シルクウッドの死と彼女のカー-マクギーの暴露において関わった陰謀の様々な主張(オクラホマ州のロバート・カー上院議員)、イラクとの戦争のための本当の動機は石油であるとされる現在の非難です(ハリバートン社)。

そしてそれが全てではありません。ジョセフ・マッカーシー上院議員の亡霊さえ、彼の法的な委員会のロイ・コーンの形状において、パーミンデックスのリストの上に漂っています。あたかもそれだけでは十分では無いかの様に、それを通してパーミンデックスが頻繁に資金を働かせた、または移動させたと主張された銀行の一つは、イタリアのデル・ラヴォロ国立銀行で、悪名高いクレジットと商業の国際的な銀行(CIA のフロント)、またはBCCI スキャンダルを含んでいた多くのその他のスキャンダルにリンクされた銀行でした。そしてこのリストの最後には、あたかもその重要性に焦点を当てるかの如く、NASA とその契約会社が「ヴァーナー・ヴォン・ブラウンによって代表された、「防衛産業安全保障コマンド(DISC)によって監督された」とトービット文献は記述します。

ですが、何を行うために監督されたのでしょうか?何故、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンがその様な状況に拘わっていたかも知れないのでしょう?

その答えは、恐らく、パーミンデックス・コーポレーションの目的の、トービット文献の明言の中にあります:

1.西洋世界と後援者達の石油利権に対して危険なヨーロッパ、中東、そして世界の指導者達の暗殺を資金援助し、指令する事。

2.ラス・ヴェガス、マイアミ、ハヴァナ、そして国際的な賭博のシンジケート(組織)のために、スイスの銀行を通した、送金、預金、そして再経路(洗濯)における運び屋達、エージェント(手先/工作員)達、そしてマネージメント(監督)を用意する事。

3.ソリダリスト(極右/テロリスト)達と FBI の第五部門(対諜報工作)の諜報工作の活動を、彼等の目的と共に同情的なグループと共に調整し、資金援助者達から実行グループへの資金と武器の受取り経路する事。

4.カリブ諸島、イタリア、そしてその他の観光地域において、賭博のカジノを建設し、買収し、そしてホテルを運営する事。¹⁴

パーミンデックスは、言い換えると、後のアメリカの大統領達によって言及された「殺人株式会社」でした。

ですがこの全ては、何を意味するのでしょう?それらの「目的」は、パーミンデックスとその「後ろ楯」の実際の本質について何を示唆するでしょう?まず最初に、「その後ろ楯の石油の関心」に対するあらゆる危険を、暗殺によって排除する目的に着目して下さい。言い換えると、再び大石油(利権)です。また、注目してもらいたいのは、冷温核融合、または「ゼロ・ポイント・エネルギー」の機器によって体現されたそれらの様な、あらゆるオルタナティヴな科学技術も、正にその様な危険を体現する事です。ですから人は、「石油の関心の保護」をその可能な限り最も広い意味において取り、それらの関心の海外の投資を脅かす外国の政府、または政党を排除するだけでなく、エネルギーのために、石油に頼らない科学技術の開発を行おうとしているあらゆる人達もまた排除すると、妥当に推測出来るかも知れません。

2番目と3番目の点は、しかしながら、より深い何かを示し - 米国の連邦政府の確立された公式な機関の中で、または唯一連動において活動しているグループである - 隠された諜報工作の関連だけでなく、その様なグループの独立的な資金提供のための方法と、そうするためのマネーの洗濯の方法で:莫大な量のマネーを素早く洗濯するために理想的な媒体であるカジノです。これは、マフィアの関連性と拘わりを説明し:それは、その陰謀の「低い」レベルにおいてで、そのレベルは、それらの計画を資金援助するための汚れたマネーの簡単な利用と流動を確かにするために唯一必用でした。

この全ては、パーミンデックスの後ろ楯の最後の構成要素、「防衛産業安全保障コマンド(D.I.S.C.)によって監督された、NASA の契約会社」を見解するために、それをとても奇妙なコンテキストの中に入れます。ヴォン・ブラウンの監督の下の NASA の DISC が、これと共に一体どんな関連性の可能性を持つと言うのでしょう?一つの答えは、恐らく、パーミンデックスが、石油産業だけでなく、それ以外を守るために暗殺を行ったとほのめかされた示唆の中にあるでしょう。

そのトービット文献はその後、「スイスにおけるパーミンデックスは基本的に、西ドイツにおけるアドルフ・ヒトラーの諜報工作部隊の残りを使用し、そしてまたドイツのミュンヘンに本部を構えたソリダリスト(極右)達の諜報工作部隊を使用した、NATO の諜報工作のフロントである」と明言した時に、一体誰が実際にその「コーポレーション」の中で糸を操っているのかの指標を供給しました。¹⁵

ミュンヘンは、勿論、彼のゲーレン機関のための、ラインハルト・ゲーレン将軍の個人的な本部でもあり¹⁶、表面上は中央諜報工作機関(CIA)と西ドイツの Bundesnachrichtendienst (BND) のために、そのスパイのネットワークと「ソリダリスト達」を、鉄のカーテンの背後とその他の場所で運営し続けました。ゲーレン機関とその多くのコネクション(人脈)は、ド・ゴールの Sureté (フランスの諜報工作) の素早く、そして効率的に捜査し排除した試みである、フランスの大統領、チャールズ・ド・ゴールに対する暗殺の試みの、その将軍の策略においてでさえも関連させられました。¹⁷

ですが何故、再び、ヴォン・ブラウンがその様な陰謀に拘わっていたのでしょう?トービット文献は究極的に、この問いに対する答えを殆ど供給しませんが、そのナチスの関連性が切り取られると、その暗殺についての幾つもの陰謀論の見解における基準的なテーマに成り、その答えをヒントしますが、その最も著名なのはギャリソンの捜査についてのオリヴァー・ストーンの、彼の有名な映画、JFK です。トービット文献は戦争から造られる莫大な利益の可能性を浮上させ、つまり、ヴェトナムにおける戦争です:

「ナチスの科学者達は、武器弾薬と宇宙/航空産工業においてもまた、管理職レベルにありました。ナチスの将軍、ウォルター・ドーンバーガーは、ベル宇宙/航空企業の幹部の役員に成るために、1950年代にその宇宙機関(NASA)を離れ、彼は、武器/兵器と宇宙/航空産業の素材を生産している企業において管理職レベルに就いた、30名以上のナチスの科学者達によって続かれました。これはそれでも、NASA の管理職レベルにおいて60名以上(のナチス)を残しました。」¹⁸

勿論、1950年代において、ヴェトナムにおける戦争は、そのフランス(の植民地)的な段階を終え、アメリカ的なものに突入する処でしたが、どんな場合であれ、その動機は鮮明に示唆され:戦争において造られるための大きな利益があると言う事です。

更に加えて、鍵のアメリカの防衛産業におけるペーパークリップ作戦のナチスの位置取りは、何か全く異なった事が起こっている示唆かも知れず:多くの管理職の地位において、相互関連している人材の方法による影響力の規模です。これは、陰謀についての多くのその他の著者達によって着目された方法を思い出す事によって簡単に理解されるかも知れず、つまり、それによって権力が、ロックフェラー、モーガン、ウォーバーグデル・バンコ)、またはロスチャイルドなどの、その様な極少数の金融的な一族達に集中され、彼等の機関からローンや補助金を受け取るための条件の一部として、ローンを受ける側の役員会に、それらの機関自体の代理人の席を許す事を強調する方法です。これは通常、そのローンを受け取る会社における株式を、そのローンの担保にする事によって行われました。

此処において類似したパターンが少なくとも示唆され:それらのナチスの科学者達は、彼等の専門知識と引き換えに、アメリカの軍需産業複合体を通して幹部の管理職に就く事によって、権力と影響力の彼等自身の、独立的なネットワークを拡大しようとしていたのかも知れません。私達は後に、これに協力証言する証拠を提示するでしょう。どんな場合であれ、ゲーレン将軍の彼のスパイ・ネットワークの効果的な保存と、戦後のアメリカの諜報工作機関へのその植え付けと侵入の背景に対して見解されると、そのトービット文献から此処で台頭する構図は、その可能性において、背筋がゾッとするものです。

トービット文献において言及されたナチスの関連性のそれぞれは、アメリカの宇宙計画における影響的なナチスの存在を唯一示唆するだけでは無く、更に加えて、宇宙計画のための契約を与える事におけるナチスの影響力、宇宙計画の安全保障の操作(管理)におけるナチスの影響力、アメリカと西欧の諜報工作機関におけるナチスの影響力、防衛と宇宙/航空産工業におけるナチスの影響力、そして「殺人株式会社」であるパーミンデックスの背後において潜んでいる、ナチスの影響力を強くヒントします。実際に、ヴォン・ブラウン自身が、その様な影響力を可能にする「ネットワーク化」の、微笑みながら温かく歓迎している、最も上手い典型的な例の一種かも知れないのは、米国に到着した少々後に、彼が、J. エドガー・フーヴァー(FBI 長官)と、当時のリンドン・ジョンソン上院議員と友人に成る事を確かにしたためです。¹⁹ そして米国へのヴォン・ブラウンとドーンバーガーの送還を促進する手助けをした個人は誰だったでしょう?ケネディー大統領の殺害の陰謀のために、ギャリソンが究極的に起訴した男、クレイ・ショウ以外の何者でもありませんでした。²⁰ ナチスのペーパークリップ作戦の科学者達の移動をまた手助けしたのは、ゲーレン将軍以外の何者によってでもありませんでした。²¹

そのペンネーム的なウィリアム・トービットについて、私達が知っている全ては、彼が1960年代と1970年代における南テキサスの政治における顕著な弁護士だった事です。²² これは、トービット文献の啓示の全てを更に衝撃的にします。その多くの主張を一方的に否定する傾向にある人も幾らかはいる間、その場面の背後で静かに行われたナチスの影響力、そしてその他の関心 - 石油大企業、科学技術の隠蔽、マフィア、賭博とマネーの洗濯、宇宙/航空産業と防衛を共にした - 連動において働き – そしてそれにおいて効率的に働いている影響力の構図を浮上させます。

更に加えて、トービット文献が示唆するのは、唯一少しだけで、唯一とても慎重な読解の上においてですが、アメリカの宇宙計画に何らかの隠された要素があり、謎めいた防衛産業安全保障コマンド(DISC)とその代表、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンによって体現された、隠された要素です。それが示唆するのはこれが、大統領の殺害においてそれらの関心が連合した、様々なグループによって体現された多くの動機の一つだったと言う事です。ですがそれを超えて、それはそれ以上行きません。そしてこれは、とても不穏な問いを、宙に浮かせたまま残します。

もしその宇宙計画に、何らかの隠された要素があったなら、そしてもしその主要な人物達に、その大統領の殺害において参加する何らかの動機があったなら、それは何だったのでしょう?宇宙計画のこの隠された要素は、何を得たのでしょう?または、言い方を変えると、何についてケネディー大統領はそれを脅かし;それは何を保護しなければならなかったのでしょう?もしくは、それはその両方のコンビネーションだったのでしょうか?それらの問いに答えるために必要なのは、2つの宇宙計画の論説のその他のヴァージョンの幾つかを検証する事ですが、私達がこれから見る様に、馬鹿らしいと思えるものさえも含めてです。

2. The Hidden Planetary Geology, Climate, and Archaeology Versions:
2.隠された惑星的な地学、気候、そして考古学ヴァージョン
a. The Absurdist Versions
a. 馬鹿馬鹿しい主張者のヴァージョン


人は、2つの宇宙計画の「馬鹿らしい様な主張者」のヴァージョンを、とても簡単にまとめられるでしょう:

月には、大気と水、そして植物さえもあります。

金星は、その雲の覆いの下で、私達が教えられた様に、二酸化炭素の圧力調理器とグリーンハウス(ガス)の不毛な砂漠では無く、植物が豊かで温暖な惑星で、実際の楽園です。そして、もし人がアダムスキーを信じるなら - そしてこの筆者は全く信じませんが - それは地球上に制限された人類に対して希望のメッセージをもたらした、友好的な、金髪で青い眼の、平和的で素晴らしい民族であり、人間の宇宙における兄弟達の故郷です。

そして火星には、本当に運河があり、そしてありがたい事に、地球に対する侵略を、今の処、企ててはいません。

とても単純に:馬鹿らしい様な主張者のヴァージョンによると、宇宙計画を有している世界の各政府は、上述のいずれかを見せるあらゆる証拠を消去するために、慎重に写真を改竄し、私達の太陽系の惑星について、真実を隠しています!

b. A Scientifically and Politically Plausible Version: The Hoagland Version
b. 科学的、そして政治的に可能なヴァージョン:ホーグランドのヴァージョン

The Hoagland Model
ホーグランドのモデル

更にもっと真剣で、そしてもっと可能性があるものは、人工的な起源であると強く示唆すると彼が信じる、火星のシドニア地域における、異例的な火星の地表の特徴の、現在進行形の調査との彼の関連のために、最もよく知られた、リチャード C. ホーグランドによって、長年に渡り様々な方法において主張されました。

結局の処、それらが長年に及ぶ研究を通して進化し続け、それら自体の学術的な研究を必要とするので - 此処においてホーグランドの見解を延長して表す事は可能では無い間 - 人が、彼のヴァージョンの幾つかの要素をまとめているとして指摘出来るかも知れない、特定の安定的な特徴があります:

1.ブルッキングスの報告:その設立の直後に、NASA は、太陽系のその調査における地球外知的生命体の文明との人間の接触、またはオルタナティヴに、その様な文明の何らかの遺物の人間による発見の、衝撃の可能性の調査を(ブルッキングスに)依頼しました。ホーグランドが何度も指摘した様に、ブルッキングスの報告は、その様な発見、または出来事には、痛烈で文化的な示唆と影響があるかも知れないと示唆しました。故に、ブルッキングスの勧告に基づいて、政府はその様な発見を隠蔽する政策を応用したかも知れないとホーグランドは主張します。

2.このコンテキストにおいて、隠蔽の一つの方法は、その様な接触、または文明の遺物の存在を示唆する、写真やその他の科学的なデータの改竄です。もう一つの方法は、火星上の顔を「光と影のトリック」でしか無いと言う、NASA のヴァイキング(探査機)後の否定の様に、事後の証拠を真っ向から否定する事です。それらとその他の戦法は、その後も、現在まで、宇宙探査機によって異例的な発見が送信された際に何時でも、NASA によって使用されています。

3.ホーグランドの見解の3つ目の要素は「隠された宇宙計画」が存在すると言う事で、または詳しく言うと、計画に帰属させられたスケジュールの決定、命名、そしてシンボリズム(象徴化)に対して秘儀的、またはオカルト(隠された)方向性において影響力を行使している NASA の内部のグループの存在です。この主張の補足の中で、ホーグランドは、マーキュリー(水星/水銀/ヘルメス)、ジェミニ(双子座)、そしてアポロ(太陽神)計画の期間の、特に NASA の初期の日々における、宇宙飛行士の団体におけるメイソン達の圧倒性に着目しました。加えて、ホーグランドは、その計画の多くが、あたかも宇宙計画が、その宇宙計画自体を通して、惑星的な規模の上で行われている儀式的なマジックの膨大なシステムにおける意図的な行いとして、重要で天界(占星学)的な相関関係と並ぶためにデザインされたと主張します。

4.ホーグランドのモデルにおける最後で、最も重要な構成要素は、火星上のシドニアの地表の特徴が、失われた「超越次元的な物理学」を暗号化していて、太陽系における全ての惑星上の、北緯、または南緯19.5度の「テトラヒードロン(四面体)的な緯度」におけるエネルギーの惑星的な湧昇において証拠されると、ホーグランドは見解します。

その様な主張がファンタスティックに聞こえるかも知れない間、それらがホーグランド程の才覚の人によって成される事実は重大で、そして、私達が以下に目撃する様に、2つの宇宙計画の論説の様々なヴァージョンの表面を人が掘り下げ、そして更なる詳細を人が発見すると、ホーグランドのヴァージョンは、比較すると、至って普通に見える様に色あせます。

3. The “Alternative Three” Version
3.「オルタナティヴ・スリー」のヴァージョン


2つの宇宙計画の論説の多くのヴァージョンの中で、オルタナティヴ・スリーのヴァージョン以上に、より奇怪で、より有名なものはありません。

オルタナティヴ・スリーは、英国の科学番組、科学レポートのために制作された「ドキュメンタリー」で、1970年代においてアングリア・テレビによって放映されました。元々、1977年4月1日に放映される予定だった番組は、その制作のクレジットが4月1日と日付けされていましたけれど、その放映は6月まで延期されました。その「ドキュメンタリー」は1時間の長さで、そして興味深い内容です。²³ その「ドキュメンタリー」は明瞭に、特にカナダと米国、そしてそれよりは小規模ですがオーストラリアやニュー・ジーランドと言った、国外の、より給料が良く、将来が有望な職のために、英国の一流の科学者達と技術開発者達がその国を離れて行っていたので、1970年代の間の英国に影響していた「ブレイン・ドレイン(有能者の流出)」と呼ばれたものを調査する事によって始めました。急速に展開し、そのドキュメンタリーは、彼等に接触しようとした彼等の「家族」の試みにも拘らず、単純に、二度と音沙汰の無かった3名の科学者達の事件を「掘り起こし」ました。最終的に、彼(ジャーナリスト)に対して彼(科学者)がコンピューターのメモリーのテープを送った、彼(科学者)の友人のジャーナリストに、人里離れた電話ボックスから、電話をかけたとされた後に、謎めいた自動車事故において、一人の科学者が死亡しました。

アングリア・テレビの根気強い調査的なジャーナリストによって、それが最終的に「解読」された時、そのテープの上にあったのは、1962年におけるロシア-アメリカ合同の(無人)火星着陸とされたもののビデオの記録で、ロシアとアメリカの(地球の)地上管理の人員達の熱狂的な歓声を背後に、(火星の)地表に穴を掘る、地下生命体のビデオの記録を共にしたものでした!

失踪している科学者達と技術開発者達、謎めいた科学者の死、そして(無人)火星着陸と主張されたテープと共に、そのジャーナリストは、アメリカ人達とロシア人達によって行われた、隠された、秘密裡の宇宙計画を学び、その構成要素は、月と火星への徐々で、そしてとても秘密裡な入植地化において、一流で、最も聡明な科学者達に参加する様に説得する事でした。この入植地化の目的ですか?その惑星(地球)は人類によって破壊されていて、そしてその人口の過密は、後戻り出来無い地点を通り過ぎ、そして地球上の生命は滅びる事が運命づけられたと、世界のエリートが結論したためでした。その状況から救うために、3つのオルタナティヴ(選択肢)が話し合われました。一つ目は、汚染を(宇宙へ)流れ出させるための「穴」を創造するために、大気中において核弾頭を爆発させる事でした。二番目は、地上が生存不可能に成った時に、人類が生き残る事の出来る、大規模な地下施設を造る事でした。そして三番目の、オルタナティヴ3は、月と火星上に、新たな惑星的な故郷を求める事でした。

その秘密裡の宇宙計画は故に、ノアの箱舟の現代版で、そしてオルタナティヴ・スリーの成功を確かなものにするために、最も極悪な犯罪が行われていました。其処が、多かれ少なかれ、その「ドキュメンタリー」が終わる処です。

Alternative 3 1977
オルタナティヴ・スリー、1977年



ですがその逸話は、終わりませんでした。実際に、そのテレビ局は、そのワイルドなシナリオ全体における彼等の信仰を告白し、そして幾つかの場合においては、その計画の「隠れたご主人様達」と出会ったと言う、彼等自身の逸話を加えた、何千人もの人達からの連絡と共に洪水にさせられました。

問題だったのは、その番組の全体が全くのヤラセで、大々的なエープリル・フールのジョークで、プロデューサーと脚本の著者達であるデーヴィッド・アンブローズとクリストファー・マイルズによってその様に意図されたもので²⁴、そのとてもはっきりとした日付と、プロの俳優達を含んだ出演者達の長いリストを共にした、エンディングのクレジットを慎重に検証すれば明らかな事実でした。²⁵ しかしながら、その逸話は死なず、そして直ぐに、下手に書かれた本によって続かれ、それについては少々後に触れます。

その「ドキュメンタリー」の真実について尋ねていた一人のカナダ人に対して、共同著者でプロデューサーのクリストファー・マイルズはこう明言しました:

「その番組と、その後の本のためのアイデアは、私が少々、テレビのドキュ-ドラマに飽きていて、そして一般大衆をことわざ的な庭園への道に導く(騙す/扇動する)のがどれだけ簡単かを証明したかったので、ロンドンにおいて一緒に昼食を食べていた際に、デーヴィッドと私が編み出したものでした!あなたが彼等(騙された人達)の内の一人だった事に、私は申し訳なく思いますが、もしあなたがその番組を観た、またはその本を読んだなら、あなたが最後まで観た/読んだなら、それが作り話であるヒントに気付いたでしょう。

「勿論それには、その中に事実が散りばめられていますが、その番組は基本的に完全なヤラセで、そしてもしあなたが、あなた自身でもっと考えれば、あなたはそれが作り話だったと気付いたでしょう。」

あるインタヴューの中で、しかしながら、マイルズは多少謎めいた方法においてこうコメントしました:「私達は、その番組の中の事実の全ては真実で、そして嘘の全てが真実では無いと言いましょう。」²⁶

そのドキュメンタリーの一貫的では無い演技は、その本の中の、その秘密裡の宇宙計画と、その極悪な活動の「協力証言」として全て利用された、乱暴に無関連な「データ」の矛盾した泥沼において、鏡写しされていました:

「1960年代の中期に米国において始まったキャトル・ミューティレーションを思い出させる出来事として、イングランドのダートモーアーにおける、15頭の野生のポニーの死が述べられました。事実的な CIA の MK ウルトラのマインド・コントロール(洗脳)の残虐行為もまた触れられましたが、特に詳細では無く、オルタナティヴ3に対する信用可能なリンクはありませんでした。その話の途中で、宇宙におけるロシア-アメリカの協力の例が描写され、そして何人もの記憶喪失の被害者達の悲劇の説明を私達は与えられましたが、これ等のいずれも、オルタナティヴ・スリーのテーゼの中核には殆ど関係ありませんでした。」²⁷

その全て - 一冊の本と一つの「ドキュメンタリー」の - 終わりにおいて、人はオルタナティヴ3をどう捉えれば良いのでしょう?ジム・キースは、その逸話全体を以下の方法でまとめます:

「まとめるにおいて、オルタナティヴ・スリーは、全く実証化に欠けるテレビの脚本と一冊の本で、そしてその本は特に、『2つの頭を持つ宇宙人が、エルヴィスの子供を産んだ』で有名な、週刊ワールド・ニュースと同じなスタイルにおいて書かれました。フリート通り(新聞/出版社が集結する通り)の周りにおける、1940年代の驚き仰天の逸話の熱狂の方法に沿って、オルタナティヴ・スリーを推進させるものは、「秘密の書類」、存在しない人物とのインタヴュー、そしてそれ以上に、「私達は事実においてのみ関心がある」とその著者達が繰り返し主張する間、ブラッド・ステイガーの最新の UFO の傑作の様に、数多くの疑問視される結論に溢れた、テレビ番組と本です・・・

「火星への飛行、『任務の一束』等々に対する言及の全ては、下手に書かれ、そして信じがたい「秘密裡の写本」に見つけられる、またはその著者達によって、火星の薄い空気から創造されました。」²⁸

ですが、キース自身が記述する様に、その「ドキュメンタリー」を視聴し、そして/またはその本を読むと、ヤラセとしてのそれらの鮮明で、明らかな本質は別にして、人は不穏な感覚を感じ、そしてその不穏な感覚は、オルタナティヴ・スリーとその様々なテーマが、とても真実に近く、その「ドキュメンタリー」の中の奇妙な出来事の様な何かが実際に起こっているのではないかと言う感覚です。

実際に、ペンギン出版のために、その「ドキュメンタリー」のプロデューサー達と共にその本のヴァージョンを共同出筆したレズリー・ワトキンスは、ペンギンの編集者に連絡した研究者に、その本は「事実に基づいていますが、フィクションへと高く跳躍するための出発地点としてその事実を使用しました」と書きました。そして少々後の彼の手紙の中でワトキンスは、その本のヴァージョンが出版され、流通に入った後に彼に起こった、異例的な出来事を思い返しました:「オルタナティヴ・スリーが元々出版されて幾らかの時間過ぎた時、私は、私の自宅の電話が盗聴されているのではないかと疑う理由があり、そしてその様な問題に経験豊富な私の知人は、特定の諜報工作機関が、私が多くを知り過ぎていると考えていたと、納得しました。ですから、まとめると、その本は事実に基づいたフィクションでした。ですが私は現在、私が意図せずに、秘密の真実に対してとても近づき過ぎたと感じています。」²⁹ ですが、対応において電気的な盗聴をもたらす程の「秘密の真実」に、もしワトキンス、マイルズ、そしてアンブローズが近すぎ過ぎたのなら、オルタナティヴ3の世界の奇抜な作り話の中に、一体何があったのでしょう?

オルタナティヴ・スリーの世界は十分に鮮明で:協力関係において、ロシア人達とアメリカ人達の両方が拘わっている秘密裡の宇宙計画があり、それらの政府を超越して、それらをそれ自体の目的に利用する、何らかの存在によって操作されていて、それは月と火星の秘密裡の入植地化でした。この目的のために、それは科学者達と肉体労働のための「一般人達」を説得し、または誘拐します。「説得」される事の出来ない人達、またはその計画を暴露すると脅かす人達は殺害されます。ですから人は、以下の要素を有します:

1.大量の数における、幾人もの行方不明の科学者達;

2.殺害された科学者達;

3.何人もの行方不明の「一般の」人達;

4.ロシアとアメリカにおける表向きの計画の中、または平行的に存在している、秘密裡の宇宙計画;

5.月と/または火星上の入植地;そして最後に、

6.上述の全てを統制している何らかの組織です。

その件のそれらの要素を調査した、陰謀論の研究者、ジム・キースは、少々刺激的な結論に到達しますが、とても刺激的過ぎて、実際に、彼の著書、マインド・コントロールと UFOs: オルタナティヴ3の事件簿は、彼がそれを探求するために割く時間の量の実質によって単純に示唆されますが、直接それに明言する事を、彼は殆ど行いません。

私達は上述の2番目の点:科学者達の死から始めましょう。キースは、多くのその他の著者達と同様に、ロナルド・レーガン大統領の戦略防衛構想(SDI)と関わった、またはそうで無くば何かを貢献したかも知れない、ヨーロッパの科学者達、物理学者達、そして技術開発者達の多くが、自殺、または「謎めいた状況による死」の異常に高い確率を有しているとても奇妙な事実に着目しました。そして奇妙にも、それ等の科学者達の殆どは西欧の出身でした。比較的に少ないアメリカ人達、カナダ人達、そしてオーストラリア人達が、異例的な死に巻き込まれました。

キースがリストするそれらの中にいたのは:スーパーコンピューターの専門家、キース・ボウデン;マルコーニ防衛システムの設計者で(ショットガンの銃撃で、彼自身を殺したとされる)ロジャー・ヒル;マルコーニの親会社、GEC のデジタル通信の専門家、ジョナサン・ウォルシュ;ドイツのシーメンズ社の研究の主任、カール-ハインツ・ベッカーツと彼の運転手;そしてキースはこう記述します:「国際ナチスのオットー・スコルツェニーの活動に結び付いたとされる SDI (戦略防衛構想)の契約者」で、コンピューター・ガイダンス・システムの専門家、 Vimal Dajibhai ;西ドイツの防衛大臣、ハンツ-ディートリック Genscher への高級助言者、ゲロルド・ヴォン Braunmuhl;もう一人のマルコーニの社員、アシャッド・シャリフ;スウェーデン人の教授、スヴァンテ・オーデン;イタリアの電気機器の役員、ランドー・コンティ;SDI の科学技術の専門家、Aytar Singh-Gida;英国の防衛省の契約労働者、リチャード Pugh;コンピューターの専門家、ジョン・ブリテン;スウェーデンの兵器の監査人、カル・フレデリック Algernon ・・・等々と、キースのリストは続きます。³⁰

ケネディー大統領暗殺に続いた鍵の目撃証言者達と関係者達の「謎めいた死」の様に、全くに偶然にしては、その出来事全体のためにしては、少々多過ぎる科学者達と技術開発者達が、とても多くの疑わしい方法において死亡していました。キースは以下の様に観測しました:

「1986年7月において、ドイツの連邦検察官、カート・レブマンは、その攻撃が、西洋と SDI 計画に対する「統制された攻撃」の一部であると彼が信じた事をニュー・ヨーク・タイムズ紙に伝えました。

「ですから、誰がスターウォーズ(SDI 計画)の科学者達を殺害したのでしょう?少なくとも2つの事件、ベッカーツとヴォン Braunmuhl の場合、マルクス主義者の赤軍の派閥(RAF)が責任を宣言しました。イタリアにおいて、Griogieri の殺害現場からメモが見つけられ、彼が「スターウォーズ計画に対するイタリアの癒着に続いて行われた彼の責任のために排他的に討たれた」と明言しました。そしてその殺害は、イタリアのレッド・ブリゲードに帰属させられました。勿論、メモが偽造されるのは簡単で、もし2つのグループが殺害の全てを行ったのなら、2つの事件においてのみ責任を主張する事実は奇妙です。」³¹

一つの説明は、明らかなもので、つまり、「ロナルド・レーガンによって押し売りされたものは防衛的な計画をもたらす事から遥かに遠く、SDI が凄まじい攻撃能力を持っていた事が、クレムリンにとって明らかだった事でした。」³² これは、私達が第二部の中で見る様に、真実です。³³ ですがどんな場合であれ、キースの結論は理論的で:その奇妙な死の、最も明らかな容疑者達は、SDI を使用する事から西洋を思いとどまらせる事を望んだ、ソヴィエト達でした。

ですがキースによると同様にもう一つの可能性があり:「もし実際にこの惑星上に、秘密裡の空飛ぶ円盤の科学技術があり、何処かの知られざる地域からのその突然の攻撃の能力が隠されているなら、すると SDI は、その様な乗り物に照準を定め撃墜する能力のある科学技術として見解されるかも知れないと、私はまた思いつきました。」³⁴ つまり、もしその様な先進的な乗り物を完璧化している「独立的なグループ」があるなら、するとそのグループもまた、SDI を危険視し、それを脱線させる事を求める、または、真逆に、その敵に対してはそれらの科学技術を妨害する間、それを会得し利用する事を求めるかも知れません。

キースの本の大部分が情報を与えるのは、この可能性です。アメリカとナチスの事業の関係の戦前のネットワーク(人脈)に対してこの可能性を辿り、彼は直ぐに可能性の一つの位置に辿り着き:「OSS (後の CIA)に対するドイツの東方の国外の陸軍(Fremde Heere Ost)の軍事諜報工作部門の「投降」で、ラインハルト・ゲーレン将軍と、後の CIA 長官で、ウォーレン委員会の構成員だった、チューリッヒにおける OSS の部署の主任、アレン・ダレスの間で話し合われた手打ちでした。ですがその「投降」は、多くが指摘した様に、唯一、表向きのものでした。キースのまとめは相応しく:

「いずれ明らかに成る事が望まれる理由のために、歴史における独断的な瞬間として現れるものにおいて:その殆どが、随分前に死んだ男達と共に、私はオルタナティヴ・スリーのための調査を開始しました。私達がそれらの男達の活動と人脈を辿る際に、その陰謀的な蜘蛛の巣は外向きに広がり、そして恐らく間違いなく、そして不吉なパターンに成るかも知れません。

「その研究は、ナチスのスパイマスターで、後のマルタ騎士団員であるラインハルト・ゲーレン将軍が、アレン・ダレスとアメリカの OSS (Office of Strategic Service)と話し合いを開始した時である、第三帝国の崩壊の直後を取り上げました。彼自身の生き残りと、彼の巨大なスパイ・ネットワークの生き残りを供給する切り札として、ナチスの諜報工作のネットワークを利用し、ゲーレンは、ダレスとの別々の和平を結び、アメリカの諜報工作機関に、ナチスのスパイ組織が綺麗に移植される事に結果しました。これは、CIA の誕生で、今日まで続く裏切りの連鎖です。」³⁵

実際に、多くのその他が指摘した様に、CIA の設立において、その機関の「ソヴィエト部門」は全ての意図と目的において、殆ど全体的に、そして排他的に、このナチスのスパイのネットワークの構成でした。³⁶ この手打ちを思い返すゲーレン自身の言葉は、臨床的にゾッとするものです:

「私はその同意の条件をよく覚えています・・・

「1.丁度、以前から私達が行っていた様に、東欧において情報を収集し続けるために存在している効能を利用して、秘密裡のドイツの諜報工作の組織が設立されました。このための土台は、共産主義に対する防衛の、私達の共通の関心でした。

「2.このドイツの組織は、アメリカ人達の「ために」、または「下で」は無く、アメリカ人達と「共同で」働きます。

「3.その組織は、ドイツにおいて新たな政府が確立されるまで、アメリカ人からその指令と任務を受け取る、ドイツ人の指導者の下で排他的に機能します。

「4.その組織は、占領の費用の一部では無い資金を共にしたアメリカ人達によって資金援助され、そして見返りにその組織は、アメリカ人達に対してその諜報工作の報告の全てを供給します。

「5.ソヴリン(主権的)なドイツ政府が確立されれば、直ぐにその政府はその組織が機能し続けるべきか否かを判断するべきですが、その様な時まで、その組織の管理と操作(後に「the trusteeship」と呼ばれました)は、アメリカ人達の手の中に残ります。

「6.何らかの時に、その組織が、アメリカとドイツの関心が分離する位置にそれ自体を見つけた時に、その組織はドイツの関心を第一に考えると受け入れられました。

言葉を変えると、アメリカの連邦政府の一つの全体的な部署 - 実際に、最も機密的な部署の一つが - 典型的なトロイの木馬の作戦において、第三帝国(ナチス・ドイツ)の工作員達によって運営されていました!³⁸ ゲーレンの「組織」における数千人の工作員達、そしてその「亡命移民」のグループとフロント(建前)の大規模なネットワークと共に、ゲーレン機関は「CIA が産み出される前に、その民間的な特徴を実質的に、事前排除し・・・故に法律的な見解から CIA が何であったにせよ、それは実質的な諜報工作の立場からは、ナチスのスパイ達の住処のためのフロントのままでした」と、歴史家のカール・オグルスビーは記述しました。³⁹

それらの観測の重要性が強調され過ぎる事が出来ないのは、多くのその他の研究者達と発言者達が着目した様に、米国の連邦政府と諜報工作のコミュニティーの中の何処かで機能している「悪党化した要素」がある様に現れるためです。キースの観測と、アレン・ダレスとゲーレン将軍の間で結ばれた、信じがたい手打ちを観測した、その他によって成された類似した観測は、それらの恐れに対する歴史的な背景と土台を与え:アメリカの諜報工作のコミュニティーの中に悪党化した要素が居るだけでなく、第二次世界大戦の終わり以来、ずっといました。そしてそれは、その人材、目的、そして手法において、ナチスでした。

更に加えて、キースがまた指摘する様に、ダレス一族自体が、ドイツとの長い事業的な関係を有していました。⁴⁰ そして其処には、思想的な関連性があり:

「人と共に、その他全ての生命体の形状の様に、出生率が死亡率を遥かに勝る傾向があり、人口過密の必然的な結果と共に、(人口の)幾らかは排除されなければなりません。誰がそれらの排除される者達なのかは、必然的に起こる競争における弱肉強食によります。」⁴¹

もしこれが、ニューレンブルグにおける、ヒトラーの反-ユダヤ的なわめきの様に、何と無く聞こえるなら、考え直して下さい。その言葉は、アレン・ダレスの兄弟で、後のドワイト・アイゼンハワー大統領の下で、アメリカの国務長官になる、ジョン・フォスター・ダレスのものです。

どんな場合であれ、ゲーレンのダレスとの手打ちは、莫大な量の資金と、そして、私達が目撃した様に、それ自体の諜報工作のネットワークを共にした組織である、膨大な戦後の「国際ナチス」の創造の一つの要素でしかありませんでした。

「お互いと、そしてその他の逃亡したナチスとの緊密な結びつきを保ちながら、このネットワークは、オットー・スコルツェニーによって運営され、そしてマドリッドにおいて本部を構えた、国際ナチスと呼ばれるものへと進化しました。国際ナチスは、世界規模の武器弾薬の密輸、テロリスト、そして麻薬の密輸ネットワークの確立における鍵に成りますが、それらの犯罪は、その結果が冷戦の創造で、そしてアメリカにおける民主主義の継続的な破壊と言えるかもしれない、アレン・ダレスとの共謀におけるアメリカの諜報工作の転覆に比較すると、色あせてしまうでしょう。」⁴²

スコルツェニーは、元ライヒ(帝国)銀行の総裁だった、ヒャルマー・ホレイス・グリーリー・シャクトの義理の息子だったので、彼がその他の、より上級のナチスのための代理だった可能性が高いでしょう。ですが、もし、アメリカの戦後の諜報工作と、国家安全保障の機関へのナチスの侵入が、「共産主義に対する統一されたフロント」の旗印しの下のトロイの木馬作戦なら、ナチスの科学者達と科学技術の分散はどうだったのでしょう?一流のナチスの科学者達と技術開発者達を起用するための、アメリカの戦後の計画である – 悪名高いペーパークリップ作戦は - 少なくともドイツ側から見解された時、同じような作戦として見られたのでしょうか?

証拠が乏しい中、それはそれでも、思考を駆り立てます。それは、終戦直後のドイツにおけるアメリカの高等弁務官:ジョン J. マクロイと共に始まります。当時、戦争犯罪の裁判で、絞首刑の判決を受けていた、彼の元上司、ウォルター・ドーンバーガーがいなければ、アメリカの宇宙計画において働く事を、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンが拒否した時、介入してドーンバーガーに完全な免罪を与えたのはマクロイでした。⁴³ 実際に、マクロイは、戦争犯罪に問われていた70,000人以上のナチスを免罪にしました。⁴⁴ 多分、これが驚く事では無いのは、マクロイが、第一次世界大戦の後において「I.G. ファーベン社に雇われた弁護士で」、1936年のオリンピックのベルリン大会において、ヒトラー自身と共に観覧ボックスを分かち合った人物であったためです。⁴⁵ そしておまけに付け加えると、マクロイは、アレン・ダレスと同じ様に、ウォーレン委員会の一員としてまた奉仕しました。米国に到着すると、ナチスの科学者達は、勿論、詳しく監視されましたが・・・厳しすぎる程では無かった様です。キースが記述する様に、「陸軍のために、ドイツ人のロケット科学者達の尋問者だったウォルター・ジェッセルは、米国の士官達から情報を隠すための、ヴォン・ブラウン、ドーンバーガー、そしてドーンバーガーの参謀長との間の陰謀が存在したと主張しました。⁴⁶ ヴォン・ブラウンのロケットが無事に、アポロの月へのロケットを含み、アメリカの宇宙計画の背骨に成ると同時に、アメリカの間大陸弾道弾の背骨に成った事実を与えられると、重要な問いが故に浮上しますが:ヴォン・ブラウンとドーンバーガーが隠していたのは一体何だったのでしょう?

これは、孤立化した一例では無かったので、彼等は科学技術的な情報を隠し持っていたのかも知れません。以下の出来事が示す様に、米国にもたらされた3名のその他の科学者達は

「テキサス州のエル・パソにおいて、其処で彼等が海外の源泉から、資金と暗号化されたメッセージを受け取った、違法な密通の落とし場所を持っていた事が発覚しました。知られざる源泉から資金を受け取っているナチスの科学者達の件は、ドイツ人のペーパークリップのグループの1/3が、彼等の給料では買う事の出来ないと報告された高価な車(メルセデス・ベンツ)を同時に購入した件も含めて、軍部によって調査されませんでした。また、ロケットが妨害され、回収されたミサイルからは部品が消失していた疑いが、繰り返しありました。」⁴⁷

もしそうなら、するとゲーレン機関はアメリカから「右(正しい)手」へとあらゆる開発された科学技術を横流しする完璧な方法でした。

キースは彼のシナリオを、以下の観測と共にまとめます:

「ロケット、先進的な飛行機、そして原爆の様なドイツの科学技術の操作の手綱は、完全には全く引き渡されず:内輪の操作は、唯一その内輪において得られる知識を通して、ナチスと彼等の同情者達によって保たれました。

「・・・全体主義、民族大虐殺、そしてマインド・コントロール(洗脳)へのアメリカの堕落が理解可能に成り、そしてオルタナティヴ3の型板(テンプレート)が最初に目に見える様に成ったのは、以前のドイツの領土的な目的からは分離された、ナチスの目的の長期的な継続性、そして国際的な金持ちの関心、政府、そして諜報工作の機関による全体的な操作と裏切りを含んだ協力である、ナチスとファシスト達による、大規模な協力と侵入の、この環境においてでした。」⁴⁸

キースのシナリオは十分に鮮明で、そして - 大まかな概要において - 此処において応用されるものと同じもので、つまり:

(1)戦後の連合国とソヴィエトへの、ナチスの科学技術、科学者達、そして技術開発者達の分散と共に、もっと直接のナチスの操作の下の秘密裡で独立的な研究計画の可能性で、そして

(2)アメリカの諜報工作機関へと、鉄の壁(東欧)の中のその延長的なスパイ工作のネットワークを共にした、ゲーレンの Fremde Heere Ost を移植する事と共に、強力な秘密裡の組織が創造され、国際的な影響力、野望、そして金融をその背後にした組織でした。

唯一その様な組織だけが2つの宇宙計画を保つ事が可能で、一つは一般大衆の消費のため(NASA)で、もう一つは、全く帳簿の外(闇資金)で、それを操作していたエリートの関心、目的、そして権力を促進するものでした。唯一その様な組織だけが、2つの超大国(米ソ)の「表向きには」独立的な宇宙計画を、調整する試みをする事が可能でした。

この光の下で見られると、ケネディー大統領の暗殺において関わった人脈の蜘蛛の巣において、その様な重度なナチスの存在が何故あるのかを理解するのが、より簡単に成るのは、「CIA を千の欠片に粉砕する」彼(ケネディー)の脅しのために、彼がこの国際的で悪党化した要素のための権力構造の一つ(CIA)に対して意図的に照準を定めていたためです。その(ナチスの)継続的な生き残りと、その計画と目的の生き残りのために、ケネディーは排除されなければなりませんでした。

4. Fantasia in the Desert: The William Lyne Version
4.砂漠の中のファンタジア:ウィリアム・リンのヴァージョン


また、2つの宇宙計画の論説の奇怪な側にあるのは、ニュー・メキシコ州の著者で、陰謀論者のウィリアム・リンのヴァージョンで、彼は、彼のヴァージョンを3冊の著書、ペンタゴンのエイリアン達(元々の題名はペンタゴンからの宇宙エイリアン達でした)、オカルトのエーテル物理学、そしてオカルトの科学の独裁政治の中で概要しました。彼の研究を多く(の人達)が単純に否定するのは、とても奇怪で、頻繁に有りえ無い様な主張が豊富なためで、自由に新たな要素を加える間、基準的な UFO の「ナチスの伝説」や、「ヒトラーの生き残り」を繰り返す間に頻繁に挟まれた、彼の研究をまた特徴化させる幾つもの重要な洞察とヒントを見逃すためです。

例えば - 全く証拠無しで - アドルフとエヴァ・ヒトラーが、その戦争から生き残っただけでなく、有名なドイツ人の飛行士、ハンナ Reitsch とドイツのルフトワッフ(空軍)のエース、ハンツ・ユーリック・ルデルによって操縦された空飛ぶ円盤に乗って、ドイツから脱出したと、リンは主張します!⁴⁹ あたかもそれだけでは十分では無いかの如く、彼等が秘密裡の NATO の同意によって保護され、ドイツのカッセルにおいて幸せに生き続け⁵⁰、そしてリンドン・ジョンソンの招待の下で、テキサス州のサン・アントニオの万博を訪問し、其処で後に、アドルフは明らかに、彼の芸術への関心を実行し、そしてその美しい妻、エヴァは偶然にも、リンが座って絵を模写していた、西テキサスの芸術の展覧会を訪れたと、彼は加えます!そして、リンがその詳細を残さず描くのは、総統閣下が訪れる前に、大柄な警護の人員達がその芸術展覧会のそれぞれのブースをその訪問の前に調べて回ったと詳細するためです!もし人が、年老いて、熱さにうだったヒトラーが、ポークパイの帽子を被り(勿論、逆卍がついていない)ダブル・ブレストの背広を着て、忠実なエヴァが、恐らく、彼女の有名なホーム・ムービーのためにその訪問の全体を撮影しているのを想像出来るなら、人は何故多く(の人達)が、リンのその他の主張を全体的に、そして一方的に否定するかを理解出来るでしょう。

例えば、リンはまた、こう主張します:

「その戦争の間、ドイツの科学者達は、「原子爆弾」の開発を素通りし、ニュートロン(中性子)爆弾を製造し、実験しました。ドイツの陸軍元帥(sic)アーウィン・ロンメルと Afrika Korps (アフリカ侵略部隊)は、元々、ニュートロン爆弾と同時に、テスラの(敵の軍全体を凍らせる)「死の光線」の実験を行うために北アフリカに送り込まれ;この科学技術は、アメリカの企業によって入手され、特にデーヴィッド・ロックフェラーによって所有され、そしてその後、60年代において米国政府に対して部分的に販売され、そして実験され、更にその同じ科学技術が、70年代と80年代において「スターウォーズ」(SDI、または戦略防衛構想)の科学技術として米国政府に対して再び販売されました。」⁵²

その主張が、ワイルドでファンタスティックに聞こえる間、そして実際にあなたの筆者は、アフリカ、またはその他の場所においてナチスによって実験されたニュートロン爆弾を信じませんが、リンに対してフェアに成るなら、1945年3月4日に行われたとされる Ohrdruf の核爆弾の実験は、小さな限界質量を共にした爆弾だった事が思い出されるべきで - もし実際に起こったのなら - それによって放射の源泉であるニュートロンが、限界質量の集合体に加えられ、元々の核の連鎖反応へと、より多くのニュートロンを許し、そしてそれによってより低い限界質量を許す、「ブーストされた核分裂」の行程を通して、唯一起こる事が可能にされた事です。これは、ある意味において、ニュートロン爆弾からの一歩手前です。同様に指摘されるべきなのは、1993年7月におけるペンタゴンのエイリアン達(元々の題名、ペンタゴンからの宇宙エイリアン達)の初版の中でリンが最初に主張した時、戦時中の Ohrdruf の実験と、その他のドイツの核実験の主張は、表面に現れ始めたばかりで、リンが、彼の主張をそれらのドイツの情報源に基づけさせた可能性が低いためです。

リンの主張は、しかしながら、其処に留まりませんでした。彼は、更にもっと逸話に富んだ詳細を混ぜ合わせて加えます:

「ロンメルのアフリカ占領軍からの捕虜達が、ニュー・メキシコ州のロズウェル(!)にもたらされた時、彼等はニュー・ヨークがキノコ雲によって破壊されているのを表している、ロンメルの現場の石版工達によって明らかに印刷されたとされる、少々奇妙な絵葉書を持っていました。後に、彼等のミッドランドのテキサスのオフィスにおいて、カリフォルニア州のユニオン石油会社の技術開発者に成り、そして1962年においてジョン F. ケネディー大統領のために U.S.G.S.(米国地質学調査)を準備した、その基地の司令官、デーヴ・ダンは、それら(の絵葉書)をユーモアに溢れていると考え、彼が記念品として保存した一つを私に見せました。事実は、しかしながら、リビアの砂漠におけるロンメルの主要な任務は、ニュートロン爆弾を実験する事でした。彼の軍によって運ばれた絵葉書は、士気を高めるためのもので、ニュー・ヨークの街の写真の上に、彼等が実際に実験し、写真を撮った、爆弾のキノコ雲を合成したものでした。彼等が - ドイツの設計書から - 最初の原爆を造ったと言う、マンハッタン計画の人員達の主張は、真実でした。アインシュタインは、私達がドイツに対して原爆を使用するであろうと言う確固たる信念の下で、その盗まれた設計書を私達へともたらしました。ドイツの原爆の設計書を得る事において、連合軍は既に成功していたので、ヴァーナー・ヘイゼンバーグは単に原爆を素通りし、ニュートロン爆弾を製造しました。私にとってのその問いは「もし」では無く、「どの様に」(ドイツ人達は彼等のニュートロン爆弾を造ったのか)でした。」⁵⁴

この文章はリンの典型的なもので、ドイツ人の著者達、メイヤー、メフナー、そしてその他の研究の光の下で意味を成す詳細とほのめかしを、全く意味不明な詳細とほのめかしと共に混ぜ合わせています。例えばリンは、デーヴィッド・ダンが、原爆(またはニュートロン爆弾)が爆発させられたニュー・ヨークの街の絵葉書を、ユーモアに溢れていると考えたと主張します。アメリカ人は言うまでも無く、あらゆる理性的な人が、どの様にすればその様な絵葉書をユーモアに満ちていると捉えられるか、人は想像しがたいでしょう。この詳細は、その文章全体に対して再び、不確実性の影を覆わせ、同時にユダヤ人に対して固執したナチスと警護から、アインシュタインが実際に設計書を盗めた可能性は言うまでも無く、アインシュタインがドイツから米国に移民した当時に、何らかの原爆の設計書が存在したと言う主張も怪しいものです。ですが、それらの奇怪な主張の中で、リンはまた、ナチスの科学、その実際の達成、そしてマンハッタン計画の間の関連性を明らかにほのめかし、しかもその全ては再び、リンのペンタゴンのエイリアン達の単なる「逸話に富んだ」特徴とは全く異なり、重度に参考文献が提供され、調査された研究である、ドイツにおけるメイヤー、メフナー、またはフレデリック・ゲオルグ、もしくは米国におけるカーター・ヘイドリックの以前に出版された本の中で行われました。

その構図を更に仕上げると、リンはまた「赤い水銀」、または酸化水銀アンチモンと言う謎めいた素材を指摘し、それは、リンの研究自体の様に、それ自体の不透明で曖昧な伝説を共にした素材です:

「アメリカの中性子爆弾の開発者、サム・コーヘン博士は、「赤い水銀」と呼ばれる謎めいた素材の生産と販売をロシアまで辿ります。赤い水銀は、酸化水銀アンチモンで、ニュートロンの爆発のために必要な状態を創造するために、その密度をジェル状態まで、放射線の照射と圧力によって、特別に準備されたものです。その少量がその後、「(放射能汚染の少ない)綺麗な爆弾」のための、殺傷的な中性子を産出している重水素の少量を爆発させるための原子的な引き金(原爆)、または起爆剤として使用される事が可能です。⁵⁵ 1992年2月において、ロシアの大統領、ボリス・イェリツィンは、年間10トンまでの量において、「赤い水銀」を『製造、購買、保管、輸送、配達、そしてルーブルと国外の通貨のために販売する』事を、イェリツィンの環境的な助言者によって代表されたロシアの企業、プレオメコロギア社に許可する命令番号75-RPS に署名しました。その命令はその様な「貴重な生の素材」の輸出に対するロシア国内からの批判のために、1年後に無効にされました。2004年の春の、英国のチャンネル・フォー(「英国の PBS」)のドキュメンタリーの中で、一人のロシア人の核化学者は、1965年以来彼が、赤い水銀を開発し、そしてそれは現在、ロシア中部の街、エカタリンブルグにおける工場で産出されており、そしてロシアにおいてそれから核融合兵器が製造されているのを認めました。コーヘンは、赤い水銀から「野球のボール(サイズ)の爆弾」産出するために、未来のテロリスト達の最大の危険性の一つを体現すると信じます・・・もしドイツ人達が、北アフリカにおいてニュートロン爆弾を実際に実験していたなら、ロシア人達が彼等の核開発において起用したのがドイツ人の治金学者達と核化学者達で、そして今までに産出された何よりも純粋なプルトニウムの、ドイツの第二次世界大戦の供給を産出したのが彼等だったので、それ(北アフリカにおけるニュートロン爆弾)は、赤い水銀を共にして算出されたと、私は賭けてもいいでしょう・・・」⁵⁶

再び、人は実際の事実と、有りえない様で奇怪に見えるものの、リンの典型的な混合に出会うのは、実際に、中性子爆弾の開発者であるサム・コーヘン博士が、赤い水銀に関するその様な恐れと懸念を表現したためで、その間その他の科学者達は、水素爆弾の核融合を開始するための、その素材とその能力の評判を、完全なでっち上げとして声を高らかに批判しました。そしてその素材は、ザ・ベルにおいてもまた使用された謎めいた素材に類似していました。⁵⁷

目撃された様に、リンは彼の「赤い水銀」への言及を、もう一つのファンタスティックな主張と共に終わらせ、つまり、第二次世界大戦の間にドイツ人達は、多大な純度のプルトニウムを製造する事に成功したと言う事で、少しでも純粋なプルトニウムを製造するには、人はまず、機能している核反応器(原子炉)を所有していなければならないためで、その戦争の間にドイツ人達が達成していなかったとされているために、とても直接的に、連合国側の伝説(プロパガンダ)を疑問視へと呼び起こす主張です。

ですが再び、人が彼の主張を簡単に否定する事が出来ないのは、私の以前の著書、黒い太陽の帝国の中で詳細された様に、1945年の Ohrdruf におけるナチスの原爆の実験と主張されたものは、100グラム程度以上では無い限界質量の高い破壊力の機器(爆弾)で、その事実が、もし真実であれば、とても純粋なプルトニウムと、ブーストされた核融合と共にのみ、唯一可能です。つまり、奇妙にも、統一後のドイツから起因した、類似していたその後の主張、そして年配の目撃証人達と、彼等の親戚の目撃証人達の逸話を引用する事に加えて、それらの逸話の文献(書類/記録)、またはその他の方法によって協力証言させる事を求める、更にもっと多数のドイツ人の研究者達によって並行される主張を、リンは再び行ったと言う事です。

リンのニュートロン爆弾の実験の話しが故にまた、2つの宇宙計画の論説の彼のヴァージョンへの扉を開き始めるのは、その主要な要素の一つが、ナチスが実際に達成した事に対して、彼等が達成したと私達が伝えられた事だと明らかに示唆するためです。ですがその論説のリンのヴァージョンのもう一つの主要な要素が、この奇妙な説明からまた浮上し、そしてそれは隠蔽されたとされる科学と科学技術の秘密裡の開発です。そしてこれは、終に、その論説自体のリンのヴァージョンへと、私達をもたらします。彼のヴァージョンには3つの要素があり:(1)一般大衆(表向き)の消費のための相対性物理学 対 オカルトされた(隠された)エーテル物理学、(2)国家安全保障法と科学的な隠蔽、そして(3)上述におけるナチスの役割です。

a. Public Consumption versus Occulted Aether Physics
a. 一般的な(表向きの)消化 対 オカルトされた(隠された)エーテル物理学


リンは、鮮明に明言された刺激的な問いと、その後、同等に鮮明で刺激的な答えの一連において、オカルトされた(隠された)物理学と科学技術のための彼の主張を概要します:

「強力なグループによって、物理学の一部の全体が、一般大衆、または個別の個人達に対して実質的に「オカルト」で「使用禁止」が宣言され、そして故に一般大衆にとって科学の教育の全て、または利用可能なデータ一の一般が、それに対する言及を排除するために、「検閲された」とするのは可能でしょうか?「電気的な推進力」に拘わった実際の科学が、「偽物の科学」と入れ替えられ、それが大々的に推薦され、そして宣伝され続けたので、「秘儀的なエリート」以外は真実を知らないと言うのは可能でしょうか?そしてもしそうなら、その「オカルト」の科学は、とても極少数の選別された企業/政府の「神官達」の排他的な領域に成ったのでしょうか?

「・・・このオカルトの知識の高級神官達は、威圧的で独占主義の企業的な銀行業、産工業、鉱物(資源)と関連した関心のエリートの所有者達で、彼等は、順を追って、巨大な陰謀を遂行し、そして保つために、彼等の秘密裡の教義を、必要とされる部分だけに限って、特定の科学者達や、軍部と政府の役人達が入門する(知る)事を許し、そして故にその科学技術は「国家機密」として認定され、それは非憲法的な「国家安全保障法」、軍部と民間の法的な権威、そして警察の方法によって操作され、強制される事が可能です。それらの対策は、真の自由市場の社会の競争から、エリートによって操作された、その古い科学技術と資源を保護する事が意図されています。」⁵⁸

あらゆる国の国家安全保障の機関が、この陰謀において関わっていると言う、ほのめかしに着目して下さい。私達は、その論説のリンのヴァージョンのこの要素に直ぐに戻ります。

リンにとって、「オカルトされたエーテル物理学」の隠蔽は、2つの中心的な要素で構成されている計画を必要とし:(1)どれだけ記録が不透明であろうとも、またはどれだけ一般大衆には制限されていようにも拘らず、一度は、何処かで公の記録に入った珍しい物理学の隠蔽です。直ぐに目撃される様に、これは、その隠蔽された物理学の再構築を難しくさせるための様々な策略を含みます。(2)二つ目の要素は、「一般大衆の消費」のための物理学のオルタナティヴなヴァージョンの創造、またはリンがそれを表現する様に - 20世紀における物理学の行き止まりのための責任があると彼が考える処の明らかな輪郭を描いている - 「時空間」の「繊維」や「枠の引きずり」の様な珍しいフレーズが詰め込まれた「相対性理論の鎮静剤」を一般大衆に与えていて、エーテルは「相対的な」エーテル⁶⁰ として誤って考えられていますが、その全ては「彼等」が隠蔽する事を望むアイデアを示唆し、つまり、「エーテルの存在」です。⁵⁹ その理由は眼を疑う程に単純で:「『エーテル物理学』は、その正に本質と名前によって、準原子的な物理学」であるためです。⁶¹ 相対性理論的な物理学は、対照的に、とても大きなものの物理学です。そして数々の物理学の教科書と大衆化(大衆への浸透)が数え切れない程、何度も繰り返した様に、相対性理論、そして量子力学の発展以来、物理学の目標は、どうにかしてその2つの理論を一つにまとめる事でした。その二番目の要素のために、アインシュタインの相対性理論が、行き止まりが保証された物理学である、「一般大衆の(表向きの)消費の物理学」の創造の重要な構成要素であるとリンが信じるのは鮮明です。

ですが、その最初の要素についてはどうでしょう?もしその記録が、科学者達、または科学的な歴史家達の様な、比較的に少数の公人のものだとしても、既に公の記録の一部である物事を、人はどの様に隠蔽出来るのでしょう?

この問いに対するリンの答えは、彼の – 珍しくも - 上手く文章化されていますが、エーテルの簡潔な歴史の中に隠されていて、そして彼の記述を長文で引用するには価値があります:

「幾らかの困難の後、私はサー・エドモンド・ウィティカー(E.T. ウィティカー)著のエーテルと電気の理論の歴史(1951年に再編集され拡大化された2度目の再販、第一巻と二巻)のクラシック(古典的)なコピーを読む事が出来ました。この本の1910年の初版は、1910年においてそれまでに出版されていた、存在していたエーテル理論についての、最も包括的な本でしたが、1951年の再検証は単に、「(当時の物理学に)受け入れ可能な」エーテル物理学をはっきりと説明しました。その初版は、デカルトの時代から19世紀の終わりまでの、エーテルと電気の理論の歴史と題され、スコットランドにおいて出版されました。その再版は、量子力学に関係した「新たな素材(知識)」を含んでいました。古典的な理論は第一巻に納められ、その間、第二巻は、1926年までの相対性理論と量子力学の理論の起源を与えました。1910年の初版も、1951年の再版も、テスラに言及せずその年代歴的な一連は、その再版の中で「歪められた」様に現れ、科学者達が実際に目的としていたものが何であったかを指摘する試みが、殆どまたは全く無い様でした・・・」⁶²

つまり、公の記録の隠蔽における2つの効果的な戦略は、単純に年代歴の一連を混乱させ、問われている理論の背後の実用的な動機を削除する事です。

3つ目の策略は、後の記述の中で明らかです:

「ホール効果は、光の磁気的な回転の様に、量る事が出来る媒体の中で唯一起こり、そして「フリー・エーテル(媒質)」の中では起こりえないと、ウィティカーによって述べられますが、この明言が明らかに間違いなのは、その効果が実際に、媒質/媒体の伝導性に頼るものであるためです。これはウィティカーの側にしてみたら、疑う余地の無い嘘で、恐らく1951年の再編集の下で「必要とされた」のでしょう。その効果が、「量る事の出来る媒体」と「伝導的な媒質」において起こる事実がしかしながら、電気的な推進力のために最重要なのは、それがその様な媒体と媒質の間の反応と、その行程において使用される根底にある「エーテル的な枠組み(型板/テンプレート)」を表すためです。」⁶³

言い方を変えると、それ以外の全てが失敗した時に、単純に嘘をつく、または真実の一部を削除すると言う事です。着目してもらいたいのはまた、ウィティカーがそうする事を「必要とされた」と、リンが示唆する事で、i.e. 彼に対して何らかの圧力がかけられたと言う事です。私達が今後の章の中で目撃する様に、ウィティカーの、より早期の1903年の論文の一つは、エーテル物理学の非-直線的な形状である、「スカラー」物理学の基礎的な論文の一つだったので、この事実は更にもっと重要に成ります。(一般大衆にとって)未だに殆ど知られていない人物ですが、ウィティカーと彼のエーテルの古典的な歴史の2つの出版は故に重要です。

何であれ、リンは、「ウィティカーの1951年の再版は、電気的な推進力に関係した重要な事実を意図的に捻じ曲げました・・・ウィティカーの素材(内容)を、より正しい順序に再編成する事によって、19世紀の科学者達が電気的な推進力を追い求めていたと言う、「新たな」(「昔の」)文献を私は発見しました、」と結びます。⁶⁴

(1) Lyne’s History of Aether Physics
(1)エーテル物理学のリンによる歴史


2つの宇宙計画の論説のリンのヴァージョンを完全に理解するために、リンが行う「エーテル物理学」の再構築の、より広いコンテキストの中で、その中心部分である - ニコラ・テスラの研究と、ナチスの下で続けられたとされるその主張を - 検証する事が必要です。よって、この部分は恐らく、少々長く、そして恐らく多少テクニカル(技術的)でしょう。そうであれ、テスラがとても優れたエーテル物理学者だったとするリンの主張には不可欠です。⁶⁵ リンが述べる様に、「テスラがそれらの発見に対して何を貢献したのかを理解するため、そしてそれを不透明にし、誤解させ、そして究極的に隠蔽するまでに、当時以来、何が起こったのかを判断するために、テスラまで繋がった、知られている理論を検証する事が、私の意図でした。」⁶⁶

この再構築に中心的なのが、エレクトロン(電子)を発見した、19世紀の物理学者、J.J. トムソンでした。

「トムソンは、マックスウェルの、より以前の理論に基づけて - 直線において運動している、チャージ(蓄電)された球体的な伝導体は、その媒質の中で変位電流を産出しなければならないと理論化しました(Phil. Mag. Xi, 220ページ)。12年後の1893年に、「電気的な推進力(運動量)」を発見したと主張し、「・・・電気的、そして磁気的なヴェクトルのヴェクトル産出に比例して、電磁的なフィールド(場)の中には、機械的な運動量の量単位毎の量が蓄えられている、」と述べました。(J.J. トムソン、電気と磁気における最近の研究[1893年]、13ページ)トムソンはまた、1891年において、磁気を二次的な力と考える事を共にして、分子の構造は、静電的な力のチューブと親密に関連しているとの述べた – ファラデーの、より以前の研究に立ち返り - 力の運動しているチューブ(筒)の理論を発達させたと述べました。「・・・エーテル自体は、量単位[D-B]毎の量(1/4π C)の、機械的な推進力/運動量の媒介物である」と明言しました(Phil. Mag. xxxi[1981年(1891年?)]、149ページ;電気と磁気における最近の研究[1893年]、第一章)。」⁶⁷
(注: C = 光速)

その実験のための基本的な動機、そしてその基本的な発見、または理論が、電気的な推進力、または運動量のためだった事に着目して下さい。そしてこれは、19世紀の殆どと、20世紀の初頭の実験の、単一的で統一的な要素だったと、リンは主張します。⁶⁸

ですが年代順的にも、経験的にも、リンが指摘する様に、これは不合理で、そしてこの次の観測と共に、2つの宇宙計画の論説の彼のヴァージョンの主役が場面に登場し:ニコラ・テスラです:

紙の上で、数学的に、そして統一された方法において、電磁気と推進力/運動量をリンクさせた J.J. トムソンの理論は、テスラのそれ以前の実験によって証明された、1891年のテスラのより以前の講義を、ある意味、繰り返しましたが、テスラの理論は、間違いだったトムソンの理論からは異なっていました。トムソンの電磁的な推進力/運動量は、テスラの実験所において唯一、トムソンの「発見」の以前に存在していた、テスラの考案(実験道具)と共に唯一その場で造り出される事が可能だったので、それを確認するための実践、または実験へとトムソンが「彼の」理論をまとめる事が出来る方法はありませんでした。」⁶⁹

19世紀の科学的な追及に対して中心的で統一的な動機が、電気的な運動量と推進力だとする、リンの主張に同等に重要なのは、もう一人のトムソンの研究で、今度はウイリアム・トムソン(ケルヴィン卿)でした。⁷⁰

1856年にケルヴィン卿は、権威ある王立学会の会報において、体の熱と熱運動(振動)と共に結びついた回転的な特徴を磁気は有していると主張しました。⁷¹ ケルヴィンの研究が重要なのが正に何故なら、テスラが「彼自身の発見と応用に対する前章として、彼(ケルヴィン)の研究に・・・多くの言及をしたためです。」⁷² 1870年までにケルヴィンは、リンがそれらをまとめる様に、「『重力的な運動』は、電流、または機械的なパルス(衝動)によって振動させられた球体の媒体によって誘導させられる事が出来ると示唆する様な」幾つもの実験を行いました。⁷³

その後、更にもっと刺激的な発見が現れました。

「(ケルヴィンは)固体の一つが固定され、その中心と、(もう一つの)固定されていない、より大きな球体との間の線に沿って働く力と共に(固定された固体が)振動させられると、非圧縮性流体(媒体/媒質)の中に沈められた2つの固体の間には動重力が働く事を発見しました。固定されていない球体は、もしその密度が、その流体よりも大きいなら、その小さな固定された球体に引き寄せられ、その間、その流体よりも球体の密度が低いなら、特定の量の関係において、その振動器に対するその距離の比率に沿って、反発したり、引き寄せられたりしました。」⁷⁴

ケルヴィン卿の実験は、1877年と1910年の歳月の間に、C.A. Bjerkns によって拡張されました。

「Bjerkns は、非圧縮性流体の中に沈められた2つの球体がパルスされると、もしそのパルスが同調なら、ニュートンの逆二乗法則に従い、お互いを引き寄せ合い、その間、もしその調律が半分の波によって異なると、それらの球体は反発し合うと証明しました。1/4の波の違いなら、反発はありませんでした。パルスが非同時的で、波長が1/4よりも大きな距離なら、引き寄せ合いと反発は反転しました。」⁷⁵

再び着目してもらいたいのは、その実験の動機が、非圧縮性流体の中の球体の類推的な実験を通した、エーテルの慣性的、そして重力的な性質の調査であると言う事です。同様に着目してもらいたい更にもっと重要な事実は、その重要性が、再び、「スカラー物理学」を検証している章の中で明らかに成るもので、その球体の振る舞いは、媒質、この場合、非圧縮性流体における経度的な波(縦波)の事実によるものだと言う事です。⁷⁷

(2) Lyne’s Version of Tesla Physics
(2)テスラ物理学のリンのヴァージョン


私達が此処で、リンの物理学の再構築の中心と、2つの宇宙計画の論説の彼のヴァージョンへと至るのは、このより広いコンテキストの中で:ニコラ・テスラの研究と、始めから隠され、そして究極の動機であると、リンが信じるものです。リンが指摘する様に、オカルトのエーテル物理学の中で彼が引用する記事は、「オーストリアの Graz の専門大学におけるテスラの学生時代に」、彼にとって利用可能でした。⁷⁸ 更に加えて、彼自身の実験における、テスラのケルヴィン卿に対する尊敬と、彼の研究の応用は、よく知られていました。

ニコラ・テスラは殆ど、隠蔽された物理学の存在理由でした。⁷⁹ 近代社会と文化に対して、それ程多くを貢献した、単一の科学者、または技術開発者は、他にはいませんでしたが、テスラ程、「科学、発明、そして科学技術の大辞典や本から、(彼の)名前がその様な長期的で完全な削除」の対象に成った、その他の科学者や技術開発者は一人もいませんでした。⁷⁹ これがとても一貫的だったので、彼は殆ど、『科学の歴史における「透明人間」です。』⁸⁰

「科学、科学技術、そして私達の生活の水準に対して、その様な重大な貢献を成したテスラの名前が記されるべき処に創造された顕著な空白は、何故、彼の死後のほぼ直後に、彼の記憶(名前)が歴史から実質的に削除されたのかの険悪な問いを浮上させます。テスラは、背後の権力者達を脅かした何を発見したのでしょう?私達は既に多くの特許化された発明について知っているので、知られざる、未だに機密化されている研究が、公表されたものよりも遥かに先進的で、そしてテスラが既に公言した、または既に実験して、そして開発しましたが、未だに『世界に対して与えられていない』計画の実現化であると、私は常に推測しました。」⁸¹

「その正に存在が、権威側と企業側の科学者達によって無条件に否定された」それらの発明とアイデア(発想)は、リンによると、5つの物事に集中します:

1.電気的に流動的な推進力の方法に基づいた珍しい空飛ぶ機械

2.エネルギー(電力)が媒質(エーテル)または環境から引き出される事が出来ると示唆する発見;

3.化学的な要素(元素)の変格;

4.「オルタナティヴな『エーテル』物理学と科学」;

5.テスラの「重力の流動的な理論」でした。⁸³

それらの要素の一つ目が、テスラの生涯、特に彼の後年における研究の多くの、本物の統一している動機で、そしてその他の4つの要素は、その一つ目を援助するためのものだったと、リンは信じます。

ニュー・ヨーク・タイムズ紙の1940年9月22日号の中の、ウイリアム L. ローレンスの記事を引用し、リンは、テスラが、彼が「テレフォース」と呼んだ、新たな力を発見したと主張したと着目します。彼の有名なコロラド・スプリングスの実験を拡張し、テスラは1900年と1940年の間の発見と実験において、この力を探求し、大気中において波を創造する新たな方法、『とても大規模で電気的な力を創造する「新たな」方法』と同時に、その力を増大させる新たな方法と、電気的な推進力の新たな方法を発見したと主張しました。⁸⁴ 実際にテスラは、1870年代に彼が学生だった頃に最初に思いついて以来、電気的な空飛ぶ機械のこのヴィジョンを持ち続けました。「初めから1875年において電気的な科学の分野に彼が元々進んだのは」この機械を実現する事が理由だったとテスラが述べたと、リンは観測します。⁸⁵ 言い換えると、テスラの生涯の研究の全ての、統一しているテーマと究極の動機は、電気的な空飛ぶ機械を創造する事だったとリンは信じます。

1938年における講義において、テスラは、上述の5つの要素の中心的な理論が、1893年までに考え出された - 彼の「重力の流動的な理論」であると - 明言しました。⁸⁶ その講義の中でテスラは、「彼の秘密裡の開発」が完成した時に、彼が「世界に与える」事を計画している、2つの重大な発見について言及しました。⁸⁷ それらの2つの発見は、リンによると、重力の流動的な理論と、「環境的なエネルギー」のアイデアで、i.e. 「環境(エーテル)から受け取ったエネルギー以外に、物質の中にエネルギーが無い」と言うアイデアです。⁸⁸

テスラの主張が、相対性理論の単なる風変りな言い直しだと誤解されない様に、思い出されなければならないのは

「テスラは、彼の理論が、相対性理論、そして原子の構造と、物質とエネルギーのお互いとの相互変換に関する近代の理論と、全く矛盾すると考えました。テスラは継続的にアインシュタインの研究の正当性を批判し;そして彼が死ぬ2、3年前まで、物質からエネルギーが得られると言う信念を馬鹿にし続けました。」⁸⁹

特定の感覚において、これは19世紀のエーテル物理学の定義において考えるテスラの習慣によるものでしたが、もう一つの感覚において、彼のコロラド・スプリングスの実験以来、彼が行っている発見の本質によるもので、彼を最もアヴァンガード(前衛的科学)の分野に彼を連れて行った発見でした。

明らかに、彼のコロラド・スプリングスの実験から派生した間、テスラの重力の流動的な理論は、1938年5月12日に、移民の福祉インスティチュートにおいて与えられた1938年の講義まで、全く公表されていませんでした。これは、テスラ自身の言葉において、その理論の公に知られている全てです:

「懸命な集中の以前の二年間(1893年と1894年)の間に、2つの多大な発見をするために、私は十分に幸運でした。一つ目は、重力の流動的な理論で、それを私は詳細に考え出し、そしてもう直ぐ世界に与えようと期待しています。それはこの力の原因と、その影響の下の天体の運動を、とても満足に説明するので、それは根拠の無い推測と、空間のカーブ(相対性理論)の様な誤った概念を終わらせるでしょう・・・

「力のフィールド(場)の存在のみが唯一、観測された天体の運動のための説明が可能で、そしてその仮定は、空間のカーブを不必要にします。この題材についての全ての文献は無駄で、忘却へと運命づけられています。エーテルの存在と、その現象においてそれが役割を果たす不可欠な機能を認識する事無く、宇宙の働きを説明しようと試みる全ても同様です。

「私の二つ目の発見は、最大級の重要性の、物理的な真実です。私は長い間、六カ国以上の言語において、科学的な記録の全てを調べ、それを予測するものを全く見つけなかったので、私は、私自身をこの真実の第一発見者であると考え、それは以下の明言によって表現される事が出来ます:その環境から受け取られたエネルギー以外に、物質の中にエネルギーはありません。

「・・・それは、分子と原子と同時に、最大級の天体、そしてその正に形成から、その究極的な分解まで、その存在のあらゆる段階において、宇宙における全ての物質に、厳密に応用されます。」⁹⁰

『環境的なエネルギー』のアイデアは不透明な様に見えるかも知れませんが、テスラの主張の急進的な本質は、もし人がテスラの人生の没頭だった:電気を考えれば、理解されるかも知れません。彼の(常に)慎重に選択された言葉を通して、テスラが効果的に述べているのは、つまり、あらゆる電気的な回路、または伝導体において、電力を産出するのは電「源」ではそれ程無く、むしろその様な電源が、その回路自体のパラメーター(媒介変数)と共に沿って、その媒質(エーテル)から、電力を変換しているオープン・システムだと言う事です。これは、特に1938年において、革命的な明言です。

ですがもし、テスラの1938年の明言が、それ以前の一般的な発達、そして特にケルヴィン卿の実験のより広いコンテキストの中で見解されると、エーテルについてのテスラの先進的な見解と、彼の重力の「流動的な理論」に何が必然的に伴ったのかには、ヒントがあります。これは、天体の運動への彼の鮮明な言及と、彼の双極の観測はスケール(規模)が無関係であると言う事実で、i.e. 原子的なものから惑星的な規模まで、物質の全ての大きさに対して応用可能であると言う事です。故にテスラは、エーテルを流動的な感覚において見解しているだけでなく、回転の構造としての渦巻きとして見解している様に現れます。⁹¹ それらはテスラが、相対性理論よりも、より高い秩序のトポロジー(位相数学)の定義において既に考えていた事の重要な示唆です。⁹²

彼の人生の後年において、テスラを一般的な19世紀のエーテル物理学者として見る事は、しかしながら、その構図を多大に歪めます。彼の人生の終わりに近づきテスラは、「人の最大級の達成」と呼ばれた未公表の記事を書き、その中で彼は幾つかのとても異例的で、とても斬新で、そして結果的に、とても古いエーテルの見解を明言しました:

「大昔に(人は)知覚可能な物質の全てが、創始的な実質、または概念化を超えた希薄、空間の全てを満たすアケーシャ(虚空)、または発光性のエーテルから由来すると認識し、それは生命を与えるプラーナ(息/言葉)、または力によって作用され、全ての物事と現象の、終わる事無きサイクルにおいて、存在へと呼び出されました。その創始的な実質は、莫大な速度の無限小の旋回へと投入され、総物質に成りました。

「人は、自然の行程の全てにおいて、この最も最大級で、最も畏敬の念を起こさせるものを、操作する事が出来るでしょうか?・・・

「もし人がこれを行う事が出来るなら、人は殆ど無制限で、そして超越自然的な力を持つでしょう・・・人は、この惑星(地球)の大きさを変化させ、その季節を操作し、人が選択するあらゆる道に沿って導く事が出来るでしょう・・・人は惑星同士が衝突し、太陽や恒星を産出する事を原因出来るでしょう・・・

「物質的な実質を創造する事と消滅させる事は・・・人のマインドの力の最上級の現れに成り、物理的な世界の上での、人の最も完全な勝利で、人の最大の達成で、それは人を、彼の創造主の隣に位置付け、人の究極の運命を、人に満たさせるでしょう」⁹⁴

第五章の中で見られる様に、テスラの見解は不気味にも、「スカラー」物理学者、トム・ビアデンのものをこだましていました。⁹⁵ エーテルのテスラの見解は、19世紀の物理学者の不活性で静的なエーテル、または惑星と共に「引きずられた」半-流体的なエーテルを考えた、マックス・プランクやその他の物理学者達からは程遠い、彼の考え方を表します。この文章が鮮明にするように、テスラはそれを、地域的な環境に沿ってその性質が変化した「絶縁している流体に浸透された」電気的なキャリア(運ぶもの)に対する類推として変格的なエーテルを考えました。⁹⁶

ですがこの全ては何を意味するのでしょう?

此処において、テスラ自身の明言のリンのカタログを引用するのが最善で、それらの示唆のリン自身のまとめによって続かれます。リンは、8つの点を実証するために、テスラによる引用の一連を収集します:

1.「(宇宙)空間を満たしている可能性が最も高いものは、絶縁している流体において浸透した、独立的なキャリア(運ぶもの)の構成です。」

2.「彼の実験において彼はまず、近代の理論の光の下で、私達が調査するために、自然における最も重要な力と彼が考える、静電的な力(i.e. ダイエレクトリシティー)によって産出された幾つかの現象の上に集中します。」

3.「気体的な媒質を通して、様々な静電的な力によって、どの様に、機械的な運動が産出されるのかを、彼は描写します。

4.「それらの実験を行う事によって辿り着かれた最も興味深い結果の一つは、静電的な効能の急激な変化によって、振動が印象付けられた気体的な媒質が、硬直的であると言う事実の実証です。

5.「もし、この媒質を通して、強度において急激に変化する、静電的なストレスが働くと仮定されると、それはそれを通した体の運動は許すかも知れませんが、その流体自体は、それらの性質に欠けているかも知れませんが、それは硬直的で伸縮的でしょう。」

6.「・・・あらゆる設定の独立的なキャリアが、運動に対する流体の抵抗が、一方向において、もう一方よりも大きいと言う仮定の上で、その本質のストレスは、その位置において接近に対するその流体の抵抗は、離脱よりも小さいので、最も高い電気的な密度のそれら(キャリア)の側を、それらがお互いに向けあうので、キャリアがそれら自体をグループにまとめる原因に成ります。」

7.「もし上述の特徴の媒質の中で、一定的な効能によってブラシ放電が形成されるなら、キャリアの交換は継続的に起こり、そして電極からの幾らかの距離における空間においてよりも、そのブラシ放電において量の単位毎に、より少ないキャリアがあり、これは希薄化に一致するでしょう。

8.「もし効能が急速に変化しているなら、その結果はとても異なり;そのパルスのフリクエンシー(振動率/周波数)がより高ければ、キャリアの交換はよりゆっくりで;最終的に、測量可能な空間を通った運動の変換は終わり、そして十分に高いフリクエンシーとストレスの強度と共に、キャリアはその電極に向かって引き寄せられ、そして圧縮が結果するでしょう。」⁹⁷

それらの洞察の実用的な本質を、リンは以下の様にまとめます:

1.機械的な運動は、気体的な媒質(エーテル)を通して働いている、変化している静電的な力(ダイエレクトリシティー)によって産出される事が可能で、それ(エーテル)はそれによって硬直化しますが、固体が通る抜ける事を許します。

2.一方向におけるストレスの影響の下で・・・キャリアは一緒にグループ化し、力のチューブ(筒)を形成し、その方向において運動のより大きな簡単さ(流動性)を創造します。

3.一定的な効能によって(直流の)ブラシ放電が創造された時、力のチューブは伝導体へと引き寄せられるので、エーテルの希薄化に一致しているキャリアの継続的な交換が創造されます。

4.反対方向における、十分に高いフリクエンシーとストレスの強度と共に、キャリアの交換はエーテルの圧縮によって阻止され、その船(宇宙船?)の伝導体において力のチューブが消滅する事を強要し、電磁的な推進力を分け与えます。そのシステムは、効能の2種類(直流電流と交流電流)を使い、「p2」として知られています。⁹⁸

最後の点は、電気的に推進された空飛ぶ機械のためのテスラの探求の光の下だけでなく、私達が目撃する様に、ザ・ベルの知られているデザインと機能の原則の光においても、特に重要に成ります。

オープン・システムとしてのエーテルと電気的な回路についてのテスラの見識をまとめ、リンは、電気的な動機の力(i.e. Electrical Motive Force/EMF)は、単に「変化している電流」によるものでは無く、急速に変化していて、そして電流の異なった種類によってもたらされた「エーテルの希薄化と圧縮」によるものだと記述します。⁹⁹ その示唆は、つまり、1884年まで早期に、彼が最初に米国へ移民した時に、テスラが彼の空飛ぶ機械のための計算を行っていた間¹⁰⁰、彼は後に、彼の「操縦可能なトルピード」が、毎秒300マイルの速度、または驚きの、時速1,080,000マイルを達成する事が出来ると主張しました!¹⁰¹

電気的な効能の2種類(直流/交流)によって原因された、電気的なストレスを通した、エーテルの希薄化と圧縮のアイデアは、物質の構造が、そのエーテルの中の渦巻き的な運動以外の何ものでも無いと言うアイデアと対にされ、彼等の時代の遥かに先を行っているものにしました。実際に、エーテルの2つ特徴を、経度的な希薄化と圧縮と同時に、渦巻き的な運動であると発見する事によって、私達がトム・ビアデンの研究を検証する際に、私達が目撃する様に、テスラは「スカラー物理学」の土台を築きました。テスラは実際に、その様な波の現象の「吸熱性(内温性)の爆発」(冷たい爆発)の使用の発見にさえも至りました:

「テスラは、方向づけられたパルスの、低フリクエンシーのビームを使用する事によって、1/4の波長において、大きな電磁的なパルスの爆発を彼が原因出来る事を発見し、それは、もっとより高い刺激的な波を運ぶ事によって、その地域の大気中の気体を刺激し、それらを爆発的に膨張させる事が可能で、その地域における凄まじい内破(爆縮)と大量の熱の吸収によって続かれ、一瞬にした凍結を原因すると発見しました。この行程は、核爆発に類似した、元々の爆発の衝撃波と、それに続く爆縮の波を創造します。例えば、キャリア(運ぶもの)のビームに方向づけられた3,100マイルの波長を共にした、(毎秒)60(サイクル)の低フリクエンシーを使用する事によって、1/4波長 -775マイル、速度の要素によって修正されると 751マイルにおいて爆発させられる事が可能です。例えば50メガヘルツ程度の刺激的なフリクエンシーを重ね合わせる事によって、大気的な気体は「冷たい爆発」を原因するために刺激される事が可能で、それは熱を吸収します。波長とその伝播の方向を変化させる事によって、あらゆる地域的な地点に対してその結果(爆発)をもたらす事が出来ます。」¹⁰²

この「冷たい爆発」と「爆発的で大気的な加熱」を頭に入れておいてもらいたいのは、それらがスカラー兵器の開発の重要な特徴であると目撃されるためです。実際に、テスラが、彼の新たな力 - 「テレフォース」の – ための名前をとても慎重に選んだのは、正にその名前が「距離(遠隔)における」力の応用を意味したためです。¹⁰³ そして、次の章の中で見られる様に、2種類の効能を通したその媒質の電気的なストレスは、高フリクエンシーのパルス化と、渦巻き的な運動を加えて、ザ・ベルの機能における正に原則として現れるためです。

明言されたものから、テスラの理論的、そして実験的な研究を、推進力から、惑星を破壊する効能までの、様々な応用を共にした科学技術を開発する事の出来る、プロトタイプ的な「統一された物理学」として、リンが見解していたのは明らかです。

b. The National Security Act and Scientific Suppression
b. 国家安全保障法と科学的な隠蔽


テスラの、コロラド・スプリングスの実験以後の発見は、「一般大衆の消費には相応しくない」と考えられました。そしてこれは、勿論、その様な物理学の隠蔽を調整し、監視するため、そしてそのあらゆる更なる開発を秘密裡にするため、全く異なった体系を個人的に開発している間、公には実験不可能な理論(e.g. ストリング理論)を蔓延させる事を運命づけられた物理学の「一般大衆向け」のヴァージョン(相対性理論)を普及させるため、そして珍しい物理学と、関連した科学技術の秘密裡の開発を調整するための、存在を必要としました。その存在が創造された、またはもっと上手く言うと承認されたのは、1947年の国家安全保障法によってだったと、リンは信じます。

これに協力証言するために、テスラの同年代の人で、友人であり、そしてクラシックな伝記、放蕩な天才:ニコラ・テスラの人生を書いた伝記著者、ジョン J. オニールが、その本を出版するために、全て同じ月において、少なからず3度出版しようと試みたと、リンは観測します!リンは、こう皮肉ります:

「あなたが不思議に思った場合のために、その同じ月におけるその3度の出版は、本屋における大売り上げによるものでは無く、むしろオニールが FBI によって脅迫され、検閲され、内容に対する彼等の削除と検閲のために、何度も再出版する事を強要されたためで、それは今日までも機密にされたままです。」¹⁰⁴

テスラは、政府の偽情報とは対照的に、こまめにメモを取る人でした。リンが記述した様に、「彼のコロラド・スプリングスの実験だけでも、大きなフォーマットの、433ページの本のために十分なノートの量でした。」¹⁰⁵ そして彼の生涯を通して、テスラは鉄道のボックスカー(一車両)を満たす以上の書類を産出し、その殆どは彼の死において FBI によって没収され、ユーゴスラヴィアにおける彼のセルビア人の親戚達に対して解放されたのは、たった150,000種の書類でした。¹⁰⁶

(1) Strange Nazi Parallels
(1)奇妙なナチスの平行線


この時点において、2つの宇宙計画の論説のリンのヴァージョンは、その最終的な形を取り始めます。その戦争が終わった後に米国へとヴォン・ブラウンとその他のペーパークリップの科学者達が到着した後、「ライト-パターソン空軍基地」における空軍科学技術コマンドからの、軍事諜報工作のコミュニティーは、エイリアン(地球外知的生命体)の所有物の管理の保管所へと急ぎ、そしてテスラの書類の全てを手に入れました。彼等はそれらをライト-パターソンから移動し、そしてそれらの一つ一つの全ては、それ以来最も高いレベルにおいて機密にされ、政府はそれらの一つも機密指定から解除していません」とリンは明言します。¹⁰⁷言葉を変えると、空軍は、ナチスの研究の中に、何かを発見し、それはテスラの研究の何らかの要素に基づいていて、そして(その)更なる開発でした。

c. The Nazi Role in Occulted Aether Physics
c. オカルトされたエーテル物理学におけるナチスの役割

(1)Roswell, MJ-12, and Disinfomation
(1)ロズウェル、MJ-12、そして偽情報


リンは、その問いに対する答えがとても特定的で、そしてその答えの一部は、1947年における米国の国家安全保障の機関の設立において唯一有るだけでは無く、そのコミュニティーの中でペーパークリップ(作戦)のナチスが行使しつづけた不適当な影響力にあると信じます。例えば、リンは、ロズウェル事件の全体が「SS のヤラセ」で、実際に SS の将校達だった、ニュー・メキシコにおけるペーパークリップのナチスによって行われたと、とてもはっきりと明言します。¹⁰⁸ 最も繊細なナチスの科学的な書類のアメリカ人による没収の結果として、UFO 研究の殆どが、CIA 、またはその他の諜報工作機関によって操作されただけでなく、MAJIC-12 の書類もまた、諜報工作のコミュニティーのはらわたから産み出され、部分的な真実と、部分的な嘘を含んでいる、大掛かりな偽情報のキャンペーンだと、リンは躊躇せずに信じます。¹⁰⁹  類似して、そして私達の目的にとって、更に重要な事に、その様な珍しい物理学、兵器と推進力のシステムと、それ自体が拘わったその様なナチスの書類がアメリカ人によって没収されたので(または、同等に可能なのは、ドイツ人の操作、または少なくとも影響力の下に残った事ですが)、するとナチスの空飛ぶ円盤を詳細しているとされる SS のその「計画書」と「書類」と呼ばれるものもまた偽物で、大掛かりな偽情報のキャンペーンの一部であると言う、明らかな事実をリンは指摘します。¹¹⁰

ですが奇妙にも、そして最も冷ややかに、国家安全保障法によって設立された2つの最大級で、そして最も悪名高い機関、The Central Intelligence Agency (中央情報局/CIA)と The National Security Agency (国家安全保障局/NSA)は、悪名高い R.S.H.A、Reichsicherheithauptamt の英語の直訳、または逐語訳でしか無く、それは文字通り「国家安全保障局」として翻訳され、そして大まかにまた、中央的、または主要な清算のオフィス、または「中央情報」もしくは「安全保障」の機関を意味すると、リンは指摘します。¹¹¹

(2) Von Braun’s Alleged Pre-War “P2” Project in New Mexico
(2)ヴォン・ブラウンの主張されたニュー・メキシコにおける戦前の「P2」計画


テスラの見解と、効能の異なった種類(交流と直流の電流)を共にした2つのプレートの電動機(electromotive)の性質を実証していた、ロンドンにおける彼の「p2」の講義に関するリンの主張の全てを与えられると、この研究が、一世代後のソヴィエト達と同様に、利用するため、改善するため、そして開発するために、異例的、または珍しい物理学の分野のために調査していたナチスの眼に素早く止まったとするリンの主張のために、短く、そして信じられる一歩であると、人は認めざるを得ないでしょう。故に、その戦争の以前に、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンとドイツの科学者達の小規模で選別されたチームが、ニュー・メキシコを訪れ、テスラの2つの異なった効能に因んで、「p2」計画とリンが呼ぶ計画である、テスラのアイデアの事前実証の実験を行ったと、リンは主張します。¹¹²

テスラの科学の実行可能性を彼等自身で確かめた後、ヴォン・ブラウンと仲間達はドイツに戻り、その研究はロケットや「空気力学の円盤」の様な「カモフラージュ」のブラック(秘密裡)な計画の背後で極秘に続けられたとリンは強調します。その隠蔽(秘密開発)は、ラインハルト・ゲーレン将軍Fremde Heere Ost (東の国外の軍)である、ドイツの東方の前線の軍事諜報工作機関の全体を移植した、国家安全保障法と、ナチスに影響された CIA のイージス(神盾)の下で戦後も継続しました。政府、軍部、企業、そしてナチスの組織の融合体(i.e. 軍産複合体)は、エーテル物理学を相対性理論の背後に隠すために共謀しました。このテスラ的な「エーテル物理学」は、リンによると、国家安全保障法に従って政府が隠す、「機密化された科学」です。¹¹³

リンのヴァージョンを人は、どう捉えれば良いのでしょう?

最初に、確かにその風変りでファンタスティックな要素を有している間、その多くの要素は、より最近の調査のその他の研究者達とレゾネート(共振)するのは明らかです。実際に、テスラ、珍しいナチスの科学技術、戦後のアメリカの軍需産業複合体におけるナチスの影響力、そして UFO 研究のコミュニティーにおけるヤラセと偽情報を最初に関連させたのはリンでした。

第二に、リンは明らかに、秘密裡に開発された、隠蔽、またはオカルトされた物理学が存在し、もし人が公表されている物理学の論文を慎重に吟味し、そしてエーテルの体系の一線に沿って、それらを特定の方法において見解すれば、再構築が可能であると信じます。これは、第五章においても見られる様に、同様でその様な隠蔽がされていますが – 再構築可能な - 物理学におけるトム・ビアデンの信念にとても似ています。

第三に、兵器化された時のその物理学の特定的な特徴は、大気的な加熱、またはオルタナティヴ的に「冷たい爆発」であるとリンは示唆しました。加えてリンは、その様な兵器の、惑星を爆発させる効能を明らかに示唆しました。

その論説のリンのヴァージョンの殆どが、全くのファンタジーに聞こえる間、この要素は、少なくとも、高度に認定され、広く出版された科学者である、ビアデンによってもまた分かち合われます。

5. Both Feet in Atlantis: The "Jan Van Helsing" Version
5.アトランティスの中の足:「ジャン・ヴァン・ヘルシング」のヴァージョン


その2つの宇宙計画のスペクトルの断然として奇怪な側の上にあるのは、珍しいナチスの科学技術のオカルトの土台への研究者である、ペンネーム「ジャン・ヴァン・ヘルシング」の奇妙な主張です。以前に検証されたその他のペンネームの情報源「ウイリアム・トービット」と同様に、ヴァン・ヘルシングは、珍しい兵器の科学技術を探求しているナチスの背後に、秘密結社の調整された「個人的な」グループの筋書きを概要します。トービットとは異なり、しかしながら、ヴァン・ヘルシングはまた、それらの秘密結社の幾つかのために、そして示唆によってナチス自体のために、明らかな同情を表します。そうであれ、ヴァン・ヘルシングの主張は、無視されるには重要過ぎます。

ヴァン・ヘルシングは彼の見解を、秘密結社:二十世紀における彼等の権力と影響力と題された研究の中に公表し、それは、インターネット上の引用されたヴァージョン以外、簡単には利用出来無い研究です。¹¹⁴

ヴァン・ヘルシングは、ナチスの秘密裡の兵器の研究の始まりを、それらの秘密結社、つまり、この謎めいたエネルギー(エーテル)の秘密を保存した、今はもう失われた地下文明の、サー・エドワード Bullwer-Lytton の小説の「ヴリル」、またはエーテルのエネルギーに因んで名づけられた「Vril Gesellschaftヴリル会)」と呼ばれ、そして更に有名、または悪名高い、ナチス党を存在へと産み出す実際の手助けをした秘密結社 Thule Gesellschaft (トゥーレ会の、正に秘密裡の戦前の計画に位置付ける事も含めて、ナチスの UFO の伝説の多くのテーマを繰り返します。それらのアイデアは、ナチスの UFO の伝説において新しいものでは全くありません。ヴァン・ヘルシングと共に何が新しいかと言うと、そのミックスに彼が加える、奇妙な詳細です。

例えば、ヴァン・ヘルシングは、そのヴリル会は、「主に UFO の構築に没頭していました。彼等は、ヴィクター・ショウバーガーと W.O. シューマン博士の隣でまた、シュリーヴァー、ハンバーモール、ミーテ、エップ、そしてベルゾを、彼等のために働かせていました、」と明言します。¹¹⁵ 言い換えるとヴァン・ヘルシングは、1950年代においてルドルフ・ルーサーに最初に公表された逸話以来、それらの珍しい科学技術の開発と関連した「空飛ぶ円盤の専門家達」とされる全てが、その主要な目的が、その様な乗り物を造る事だった秘密結社の、元々の会員達だったとする、驚きの主張をします。ナチスが行った全ては、明らかに、彼等自身のオカルトに鼓舞された管轄区:SS (親衛隊)の下でその計画を続行する事でした。

ですがこれを超えて、ヴァン・ヘルシングはまた、この注目すべき明言と共に、2つのその他の主張を行い、一つはとても露骨なもので、そしてもう一つは暗示されただけのものです。最初の場合において、彼は大胆にも、地球の「シューマン・レゾナンス」と呼ばれるものを発見した、世界的にも有名な科学者で、物理学者の W.O. シューマンが彼自身、この秘密結社への会員で、それらの計画の上で協力していたと主張しました。二番目の場合においてヴァン・ヘルシングは、証拠に実証されていない彼の主張によって、ドイツ国内の幾つかのグループは、ナチスが権力へと台頭する遥か以前に、「教科書に載っていない」物理学と科学技術の秘密裡の開発に拘わっていたと、明らかに示唆しました。これにおいて、彼の主張は、米国における1890年代の「空中船」の羽ばたきが、その最初の「空中船」を秘密裡の設計し、完成させ、実験し、そして飛ばさせた、秘密裡のグループによってもたらされたと信じる人達に類似していました。

それらがヴァン・ヘルシングの行う唯一の主張であれば、それらを微笑みと笑い声と共に、単純に無視して先に進むのは、比較的に簡単だったでしょう。しかしながら、ヴァン・ヘルシングはまた、彼の主張をそれらの秘密結社の知られているオカルトな教義と対にして、ナチスの計画の背後の主要な動機とし、そしてそうする事において、2つの宇宙計画の論説の、彼自身の「ナチス」のヴァージョンを提案しました。彼の主張の重要性は、故に、NASA (のロケット)の発射と計画の「ロゴ」の多くが、特に天体的な配置に対する、オカルトの教義と実施に対する言及において調整されていると言う、リチャード・ホーグランドの信念とのその奇妙な協力証言にあります。

この奇妙な歴史が始まったのは、ヴァン・ヘルシングによると、第一次世界大戦中の1917年においてで

「ウィーンにおいて、オカルト主義者、ルドルフ・ヴォン・シーボッテンドルフ男爵、the Gurdjeff (sic)の弟子、カール・ハウスホッファー、エース・パイロット、ローター・ワイズ、(テンプル騎士団の後継者達である)秘密裡の「マルシオーニ・テンプル会」の高位聖職者、ゲルノット、そしてザグレブからの憑依的な媒体者(霊媒者)、マリア・オルシクが会った時でした。彼等は全て、「ゴールデン・ドーン(黄金の夜明け)」、その教義、儀式、そして特にアジアの秘密結社のロッジについての知識を詳しく研究しました。シーボッテンドルフとハウスホッファーは、インドとチベットへの経験豊かな旅人達で、それらの場所の教えと神話によって多大に影響されました。第一次世界大戦の間に、カール・ハウスホッファーは、アジアの最も影響力のある秘密結社の一つ、チベットの黄色い帽子(dGe-lugs-pa)と接触しました。この結社は、仏教の宗教改革者、Tsong-kha-pa によって、1409年に形成されました。ハウスホッファーは入門し、そして彼の任務が失敗に終われば自殺すると誓いました。ハウスホッファーと黄色い帽子の間のその接触は、1920年代においてドイツに、チベット人達の入植地が形成される事に繋がりました。

「それらの4人の若い人達は、ウィーンにおけるそれらの会合の間に、テンプル騎士団の秘密裡の革命的な文献について、そしてまた、Die Herren von Schwarzen Stein (「黒い石の主達」)の秘密結社についての何かを学ぶ事を望みました。」¹¹⁶

再び、その表面上において、ヴァン・ヘルシングの主張について、新しいものは何も無く;類似したテーマとの関連において、人は - ヴォン・シーボッテンドルフと、ヒトラーの「地政学的な」グールー(師匠)、ハウスホッファー将軍の - 親しみのある名前に出会い:東洋とその「秘密の英知」のための没頭でした。

ですが、再び、ヴァン・ヘルシングは新たな情報を分かち - 再び全く実証的な証拠無しでですが – それは彼に独特なもので、つまり、そのウィーンの会合は二重の目的のためのもので:(1)何らかの、明らかに(とても)秘密裡なテンプラー(テンプル騎士団)の文献についての知識を会得する事、そして(2)更にもっと秘密裡の同胞団、黒い石の主達についての知識を会得する事でした。そして勿論、忘れられてしまわない様に、黒い石はドイツ語において shwarzen Stein で、「SS」として略されます。故に、ヴァン・ヘルシングがこの新たな展開を、同様に「SS」と略される、もう一つの太古のオカルトの教義、イルミネーション(啓蒙/悟り)の「黒い太陽」(schwarze Sonne)と対にするまでに、そう長くはかかりません。¹¹⁷

その後、1917年9月において、ヴォン・シーボッテンドルフ男爵は、「アンタースブルグにおいて、それに因んでその秘密結社が名付けられた「黒く-紫の石」の力を受け取るために」この謎めいた「黒い石の主達」の同胞団の指導者達と同胞達に会ったと主張されました。¹¹⁸ 再び、この主張のための実証、または証拠はありません。しかしながら、フランクリン D. ルーズベルトに対する助言者で、有名な旅人-冒険家-オカルト主義者、ニコラス・ローリックの形状において、恐らく、とても間接的な協力証言が存在します。ローリックは、勿論、「マジック・ストーン」との類似した没頭を有していて、つまり、有名なモンゴルの chintimanti の石です。

どんな場合であれ、1917年9月に起こった事が何であれ、成功的だった様に現れるのは、1918年に、バド・アイブリングにおいて、ヴォン・シーボッテンドルフの周りで一つのグループが形成され、それは悪名高いトゥーレ会に成りました。「科学的なマジック、占星学、オカルト主義とテンプラーの知識と同時に、タントラ、ヨガ、そして東洋の黙想の様な『ゴールデン・ドーン』の実施が全て融合された」のは、此処においてでした。¹¹⁹ そしてこの効能有るミックスの中にあったのがまた、メシア(救世主)主義の色合いだったのは、Thule Gesellschaft (トゥーレ会)がまた、「イシス(アイシス)の啓示に続き、ドイツに栄光と新たなアーリアの文化をもたらす、来るであろう救世主(ドイツ語:Heiland = 神聖なもの)、「第三のサルゴン(王)」を信じたためでした。」¹²⁰ 言い方を変えると、そのプログラム(計画/洗脳)は完全なもので:その秘密結社の目的は、覇権の失われた、そして珍しい科学技術の(再)発見と(再)構築であり続けただけでなく、それはまた、その思想と目的を権力へ置く事も求めました。権力を取ると、それは、それが(再)発見する事を求めている正に科学技術的な方法によって、権威においてそれ自体を保とうとしました。故に、示唆によってヴァン・ヘルシングは、その始まりからのナチス党の隠された、または「オカルトされた」目的の一つは、その本質において常に科学技術的で、オカルトであると言っていて;それは覇権の失われた、そして埋められた科学技術の(再)発見に献身していて、端的に、珍しく、膨大に破壊的な兵器の創造のためです。それは、言うなれば「アトランティス的」と呼ばれる事の出来る、オカルトの兵器の目的を共にした、世界における一つの政党でした。それは、アトランティスにおいて両方の足をしっかり踏ん張った、世界における一つの政党(ナチス)でした。

この点を強調するために、ヴァン・ヘルシングは、Thule Gesellschaft の会員達として、以下の人達をリストする、ディートリック・ブエルロンダーの有名な研究、Befor Hitler Kamm (ヒトラーが現れる前に)から引用します:

1. ルドルフ・ヴォン・シーボッテンドルフ男爵、グランド・マスター
2. グイド・ヴォン・リスト、マスター
3. ヨルグ・ランツ・ヴォン・リーベンフェルツ、マスター
4. アドルフ・ヒトラー、後の帝国首相、そして「SS の上司」
5. ルドルフ・ヘス、後の副総統と SS の親衛隊大将
6. ハーマン・ゲーリング、国家元帥と SS の親衛隊大将
7. ハインリッヒ・ヒムラー、親衛隊全国指導者と帝国大臣
8. アルフレッド・ローゼンバーグ、帝国大臣と国家社会主義ドイツ労働者党の全国指導者
9. ハンツ Franck, 国家社会主義ドイツ労働者党の全国指導者と占領下のポーランドの後の総督
10. ジュリウス Streicher, ナチスの SA の全国指導者
11. 少将カール・ハウスホッファー教授、オカルト主義者で治政学者、ヒトラーのリーベンスラウムの教義の考案者として考えられています
12. ゴットフリード・フェダー教授
13. ディートリック・エッカート、詩人、オカルト主義者 the Völkischer Beobachter 新聞の編集長
14. バーンハルト Stempfle、 ヒトラーの助言者
15. セオ・モレル博士、ヒトラーの専属医師
16. フランツ・ガートナー、ミュンヘン警察署長
17. ルドルフ・スシュタイナー、人智学会の創始者
18. W.O. シューマン教授、ミュンヘン科学技術大学
19. Trebisch-リンカーン、オカルト主義者でチベットの旅人
20. ウェストラップ伯爵夫人¹²¹

このリストは、幾つもの要素において啓示的です。

最初に、それが1938-1939年におけるナチスの南極調査の背後で働いているオカルトの影響力の可能性を見解する一般的なコンテキストを供給するのは、その調査が帝国元帥、ゲーリングの支援の下で行われたためです。第二に、それは、その調査が発見した秘密が何であったにせよ、ヘスはそれを知っていて、そしてそれらがヘス - または彼の影武者を - 戦後もずっと幽閉に保った連合国の権力側のための究極の動機だったと言う、幾らかの人達の主張を見解する、類似したコンテキストを供給します。最後に、それは、第三帝国と、その秘密裡の兵器のブラック(秘密)な計画自体、オカルトの教義と実験の重度な混合を含んでいた計画を見解する興味深いコンテキストを供給します。そのリストの一見から、その SS 自体が Thule Gesellschaft (トゥーレ会)から第三帝国への、目に見える延長である事は明らかです。または、言い方を変えると、国家社会主義党(ナチス)を通して、オカルトの秘密結社が、世界の強力な権力の一つ(ドイツ)において権力の中枢を手に入れ、そして故にその国家のエネルギー全体を、その目的の表向き、そして裏側(秘密裡)の探求へと注ぐ事が出来ました。

ナチスの思想の背後にあった、そのトゥーレ会によって信じられた教義の中にあったのは、マーシオニズム(Marcionism)として知られた、早期のキリスト教の異端の、「反-旧約聖書の見解に偏った・・・哲学者、グイド・ヴォン・リストによる・・・宗教のアーリア-ゲルマン(ドイツ)的な構築」でした。¹²² トゥーレ会によって信じられたアーリア人達の「秘儀的な歴史」によってこれは拡大させられ、太古のドイツと北欧の神話から、再構築された歴史でした。それらの中で特徴的だったのは、その首都、「アルティマ・トゥーレ」を共にした、「太古のアーリア人達」によって住まわれた大陸、「ハイパーボリア」における信仰で、その両方は「最も高い北」に位置付けられました。更に加えて、それらの「太古のアーリア人達」は、牡牛座の主要な星(恒星)、アルデバランのシステム(恒星アルデバランを太陽とした、アルデバラン太陽系)における一つの惑星からの宇宙旅行者(異星人)達でした。¹²³

この神話によると、その大陸は、最後の氷河期の間に(海に)沈み、其処において、テュートン(ドイツ)的な準備周到と共に、太古のアーリア人達は、巨大な機械によって掘られた、膨大な地下都市において、「ヒマラヤの地域の地下に移住した」とされます。¹²⁴ これは、順を追って「それらの入り口を見つけるために、SS によって、ヒマラヤへと送り込まれた、2度の大規模な調査団」のための理論を形成します。「更なる調査団は、アンデス山脈、北方のマット・グラッソ山脈、そしてブラジル南部のサンタ・カタリナ山脈、チェコスロヴァキアとイングランドの一部を調査しました。」¹²⁵

ヴァン・ヘルシングが記述する様に、ヒトラーの治政学者、カール・ハウスホッファー将軍は、この教義に対して、彼自身の個人的で二元論的な考えを持ち、こう主張しました:

「トゥーレは - チベットとインドのその他の研究者達の全てとは対照的に - 実際にアトランティスで、その生き残ったトゥーレ-アトランティス人達は、良い者と悪い者の2つのグループへと分離させられたと、彼は述べました。彼等の神託、アグハルティに因んで、彼等自身を呼んだ者達は - 善良な者達でヒマラヤの地域に移住し、邪悪な者達はシャンバラで - 人類を奴隷化したい者達で、そして彼等は西洋に行きました。アグハルタとシャンバラの人達の間の戦いは、数千年に及び続き、そしてその第三帝国においてアグハルタの代表としてトゥール会が、シャンバラの代表であるフリーメイソンシオニスト達に対してそれ(戦い)を続けましたと彼は主張しました。これが恐らく、彼の任務だったのでしょう。」¹²⁶

ハウスホッファーはその後、1919年において、二番目の結社、「Brüder des Lichts (sic)(光の同胞団)を設立したとされ、その結社は後に、Vril Gesellschaft (ヴリル会に成りました。¹²⁷ ヴァン・ヘルシングによると、この秘密結社は、昔のテュートニックの結社から派生したとされる Die Herren vom Schwarzen Stein (黒い石の主達)、そしてトゥーレ会の Schwarze Ritter (黒騎士団)と、Schwarze Sonne、または黒い太陽の SS のエリートを統一しました。¹²⁸

この設立の機会は明らかに、後にヒトラーの住処になった、Berchtesgaden 付近の借りられた山小屋における、それらの様々な秘密結社の会員達が話し合った会合でした。その会合はまた、「秘密裡のテンプラーの暗号 - 彼女にとって知らない言語において - 空飛ぶ機械の構築のための技術的なデータを共にして、憑依(霊媒)的に伝達を受け取った、2人の憑依媒体者達によっても、出席されました。ヴリルの書類によると、それらのテレパシー的なメッセージは、68光年離れた牡牛座の中のアルデバラン太陽系から来ました。」¹²⁹

このメッセージの一部として、その媒体者達は、「非-白人の民族が『スピリット的な発達の、より低い(段階)』で、そして『民族が更に混血すると、それらの人々のスピリット的な発達は、より低下する』と教えられました。¹³⁰ 彼女達はまた、「アルデバラン」の「神聖」な人達が、火星と木星の間にある現在の小惑星ベルトの地域に当時、存在していた「惑星マローナ(同様に、マラデク、マルデュック、または - ロシア語では - ファエトンとも呼ばれます)」に入植したと「伝えられました。」¹³¹ 勿論、その小惑星ベルトが元々、爆発した惑星だったアイデアは古い論説で、第二の小惑星が発見された後に、ボードの法則が何故、小惑星ベルトの軌道上に惑星があるべきだと予測した際に、天文学者達が説明しようと求めた時に、19世紀の初頭において、科学者達に最初に考えられました。¹³²

着目する事が最重要なのは、しかしながら、ヴァン・ヘルシングの主張は、ドイツの内部の誰かが、爆発した惑星の、天文学的な理論と、特定の太古のシュメールの神話、恐らく最も可能性が高いのは、太古の大量破壊兵器の方法による、現在は消失している惑星の破壊を描写する、太古の戦争のエピックである、エヌマ・エリシュに関連させた事です。¹³³

ですがヴァン・ヘルシングが其処に留まらないのは、彼がまた、それらのオカルトの実施、秘密結社、天文学的な理論を、新たな科学と新たな科学技術の秘密裡の開発に関連させるためです:

「アルデバランについてのそれらの明言が、事実に基づいているのかどうかを、私達は知る事が出来ませんが、ヴリルのテレパシー能力者達が受け取った構築計画と技術的な詳細は - それらが何処から由来したのかはどうであれ - とても精密で、それらは人々が今まで得た最もファンタスティックなアイデアに繋がり:「もう一つの側のための空飛ぶ機械」であるJenseitsflugmaschine の構築でした。」¹³⁴

それらの明言が一体何を意味するのか考えるために、私達は一時停止しましょう。

最初に、ヴァン・ヘルシングは、それ無しでは、ヴリル会が媒体者達から UFO の計画を受け取る唯の古い逸話に更なる多大な詳細を供給し、つまり、一緒に成った秘密結社、そして関わった媒体者達の名前¹³⁵、時¹³⁶と場所、Berchtesgaden 付近の山小屋を彼は供給します!ですが第二に、上述の明言が直ぐに鮮明にする様に、彼の関心はそれらの主張では無く、むしろその後にヒトラーの治政学者に成った正に人によってその目的のために設立された秘密結社による、全く異なった科学技術と科学の開発に、それらが繋がったと言う事です!

あたかもそれだけでは十分では無いかの如く、ヴァン・ヘルシングはその後、以下の明言を行います:

「『オルタナティヴな科学』のこの早期の段階の間に、トゥーレとヴリルの両方の会員であり、ミュンヘンの科学技術大学の W.O. シューマン博士は、その一部が此処に再明記された演説を行いました:

『全てにおいて私達は、出来事を決定する2つの原則を認識し:光と闇、善と悪、創造と破壊で - 電気においての様に私達はプラスとマイナスを知っています。それは常に:二者択一で・・・来る新たな時代は、新たなプラスの、神聖な科学技術の時代に成るでしょう!』」¹³⁷

ヴァン・ヘルシングはその後、それらの明言は - 彼が「実証する」数少ない内の一つですが - 「ドイツの SS の秘密裡の書類保管」から引用されたと記述します。¹³⁸

ヴァン・ヘルシングによると、最初の「円盤」は、1922年においてヴリル会によって秘密裡に製造されました。¹³⁹ 彼はこれに対して、更にもっと特定的な情報と共に続きます。例えば、この機械は2年間試験され、それはその後「解体され、恐らく、メッサーシュミット社のオウグスバーグの研究所において保管された」と彼は主張します。¹⁴⁰ 更に加えて、「この研究の資金援助の支払い」を表した「(Jenseitsflugmaschine のための)コードネーム『JFM』の下」で、ドイツの航空会社の金融的な記録における記入がありました。¹⁴¹

ですが、彼のファンタジアが制限知らずに成るのは、ヴァン・ヘルシングが第二次世界大戦とナチスの下のそれらの計画の継続に辿り着いた時です。例えば、「1943年の初めにおけるツェッペリンの研究において、葉巻型の母船を製造する事が計画され」、「アンドロメダ機器」と呼ばれた機械で、約150ヤードの全長を共にし、その機体の中には長期間の飛行のため - または、恐らくもっと上手く言えば、アダムスキー的な想像の飛行の - 幾つもの円盤型の乗り物」を保管する事が可能だと、彼は主張しました。¹⁴²

ですが、それらの衝撃的で、高度に疑わしい主張のすぐ後に、ヴァン・ヘルシングは再び、更に実証証拠の無い特定要素を述べます:

「1943年のクリスマスに、コルバーグの港町において Vril Gesellschaft の重要な会合が開かれました。その2人の媒体者達、マリア・オルシクとシグランが出席しました。その目的の主題は、アルデバラン計画でした。その媒体者達は、太陽アルデバランの周りの定住可能な惑星の正確な情報を受取り、そして直ぐに其処への旅の計画が始められました。1944年1月22日におけるヒトラー、ヒムラー、(ヴリル会の)クンネル、そしてシューマン博士の間で、この計画が話し合われました。光速に対して独立的な次元チャンネルを通して、アルデバランへと、大型収納能力の乗り物、ヴリル7号を送り込む事が計画されました。ラットホッファーによると、その次元チャンネルにおける最初の試験飛行は、1944年の冬において行われました。それは、ギリギリ、大災害を免れました・・・」¹⁴³

この全てに加えて、ヴァン・ヘルシングはまた、それらの珍しい乗り物は、「それ自体の周りに極度に強いフィールド(場)を創造し、その周りへとやや延長し、それはその機械を含みそう囲まれた空間を地球に結び付いた空間から絶対的に独立的なミクロコズム(小宇宙/環境)にします」と明言します。¹⁴⁴

この珍しい研究の全ては、ヴァン・ヘルシングによると、ナチスの下で、「オルタナティヴなエネルギーを研究している SS 内部のグループ、SS-E-IV」、または SS Entwicklungstelle IV (SS 開発グループ IV)によって行われました。此処において、ヴァン・ヘルシングが、より確かな土台の上にいるのは、実際に SS の内部にその様なグループが存在していたためで、その最上級機密の指令は、正しく「オルタナティヴなエネルギー」を研究する事でした。ですがヴァン・ヘルシングが、彼のお得意のオカルトの捻りを加えるのは、彼がこのグループを「黒い太陽の開発グループ IV」、または Schwarze Sonne と呼び、その略が 「SS」であるためです。黒い太陽(Schwarze Sonne)、または黒い石(Schwarze Stein)の教義は、ヒムラーの最も上級の SS の幹部達にのみ知られた SS の秘密裡の教義でした。¹⁴⁵ このグループの目的は、「ドイツを外国の石油から独立させる事」でした。¹⁴⁶

この全てから台頭するのは、ナチス・ドイツにおいて2つの宇宙計画が既に存在していた事で、実際に「秘密」だったヴォン・ブラウンと Peenemünde の科学者たちのロケット計画だった、「表向きの」宇宙計画と、秘密結社によって開始され、SS によって続行された、完全に異なった物理学と科学技術を伴った計画である、更にもっと秘密裡の、そしてもっと以前からの計画でした。

ヴァン・ヘルシングのファンタジアが奇抜だと、必然的に人に衝撃を与えるかも知れない間、その特定の要素は、ナチスの秘密裡の兵器開発と共に人が予測する様に成る大まかな概要に当てはまり:オカルトの鼓舞の根底の流れ、完全な秘密主義における開発、新たな物理学と新たな科学技術のための探求、科学と科学技術の再構築における太古の神話の知識とその上の明らかな信頼、そしてそれらとのその他のオカルトな教義 - 「根源的な民族」、地球外的な人間の起源、等々で – そして大量虐殺的で政治的な目的の融合でした。

もし、ヴァン・ヘルシングが示唆する様に、この二重の軌道の計画が実際に戦前の秘密結社によって始められたのなら、すると、彼の主張を確かめる一つの方法は、戦時中に SS が探求していた、珍しく、そして秘儀的な研究の一線を、戦後も継続した同じ、または類似したグループが存在したと言う何らかの示唆を検証する事かも知れません。

どんな場合であれ、ヴァン・ヘルシングは、2つの宇宙計画の論説の最後の言葉ではありませんでした。実際に、もしデーヴィッド S. パーシーとマリー・ベネットが正しいなら、2つの宇宙計画は、戦時中にナチスによって始められただけでなく、戦後もソヴィエト連邦と米国の両方によって継続され、それらは加えて - 月と言う - 究極の褒美が、其処へ最初に行った者に、威光と軍事的な地位において豊富な利益を約束した冷戦の絶頂期において特に、ライバルと主張される(米ソの)宇宙計画が実際に表すよりも、それら(米ソ)の間の遥かに多くの調整を表しました。

6. The Dark Moon Version
6.暗い月のヴァージョン


英国の著者達、デーヴィッド・パーシーとマリー・ベネットは、アポロの月への有人飛行計画の歴史的な記録を疑う研究者達の、長い一列の最新鋭です。これは、彼等が典型的な「アポロは全くのヤラセだった」の類だと言う事ではありません。とても対照的です。彼等自身の件を彼等が述べた様に、彼等の著書、暗い月:アポロと告発者達の彼等の目的は「人類の月の探索、特にアポロの月面着陸の、公式な記録の正当性の全体を問い正す事です。私達は、しかしながら、地球からの宇宙飛行士が、月の上で一度も歩いていないと主張しているのではありません。」¹⁴⁷ つまり、彼等は人類が月に行ったと信じますが、それが起こったと私達が伝えられている方法において、それは起こらなかったと言う事です。

アポロ計画とその有名な月面着陸の公式な説明を疑う多くの研究者達と同様に、ベネットとパーシーは、月の上にいる間に、宇宙飛行士達によって撮影されたとされる月の写真の多くが、実際にはセットの上で撮影されたと言う、注目せずにはいられない論議を提供します。その他多くと同様に、照明における、一枚の写真の中の影の矛盾している角度、影の中であるはずの処からの光の源泉(照明)等々の、通常の矛盾を彼等は指摘します。その他多くとは異なり、彼等はそれらの異常を、彼等(宇宙飛行士達)が全く行かなかった証拠として引用せず、私達(人類)が(月に)行った方法の公式なヴァージョンについてのみ、疑問を派生させます。そして2つの宇宙計画の論説は、彼等が実際に起こったと信じるものの、彼等の再構築に重要です。

彼等の見解の上で、その2つの宇宙計画の論説は、以下の概要を取ります:

・大規模な宇宙計画のための土台は、第二次世界大戦の間に敷かれました。

・その計画は、2つの超大国(米ソ)の間の協力として、発案され、計画されました。

冷戦は、その下で、この計画の要素が行われ、隠される事の出来る、便利な覆いでした。

・それらの行いの全ては、最も高いレベルにおいて指揮され、選別され、隠された極少数だけが、その計画の全体的な目的を知っていました。

・それらの目的は、未だに完全には達成されていません。私達が言及しているのは、少なくとも1947年以来存続している計画で - そしてそれは幾つかの分類へと分離します。

・もう一つの方法で言うと、ケネディー大統領による、1960年代における判断の結果として、一般大衆によって見解されている NASA のアポロの段階は、実際には、より大きな計画の(重要ですが)小さな一部でしかありません。

・この世界の超大国の間のライバル心に関して、人類が経験した事が何であれ、今日、何らかのとても高い、目に見えないレベルにおいて、必ずしも私達の関心の全てがその中心に無い目的に都合が良い様に、私達の考えは操作されています。¹⁴⁸

此処における関心が何かと言うと、その2つの宇宙計画の論説と、1947年の有名な出来事 - ワシントン州におけるケネス・アーノルドの最初の UFO の目撃と、その後の更にもっと有名な、それに伴う必然的な結果を共にした「ロズウェル事件」との明らかな関連性ですが - 更に重要な事に、第二次世界大戦の出来事に対する関連です。これに関して、ベネットとパーシーは特徴的です。

更に加えて、彼等は繰り返し、ナチスとの関連性をヒントし、または少なくとも、彼等の接近の仕方が示唆するのは、「ヒトラーの戦争マシーンの残り(科学技術/科学者達)が無ければ、私達の宇宙への第一歩は恐らく、10年以上後に起こったであろうためです。」¹⁴⁹ ベネットとパーシーによると、NASA の公の政策の大部分に成った偽り - その論説のその他のヴァージョンとの関連において、この章の中で既に記述された偽りは – その機関が設立される随分以前から既に確立されていました。それらの偽りに繋がった政策の決定は、彼等が指摘する様に、「ドイツの戦前と戦後の期間にあります。」¹⁵⁰ その偽りは、実際に、ペーパークリップ作戦の、意図的に泥沼にされた構図に起因します。ベネットとパーシーが皮肉を言う様に:

「此処で幾らかの興味深い算数が続きます。私達は(デーヴィッド)ベイカーによって、1945年10月に、ドイツの科学者達がフォート・ブリス(基地)に到着し始め(つまり、ヴォン・ブラウンと彼の5名の小さなチームの前衛部隊)、そして1946年3月までに彼等の人数は頂点に届き - 合計39名だったと伝えられました。

「(ペーパークリップの科学者達)Stuhlinger とオードウェイは、1945年11月と1946年2月の間に3度の輸送船があり、アメリカにおいて合計118名の男達が到着したと私達に伝えます。ですから1946年までにアメリカの陸軍は既に85名の科学者達を見失いました。彼等は AWOL (無届外出)と宣言され、フォート・ブリスでは無い何処かに保護されたのでしょうか?彼等の幾らかは恐らく、アルモゴルドにいたのでしょうか?ペーパークリップ作戦の下でアメリカへと許されたドイツのロケット科学者達の合計127名から、私達は合計6+118=124を有します。」¹⁵¹

ですが彼等の疑いは、ペーパークリップ作戦よりも更に日付を遡り、そして米国へと実際にもたらされたドイツの科学者達と技術開発者達の一貫的な人数を与えられない歴史的な記録の無能さまで遡ります。

その2つの宇宙計画は、少なくとも連合国側において、その戦争自体の期間に実際に始まったのかも知れません。この主張の証拠として、パーシーとベネットは、1943年における Peenemünde の施設に対する R.A.F (英国王立空軍)の大規模な600機の爆撃機の空襲を提供します。

「『グリフィン』とコードネームされた、ポール・ロスバウドによって供給されたドイツからの情報の御蔭で、英国は、1)技術開発者達の居住区、2)ミサイルの事前-産出(部品)施設、そして3)R & D 実験所/オフィスを破壊する様に計画された、ハイドラ作戦を決行しました。8月18日の深夜9分過ぎ、そして47分間を超えて、600機、そうです、六百機の、王立空軍の爆撃機が標的を印し、そしてその後1,593トンの高性能爆薬、そして281トンの焼夷弾を、Peenemünde の上に落としました。しかしながら、始めから、空爆の開始地点が全体的に間違って指定され – 更に2マイル北に位置する指定されたルーデン島では無くむしろ、Peenemünde の半島の北部が、標的の表示器によって照らされました。この元々の「大失敗」の結果として、その空爆は、その目的の2/3において失敗でした・・・最も高度なレベルからの指示は、人員を標的にする事で、そしてV-2 ロケットの産出施設では全く無かった様に見えます。」¹⁵²

実際に、人員を標的にする事においてでさえ、その空爆が大した成功では無かったのは、「死亡した800名の地上の人員の内、約半分は労働収容所の収容者達(殆どソヴィエト達)と、もう半分は、技術者達と彼等の家族達だったためです。¹⁵³ 重要な科学者達 – カート Debus、ヴァーナー・ヴォン・ブラウン、ハーマン Oberth 等々は - 生き残りました。

ですからこれは、その空爆の作戦的な計画において、最後の最後に変更させられた可能性を浮上させ、最も高いレベルにおいて行われた変更です。ナチス・ドイツの上空のその空爆において、不正確さや無能さの評判の無い RAF は、空爆自体のための開始地点のための座標について、誤った情報を受け取りました。その様な変更は「前衛のパスファインダー(通り道の発見機)が、目印の発光信号を『短すぎる』そして/または『長すぎる』様に配置させる事を確かにし、故に知っている者達 - 「無限のご主人様達」が喉から手が出る程、必要としていた科学者達とロケット科学技術の安全を確保しました。¹⁵⁴ 簡単に云うと、標的に対してその通常のノックアウト・パンチを与える事に対する RAF のこの単一的で特徴的な失敗の土台の上で、Peenemünde の重要な地帯が、その戦争の後にその科学技術と科学者達を手に入れるために、意図的に救われたと、ベネットとパーシーは信じます。

ですがその戦争の後に、物事は更に奇妙に成りました。様々な文献の慎重な調査の後、ベネットとパーシーは、ソヴィエトとアメリカ人達が – SS のカムラー将軍によって建設された、奴隷労働収容所を利用した、V-2 製造のための地下施設である – 悪名高い Mittelwerk (ミドルワーク)に、同時に到着し、そして更に加えて、戦利品を分け合うのに協力したと結論しました!¹⁵⁵ その様なやけに目立つ矛盾は

「この期間の全体が、一つの結合的な全体として組織化され、そして誰が書類、素材、そして人員達をより多く奪えるかの唯の時間との競争では無かったと言う私達の理論を最も確かに支持します。この計画は確かに「宇宙競争」の逸話に対する前例で、それもまた、一つのものに見える様にデザインされましたが実際には全く異なった方法において機能しました。」¹⁵⁶

米国が、ヴォン・ブラウンと彼が、彼と共にもたらした書類と共に、数百名のドイツ人の科学者達を米国に輸送した間、ソヴィエト連邦はロケット開発に携わった3,000名を超える技術者達を確保し、そして彼等の新たな仕事は、彼等の新たなソヴィエトのご主人様達のために、「ヴォン・ブラウンによって持ち去られた書類を再確立する事でした。」¹⁵⁷ それは、その戦利品の都合の良い分配でした。

そして恐らく、都合が良すぎました。

ベネットとパーシーは、1958年において、英国の出版者、ロバート・マックスウェルが、国際的な地球物理学の年のための、モスクワにおける会議に出席した事を指摘します。其処にいる間、マックスウェルは、「本の題名」とされるものの63ページを含んでいる文献を、ある日、彼のホテルの部屋に持って戻り、その書類は昼食の前に返却されなければならなかったので、彼の妻に急いで写真を撮る事を頼みました。彼の妻は、こう思い返します

「32ページまでに成ると、彼女はそれが本の題名などでは全く無く「Die deutschen Firma, deren Einrichtung demontiert und zur Ausführ nach der Sowjetunion bestimmt sind」だったと気付きました。それはこう翻訳されます:「その道具/機器が解体され、そしてソヴィエト連邦へと輸送されるドイツの企業。」・・・このソヴィエトのショッピング・リストが、ドイツ語で書かれていたのは重要でした。

「何故それは、ロシア語ではなかったのでしょう?」¹⁵⁸

この不穏な問いに対する一つの答えは、勿論、その「戦利品」の分配が、その戦争が終わる前に、ナチス自体によって決定されたと言う事です。私達は直ぐに、このアイデアが実際にどの様にして、そして最も奇妙な事に - 2つの宇宙計画の論説の様々なヴァージョンを説明し、そして統一出来るのかを目撃します。

その論説のベネットとパーシーのヴァージョンは、此処で、その最終的で、完全な発展に届きます。ソヴィエト連邦が、1952年に始まった3段階の移動において、ドイツ人の技術者達を帰郷させ始め、1954年に最後の技術者達をドイツへと戻らせた事に着目し、彼等はソヴィエト連邦とアメリカにおけるナチスの科学者達の利用の間の一つの決定的な違いを鮮明にさせます。ソヴィエト連邦においてそれらの技術者達は、主にロシアの大学生達に教えるために利用され、その学生達は、順を追って、彼等がまだ学生達である間に、ロシアの宇宙計画において働く事によって、実技的な経験を会得しました。¹⁵⁹ これにおいて人は、セルゲイ・コロリェフの確かな手と同時に、宇宙の達成における早期のソヴィエトの成功のための理解を探知するかも知れません。ソヴィエト達は少なくとも、出来る限り早く、余計なナチスからの影響力から、彼等の計画を解放しようとした様に現れます。

そしてこれが私達に最終的にもたらすのは、2つの宇宙計画の論説の、ベネットとパーシーのヴァージョンです:

「最も都合が良い事に、第二次世界大戦の終わりにおける政治的な世界は、2つに分断され - 一つは西欧における「表向きの分野」で、もう一つは東欧のプライヴェートな分野でした。この分断を利用し、劇場において安全対策のカーテンが降りるのと同じ方法において、その鉄のカーテンを降ろす以上に、より単純な事はあるでしょうか。この策略(建前)は、その宇宙計画の組織者達が、比較的な不明瞭さの中で働く事を許しました。

「2つのチーム(米ソ)が月を目標としていると言う感覚において、常に宇宙競争は存在していました。現実において、その目的は、競争的なものではありませんでした。それらの2つのチームは、(表向きには)異なった色を着ている間、真実において同じ側(一緒のチーム)でした。そしてもし、鍵の役者達の多くが、本当の筋書きを知らなかったとしても、(私達の見解において)少なくともコロリェフとヴォン・ブラウンが、本当の状況を知っていた可能性は高いです。」¹⁶⁰

故に、その論説のベネットとパーシーのヴァージョンにおいて、2つの宇宙計画化は正に、「表向き(一般大衆)の消費」のための米国と NASA の計画で、そしてその隠れたご主人様達の秘密裡の目的を行った、ソヴィエト連邦の秘密裡の計画でした。実際に、彼等が指摘する様に、それらの2つの計画の操作は、「文明の最も高度に訓練された専門家達の幾らかの献身を操作し」そして「それらの実現化のために多大な資金が援助された」、「極少数の人達」に委ねられました。

ですがその2つの超大国の宇宙計画が、「表向き」と「秘密裡」の線に沿って、慎重に作為されたと主張する事は、今までに殆ど提案されていなかった、それら(米ソ)の間の協力の度合を示唆します。しかしながら、これは、正にその記録が示唆する事であると、ベネットとパーシーは強く主張します。「アメリカ/ソヴィエト宇宙(計画)のタイムテーブル(時系列)は、ある場合においては月毎の飛行(発射)の変更を共にして、どれだけ慎重にそれらの間で宇宙における進歩が分かち合われたのかを実証します。これは、正に最も高いレベルにおける、親密な計画と継続的な連絡の結果でしかありえません。」¹⁶² この提案の補佐において、彼等はそれぞれの計画の、以下の発射スケジュールを産出します:

Agency      Date     Mission
国        日付け    計画

USSR(ソヴィエト連邦) Jan 2, 1959 Luna 1
USSR           Sept 12, 1959 Luna 2
USSR           Oct 4, 1959 Luna 3
USA(米国)       Aug 23, 1961 Ranger 1
USA Nov 18, 1961 Ranger 2
USA Jan 26, 1962 Ranger 3
USA Apr 23, 1962 Ranger 4
USA Oct 1962 Ranger 5
USSR Apr 2, 1963 Luna 4
USA Jan 30, 1964 Ranger 6
USA Jul 31, 1964 Ranger 7
USA Feb 20, 1965 Ranger 8
USA Mar 24, 1965 Ranger 9
USSR May 9, 1965 Luna 5
USSR June 8, 1965 Luna 6
USSR July 18, 1965 Zond 3
USSR Oct 24, 1965 Luna 7
USSR Dec 3, 1965 Luna 8
USSR Jan 31, 1966 Luna 9
USSR Mar 31, 1966 Luna 10
USA June 2, 1966 Surveyor 1
USSR Aug 24, 1966 Luna 11
USA Sept 20, 1966 Surveyor 2
USSR Oct 22, 1966 Luna 12
USSR Dec 21, 1966 Luna 13
USA Apr 20, 1967 Surveyor 3
USA July 14, 1967 Surveyor 4
USA Sept 11, 1967 Surveyor 5
USA Nov 10, 1967 Surveyor 6
USA Jan 10, 1968 Surveyor 7
USSR Apr 7, 1968 Luna 14
USSR Sept 14, 1968 Zond 5
USSR Nov 10, 1968 Zond 6
USA Dec 21, 1968 Apollo 8
USA May 18, 1969 Apollo 10
USSR July 13, 1969 Luna 15
USA July 16, 1969 Apollo 11
USSR Aug 7, 1969 Zond 7
USA Nov 14, 1969 Apollo 12
USA Apr 11, 1970 Apollo 13
USSR Sept 12, 1970 Luna 16
USSR Oct 20, 1970 Zond 8
USSR Nov 10, 1970 Luna 17/Lunikhod
USA Jan 31, 1971 Apollo 14
USA July 26, 1971 Apollo 15
USSR Sept 2, 1971 Luna 18
USSR Sept 28, 1971 Luna 19
USSR Feb 14, 1972 Luna 20
USA Apr 16, 1972 Apollo 16
USA Dec 7, 1972 Apollo 17
USSR Jan 8, 1973 Luna 21/Lunikhod 2
USSR May 29, 1974 Luna 22
USSR Oct 1974 Luna 23
USSR Aug 9, 1976 Luna 24
¹⁶³

ですが何故、秘密主義なのでしょう?そして何故、その2つの計画の間の、明らかな調整なのでしょう?ベネットとパーシーはパンチを緩めません:「私達は、その秘密と繊細な要素が・・・地球外知的生命体(ET)の存在の権威側による特定の知識であると提案します。」¹⁶⁴

加えて、「ET のこの認識は、月の上に着陸する彼等の計画の背後の推進力でした。しかしながら、月は彼等の誓われた目的地への、段階的な場所でしか無く – (次の目的は)火星のシドニアの平野の上の地点への有人飛行でした。」¹⁶⁵ それらの物事を何故、彼等が信じるのかを説明するために、ベネットとパーシーがあまり多くを提供し無い間、着目されるべきは、彼等の明言の鮮明な示唆で、つまり、この「ET の認識」が、第二次世界大戦の終わり以来、両方の宇宙計画を推進している、本当の隠された目的で、そして再び第二次世界大戦の終わり以来、両方の本当の隠された目的は、火星への有人飛行だと言う事です。

この驚きの主張を実証するために、それ程多くを提供し無い間、彼等は2、3の手掛かりを提供し、つまり、宇宙計画の表向きと裏側の消費に加えて、その2つの計画に随行した物理学の表向きと裏側の消費があったと言う事です。最初に、両方の超大国が未だに水素爆弾の大気中の実験を行っていた時代の期間に、それらの実験が奇妙にも、その中で爆破が行われた半球から、反対側の半球において、オーロラを産出したと、彼等は記述します。つまり、水素爆弾は、部分的に、ハーモニックの機器です。¹⁶⁶ この現象について、物理学の教科書の中では、殆ど全く公には論議されていません。その問いは:何故?です。

二番目の現象、そして重大で、そして拡張的な公共の論議を隠蔽するための、NASA による試みを明らかに示唆するものは、更にもっと重要なものです。

「『アポロ11号』の間の主張された外向きの月への旅に関係している重要な現象があり、それは私達の知識において、全く解説されても、説明されてもおらず、またはその後のアポロの『旅』のいずれに対する関連においても、実際に触れられていないもので – NASA と宇宙科学コミュニティーのために、膨大な規模に成るかも知れない現象です。それは大き過ぎて(私達が知る限り)あらゆる論議、または知識を絨毯(じゅうたん)の下に隠す試みにおいてそれは「鍵がかけられました。

「私達は何に対して言及しているのでしょう?

「それは equigravisphere (同等引力圏)としてもまた知られる、(引力の)中立地点です。この地点は正にそれがそうであると言う(言葉通りの)ものです:

・2つの天体の間の引力的な「引き合い」が、お互いをキャンセルし合う、2つの天体の間の地点です。

・一度(宇宙)空間におけるこの地点を通ると、その乗り物は、それが離れて行っている天体(e.g. 地球)の引力によって、もう影響され無く成り、それが向かって動いている天体(e.g. 月)の影響下にその後、益々成ります。¹⁶⁷

その「中立点の矛盾」は、アポロ計画と、それらの公表されたデータのあからさまな特徴の一つで、そして幾つものとても重大な問いを浮上させます。

彼の引力/重力の理論を使用し、地球-月の中立地点を最初に計算したのは、サー・アイザック・ニュートンでした。その理論は地球-月の平均距離、238,000マイルを彼に与え、そしてその中立地点は故に、月から約23,900マイルにおいて起こりました。¹⁶⁸ これは、勿論、月の引力/重力的な引き寄せが、地球のおよそ1/6であると言う、今では親しみのある数字を与えました。

ですがその後、タイム誌の1969年版に、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンとのインタヴューが現れ、そして地球-月の二重の惑星的なシステムに関する、一貫的で数学的な謎の始まりに成りました。タイム誌は、「月的な引力は月から43,495マイルまで影響し、地球から200,000マイル程の距離を離れた処までの、地球の引力と同等の力です、」と報告しました。そしてそれは、「月への総合的な距離、243,495マイル」を与えた」とパーシーとベネットは記述します。¹⁶⁹ そしてそれは、何か更なる事を意味し、ベネットとパーシーはそれを述べませんが、つまり、もしこの中立地点の数字が正しいなら、すると、天体的な機械性のあらゆる基準的な見解が許すよりも、月は更にもっと巨大だと言う事です。これが派生させる問題は - ベネットとパーシーは全く十分に扱いませんが - 直ぐに目撃されるでしょう。

何であれ、そのタイム誌の記事のたった二週間後に、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンが、とても突然に、NASA の彼の全ての役職から辞任し、フェアチャイルド工業社の技術開発の副所長としての役職を取った事をベネットとパーシーは記述し、中立地点の矛盾に関して多くのその他の研究者達が尋ねた問いを、彼等が尋ねる事へと導きました:「そのタイム誌の記事は・・・ヴァーナー・ヴォン・ブラウンが少々慌てて、新たな職へと移動した事に、何等かの関係があるのでしょうか?」¹⁷⁰ それが間違いなくそうだったと言うのが私の意見で、そしてその可能な理由は - 再び、もう一度 - 直ぐに目撃されるでしょう。

そのタイム誌の記事が、その宇宙科学のコミュニティーのために、その他に行った事が何であれ、最小限でもそれは、ベネットとパーシーによると、次に起こった事を意図的では無いと見解する事は、NASA が凄まじく数学的に無能であると非難するのと同じなので、意図的であるとしか見解される事の出来ない、「算数的な不透明化」の行程を始めました。例えば、ベイカーの宇宙科学技術の1989年版において、アポロ11号の月までの距離は、253,475マイルとして与えられました。ですが1989年の本、アポロ11号の月面着陸の中で、丁度、250,400マイル弱の距離が与えられました。その後、1996年において、ベイカーの宇宙飛行とロケット技術はその中立地点を、月から38,925マイル、そして地球から214,550マイルとして与え、月への総合的な距離を253,475マイルと与えました。その後、問題を本当に複雑にしたのは、その中立地点が実際に、正にヴォン・ブラウンがタイム誌の述べたもの、つまり、(引力の中立地点が月から)43,495マイルであると、ジョージ・ピンターが著者達、ベネットとパーシーに強調したためでした。¹⁷¹ ですが、タイム誌の以前は、そして「大多数の文献」によると、その中立地点を計算するために、昔のニュートン的な数字が、未だに使用されていました。¹⁷²

その問いが最重要なのは、中立地点のためのいずれの数字も、月のためのとても異なった引力/重力を与えるためで、そして成り行きとして、其処へ向かうあらゆる乗り物のためのとても異なった軌道で、そして更に重要な事に、LEM (月面探索モジュル)の様な、月の表面から離陸する、あらゆるロケット動力の乗り物のために、とても異なった燃料と推進力の必要条件であるためです。明らかに、これはまた問いの重要な一連を派生させます。「月の軌道の通り道の正確な距離について同意する情報源が無いのは、興味深くは無いでしょうか?」とベネットとパーシーは尋ねます。¹⁷³ 更に加えて、月へのあらゆる乗り物の軌道計算をするために、NASA とソヴィエト達の両方は、「インチ単位まで」この平均距離を知っていなければならなかったはずです。ですから何故、何らかの固定された数字を確認する事が、NASA にとってそれ程難しいのでしょう?「何故、地球/月の中心から中心までの距離が、公表されたアポロの情報から欠けているのでしょう?人がその乗り物の軌道計算(弾道)を見つける事が出来る処で、地球/月の距離は頻繁に欠落しているか、曖昧です。人が、地球/月の距離を見つけられる処で、その乗り物の軌道計算は頻繁に欠落しているか、または曖昧です。」¹⁷⁴問題を更にもっと困惑させる事に、「NASA、またはその他の宇宙の専門家達は、彼等は惑星的な表面から表面まで、または中心から中心までのどちらの測量を使用しているのか明言しません。彼等はまた、彼等が海里的なマイル、または法定マイルのどちらを使用しているのか、常に明言するわけでもありません。彼等は何らかの一つのシステムに固執するわけでもありません。」¹⁷⁵ 端的に、「地球/月の測量のシナリオにおける唯一の一貫性は、公式な情報源から派生しているデータの非一貫性だけです。」¹⁷⁶

この行き詰まりに対するパーシーとベネットの脱出法は - ニュートン的な数字 - 23,900マイルが正しく、そしてタイム誌に対してヴォン・ブラウンによって明かされた数字が、「経験された」中立地点であると仮定する事でした。

そうしたための彼等の理由は素朴で:

「NASA とソヴィエト達は、月の周りの彼等の成功的なスリングショットのマヌーヴァ(操作)のための計算、そしてまた、当時のソヴィエトへ実際にサンプルを返還したものも含めて、彼等のクラッシュ着陸機とソフト着陸機のためのエネルギーの必要条件に関連した計算の一部として、月の1/6 G を使用しました。もし、月の重力/引力の評価が間違っていたなら、するとそれらのマヌーヴァのいずれも、成功的では無かったでしょう。」¹⁷⁷

ですがもし、真逆が真実だったらどうでしょう?

彼のタイム誌に対するインタヴューの中で大きな間違いを犯したために、ヴォン・ブラウンが NASA から「辞任」したと言うのは、理論的に全く成り立ちません。タイム誌に対して意図的に嘘をついたために、彼が NASA から「辞任した」と言う事も、理論的に成り立ちません。意味が成り立つ唯一のシナリオは、彼がそうするべきでは無かった何かを明かしたために、彼が辞任する事を強要されたと言う事です。

もし人が、43,495マイルの中立地点が正確で、ベネットとパーシーが言う様に、「経験された」中立地点では無いと仮定すると、するとこれは幾つもの重要な点を浮上させます:

1.この中立地点の計算は、ヴォン・ブラウンによって公に明かされるもっと以前に、ソヴィエトとアメリカの宇宙計画の両方において明らかに行われました。もし、ベネットとパーシーが明言する様に、早期の探索機のためにニュートン的な数字が使用されていたなら、それらは月へとクラッシュしていたか、宇宙空間へと逸れて行ってしまっていたかのどちらかだったでしょう。遠隔測定法のデータは最終的に正しい中立地点を科学者達に与えたでしょう。

2.ですがこれは、新たな問いを派生させます。上述のシナリオが起こったのだとしたら、すると探索機は、公の記録が表すよりも、もっと以前に月に向けて発射されていなければなりません。その問いは故に、43,495マイルの中立地点の数字が実際に知られたのは何時で、そして誰がそれを発見したのか?と言う事です。

3.タイム誌の中立地点はまた、もう一つの重大な問題を派生させ、つまり、43,495マイルの中立地点と共に、月の重力/引力が驚きの、地球の60%に成るためです!¹⁷⁸ ベネットとパーシーが相応しく指摘する様に、これはエネルギーを劇的に増大させ、そして故に、月面に着陸し、そしてその後、其処から離陸するあらゆる乗り物のための、燃料の必要条件を増大させます。

4.これは、順を追って、月の表面に実際に着陸し、そしてその後、其処から離陸した乗り物である、アポロ計画の LEM (月面探査モジュル)に関する重大な問いを派生させます。コマンド・モジュルへと宇宙飛行士達を戻らせるために、月からそれが離陸した時に、LEM がロケットからの微量の(ロケットの)ブラストの特徴しか有していなかったと多くの研究者達が指摘しました。これは、ヤラセの月の撮影の証拠であると、とても多くが言います。私は、この説明の可能性が高いとも、信頼可能とも信じません。一つの事として、真空におけるロケットの噴射は、目に見える煙の柱を殆ど残しません。ですが、(砂塵などの)ブラストの特徴の欠如が示唆するかも知れないのは、私が信じるに、その LEM の主要な浮上力の構成要素は、ロケットでは無かったと言う事です。言い換えると、もし - そしてそれはとても大きなもしですが – 月の重力/引力が、一般大衆に伝えられているよりも大規模に、より大きいなら、するとこれは、月の上にいた間の、宇宙飛行士達の、異常に「重たい」動きを説明するだけでなく、LEM の主要な浮上の構成要素は、化学的なロケットでは全く無く、全く異なった、もう一つの科学技術であった事を示唆する傾向にあります。そしてそれが意味するのは、秘密の科学技術で、そして宇宙計画の重要な要素もまた秘密です。

言葉を変えると、ヴォン・ブラウンは何かを言い漏らしてしまい、その重要性が、もしその論理的な結論を通して続かれると、アポロ計画がヤラセだったと言う事を指摘すると言うよりも、一般的なヴァージョンからは多大に異なった科学と科学技術の方法によって起こったと言う何かです。

ヴォン・ブラウンの発言に加えて、月から離陸するときの LEM からの殆どのロケットの噴射の欠如は、教科書には載っていない惑星的な科学 – 月の実際の重力/引力対その一般的に明言された重力/引力 – そして本には載っていない科学技術の存在を示唆しているのかも知れません。

月面離陸


B. Conclusions and Speculations
B. まとめと推理


その2つの宇宙計画の論説の、幾つかのヴァージョンの基本的な特徴の一見(まとめ)が此処で必要です:

1. The Torbitt Version has the following features:
1.トービットのヴァージョンは以下の特徴を有します:

(a)石油大企業の関心を延長し、保護するために、ダミー(建前)企業の世界規模のネットワークが存在しています。それらの存在は、それらの関心(利権)を守るために、暗殺も、違法的な方法も迷わず使うので、文字通り「殺人株式企業」で;

(b)このネットワークは、東欧からの亡命移民のコミュニティーのネットワーク(人脈)と絡まり合っていて、それは、順を追って、殆どが第二次世界大戦中の、東方の前線におけるドイツの軍事諜報工作の人材達で、そして故に、ラインハルト・ゲーレン将軍、そして恐らく、彼の後継者達の、直接の命令系統下で;

(c)それらの事業(石油産業)と亡命移民のネットワークは、ヴァーナー・ヴォン・ブラウンの管理の下で、防衛産工業安全保障コマンド(DISC)として知られた組織を通して、FBI、CIA、そして NASA の安全保障を通して、アメリカの諜報工作のコミュニティーと絡み合っていて;

(d)ヴォン・ブラウンを名指しする事によって、そのトービット文献は、ゲーレン機関とペーパークリップ作戦と関連した、より広いナチスの関連性を示唆しますが、ケネディー暗殺におけるナチスの動機は、全く鮮明にはされていません。人は、ケネディー政権の政策の何らかの段階において、何らかの隠された科学技術的、そして/またはその宇宙計画の政策の目的が脅かされた事を推測するに留まります。

2. The Hidden Planetary Geology, Climatology and Archaeology Version:
2.隠された惑星的な地学、気象学と考古学のヴァージョン


(a)あらゆるヴァージョンにおいて -「馬鹿らしい」ものであれ、またはホーグランドとその他の、より可能性がありそうなものであれ - 共通的な特徴は、NASA が(そして示唆によってソヴィエト達が)遥か昔に-失われた、科学技術的に先進的な文明の遺物である、月と火星上の人工遺物を知っていると言う事で;

(b)NASA とその関連機関は、この情報を隠蔽した、または、それが既に一般大衆に利用可能だった時、その様な写真的な証拠は、「光と影のトリック」、またはコンピューターの映像拡張と処理の失敗のどちらかとして、一般大衆の意見を扇動(洗脳)しようと試み;

(c)同時に NASA は、月と火星上の人工遺物の可能性と、火星上の現在進行形の生命体の可能性を示唆するかも知れないあらゆる証拠を隠すために、意図的に改竄された写真やデータを公表し;

(d)NASA は更に、占星学的、そしてオカルト的な重要性を有する日付と時間に、重要な計画のための発射をスケジュールした証拠を繰り返し見せ、そして更に、その計画のロゴにおいて、メイソン的、そしてその他の秘儀的なシンボリズム(象徴性)を一貫的に使用しました。これが、順を追って示唆するのは、隠された宇宙計画、または目的が、オカルトの一線の周りで操作されている、または計画されていると言う事です。強調されるべきは、上述の要点が、アメリカの宇宙計画に関してのみ明言され、そしてソヴィエトの宇宙計画に対しては言われていないと言う事です。¹⁷⁹

3. Jim Keith’s Casebook on Alternative Three Version has the following characteristics:
3.ジム・キースのオルタナティヴ・スリーのヴァージョンについてのケースブックは、以下の特徴を有します:

(a)実際のテレビの「ドキュメンタリー」と、その同じ名前の本、オルタナティヴ・スリーは、大々的な作り話で、ヤラセで;

(b)そうであれ、そのシナリオの大まかな概要は恐らく、何らかの真実を含み;

(c)米国とソ連は、何らかの知られざる存在によって調整された、高度に秘密裡な、共同の宇宙計画を行い;

(d)米国の諜報工作のコミュニティーは、「共産主義と戦う」という名目の下で、後にゲーレン機関として知られた、ゲーレン将軍の Fremde Heere Ost によって、典型的な「トロイの木馬」作戦において、深く侵入され;そのゲーレン機関は東欧において、広い人材的な諜報工作のネットワークを保ち、そしてその分析は、ソヴィエトの軍事的な強さ、教義、そして意図の、戦後のアメリカの分析のための土台に成り;

(e)同様に、アメリカの宇宙計画は、ペーパークリップ作戦の神盾(aegis)の下でもたらされたナチスの科学者達によって深く侵入され;

(f)最後に、アメリカの SDI (戦略防衛構想)計画に携わった物理学者達、コンピューター科学者達、そしてその他の技術者達の幾つもの謎めいた死と蒸発が起こり、それをキースは鮮明に2つの源泉の1つに起因させ:彼等の核兵器の衰退を防ぐ事に必死なロシア人達、またはその科学技術と関心が、SDI によって脅かされる、知られざる独立的な存在でした。彼の本の全体的な主張のコンテキストにおいて、キースはこの存在が、戦後の「国際ナチス」との何らかの結びつきを持っていたと考えていたのは、明らかな様です。

4. The William Lyne Version
4.ウイリアム・リンのヴァージョン


私達の目的のために、2つの宇宙計画の論説のリンのヴァージョンは、3つの理由のために重要です:

(a)リンは意図的に、オルタナティヴな物理学と、その秘密の開発の、秘密裡の隠蔽を、そのアイデアがその後、ナチスによって拡張され、開発されたと彼が主張する、ニコラ・テスラに関連させました。リンの見解において、この科学技術の秘密裡の隠蔽と開発は、「企業(財閥)的なファシズム」を好む、ナチスの思想の表面に直接結びつき;

(b)リンの見解において、「テスラ科学技術」のこの秘密裏の開発は、新たなエネルギーと推進力の源泉、そして化学的なロケットによる宇宙開拓の「表向きの消費」の科学技術を時代遅れにする科学技術に大々的に関係していて;

(c)オルタナティヴな科学技術のこの秘密裏の「企業-ファシスト」的な開発は、その戦争の前にナチスによって開始され、そして - 様々な企業と米国政府の機関の資金援助によって - 戦後も彼等によって続けられました。

5. The “Jan Van Helsing” Version contains perhaps the most interesting – unsubstantiated – features:
5.ジャン・ヴァン・ヘルシングのヴァージョンは – もし、実証されていないとしても - 恐らく最も興味深い特徴を含み:

(a)珍しい物理学と推進力のシステムへのドイツの研究は、様々な秘密結社の直接の鼓舞と援助の下で、第二次世界大戦のずっと以前に始まり;

(b)それらの結社は、順を追って、後にナチス党の思想と信仰システムの一部に成った教義を有し、それらの中にあったのは「アーリア」民族の、民族的な純血と、地球外的な起源で;

(c)同様に、それらの結社は、この民族とその高度な文化が、南北極とヒマラヤの下の、膨大な地下都市において、地の底に「沈んだ」、または消滅したと主張し;

(d)それらの結社は、順を追って、ナチス党を存在へと産み出し、そして彼等の最も隠された教義 - 「黒い石」と「黒い太陽」が – SS の再上層部の秘密の教義に成り、それはまた、珍しい物理学への、彼等の探求を継続しました。

6. The Dark Moon Version:
6.暗い月のヴァージョン:


暗い月のヴァージョンが、リチャード・ホーグランドの例外と共に、多くの意味において最も微妙なヴァージョンなのは、著者達、マリー・ベネットとデーヴィッド・パーシーが、アポロの月面着陸が無かったと主張する事から離れていたためです。彼等の問いは、むしろ、それらの詳細が、科学技術的、そして政治的な示唆を暗示する様な記録の詳細で:

(a)彼等の主張の一つに対して中心的なのは、地球と月の間の、(引力/重力の)中立地点の矛盾です。目撃された様に、ベネットとパーシーは、この矛盾を - 私の意見においては誤って - 「オルタナティヴな物理学」のための主張に使用します。中立地点の矛盾がその方向を指摘する間、私が信じるに、彼のタイム誌のインタヴューにおいて、ヴォン・ブラウンが漏らしてしまった事は実際に、その一般的なロケットに加えて - または恐らくその代わりに - LEM (月面探査モジュル)において、推進力のとても先進的な科学技術の存在を示唆した、情報の欠片だったかも知れない重要な指標として取られるかも知れません。その様な科学技術の存在は、秘密裡の宇宙計画の存在を指示し;

(b)ベネットとパーシーのヴァージョンにおいて、米国とソ連の2つの宇宙計画はそれぞれ、冷戦の「表向きの消費の出来事」の背後で、調整され、操作された一つの計画の、表向きと裏側の要素を実際に体現します。これは勿論、ソヴィエト連邦と米国の内部の両方に存在している、何らかの組織、または機関を示唆し

(c)彼等のヴァージョンにおいて、この調整は第二次世界大戦の間に計画され、ナチスと彼等の宇宙科学者達は、第二次世界大戦後、そして冷戦の間の2つの宇宙計画を調整していた隠れた機関に同化してリンクしていた、または同じでした。

7. Combining the Versions:
7.ヴァージョンを融合させると:


もし人が此処で、2つの宇宙計画の論説の、それらの様々なヴァージョンの共通的な特徴を融合させると、少々興味深い構図が浮き上がります。

(a)リンと「ヴァン・ヘルシング」の - 2つのヴァージョンは - 2つの宇宙計画の起源は、その戦争の前に起こり、そしてそれらの両方が、珍しい研究を行っていた、独立的な存在との連動において起こったと主張し;

(b)ホーグランドと「ヴァン・ヘルシング」(!)の - 2つのヴァージョンは - その隠された計画と目的の幾つかの要素が、オカルトと秘儀主義のテーマによって圧倒されていると主張し;

(c)ジム・キースと「ウイリアム・トービット」の - 2つのヴァージョンは - この隠された宇宙計画を、慎重に隠された、諜報工作の人員達と科学者達の幅広いナチスのネットワークに関連させ、そして戦後のアメリカの諜報工作、軍需産業複合体、そして宇宙飛行科学のコミュニティーの、「トロイの木馬」的な深い侵入を示唆し;

(d)そのヴァージョンの全てははっきりと、または暗示的に、新たな科学技術の、本に載っていない開発、そして「表向きの消費のために」本の中で見つけられるものからとても異なった、理論的な物理学における根底にある枠組みの存在を示唆し;

(e)リンの - 1つのヴァージョンは – その主張を支えるために、物理学の「隠された歴史」をはっきりと提供し、テスラの後期の研究の幾つかの解釈を提供し;

(f)ホーグランドの - 1つのヴァージョンは - 同様に、火星上の人工遺物の発見と共に関連した「超越次元的な物理学」の新たな種があるとはっきりと明言し;

(g)ベネットとパーシーの - 1つのヴァージョンは - その様な協力の調整のための存在は、はっきりと名指ししませんが、早期の宇宙計画における米国とソ連の間の協力の秘密裡の要素が存在したとはっきりと明言し;

(h)再びベネットとパーシーの - 1つのヴァージョンは - 地球/月のシステムの中立地点の矛盾にまつわる問題を探求する事によって、物理学と惑星メカニクスの隠蔽された要素を示唆し、そしてこれが意味するのは、L.E.M.(月面探査モジュル)において存在していたかも知れない、オルタナティヴで、そして秘密の推進力の科学技術の可能性です。

この様な方法において見解されると、人がどの様にそのデータに接近しようとも、アメリカとロシアの宇宙計画において、表向きに明かされているよりも、何か更なる事が行われていると言う見解が確かに成る様に現れるのは明らかです。

加えて、この隠された構成要素の少なくとも幾らかは公共から慎重に隠された、惑星的な物理学、またはそうで無くとも、そのデータはとても望みが薄い程に不透明にされ、それは宇宙機構によって公開された、既に不透明にされたデータに頼るので、あらゆる数学的、または物理学的な計算が疑わしくなるもの(物理学)を含むのは明らかなようです。

これがまた示唆するのは、何らかの段階において、隠された科学技術が機能しているかも知れない可能性です。この筆者が、正真正銘であり、ヤラセでは無いと信じる、月からの LEM の離陸のテレビの録画は、2つの物事を人に示唆し:一つ目は、基準的な説明で:真空のために何とか目に見える炎の噴射を共にした、弱い重力の地表からのロケットの離陸です。または、それは、珍しい推進力の科学技術の存在の可能性を体現しているかも知れません。噴射の煙の比較的な欠如に加えて、上昇のほぼ一貫的な率は、私達が教えられたものよりもとても異なった、月から離陸する方法が存在している事を指標しているかも知れません。

8. Possible Entities and Requisites for Coordination
8.可能な存在と調整のための必要条件


この構図は、更にもう一つの重要な問いを浮上させ:どの存在、または組織が、その様な大規模な行い、そしてオルタナティヴな科学と科学技術の隠蔽、そしてそれらの秘密裡の開発を含めて、その様な同等に大規模な「広報活動」を調整し続ける事が出来るでしょう?少なくともベネットとパーシーのヴァージョンにおける、米国とソヴィエト連邦の間のとても高いレベル、そして最高機密の外交的な共謀を、もし人が例外にしたとしても、それでもそれは、ホーグランドやリンの論説、または NASA が、惑星的な地理についての重大な事実を隠蔽したと主張する者達のその他のヴァージョンを説明しません。

ですから、もし人がそれらの様々なヴァージョンが、同じ二重の宇宙計画の別々の目的として、どうにかして関連していると見解するなら、再び、どの組織がその全てを調整する事が可能だったでしょう?

その問いに答えるために、人はその様な存在が特定の特徴を持っていたと仮定しなければなりません:

1.十分な金融的な権力と後ろ楯;

2.欧米とソヴィエトのブロックの両方の中に延長した、国際的な土台;

3.米国とソ連(そして介入するかも知れないその他全て)の宇宙計画における様々な管理職レベルにおける十分な侵入;

4.本/教科書には載っていない科学技術の開発のための、思想的、そして金融的な献身;

5.オカルト、儀式的なマジック、そして占星学に精通した知識、そしてそれらのオカルトのパラメーター(媒介変数)に沿って宇宙計画をスケジュールする実証された意欲;

6.宇宙開発と軍事的な利用に対する思想的な献身;そして最後に、

7.必要な時に、その目的のために、追従を強要するために、「活動的な対策(脅し)」を使う意欲と能力です。

この方法において見解されると、実際に上述の様々なコンビネーションを有する可能性のある存在は4つしか無く、そしてそれらの全てを有しているものは一つだけで:

1.国際的な銀行業と金融;このグループは、上述の5番目との鮮明で一貫的な関連が唯一欠けています。つまり、オカルトの活動と実施に対する一貫的で、実証可能で、そして重要な相互関係で;¹⁸⁰

2.メイソンの様な、国際的な秘密結社;このグループは、冷戦の間の鉄のカーテンの背後のその活動の規模が殆ど知られていないので、上述の2番目と3番目が唯一欠けていて;

3.ヴァチカン;確かに国際的な延長、金融的な力、または秘儀的な教義の知識は欠けていませんが、この存在は明らかに上述の6番目と7番目が唯一欠けていて;

4.国際ナチス;ソヴィエトは、1954年までに、ドイツ人の科学者達の殆どを帰国させ、そして KGB は – 知られている限り - ゲーレン機関の東欧のネットワークに、比較的に成功的に侵入し、それらの多くを閉鎖した事が指摘されるべきですが、これは、上述の特徴の全てを有する顕著な特徴を見せる唯一の存在です。¹⁸¹ そうであれ、元々のソヴィエトの計画に対する過度な信頼は、ソヴィエト連邦内部で働いていた間に(後に)国外追放にされたドイツ人達によって、新人導入が行われた幾らかの可能性を浮上させます。

この方法において見解されると、戦後の「国際ナチス」の鍵の任務の一つが、一般大衆の目に映るソ連と米国の宇宙計画の一部の正に隠された調整であった、わずかな可能性を台頭させます。この論説を協力証言する一つの方法は、ナチスによって始められた戦時中の研究が、戦後の期間にも彼等によって継続されたと言う、何らかの示唆があるかを検証し、そしてこの研究が、米国、またはソ連の宇宙計画のどちらかとの明らかな連動、または両方との連動において行われたかを検証する事です。
_____
1 Friedrich Georg, Star Wars, p. 9.
2 Cited in Mary Bennett, David S. Percy, Dark Moon: Apollo and the Whistle-Blowers (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2001), pp. 165, 518.
3 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document and the JFK Assassination , with Introduction by Kenn Thomas and Foreword by David Hatcher Childress(Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 1996), p. 6.
4 Ibid..
5 マウリー島事件は、UFO の残骸回収の件の、より例外的な一つで、長い間 UFO 研究者達の殆どによって、完全なヤラセだと考えられてきました。クリスマンは、パジョー・サウンドの中のボートの上にいた間に、「故障した」UFO からの、スラグの様な残骸を回収したと主張しました。その残骸は後に、検証され、そしてシリアル(コーンフレーク)の箱に入れられ、空軍基地へと輸送されたと主張されました。ですがその残骸は、空軍基地へとは全く届かず、それを輸送していたツイン・エンジンの爆撃機は、理由不明のまま、墜落しました。
6 ナチス政府は、1933年1月30日に政府を形成するために、ヒンデンブルグ大統領がヒトラーを、帝国首相に任命するまで形成され無かったので、これは不正確です。
7 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document and the JFK Assassination, pp. 24-27.
8 鮮明にされるべきは、私がその暗殺のウォーレン委員会のヴァージョンを信じない事、そして陰謀が関わっていて、恐らく上述された要素に、少なくとも、構成されていたものだと信じる事です。
9 キリスト教教会のアメリカ委員会は、神学的なリベラリズムに反対する文献を出版すると同時に、中米と南米における宣教を資金援助しました。しかしながら、その会員達の幾らかは、死の部隊を訓練し、それらの地域において暗殺を行うための、フロント(建前)として利用された事が知られています。幾らかの研究者達は、その組織が、正にこの目的のため、そしてこの国(米国)へとマネーを洗濯するために、「諜報工作のコミュニティー」によって実際に確立されたと主張します。
10 NASA, Nazis, and JFK, p. 47.
11 Ibid.
12 Ibid., p. 48. トービット文献は実際に、良く知られたギャリソンに基づいた JFK の陰謀(暴露)本、派手やかなパリス Flammonde の The Kennedy Conspiracy を引用します。
13 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document, pp. 49-50, emphasis added.
14 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document, pp 48-49.
15 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document, p. 75.
16 ゲーレンの本部は実際に、ミュンヘンの郊外の街、 Pullach にありました。
17 NASA, Nazis, and JFK: the Torbitt Document, pp. 74-78.
18 Ibid., p. 85.
19 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document, p. 141.
20 Ibid., pp. 142-143, citing New Orleans District Attorney Files: General Staff Files, U.S. Army European Command, OUISE Section.
21 NASA, Nazis, and JFK: The Torbitt Document, p. 143.
22 Ibid., p. i, from the Introduction, “NASA, Nazis, and JFK” by David Hatcher Childress.
23 筆者は実際に、この「ドキュメンタリー」を何度も視聴しています。
24 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3 (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2005), p. 11.
25 それは、その同じ幾らかの、納得いかない行いから、明らかだったでしょう!
26 Jim Keith, Casebook on Alternative 3, p. 14.
27 Ibid., p. 17.
28 Ibid., pp. 19-20.
29 Jim Keith, Casebook on Alternative 3, p. 22, emphasis original.
30 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, pp. 80-83.
31 Ibid., p. 83
32 Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 84.
33 See chapters 4-6.
34 Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 84.
35 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 28.
36 Q.v. also Christopher Simpson’s Blowback. シンプソンとその他のコメンテーター達は戦後直後のアメリカの諜報工作のこの「ナチス化」の一つの効果は、ソヴィエトの軍事力とその意図の過大評価だったと。頻繁に指摘しました。もう一つの効果は、対応していたアメリカの軍事的な蓄積で、それよりは小規模でしたが、マーシャル(欧州救済)計画自体でした。更なるもう一つの効果は「押し戻し」の政策で、東欧 - そして北アメリカにおいて! - 白ロシア(ベラルーシ)人達、ウクライナ人達、リトアニア人達等々の亡命移民達の、ゲーレンのトロイの木馬を利用する様に計画された政策でした。
37 Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, pp. 46-47, emphasis added.
38 Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 43.
39 Ibid., p. 47, emphasis added.
40 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 28.
41 Ibid., p. 29.
42 Ibid., pp. 45-46.
43 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, p. 50.
44 Ibid.
45 Ibid., pp. 50-51.
46 Ibid., p. 51.
47 Ibid.
48 Jim Keith, Mind Control and UFOs: Casebook on Alternative 3, pp. 58-59.
49 William Lyne, Pentagon Aliens (Lamy, New Mexico: Creatopia Productions, 1999), p. 49.
50 Ibid.
51 Ibid
52 Ibid., pp. 48-49, emphasis added.
53 See my Reich of the Black Sun, pp. 80-88.
54 William Lyne, Pentagon Aliens, p. 99.
55 指摘されるべきは、「赤い水銀」の伝説の一部が、重水素(デュートリウムとトリチウム)の原子が核融合するために必要な熱を創造するための起爆剤としての原爆のための必要性に入れ替わり、完全規模の水素爆弾の核融合、または水素爆弾のための起爆剤として使用される事が可能であると言う事です。ロシア人達は、原爆を必要とする事無しで、水爆を起爆する方法としてそれを開発し、それでも大きな街を膨大な爆発において破壊する事が出来ますが、比較的に、より少量の放射線の汚染を残す、「綺麗な」水素爆弾を創造したと主張されました。
56 Lyne, Pentagon Aliens, pp. 99-100.
57 See chapter four of the present book, as well as Reich of the Black Sun, p. 335.
58 William Lyne, Occult Ether Phsyics: Tesla’s Hidden Space Propulsion System and the Conspiracy to Conceal It(Lamy, New Mexico: Creatopia Productions, 2003), pp. 1-2.
59 以下に続く数ページの中で「aether (エーテル)」の綴りは変化します。私は「aether」の綴りを好みますが、私はその綴りにおいて、参考文献の「ether (エーテル)」のための言及を保ちました。
60 Ibid., p. 3.
61 Ibid., p. 10.
62 William Lyne, Occult Ether Physics, p. 29, emphasis added.
63 Ibid., pp. 56-57, emphasis added.
64 Lyne, Occult Ether Physics, p. 30, emphasis added. “Electropulsion” (電気推進力)は電気的なチャージの差異に頼る推進力の方法のための、リンに相応しく造語された用語です。
65 テスラの記述のあらゆる検証が実証する様に、これは確かに真実です。リンの解釈において何が特徴的かと言うと、テスラの研究において彼が探知すると主張する推進していて統一している動機です。私達が目撃する様に、リンは彼の件を上手く論議します。
66 Lyne, op. cit., p. 30.
67 Lyne, Occult Ether Physics, p. 31.
68 See Lyne, Occult Ether Physics, pp. 48-66. 第五章の中の「スカラー」、または「量子的な効能」の物理学についてのトム・ビアデンの論議のコンテキストにおいて、58ページ上でリンが行う重要な明言を特に参照して下さい。「古典的な電気動力の支持者達と、光の電磁理論のマックスウェルの支持者達の間に、既に論争の一種が起こっていました。前者にとって、伝導性は、金属のワイヤー等々の中で起こり、その間、マックスウェルと共に、その伝導体は唯一、その運動の「ガイド(媒体)」としての役割を果たし、それ(伝導性)はその周りのダイエレクトリクスエーテルに満たされた空間において起こりました。」とリンは主張します。これは、電気的な回路が、クローズド・システムでは無く、オープン・システムであり、地域的な「構造」として、そしてその媒質とそのエネルギーの変換器として振舞うと言う事で、ビアデンの洞察とも同意する見解です。
69 Ibid.., pp. 31-32, bold emphasis Lyne’s, italicized emphasis added.
70 鮮明さのために、私は、読者が頭の中で J.J. トムソンと混乱させない様に、ウイリアム・トムソンをケルヴィン卿と呼びましょう。
71 Proceedings of the Royal Society, viii [1856], p. 150, cited in Lyne, Occult Ether Physics, p. 54.
72 Lyne, op. cit., p. 54.
73 Ibid., citing F. Guthrie, Phil. Mag. xli [1871], p. 405.
74 Ibid., citing Phil Mag xli [1871], p. 405, letter of Lord Kelvin to F. Guthrie, p. 427. リンはまた、ケルヴィン卿の実験が、「エーテル内の固体の、重力的、慣性的、そして推進的な反応を調べるためのモデルを構築するために、機械的で、電気的な波の方法を使用する様に」デザインされた「類推的なもの」だったと言う、辛辣な観測を行います。(54-55ページ)
75 Lyne, Occult Ether Physics, p. 55, citing Repertorium d. Mathematik I [Leipzig, 1877], p. 268 and Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, iii [1879], p. 276; iv [1880], p. 29.
76 I.e., chapters five and six.
77 それらの実験のためのその様な流体の選択は、当時の多くの物理学者達が、エーテル自体をその様な非圧縮性流体の超-繊細なヴァージョンとして見解したためです。
78 Lyne, op. cit., p. 55.
79 William Lyne, Occult Science Dictatorship: The Official State Science Religion and How to Get Excommunicated (Lamy, New Mexico: Creatopia Productions, 2001), p. 24.
80 Ibid.
81 Ibid.
82 Ibid., p. 25.
83 Ibid.
84 Lyne, Occult Ether Physics, p. 27.
85 Ibid., p. 4.
86 Ibid., p. 61. 1893年が重要なのは、テスラの電気的な縦波無線電力送電の彼の発見に繋がった、コロラド・スプリングスにおける実験を、彼が始めた年であるためです。
87 Ibid., p. 67.
88 Ibid.
89 John J. O’Neill, Prodigal Genius: The Life of Nikola Tesla (Las Vegas: Bortherhood of Life , Inc., 1994), p. 249.
90 John J. O’Neill, Prodigal Genius, p. 250.
91 リンはまた、テスラの見解において、「エーテルは光速の近くの速度において、「無限小の旋回」、または「ミクロな螺旋」へと投げ入れられる」と観測しました。(Occult Ether Physics, p. 68).
92 それはテスラが、Kaluza-Klein または Vaclav Hlavaty の、5次元と6次元の理論よりも進んで考えていたかも知れない事を示唆します。
93 See my The Giza Death Star Destroyed (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press), chapters five and nine.
94 John J. O’Neill, Prodigal Genius, pp. 253-254.
95 テスラはまた、この引用において、一種の永続的で、はかない「記録のホール」である、アカーシャ、またはアカーシャ的なフィールドに対する彼の言及と共に、マテリア・プリマ(創始的な物質/素材)の太古の形而上学的、そして秘儀的な教義を、彼自身がよく知っている事を表します。
96 Lyne, Occult Ether Physics, p. 69. エーテルのこの見解の重要性と古さのために、私の Giza Death Star, chapter three;; and Giza Death Star Destroyed, chapters five and nine 参照して下さい。
97 Lyne, Occult Ether Physics, p. 70, bold face emphasis Lyne’s, italicized emphasis added.
98 Lyne, Occult Ether Physics, p. 71, emphasis added.
9 Ibid., p. 71.
100 John J. O’Neill, Prodigal Genius, p. 66.
101 Lyne, Occult Ether Physics, p. 72.
102 Lyne, Occult Ether Physics, p. 25, emphasis added. リンはまた、テスラの見解において、エーテルのフリクエンシー(振動率/周波数)の特徴は、強調のためにもし私の不器用な表現が許されるなら、エーテルは「超-超越的な-高いフリクエンシー」の本質であると観測します。テスラ自身は、エーテルの基本的な波の構造を、光速において移動している「音」の波を共にした、経度的(縦波)と音響の本質として見解しました。更に加えてテスラはまた、放射線を環境的なものとして見解し、そして故に流動的な現象で、そして不安定な物質の特定の種類の「内在的な」性質では無いとしました。(Lyne, op. cit., p. 74.)
103 Ibid., p. 28.
104 Lyne, Occult Science Dictatorship, p. 25.
105 Ibid., p. 27.
106 Ibid., p. 26.
107 Ibid., p. 27.
108 William Lyne, Pentagon Aliens, p. vii. 後に、キャロル・ローシンの宣誓供述書が考えられた時に、これが頭に入れておかれるべきなのは、水爆以後の、戦略的で、攻撃的な兵器と共に、宇宙を兵器化する事において、人類に対して行われる、大規模な「宇宙人的」なヤラセを示唆する、ヴォン・ブラウン自身によって成されたとされる直接の明言に拘わるためです。
109 Ibid., p. 118.
110 Ibid., pp 2-3. リンはまた、ナチスの UFO の伝説のシャウバーガーの構成要素も、この偽情報の構成要素だと信じます。
111 Lyne, Occult Ether Physics, p. 8.
112 Lyne, Pentagon Aliens, pp. 6-7, 48-49, 102.
113 Lune, Occult Science Dictatorship, p. 8.
114 Q.v. www.galactic-server.net/rune/vril1.html.
115 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril1.html, p. 1.
116 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, p. 1, www.galactic-server.net/rune/vril3.html.
117 Ibid., p. 2.
118 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril3.html, p. 3.
119 Ibid., p. 6.
120 Ibid.
121 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril3.html, pp. 6-7.
122 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril3.html, pp. 7-8.
123 Ibid., p. 8.
124 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril3.html, pp.7-8.
125 Ibid., p. 10.
126 Ibid., p. 9.
127 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p. 2.
128 Ibid.
129 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p. 3.
130 Ibid.
131 Ibid.
132 See the last two books of my Giza Death Star trilogy, The Giza Death Star Deployed, pp. 12-20, and The Giza Death Star Destroyed, pp. 31-37.
133 See my The Giza Death Star Deployed, pp. 12-23.
134 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p.4.
135 Ibid., p. 3, その霊媒者は、マリア・オルシックとされ、もう一人は「唯一シグラン」として知られていました。
136 Ibid., p. 2: December 1919.
137 Ibid., 5.
138 Ibid. 私は、現時点において、その正確な言及を見つける事が出来ていません。
139 Ibid., p. 6.
140 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p. 6.
141 Ibid.
142 Ibid., p. 13.
143 Ibid., pp. 13-14, emphasis added.
144 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p. 8, emphasis added.
145 See my Reich of the Black Sun, pp. 161-180.
146 Jan Van Helsing, Secret Societies: Their Power and Influence in the Twentieth Century, www.galactic-server.net/rune/vril4.html, p. 11.
147 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon: Apollo and the Whistleblowers, p. 1.
148 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 201.
149 Ibid., p. 165.
150 Ibid.
151 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, pp. 181-182.
152 Ibid., p. 173.
153 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 173.
154 Ibid.
155 Ibid., p. 177.
156 Ibid., pp. 177-178.
157 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 178.
158 Ibid.
159 Ibid., p. 194.
160 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 198.
161 Ibid., p. 197.
162 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 162.
163 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 543.
164 Ibid., p. 201, emphasis in the original.
165 Ibid.
166 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, pp. 240-241. Also see my The Giza Death Star, p. 157.
167 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 390.
168 Ibid., p. 392.
169 Ibid., p. 393.
170 Ibid., p. 394.
171 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 393.
172 Ibid., p. 392.
173 Ibid., p. 391.
174 Ibid.
175 Mary Bennett and David S. Percy, Dark Moon, p. 391.
176 Ibid., emphasis added.
177 Ibid., p. 395.
178 この中立地点の数字はもう一つの問題を浮上させ、私が私の著書 The Giza Death Star, pp. 219-220 の中で断言したものです。
179 私が知る限り、ホーグランドが NASA に対して行った様な、ソヴィエトの発射に対するその様な「オカルト」、または「秘儀的」な分析はありません。もし、ソヴィエトの計画に対しても、アメリカの様に同様なら、するとこれは、その鼓舞が何であったにせよ、同じ思想的な鼓舞に沿った秘密の証拠を構成するでしょう。
180 私達が後の章の中で目撃する様に、それは、その戦争の以前、最中、そして以後のいずれにおいても、ナチス主義に対するはっきりとした関連性が無いわけではありません。
181ドイツの Bundesnachrichtendienst (BND)について、殆ど全く知られていないのは言うまでもありません。世界の主要な諜報工作機関、イスラエルのモサッド、ソヴィエトの KGB、英国の MI-6、フランスの Surete、または中国の諜報工作さえも含めて異なり、それだけが、ゲーレン将軍自身の自伝以外に、その成功、そして/または失敗について殆ど何も記述されていません。


Part Two: The “Bell”:
第二部:ザ「ベル」
Nazis and Occulted Physics
ナチスとオカルトされた物理学


Chapter 4: “Das Laternenträgerprojekt”: The Bell and Igor Witkowski
第四章:「Das Laternenträgerprojekt」:ザ・ベルとイゴール・ウィトコウスキー


A. Igor Witkowski on the Bell
A. ザ・ベルについてのイゴール・ウィトコウスキー
1. The Significance of the Story of the Bell
1.ザ・ベルの逸話の重要性
2. An Obvious Question and a Not So Obvious Answer
2.明らかな問いと、それ程、明らかでは無い答え
3. The Personnel and a New SS Player on the Scene: The Forschugen, Entwicklungen, Patente
3.その場面における人材と新たな SS の関係者:The Forschugen, Entwicklungen, Patente
a. SS Obergruppenführer Emil Mazuw
a. 親衛隊大将、エミル Mazuw
b. Prof. Dr. Walther Gerlach
b. ウォルター・ゲーラック教授
c. The Mysterious Dr Elizabeth Adler
c. エリザベス・アドラー博士の謎
d. Otto Ambros of Auschwitz “Buna” Factory Fame
d. アウシュヴィッツの「ブナ(合成ゴム)」の工場の名声のオットー・アンブロース
e. Dr. Kurt Debus
e. カート Denus 博士
(1) “Kriegsentscheidend”
(1)「Kreigsentscheidend」
4. Dr. Hermann Oberth Takes a Trip with some Friends
4.ハーマン・オバース博士が、何人かの友人達と共に旅に出る
B. The Operation of the Bell and Its Effects: Witkowski’s Reconstruction of the Bell
B. ザ・ベルの機能とその効果:ウィトコウスキーのザ・ベルの再構築
1. Where It All Happened
1.その全てが何処で起こったのか
2. The History and Code-Names of the Project
2.その計画の歴史とコード-ネーム
3. The Last Flight of the Ju 390
3.Ju 390便の最後の飛行
4. The Design of the Bell and its Effects in Operation
4.機能におけるザ・ベルのデザインとその効果
5. Witkowski’s Reconstruction of its Possible Physics
5.その可能な物理学のウィトコウスキーの再構築
6. A Story from the Neo-Nazi Fringe
6.ネオ-ナチスの周りからの逸話
7. Mercury Vortex Engines… Again
7.水銀の渦巻きのエンジン・・・再び

Chapter 5: “Working in Fields of Physics that were Monstrous on a Daily Basis”
第五章:「日常的に、化け物染みた物理学の分野において研究する」


A. Strange Claims and Quotations: Indicators of Wartime German Research in “Scalar” Weapons
A. 奇妙な主張と引用:「スカラー」兵器における戦時中のドイツの研究の示唆
1. The “Artificial Rubies” Passage from the Farm Hall Transcripts
1.ファーム・ホールの書き出しからの「人工的なルビー」の文章
2. The Farm Hall Transcripts’ Indications of a German Photochemical Process of Isotope Separation and Enrichment
2.ファーム・ホールの書き出しの、同位体の分離と濃縮のドイツのフォトケミカルな行程の示唆
3. Back to Roswell and the Majestic 12 Documents: Another Odd Corroboration of Possible Nazi Knowledge of Cold Fusion
3.ロズウェルとマジェスティック12の書類に戻る:冷温核融合のナチスの知識の可能性の、もう一つの奇妙な協力証言
4. A British Intelligence Agent’s Statement on the Monstrous Areas of Physics being Developed by the Kammlerstab
4.カムラースターブ(カムラーのスタッフ)によって、物理学の化け物染みた分野が開発されている事についての、英国の諜報工作員の明言
B. Bearden’s Reconstruction of the History of Scalar Physics
B. スカラー物理学の歴史のビアデンの再構築
1. Bearden on the State of Electromagnetic, or Electrodynamic, Theory, and the Elements of Scalar, or Quantum Potential, Physics
1.電磁的、または電気流動的な理論、そしてスカラーの要素、または量子効能の物理学の状態についてのビアデン
a. Classical Electrodynamic Theory as a Perpetual Motion Machine
a. 永続的な運動の機械としての古典的で電気流動的な理論
b. What the Soviets (And Nazis) Found on Their Scavenger Hunt: E.T. Whittaker’s Decomposition of Scalar Potentials into Bi-Directional Longitudinal Waves
b. 彼等の拾い物探しの上でソヴィエト(そしてナチス)が見つけたもの:E.T. ウィティカーのスカラーの効能の、二方向の経度的な波(縦波)への分解(変質)
2. Bearden’s Claims for “Scalar” Physics and its Weaponization
2.「スカラー」物理学とその兵器化のためのビアデンの主張
a. The Dangers of Scalar Resonance: Planet-Busting “Doomsday” Implications
a. スカラー・レゾナンス(共振)の危険性:惑星を爆発させる「審判の日」の示唆
b. The Scalar Template and Weapons Applications
b. スカラーのテンプレート(型板)と兵器の応用
3. The Implications of Bearden’s Reconstruction of the History of Scalar Physics
3.スカラー物理学の歴史のビアデンの再構築の示唆
a. Back to “Freya” and “See-Elefant”: The German Over-The-Horizon Radars
a. 「フレヤ」と「シー-エレファント」に戻る:ドイツの地平線を超えたレーダー
b. An Odd Allied Intelligence Report Indicating the Nazi Operation of Scalar Weapons
b. スカラー兵器のナチスの作戦を示唆している奇妙な連合国の諜報報告
4. Conclusions and a Post-War Scalar Postscript: the “Scalar Weapons” Nations and Germany
4.まとめと戦後のスカラーの後書き:「スカラー兵器」国家とドイツ

Chapter 6: “For Whom the Bell Tolls”: Scalar Physics, Zero Point Energy, and the Vorticular Aether: A Speculative Reconstruction of the Physics of the Bell
第六章;「ベルが鳴る者のために」:スカラー物理学、ゼロ・ポイント・エネルギー、そして渦巻き的なエーテル:ザ・ベルの物理学の推理的な再構築


A. U.S. Declassified Patents from the Cold War and SDI
A. 冷戦と戦略防衛構想からの、米国の公文化された特許
1. Enter the Mossbauer Effect
1.Mossbauer 効果が登場する
B. Plasmas, Rotation, Pulses, and Zero Point Energy
B. プラズマ、回転、パルス、そしてゼロ・ポイント・エネルギー
1. Plasmas and Transmutation
1.プラズマと変格
2. Four Mysteries and Ion Oscillation
2.4つの謎とイオンの振動
3. Paul Brown’s Glow Plasma Oscillator
3.ポール・ブラウンのグロー・プラズマ振動器
4. Non-Equilibrium Thermodynamics and Self- Organization
4.非-均整の熱力学と自己-組織化
5. Oscillation of Plasmas and ZPE Coherence
5.プラズマの振動と ZPE の一貫性(結合性)
6. Gray’s Scalar Compression Tube
6.グレーのスカラー圧縮チューブ
7. Counter-Rotating Electromagnetic Fields, ZPE Coherence, and Kontrabary
7.逆-回転している電磁場、ZPE の結合性、そして kontrabary
C. The Vorticular Mechanics of the Aether: The Theories of O.C. Hilgenberg and Carl F. Krafft
C. エーテルの渦巻き的な機械性:O.C. ヒルジェンバーグとカール F. クラフトの理論
D. Back to Mercury Vortex Engines
D. 水銀の渦巻きのエンジンに戻る
E. Speculations: The Bell as a Scalar Physics Device
E. 推理:スカラー物理学の機器としてのザ・ベル

Chapter 7: “Gerlach’s New Alchemy:” The Mysterious Serum 525
第七章:「ゲーラックの新たな錬金術:」謎めいたセラム525


A. An Article in the Evening Newspaper
A. 夕刊の中のある記事
B. Mercury Pyro-Antimonate, or Red Mercury (Mercury Antimony Oxide)
B. 水銀のパイロ-アンチモン、または赤い水銀(水銀酸化アンチモン)
1. Code-name DOVE
1.コード-ネーム白鳩
2. The .01 Kiloton Yield Pure Fusion Bomb: The Logic of Fusion Weapons Development
2.0.01 キロトンの爆発力の純粋な核融合爆弾:核融合兵器の開発のロジック
a. First Generation Weapons
a. 第一世代の兵器
(1) Radiological Weapons (“Dirty Bombs”)
(1)放射線的な兵器(「ダーティー爆弾」)
(2) The Semi-Fission, or “Atomic Fizzle” Bomb
(2)半-核分裂、または「原子的なフィズル」爆弾
(3) The Pure Fission, or Atomic Bomb
(3)純粋な核分裂、または原子爆弾
b. Second Generation Weapons
b. 第二世代の兵器
(1) Boosted Fission Weapons
(1)ブースト(加速)された核分裂の兵器
(2) Fission-Fsusion (-Fission) or Full Hydrogen Bombs
(2)核分裂-核融合(-核分裂)、または完全な水素爆弾
(3) The Neutron Bomb
(3)中性子爆弾
(4) The “Salted” or “Doomsday” Bomb
(4)「塩漬けされた」、または「審判の日」爆弾
c. Third Generation Weapons: The Pure Fusion, or Pure Hydrogen Bomb
c. 第三世代の兵器:純粋な核融合、または純粋な水素爆弾
3. The Red Mercury Legend, Recipe, and “Xerum 525”
3.赤い水銀の伝説、レシピ、そして「セラム525」
a. The Red Mercury Legend
a. 赤い水銀の伝説
b. The Recipe and “Xerum 525”
b. レシピと「セラム525」
c. Nuclear Isomers, Spin, GRASERS, and Gerlach
c. 原子核のアイソマー、回転、グレーザー、そしてゲーラック
C. Back to the Nazi Atom Bomb: The Implications of the Ohrdruf Test Reconsidered
C. ナチスの原子爆弾に戻る:再検証された Ohrdruf の実験の示唆
1. The Claims for the Ohrdruf Test
1.Ohrdruf の実験のための主張
2. The Implied Existence of a Reactor Technology: Hartek and Houtermann’s “Cold” Reactors and the “Recipe”
2.反応器科学技術の示唆された存在:Hartek と Houtermann の「冷温」反応器と「レシピ」
D. Briefly Back to Roswell and MAJIC-12: General Nathan Twining’s “White Hot Intelligence Estimate” Reconsidered
D. ロズウェルとマジック-12に少々戻る:ネイサン・トワイニング将軍の「白熱の諜報の推測」は再検証される
E. A Summary and Conclusions
E. まとめと結論

Part Three: The “Brotherhood”:
第三部:「同胞団」
Nasa’s Nazis, JFK, and MAJIC-12
NASA のナチス、ジョン F. ケネディー、そしてマジック-12


Chapter 8: “The Day After Corso”: More MAJIC 12 Documents in the Light of Nazi Technology
第八章:「コーソの明後日」:ナチスの科学技術の光の下の、更なるマジック12の書類

A. MAJIC-12 Documentary Analysis
A. マジック-12の書類の分析
1. Document 1: Air Materials Command Secret Memo to Brig. Gen. George Schulgen, Sept 1947. Analysis
1.書類1:1947年9月の、ジョージ Schlgen 准将への、空軍資材司令部の秘密のメモの分析
2. Document 2: Analytical Report of Research and Development Laboratory of 2 September 1947 Analysis
2.書類2:1947年9月2日の、調査と開発の研究所の分析的な報告の分析
3. Document 3: Letter of Anonymous Source to Timothy Cooper Analysis
3.書類3:ティモシー・クーパーへの、匿名の情報源の手紙の分析
4. Document 4: Letter of Anonymous Source to Timothy Cooper Concerning Privatization of MJ-12 Analysis
4.書類4:MJ-12 の民営化に関するティモシー・クーパーへの匿名の情報源の手紙の分析
5. Document 5: Top Secret/Jehovah NSA Intercept: Analysis
5.書類5:トップ機密/エホヴァ NSA 中間傍受の分析
6. Document 6: Annex C Fragment Analysis
書類6:アネックス C の破片の分析
7. Documents 7 and 8: Top Secret Memo of President Roosevelt to General Marshal, 27 February 1942; Double Top Secret Letter of FDR to General Marshall Feb 22/24, 1944 Analysis
7.書類7と8:1942年2月27日の、マーシャル将軍へのルーズベルト大統領の最上機密のメモ;1944年2月22/24日の、マーシャル将軍への FDR (ルーズベルト) からの二重の最上機密のメモの分析
8. Document 9: Recovered, Reconstructed, and Test- Flown “S” Aircraft and Paperclip Personnel Assistance Analysis
8.書類9:回収され、再構築され、そして試験-飛行された「S」飛行機とペーパークリップの人材の補佐の分析
9. Document 10: Dr. Edward Teller’s Pitch to President Reagan for the Strategic Defense Initiative (SDI) Analysis Preliminary Scenario Assessment
9.書類10:戦略防衛構想(SDI)のためのレーガン大統領への、エドワード・テラー博士の推薦の分析の事前的なシナリオの検証
10. Document 12: The MAJIC-12 Bowen “Encyclopedia of Flying Saucers;” The Kammlerstab, and Nazi Saucers Analysis
10.書類12:マジック-12のボウエンの「空飛ぶ円盤の大辞典」;カムラースターブ、そしてナチスの円盤の分析
B. The Day After Corso: An Examination of Corso’s The Day After Roswell in the Light of the Cooper-Cantwheel Documents and German Wartime Technology
B. コーソの明後日:クーパー-キャントウィール文献とドイツの戦時中の科学技術の光の下におけるコーソのロズゥェルの明後日の検証
1. Corso on the Integrated Circuit and Transistor
1.統合された回路とトランジスターについてのコーソ
2. Lasers
2.レーザー
3. Fiber Optics
3.繊維光学

Chapter 9: “Mae Brussellsprouts”: Nazi Survival and JFK
第9章:「マエ・ブリュッセルスプラウツ」:ナチスの生き残りと JFK


「昔の将軍達が帰って来る。(南米は)ナチスに溢れている!・・・その様な事をする人達には、唯一、一種しかいない事を彼等は知るだろう・・・それはナチスで、そして権力にあるのは彼等である。」
- ジャック・ルービー(aka. ルーベンスタイン)

これに関連して着目するだけ興味深いのは、皇帝フレデリック2世によって設立された大学、(イタリアの)ナポリ大学の700周年記念が祝われた時、以下の刻印と共に、パレルモの大聖堂において、その皇帝の石棺の近くで、一つの冠が発見された事でした:
「Seinem Kaiser und Helden
Das geheime Deutschland.」
(『彼等の皇帝と英雄へ、ドイツから』)」


ポール・ウィンクラー

第二次世界大戦の後、ナチスは、とても思いがけない場所で、とても思いがけない人達と共に、とても思いがけない事を行っている様に現れる、多大な技術と能力を発達させた様です。

例えば、催眠術の下で、彼の精神科医、ベンジャミン・サイモンに対して、有名な UFO のアブダクティー(宇宙人、または宇宙人のふりをした誰かにさらわれた人)、バーニー・ヒルによって述べられた明言を考えてみて下さい:

「バーニー:
(彼は極度に正確にしようと努力します。)
其処には窓の一連がありました。とても大きな窓の一連です。唯、支柱によって分離された - または、一つの大きな窓に成る事を避けるための構造・・・もしくは、そうでなければ - 一つの大きな窓に成るものでした。そして、その上の邪悪な顔は - (彼は「指導者」と言いかけました。)
彼はドイツのナチスの様に見えます。彼はナチスで・・・」
(彼の声には問いかける様な音(雰囲気)があります。」
医師:
「彼はナチスですね。彼は制服を着ていますか?」
バーニー:
「はい。」
医師:
「どの様な種類の制服ですか?」
バーニー:
「彼は、彼の左肩の上にぶら下がっている黒いスカーフを、彼の首回りに着けています。」

それから、同様に、催眠術の下で述べられたとされた、誰がケネディー暗殺の背後にいたのかの、ジャック・ルービーの奇妙な明言があります:

「昔の将軍達が帰って来る。(南米は)ナチスに溢れている!・・・その様な事をする人達には、唯一、一種しかいない事を彼等は知るだろう・・・それはナチスで、そして権力にあるのは彼等である。」

十分に奇妙な事に、ルービーは、南米とナチスを指差す事によって、殆どの人達が思いもしなかったケネディー暗殺の、ある要素に彼の指は指していました:南米におけるナチスの残党と、そして彼等の現在進行形の半-独立的な存在でした。

A. J.F.K’s Policies
A. JFK の政策


人が、彼の政策に同意する、または異論するに拘わらず、大統領ジョン F. ケネディーは、彼の短かった大統領の任務期間において、多くの人達がアメリカの「エスタブリッシュメント(権力側)」、または「秘密(影/闇)の政府」の要素を構成すると信じる、とても根深く、そしてとても強力な関心の数々を、明らかに脅かす政策を概要しました。ケネディーは、例えば、(キューバの)豚の湾(Bay of Pigs 作戦)の大失敗の後、効果的に、準軍事的(傭兵的)で秘密裡の作戦行動を CIA から取り上げ、ペンタゴンに渡す結果と成った、国家安全保障のメモ(摘要書)を循環させました。彼は、「CIA を、何千もの欠片に打ち砕く」と宣言しました。アレン・ダレス、または - MAJIC-12 (マジェスティック-12)の書類におけるその現れを、私達が以前の章の中で着目した - チャールズ・ピアー・ケイベル将軍の様な人達にとって、ケネディーは、彼等が第二次世界大戦以後に育ててきた官僚的な権力の封建制度に対して、直接、狙いを定めていました。

2 john f kennedy.jpg

そしてアメリカにおいて最も近差の争いの選挙の後、ケネディーは、狭い得票数の差で、共和党の現職の副大統領、リチャード・ニクソンに対して勝利しました。多くの人達は、ケネディーが勝ったのが何故なら、その国全体を渡って、イリノイ州のシカゴの、悪名高く腐敗したクック(選挙)地区の様に、当時の知事、リチャード・ダリーと、様々なマフィアの関係者達によって、(票が)「お届け」されたためだと主張します。それは、熱く競争されたその他の(選挙)地域のために主張された逸話(噂)でした。大統領府に入った後、ケネディー大統領は、彼の弟ロバートを司法長官に任命し、ケネディー政権は、組織化された犯罪組織(マフィア)を追求し始めました。そして、彼の弟、ロバートが司法局の指揮を執ると共に、諜報工作のコミュニティー(CIA)と組織化された犯罪組織(マフィア)の他に、もう一つの強力な敵が加わりました。その敵は、ワシントン D.C. (コロンビア特区/米国企業株式会社/東インド会社)における社交会に集う権力の輪の中で、ケネディー政権に対する憎しみを秘密にしなかった男、FBI 長官、J. エドガー・フーバーでした。

JFK, フーバー、RK
3 jfk hoover rk

この時点において立ち止まり、着目する価値があるのは、それらの可能性のある3つの敵の内の2つが、暗殺後のウォーレン委員会に対して極度な影響力を行使し、(キューバ侵略の)豚の湾の後、ケネディーによってクビにされた、元 CIA 長官、アレン・ダレスが、勿論、その委員会の代表的なメンバーに成り、疑う余地無くそれによって、混乱の言葉のスピン(扇動)における不透明化で、あらゆる CIA の関連性を埋めて消し去った、または最小限に保ったためです。その委員会の結末に多大に関連したもう一つの敵は、勿論、J. エドガー・フーバーの FBI で、それはその委員会への情報の流れとデータに対して普通以上(異常)な影響力を行使しました。

以前の章の中で見られた様に、しかしながら - もし人が、論議するためにそれらの正当性を認めるなら - ケネディーが、ソヴィエト連邦と共に共同で宇宙開発する事を求めていた事を示唆する、MAJIC (マジック)- 12の文献があります。もし人が、その2つの国々の宇宙計画のどちらか、または両方に対して、何らかの秘密裡の要素(i.e. 離脱社会)が存在すると推定するなら、するとこれもまた、多くの隠された目的と、埋め込まれた権力の関心を脅かしたでしょう。そしてこれに関連して - 本物か、偽物かは別にして – MAJIC - 12 の書類の全てが光の下で照らされる遥かにもっと以前から、トービット文献は、宇宙計画と、NASA の内部における高い地位に置かれたナチスのネットワークについて独自の結論を引き出していました。トービット文献の中で、ヴォン・ブラウン(元ナチス・ドイツのロケット工学研究者/NASA の長官)の the Defense Industrial Security Command (D.I.S.C/防衛工業安全保障コマンド)の操作/統治は順を追って、フェレンス・ナギーの様な第二次世界大戦のその他のファシスト達に関連したペーパークリップ(ナチス・ドイツから、CIA に吸収された科学者達)作戦の科学者達の、このネットワークの象徴に成り、西欧(ヨーロッパ)と米国においてフロント(建前)組織のネットワーク(スパイ組織)を設定した、ゲーレン組織(ナチスのスパイ組織)を通して、ナチスに協力した後、戦後に、共産主義者達(ソヴィエト)の報復を逃れるために、その結果として東欧から逃避した(欧米への白ロシアなどの)亡命移民のコミュニティーを体現しました。これらの2つのグループ(組織) - ペーパークリップ(作戦)の科学者達と、ファシスト(ナチス)の亡命移民のフロント(建前)は - 順を追って、その執行部の一員として、クレイ・ショーも同時に含めて、多くの著名なファシスト(極右/ナチス)を共にした、「パーミンデックス」社と呼ばれた、まぎれも無い、「マーダー・インコーポレーティッド(殺人は当たり前組織)」に関連していました。トービッド文献は - クーパー-キャントウィールの MAJIC - 12の文献が、UFO 研究者達のコミュニティーの中に解放された、または意図的に流出された、遥か以前に - 殆どのケネディー暗殺の研究者達によって、簡単に袖から払われる(無視される):ナチスに対する、とてもはっきりとした関連性を示します。

ですが其処には考えるべき最後の可能な、ケネディーに対する敵がいます。彼の暗殺と同年の、1963年6月に、ケネディーは、そのエスタブリッシュメント(権力者達)の「埋め込まれた関心」の最も強力な一つに標準を定めます:国際商業銀行業です。ケネディー大統領は、(金利/借金無しの)約40億ドルの米国政府通貨の印刷を許可し、それらを流通へと開放する事によって、悪名高き秘密裡のジキル島の(ブレトン・ウッズ)会合の後、策略と計算された政治的な操作によって確立された、個人(企業)によって所有された連邦準備金銀行(米連銀)を完全に素通りしました。ケネディーのー手は明らかに、その国家(米国)における通貨供給(通貨発行権)に対する(個人)銀行家達(ロスチャイルド/ロックフェラー/モーガン、etc.)の独占的な縛りの終わりと、個人企業である銀行への金利/借金の全く無い通貨である、「憲法的な通貨」への回帰を予告しました。その暗殺のコンスピリシー(共謀/陰謀)のこの要素は、ナチスの関係性よりも(殆ど)知られておらず、そして現在もそのままです。

その暗殺に関係した必死な集団 - 軍需産業複合体や CIA に代表される「国家安全保障の『コミュニティー』」、FBI とその他の機関、宇宙開発計画(NASA)、マフィア、様々な反カストロのキューバのフロント(建前)と同時に、東欧のヨーロッパ人達(ナチスのスパイ・ネットワーク)の、軍事的で、右翼的な(欧米への)亡命移民グループに体現され、そして金融と銀行業の国際企業連の - の慎重な考察は、数多くのその暗殺の研究者達が指摘した様に、それらの要素の全ての間の数多くの関連性を示唆します。ですが、それらの組織的な関心の全てに関連した一つの集団があり、そしてそれは、勿論、ナチスです。

B. Mae Brussel on Nazis and JFK
B. ナチスと JFK についてのマエ・ブリュッセル
1. Her Thesis
1.彼女のテーゼ


よく知られた陰謀暴露の研究者で、ラジオのトーク・ショーのホストだった、故マエ・ブリュッセルは、引っ繰り返されていない石を決して残さない人でした。トービット文献とその内容を学ぶと直ぐにブリュッセルは、深い陰謀の主張によって出くわされた時に、彼女が通常行う事を行いました:彼女は(情報の)破片を一つにまとめ始め、そして慎重に彼女の源泉(情報源)を書類化(記述)しました。

何らかの高いレベルにおけるその(ケネディー)暗殺へのナチスの関わりへの彼女の明言は、その全体的な策略における「その他のプレーヤー(共謀者)達」の説明を扱います:

「この話は、どの様にナチスが、Wehrmacht (国防軍)が未だに攻撃中にある時にでさえ、軍事的な敗北を仮定し、ナチス主義を、そっくりそのまま、変装させて西洋(欧米)の避難地に埋め込む計画をしたかについてです。その話は、どの様にして、誇り高き男達、そして幾らかのあまり誇り高く無い男達が、赤い脅威(共産主義)によって全く盲目にさせられ、ナチスの計画に完全にはまったかについてです。それは奇妙なカップル足す1の話しで:(それらは)マフィア、CIA、そして狂信的な(東欧からの)亡命移民達で、それぞれがケネディーを射殺するための独自の理由を有していました。その話は、1963年11月22日にジョン・ケネディーが殺害された時に、そのクライマックスを迎えます。そしてそれは、その後の集大成がある話で - アメリカの、ファシズム寸前までの転落でした。

ケネディーは、言葉を変えると、よく知られた「関心の連合」によって射殺され、それは、ブリュッセルの見解によると、とても秘密裡のプレーヤー(共謀者)達として、ナチスを含んでいました。ですがブリュッセルの明言は、更なる何かを暗示し:益々ファシスト的な顔を持つクーデター(政権転覆)でした。この「ファシスト的な顔」は人がブリュッセルの研究の詳細を考えた時、更にもっと明らかに成り、それは順を追って「関心の連合」のコンスピリシー(共謀/陰謀)におけるナチスの関わりのための動機の理由を露出させます。

2. Germans and Atsugi AFB, Japan: An Oswald Nazi Link
2.ドイツ人達と日本の厚木空軍基地:オズワルドとナチスのリンク


リー・ハーヴィー・オズワルド。
4 Lee Harvey Oswald USMC.jpg

その名前を言えば、殆どの人達は、直ぐにその暗殺者を考え、または少なくとも、ケネディー殺害における罪を着せられた、身代わりを考えます。

少ない人達は、見た目には普通の家族的な背景を持つ、普通のアメリカ人男性で、海兵隊員に成り、その後、海兵隊員であった事は言うまでも無く、一人の兵士として、異常で政治的な信念を現し始めた人を考えるでしょう。

更により少ない人達は、オズワルドの知られている FBI との関連との関係において、それらの奇妙な振る舞いと政治的な信念について考え、そして(私の意見においては正しく)日本の秘密裡の厚木空軍基地において、一人の海兵隊員であった間の、オズワルドの親マルクス主義の政治的な信念の奇妙な表しは、彼をシープ・ディップ(羊を消毒液に浸す/洗脳教育/用意)するパターンであると考えます。オズワルドは、それらの公に告白された信念にも拘らず、その空軍基地における秘密裡のレーダー基地における特定のセキュリティーのクリアレンス(侵入許可)を持っていて、同時にロシア語を学んでいました。

そして、その暗殺事件の研究者達の殆どに良く知られているもう一つの事が更にあり:厚木空軍基地は、ソヴィエト連邦上空の、CIA の U-2(スパイ)機が帰属した処でした。

多くの人達によく知られている様に、オズワルドはその後、海兵隊から退役するために、彼の病気の母親、マーガレット・オズワルドを看病するために「身内内の緊急事態」を捏造しました。海兵隊を退役した後、しかしながら、オズワルドはその後、ソヴィエト連邦に向かい、其処で彼は亡命しました。彼はベラルーシ(白ロシア)のミンスクのテレビ工場に配属され、ソヴィエトの基準としては広いアパートを与えられました。オズワルドは、ソヴィエトの軍事諜報機関の大佐の娘、マリーナ・オズワルドに出会い、最終的に結婚しました。

多くの暗殺の研究者達は、その同年の後に、フランシス・ギャリー・パワーズの U-2 機の撃墜に繋がった、レーダーとその他の技術的なデータを、オズワルドがソヴィエトに渡したと信じます。勿論、その U-2 機は、日本の厚木空軍基地から飛び立ちました。U-2 機の飛行は、空軍の作戦では無く、CIA の作戦だったので、これが意味したのは、CIA が厚木基地において、秘密裡の基地を有していた事です。これについては、後程、更に述べます。

その後、信じられない事に、オズワルドは、彼のロシア人の妻と共々、米国に-亡命する事が許され - 当時(冷戦時代)としては全く簡単な事では無く - 其処から彼のその後の活動と(人間)関係は、多かれ少なかれ、よく知られています。

ですが多くの人達が知らないのは、オズワルドが、極左派の信念と組織との彼の関係に加えて、同時に極右派の人達と組織との、とても奇妙な関係を幾つも持っていた事です。それらの一つは、信じがたい事に、元 Wehrmarcht (ドイツ国防軍)の将軍、ラインハルト・ゲーレンの、(欧米に)亡命移民したスパイ・ネットワーク(組織)以外のなにものでもありませんでした。

(アレン)ダレスが語ると、ゲーレンは聞き入りました。その CIA 長官(A.ダレス)は、彼の兄弟で、国務長官であるジョン・フォスター・ダレスと共に、ソヴィエト・ブロックに「囚われた国々」は、十分な応援を与えられれば発起すると信じていました(フォルス・フラッグ)。彼(ダレス)の要望において、ゲーレンはアメリカの部隊が関わる事無く、準備万端な、(国外)追放された傭兵部隊を集め訓練しました。ダレスの要望においてまたゲーレンは、ソヴィエト連邦内へとパラシュート降下させるスパイの部隊編成のために、彼の戦時中のロシア人協力者達の階級(一連)を応用しました。それらのスパイ達の幾らかは日本の厚木における CIA の秘密裡の基地において訓練され、1957年に其処にはリー・ハーヴィー・オズワルドと言う名前の若い海兵隊員が、其処における U-2 スパイ機の作戦に配属されていました。」

ナチスとの直接の関係は確立していない間これは、ブリュッセルが発見する、暗殺事件を囲んでいる(人間)関係のパターンにおける情報のほんの一部でしかありません。

3. Gehlen and the Russian Orthodox Diaspora
3.ゲーレンとロシア人の正教徒の亡命移民者達


その暗殺事件のパズルの更にもう一つの欠片は、この国(米国)における東欧の(亡命避難の)移民のコミュニティーとの、ゲーレンの「組織」の関係でした:

「ゲーレンは、彼の広範囲で秘密裡の作戦を補佐するために、偽のフロント(建前組織)と偽りの会社を設立した先駆者と成りました。一つの大規模なプロジェクト(計画)は、ソヴィエトに対して利用される事の出来る、米国における、東欧からの亡命移民グループを形成する事でした。トルストイ財団と、ロシア国外の正教会の司教達のユニオン(組合)の両方が、CIA によって資金援助されました。リーとマリーナ・オズワルドは、1962年6月にソヴィエトから到着(再亡命)しました。彼等はダラスのワース基地近辺において、約30名程の白ロシア(ベラルーシ)人達と知りあいに成りました。(彼等の)多くは、立証可能なナチスとの繋がりを有し;その他は石油と防衛(軍需)産業に拘わっていました。それは、ソヴィエト連邦からの亡命者とミンスク(ベラルーシ)からの彼の妻のためには、ありえない社会的な集まりでした。」

どんな場合であれ、明らかなのは、オズワルドと、その類似した人達を通して、ダレスの CIA は、それぞれがお互いの容赦ない敵同士であり、同時に、順を追って、アメリカの根源的な敵である - ソヴィエトとゲーレン自身の「元」ナチスの組織と言う、2つのとても危険な要素と共に、とても危険なゲームを繰り広げていました。BND (西ドイツの諜報工作機関)を使用する意図は明らかでした:もし、厚木とその他の場所における亡命移民達の訓練の作戦が暴露されても、アメリカの関わりは「否定される」事が出来るためです。ゲーレンの組織は故に、その作戦のためのカット-アウト(外部受注/下請け)でした。この章における後において見られる様に、しかしながら、「カット-アウト達」は、建前上の「コントローラー(ハンドラー)」から素早く半-独立的に成る、または完全に独立する事が可能で、そして結果的に、トロイの木馬に成る事が出来ます。

a. Implication: The Infiltration of US Intelligence and Defense
a. 示唆:米国の諜報と防衛への侵入


その様々な東欧の亡命移民のフロント(建前)企業と共に、ゲーレンの組織の確立に繋がったペーパークリップ作戦とその他の類似した作戦の示唆を再び考える前に、一度立ち止まるには価値があるでしょう。一つの観点、米国の軍需産業-諜報工作-複合体自体から見ると、米国は未だに運転席におり、それらの2つのグループを操作していて、そして彼等の活動を方向付けていました。宇宙計画(NASA)におけるナチスのロケットの科学者達と、防衛産業における彼等の反対相手の場合においてでさえ、それらの人達は「カット-アウト達」として考えられる事が可能で、何かが失敗した場合において責任を取らされる身代わりで、そして彼等が失敗した場合にエスタブリッシュメント(権力側)の官僚達を責任から保護するものでした。ですが「カット-アウト達」自身の観点からだと、彼等は侵入者/潜伏者(スパイ)達であり、母体の国の保護と経済的な力の「利用者達」でした。その様な観点は、しかしながら、彼等の「コントローラー達」からの独立性を示唆する、カット-アウト達の部分における振る舞いのを、もし人が探知した時だけに理論的に保たれるのは、その様な独立性が、彼等の部分において、隠されてはいますが、根底にある組織の規模を示唆するためです。これから見られる様に、この場合がそうであると言う示唆があり、そして宇宙計画(NASA)自体の中からのものです。

b. Nazis and “the Rogue Element” In US Intelligence
b. 米国の諜報工作におけるナチスと「悪党化した要素」


様々な陰謀暴露の研究者達はアメリカ(そしてその他の国々)の諜報工作機関の中に、それ自体において活動し、それ自体の頻繁に後ろめたい目的に従い、そして頻繁に母体の国家の国家的な関心とは真逆の活動をする、「悪玉」の要素が存在している様だと指摘しました。その他の者達は、テロリズムの近年の一連のある時点において、大規模で金融的な後ろ盾と、何らかの世界の主要な権力の後ろ盾があったと指摘します。更にその他の人達は、ナチズムと軍事的なイスラムと、その他のテロリスト・グループの根源との、歴史的な関連性を暗示しました。どんな場合であれ、生き残っていて組織化されている国際的なファシズムのネットワークは、確かにそれら全ての必要条項に当てはまりますが、勿論、歴史的に知られている関連性を超えては、その件は推理的です。

4. Schacht-Onassis
4.シャクトとオナシス


ですが諜報工作機関の中の「悪玉要素」が、「国際ナチス」であると頻繁に論議される件が唯一曖昧で、推理的である間、JFK 暗殺についてのその深く隠された、高レベルの関係性の件については、人がより詳細に調べると、更に強く成ります。(ドイツの)ライク(帝国)銀行の元会長であり、ヒトラーの金融的な魔術師(専門家)で、SS の司令官、オットー・スコルツェニーの義父でもあった、ハジャルマー・シャクトがその後、「アリストテル・オナシス(ギリシャの船舶王)に雇われていた」事だけでも考えてみて下さい。

私達は誰しもが、アリストテル・オナシスとその後結婚し、そして彼女の夫の殺害について彼女が知っている事を語る事を、かたくなに拒んだ人を知っています。私達は誰しもが、今まで通り気品高く美しいままで、比較的に最近、亡くなった彼女が、その個人的な日記(自伝)を、遠い未来まで公表されてはならないと指示した人を知っています:

ジャクリン・ボウビエー・ケネディー・オナシスです。
5 jaquline

私達が全く知らなかったのは、オナシスと再婚する事によって、ジャッキー(ケネディー)が、第二次世界大戦以来、とても奇妙で、とてもナチス的な関連性を持つ、組織化された犯罪の一族の中へと婚姻した事です。

そして、オットー・スコルツェニーについてはどうでしょう?

スコルツェニーはその戦争から生き残り、悪名高い O.D.E.S.S.A. (オデッサ)組織(Organization der Ehemalige SS Angehörige、 または「元 SS メンバーの組織」)を指示する手助けをし、そしてスペインのマドリッドにおいて、スペインの諜報工作機関と CIA のスペイン部門が入っていた同じ建物の中に、「国際ファシスト」を確立しました!

5. Dulles-McCloy on the Warren Commission
5.ウォーレン委員会のダレス-マクロイ


更にもっと奇妙なのは、(ケネディー暗殺建て前的な調査の)ウォーレン委員会のために選ばれた人達の幾らかの、その内の2人は、極度な疑いの目と共にしか見る事が出来ないと言う事です。

彼等の内の1人は、既に記述された様に、元 CIA 長官だったアレン・ダレスでした。ダレスは勿論、戦時中にスイスのチューリッヒにおける OSS (後の CIA )の地域的な主任で、ラインハルト・ゲーレン将軍と、そして人は唯一推測する事が出来ますが、恐らくマーティン・ボーマンや、SS Obergruppenführer のハンス・カムラー自身達を含むナチスの大物達と、秘密裡の合意を話し合いました。ダレスがこの章の後において再び浮上するのは、私達が未だ、第二次世界大戦の以前に、彼が何を行っていたのかを、私達が考察していないためです。ウォーレン委員会のメンバーとして、ダレスが恐らくケネディー政権によって原因された「ダメージ」をやり直す暗殺事件後のスピン(扇動)のネットワークの最も良い例なのは、ダレスが勿論、(キューバ侵略計画の)豚の湾の大失敗における彼の役割のために、エネディーによってクビにされていたためです。

私達は、ウォーレン委員会のもう一人の主要なメンバーが、その戦争の以前に何をしていたのかを知っていて:(それは)ジョン J. マクロイです。忘れてしまった人達のために言うと、ジョン J. マクロイは、(西)ドイツのための、終戦後のアメリカの最高コミッショナー(高等弁務官/大使)で、米国への彼等(ナチス)の送還を迅速にし、ペーパークリップ作戦と類似した計画において彼等(ナチス)を使用するために、彼等(ナチス)の戦争犯罪の懲役から、多くのナチスを免責にした責任のある人物でした。

ですが戦前にジョン J. マクロイは、とても高い地位に置かれ、とても「内輪の事情」に「精通し」、1936年のベルリン・オリンピックにおいては、彼の初めてのテレビへの登場だったかも知れない、アドルフ・ヒトラーと、観覧席を共にする程でした。ですが何故、アメリカ人の弁護士に、その様な高い尊敬(地位)が与えられたのでしょう?これは、部分的に、彼が戦前に、ドイツの化学カルテル、I. G. ファーベン社の顧問弁護士であったためでした。

6. A Review
6.再検証


私達が見逃したものが無かったか確認するために、再検証が必要です:

ウォーレン委員会のメンバーの一人は、終戦後のドイツの米国の最高コミッショナーで、数々のナチスを免責し(釈放し)、個人的にアドルフ・ヒトラーと顔見知りで、そして戦前にはドイツの化学産工業の大企業、I. G. ファーベン社を法的に代理した(顧問弁護士だった):ジョン J. マクロイでした。

ウォーレン委員会のもう一人のメンバーは、(キューバの)豚の湾における彼の役割のために、ケネディー大統領にクビにされた、元 CIA 長官で、戦時中はチューリッヒの OSS の地域的な主任で、ドイツの軍事諜報工作の大物、ラインハルト・ゲーレン将軍との間の秘密裡の合意を談合すると同時に、恐らく、「降参してきた」ナチスと米国の間の、その他の秘密裡の合意を行った:アレン・ダレスでした。

ですがダレスが CIA において、まだ上手く収まっていた期間の間に、米国の海兵隊員、リー・オズワルドは、日本の厚木空軍基地に配属され、其処で、彼の表向きに告白されたマルクス主義とソヴィエト連邦への「尊敬」にも拘らず、彼はロシア上空の U-2 (スパイ)機の飛行に関連した比較的に繊細なレーダーのデータのセキュリティーのクリアレンス(潜入許可)が与えられていました。加えて、厚木空軍基地はソヴィエト連邦上空の U-2 機飛行の秘密裡の基地だったので、それはその空軍基地内に隠された、秘密裡の CIA の基地であったはずでした。ラインハルト・ゲーレン将軍の西ドイツの Bundesnachrichtendienst(連邦公安局/BND)は、明らかに、ソヴィエト連邦へと(パラシュートで)落とされる国外移民(東欧)の傭兵部隊を訓練していました。この訓練の一部は疑う余地無くロシア人達で、そしてその他の一部は、共産主義の教義、共産党の組織、そしてどの様に熱烈な共産主義者として「信用させる」かの知識持った者(工作員)でした。これが意味するのは、もしオズワルドが実際に、ギャリソン自身が信じた様に、ソヴィエト連邦においての諜報工作の任務のために「シープ・ディップ(教育)」されていたなら、恐らくゲーレンの組織と、元ナチスによって、その役割のために訓練されていた可能性が高いでしょう!言葉を変えると、その要素の全ては厚木と、リー・ハーヴィー・オズワルドと言う人に集結します。

この関連において、オズワルドの住所帳は、唯の FBI のエージェント(捜査官)達の住所以上のものを含んでいたと、後に明かされるでしょう・・・

7. South American Death Squads: The “Kinder, Gentler Gestapo” for Hire
7.南アメリカの死の部隊:雇用のための「より親切で、より優しいゲシュタポ」


ナチスの状況を再検証した処で、私達は此処でブリュッセルによって表現されたその他の詳細、その暗殺事件における役割を担うためのその他全てのグループと、彼等の個人的な理由に加えて、ナチスの動機と役割が何であったのかを暗示し始める詳細を考えるために、より良い位置にあります。

1983年におけるその暗殺事件の20周年記念において、ラリー・フリントのザ・レベル誌に、ブリュッセルが彼女の暗殺事件の記事を書いた時に、彼女は「ラテン・アメリカ:殺人企業」と題された上院議会の外交関係委員会の報告書に言及し、その報告書は、彼女の記事の当時、「未だに機密にされている」と、彼女は記述しました。

その報告書は、米国の諜報工作のコミュニティーが、「コンドル作戦」として知られる、アルゼンチン、ボリヴィア、ブラジル、チリ、パラグアイ、そしてウルグアイとの「共同作戦」を行っていると明言すると、ブリュッセルは示唆しました。ブリュッセルはその後、ジャック・アンダーソンのコラムからの段落を引用する事によって、そのコード・ネームの重要さの可能性を説明しました:

「ジャック・アンダーソンは、1979年8月の彼のコラム、『コンドル作戦、邪悪な連合』の中で幾つかの詳細を与えました:

『暗殺チームは、チリに本部を構えています。』この国際的な組合は、チリのコロニア・ディグニダッドに位置します。ヒトラーの SS からのナチスによって設立され、フランツ・ペイファー・リヒターによって代表され、アドルフ・ヒトラーの1000年帝国は滅びていなかったのかも知れません。」

ブリュッセルはその後、コンドル作戦とナチスに訓練され南米に基づいた死の部隊との、歴史的な関係を説明します:

「オットー・スコルツェニーは、ブルジ戦線におけるアメリカの兵士達に対する彼の攻撃をグレイフ作戦、「コンドル」とコード・ネームしました。彼は、敵の暗殺を意味した「制裁」を行った、彼の戦後の特務チームと共にコンドルを続けました。」

そして人が忘れないために、ブリュッセルは、スコルツェニーが解きほぐす関係の蛇の巣を、読者達に思い出させます:

「スコルツェニーの義父は、ヒトラーのライク(帝国)銀行の総裁だった、ヒャルマー・シャクトでした。シャクトは、ドイツと日本の艦隊を再構築するにおいて、オナシスの造船所を指導しました。1950年に、オナシスは南極とアルゼンチンの漁における彼の捕鯨船のために、ラース・アンダーソンと契約しました。アンダーソンは戦時中のノルウエーにおいて、ヴィドクム・クイスリングのナチスの協力グループに属していました。ニュー・オーリンズの州検察官、ジム・ギャリソンによって、JFK 暗殺における共謀罪で起訴されたクレイ・ショウは、ヒャルマー・シャクトの親しい友人でした。」

これは、とても興味深く、とても不穏な構図を体現します。

再び人はもう一度、コロニア・ディグニダッドの様なグループとの、米国の諜報工作機関の拘わりは、必要な時に、必要で政治的な暗殺を達成し、そして何かが失敗した時に「(拘わりの)可能性の否定」を達成させるために、「カット-アウト(外注/下請け)」として彼等を使用したと推理出来ます。結局の処、戦後のずっと後に、その様な大規模なナチスのネットワークが未だに存在していたなど、誰が信じられたでしょう?そしてアメリカの諜報工作機関が、彼等と寝床を共にしていたなど、誰が信じられたでしょう?それは実際に、終戦の後、ほぼ40年経った、1983年の事でした。その様な南米大陸を渡る秘密裡の作戦を行うために良く十分に組織化され、良く十分に資金援助されたナチスが未だにあったなどと、誰が信じられたでしょう?その様な長い期間の後に成っても、ナチス主義の思想に彼等が未だに献身していたなど、誰が信じられたでしょう?

ですが再びジャック・アンダーソンとマエ・ブリュッセルの構図は、更にもう一つの不穏な構図を体現し:その様な継続的なナチスの存在だけでなく、米国、またはあらゆるラテン・アメリカの政府から、半-独立的、または完全に独立したその継続性でした。実際に、その様なプロフェッショナル的に訓練された暗殺者達が、それらの国々の諜報工作機関と政府との、ラテン・アメリカにおける組織化された犯罪と殺人に関連した、彼等自身の記録と証拠を保つのは、比較的に簡単な事でした。端的に、その様な独立したナチスの入植者達にとって、彼等の主人達と呼ばれる者達を、暴露の脅しによって脅迫する事は、とても簡単な事でした。

8. George De Mohrenschildt
8.ジョージ・デ・モーレンシルト


「マルクス主義者」でソヴィエトへの亡命者だったリー・ハーヴィー・オズワルドが、彼のロシア人の妻、マリーナを引き連れて米国に帰国(再亡命)した時、彼は東欧からの亡命移民で、テキサスの石油地質学者で、ビジネスマンの、ジョージ・デ・モーレンシルトの様な、とても反-マルクス主義的で、反-共産主義者的な何人かの人物達と知り合いに成りました。デ・モーレンシルトは、貧乏だったとされるオズワルドが拘わるには異例的な仲間内でしたが、彼は直ぐにダラスの白ロシア(ベラルーシ)人達と「(ロシア)皇帝主義者達」のコミュニティーへとリー・ハーヴィーを紹介し、其処で彼とマリーナは、ルースとマイケル・ペインと親しく成りました。

ペイン家は、リー・ハーヴィーがテキサス学校教科書保管所における仕事を得る手助けをし、そして彼とマリーナはペイン家と共に、彼等の家に滞在しました。

これが全て高度に異例的なのは、勿論、既に記述された様に、リーの妻、マリーナが、ソヴィエト連邦の軍事諜報工作機関、GRU の大佐の娘で、その間、リー・ハーヴィーが、ソヴィエト連邦への、親-マルクス主義者の亡命者とされ、ロシア人の妻と共に米国に「再亡命」する事によって、不可能を可能にした人であるためです!

9. The Paines, The Oswalds, and General Dornberger
9.ペイン家、オズワルド家、そしてドーンバーガー将軍


マイケル・ペインが、オズワルド家に対するこの振る舞いと共に極度な危険を犯していたのは、(米国)防衛省との関連においてベル・エアークラフト社のために働き、最上級のセキュリティー・クリアレンスを必要とする地位にあったためです。もしくは、恐らくそれは、全く危険では無かったのかも知れません。恐らくペイン家は、既に仲間内にされたオズワルドを、彼の最終的な位置へと誘導するために利用されていたのでしょう。ナチスのスパイである事が非難された、デ・モーレンシルトに関しては、暗殺事件についての議会の代表委員会が彼を探しに来た日に、自殺と主張された致命的な銃の傷から死亡しました。

10. Martin Bormann and JFK
10.マーティン・ボーマンと JFK


暗殺事件の研究者達の多くは、彼が逮捕された時、リー・ハーヴィー・オズワルドのメモ帳は、「暗殺の気の狂った単独犯」が持ち歩いているにしては、その中にとても奇妙な人々の幾らかと、 FBI の捜査官の住所を、含んでいたと指摘します。その他の暗殺事件の研究者達は、オズワルドの「マルクス主義者」の関連性は、役割のため、この場合、「亡命者」の役割のために、準備された者の全てのサインを持つと指摘します。

しかしながら、それ程多くのナチスとの関係が背後に漂っているなら、その暗殺事件に続いた殺人と「偶然的な死」の長い一連に沿ったある時点において、間違い無くそれについての何かをメディアが発見し、そして公表したでしょう。ですが、ナチスとの関連性については殆ど全く無く、そしてオズワルドのメモ帳におけるナチスとの関連性について、アメリカの主要な大メディアによって、絶対的に何も述べられませんでした。

ですが、1976年に、暗殺の鎖と題された比較的によく読まれた本が、当時よく知られていた調査ジャーナリスト達、シビル・リークとバート・シュガーによって出版された際、それは有名なシンジケートされたコラムニスト、ジャック・アンダーソンによる前書きを含んでいました。その本は「右翼の過激主義者のシナリオ」と題された章の中に以下の少々の情報を含んでいました:

「オズワルドが逮捕された時、FBI は彼の住所帳を見つけ、そしてその中にあったのは、ウォーカー少将とジョージ・リンカーン・ロックウェルの住所でした。それらの有りえない様な名前は、オズワルドとの関係が全く明らかにされ無かった、 FBI 捜査官ホストリーの様な、その他の住所の混乱に加わるだけでした。」

オズワルドは、勿論、エドウィン・ウォーカー少将を暗殺しようと試みたと非難されました。ですがこれは、もし、オズワルドがホストリー捜査官を暗殺しようとしていた、またはもし、ウォーカー少将の真の役割が、私達が知らされているもとは何か別のものであったかのどちらかでないなら、その住所帳の中の彼(捜査官)の住所の存在は、全く説明出来ません。

ですがどんな場合であれ、本当の関心がある人物は、勿論、アメリカのナチス党の指導者であった、ジョージ・リンカーン・ロックウェルです。これは、もしオズワルドが配属され、そしてブリュッセルによるとラインハルト・ゲーレンが、ソヴィエト連邦内における秘密裡の作戦のために、傭兵の工作員達を集め、訓練していた場所とされる、日本の厚木空軍基地の、CIA の秘密裡の U-2 基地に関するブリュッセルの主張が思い出されられなければ、馬場馬鹿しい程、とても不似合で、場違いな様です。

ですが何故、それについて何も言わないのでしょう?間違いなく、アメリカのナチス党の指導者の住所は、オズワルドが「気の狂った単独犯」だったと言う主張を確定させたでしょう!ですがもし実際に、その関係が本物で、オズワルドについてと、大統領を暗殺するための陰謀について何かを明かすなら、人はそれについて何も言わないでしょう。

もし、言い換えると - 彼のソヴィエト連邦への「亡命」が、そうである全ての現れである様に - オズワルドが正にこの種の作戦のためにシープ・ディップ(用意)されたのなら、するとそれを行っていたのは元ナチスのグループで、明らかに CIA のためですが、同時に恐らく、彼等自身の目的のためでもあったでしょう。

これに関して、オズワルドが日本にいた間に、正にこの種のドイツとの関係に露出されたと言う証拠が存在しています。出版された中で最も奇天烈な暗殺理論の本、私達は操作されていたのか?の中で、著者リンカーン・ローレンスは、彼等が両方ともカリフォルニアにおいて配属されていた間の、オズワルドの海兵隊における友人の一人、ネルソン・デルガドのウォーレン委員会に対する証言から、以下の点を上げます。

「彼の証言の中で、ネルソン・デルガドは、私達が考え続けるための、これ等の驚きの思考を提供します・・・デルガド:「まあ、私が述べた様に、彼は私にロシア語を教えようとしましたが、その後、他の機会に、私は、彼が私に語っていたのはドイツ語であると言う考えを持ちました。」そしてその後、その同じ証言の中において・・・リーベラー:「それは貴方にとってドイツ語の様だったのですか?」デルガド:「ドイツ語の様だった・・・そうです。」更に後に「私はユダヤ語(イディシュ)か、ドイツ語だと推測する事しか出来なかったのですが、後に、私がドイツにいた時・・・私はとても確かに成り・・・彼が語っていたのは、ドイツ語でした。」その問いかけにおけるもう一つの地点において、(彼自身の証言によって、海兵隊におけるオズワルドの一番の親友とされた)デルガドは、彼(デルガド)がドイツにいた時に、彼がオズワルドに出くわしたかを尋ねられました。デルガド:「いいえ、私はそうしたかったのですが・・・私は彼があちらで学校に通っていると知っていました・・・」

ケネディー大統領の主張された暗殺者が、彼のメモ帳の中のアメリカのナチス党の指導者、ジョージ・リンカーン・ロックウェルの住所と共に何をしていたのか、議論したい人は誰もいない様です。ソヴィエト連邦への彼の亡命、そしてベラルーシの首都:ミンスクにおける彼の滞在への途中にリー・ハーヴィー・オズワルドが何処でドイツ語を学んだのか調査しようとする人は、アメリカのメディアには誰もいない様です。暗殺事件以来、アメリカのメディアにおいて、マエ・ブリュッセル唯一が、何処だったかを示唆しました:アレン・ダレスの依頼のために、ソヴィエト連邦内における秘密裡の作戦の準備をしていた、日本の厚木空軍基地におけるゲーレン組織の作戦です。

其処には何らかのドイツとの関連性があり、皮肉にもウォーレン委員会自体の証言の中にありました。

ですがアメリカのメディアが、その暗殺のこの要素について沈黙を守ったとしても、ヨーロッパのメディアは、そうではありませんでした。ブリュッセルが示唆する様に、

「1971年8月に、フランスの新聞紙が、「マーティン・ボーマンがケネディー殺害の背後にいる」と言うニュースの見出しを載せました。それは、テキサスにおいて位置付けられた国際的な殺人者達の集まりのリストを載せました。彼等はドイツ人の命令において2度の暗殺を行いました。

「6年後、1977年6月8日、ロンドン・ガーディアン紙は、「ボーマンがケネディー殺害にリンクされた」と報告しました。この逸話は、ミハイリ・レベディエフによる私の日々の糧のための国家反逆と題された新書に基づいていました。

「レベディエフはどの様にしてボーマンがヨーロッパを離れ、パラグアイにおいて彼の現在の生活を確立し、そしてどの様にボーマンによって雇われた、ゼッドと言う別名の工作員によって、ケネディーへの致命的な頭部への銃弾が撃たれたのかを詳細しました。」

ブリュッセルが指摘する様に、ナチスとの関連性のこれらの主張は - 1971年にトービット文献が内密に循環されて以来知られていて – そして言ってしまえば、「真実を見つける」ために上院代表委員会がその調査を行っている最中に、レベディエフの本と、リークとシュガーの本、暗殺の鎖の両方以来、公に知られていました。ですがその逸話のナチスの要素はその委員会の議長、G. ロバート・ブレーキ―が決して認めない一つの題材で、「それらの題材についてのあらゆる研究、または書類を」拒否しました。

言葉を変えると人は、ジョン F. ケネディー大統領の暗殺における、CIA の拘わりの可能性、マフィアの拘わりの可能性、不満を持った反-カストロのキューバの亡命移民達のグループの拘わりの可能性、更に CIA とアメリカの軍部内の不満足な要素の拘わりの可能性を語るかも知れません。ですが、ナチスの関わりの可能性について、人は決して語りません。

11. The “Octopus” Before the “Octopus”: the Bunge Corporation Beats Danny Casolaro by Two Decades
11.「オクトパス」の前の「オクトパス」:ブンゲ企業がダニー・カソラロよりも20年早い


ですが、ケネディー暗殺において、ナチスの拘わりがあったと仮定して、その動機は何だったのでしょう?米連邦準備銀行(米連銀=私有企業)を素通りして、米国政府通貨を印刷し、流通させるケネディーの意図(i.e. 通貨発行権)を思い返せば、国際的な銀行家達(i.e. 金融マフィア)が動機を持っていたのは、十分に明らかです。また、マフィアが、それ自体の動機を持っていたのは同等に鮮明です。結局の処、マフィアは、ケネディー政権が選出される手助けをしたのに、法務長官、ロバート・ケネディーの下の敵意的な司法局によって、突然にそれ(マフィア)自体が対峙されていると見つけたためです。反-カストロのキューバ人達が動機を有していたのは、ケネディーが明らかに、カストロ政権を転覆させるために計画された秘密裡の作戦を支援しないし、侵略もしないと、ソヴィエト連邦に対して、個人的な約束を結んだためです。人は、反-カストロ勢力の中に、デ・モーレンシルトによってオズワルドに紹介された、ダラスの白ロシア(ベラルーシ)人達のコミュニティーの様な、少なくとも隠れ-ナチスの東欧からの亡命移民グループ(スパイ)の、類似した拘わりのための動機を見る事が出来るかも知れません。その様なグループは - 彼等のそれぞれの地位において - オズワルド自身の様な人達である - 主要なプレーヤー(工作員)達とカット-アウト(下請け)達を位置付けるための詳細な働きにおいて手助けする、低いレベルの工作員達だったのかも知れません。彼等の動機は明らかであったはずで:(キューバの)豚の湾とケネディーによる、キューバからの亡命移民コミュニティーに対する「裏切り」の後、彼(ケネディー)は、彼等の共産主義の主人達から「解放されるための」代理「戦争(革命)」を戦うために、それらの亡命移民のフロント(建前)に頼る政策である、共産主義に対する CIA と軍部の「ロール-バック」政策に対する彼の反対を明らかに示しました。

その暗殺事件の陰謀における主要な、主張されたプレーヤー(関係者)達の誰しもが、其処にいるための鮮明で、可能な動機を持っていました。

ナチスを除いては。

彼等(ナチス)の動機は、彼等がその他全てのグループの背後に隠されている様なので、良くても不透明ですが、国際銀行家のグループの様な、最も高いレベルにおいては、米連銀(私有企業)を素通りして、借金の無い通貨を創造するケネディーの目的(通貨発行権)によって、明らかに脅かされたと感じたでしょう。ですが此処においてでさえ人は、高度な謎を感じられます。つまり、その暗殺事件における、もし、全く意味不明では無いにしても、奇妙なナチスとの関連性があるのは、今に成れば鮮明ですが、国際銀行業(金融マフィア)とは異なり、ナチスは関わるための関心を全く持っていない様に現れます。再びもう一度人は、動機の問いに戻らなければなりません。

ですがその中にあるのはまた、恐らく、彼等の関わりと、彼等の動機への鍵でしょう。もし、彼等がそれらのその他のグループの全ての背後に隠れていて、もし、彼等が実際に - 最終的な深く隠された「カット-アウト(外注/下請け)」の層として意図され – ヨーロッパの各紙が、その決断者としてボーマン自身を名指しして報告した様に、最終的な「実行」命令を与えた究極的なコントローラー(ハンドラー)に成ったなら、すると人は彼等の動機について推理出来るかも知れないためです。

明らかに、その様な劇的な活動を行うために、2つの物事の1つ、または両方のコンビネーションが無ければ成りません:(1)ケネディー大統領の何らかの政策、または幾つかの政策が、彼等の関心に対する危険として認知され;そして/または(2)彼の排除(暗殺)によって、何らかのアドヴァンテージ(利点)が得られなければならなかったと言う事です。私が以下に論議する様に、もしナチスの拘わりがあったなら、すると、私が信じるに、その背後には両方の何らかのコンビネーションがありました。

再び、マエ・ブリュッセルが、ナチスの関わりの謎と、その様な醜い行いのための、その動機の更に大きな謎を明かしている最初の手掛かりかも知れない、ドイツの氷山の一角を記述する、最初の著名なメディアの人物でした。リンカーン・ローレンスの著書私達は操作されていたのでしょうか?を見つけて、ブリュッセルは、その暗殺事件との関連において存在していると知られている、巨額のマネーの足跡を辿り始めました:

「ケネディー大統領の暗殺のニュースが公表された時、株式市場は27分間に、24ポイント下落しました。260万株が売られました。それは1929年(大恐慌)以来、最大のパニックでした。多くの市場において空売り(selling short)して、誰かが巨額の利益を得ました。誰かが、1日で、5億ドル稼ぎました。

その誰かは、リンカーン・ローレンスによると、「ブンジ・アンド・ボーン、LDA 、または単純に、ブンジ企業(コーポレーション)でした。その同じ日に、もう一つの会社の株価が暴落し:the Allied Crude Vegetable Oil Refining Corporation (連合された植物油精製会社)でした。その暴落は、その市場を更に下落させる推進力に成りました。」

その暗殺事件の一週間前におけるブンジ企業の活動の、リンカーン・ローレンスの記述を考える前に、ブンジの規模と影響力についての、ブリュッセル自身の明言を考えるために、一旦停止する価値があります。

「連合植物油(Allied Crude)は、米国アメリカン・ブンジ・コーポレーションによって操作され、そして金融的に、「ブンジ・アンド・ボーン、LDA」として知られる、アルゼンチンに本部を構えた、株主達のグループによって操作されていました:

「ケネディー暗殺事件の一か月前、1963年10月にビジネス・ウィーク誌は、アルゼンチンのボーン家がブンジの最大の株主で、ヨーロッパ、特にドイツからの移民であると描写しました。

「ブンジについての全ては、ドイツ的な影響力を有します。彼等は、80ヵ国において、年間20億ドルのビジネスを有します。それらには110カ所を超えるオフィスがあり、全てはテレックスと海底電報チャンネル(ケーブル)によって繋げられています。ブンジ企業は「オクトパス」として言及されています。」

ですから何が、連合植物油精製社と、その暴落と、ブンジ企業と、そしてケネディー暗殺の間の関係だったのでしょう?

1963年11月22日に起こった膨大な空売りが、事前に良く準備されていた事に着目し、リンカーン・ローレンスは、ケネディー暗殺についての、彼のあまり知られていないクラシック、私達は操作されていたのでしょうか?の中で、以下のその関連性と動機の推理的な概要を与えます:

「(ドイツ-アルゼンチンの知性的で科学的な背景を持つ)鉄筋の様に固い国際的な犯罪者達の小さなグループは、この様に慎重に計算しました:

「米国の大統領の暗殺と・・・同時的な商品市場のスキャンダル的な崩壊の偶発は・・・急速に株式市場を少なくとも30ポイント下落させるでしょう!

「この出来事の事前知識を持つと共に・・・そのグループは、重度の金融的な規模において空売りを仕掛け・・・そして5億ドルの利益が、そのメンバーの中で分かち合われるでしょう。」

この全てがどの様にして起こったのかは、ティノ・デ・アンジェリスと言う名前の男と、彼の連合植物油精製社の、慎重でとても良く考えられた長期的な操作を通してでした。

デ・アンジェリスは、ローレンスによると、1954年に、西ドイツ政府との契約の行程において、食用の植物油を洗練する会社を設立する彼の計画を公表した時に、ブンジ企業の背後の金融的なグループの注目に止まりました。1955年、連合植物油精製会社は、ニュー・ジャージーのベイヨンにおいて、デ・アンジェリスと20名の彼の最も信用出来る友人達によって設立されました。

「それは彼が予想だにしなかった事でしたが、連合社の設立は、その(金融)グループの計画に丁度良く、そして結果的に彼(デ・アンジェリス)の完全で金融的な破産 - そして利益の消滅に繋がりました!

「ドイツの本部から活動していた小さなグループが、成功の夢と共にブロンクス(ニュー・ヨーク)の肉屋によって生み出された、金融的なバブルの長期的な膨らみと破裂を策略する事が、十分に利益的だと見つける事が出来たと、もし一瞬でも信じがたいと貴方が思うなら、考え治して下さい。」

ローレンスによると、連合植物油社に結び付けられるために、ブンジ企業が選択されたのは、何故ならブンジの世界規模で、実質的に瞬時の通信ネットワークのためで、それは多くの大きな政府のものに匹敵するもので、彼等の策略が必用とした、分刻み、秒刻みの商品市場の操作に打って付けだったためです。

故に、ブンジと連合植物油社の運命は - そのグループには知られていて、運の無いデ・アンジェレリスには知られていませんでしたが - 長期的な策略において結ばれていました。

「(ブンジ企業の)良心は、連合社のビジネスの運命に不可欠でした!

「連合社に融資した、または倉庫の領収書に対してそのベイヨンの工場において油を預けた51社の中で、ブンジ企業は、その運命に最も致命的に接続された一つでした。

「連合社の運命の船が、その深い水(海の底)へと舵がきられた時、実際にそれは驚きの戦法の連続でしたが、たった一度の衝突が、それを海の底へと一瞬にして沈めるのに十分でした。ブンジ企業との衝突が、それと共にその他の50社の投資を奪う大災害を創造するのに十分でした。」

どの様に、デ・アンジェリスの崩壊は造りだされたのでしょう?

ローレンスは、ブンジ社の役割が明らかに、何が何でもデ・アンジェリスの野望に火をつける事だったと明言する事によって答えます。「ブンジ社は、銀行のローンを利用する代わりに、それ自体の資金を使いデ・アンジェリスに融資しました。」ブンジ社における誰かが、デ・アンジェリスの成功、または成功した様に現れる事を、とても強く望んでいた様です:

「デ・アンジェリスのビジネスの状況における、親会社的な関心を遥かに超えてブンジ社は、巨額のローンに対して、ある時点において連合社の100余りの株式の内の38株と、デ・アンジェリスのその他の株式(の購入)を約束する事によって、デ・アンジェリスが実際に、金融的な外宇宙(馬鹿げた処)まで飛び出す事を許しました。ブンジ社における誰かが、王様を演じる彼の努力において、彼を援助しました。ブンジ社のシニア・トラフィック・マネージャーだったカール・グローエンフェルドの様なその他は、疑いを持っていました。」

その様な、強力で企業的な後ろ盾を彼の背後に持つと共に、デ・アンジェリスに失敗の二文字はあらず、そしてウォール街のとても著名な証券会社の幾つかも、金融的な御ひいきを断りませんでした。

1961年の夏、デ・アンジェリスと連合植物油社は、「彼の先には行き止まり(絶望)しか無い方向への位置へと」舵がきられ始めたのは、その期間の間に

「1億6600万ドル(約166億円)が、ノース・バージェンの第一国立銀行のティノ(デ・アンジェリス)の会社に預金されました。

「ティノは、スペインからの2億7500万パウンドの大豆油のための間違いない注文があったと信じさせられました!これのための支払い料金は、3650万ドルに相当しました!

「ですから、勿論、大きな失望のための、連合社の必然的な売り込みが始まりました。

「彼のベイヨンのタンクの中に、デ・アンジェリスは約5000万パウンドの油を持っていました。それは、未来において連合社が必要とする2億2500万パウンドを残しました。

「ティノは、アメリカのドルにおける最終的な決済の、スペインの「約束」とされるものと共にシカゴの商務局に向かいました。(もし、彼が操作されていなかったのなら、これだけでも、その取引をもう一度見直せと警告が鳴ったでしょう。ティノは取引を始め・・・連合社は1億8000万パウンドのための3,000を超える別々の取引を交したと言われます。もしスペインへの販売が実らなければ、彼はそれらの注文のために1800万ドルを出した事に成ります。先物価格における1パウンドにつき、0.5セントの下落でさえ(もしそれが配達の日付の前に起こったなら)それが意味したのは、取引の規制のマージンを埋めるために、デ・アンジェリスが、24時間以内に、追加のほぼ100万ドルを用意しなければならない事でした。

「そのスペインとの取引は、勿論、始めから操作されていて・・・薄い空気の中へと消え去り・・・殆ど気の狂いそうな苦境において、ティノが大豆の世界の天辺に座ったままに残しました。」

スペインがスコルツェニー国際ファシスト組織の本部で、スコルツェニーが、ライク(帝国)銀行総裁のヒャルマー・シャクトの義理の息子で、金融的な舵取りと取引に不慣れでは無かった事を思い出して下さい。スコルツェニーは、デ・アンジェリスが間違いないと考えた「取引」の源泉だったのでしょうか?また、彼がアメリカのドルで支払われる事を問わなかったのは、彼の源泉/取引相手がアメリカのドルで支払う事が間違いなく出来ると彼が知っていたのがこの理由でしょうか?

私達に知る由は無いでしょうが、私達が知っているのはその時点から、デ・アンジェリスの振る舞いは、もし悲劇的では無いにしても、益々奇妙に成りました。彼は「連合社のために彼が有していた注文についてでは無く、彼がこれから得るであろう契約についての」先物の契約を買い始めました。「スペインとの取引」とその崩壊が既に、デ・アンジェリスを崖っぷちに立たせていたので、それらの先物の契約を彼が購入する事の出来る唯一の方法は、存在していなかった彼のタンクの中に蓄えられた油のための、偽りの倉庫の領収書を発行する事によってでした!それらの偽りの領収書を使いながら彼は、先物商品の購入のために必要な資金のために、幾つもの証券会社から資金を借り始めました。

思い返せばブンジ社は、それ自体の資金からマネーをデ・アンジェリスにローンしていて、それは「スペインとの取引」の数年以前において、繰り返された行程でした。デ・アンジェリスは、更なるローンのために、1963年10月において、更なる資金のために、ブンジ社に接近しましたが、「彼が驚いた事に、ブンジ社は断りました!」ブンジ社は此処で、大きなクラッシュのために、連合植物油社を虚弱化させました。

デ・アンジェリスは、小切手の戦法と、更なる偽りの倉庫の領収書を使用してもう少し長く生き延びようと試みました。

その(ケネディー)暗殺事件の前の水曜日の午後、偽りの倉庫の領収書の所有者の一人に、デ・アンジェリスについて「注意するように」情報を与える事によって、ブンジ社は、それが設立する事と育てる事を手助けした正にその会社、連合社を潰すために此処で動きました。その後、1963年11月21日(暗殺の前日)に、最後の罠が仕掛けられました。

「木曜日の午後、『コントローラー(ハンドラー)』達の成功のために、暗殺の当日、金曜日に、価格(株価)が暴落し、空売りによって得られる利益を確かにするために、完全な混乱の土台を築く事は重要でした。

「(このシナリオが)真実か、または妄想かを考えるにあたり、人が着目しなければならないのは、その爆弾に火をつけるために、その蓋を開ける事が出来た約50社の内・・・連合社を通した偽りの注文で、倉庫の領収書の所有者の一つが、1424万ドルの価値の1億6千45万パウンドの油を失ったと訴えたのは、ハウプト社でも、ウイルストン&ビーン社でも無く・・・ブンジ企業だった事です!」

連合植物油社の崩壊、その破綻申告、そしてデ・アンジェリスの証券会社の金融的な後ろ盾の幾つもの取引中止によって既に脳震盪(大打撃)されていた株式債券取引市場は、大統領暗殺のニュースが届くと、部分的に大規模な空売り推進されとても酷く暴落し、その幹事会は、通常の終了の80分以上も前の午後2時7分に取引を閉鎖しました。

デ・アンジェリスと連合植物油社の大手の顧客の一人、ガーナック・グレイン社のフレデリック・ヘッジァーは、「ケネディーが暗殺されたと私がその午後に、ラジオで聞いた時、私はこれが、ロシア人、または地下組織の策略であるはずだと思い - 多すぎる異様な出来事が一度に起こっていました」と述べたと、タイム・マガジン誌にその後に引用されました。ニュー・ヨーク州の法務長官でさえ、デ・アンジェリスと彼の連合植物油精製会社が、「何者かによって空売りされ、膨大な規模で利用される事によって、先物市場において壊されたのは可能だ」と考えました。

その誰かとは、ローレンスによると、ブンジ企業内のドイツ人達のグループで、「知性的で、科学的な背景」のドイツ人達で、彼等は、彼(ローレンス)の見解において、膨大な金融的利益以外の何ものでも無いもののためにそのシナリオ全体を指揮しました。

これについては、少々後に戻ります。

此処において - 例えば、オズワルド、デ・アンジェリス、そしてジャック・ルービー(ルーベンスタイン)が全て、単なる膨大で金融的な利益のために、このドイツ人の「グループ」によって皮肉にも操作されていたと言う、ローレンスの推理における「マインド・コントロール(洗脳)」の重度な役割の様な - 再検証されていない幾つかの要素がある間、そのシナリオ全体を人に無視させる幾つかの点があり、その最もたるものは、その事の全体が、単なる金融的な利益だったと言う事です。

ですが奇妙にも、ローレンス自身が、再び追及も記述も決してしませんが、彼のシナリオの背後の「グループ」が、知性的で「科学的な背景」を持っていたと暗示し、順を追って、金融的な利益の動機の背後に、何らかの(更なる)動機があった可能性を暗示します。そのマネーは、何かのために使われ、もし人が、ローレンスの本の行の間を慎重に読めば、本質において科学的な何かです。勿論、ザ・ベルとその他の類似した計画は、重度で金融的な出資を必要としたでしょう。そして人は、独立的な計画のために、その様な金融的な注入が必用だったでしょう。

そのコンスピリシーにおけるその他の主要なプレーヤー達と、彼等の動機の、もっと広いコンテキスト(文脈)において理解された時に唯一、ローレンスのシナリオは意味を成すだけでなく、ナチスの拘わりを、その他の要素:マフィア、大企業と銀行業、軍需産業複合体、「不満足な」亡命移民グループ、等々と融合したであろう物事を暗示し始めます。ローレンスが鮮明にする様に、暗殺事件と共に、ブンジ社によって開始された連合植物油社の崩壊、その同じ日に起こる様に事前に意図された重度な空売りの突然の偶発は全て、「事前に知っていた」人々によって推進された出来事の現れを有します。その日の間の株式市場上の出来事は、2001年9月11日の間と、その直後の類似した株式市場の出来事の見慣れた悲しいこだまです。以下に見られる様に、その金融的な構図とその暗殺事件への動機は、その他の点を繋げ始め、それらは蜘蛛の巣のように薄く希薄な点ですが、それでもドイツと第二次世界大戦へと、明らかに目に見える糸を辿ります。

私達はこの奇妙なシナリオにおける、ナチスの拘わりと動機の可能性についての題材に、後の部分において戻ります。ですが、現時点において、マエ・ブリュッセルが暴露する、最後の関連性の一つがあります。

12. More Odd Behavior and Connections: West German Chancellor Kurt Georg Kiesinger and Nixon
12.更なる奇妙な振る舞いと関連性:西ドイツの首相、カート・ゲオルグ・キーシンガーとニクソン


ケネディー大統領の暗殺の翌日に、右翼の過激派、エドウィン・ウォーカー少将は、ルイジアナ州の Shreveport の彼の家から、ドイツのミュンヘンに電話をかけました。彼は、ミュンヘンに基づいたネオ・ナチスの雑誌、ミュンヘンに基づいた Deutsche National und Soldaten Zeitung (ドイツ国立兵士達のタイムズ)誌に電話をかけました。彼は、その(ケネディー)暗殺の容疑者、リー・ハーヴィー・オズワルドが、1963年4月において、彼(ウォーカー少将の家)の窓の隙間を通して彼を射殺しようとした、正に同じ人物であると、彼等(ドイツの新聞)に伝えました。⁴⁰ これは、上述された様に、その住所が、オズワルドの(住所/電話番号の)メモ帳の中に、FBI の捜査官(工作員)、ジェームズ・ホスティーと、奇妙にもアメリカのナチス党の指導者、ジョージ・リンカーン・ロックウェルと共に沿って見つけられた、同じウォーカー少将でした。都合の良い事に、「マルクス主義」のオズワルドは、ウォーカーに向けて銃撃した後に、今度はケネディー大統領を撃ち、射殺した罪が被せられました。

問題だったのは、ブリュッセルが指摘する様に、「その少将(に対する失敗的な)暗殺行為へ、オズワルドを関連させる証拠も、信頼できる目撃証人も全く存在し無かった事でした。⁴¹ 故に、ブリュッセルが主張する様に、著名な人物(ケネディ-)を一人で、誰の手助けも無く殺害出来る、「孤立した気違い」の過激派として彼(オズワルド)を、ウォーカー少将に対する暗殺の試みに容疑者として確立するために、マリーナ・オズワルドとリー(ハーヴィー・オズワルド)に対して、ルース・ペインが、事後の手紙を送る事が必要に成りました。⁴²

この行い(暗殺未遂)のためにオズワルド嵌める事が達成する事を、一旦停止して考えてもらいたいのは、それが一石二鳥であるためです。最初にそれは、彼を「単独犯的な気違い」として確立します。第二に、それは、右翼の過激派の将軍を彼が射撃したとされるので、彼の極右との関連性から、彼に距離を取らせます。これは、順を追って、彼の主張されたマルクス主義者の信念を、より強調しました。

ですが、「何故、ウォーカー将軍は、ダラスの人達が、それ(暗殺未遂)について、誰も聞いてさえいなかった時に、ドイツにおいて彼の情報を印刷させるために、その様な大急ぎだったのでしょう?」とブリュッセルは尋ねます。彼女の答えは、マエ・ブリュッセルにしても、少々異例的で

「カート-ジョージ・キーシンガーが、西ドイツにおいて首相として、そしてフランツ-ジョセフ・ストラウスが、金融大臣として就任したばかりでした。

「キーシンガーは、36歳の時に、ナチスの外務大臣、(ヨアキム)ヴォン・リーベントロップの、ラジオ・プロパガンダ部門に入りました。彼はその後、その戦争の間に、195名の特務員達を彼の下に従えて、世界規模のラジオ・プロパガンダの機関を指揮しました。彼は、プロパガンダ大臣、ジョセフ・ゲッペルスと、彼の部門の働きを調整した連絡将校でした。」⁴³

言い換えると、ブリュッセルは、西ドイツにおける権力の政権交代、そして米国におけるリンドン B. ジョンソンによる権力の掌握が、どうにかしてその(ケネディー)暗殺にリンクしていると示唆していました。ですがこれを超えて、彼女は推理せず、そしてそれは、マエ・ブリュッセルにしては、決定的に異例です。

C. The JFK Connection in Early MAJIC-12 Documents
C. 早期のマジック-12の書類における JFK の関連性


もし、JFK 暗殺においてナチスが拘わっていたなら、すると、リンカーン・ローレンスの推理的なシナリオが断言した様に、彼等の拘わりの動機の一つは、彼等の科学的な計画を継続するための資金調達のためだったのでしょう。その拘わり自体に関しては、私達が以前の章の中で目撃した様に、(キューバ侵略の)ピッグ湾(作戦)の大失敗における彼の拘わりのために、ケネディーによってクビにされたとされる CIA の大物の一人、チャールズ・ペアー・ケイベル将軍に宛てられたメモを通して、その暗殺に対する UFOs の題材の関連性を少なくとも示唆する、機密化された UFO の書類である、マジック-12のクーパー-キャントゥィールの一連において、幾らかの書類が存在しています。

ケイベル将軍はまた、マジック-12のグループと、そして彼の CIA との関連の他に、もう一つの関連性を有していました。彼は、ペーパークリップ作戦において親密に拘わっており、そして彼の拘わりはナチスの「飛行機産業(ロケット/ミサイル)の博士達」を(米国に)もたらす事においてでした。人がそれらの博士達が何者だったのかを忘れてしまわない様に、彼等は、外宇宙を含む、極度な状態における、人間に対する影響を研究するために、労働収容所の収容者達に対して、恐ろしく、野蛮で、医療的な実験を行った人達でした。⁴⁴

ケイベルの兄弟、アールは、その暗殺の当時、ダラスの市長で、そしてまた、テキサス教科書保管所とグラシー・ノールの前の「キル・ゾーン(暗殺現場)」へとケネディーを導くために、その車列の道順を変更するにおいて拘わっていました。ですがその書類自体が、それ(暗殺)において、少なくとも諜報工作のコミュニティー(CIA, NSA, FBI, 軍部等々)が関わる事を確かにした科学的、そして政策的な動機を示唆し、つまり、(ロズウェルから)回収された科学技術の秘密裡の開発、類似した科学的な開発の公の(表向き/一般大衆に対する)隠蔽、そして一般大衆を操作するための妥当な政策の創造でした。ケネディーは、CIA を粉砕すると脅かす事によって、暴露と共にこの目的を脅かし、そしてそれが意味したのは、順を追って、ペーパークリップの暴露と、どれだけ深く、アメリカの諜報工作と防衛機関が腐敗させられる(侵入される)様に成ったのかを暴露する事でした。端的に、ケネディーが脅かしたのは - 疑う余地無く、意図的では無かったでしょうが - ナチスの事業の継続性の全体でした。

人はまた、この関連性を、2つの宇宙計画の論説と共に見解するかも知れません。もし実際に、ソヴィエト達との宇宙における限定的な協力について、ケネディーが真剣だったのなら、するとこれもまた、秘密裡の宇宙計画のアメリカの要素 - そして恐らく、ソヴィエト自体のヴァージョンも - 暴露と共に脅かしたでしょう。

そして最後に、ナチスだけでは無く、その拘わりの背後の全てに漂っている、石油大企業についてはどうだったでしょう?何故、この奇妙な連合だったのでしょう?もし、ザ・ベルによって体現された科学技術の開発が継続されたなら – そしてザ・ベルとその奇妙な効果が正に本物だったなら – すると「その同胞団(the Brotherhood)」は最終的で、極め付きの動機を有していて:彼等はその秘密裡の開発を継続し、そして彼等自身のために、その様な科学技術を独占させるために行動するだけでなく、その他全て(一般大衆)が、石油に頼る様に保ち、科学的な開発を続けるためにそれら(石油産業)の利益を使用し、そしてその様な科学技術のあらゆる公、そして独立的な開発を隠蔽したでしょう。

ですから、もしブンジ企業がその暗殺からの、多大で金融的な利益を手にしたのだとしたら、すると、あきらかに、これは事後の思考で:「もし我々が、我々の関心を守るために、これ(暗殺)を行うなら、その状況(事件)の上で、多少の利益を上げた方がよいでしょう?」

その他2つのマジック-12の書類が見解されるべきなのは、このコンテキストにおいてであり:その膨大な諜報工作の作戦と、秘密裡の科学技術の開発、そして表向き(公共)の科学技術の隠蔽の努力が、もし、始めから独立的な手の中に無かったとしても、ニクソン大統領が、その主張された UFO の「研究グループ」を「民営化」したと言うアイデアに信憑性を与える、クーパーの匿名の情報源からの主張された手紙です。

類似して、ケネディー大統領が、このグループとその計画に対して彼が体現した危険性のために排除されただけでなく、陸軍長官ジェームズ・フォレスタルが同様の理由でまた、殺害されたと、この手紙と同時に焼却された「アネックス C 」がヒントします。

1. Guy Bannister, UFOs, and JFK
1.ガイ・バニスター、UFO、そして JFK


あたかもこれだけでは十分では無かったかの様に、ケネディー暗殺、UFOs、先進した科学技術、そしてナチスの間には、更にもう一つの奇妙な関連性があります。「アメリカの北西部において(1947年に)UFO の報告の調査において拘わっていた男達の一人が、FBI の特務捜査官、ガイ・バニスター以外の何者でも無かった」ためです。⁴⁵ これだけでは無く - 1962年において、リー・ハーヴィー・オズワルドの『 キューバのためのフェア・プレー委員会 』と共に、ニュー・オーリンズのオフィス(事務所)を分かち合ったバニスターは、FBI の『 X - ファイル 』の正真正銘の元祖の様に現れました:

「1947年における期間の、最近に成って情報公開された FBI の書類を一見すると、バニスターからの幾つものテレテックス(電報)を表し、幾つかは彼の頭文字、『WGB』を共にし、全ては UFO 現象に関すると同時に、その他の FBI の書類は、『安全保障問題(Security Matter) - X 』、または単純に『 SM – X 』の指定を共にし、少なくとも1947年において FBI に存在し、UFOs と共に関連した、『 X – ファイル 』の起源だったと、その著者は推測します・・・」⁴⁶

それは、「あたかも現実が、玉ねぎの皮の様に層にされ、同じページの上で全ての、数々の出来事がお互いの上に重なって記述された、パリンプセスト(元の字句を消してその上に字句を記した羊皮紙)の様だった」と、著者、ピーター・ラヴェンダは記述します。この場合において私達は、ペーパークリップ(作戦)、UFOs、そしてケネディー暗殺が全て、玉ねぎの皮の色紙の同じ一枚の上に描かれているのを有します。ナチス、異星人達、そして政治的な暗殺です。⁴⁷ ラヴェンダにとって、その結論は、それがどれだけ不穏であろうと、鮮明で:「その(ケネディー)暗殺に繋がった出来事と - それ以後の出来事の中 - そしてその周りで、ナチスの影響力の欠落は、ありませんでした。」⁴⁸

D. The Magus of Ingolstadt
D. インゴルスタッドの魔法使い達


ですが、それらの蜘蛛の糸の様に細い線の全ては一体何処に繋がるのでしょうか?何、または誰がこの蜘蛛の巣の中心にいるのでしょうか?

その中心の近くに間違いなくいた人達の一人は、ブリュッセルによって引用されたヨーロッパの新聞の記事が示唆する様に、元ナチス党の Reichsleiter(全国指導者)で、その党とヒトラー自身の個人的な富の金融的な管理人で、その総統(ヒトラー)の欠かす事の出来無い影であり、そしてナチスの「戦略的な撤退」の計画のマスターマインド(首謀者)だった、マーティン・ボーマンでした。もし、ボーマンと、様々な情報源が示唆する様に、ナチスの拘わりがあったとして、その大統領(ケネディー)を暗殺するために共謀したオリガーキー(財閥)の決定権を持つ一員の、唯一の高い階級の一員だったと示唆するわけではない間、ボーマンは間違いなく、そのグループの計画と判断を行うレベルの一委員でした。恐らく、彼はその推進力で;恐らく彼は既に存在していた陰謀(大統領暗殺)を学び、そして典型的なボーマンの振る舞いにおいて、それ(暗殺計画)へと、彼(ボーマン)を交わらせ、そして彼自身の「国際ナチス」自体の関心のために、それを利用したのでしょう。

ですが、どんな場合であれ、ボーマンが最重要な人物なのは、実際の戦時中の敵意の開始の後、そしてヒトラーのドイツの軍事的な作戦に対する増大し続ける没頭と介入の後、ボーマン実質的にナチス・ドイツの日常的な統治者で、灰色の権力者であり、ヒトラーの邪悪な王座の背後の、本当の権力だったためです。

1. Bormann and Ingolstadt: A Connection to the Illuminati?
1.ボーマンとインゴルスタッド:イルミナティとの関連性?


ボーマンの重要性を理解するために、政党(ナチス党)の指導者と財務長官としての彼の役割の他に、彼がまた SS 親衛隊大将であった事が思い出されるのが最善でしょう。これはボーマンを – カムラーや Mazuw の様に – 恐らくヒムラーの、SS の「オカルトの(隠された)秘密と神秘」と呼ばれたものへの「入門者」の会員にします。ヒムラーを喜ばせ(お世辞を言い)、そして彼(ボーマン)の権力のための最も重要なライバル(ヒムラー)を監視する目的以外に、ボーマンの様な現実主義で皮肉屋な人が、その様な儀式に拘わった事を、人は創造し難いでしょう。

これにも拘らずボーマンは、代表的なナチスの全ての中で、謎と矛盾の中に最も包まれた人物の一人です。オカルトへのヒムラーの没頭に対してボーマンが懐疑的でしか無かったと信じる以外は難しい間 -  思い出してもらいたいのは、その様な物事に対するヒムラーの没頭を「ノンセンス」としてヒトラーが考えた事の全てを、私達が知っているのは、ボーマンが、「テーブル・トーク(会議の話し)」の忠実なメモを取っていたためですが、それでも、ボーマンが彼自身の秘密結社への入会において、とても高度な入会者だった可能性が多少残るのは、ナチスが権力を手中に収めると、彼が、インゴルスタッドの街の近くに実家を構え、その戦争の間を通して、彼の法的な所在地と保ったためです。

インゴルスタッドの重要性を知らない人達のために言うと、それは - 1776年5月1日において - 歴史における最も悪名高い秘密結社の一つである、インゴルスタッド大学の、アダム・ワイシャウプト教授のバーヴァリア(ミュンヘン/バイエルン)のイルミナティの生誕地であるためです。ボーマンの当時の上司が、想像可能なオカルトの逸話(神話)と秘密結社の全てと共に没頭し、専念していた人として知られた、ルドルフ・ヘス自身であった事を与えられると、彼が実家を構えるために選んだ街の歴史のこの要素を、ボーマンが知らなかったと信じるのは、難しい事です。

i. Bormann’s Manipulation of Hitler
i. ボーマンのヒトラーの操作


一般大衆の上における、アドルフ・ヒトラーの異常な権力、そして彼の異常なカリスマ(魅力)、更に演説者としての技術は、彼の人生における何らかのオカルト(神秘主義)の影響力から由来したと、幾らかの人達は推測しました。特定の延長線まで、これが事実だったのは、言葉に追随した身振り手振りの使用において訓練された、それ自体のオカルトと秘儀主義の関連性を共にしたレトリック(美辞麗句/修辞学)の学派の、修辞学者、Hanussen の様な、個人達の補佐を得ていたためです。数多くの研究者達が、それについて推測しましたが、しかしながら、これを超えて、ヒトラーが何らかの秘密結社へと入門した事実は、全く知られていません。⁴⁹

もし、こけおどし(見かけ)と素晴らしいレトリック(美辞麗句)と共にドイツの一般大衆を魅了するヒトラーの明らかな能力が、何らかのオカルトとの関連性の証拠だったとして、しかしながら - (表向きには)彼(ヒトラー)の部下の様に現れる間 - ヒトラーを操作する事におけるボーマンの明らかな技術は、宮廷の魔術師による王の操作として受け取られなければなりません。

ドイツとヨーロッパの上でその様な権力を誇った人(ヒトラー)に対する、ボーマンの権力の源は何だったのでしょう?とても可能性の高い説明の一つは、ウイリアム・スティーヴンソンによる著書、ボーマン同胞団中で与えられました。

「全ての邪悪の根源としてのユダヤ人は、アドルフ・ヒトラーを悩ませ、彼は、彼自身の血統が、「汚染(混血)」されたのではないかと恐れました。これは、彼の姪であり、愛人だった人(Geli Raubal)の残忍な殺害に繋がりました。その詳細が当時、失われていたのは、ナチスが既に台頭し始め、凶暴な殺害事件が当時、一般的に成り始めていたためです・・・ヒトラーの人生の驚きの出来事が明るみに出たのは、ボーマンの失踪が重大な連動のための問題に成り、そして諜報工作の捜査員達が、その醜い詳細へと調べ始めた時でした。これは、マーティン・ボーマンが正にどの様にして、ヒトラーが、彼(ボーマン)の演奏(指示)で踊る(従う)様に、必要とされた(操りの)糸の全てを、彼(ボーマン)が手中に収める事が出来たのかを説明しました。」⁵⁰

Geli Raubal の「自殺」を検証しているその他多くと同様に、スティーヴンソンは、Geli が、彼(ヒトラー)の祖母が、ウィーンのロスチャイルド男爵(ユダヤ人)の子供である事実を暴露すると脅かした後に、目先を失う激怒において、アドルフ・ヒトラーが、彼の姪を拳銃で殺害し、そして大慌てでその事件現場から逃れ、そしてボーマンに助けを求めたのではないかと推理しました。ボーマンは、彼の総統(ヒトラー)に「安心する」様に伝えました。それが(内密に自殺として)処理されなければならなかったのは、明らかに、ヒトラーに対する殺人事件の調査は、ナチスが権力を手中に納めるための、多大な障害に成ったためです。

この時点において、その殺害を隠蔽するためにその殺人事件の地元(ミュンヘン)の警察の刑事の、ミューラーと言う名の男にひいきと賄賂を約束し、どうにか説得する事によって、ボーマンは、彼の権力への台頭を始めます。そして故に、マーティン・ボーマンと、その王座の背後にあるナチス・ドイツのもう一つの「隠れた権力」の一つの間の連合(共謀)が生れたのは、ミューラーがその後、悪名高い「ゲシュタポ・ミューラー」に成り、殆ど全ての人達に対する、詳細な調査書類を、彼の直接の上司、Reichsführer SS (親衛隊全国指導者)、 ハインリッヒ・ヒムラーだけでは無く、ボーマンにもまた利用可能にしたためで、故に彼(ボーマン)は、彼の最大級の(政治的な)ライバル達と、ナチス政府の全体的な省庁(官僚)に対する、最新の諜報工作を有していました。ボーマンは、実際に、スティーヴンソンによると、ゲシュタポ・ミューラーを通して、少なからず4度、ヒトラーの家族の血統と、彼のユダヤ人の血筋と由来についての、個人的で、秘密裡の調査を開始し、全てはヒトラーの知識無しで行われました。ボーマンのために、この情報の全てが持っていた恐喝の価値は多大で、そして「彼の演奏で、ヒトラーを踊らせる」ための「(操り人形の)全ての糸」を、彼(ボーマン)の手の中に引き寄せる、彼の能力を説明します。実際に、これに関するボーマンの役割の、スティーヴンソン自身の特徴化は、ヒトラーが権力へと台頭する更に以前の、1920年代において記述していた、もう一人の人の言葉を、奇妙にも思い出させます。

ですが、その前に、何か他の事があります。ゲシュタポ・ミューラーは、プラハ(チェコ)における SS の Obergruppenführer (親衛隊大将)、ハンツ・カムラーの周りの安全保障の帯(警備)の覆いのための、直接の責任者でした。⁵² 言葉を変えると、ボーマンは、彼の友人、ゲシュタポ・ミューラーを通して、ナチスの秘密裡の兵器開発の規模と本質について、詳細に知らされていました。実際に、彼、ボーマンが、その全ての本当の首謀者でした。

ですが、「演奏に踊らせる」と言う言葉についてはどうでしょうか?ナチスとの関係において、その様な言葉を最初に使用した人は誰だったでしょう?

その人は - ナチス党を存在へと産婆した秘密結社である - トゥーレ会の上級オカルト主義者で会員だった、ディートリック・エックハートで、彼は、彼の死の直前に、彼の弟子達に、「彼(ヒトラー)は世界を踊らせるが、その演奏(曲/計画)は我々が描いた:ヒトラーに続け」と伝えました。この全てはボーマンを、オカルトの黒魔術の最も古典的な形状の、可能な実施者として印し:人々の弱点と恐怖心を通した、弱い人達(ヒトラー)の秘密裡の操作と誘導です。

そして、実家としてのインゴルスタッド(イルミナティの本部)の、ボーマン自身の選択は恐らく、それ自体の深く隠された関連性を鏡写したのは、第一次世界大戦の後、ボーマンは、多くの不満なドイツ人の退役軍人達と同様に、その様な結社の一つ、ユダヤ連の厚かましさに反対する会に入会したためです。⁵³ どんな場合であれ、その2人のナチスの指導者達のそれらの奇妙な特徴は、ヒトラーが意図的に操作され、そして権力へともたらされ、そして彼が表向きに行使したよりも、遥かにもっと強力な勢力によって、その場面の背後で秘密裡に操作され、そして、彼が、彼の役割を果たした時、意図的にサボタージュされ、そしてお役御免にされたとする、何人かの論説に油を注ぐ傾向にあります。

ii. Bormann’s Surrender of the A-Bomb to the USA: The Hydrick Thesis
ii. ボーマンの、米国に対する原爆の譲渡:ハイドリックのテーゼ


何であれ、私達の関心を此処で引くのは、その軍事的な崩壊の後の、ナチス主義のための秘密裡の撤退計画を確立した事における、ボーマンの役割です。1943年初頭のスターリングラッドの大災害(敗北)の後、もし、その秘密裡の兵器計画が、時間内に実を宿さないなら、そのライク(帝国)の軍事的な崩壊は唯一、時間の問題であると、その他の高階級のナチスと同様に、ボーマンにとっても明らかでした。ボーマンとその他の上級なナチス、そのライクの軍事的な産工業の機関からの代表達、そして勿論、SS (ナチス親衛隊)は、膨大な量の流動資産、科学的な研究において技術を持った個人、または秘密裡の諜報工作の作戦、そして兵器とその他の科学技術の下書き(設計書)をドイツから移動(脱出)するためのパイプライン(生命線)を形成するために秘密裡の会合を開きました。

科学的な問題に関して、リンダ・ハントの著書、米国政府、ナチスの科学者達、そしてペーパークリップ作戦、1945年から1990年までの中に、ある興味深い事実が表されました。その本の中で、ハントは、ペーパークリップ作戦に関連して、どの様に米国がそれ程、素早くドイツの科学者達と技術開発者達を会得出来たかの、以下の説明を与えました:

「その作戦の全体的な監督者としての、JIOA の長官、Gruhn の最初の行動の一つは、数十年に渡り採用の道具(資料)として、米国と英国の両方によって使用された、ドイツ人とオーストリア人の、最も有能な科学者達の雇用のリストを編集する事でした。このリストは、過去において、ジャーナリスト達や歴史家達によって触れられましたが、それが悪名高い戦時中のゲシュタポの科学部門の指揮官、ヴァ―ナー・オセンバーグによって、部分的に編集されたとは、誰も着目しませんでした。オセンバーグを起用すると言う判断は、統合参謀本部との相談の後に、米国海軍のランサム・デーヴィス大佐によって成されました。

その戦争の間、オセンバーグは、Reichsmarschal (帝国元帥)、ハーマン・ゲーリングの直属の、特務 SS 研究委員会の監督者でした。オセンバーグは、科学的な組織において進行中の研究を調査するために、彼のゲシュタポのエージェント(工作員)達を送り込み、それぞれの科学者達の政治的な信頼性を報告させました。それらの報告書と、ゲシュタポの書類から、オセンバーグは、その第三帝国(ナチス・ドイツ)における15,000名の科学者達の名前のリストを編集しました。彼は、その科学者達の名前の横に、SS への入会の様な、彼等(科学者達)の政治的な関連性に関して、そして彼等の科学的な脳力に関する、彼の意見をコメントしました。勿論、熱狂的なナチスの見解と、SS の入会者のそれらの科学者達をまた、オセンバーグは、最も能力のある者達として考えました。

「オセンバーグは、1945年において、Alsos のチームによって囚われ、そしてドイツにおいて収容所において捕虜にされました。JIOA が、彼に関して興味を示した後にすぐに、諜報工作の士官達はドイツから、フランスのヴェルサイユへと、彼を移動させ、其処で彼(オセンバーグ)は通常通りの仕事をこなし、その第三帝国における最善の科学者達と彼が考える者達の名前を提示するために、彼の書類の検証を続けました。」⁵⁴

此処で着目してもらいたいのは、オセンバーグと共に人が有するのが、この本と同時に、この題材についての私の著書、黒い太陽の帝国の中で、示唆された幾つものテーマの確認である事です。

1.ゲシュタポと SS の一員として、オセンバーグの書類は、「ゲシュタポ・ミューラー」を通して、間違いなくボーマンに知られていて、故に何が研究されているかだけでなく、誰がそれを行っているのかの、詳細な知識をボーマンに与えました。

2.故に、SS によって行われていたナチスの秘密裡の兵器開発の延長の内輪から、ヒムラーが、ボーマンを、一時的には部外者に保とうと試みたかも知れない間、彼(ボーマン)は、彼に利用可能なその他の個人的な人脈(スパイ)を通してそれについて知っていたでしょう。

3.ボーマンは、故に、それらの計画の状態と発展だけを、詳細に良く知らされていただけでなく - そして故にドイツの原子爆弾計画の計画と、その実際の状況だけを知っていたのではなく、ザ・ベルによって体現された研究の更に珍しい分野を知っていていましたが、加えて、その研究を行っている科学者達の政治的な忠誠もまた知っていました。

4.その様なリストを手にすると共に、戦略的な撤退計画におけるボーマンと彼の仲間達は、誰が、そして何が、何処へ移動させられるのかを知っていて、そしてそれぞれの個々の人物達の政治的な見解と忠誠についての彼等の知識を通して、既に始まっていて、継続していた計画の独立的な開発のあらゆる計画と同時に、あらゆる母体の国々の、軍部と諜報工作の機関へのあらゆる計画された侵入への危険を最小限化する事が出来たでしょう。その様なリストを手にすると共に、彼等はそうするための調整の人脈を確立する事が供給されれば、それらの計画の、少なくとも部分的な継続を確かにする事が出来たでしょう。調整の確立は、方向性の隠された中心を行っている、それぞれの母体の国々自体の、安全保障と研究の「コンパートメント化(それぞれの部署が、その他の部署が行っている事を知らされていない)」を利用したでしょう。

5.問題のその「ネットワーク(人脈)」に含まれていた可能性が最も高いのは、それらだけに制限されているわけではありませんが、ゲーレン将軍の組織、または SS 中佐、オットー・スコルツェニーの「国際ファシスト」でした。

6.最後に、オセンバーグのリストと、それにおけるアメリカ側の明らかな興味は、もう一つの推理に協力証言する様に現れ、つまり、アメリカ側の知識と、その特定性の本質は、カムラーの秘密裡の研究部門の中枢神経への、パットン将軍の的確で軍事的な進行において反映された様に、ナチス・ドイツ自体の内部から、唯一由来する事が可能でした。米国に対してドイツの原子爆弾の秘密を譲渡する様に指示したのは、ボーマン自身だったと、カーター・ハイドリックが納得のいく件を主張したので、アメリカの諜報工作に対してカムラースターブ(カムラーの研究スタッフ)に関するその他の重要な情報の流れを究極に調整していたのはボーマンだったと妥当に主張されるかも知れないのは、全てのドイツのブラック(機密)な計画の本質、規模、そして拘わった人材について最もよく知る位置に、彼が、明らかに、いたためでした。

彼に利用可能なこの知識と共に、米国に対して U-ボート(潜水艦)234号の濃縮化されたウランを移動させる(譲渡する)手助けをボーマンが指揮しただけでなく、彼がまた、米国に対して、完成した原爆を譲渡する事をまた指揮したと言う、カーター・ハイドリックのテーゼが、信憑性を増します。⁵⁵

再び、原子爆弾を開発する事におけるドイツの無能さについての、戦後の連合軍の伝説(プロパガンダ)とは一致しない - 一つの奇妙な出来事は - ドイツの物理学者、ルドルフ Fleischmann が、広島と長崎の原爆投下の以前に、米国へと尋問のために輸送された事実です。⁵⁶ 日本に原爆投下する以前に、何故、ドイツ人の物理学者に緊急に相談する必要があったのでしょう?結局の処、連合軍の伝説は、原子爆弾の物理学について、ドイツ人達から学べる事は殆どなにも無かったと、私達に信じさせます。

iii. Bormann’s “Special Evacuation Command” and Kammler’s Bell: the Nick Cook Thesis
iii. ボーマンの「特別避難命令」とカムラーのベル:ニック・クックのテーゼ


ボーマンの、戦争の終わりにおける特別な「SS の避難命令」の確立が見解されるべきなのは、その戦争(第二次世界大戦)における彼の生き残りの可能性、そして米国に対して、もし、完成した原爆自体では無かったにしても、U-234(潜水艦234号)を介して原子爆弾の素材を手渡した可能性の背景に対してでした。私の以前の著書の中で見られた様に、週刊ジェーンの防衛の著者、ニック・クックは、イゴール・ウィトコウスキーの研究に続き、ボーマンがこのコマンド(命令系統)を確立し、それを SS のハンツ・カムラー将軍の直接の管轄区の下に配属させ、そしてまた、超-遠距離のヤンカー輸送運搬機の特別なルフトワッフ(空軍)部隊を、彼(ボーマン)の直属の命令系統にまた配属しました。その飛行機が「偶然にも」低サイリーシア(ドイツ--ポーランド国境付近)に基づいたこの命令系統の確立の後、カムラーと、ザ・ベル、そしてザ・ベルに関連した全ての書類、そして恐らくそれを国外に運んだ更に膨大な Ju (ヤンカー)390号は、完全に消失しました。何処にそれ、そして先進的な物理学、そして科学技術は運ばれて向かったのでしょう?

一つの答えは、勿論、アメリカでした。

iv. Continuation of Ultra-Black Projects and German “Independence” at White Sands and NASA
iv. 超-秘密裡の計画の継続と、ホワイト・サンヅと NASA におけるドイツの「独立性」


彼等の技術開発の技術がどうであったのであれ、NASA におけるドイツの科学者達はまた、政治的な戦略においてもまた、とても有能でした。私達は既に、第三章の中でヴァーナー・ヴォン・ブラウン自身がどの様にして、J. エドガー・フーヴァー(FBI 長官)だけでなく、宇宙旅行と宇宙の軍事化のための必要性についてのその人の見解がよく知られている、米国上院議会における強力な民主党の過半数の指導者(議長)、リンドン・ベインズ・ジョンソンと、直ぐに友人に成る事が出来たのかに着目しました。

改良された V-2(ミサイル)の延長された飛行距離が、ホワイト・サンズにおいて試験発射された、「フアレスの出来事」と呼ばれるものにおいて、アメリカ側のご主人様からの、ドイツの独立が、とても早くから明らかに成りました。その計画は、十分に奇妙な事に、ヘルメス計画と呼ばれ、ペーパークリップ(作戦)の科学者、アーネスト・ステインホフの指揮下にありました。そのロケット(ミサイル)は制御不能に成り、メキシコのフアレスに着弾しました。そのロケットが軌道を外れた時に、その飛行の途中に空中爆破を命令出来たステインホフは、そうしませんでした。

「フアレス事件についての物議は、ホワイト・サンズとテキサスのブリス陸軍基地の更にもっと重大な問題で、影が薄くされました。其処で起こった事は、米国の国内的な安全保障に対する危険と判断された、敵であるエイリアン(外人)についての、軍部の完全な操作の欠如(無能さ)の明らかな例でした。一人の諜報工作のエージェント(スパイ)が大胆に明言した様に、サボタージュの非難と、基地の安全保障の多大な違反の証拠はありましたけれど、「彼等(エイリアン達)を拘束の下に納める様な試みは」全くありませんでした。そのグループの責任者である陸軍の将校達は、基地の敷地内、または敷地外における、ドイツ人達の活動について、全く殆ど監視を保っていませんでした。」⁵⁷

その後、Debus、ヴォン・ブラウン、アーサー・ルドルフ、そしてその他の下の NASA におけるドイツ人のペーパークリップの科学者達は実際に、とても多大な独立性を現したので、全く異なった問題自体が現れ始めました。

「NASA の次局長、ジェームズ・ウェブは、そのセンターの工場において、ドイツ人達が、サターン V を造ろうと試みる事によって、そのシステムを迂回していると、不満を伝えました。1973年においてマーシャル(法務?)長官に成ったロッコー・ペトローンは、ウェブは、そのグループがもっと厳しく管理される必要があると感じたと述べました。」⁵⁸

言葉を変えると、そのペーパークリップのドイツ人達は、アメリカ政府の入札の行程の、通常の(下請け)契約を迂回し、NASA 自体を建設の機関として利用し、彼等自身でアポロ(計画)の巨大なサターン V のブースター(加速器)を造ろうと試みていました。恐らく、彼等はその建設の行程と、官僚制度的な緩慢さに嫌気がさしたのかも知れません。または、恐らく、其処には更にもっと邪悪な目的があったのかも知れません。

ですが、フランスからのニュースもまた、良好ではありませんでした。其処で、最終的にフランスに、それ自体の宇宙ブースターの脳力と同時に、それ自体の地上に基づいた、そして潜水艦に基づいた弾道弾ミサイルの能力を与えた計画において雇用されていたドイツ人のペーパークリップの科学者達のフランス版が、明らかに同じような事を行っていました。フランク・リード中佐が、ペーパークリップの人材による安全保障の漏洩について心配したのが、何故なら

「彼(リード)は、フランスのセント・ルイスへの訪問から帰国したばかりで、其処(フランス)では、フランス政府のために働いていた、ドイツ人のロケット科学技術開発者達の似たようなグループがいました。其処にいた間、フランス人の司令官は、彼が、フランスの操作の下にいるドイツ人達が、ドイツからの命令を受取り、そして第三帝国の復活に向かって働いているのではないかと疑っていると、リードに伝えました。」⁵⁹

言い換えると、彼等の秘密裡の計画の継続された、独立的なナチスの開発の推理を人が受け入れるか否かは別にして、その後、彼等の母体に成った戦時中の連合国の国々の、少なくとも2か国(米仏)において、ドイツ人の科学者達の振る舞いは、何らかの知られざる本体からの、彼等の間の継続された連絡と調整を示唆し、そしてこれに関して彼等の継続的な協力と忠誠を従えられる可能性があったのは、ゲーレン機関、またはオデッサの何らかの形状、もしくはナチス主義の何らかのその他の類似した、国際的な人脈でした。

これは、単なる怠惰な推測ではありませんでした。ペーパークリップ作戦の研究者、トム・ボーワーは、アメリカの諜報工作機関が、とても早期から、何らかの種の指令系統がドイツ人のロケット(ミサイル)科学者達の間で、未だに健在で、機能していたと気付いていた事実に注目を引きました:

「アメリカとの契約を断った、全て反-ナチスの3人の Peenemünde の科学者達は、ドーンバーガー、アックスター、そしてヴォン・ブラウンの下のロケット・チームの厳しいヒエラルキー(縦型)構造は、ドイツの降伏にも拘らず、健在のままであると、オズボーンに打ち明けました。それぞれの尋問の前に、それぞれのドイツ人は、三人組の指導者達と彼等の補佐官達によって、伝えていい事といけない事について、慎重に教えられました。そのガイドラインは鮮明で:技術的、そして科学的な興味をそそる以上に必要以外の事は何も白状せず、アメリカ人達による雇用が不必要に成る程の技術的な詳細を述べるのを避ける事でした・・・それぞれの尋問の後、それぞれのドイツ人は、彼の同士達の前で質問され、ですからその他の者達も、アメリカ人達の知識の当時の状況を正確に掴んでいました。オズボーンはまた、ドーンバーガーの命令を批判した、または従わなかったそれらの科学者達は、罰せられた事を学びました。」⁶⁰

E. Skull and Bones and “Secret Germany”
E. スカル・アンド・ボーンズと「秘密裡のドイツ」

1. 2004: Bonesman Bush versus Bonesman Kerry
1.2004年:ボーンズの一員ブッシュ 「対」 ボーンズの一員ケリー


ですが、JFK 暗殺の背後と、主張されたマジック-12のグループの背後の、ドイツとナチスの関連性は、比較的に遠い昔の単なる歴史的な問題などではありませんでした。それは、何処からどう見ても、権力、影響力、そして腐敗の現在進行形で、長く残る遺産でした。

一般大衆の注目にとても短い期間現れ、そしてその後、表向きのもっと重要な「問題」の表面の背後に「埋められ」ましたが、2004年のアメリカの大統領選が、ある意味、初めての事を主催したのは、主要な政治的な政党の両方からの候補者達が、何らかの高度に異例的な共通性を持っていて、現職の共和党の大統領、ジョージ・ウォーカー「子」ブッシュと、マサチューセッツの上院議員、ジョン・ケリーの両方が、イェール大学の学生として、両人ともが彼等が上級生の期間に、同じ秘密結社、スカル・アンド・ボーンズ会に入門していたためです。

一つの観点から、2004年の大統領選は実際に「ヤラセ」だったのは、結果がどうであったにせよ、ボーンズの会員がホワイト・ハウスに着任したためです。ですが、確かに、ブッシュとケリーの両方が、悪戯に満ちた大学の同胞団体の会員だったとしても、何も問題は無いでしょう。

もし、スカル・アンド・ボーンズが、単なる「大学のサークル」であったなら、問題はありませんでした。問題なのは、それがそうでは無く、その会員達も、卒業生達も、通常の「一般」の人達では無いためです。

2. Daddy and Dubya Bush: The RNC and the Eastern European Émigré Community
2.パパ・ブッシュと子ブッシュ:RNC と東欧からの亡命移民コミュニティー


例えば、ブッシュ大統領の父で、元大統領のジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュもまたその一員で、同様にの父で、元上院議員、プレスコット・ブッシュも同様で、元大統領で最高裁の判事、ウィリアム・ハワード・タフトも同じで・・・そのリストは主要な聖職者達、実業家達、法律家達、政府の役人(官僚)達を含めて、終わる処を知りません。

此処が、スカル・アンド・ボーンズの詳細な歴史について調べる場所では無い間、私達の目的のために、その結社自体が1832年においてイェールで設立され、ドイツからの起源を有し、当時、ドイツにおいて存在していた幾つものとても秘密裡な結社の最初の分岐(別動隊)であり、恐らく唯一のものでは無く、その(ドイツの)結社は、未だに、名前さえも誰も知らない様だと着目する事は重要です。⁶¹ ですが、宗教、法律、金融、そして政治における、スカル & ボーンズの会員達の深い拘わりを与えられると、人は類似した関心、入門の方法、そして目的を共にした一つのドイツの秘密結社を推理する事が可能で:アダム・ワイスシャウプトのバーバリア(ミュンヘン/バイエルン)のイルミナティです。私達は既に、ボーマンが、インゴルスタッド近郊に、彼の法的な自宅を構えた事を記述しました。

思い出されなければならないのは、プレスコット・ブッシュが正しくナチス・ドイツと事業を行う、彼の「ドイツ人の人脈(ナチス)」を利用する事において、ブッシュ家の資産の大部分を築いた事です。実際に、ドイツとのプレスコット・ブッシュの事業の関心は、とても大き過ぎると考えられ、彼の関心は「敵国との貿易禁止法」に違反するとみなされました(有罪判決を受けました)。⁶²

その息子、ジョージ H.W. ブッシュは、勿論、テキサスの石油事業者に成り、ザパタ石油会社(CIA のフロント)を設立し、そしてその後、CIA の長官に成り、更にロナルド・レーガンの副大統領に成りました。そして、1980年における共和党の候補者としての大統領府へのレーガンの最初の任期と、そして再び、1988年におけるジョージ H.W. ブッシュの任期の両方の間に、共和党の国家委員会は、何らかの異例的で、そして強力で政治的な同盟を有し:東欧からの亡命移民のグループ(ゲーレン機関/BDN)で、その指導者達は、彼等のファシストとナチスの過去を隠した、公共の(表向きの)申し分の無い表面を保ちました。⁶³

3. Secret Germany
3.秘密裡なドイツ


米国とドイツの間に、長きに渡り、そして秘密裡な関係が存在したのは、ドイツにおける幾らかの類似したロッジの分岐として設立された組織であると同時に、その結社の会員であるブッシュ達とその他によって体現された個人と一族達を通した両方において、スカル & ボーンズの秘密結社から明らかです。その関係と、そして関連性(人脈)は、アメリカの政治において重要な役割を果たしたと同時に、ケネディー暗殺の結果において明らかで、そして更に、大統領レーガンと G.H.W. ブッシュの選出における、より限定的な役割において明らかです。

ですが其処には、ドイツのホーヘンスタウフェンの皇帝達と、彼等の世界規模(グローバル)で帝国的な野望まで遡る、更にもっと古くからの、そして更にもっと古い歴史的な系統があるかも知れません。

第二次世界大戦が、その激しさの真っただ中にあった、1943年において、一人のアメリカ人の著者は、千年の陰謀:仮面の背後の秘密裡なドイツと呼ばれた、あまりよく知られておらず、今では忘れ去られてしまった本を出版しました。⁶⁴ その著者の名前は、ポール・ウィンクラーで、そして彼は第二次世界大戦の最も原理的な謎を説明する事を求め - そして実際に、ある特定の意味において、第一次世界大戦にも同様で - そしてそれは、ドイツ人達に一体何が起こってしまったのだろう?と言う事でした。

ドイツ人達は、ウィンクラーが慎重に指摘する様に、多かれ少なかれ、その他の人達(民族)よりも、好戦的ではありませんでした。ドイツは「西洋の精神」の形成の上で、深遠で文化的な影響力を行使し:技術開発者達、音楽家達、物理学者達、そして生物学者達は全て、その戦争の前にドイツ語を学び、彼女(ドイツ)の大学に入学しようと殺到しました。人間の経験を深遠に豊かにした有名なドイツ人達のリストは、モーツアルト、バッハ、ベートーベン、シューマン、シューベルト、ブラームス、Dürer、ルーター、アインシュタイン、プランクと、延々と続きました。

ですが、それが謎だったのは、人々(民族)として、他の人達(民族)と、多かれ少なかれ、あまり変わりが無かった間、彼等が一度戦争を始めると、彼等は専念し・・・彼等はそれを上手に行いました。そしてナチス主義と共に、ドイツの人々の才覚における何かがとても狂った領域まで至った様に、多くの人達にとって表れ、何らかの「民族的な特徴の欠陥」がとても病理的に成った様に現れ、多くの人達がその戦争の後にドイツ人達の実際の不妊化と絶滅のために呼びかける程でした。実際に、ドイツから全ての産工業を剥ぎ取り、従属的な農業国家へと衰退させ、数千万人の規模において人口削減させる - 「モーゲンサウ計画」と呼ばれた - 重大な計画が、米国において下書きされ、恐らく、ナチスの戦争犯罪に対する、ユダヤ人の究極の復讐でした。

ですが、ウィンクラーにとって、ナチス主義とドイツのよく知られた戦争を行う能力は、『ヒトラーの邪悪な才能によって結晶化(象徴)された何らかの「自発的な世代」の産物では無く』、「ヴェルサイユ条約の厳しい(無謀な)条件に対する単なる反応でも無く」、「ドイツ人の特徴における何らかの基本的な性格から」由来するものでもありませんでした。⁶⁵ ウィンクラーにとってナチス主義は、更にもっと古く、そして更にもっと邪悪な何かの体現でした。それは千年に渡る、長きにおける秘密裡の陰謀の体現でした。それ(ナチス)は、端的に、「公共(表舞台)に現れた秘密結社」でした。

「1921年において・・・バーバリアの「Landtag(議会)」の会期の一つの間に、Gareis 議員は書類の大量の束を彼の手にすると共に、その他の議員達に対して、誰も理解する事が出来無い様な発言を行いました:『私は此処に、千年続く陰謀の証拠を有し – その証拠を、私は今直ぐ、あなた達に証明しましょう。』

「数日後に、Gareis は、殺害されました。その犯人は、処罰を逃れ、そしてその事件は、実質的に忘れ去られました。Gareis が言及したその証拠は、全く明かにされませんでした。」⁶⁶

ですがこの事件は、Gareis 議員が掘り出したものを再構築するための、ウィンクラー自身の探求に、燃料を注ぐのに十分でした。

Gareis が掘り起こしたものは、ドイツにおける欠陥では無く、むしろ、ドイツを圧倒した欠陥で:プロシア(プロイセン)と「プロシア主義」でした。ウィンクラーは以下の様にコメントします:

「私達にとっての『プロシア主義』は、13世紀の初頭まで遡り、そして私達の時代においても、未だに全く健在です。それは、シャルルマーニュ(フランク)王朝と『神聖ローマ』の皇帝達の、世界を包み込む野望の後継ですが - 同時にそれはまた、東プロシアの古臭く、息苦しい温室において、その後の数世紀の間に温床された野望でした。

「2つの世界大戦の間のドイツにおける主要な出来事、権力へのヒトラーの台頭の理由、そしてそれに続いた出来事は、プロシア-テュートン(ドイツ)的、そして Fehmic (Vehmic/ウエストファリア)的な組織の詳細な検証を通して唯一、理解可能です。」⁶⁷

ウィンクラーが言及する「Fehmic 的な組織」は、ドイツの神聖ローマ皇帝達と、主にウエストフィリアの様々な公国と公領における彼等の支持者(貴族)達によって確立された、秘密主義の帝国的な裁判所で、その帝国に対して反逆罪の有罪判決を受けた者達に、判決と死刑を言い渡した Helige Vehme でした。それらは、その内部者達が、招待による入門者達に限られていたので、ある意味、また、秘密結社でした。

ですがどんな場合であれ、ウィンクラーは、何かとても重要な事に指を指し、そしてそれはナチス主義を主に、オカルト、または秘儀主義的な現象として見解する傾向のある者達によってでさえ無視され、ナチス主義の歴史家達によっても、通常、完全に無視されるものです。その何かとは、彼等の帝国主義的な野望を広げるために、中世のドイツの皇帝達によってそれら自体が設立された昔のテュートン騎士団とナチス主義の、深い秘密結社の関連性です。

当時、教皇制(ヴァチカン)とドイツの皇帝達が死闘を繰り広げていた時、そしてその教皇制がそれ自体の、テンプラー(テンプル騎士団)や、聖者ジョン(ヨハネ)のホスピタラー(ホスピタル騎士団)の様な「軍事組織(金融軍産複合体)」の形状における「衝撃の軍隊」を出動させる事が出来た時、ドイツの皇帝達は、彼等自身の帝国ヴァージョンを創造する事を求めました。その行程は、「1158年において、イタリアのロンカグリアの戦場における彼の第二次軍事遠征の間に、ホッフェンスタウフェン家の皇帝、フレデリック・バーバロッサが、彼自身を『世界のマスター(ご主人様)』と宣言した時に始まりました。」⁶⁸ その軍事的な組織を共にした教皇制の優位性を揺るがすために、ドイツの皇帝達は「テュートン騎士団の、純粋にドイツ人の武装化組織の形成」を支援し、彼等自身のヴァージョンを創造しました。これが長期的な偽りを通して達成されたのは、その組織が元々、「その地位に対して不可欠な」必要な教皇の祝福を確保するために、その(ドイツ)帝国への曖昧な結びつきを共にして設立されたためです。⁷⁰ それにも拘らず、その(ドイツの)皇帝達は、それらの年月の間のその組織の指導者達が、彼等に対して常に、個人的に忠実である事を確かにしました。最終的に、その組織の存在が「とても確固たるもの」に成った時、それは「拡張のためのその帝国の計画への奉仕において、より公にそれ自体を現しました。」⁷¹ テュートン騎士団を、この政治的な歩みに入れた責任がある人は、1210年から1239年まで、そのグランド・マスターだった、ハーマン・ヴォン・サルツァでした。⁷²

ヴォン・サルツァはマソヴィアのポーランド人の公爵、コンラッドに接近し、後にプロシアに成る地域に住んでいた「異教徒の部族達」、つまり、スラヴ系のベラルーシ(白ロシア)人達、またはプロシア人達(領民達)に対する彼(コンラッド)の戦争において、テュートン騎士団が、彼を補佐する事が出来ると、彼を説得しました。ウィンクラーはその逸話をこう続けます:

1226年初頭において、コンラッドからの正式な招待が、その組織に届きました。ヴォン・サルツァは直ぐに(皇帝)フレデリック二世と相談し、そしてその後者は、彼のリミニの金印勅書において、彼の未来の遠征のための帝国的な「使命」と共に、ヴォン・サルツァに一任しました。

「その勅令は・・・テュートン騎士団の未来の活動の全てのための正に土台で;全てのプロシア侵略のための永続的な勅令で、そしてその後の数世紀の間、そして現在までも、ドイツの政治的な拡張の全ては、その地域から放射(由来)します。」⁷³

言葉を変えると、もし人がそのロジックに緊密に続けば、その組織は、法的な契約を有し - 征服のための - 元々の契約を与えた権威からの、直系の有能な権威によって、一度も破棄されていません。そしてその組織は、定義において、その中心的な思想がドイツ人と共に世界帝国を確立する事を、覇権のその心臓部と高みに掲げた、プロシアの軍事の秘密結社でした。

そのリミニの金印勅書は、実質上その後の数世紀のための、ヨーロッパの地政学において、多大な役割を果たした組織の設立として受け取られるかも知れません。ですが、同等に重要なのは、あらゆる基準、そして間違いなく中世のラテン教会の基準において秘儀主義的と考えられる学者達と科学の擁護者としてよく知られる「ルネッサンス的な人」、皇帝フレデリック二世と言う人物です。フレデリックは、彼の振る舞いを、彼の有名な祖父、フレデリック・バーバロッサにモデルさせる事を好み、⁷⁴ そしてまた、「実際には正当性が無い様に見える主張ですが、テュートン騎士団が、バーバロッサによって設立された」と主張しました。⁷⁵ フレデリック二世は、バーバロッサのオーラを、彼のテュートン騎士団に着せようと試みていて、そしてこの事実を作り上げたのかも知れませんが、そうであれ、彼がまた、その組織の本当の設立者を口から漏らしてしまった可能性は否定出来ません。

何であれ、中世のドイツ人の皇帝達の、世界的な帝国への野望に対する本当の後継者は、ドイツの帝国自体と言うよりも、テュートン騎士団の結社でした。⁷⁶

d. The Hohenzollerns Become Grand Masters of the Order
d. ホーヘンゾラーン家 がその秩序(秘密結社/組織)のグランド・マスターに成る


ですが、中世の後期とルネッサンス期の初期に成ると北方のドイツの街々は、ドイツの東部のバルト海に沿った街々における、その組織の統治を打倒する一部として、ハンサ、またはハンシア的なリーグ(同盟)として知られた貿易のリーグを形成しました。これは、成功を収めました。その財力と軍事的な力が弱体化すると共に、その組織は新たな連合によって接近され - 実際にその時代における唯一の連合で - ブランデンブルグの辺境伯(貴族の称号の一つ)、フレデリック・ヴォン・ホーヘンゾラーンでした。⁷⁷ その2つと - その結社とホーヘンゾラーン辺境伯は – それぞれの領民達に対してお互いを補佐する同盟を結びました。そして故にホーヘンゾラーン家と、その結社によって体現された古いプロシアの貴族の間の異例的な連合が生れました。この関係の結果として、1511年に成ると、アルバート・ヴォン・ホーヘンゾラーン・アンド・ブランデンブルグが、その結社のグランド・マスターへと選出され、「その結社の伝統と野望の完全な理解と共に、彼が満たした役職でした。」⁷⁸ グランド・マスターとして、アルバート・ヴォン・ホーヘンゾラーンは1525年に、その結社をプロシア公国の世襲制へと変格する事によって、それを世俗化(非宗教化)しました。⁷⁹ その結社の「秘密結社」の構成要素は生き延び、そしてまた、プロシアにおけるヤンカー(家)の貴族階級の中で、幾つもの分派的な秘密結社を産み出し、その一つは、「リザード(トカゲ/爬虫類)会」で、その結社の元々の帝国的な計画と同時に秘儀的な教義を保ちました。⁸⁰

ですが、その後ウィンクラーは、あるとても重要な問いを尋ねます:

「ヤンカー家とプロシア-テュートンの背後には、実際の秘密裡な組織があったのか、または親しみのあるプロシア-テュートン的なそれぞれの組織に、この本の中で体現された出来事の一連のための責任があるのか、人は尋ねるかも知れません。

「実際に、秘密裡な組織は、表向きのサインによって、それらの存在を殆ど現れさせません。そうであれ、秘密裡の「リザード会(Eidechsengesellschaft)」の結成は歴史的な事実です。頼る事の出来る歴史家達が、この結社が、テュートン騎士団の結社がまだ存在していた間に、プロシアにおいて糸を操ろうと試みたと記述しました。Kotzebue はプロシアの非宗教化を、この秘密結社の活動に帰属させました。

「プロシアと、プロシアに圧倒されたドイツにおいて、それ以来、統一直線的な発展が起こり - そしてそれはリザード会の基本的な原則に対して、点から点まで一致するので、私達の時代(i.e. 1940年代)までの秘密裡なプロシア-テュートン的な組織の生き残りの十分な状況証拠として考えられるかも知れません。ですが、更にまだあります。プロシアの成長の全体の行程は、断続されていない有機的な計画によって鼓舞された様に見えます・・・その結社がプロシアの状況を操作する事を止めて以来、しかしながら、観測可能な出来事のロジックにおける断続性はありません・・・

「私達の状況証拠は更に遠くまで行き:ドイツは、1918年において敗北させられ、プロシア的な要素の昔の野心的な計画は永遠に砕かれた様ですが、数か月以の内に誰かが、何処かで、ドイツのカーテンの背後において、最大級の重要性の判断を行った様です。それらの決断が意味したのは、昔の Fehme (秘密裁判)の復活、若いドイツ共和国を障害するために計画された、システム的なテロの組織、そしてドイツの秘密裡の再軍国化を可能にする事でした。「秘密結社」と呼ばれるものが毎日の様にドイツ全体に出現し - それらの結社は、それらの決断と活動の詳細に関して秘密主義でしたが、それらの存在自体は、誰からも秘密ではありませんでした。それらの秘密結社の全ては、それら自体の間で親密に関連していて;そしてそれらの間にライバル心はありませんでした。それらのそれぞれの活動は、お互いに対して素晴らしく貢献しました。素人の観測者でさえ、この全てが可能だったのは、唯一それぞれの結社が、その同じ隠された、絶対的な秘密裡の源泉から指示を受け取っていたためであるはずだと結論するはずです。」⁸¹

そして思い出してもらいたいのは、マーティン・ボーマンが、ナチス党における彼の上司、ルドルフ・ヘスが成った様に、それらの秘密結社の一つの一員に成った事です。

b. Hitler’s Only Known Initiation
b. ヒトラーの唯一知られている入門


此処で、その逸話はもう一つの奇怪な曲がり角を曲がり、その曲がり角は、多くの人達が長い間、疑問視していた事の唯一知られている確認で:ある時に、何処かで、ヒトラーがある秘密結社の入門者に成った事です。ですがその逸話のウィンクラーのヴァージョンは、通常の容疑者達である、ヴェニス(ヴェネチア)の秘儀主義者達と民族差別主義者達、グイド・ヴォン・リストとランツ・ヴォン・リーベンフェルズとの、そのいかがわしい関連性を共にした Thulegesellschaft (トゥーレ会)では無く、古くからのテュートン騎士団だったと指摘します:

「19世紀の終わりにおいて、プロシア-テュートンの秩序(結社)の伝統において育成された皇帝、ウィルヘルム二世は、実際にプロシアとドイツにおいてこの結社を再確立しました。リザード(爬虫類)会の中で活動していたそれらの後継者達は、プロシアから由来したその太古の組織に入れ替わり - 故に、その解体に貢献し - 其処で、彼等が入れ替わったそれらの地位の品位においてマント(衣装/制服)を着ける権利を彼等自身のために主張しました・・・その復活させられた秩序(組織/結社)の活動については、殆どなにも言われていませんが、東プロシアにおけるその毎年の集会は、ドイツの新聞紙によって、一般的に報道されました。現在の戦争(第二次世界大戦)の開始の数か月後、ヒトラー自身がテュートン騎士団に入門したと言う短い記事がドイツの新聞紙に現れました。

「現在のプロシア-テュートン的な結社の、内部的な構造についても - もし未だに存在しているとして - リザード会の現在までの生き残りとの、その正確な関連性についても、一切、情報は公開されていません。

「・・・この関連において、皇帝フレデリック二世によって設立された大学である、ナポリ大学の、1924年5月の700周年記念祭において、パレルモの大聖堂の中のその皇帝の棺桶の近くで、以下の刻印を共にした冠が発見されたと着目するのは興味深い事です:

『Seinem Kaiser und Helden
Das geheime Deutschland』
(「秘密裡のドイツから、彼等の皇帝と英雄へ」)

「もし私達が、秘密裡なドイツを仮定するなら - 同様に、13世紀の結社から派生した - ライヒ-ランドブンドとハーレンクラブの様な表向きのヤンカー(家)の組織は、唯の二次的な役割で、私達が上述した、その他全ての最近に成って確立された結社の様に、秘密裡のグループの指示を遂行していました。ですがもし、私達が秘密裡なドイツの実際の生き残りの状況証拠を無視したとしても、13世紀のテュートン的な結社と、現在のドイツ(ナチス)の間には、探知される事の出来る直線(直系)があると、私達は認めざるを得ません。」⁸²

言葉を変えると、第一次世界大戦の終わりにおける、1918年に、皇帝ウィルヘルム二世が、その帝国的な王座から退位し、オランダにおいて隠居出来たのは、プロシアにおいて未だに健在だった秘密結社の存在が何であれ、グランド・マスターとして、彼とホーヘンゾラーン家、そして彼等が体現した、プロシアの帝国的な関心が、その場面の背後で、未だに権力と影響力を行使していたためです。そして、どの様な場合であれ、この結社へのヒトラーの入門の目的は十分に鮮明で:その秘密裡の目的を最も上手く行えるであろう、公共の政党(ナチス)とのバーゲン(手打ち)でした。

そして、ボーマンについてはどうでしょう?この全ては、彼にもまた知られていたでしょう。

そしてエリートによる世界征服のこの思想が、それ自体のドイツ的な関連性を共にした、もう一つの秘密結社:スカル & ボーンズの動機を形成する事に、驚かされるべきでは無いでしょう。

F. Final Thoughts
F. 最終的な思考


ですからナチスが、「ザ・ベルの同胞団」が、ケネディー大統領の暗殺に拘わっていたとして - そして、最も高度なレベルにおいて、彼等が拘わっていたと言う状況証拠が提示されましたが – すると、彼等の拘わりを動機したものは何だったのでしょう?

以前の章は、この動機が幾つかの要素の構成で、それぞれの一つひとつがそれらの拘わりのために十分で、そして一緒に考慮されるとそれらが、その陰謀(暗殺)の最も深く、そして高度なレベルにおいて関わっていた可能性を増大させる事が概要されました:

1.彼等は、その戦争(第二次世界大戦)の間に、彼等が開発した科学技術、そしてその継続された半-独立的、または独立的な開発を保護するために拘わっていました。これは、彼等(ナチス)の政治的な活動の幾らかのために、便利な隠れ蓑を供給した、CIA を解体すると言うケネディーの試み、そして宇宙において、ソヴィエト達と共に、限定的な協力を確立するための彼の試みによって、幾つもの用途において、彼によって脅かされました。もし、アポロ計画において、そして特にLEM (月面探査モジュル)と共に、オルタナティヴな科学技術が関わっていたなら、その様な協力は、ナチスの天敵であるソヴィエト達に、それらの科学技術の構成要素と同時に、その継続的で、秘密裡な開発の計画を明かしたかも知れません。

2.彼等は、彼等が潜入した、様々な(米国)連邦の機関とアメリカの企業の中と背後だけでなく - 特にラテン・アメリカにおける - その他の様々な母体の国々の中と背後において、「CIA の解体」の様なあらゆる度合の露出が脅かす原因に成ったであろう金融的で政治的な作戦の、彼等の土台を保護するために拘わっていました。

3.もし人が、麻薬の密輸販売や、賭博等々が、ブラック(秘密裡)な計画を資金援助するための、簡単な資金の洗濯の方法の可能性が高いので、現在進行形の「国際ナチス」と国際的で、組織的な犯罪の間の関連性を仮定するなら、すると、組織化された犯罪(マフィア)に対するケネディー政権の行動はまた、それらの関心に対する危険(ボビー・ケネディー)を構成します。

4.もし、その暗殺の日における膨大な空売りにおけるブンジ社の行動が、ナチスの拘わりの、より深い示唆なら - そしてブンジ社が当時、アルゼンチンにおける本社を共にしたドイツの企業であった事は忘れられるべきではありませんが – すると、その(ケネディー)殺害のための主要な計算には入らなかったものですが、下請け会社的な動機を体現するもので:金融的な利益でした。その大統領を暗殺するために拘わった(または計画した)のなら、特に、金融的な魔術師であるボーマンに指導された国際ナチスが、それ(暗殺)から利益しようと計画しなかったなら、それ程、非特徴的な事は無かったでしょう。

5.最後に、論議はされませんでしたが、その様な公の殺害は、アメリカ(全体)の精神の上で、必然的で失望的な効果を有し、隠れたエリートが、誰であれ、何時であれ、何処であれ、排除可能で、罪を問われ無いと思い出させる役割を果たしたでしょう(e.g. 2001年9.11)。それは、彼等自身の権力、富、そして影響力の継続的な蓄積を確かにするために、彼等が計画した権力の場所を揺るがす試みをしない様に、ケネディーの様な豊かで有力な一族達に対する警告でした。

ナチスがこの陰謀を始めたのか、それとも、途中から彼等が介入したのかは、最終的な分析において無意味です。ですが、彼等が、何らかのとても深いレベルにおいて関わっていたのは明らかです。

そして、その暗殺の陰謀に関連したグループの全ては - マフィアであれ、不満な反-カストロのキューバ人達であれ、大企業であれ、大石油企業であれ、脅かされた連邦準備銀行の株主達であれ、(金融)軍需産業-諜報工作-複合体であれ、宇宙計画(NASA)であれ、それぞれのグループが、その大統領を殺害する、それ自体の動機を共にし - 人がその証拠の全てを考慮した時、一つの事が最も鮮明に浮き上がります。ナチスは、その他全てと共に、その動機を分かち合った一つのグループでした。彼等は、その他全てとの人脈を共にした唯一のグループでした。
_____
1 Lincoln Lawrence, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled? With an introduction by Kenn Thomas (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press: 1997), p. 102.
2 Paul Winkler, The Thousand Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask (New York: Charles Scribner’s Sons, 1943), p. 237.
3 John G. Fuller, The Interrupted Journey (London: Corgi Books, 1966), p.116.
4 Kenn Thomas and Lincoln Lawrence, Mind Control Oswald, and JFK: Were we Controlled? (Kempton, Illinois: Adevntures Unlimited Press) p. 102, emphasis in the original.
5 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” The Rebel, Nov 22, 1983, p. 1.
6 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 2.
7 Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 3. 北アメリカにおける東方の正教会(ギリシャ正教等々)の多くの管轄区の一つを共にした CIA の拘わりの主張は、奇妙、または完全にあり得ない様に見えるかも知れません。実際の要点において、しかしながら、ブリュッセルは唯単に、トービット文献からの情報と、ニュー・オーリンズの州検察官、ジム・ギャリソンの調査からの主張を繰り返し述べているに過ぎません。この筆者自身も、更なるもう一つの管轄区からの2人の正教会の司教達の諜報工作と軍事の背景(履歴)を個人的に知っていて、そして更に、3人目に気付かせさせられました。諜報工作の目的のために教会を確立し、そして/または利用する事における CIA と西ドイツの Bundesnachrichtendienst (BND)、そしてその他の諜報工作の機関の役割は、故にそれにおいて、そしてそれ自体が、それ自体のもう一冊の本を必要とします。
8 See, for example, Rodney Stritch’s Defrauding America.
9 例えば、悪名高い Banna の下における、ナチスとエジプトの武装化したイスラムの台頭の間の関連性を参照してください。
10 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 6.
11 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F Kennedy Assassination,” p. 11.
12 Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 11.
13 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination, p. 22. はい、私はあなたが考えている事を知っていて、親愛なる読者よ、そしてそれは正に、ヴァーナー・ヴォン・ブラウン博士の、元(ドイツ)陸軍の上司だったウォルター・ドーンバーガー将軍です。そして、そうです、アメリカにおける I.G. ファーベン社の顧問弁護士で、ドイツのための戦後の高等弁務官(大使)で、そして(ケネディー暗殺の)ウォーレン委員会の一員だった、ジョン J. マクロイによって免罪にされた、その同じドーンバーガーです。
14 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 22.
15 Sybil Leek and Bert R. Sugar, The Assassination Chain (New York: Corwin Books, 1976), p. 171.
16 Lincoln Lawrence and Kenn Thomas, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled? (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 1997, p. 71.
17 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F Kennedy Assassination,” p. 26.
18 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F Kennedy Assassination,” p. 27.
19 Referred to previously in its Adventures Unlimited Press reprint edition, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled?
20 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination, pp. 29-30, emphasis added.
21 Mae Brussell, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p.30.
22 Lincoln Lawrence and Kenn Thomas, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled?, p. 23, italicized emphasis added, bold emphasis original.
23 Lincoln Lawrence, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled?, p. 116.
24 Ibid.
25 Ibid., pp. 119-120.
26 Lincoln Lawrence, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled? P. 118. 「(時には金融的な著者達によって「オクトパス」とあだ名される)ブンジ企業は、ジェームズ・ボンドの映画の素晴らしい悪役に成る」と、リンカーン・ローレンスは皮肉を言います。
27 Ibid., p. 123.
28 Ibid.
29 Ibid., p. 129.
30 Lincoln Lawrence, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled? pp. 128-129.
31 Ibid., p. 134.
32 Ibid.
33 Ibid., p. 139.
34 Ibid., pp. 139-141.
35 Ibid., p. 142.
36 Ibid., p. 143.
37 Ibid.
38 Lawrence, Mind Control, Oswald, and JFK: Were We Controlled? p. 147
39 Ibid.
40 Mae Brussel, “The Nazi Connection to the John F. Kennedy Assassination,” p. 30.
41 Ibid.
42 Brussell, “The Nazi Connection to the John F Kennedy Assassination,” p.
43 Ibid.
44 Tom Bower, The Paperclip Conspiracy: The Hunt for the Nazi Scientists (Boston: Little, Brown, and Company: 1987), p. 245.
45 Peter Levenda, Snister Forces: A Grimoire of American Political Witchcraft: Book One: The Nine IWalterville, Oregon:: Trine Day, ISBN 0-9752906-2-2), p. 173.
46 Levenda, Sinister Forces, Book One: the Nine, pp. 173-174.
47 Ibid., p. 174.
48 Ibid., p. 266.
49 私は、しかしながら、陸軍元帥兼大統領の、ポール・ヴォン・ヒンデンバーグによる、首相としてのヒトラーの任命の後、彼がその様な秘密結社の内の一つに入門したと言う、情報源からの証拠を、この章において提供します。
50 William Stevenson, The Bormann Brotherhood (New York: Harcourt, Brace, Jovanovitch: 1973), p. 29.
51 その逸話は、フランクリン・ルーズベルト大統領のために用意された、その総統(ヒトラー)の秘密裡の精神分析の上に基づいたとされる本、アドルフ・ヒトラーのマインドの中で最初に表面化しました。ヒトラーの祖母の一人、アンナ・マリア Schickelgruber が、彼女の雇用者、ロスチャイルド男爵と関係を持ち、彼の私生児を産んだと言う主張は、その戦争の前にオーストリアがナチスによって合併される以前に、その国の首相、Dolfuss によって、ヒトラーについて調査された秘密裡の報告書の題材でした。
52 Karl-Heinz Zunneck, Geheimtechnologien, Wunderwaffen und die irdischen Facetten des UFO-Phänomens (Amun Verlag, 2002), pp. 68-69.
53 William Stevenson, The Bormann Brotherhood, p. 25.
54 Linda Hunt, The United States Government, Nazi Scientists, and Project Paperclip, 1945 to 1990 (New York: St. Martin’s Press, 1991), pp. 32-33, emphasis added.
55 Carter Plymton Hydrick, Critical Mass: How Nazi Germany Surrendered Enriched Uranium for the United States’ Atomic Bomb (Whitehurst and Company, 2004), pp. 19-30, 241-242.
56 Linda Hunt, op. cit., p. 34.
57 Hunt, op. cit., p. 42.
58 Hunt, op. cit., p.219.
59 Ibid., p. 52.
60 Tom Bower, The Paperclip Conspiracy: The Hunt for the Nazi Scientists, p. 126. 更にまた指摘されるべきなのは、パットン将軍の米国陸軍第三部隊が、どうにかして、ペーパークリップ作戦に拘わっていたと、ボーアーが鮮明にさせる事です。 (p. 141).
61 スカル & ボーンズ会の詳しい歴史と検証のためには、アンソニー・サットンの研究、 America’s Secret Establishment を参照してください。より最近の利用可能な「ボーンズ」の逸話への貢献は、 Fleshing Out Skull and Bones: Investigations into America’s Most Powerful Secret Society と題された Kris Millegan によって編集されたエッセイのコレクションです。
62 See Fleshing Out Skull and Bones, pp. 173-294 for the whole story.
63 レーガン-ブッシュ時代の間の共和党の政治における、亡命移民のグループと、彼等の役割のために、Russ Bellant のOld Nazis, the New Right, and the Republican Party (Boston: South End Press, 1991). ISBN 0- 89608-419-1.を参照してください。ゲーレンの亡命移民のフロントは、存在し続け、元ナチスによって指導され続けただけでなく、ロナルド・レーガンとジョージ H.W. ブッシュが選出される手助けをしました!これは、G.H.W. ブッシュの「ニュー・ワールド・オーダー(NWO)」の演説と、レーガンの「ゴルバチェフさん、この壁を壊しなさい」の発言を、全く新たな見解へと至らせます。類似した移民、または亡命移民のコミュニティーとの関係が、サイリーシアの亡命移民の会によって後ろ盾された、元(西)ドイツの首相、ヘルムット・コールの背後にも存在します。(Q.v. Rechte Machen Kassen and The New Reich)
64 Paul Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask (New York: Charles Scribner’s Sons, 1943).
65 Paul Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, p. ix.
66 Ibid., p. 3.
67 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, pp. 27-28, emphasis added.
68 Ibid., p. 32.
69 Ibid., p. 35.
70 Ibid.
71 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, p. 35.
72 Ibid.
73 Ibid.
74 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, p. 47.
75 Ibid.
76 Ibid., p. 51.
77 Ibid., p. 79.
78 Ibid..
79 Ibid.
80 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, p. 190. その選択された「リザード」の名前の秘儀的な関連性が着目されるべきなのは、そのリザード(トカゲ/爬虫類)がサンショウウオの形状において、三度偉大なヘルメスの姿、または彼のエジプトの呼び名、トートにおいて、最上級の秘儀主義者の象徴であるためです。
81 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, p. 236,
82 Winkler, The Thousand-Year Conspiracy: Secret Germany Behind the Mask, pp. 236-238, emphasis added.


Chapter 10: “What is the Brotherhood of the Bell?” the Brotherhood of the Bell in History and Practice
第十章:「ザ・ベルの同胞団とは何か?」歴史と実際におけるザ・ベルの同胞団


A. Nick Redfern’s FBI Documents on Nazis and UFOs
A. ニック・レッドファーンの、ナチスと UFO についての FBI の書類

Bibliography
参考書籍

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