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テイタム・クロニクル: 1985年3月15日(追記=Read more)

テイタム・クロニクル
1985年3月15日

http://whatreallyhappened.com/RANCHO/POLITICS/MENA/TATUM/tatum.html


私はテグチガルパにある、米国大使館に呼び出されました。頭部負傷の患者のために、私は時間内に行く事が出来ませんでした。その国内での夜間の飛行は禁止されていました。それ(夜間飛行)は、生死の問題を必要としました。その他の医療救出の飛行機(ヘリコプター)の主任パイロット( PIC )、ヒバード氏が、夕方遅くに患者と共に到着しました。JTF-Bravo の病院は、脳の怪我の治療を供給出来ませんでした。彼等はその夜に、脳外科医がテグチガルパ( TNT )に送られる様に手配しました。私はヒバード氏の副操縦士に入れ替わり、その首都への夜間飛行を飛びました。私達がテグチガルパに接近した時、その街の光は消されていました。これは、予想された様に、私達の夜間飛行が、ホンジュラスの軍部に伝えられていない事を示唆しました。私達がテグチガルパの消灯管制を見た時、私達は夜間低空飛行に下降し、私達の全てのポジション・ライトを消しました。私達は、約60ノットでその街に向かい続けました。私達の下部の観測は、私達が、丁度、その空港の南東に位置した事を明かしました。何度となくその空港に飛んだ事が有ったので、私はその空港の周りの対空砲の位置に気付いていました。唯一クリアなエリアは、主要なターミナルでした。私達は、その街の上空で、空港ターミナルの北に移動し、主要なターミナルの上に入り、その後、地面レベルまで下降し、米軍エリアの滑走路の、約1フット上を飛びました。ホンジュラス軍のジープが、50口径の銃を私達に向けながら到着した時、私達はヘリのエンジンを切りました。米国大使館からの救急車と一台の車は、アルヴェレス将軍が捕虜(私達)を捕えるために到着するまで差し押さえられました。彼が到着した時、彼はもう一人の士官に、どの様にしたらヘリコプターが、空港と主要な軍事基地の周りに侵入出来るのかを尋ねました。私達は未だ、私達の飛行ヘルメットを被ったまま、ヘリの中で座っていました。私達が降りる事を命じられた時、私はヘルメットを脱ぎ、その将軍に敬礼しました。私は、その日の朝に、米軍のトラックに轢かれた子供を指差しました。救急車が到着し、私達はその患者を輸送しました。

その将軍は、私達を解放し、大使館へと随行しました。私が大使館に着いた時、私はウイリアム・バー、マイク・ハラリ、そしてバディー・ヤングに紹介されました。私は、その1年前に、アーカンソーのリトル・ロックで、ヤング氏とは会っていました。バー氏は、近々訪問する、ブッシュ副大統領の使者(密使)として、彼自身を紹介しました。これは、ブッシュ副大統領のための会合を設定するためにデザインされた事前交渉のグループでした。私達はカクテル・パーティーに呼ばれ、その後、地元のホテルで部屋が用意されました。私はその後、地元のドイツ料理店で、バー氏、ヤング氏、そしてハラリ氏に加わる様に求められました。私は大使館の車によって拾われました。私が乗り込んだ時、車内には、フェリックス・ロドリゲス少佐がいました。私達は、その他の面々と夕食を取り、そしてホテルにおいて会合を続けました。私はヤング氏とハラリ氏が、翌朝、私と共にパルメロラに戻る事が伝えられました。

次の日の朝、私達は、1985年3月16日付の、防衛省飛行計画書のアイテム19のリマーク・セクションにリストされた乗客達と共に出発しました。

以下は、パルメロラ空軍基地への飛行の間に、ハラリ氏とヤング氏の間で行われた会話です。その乗客達は、ヘリの騒音のために、ヘッドセットを被っていて、ヘリの機内通信システムの上で話していました。機長として、私は、私達の機内通話を一貫してモニターしていました。私は、私達の乗客達に、私が会話を聴いている事も、録音している事も助言しませんでした。

バディー(クリントンの警護主任):「アーカンソーは、武器の分野において、何でも揃える能力があり - そしてもし、私達が持っていないなら - 私達はそれを入手出来るんです!」

マイク(イスラエル/モサド):「政府規制はどうなの?」

バディー:「政府はそれを知っていて、そしてもし フェッズ( FBI などの連邦捜査官達)が小うるさく成れば - 私達はそれを知らされ、そして電話をかるんです。そうすれば、彼等は自粛させられます。」彼は周りの田舎風景を見まわしながら、こう続けました、「全く、この様な便器(糞の穴)のために、一体誰が戦いたいと言うのだろう?」

マイク:畏怖の中で彼の首を横に振りながら、こう答えました、「私達が行う事は、一国の誠実さを保つ事には全く関係が無く - 唯のビジネスで、そして発展途上国の国々は、国境を破り拡張する事が、彼等の宿命として見ているんです。私達がこの考え方を更に産出出来れば - 私達の儲けはより増るのです。私達は訓練し、武装させ -それが私達の仕事です。そして、結果的に、私達は銃のための代金よりも、遥かに価値のある商品(麻薬)を手に入れます。私達は商品で支払われるんです。」

バディー:未だに混乱している様に見えました。

マイク:「いいですか - 銃一丁と3,000発の弾丸は、1,200ドルです。1キロの商品は、大体、1,000ドルです。私達は、コントラ達に、1キロ毎に、1,500ドルのクレディットを与えます。それは1キロのコカインに対して好い値です。それは、アメリカの K-マートの特売みたいなもので - 4品お買い上げで、もれなく1品無料追加みたいなものです。私達の側は - 私達は1キロに対して1,200ドル支払い、そしてそれを12,000ドルから15,000ドルで売りさばきます。それは利益の中心でしょう。そしてその市場は、武器よりも、その商品の方が遥かに大きいんです。それは利口なビジネス感覚で - 解りますか?」

バディー:「くそ!じゃあ、貴方の仲間達は、麻薬のために武器を供給するために、戦争と革命を推進して - 私達は、交換のための数字記載されていない部分を供給し、そして私達は全員が得をするのか。くそ、何て美味しいんだ!」

マイク:「機能している時、それは良好なんですが - 誰かが、どう言いましょうか、貯金箱に手を突っ込んでいます。」

バディー:自衛的に反応しながら、「まあ、私達は(売り上げの)上から直接10%取るから、それは十分です。GOFUS はそれを長く有効活用出来ます。」

マイク:「 GOFUS とは誰?」

バディー:「クリントン知事です!それが彼のための、私達のあだ名なんです。米国の大統領のために、大統領を「 POTUS 」と呼ぶのを貴方も知っているでしょう?それで、私達はクリントンを、米国の知事と言う意味で「 GOFUS 」と呼ぶんです。何であれ、彼はそう考えています。」

マイク:「それが、アメリカにおける、貴方達の問題です。貴方は、貴方の選挙で選ばれた役人(政治家)達に敬意を持っていません。彼等は貴方が思ったよりも力を持っていて、そして至る処に耳を持っています。貴方は私の言葉を心に留め、貴方の指導者達に忠誠するべきです。特に、私の様な人に話す時は。貴方の発言は弱さを示唆し - 私達の諜報工作の分析者達が探しているものです。」

バディー:「まあ、いいんだよ、マイク。クリントンがホワイト・ハウスを目指していて、そのためには何でもする事は誰でも知っている事だから。他の誰かでは無く、私が此処にいるのはそのためなんです。私達はコカインの事も知っているし - 全くです!私は以前にも、彼(クリントン)が心配していた時にラサターと共に、リトル・ロック空軍基地まで、それを受取りに行きました。」

会話の新たな一筋が始まりました。ハラリはヤングに、誰が「プレーヤー」なのかの知識について尋ねました。彼はリストを上げました。彼は、「ボス - クリントン」から始めました。以下は、ヤングによる、プレーヤーのまとめです。

バディー:「クリントンは - 彼が監督者だと考えますが、彼は、ケイシーが許す範囲でのみの行動してます。私と私の部下達は - 夜間飛行についての不平などの - 物事に蓋を保ち - アーカンソーの人々はプライベートな人達なので - 彼等は多くの騒音などを好まず、そしてメナは活動のために好都合な場所ではありません。それは私達を、シュレッダーの前で忙しくさせ - 私が意味する事を、貴方も解るでしょう。メインな人、ダン(ラサター)は - マネーと共に彼は魔法を行い - 彼と、ジャック・スティーヴンズの間において、私達は少しも心配はありません。それから、私達にはパークスがいて - もし問題があれば - 彼の仕事です。私達は彼をアーチャーと呼び - それはケイシーとコルビー( CIA )が、私達にその地位をそう呼べと言ったコードネームです。フィニスは国外の、私達のドロップ・ゾーンです。ナッシュは - 彼は唯の、ボスの「イエス」マンです。個人的に、私は彼が過ちだと思います!シールと彼の部下達は - 私は彼の態度「運転は私達に任せろ!」はお気に入りです、」と彼は述べ、シールの良き OB のことわざを引用しました。

マイク:「貴方はシールに好意的なの?」

バディー:「勿論!彼は私が信頼する唯一の人で - 尊敬がその言葉です。」

マイク:「貴方は頻繁に、彼に会うの?」

バディー:「ああ、勿論。私達はクリントンの乗り物(女性達)を送り込む前に試験運転します、知ってるでしょう?(彼は笑い、彼の腰を前後に振りました。)ねえ - 1週間にどれだけのコカインが造ることが出来ると貴方は思いますか?」

マイク:「あるキャンプは、1週間に400キロ産出出来ます。その他は、大体、その半分です。ですがそれは、此処における私達の活動に限ってです。私達は世界の様々な地域からの源泉を持っています。何故、尋ねるのですか?」

バディー:「え?いや、知事が私達の(生産)能力を知りたがっていたので。

マイク:「そのチームには、その他に誰がいるの?」

バディー:「まあ、どうでしょう、私は貴方に誰を伝えたのか、忘れてしまいました。」

マイクは記憶から、リストを言い直しました。

バディー:「OK 、生産者達がいて - まあ、その2人は・・・」

テープが止まりました。

私はそれらの名前を認識しませんでした。そのテープが終わった直後に、私の(タイプライターの)キーボードの上の紙が無く成りました。ジョンソン&ジョンソンの様な名前でした。その飛行は続き、そしてその大体において人々についての会話も続きました。私達は着陸し、そして私はオペレーションズに行き、私が電話を通して提出した飛行計画書の裏にメモを記述しました。

1985年3月16日の飛行計画書
1 Graph11

1985年3月16日の飛行計画書(裏)
2 Graph11b

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BCCI Bank of Credit and Commerce International Frauds Timeline
国際クレジット&商業銀行(BCCI)詐欺の時系列
http://www.stewwebb.com/2015/01/05/bcci-bank-of-credit-and-commerce-international-frauds-timeline/


By Stew Webb
ステュー・ウェブ著

5つの(メキシコ)湾岸カルテルのために麻薬マネーを洗濯した、デンバー組織犯罪のマネーの洗濯屋レオナード・ミルマンと「 AIPAC ( the American Israel Political Action Committee/エイパック)」の代表、ラリー・マイゼルの私の調査の間に、ダン・ラサターは、ラサター&Co. を通して、デンバーとの媒体で、有名なホワイト・ウォーター開発に関連していました。ラサターは1986年に、コカインの罪で連邦によって30か月の禁固刑が与えられました。彼は、当時の知事、クリントンの基金調達者で、クリントンの兄弟、ロジャーを雇っていました。1990年、クリントン知事は、ラサターに条件付きの特赦を与え、それは彼(ラスター)が、狩猟免許を得る事を許しました。

AIPAC
http://songcatcher.blog.fc2.com/blog-entry-285.html


アメリカの議員は、アメリカよりもイスラエルを第一にするという、AIPAC との誓いに署名しなければ、次の選挙において、対抗馬を立てられ、メディアの持つ全ての力でネガキャンされます。
- シンシア・マッキニー(元米国議員)


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