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テイタム・クロニクル: エピローグ(追記=Read more)

テイタム・クロニクル: エピローグ
http://whatreallyhappened.com/RANCHO/POLITICS/MENA/TATUM/tatum.html


6か月後に、ビル・クーパーとバズ・ソーヤーは、ニカラグアにおいて撃墜され死亡しました。彼等のキッカー(?) - ユージーン・ハセンフスは、サンディニスタ達によって捕えられました。クーパーとソーヤーが死んだ3か月後、1985年3月30日に、ノース氏によって預言された様に、バリー・シールは、ルイジアナのハーフ-ウェイ・ハウスで殺害されました。

1986年3月に、私はオリヴァー・ノース中佐からの連絡を受け、ペガサスとコードネームされた特別作戦のグループへと、強制的に参加させられました。私は、米国大統領のために、直接働くのだと伝えられました。私は、1986年4月に、43,394.40ドル支払われ、医療的な退役を与えられました。私は、1986年5月に、新たな任務へと報告しました。

それに続いた数年間、私はブッシュ氏によって、1988年のモサドのエージェント、1989年のある一人の発展途上国の大統領、そして1991年の中央アメリカにおける、革命的な勢力の指導者の、中性化(暗殺)を命令されました。

アミ・ニルは、1988年に死亡しました。

グスタヴォ・アルヴェレス将軍は、1989年に死亡しました。

コントラの指導者で、コカイン生産所の監督だった、エンリケ・ベルムーデスは、1991年に死亡しました。

1992年に、私は一人のアメリカ人を中性化する事を命じられました。私は拒否しました。私はその日、ブラック・オペレーションの部隊を離れる決心をしました。私がコルビー氏に、私の決断を伝えた時、彼は私に、唯で辞められると思うなと言いました。私は彼に、去った者達の運命を私は理解していると伝えました。その理由のために、私は私の活動をフィルムに収め、録音し、書類のコピーを取っていて、それらの全てを私はずっと収集していました。私はフィルムと録音テープが、私の安全を確保するために、世界中の戦略的な(安全な)場所に隠されている事を伝えました。

私は、私の言葉を守りました。長い間私は、私の上司達の違法的な活動の、私の知識に関する沈黙を守って来ました。ですが、私がブラック・オペレーション・グループから「引退」した2年後、私は、コルビー氏とロドリゲス氏に接触され、私の書類を渡さなければ「どうなるか」と警告されました。

今、私の書類を渡す事は結末を意味する事を、私は知っています。長年に渡る私の忠誠は裏切られました。選択肢も無く、私は長年収集してきた書類の位置を公表する事を選びました。ですから、1994年に、私は、ホンジュラスの士官の所有にあった、元々の飛行計画書を探し始めました。

記録(このクロニクル)に含まれた全ての飛行計画書と説明のページは、ホンジュラス政府の役人によって供給されました。1985年にその役人は、その書類の示唆に気付いていて、安全保管のためにその飛行計画書と説明のページを確保しました。私はオリジナルの書類を、1994年に捜し始めました。1995年の初めに、私はその書類を所有していると主張する、ホンジュラスの役人によって連絡されました。彼の命の安全を恐れたために、その役人は、ホンジュラスにおける待ち合わせをアレンジする様に求めました。1995年4月25日、私達(テイタムと彼の妻)は秘密裡に、ホンジュラスのサン・ペドロ・スラで会い、其処で彼はそのオリジナルの公式なコピーを提供しました。コカインの産出と密輸に直接拘わったブッシュ氏クリントン氏、ノース氏、ロドリゲス氏、そしてその他の起訴を求めるために、司法によって必要とされるまで、彼が、元々の書類を預かる事が同意されました。

ホンジュラスにいる間、私達は知られていた米国のエージェントに後をつけられていました。幸運にも、私は直ぐに彼を探知し、私達の会合が邪魔され無い様にし、ホンジュラスの役人の正体を守る事も出来ました。私達が書類と共にマイアミに戻ると、私達の車は車上荒らしされ、その中にはその他のものと一緒に、コロラド・スプリングに止めてあった私達の車の鍵を含む、ブリーフケースが盗まれました。その書類は、しかしながら、そのブリーフケースの中にはありませんでした。それらは、私の体に、テープで貼られていました。私の妻が、彼女の鍵のセットを持っていたので、私達は幸運でした。私達が米国に戻って2週間後、私と妻は、FBI によって拘置されました。私達の家の物は、連邦のエージェント達によって没収され家宅捜査されました。彼等は、探していた書類を見つけられませんでした。その後、私は逮捕され、保釈金無しで拘束されました。保釈金無しのために与えられた FBI の理由は、私が最近、海外に旅したためと言う事でした。私は、故に、逃亡の恐れがあるとされました。私の妻、ナンシーには、FBI によって服と車の鍵が返還されました。彼女は、出所して、戻って来るなと伝えられました。ナンシーに返された鍵のセットが、2週間前にマイアミで、ブリーフケースと共に盗まれたものと同じだったのは、興味深い事でした。

1996年2月、2人のシークレット・サービスのエージェント達が、フロリダのタンパで囚われていた私の下を訪れ、長年を通して、私達の安全のために、私が準備した書類をもし私が渡さなかったなら、私は国家反逆罪で有罪とされ、処刑されるか、一生刑務所で過ごすかのどちらかだと警告されました。1週間後、とても奇妙な状況の下で、私が米国保安局に囚われている主な罪は、国家反逆罪に成りました。

タンパ・トリビューン紙のレイ・ロッカー(813-259-7915)が、デーヴィッド・サマー、タンパ・トリビューン紙、電話番号813-259-7600から受け継ぐ。

1996年5月4日

郡の刑務所の囚人は、奇妙な国家反逆罪の罪に問われている

デーヴィッド・サマー著、トリビューンのスタッフ記者、タンパ - ドイス・ジーン・テイタムは、国家反逆罪の罪で、ヒルスボロ郡の刑務所の中で座っているが、何故なのかはを誰も知らない様です。

テイタム、45歳は、彼の自論を持っていると言います。詐欺の罪の裁判を待つ間、彼がカンボジアへの秘密裡の「片道の任務」に送られると言われた、ヴェトナムにおける戦争捕虜の体験についての本を書いていました。

ですがその本は、CIA のブラック・オペレーションにおけるエージェントとしての後の働きには触れないと、モーガン通りの刑務所からの電話インタヴューの中でテイタムは述べました。多分、誰かが、物事がそのままで留まっておく事を確かにするように試みているのだろうと、彼は言います。

刑務所の役人達は、テイタムが、米国保安局の要請によって、国家反逆罪で囚われていると言います。その様な起訴は高度に異例です。彼等は、テイタムが、連邦に対する詐欺の罪で囚われているのでは無いと述べましたが、その(詐欺罪の)裁判の陪審員の選択は、月曜日に米国地区判事、ヘンリー・リー・アダムス・ジュニアの前で開始される予定です。

テイタムと、法廷の記録によって彼の恋人で、ナンシー・フリラヴの別名を持つとされる、共同被告人、ナンシー・ジェーン・テイタム(妻)は、ドイス・テイタムが、政府に差し押さえられたハドソン・ゴルフ・コースを運営していた際に、82,000ドルの連邦のお金を横領した罪に問われています。

タンパの連邦囚人達を監督する、デーヴィッド・ジェイコブス米国副保安官は、彼の記録によると、テイタムは、唯一詐欺の件について囚われの身にある事を示すと言いました。

「彼のファイルには、国家反逆罪に関連したものは、全く何も無い、」とジェイコブスは述べました。

連邦の検察はその罪について何も知らない、とアシスタント米国弁護士(検察官)、ギャリー・モンティラは言いました。

「CIA の連中は、一般的にはその他の種の諜報工作の罪に問われます、」とその検察官は述べました。「私の考えでは、それは手違いか、何らかの気味の悪いジョークです。」
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退役軍人真実ラジオ:ウェブ・ライブ(2015.06.01)
ステュー・ウェブ/スコット・ベネット/ジーン・チップ・テイタム
http://cast9.directhostingcenter.com:2197/ondemand/bliseyck/Stew%20Webb%20Raw/601_Stew_Webb_Raw_Bennet_Tatum.mp3


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