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S&L スキャンダル(麻薬マネーの洗濯)

S&L スキャンダル

 アメリカ貯蓄貸付組合S&Lは、民間から資金を集め、それをま
た民間に貸し付ける一種の「銀行」であった。

 S&Lの資金運用には厳しい制限が課せられていて、そのため投
資は地域住民に対する持ち家を担保にした住宅抵当ローンであった。

 ところが1980年代になると、多くのS&Lは商用不動産への貸付
や、ジャンク・ボンドと呼ばれるハイリスク・ハイリターンの危険
な投資へと投資を切り替えていった(←ここがまず一つ目の問題)。

 しかし全国各地で商用不動産市場が行き詰まり、借り手のローン
返済が殆ど滞ってしまったからさあ大変。

 S&Lの抱えるハイリスク債権の価値も大きく下がり、お陰で全
米で500以上ものS&Lが倒産してしまったのだ!

 もちろんアメリカ人だってバカじゃないから、預金者保護のため
に保険公社(FSLIC)を作り、こういう倒産に備えて準備金を引き当て
ていたのだが、まさかこんなにS&Lが倒産するなんて想像だにし
なかった。

 いくらなんでもそんなに大量の準備金など用意していない。

 しかし預金者の貯蓄は保護されねばならない、、、というわけで、
アメリカの納税者はこのための数千億ドル以上の金を負担する羽目
になってしまった。


 これが有名な「アメリカ貯蓄貸付組合「S&L」危機」である。

 しかしS&Lはなぜ、そんなリスクの高い危険な投資に走ったの
だろうか?

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■S&L問題とモラル・ハザード
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 1980年代に多くのS&Lは商用不動産への貸付や、ジャンク・ボ
ンドと呼ばれるハイリスク・ハイリターンの危険な投資へと投資を
切り替えていった理由はまず、政府の規制緩和政策であった。

 それまでのS&Lは、住宅ローンに特化した「共同組合」のよう
なモノであったが、政府の規制緩和政策により融資先の条件をあま
り問われなくなった。

 しかし規制緩和の一方で、預金保険の仕組みは変更されなかった。

 規制緩和というのは言ってみれば、
「自由に商売をしてもいいですよ。ただしリスクは自分で負ってね」
ということだが、S&Lの場合はそのリスクをあまり負わない仕組
みがそのまま残ってしまったのだ。

 そのためにとんでもないモラル・ハザード問題が生じてしまった。

 S&Lには
「預金者保護のための預金保険が存在し」、
しかも
「要求される自己資本比率が非常に低かった」
のである。

 自己資本比率が低いことによって生じる問題はテキストの後半の
方でも登場するが、そういうわけでS&Lは、

・業績が悪くても誰も責めを負わないで済んだ。
・投資が成功したときのみ利益を得ることができた。

という状態にあったのである。

 預金者は、保険によって預金が保護されているために、S&Lの
監視をするインセンティブが弱まった。

 そしてそのために、規制緩和によってS&Lが堅実でない投資
行っても、殆ど誰も非難しなかった。

 そして規制緩和に先だって、預金保護保険の対象額が引き上げら
れる一方で、S&LがFSLICに積み立てる「保険掛け金」はなんと
「減額された」のである!

 ハイリスクの投資を行うのなら、それに見合った高額の保険金を
積んでおかねばならないはずであるが、なんとそれが減額されたわ
けであるからとんでもない話である。

 S&Lが危険な投資をした理由の一つは、政府による保険制度が
あるために、危険な投資でもS&Lの所有者にとって利潤を生むよ
うになったからであった。

 このようなシステムでは、預金者の期待純利益はFSLICの期待損失
額に等しくなり、すなわちFSLICの支払が、まわりまわって預金者の
利益になってしまうのである。

 これならばS&Lがハイリスク・ハイリターンの投資に躍起にな
るのは当たり前だ。

 そしてFSLICが倒産しても肩代わりを政府が行うならば、さらにそ
のリスク負担は0に近づく。

 利益が上がった場合に利益を受けるのは投資者であり、その一方
で損失が出た場合の負担者はまた別の人間であるのだから、S&L
がそのような危険な投資に走るインセンティブは巨大である。

 その結果不動産バブルが発生し、バブルが潰れて500ものS&
Lが倒産することになった。

 巨大なモラル・ハザード問題が生じてしまったのだ。
(この話・つづく)
http://hakase-jyuku.com/mare/category3-2/entry44.html


アメリカの貯蓄金融機関・住宅金融専門金融機関である S&L (貯蓄貸付組合)は、1980年代に金融自由化の中で、相次いで規制緩和を受けた。預金金利の自由化、業務面での規制緩和が進み、本来業務である住宅ローンの他に、コマーシャル・ローン、消費者ローンの分野などに進出して、過大なリスク・ティキングを行った結果、いわゆる S&L 危機を招いた。この事は、アメリカの金融自由化の影の問題として広く認識されている。この S&L の危機・破綻については、急速な規制緩和(特に州当局による規制緩和がもたらした州法免許 S&L の過大な業務拡大)の他に、自己資本比率規制の引き下げや会計処理の変更、検査の立ち遅れや規制当局( FHLBB [連邦住宅貸付銀行])の失敗などによるものである事が知られ、既に1989年の FIRREA ( Financial Institutions Reform, Recovery and Enforcement Act of 1989 [金融機関整理復興執行法])によって不健全な S&L の処理が政府( OTS [Office of Thrift Supervision, 財務省貯蓄機関監督省]と RTC [Resolution Trust Corporation, 整理信託公社: FDIC (連邦預金保険公社)の部局])によって積極的に行われて来たので、政府が処理しなくてはいけない不健全な S&L はその数が少なく成っている。しかし、この S&L の破綻処理に要した財政資金は2,000億ドル以上ともいわれ(山本[1993]によれば、1988~91年度に連邦預金保険関連財政支出はネット(総合)で1,565億ドルで、財政赤字の20%に相当すると言う)、金融機関の破綻処理の納税者の負担が膨大に成った事について、議会などから相当な批判がある。

[中略]

金融理論的にはいわゆるコア(中核)・バンキングないしナロウ(狭い)・バンキングと言った銀行隔離論のメンバーが多いのが、委員会の特色である。その報告書の骨子は、S&L の大量倒産の直接の引き金は「予想外の高金利」や「政府規制や検査基準の緩和」などであるが、経営悪化にも拘らず預金が集まったのは、「預金保険制度がバックにあったため」であり、その結果必要以上に問題が深刻に成ったと言う、モラル・ハザード(道徳的な危険)を強調している点にある。

[中略]

2.危機の起源と原因

SL危機には多くの要因があるが,当委員会は3つのカテゴリーに整理
した。
   ・危機発生に必然的な基礎的条件
   ・危機を促進した要因
   ・事態が起こってから損失を長引かせた要因

 〈危機の基礎的必要条件〉
              
 連邦預金保険が根本要因である。連邦預金保険が存在したので,SLは事実上補助金付きで巨額の預金を受入れ,リスキーな運用を行なうことができた。預金者は金融的損失についていかなるリスクも受けなかったのである。1980年代初期の規制緩和以前に,SLはその業務を住宅ローンに限定されていたので,ほとんど信用リスクを被ることはなかった。しかし,その後SLは金利リスクの増大に見舞われることになる。すなわち,短期の預金で長期の固定金利住宅ローンを行なっていたからである。1979~82年の金利上昇期に,SLの収益性と自己資本比率は低下した。自己資本比率の低下時に,規制当局は自己資本比率基準を引き下げ,これはSL業界の進展に寄与する効果をもったが,反面,リスクの拡大をもたらすことになった。預金保険の存在により,SLはその業務・運用の健全性・安全性と関係なく預金拡大を図ったのである。SL業界は82~85年に56%の業容拡大を遂げるかたわら,不動産開発,直接投資,金利投機を急増させた。いわゆる「モラル・ハザード」が支配的となり,SLの経営者・所有者は経営に失敗しても損を被ることはなく,事業拡大に奔走したのである。信用リスクが自己資本の充実なしに累積し,不健全な業務が一般化した。結局,クラッシュが起こり,その結果としてSL破綻となったのである。

 このことは,預金保険なしには起こり得なかったといえよう。預金保険はSL破綻の「必要条件」であった。預金保険がなければ,ハイリスクなSLは成長しえなかったはずである。預金者はリスク増大に伴い次第に高金利を要求するようになり,最後には資金を引き出したのである。

 預金保険の付保限度が4万ドルから10万ドルに引き上げられたことも、事態を悪化させた。多くのSLは旧限度のままですら事業拡大を行なっており,付保限度引き上げにもかかわらず,付保預金でリスキー業務を行なうことはそのまま維持されたからである。

 預金保険とリスキー業務の組合せによって,リスク管理に必要な市場の規律のシステムが奪われ,悲劇が生じた。SL破綻は預金保険の存在なしでは起こり得なかったのである。

 預金保険はSL破綻の原因ではないにせよ,SL破綻には必要な条件であった。預金保険はSL破綻の引き金となっており,事態の悪化をもたらしたのである。預金保険の存在がなければ事態は破綻にまで至らなかったであろうと考えられる。一方,商業銀行,相互貯蓄銀行,クレジット・ュニオンも付保預金を扱っているが,SLが陥ったような事態に陥らず,悲劇的状況は回避できている。すなわち,いかなる金融機関であっても付保預金でリスキー業務を行なう限り,納税者は将来に別の破綻が起こることを覚悟しなくてはならないことになる。このことこそ,預金保険の改革が将来の危機を回避する上での基礎である所以である。

 SLの経験は,政府付保預金でリスキーなベンチャー業務を行なう限り,政府の規制・監督が納税者の負担軽減にとって重要であることを物語っている。FIRREAによって規制・監督は改善されたが,このままでは規制当局は失敗し,誤りを犯すであろう。 リスキーな機関が政府付保勘定をオファーし続ける限り,事態を悪用するインセンティブが働くし,規制当局も手をこまねくことになるわけで,結果的に費用のかかることにしかならないのである。

 〈危機の促進要因〉

 1979~82年の空前の高金利政策というマクロ経済的ショックはSL危機の促進要因であったこと。固定金利長期住宅ローンをもつSLにとって,この時期の金利上昇は資産収入以上の預金コスト支払となった。さらに,新規住宅ローンの収益以上に追加的預金のコスト上昇があって,SLは過去には有益であった事業拡大による収益改善策が困難になった。巨額の損失が自己資本比率の悪化をもたらし,支払不能に追い込んだのである。金利リスクがSL業界を危機に追い込んだが,このマクロ経済的要因は当初のSL危機の要因であったが,その後のSL危機・破綻はマクロ経済的要因によるものではなかったのである。

 預金金利自由化と業務規制緩和により,SLの業容拡大と信用リスク・投資リスク増進がもたらされた。低(ないしゼロの)自己資本のSLでさえ,損失を出さず,リスキー・べンチャー業務で利益を得ていた。金利自由化は連邦付保預金を拡大したが,業務規制緩和による新規運用は潜在的には利益が上がるもののリスキー・ベンチャー業務を志向させたのである。その結果,商業用不動産投資などのリスキー分野への急進出となったし,加えて自己資本比率低下はリスキー分野への戦略拡大に繋がっていたのである。

 規制・監督基準の緩和も重要であったこと。監督・検査体制の後退とともに,規制基準が弱体化した。テキサス・カリフォルニアで事態は最悪であったが,連邦規制も弱体であったのである。自己資本規制は事実上存在しなかったし,新規参入が推進されたり,弱小SLがアグレッシブかつ(あるいは)不誠実な経営者によって買収されるということも起こったのである。たとえ,厳格な規制・監督基準であったとしても多くのSLがリスキーかつ犯罪的戦略を行なうことを防げなかったであろう。

 く危機を激化させ,長引かせる要因〉

 政治的システム(議会,独立規制当局,行政当局)のシステマティックな崩壊が,集団的行動を防止できなかったこと。SL業界のロビー活動が潜在的損失を軽視させ,痛みを伴う市場の力の発揮を押え込んでしまった。行政当局はSL問題を重要視せず,むしろ軽視していた。80年代半ばには,FHLBB議長と行政当局首脳との間の不信と敵対心が事態を悪化させたのである。

 SL業界の競争力低下と住宅ローンのオリジネーターかつ保有者としての市場ニッチの喪失が,危機を激化させた。経済的・テクノロジー(金融的技術革新)要因が,SLの金融仲介機関としての価値を減じてきた。住宅ローン市場と債券市場の統合は,住宅金融に特化した専門的金融仲介機関の必要性を減少させてきた。金融的技術革新は,住宅ローン債権を証券化し,市場において年金基金,ミューチュアル・ファンドなどの投資家に売却可能にした。モーゲジ・バックド証券の利用によって住宅ローンは,資本市場の一部となった。SLが住宅ローン債権を保有している必然性はなくなったのである。

 このように,SLは市場ニッチを失ったのである。住宅ローンについての以前の役割はモーゲジ会社(モーゲジ債務のオリジネートとアンダーライトを行なう)によって取って替られた。1987年にモーゲッジ・バックド証券の残高は,(非金融)企業の社債残高に匹敵する規模になっている。

 1981・86年税制改革法が不動産の「ブームと崩壊」サイクルをもたらしたこと。81年税制優遇措置は不動産投資ブームを起こしたが,86年改正で優遇措置が廃止されたため,商業用不動産ブームは崩壊した。このことが,SLに深刻な損失をもたらした。

 犯罪,危険・不健全業務,詐欺行為が,連邦・州の規制当局の知識・装備・訓練の不十分さの故に,適切に対処されなかったこと。とはいえ,詐欺行為はSL破綻の原因ではなく,むしろ甘い規制,不適切な監督の結果にすぎない。多くのSLの経営者は誘惑に負けなかったが,若干の経営者は付保預金でリスキー投資を行なうという旨味を悪用し,リスクテイキング行動,アグレッシブな利潤追求,規制のループホール探し,徹底した詐欺行為に走ったのである。犯罪行為はSLの経営者,オーナーのみならず,弁護士,会計士,鑑定人,投資銀行を巻き込み,納税者の負担を莫大なものにした。空前の詐欺が発生したが,当委員会の判断では全体の損失の10~15%規模に相当するものにすぎない。

 規制当局が会計処理を甘くして問題を隠蔽し,犯罪・詐欺行為を許したこと。1980年代初頭には,FHLBBの黙認あるいは推奨により,SLはGAAP(一般企業会計規則)を悪用した。会計的に,グッドウィルの取り扱い,将来受取の金利や手数料の経常収入としての計上方法などに問題があり,支払不能なSLを利益が計上されているように見せかけたのである。

さらに,FHLBBはGAAP悪用防止の監督当局であったが,逆にもっと粉飾に手を貨すことになるRAP(規制当局会計規則)を採用し,資産を損失充当のため売却しても,帳簿上は資産計上のままにすることを可能にしたのである。

 地域的要因(サンべルトとくにテキサスでの不動産価格暴落)が損失を増大したこと。サンベルト地帯での不動産ブーム崩壊の影響が大きく,とくに巨額の「オーバービルディング(建築過剰)」と石油価格下落に影響を受けたテキサスで顕著であり,その上テキサスの監督がルーズで不健全かつ犯罪行為も蔓延していた。

 問題の認識と規制強化の遅れが損失を拡大したこと。連邦規制当局の対応が遅れ,かつ緩やかで牛歩的対応に終始した。

 FSLIC(連邦貯蓄貸付保険公社)の再建の遅れ(不適切な支援)がコストを膨大にしたこと。ロビー活動が強力だったので,議会は1987年までFSLICの支援法案通過を遅らせた。

 議会の監視が不十分で,政治問題化したこと。

マスコミが沈黙したこと。

[中略]

<犯罪・詐欺行為>

近年、預金金融機関の犯罪・詐欺行為に関する問題が急増し、その関連の訴追事件も増大している。当委員会の預金保険と規制に対する改革策は、犯罪・詐欺行為の削減に繋がるものと思われる。

・法律・会計の専門家は、連邦付保対象金融機関の弁護士・会計士などの専門責任に対し、信任確保、ディスクロージャー(透明性)、責任確保に必要な特別のルールを開発すべきである。

・監督当局は、犯罪行為の発見・調査・記録作成に関与する弁護士、調査官、会計士などにより構成される「詐欺行為摘発組織( anti-fraud unit )」を設置すべきである。

・監視委員会は事件内容公表に付き、然るべき予算措置、権威などを有する。

・議会の委員会は預金保険提供機関に対して監督責任を持ち、GAO のデータを使用でき、規制当局に対して平衡機能を持つ。監視委員会に対して証人請求が可能である。

・マスゴミは、経済金融事情にもっと精通していれば、将来の危機を予防する様に議会に対して圧力をかけ得たはずである。ジャーナリズム専攻分野で一層の研究を行う事を通じ、何故 SL 危機をタイムリーに調査・報道出来無かったかを明らかにされたい。
http://www.seijo.ac.jp/pdf/faeco/kenkyu/126/126-muramoto.pdf

1 時価主義会計の潮流

 1980年代に始まった国際的な金融の自由化は,一方でさまざまな新しい金融商品(デリバティブ)を生み出すとともに,他方でバブルの形成と崩壊を引き起こし,わが国の経済社会に深刻な衝撃を与えている。新しい金融商品取引は価格変動リスクの重要性を浮き彫りにし,バブル経済の崩壊は信用リスクの意義を再認識させる契機になった。今日わが国の金融システムを揺るがし,政治問題と化している不良債権問題も,こうした金融上のリスクにかかわる問題として把握できよう。

 ここで会計の世界に目を向けると,これまで日本はもとより欧米各国の会計基準でも,営業活動から生じる実物資産か財務活動から生じる金融資産かを問わず,取得原価に基づく評価を原則としてきた。同様に,営業収益であれ金融収益であれ,その認識基準としては実現主義の原則がとられてきた。つまり原価評価と実現基準を基調とした会計システムがそれである。ところが最近では,アメリカのFASB基準書や国際会計基準(IAS)の動向にみられるように,金融資産を対象に時価評価の適用範囲が拡大されつつある。その背景には,1980年代以降の金融・資本市場の自由化と国際化が,金融機関だけでなく一般企業の行動様式にも大きな変革を迫っているという現実がある。金融取引にともなうリスク(とくに市場リスクと信用リスク)への対応の必要性が,時価情報への期待を高めているわけである。こうして時価評価の拡張という時代の潮流が,いやおうなく原価評価・実現基準の再検討を迫っている。

 この問題を考察するとき,これまでもさまざまな面で世界の会計をリードしてきたアメリカの経験が,やはり貴重な教材を与えてくれる。アメリカにおける時価主義会計の導入をめぐる議論の背景には,近年における金融機関の経営危機と金融規制の新たな展開があるといわれている。とりわけ1980年代における貯蓄金融機関(S&L)の崩壊とそれにともなう預金保険システムの危機は,従来の原価主義会計の信頼性を失墜させ,これに代替する時価評価導入の大きな動因の一つとなった。しかもS&Lの崩壊に端を発した銀行会計規制の再構築は,金融投資の測定と開示のための一般目的会計基準(GAAP)を形成する動きに重大な契機を与えることになったのである。

2 アメリカの金融危機
(1)金融自由化のもとでの資金の移動


1980年代にアメリカの銀行を襲った深刻な不況は,金融の自由化と深くかかわっている。大恐慌後のアメリカでは,1933年銀行法(グラス・スティーガル法)の定めるレギュレーションQによって,預金金利の上限規制が実施されてきた。過当な預金獲得競争を防止して,銀行経営の健全性を維持するためである。しかし,この金利規制は1960年代後半になると,円滑に機能しなくなり,次第に市場金利が上限金利を上回るケースが目立ってきた。

 とりわけ1970年代末から80年代はじめの年率2けたに及ぶインフレを背景に,証券会社によって市場金利連動型投資信託(MMF)が開発されると,銀行の預金は急激に証券会社に流出していった。この証券会社の高金利商品に対抗するために,商業銀行と貯蓄金融機関に市場金利連動型定期預金(MMC)や短期市場金利預金(MMDA)の取扱いが認められ,ここにアメリカの預金金利は完全に自由化されたのである。ただ,S&Lなどの弱小金融機関は,金融自由化がもたらした資金の大規模な移動のなかで揺さぶられ,その経営は著しく不安定となっていった(宮崎1992:32-40頁)。(注1)

(2)S&L危機
http://www.jbaudit.go.jp/effort/study/mag/14-3.html

担保(モーゲージ)に後ろ盾された有価証券(不動産担保貸付け)詐欺と銀行救済詐欺
http://songcatcher.blog.fc2.com/blog-entry-1014.html

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