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聖書の中に『神』はいない

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There in No God in the Bible
聖書の中に『神』はいない

http://www.vigli.org/Biglino/Mauro_Biglino.pdf

著者

マウロ・ビリーノ(Mauro Biglino)は宗教的な歴史のイタリア人の学者で、彼はイタリアにおいて5冊の本を出版し、その内の2冊は、シュツットガルトのヘブライ語の聖書からの、文字通りの方法における一字一句の、旧約聖書の元々のヘブライ語の文章の研究と再翻訳に集中しました。

シュツットガルトのヘブライ語の聖書は、マソレティック(マソラに関する)文献の最初の印刷された普及版で、ローマ・カトリック教会のための聖書、キリスト教プロテスタント派教会の聖書 - ジェームズ王版 - そしてユダヤ教のトーラ(旧約聖書の最初の5冊)の参考の元々の文献である、西暦1008年のレニングラード・コーデックスから由来します。

ビリーノ氏の著書は、旧約聖書の元々のヘブライ語の文章に集中し、「Il Libro che cambierà per sempre le nostre idee sulla Bibbia」と「Il Dio Alieno della Bibbia」と題されています。

それらの2冊の著書を書く以前に、マウロ・ビリーノは、聖書の元々のマソレティックの文献からの古代ヘブライ語の翻訳者として、ヴァチカンの主要な出版社である、エディツィオーニ・サン・パオロ(聖者パオロ出版)社のために、10年間務めました。

ビリーノ氏は、シュツットガルトのヘブライ語の聖書の古代ヘブライ語の文章から、聖書の19冊の本を、そのヴァチカンの出版社のために翻訳しました。

12冊の本は、聖者パオロ出版によって「I Profeti Minori」の本の中で出版され、5冊は「Cinque Meghillot」の中に出版されました。

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聖書についての彼の研究との関係において、ビリーノ氏は、イタリアの国営テレビと幾つものラジオ局においてインタヴューされました。彼はイタリア全体を通した会議や集会の代表的な発言者です。

Paradigm Unhinged 9/26/12 Mauro Biglino PART 1 (FULL RADIO SHOW)
ちょうつがいが外された体系、2012年9月26日 マウロ・ビリーノ パート1(ラジオ番組全般)


メモ
「聖者パオロ出版社」が、ヴァチカンの主要な出版社であると記述する事において私達は、「聖者パオロ出版社」が、ヴァチカンによって金融的に所有されている事を意味しません。

私達が意味するのは、「聖者パオロ出版社」」が、イタリアにおける主要なキリスト教カトリック派の出版社で、それがカトリックの枢機卿達と司教達によって書かれた本の主要な出版社で、そしてイタリアにおけるカトリックのコミュニティーのための宗教的、そして神学的な本の主要な出版社だと言う事です。

その研究内容

マウロ・ビリーノの研究は、先入観を共にせず、あらゆる神学的な教義、または偏見が無く、理性的で理論的な通り道に続き、一字一句の、文字通りの方法において、旧約聖書の元々のヘブライ語の文献の上に集中されます。

その研究の目的は、元々の聖書的な文章に、本当に何が記述されているのかを確認する事です。

聖書の元々のマソレティックの文献についての調査と研究は、幾つもの驚きの発見へと、ビリーノ氏を導きました。

1.- 人の起源

マウロ・ビリーノは、創世記の本の中の、聖書の元々のヘブライ語の文章において - エロヒム(Elohim)と呼ばれた - 個人達のグループが、彼等自身の DNA (遺伝子)と、地球上に既に存在していた霊長類の遺伝子をかけ合わせる事による、遺伝子的な技術開発の介入と共に、人を創造したと書かれている事を発見しました。

聖書の中には遺伝子に言及する特定の単語さえあり、そしてこれはヘブライ語の単語、tselem (ツェレム) です。ビリーノ氏は、創世記(1:26)の有名な節の正しい翻訳が以下であると発見しました:

"And the Elohim (plural) said: "Let us make man in our likeness, using that thing that contains our image".
「そしてエロヒム(複数形)はこう述べました:『私達は、私達のイメージ(姿/形)を含むものを使って、私達の容姿において人を造りましょう。』」

その「私達のイメージを含むもの」が tselem で、それが意味するのは「それから、それが切り取られた、そのイメージを含む何らかの素材」です。

「ブラウン-ドライヴァー-ブリッグスのヘブライ語と英語の語彙目録と、ヘブライ語とアラマイック語の聖書的な辞書は、「tselem」םלֶצֶ֫ の定義の下で、以下の定義を記述します:«something cut off».<<切り取られた何か>>。

「切り取られる」事が出来て、抽出される事が可能で、誰かの「イメージ」を含む「何か」とは、何なのでしょう?

私達の現代の時代(の知識)において、直ぐに頭に浮かぶ一つの事は:DNA です。

エロヒムと言う単語は、現代のキリスト教の聖書の中で、「神」と言う単語と共に翻訳されています。

ですがそれが間違った翻訳なのは、何故ならエロヒムが複数形の単語で、強力ですが全能では無く、そして正しくスピリット(霊/非-肉体的)でも、超越的でも無い、肉と骨の個人達のグループを示唆するためです。

旧約聖書の元々のヘブライ語の文章の中において書かれた事は、4000年以上前に年代鑑定されている、(聖書の起源よりも以前の)シュメールの粘土板の中に記述されている事と、驚きの類似性を有しています。

基本的に、旧約聖書の元々のマソレティックの文献と、古代シュメールの粘土板は、同じ出来事を伝えています。

そのシュメールの粘土板は更により詳細です。

ビリーノ氏は、2つの近代的な発見が、聖書のマソレティックの文献を完全に証明すると発見しました:

A.
ミトコンドリア DNA についての科学的な研究は - 全ての人間達の母である - 「最初の母親」が、250,000年 – 150,000年前に、地球上に生きていたと言う結論をもたらしました。

B.
更に加えて、類人猿達と猿達(そしてネアンデルタール人)の24個のクロモサム(染色体)の対と、ホモ・サピエンス(現人)の23種のクロモサムの対の間の、頻繁に見過ごされた変化は、ある特定の時間的な時点において、高度に先進的な遺伝子の技術開発が起こった事を示唆します。

クロモサムの24種から23種の対へのこの変化が、自発的に起こる事が出来たと言うのは不可能です。

C.
類人猿と現人の間の「消失しているリンク」は、何十年もの研究の後、未だに発見されていません。

それらの全ての要素:ミトコンドリア DNA、24種から23種のクロモサムの対への変化、類人猿と現人の間の繋がりの不在、そしてシュメールの粘土板の上の記述は、「人の起源」についての聖書の逸話を完全に確認し - そして聖書は、人の起源について、(全知全能の神による)「創造論主義者」のヴァージョンを、全く伝えません。

人の起源についてビリーノ氏が発見した事は、キリスト教徒達に信じられた「創造論主義」と、ダーウィンの進化論の両方を危機へと至らせます。

彼の著書の中でビリーノ氏は、「第三の道」 - 「介入論」が - 人の起源の説明に対して、真剣に考えられるべきであると提案します。

2.全能で、全知の、スピリット的な神

ローマ・カトリック教会とプロテスタントの教会は以下の特徴を「神」へと帰属させます:

・「神」は - 無限の力を有し - 全能である

・「神」は - 無限の知識を有し - 全知である

・「神」は - 全ての場所に存在し - 偏在である

・「神」は - 完璧な善であり - 全良である

・「神」は - 永遠に生き - 永続である

・「神」は - 超越的な存在で - スピリット的である

太古のヘブライ語のマソレティックの文献の、彼の詳細な分析において、ビリーノ氏は、何らかの全能、全知、そして永遠の神について、聖書の中で何処にも語られていない事を発見しました。

聖書は、エロヒムと呼ばれた肉と骨の個人達のグループを語ります。エロヒムと言う単語は、カトリックの聖書とジェームズ王(プロテスタント)版の両方の中で「神」として翻訳されています。

それは間違った翻訳です。

3.エロヒム

エロヒム(El / エルの複数形)は「神」では無く、肉と骨(i.e. 生身)の個人達のグループでした。彼等が肉と骨の個人達だった事は、聖書の元々のヘブライ語のマソレティックの文献の中で絶対的な鮮明さと共に記述されています。

エロヒムの意味は「輝ける者達」、「崇高にされた(尊敬された)者達」、または「強力な者達」です。

エロヒムは確かに強力でしたが全能では無く、彼等は先進的で科学的な知識と科学技術を持っていましたが全知では無く、彼等は人間と比較されると延長された寿命(長寿)を有していましたが、不死でも永遠でもありませんでした。

もし「神」が、スピリット的で、超越的で、全能で、全知で、全良で、永遠で、そして不死の存在として考えられるなら、聖書の元々のヘブライ語のマソレティックの文献の中に、あらゆるその様な存在の軌跡はありません。

4.ヤーウェイ(エホヴァ)は「神」では無い

ビリーノ氏の発見は、ヤーウェイが、エロヒムと呼ばれた肉と骨の個人達のこのグループの、単なる一員でしか無い事を明かします。

旧約聖書の中で、そのヤーウェイが、彼自身、肉と骨の個人であると鮮明に成ります。

そしてヤーウェイは、最も有力なエロヒムでさえ、ありませんでした。

対照的に彼は、エロヒムの中で、それ程重要では無く、有力でも無い者でした。

ヤーウェイは不毛の土地を与えられ、そして当時、殆ど居なかった人達を支配する様にされ:彼(ヤーウェイ/エホヴァ)は敵国と土地を侵略(戦争)するために、彼等(まばらな人達)とそれ(領土)を形成しなければなりませんでした。

モーゼス(モーセ)の時代の時(紀元前1400年頃)にでさえ、その人々の言語 - ヘブライ語は - 存在しておらず:ヘブライ語はその四世紀後の、デーヴィッド王の時代において形成された言語でした。

申命記(32:8)には、エロヒム(エル達)の最高位で、その指導者(または執行部)のエリオン(Elyon)が - エロヒムの間の土地(領土)の分割を決定したと記述されています。

そのエリオン(The Elyon)は、ヤーウェイに対して:

砂漠の土地、そして荒野の獣の吠える荒地」(申命記、32:9-10)の人々を分け与えました。

ヤーウェイは、あらゆる価値、または関心が欠如している地域における、砂漠の土地のまばらな、重要では無い人達の管理を任命されました。

聖書(創世記10:25)は、エロヒムの間の土地の分割が、セム(ノアの息子)の曾孫、エベル(Eber)の息子だった、ペレグの時代に起こったと伝えます。

正確な日付を与える事は簡単では無い間、私達は、紀元前3000年から紀元前2500年までの、およその日付を予測する事が出来ます。

歴史から私達は、その当時、(古代)エジプト、シュメール、そしてインダスと言った、とても発達した文明が存在していた事を知っています。ヤーウェイは、それらのとても発達した文明と肥沃な土地(一等地)と人々を分割されたのでは無く、彼は砂漠と不毛な土地、そしてまばらで、重要では無い人々を分割されました。

これは明らかに、ヤーウェイ(エホヴァ)が、エロヒムの中で、上級では無く、それ程力が無かった(下級だった)事の証明です。

5.「神」でさえ死ぬ

聖書の元々のヘブライ語のマソレティックの文献の中で、エロヒムでさえ死ぬと、はっきりとした言葉で記述されています。(詩篇82、83

(エロヒムは、現代のカトリックとプロテスタントの聖書の中で「神」として翻訳されています)。

6.「天使達」

「天使(Angel)」と言う用語は、ギリシャ語の「Aggelos」から由来し、それは「メッセンジャー、使者」を意味します。それ自体において、そのギリシャ語の単語「Aggelos」は元々、スピリット的な意味を何も持っていませんでした。

神学者達と教会の神父達は、「天使達」は肉体を共にしないスピリット的な存在で、必要な時にだけ目に見える容姿を取り、彼等は神と人間達の間の仲介の役割を持っていると主張します。神学者達は「神」が、人間達を罰する、または助ける任務を「天使達」に与えると記述しました。

聖書の元々の文章の中で - 「天使達」として翻訳された - マラキム(the Malakhim)は、エロヒムと同様に、肉と骨の個人達として鮮明に描写され:聖書の中でマラキムは食べて、飲み、彼等は疲れ、彼等は汗をかき、彼等は汚れ、そして彼等自身を洗う必要さえあると記述されています。

これは、2人のマラキムとヤーウェイが、アブラハムに会う節[創世記18]、ソドムの破壊の直前における、その同じ2人のマラキムとロットとの、ソドムにおける出会い[創世記19]、トビット(Tobit)書、ザッカライア書、そしてより多くの聖書的な節の中で鮮明な言葉において記述されています。

マラキムと言う言葉の意味は - エロヒムの秩序(階級)の - 「守護者達」、「観測者達」、「使者達」です。

聖書のマラキムは、古代シュメールの粘土板のイギギと、強い相関性を持っています。彼等はその同じ機能(役割)を有し:イギギもまた「守護者達」、「観測者達」、「使者達」でした。

何故、聖書の翻訳者達はその文章を歪め、マラキムに対する、存在していないスピリット的な特徴を造り上げたのでしょうか?

聖書の翻訳者達と神学者達には、一神教的でスピリット的な、そして超越的な「神」のヴァージョンと一貫する様に、「天使達」を描写する必要性を有していたのでしょうか?

彼等が、物理的で、肉と骨のエロヒムと共に(捏造)した様に?

7.ヘブライ語

上述された様に、モーゼスの時代においてヘブライ語は存在しておらず、そしてモーゼスはヘブライ語では無く、その他の何らかの言語において語っていました。ヘブライ語はモーゼスの4世紀後の、デーヴィッド王の時代に存在へと至りました。

8.十戒

ヤーウェイによってモーゼスに与えられた契約の真の「十戒」は、カトリックのヒエラルキー(縦型秩序)と、キリスト教のプロテスタントの教会によって伝えられてきたものとは、全く異なっていました。

ヤーウェイと(古代)イスラエルの人々の間の契約の十戒は、あらゆるスピリット的、またはあらゆる道徳的、もしくは道義的なものとは全く関係が無く:それらは社会的な秩序と衛生的な管理(清潔さ)を保つためのルールでした。その十戒は、(古代)イスラエルの人々を、ヤーウェイと呼ばれた、嫉妬深く、非道な支配者の親指の下に保つ事が目的とされました。

ヤーウェイとイスラエルの人々の間の契約には、とても実用的な土台がありました。それは、一方で強者である - ヤーウェイ側と - もう一方で弱者である - イスラエルの人々である - 2つの集団の間のルールを確立する契約でした。

ヤーウェイは、宗教を創造する事を望みませんでした。

ヤーウェイの目的は、定住する場所を侵略する事における助けのための交換において、彼に奉仕した人々との契約を確立する事でした。

キリスト教の創立者達は、本当の十戒の真の意味を、意図的に歪め、改竄しました。

キリスト教の設立者達は、ヤーウェイの目的を隠し、彼等自身の目的と入れ替え、それは宗教を創造する事でした。

そして更に・・・

具体性でした。

聖書の元々のマソレティックの文献の研究の進行の全体において、一貫的な要素が台頭しました。

そしてこの一貫的な要素は、具体性です。

創世記、出エジプト記、民数記、申命記、ザッカライアの書の中には、具体性があります。

詳細に、そして正確性と共に、私達がその元々の文献を調べ、検証したあらゆる処で、私達は具体性を発見しました。

エロヒム(エル達)とヤーウェイ(エホヴァ)は、肉と骨の個人達で、天使達 - マラキム(イギギ達)は - 肉と骨の個人達で、「祝福(blessing)」には具体的で、とても素材的な意味があり - 現代のキリスト教の聖書において「神の栄光」として翻訳されている – the kevod でさえ、ヤーウェイによって日常的に使用されたとても具体的で、素材的な機械を意味します。

私達は、聖書の中で、何らかの「スピリット的な」ものの形跡を、全く見つけられません。

今日の旧約聖書の中で私達が読む、スピリット的な意味の全ては、唯の神学的な構築(改竄)で、意図的に注入され、元々の聖書の文章の意味を歪めているのは明らかな様に現れます。

聖書の中に「神」は記述されていません。

もし読者が興味を持ったなら、彼/彼女は、マウロ・ビリーノの著書の英語版からの、幾つかの引用を読む事が出来ます。

マソレティックの文献

ヘブライ語のマソレティックの文献は、ローマ・カトリック教会、プロテスタント教会、そしてユダヤ教のトーラのために、元々のヘブライ語の文献として、公式に認定された旧約聖書版です。

マソレティックの文献は、「伝統(マソラ/ masorah)の守護者達」であったマソラ派によって、西暦600年と900年の間に記述されました。

太古のヘブライの言語は、子音だけを記述し、母音(a,i,u,e,o)はありませんでした。マソラ派は、聖書において母音と句読点を加え、彼等は綴りと発音を定義しました。

マソラ派はその文献を本、章、段落、節へと編集し、聖典を定義的に確立するために、その文章へと介入しました。

マソラ派は、誤訳を防ぐために、文章的な調整を行いました。

例:
私は、山田太郎です。←日本語

Watasi wa, Yamada Taro desu.←ローマ字

アイウエオと句読点を抜いて記述すると;

Wtswymdtrds←ヘブライ語風の記述法


レニングラードのコーデックス

レニングラード(セント・ピータースブルグ/ペテロスブルグ)のコーデックスは、聖書のヘブライ語のマソレティックの文献の、知られている最も古い文献です。それは、西暦1008年頃に年代鑑定され、そして、チベットのマソラ学派の、ベン・アシャーの伝統の上に基づいています。

シュツットガルトのヘブライ語の聖書

シュツットガルトのヘブライ語の聖書は、マソレティックの文献に基づいた、レニングラード・コーデックスの最も古い、印刷されたヴァージョンです。

それはシュツットガルトの Deutsche Bibelgesellschaft (ドイツ聖書会)によって出版されました。

ロンドンにおける「英国と国外の聖書会」によって出版された聖書は、シュツットガルトのヘブライ語の聖書に一致します。

その他の太古の聖書的な文献:

七十人訳聖書

死海書

著書

マウロ・ビリーノは、イタリアにおいて5冊の著書を出版しました。彼の著書の内の2冊は、太古のヘブライ語のマソレティックの文献の最初の印刷版である、シュツットガルトのヘブライ語の聖書からの、太古のヘブライ語の文章の、一字一句の、文字通りの翻訳の上に集中しました。

このシリーズの2冊の本は以下です:

***Il libro che cambierà per sempre le nostre idee sulla Bibbia
聖書についての私達の概念を永遠に変えるだろう本

宇宙から来た神々
***
1 biglino

Il Dio Alieno della Bibbia
2 biglino

ビリーノ氏のイタリアの出版社によって受け取られた何千ものリクエストに続き、彼の最初の著書の英語版が現在完成され、そして米国、カナダ、オーストラリア、ニュー・ジーランド、英国、そしてアイルランドにおいて、ハード・カヴァー版が、もう直ぐ出版されます:

There is No God in the Bible
聖書の中に神はいない

3 biglino

ドイツ語、フランス語、スペイン語、そしてポルトガル語におけるこの本の翻訳が現在行われており、そしてその本は、ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、ベルギー、スペイン、アルゼンチン、メキシコ、チリ、ペルー、ボリヴィア、フィリピン、ブラジルを含んでいる世界における39カ国において出版される予定です。

上述された著書を出版する以前に、マウロ・ビリーノは、ヴァチカンの出版社「聖者パオロ出版」のために、マソレティックの文献の最初の印刷された普及版である、シュツットガルトのヘブライ語の聖書の、太古のヘブライ語の文章から、聖書の19冊の本を翻訳しました。

12冊の本は、「I Profeti Minori」の本の中に、5冊は「Cinque Meghillot」の本の中で、聖者パオロ出版によって出版されました。

その著書からの引用

このページの上で読者は、聖書の元々のヘブライ語のマソレティックの文献の分析に集中した、マウロ・ビリーノの著書からの幾つかの引用を見つけるでしょう。

方法論:
ヘブライ語の文章と文字通りの翻訳を読む事


元々の情報源として、マソラ派が母音を含めた以前に、ヘブライ語の文献の記述は、唯一子音だけが表記されました。

私達は、学術的なものが、読者のために複雑過ぎるので、読者に解り易い書き直しを選択しました。

1.一番上の段は、母音無しの、元々のヘブライ語の文章を報告します。それは、右から左へ、読まれなければなりません。

2.真ん中の段は、ヘブライ語の文章の正確な並びに続いた、西洋のアルファベットにおける、ヘブライ語の言葉の翻訳(発音)です。

その言葉も、右から左へ、読まれなければなりません。

ダッシュ( - )は一つの単語の、単一の構成要素(意味)を分離させます。

3.一番下の段は、英語への、一字一句、文字通りの翻訳を報告します。その行も、右から左へと、読まれなければなりません。

(元記事の)灰色のパターン(背景)の下に、読者は太文字の文章において、現代英語における、文章全体の翻訳を見つけるでしょう。

その章からの引用:

創世記:人の創造

(naasse adam)

創世記のよく知られた節(1:26)の元々のヘブライ語のマソレティックの文章を分析すると、私達はそれらが、伝統的に考えられたものからはとても異なった何か、1700年代以降、キリスト教の宗教が主張してきたものから完全に異なったものを伝えると発見します。創世記(1:26

אָדָ֛ם נַֽעֲשֶׂ֥ה אֱלֹהִ֔ים וַיֹּ֣אמֶר
ADAM Naasse :Elohim yomer-Va
Man make us Let :Elohim said-And
כִּדְמוּתֵ֑נוּ בְּצַלְמֵ֖נוּ
nu-dmute-ki nu-tsalme-be
Our-likeness-as us-of-image-with

And the Elohim said: let us make man (adam) with image of us (and) as our likeness
そしてエル達はこう言いました:私達は人(アダム)を、私達の姿、(そして)私達の容姿と共に造りましょう。

その逸話の記述者は、その読者が絶対に理解しなければならない概念を強調する事を望み:戸惑いが全くあってはならないのは、何故ならこれが異例的な出来事であるためです。

事実、その次の節(1:27)において、その筆者は、解説する事を望みます:

בְּצַלְמ֔וֹ אֶת־הָֽאָדָם֙ אֱלֹהִ֤ים ׀ וַיִּבְרָ֨א
o-tsalm-be adam-ha-et Elohim yivra-Va
His-image-with man-the Elohim made-And
אֹת֑וֹ בָּרָ֣א אֱלֹהִ֖ים בְּצֶ֥לֶם
oto bara Elohim tselem-be
him made Elohim of-image-with
אֹתָֽם׃ בָּרָ֥א וּנְקֵבָ֖ה זָכָ֥ר
otam bara nekeva-u zacar
them made female-and male

And the Elohim made man with his image. With image of Elohim made him. (Elohim) made them male and female.
そしてエル達は、彼のイメージと共に、人を造りました。エル達のイメージと共に、彼を造りました。エル達は彼等を、男性と女性に造りました。

エロヒムは、「上(天)からの主(エル)達」を認識するために使用された、セム語の複数形の用語です。エロヒムの意味は「輝ける者達」、「崇高な(尊敬された)者達」、「強力な者達」です。

創世記の著者は、エロヒムが、彼等の「tselem 」(ツェレム/ םלֶצֶ֫ )を使用する事によって人を創造したと伝える事を望みます。

・ですが tselem ( םלֶצֶ֫ )とは何なのでしょう?

・そして何故、この特定の要点が重要で、2度に渡り繰り返されたのでしょう?

Tselem は「イメージ(姿/形/情報)を含み、そしてそれから切り取られる、何らかの素材」を意味します。Tselem と言う単語は、具体的で、素材的な「何か」を意味するだけでなく、それはまた、「それから切り取られたもの」の概念である、セム語的な語源の、元々の意味を含みます。

ブラウン-ドライヴァー-ブリッグスの、ヘブライ語と英語の語彙目録、聖書的なヘブライ語とアラマイック語の辞書は、「tselemםלֶצֶ֫ の定義の下で、以下の定義を記述します:「切り取られた何か」。םלֶצֶ֫ の動詞的な語源は、「切り取られた」として翻訳されます。

誰かの「イメージ」を含み、「切り取られる」事が可能で、抽出される事の出来る「何か」とは、何なのでしょう?

私達の現代の時代において、一つの事が直ぐに頭によぎり:

遺伝子です。

[・・・]

私達は、聖書が伝える事を強調する必要があり:この判断を行ったのはエロヒム(複数形/エル達)であり、彼等は「(cohortative)熱心に勧める事」と呼ばれる動詞の形状を使い「私達は行いましょう」と述べ:「(exhortation)熱心な勧め」、行うための「招待」、「勧誘」の価値(意味)を持つ動詞の形状です。

この熱心に勧める形状において、私達はエロヒムの間で事前に起こった幾つかの論議、論説、そして提案(話し合い/会議)を推測する事が出来ます。そしてその後に、彼等は鮮明(合意)に至りました。

その「熱心な勧めの形状」を使用する事で、創世記はその決断の結果を報告し:「私達はそれを行い、私達は(先に)進みましょう」とします。

更に加えて、エロヒムの複数形の単語(エル達)の問題は、簡単に見過ごされる事が出来ません。紹介文の中で明言された様に、私達の分析において私達は、あらゆる偏見が無く、先入観の無いアプローチ(接近の仕方)を応用する事を決めました。私達には擁護しなければならない、あらゆる一神教的な教義(偏見/先入観)を持たず、故に私達は、それらのエロヒムを、実在の複数の個人達として、考える自信と共に進む事が出来ます。

幾人かの早期の聖書の解説者達と解釈者達でさえ、エロヒムと言う複数形の単語の問題が、過小評価される事が出来ない事をよく知っていて、そして彼等は説明を供給しようと試み:the Syriacs (シリア語派?)は、それが「崇高な会議」を意味すると推測し、その他の解説者達は「神の天使達との会話」であると主張しました。

カエザリア(の街)のバージルは:「もし彼と共に誰も働いていないなら、どの様に彼はその様に語れたのか?」と問いました。

[本の中では更に続きます・・・]

天使達

(malakhim)

それらの簡単には定義不可能な存在について、多くの記述が成されました。唯一、確かな事は「Angel」と言う用語が、ギリシャ語の「Aggelos」から由来し、それが「メッセンジャー、使者」を意味する事です。

伝統的で、宗教的な文献は、聖書においてその天使達を、人々より優れ、そして神に従う、知性的な存在として描写し、頻繁に「神の息子達」、または「天界の住人達」と呼びます。

私達はまた、聖書の中で語られた出来事の何千年も以前の文明において、その「天使達」と同等の存在を見つけます。実際に、シュメールの粘土板の中で私達は、イギギ(the Igigi)について読みます。

イギギは、アヌンナキ(the Anunnaki)に従いました。彼等の役割は、守護者達、観測者達(the Watchers)、使者達でした。

聖書の中でその「天使達」は、人間の生命の始まりにおいて既に存在しており、そして最初の人間達の爆発的な増加の後に、エデンの守護者達として、彼等を現れさせます(創世記3:24)。

彼等はまた、(古代)イスラエルの人々の歴史の多くの出来事において、エロヒムの使者達として再び現れ:彼等はアブラハムの従者、ハガルを助ける事に関わり(創世記16:9)、彼等はアブラハムに対して(創世記18:2)、そして彼の甥、ロットに対して(創世記19:1)彼等自身を紹介し、そして砂漠(荒野)における巡礼(放浪)の間に、一人の天使がイスラエルの人々を先導します(出エジプト記23:23)。

それらの逸話の全てにおいて、しかしながら、その「天使達」(Malakhim/マラキム)は、肉と骨の存在として描写され、特定の役割と共に彼等が送られた人に対して、彼等が現れ、そして振舞う方法において、とても「人間的」です。

聖書の「天使達」(Malakhim)と、シュメールの粘土板のイギギの間の平行線はとても鮮明です:

・彼等は同じ役割を持ち:聖書の中で the Malakhim (マラキム)は、エロヒムの秩序(階級)の、守護者達、観測者達、そして使者達です。

シュメールの粘土板の中で the Igigi (イギギ)は、アヌンナキの秩序の、守護者達、観測者達、そして使者達です。

・両方の場合において彼等は、肉と骨(生身)の個人達です。

聖書のマラキムと、シュメールの粘土板のイギギは、同じ人物達なのでしょうか?

私達は、その題材についての様々な文献が既に存在するので、数世紀を超えてそれが発達した、考古学の概要を此処においてまとめる事は望みません。私達の目的は唯、「天使達」について聖書の実際の文字通りの記述と、(宗教的に)重ね合わされた膨大で、概念的な重荷の間の違いを理解するために、幾つかの基本的な概念を、読者に供給する事です。

その改竄(かいざん)は、(古代)イスラエル族が、紀元前587年において、ネブカドネザル二世によって追放され、そしてバビロンの領土におけるイスラエル族の定住(奴隷化)に続く、結果的で文化的な汚染を共にした後の、「追放後」の期間と呼ばれるものにおいて始まりました。私達は既に、ギリシャ語とヘブライ語におけるその名前(Agghelos と Malakh)が、「天使達」の本質では無く、機能(役割)を定義すると述べました。

私達の見解においてこれにはとても単純で、率直な説明があり:その聖書の著者達は、彼等の本質を分析するための必要性を感じていなかったためで、何故ならそれが誰にでも露骨にあからさまで:その「天使達」が、人間達に対してとても類似していて、そして故にあらゆる種類の憶測を必要としなかったためです。

私達は、文字通りの方法において、聖書の幾つかの記述を分析する事によって、この点へと更に深く掘り下げてみましょう。

[・・・]

アブラハム、マラキム、そしてヤーウェイ(エホヴァ)

私達は、マラキムが重要な役割を果たす逸話を検証してみましょう。以前に私達は、「天使達」を「スピリット的な存在」として定義する必要性が、「天使達」が食べて活動する時に、彼等は「唯一(目に見える)表向きにだけ」にそうすると、(宗教的な)解説者達が明言する事に繋がったと述べました。

私達は、その主張された「(表向きの)現れ」が、とても異例的なその他の振る舞いと共に、「純粋なスピリット(霊魂)」に対して帰属される事が可能かを判断するために、創世記の第18章を分析してみましょう。その時間枠は、およそ、紀元前1900年です。

アブラハムは、その国(現パレスチナ/イスラエル)の北部をヘブロン(の街)に繋げる道に沿った、パレスチナ南部の村のマムレのナラの林の近くにいます。アブラハムは、それがその日の最も暑い時間なので、テントの影の中で座っており、彼が見上げると(18:2):

נִצָּבִ֖ים אֲנָשִׁ֔ים שְׁלֹשָׁ֣ה וְהִנֵּה֙
nitsavim anashim shelshah hinneh-ve
standing men three[are] here-and
וַיָּ֤רָץ וַיַּ֗רְא עָלָ֑יו
yiarats-va yiare-va av-al
ran-and saw[he]-and [dwelling] his-near
הָאֹ֔הֶל מִפֶּ֣תַח לִקְרָאתָם֙
ohel-ha petah-mi am-qerat-li
tent-the of-entrance-at them-meet-to

And here are three men standing near his dwelling. He saw them and ran to meet them at the entrance of the tent.
そして此処に、彼の住処(テント)の近くに、3人の人達が立っていました。彼(アブラハム)は彼等(2人のマラキムとヤーウェイ)を見て、そのテントの入り口において、彼等に会うために走りました。


私達は、日中の最も暑い時間帯に、彼のテントの影の下で休んでいるアブラハムを有します。彼は、彼の目の前の3人の個人達を認識し、そして彼等に駆け寄り:そのコンテキストにおいてとても普通な状況のとても詳細な描写です。

その語りは続き、アブラハムが、それらの個人達の特徴的な本質に気付いた時に、彼は地にひれ伏せ、彼等を「我が主(達)」(Adoni/アドナイ - アドン/アテン、等々の複数形)と呼び、そして彼等に立ち止まる様に求めます。最初に、スピリット(非-肉体)的な「ヴィジョン」に誰かが、先に進む前に休んで下さいと伝える事を想像するのは困難です(18:3)。

ですが、まだあります。

アブラハムは、マラキムに、彼等の足を洗うための水を彼が持ってくると伝え、そして木陰の中で休む様に、彼等を招待し:明らかに、それらの「神聖な」使者達は、汚れていて、砂埃をかぶり、そして暑がっていたはずで、彼等は、実際に、肉と骨の要素(生身)の個人達で、一日の最も暑い時刻に、ほぼ砂漠の地帯を歩いていたはずです。

休息した後に、人は食べる事が必用なのをアブラハムは知っていて、ですから彼は、彼等が、彼等の旅路を続ける前に食べる事が出来る様に、幾つかのパンを、そのマラキムに提供します。人間であればとても当たり前の提供ですが、非-肉体的な存在に対しては明らかに馬鹿馬鹿しい提供に、それらの「スピリット的な存在」は何と答えたのでしょう?私達は検証してみましょう(18:5):

דִּבַּֽרְתָּ׃ כַּאֲשֶׁ֥ר תַּעֲשֶׂ֖ה כֵּ֥ן
dibbarta asher-ka taasse ken
said-you like-as do (will) [you] so

So, you will do so as you said
では、[あなたは、]あなたが言った様に、そうするでしょう


完全に形成された肯定的な返答です。奇妙にも、それらの「スピリット的な存在」は、彼等の旅路を続ける前に、彼等の足を洗い、そして食事をする機会を好意的に受け入れ:マラキムは実際に(その後)ソドム(の街)に行き、其処で私達は再び彼等に出会います。

そのマラキムが一人以上で、そしてこれはそのグループがある時点において分離する事から明らかで:そのグループのリーダーは、アブラハムと共に語るために残り、その間その他の2人のマラキムは、彼等の次の行き先に向かいます。

(18:22)の中で私達が後に学ぶ様に、アブラハムと共に残るそのグループのリーダーが、ヤーウェイ自身です。

マラキムの許可を受け取った後、アブラハムは彼の従者に、元々提供されたより、より多くの食事を準備するように命じ:彼は、彼の従者に、新鮮なパン、子牛の肉を調理し、新鮮な牛乳と発酵した牛乳(ヨーグルト)を用意し、マラキムの前に全ての食物を置くように命じます。調理の時間を考慮すると、それは間違いなくとても長い休息で:疲れて、お腹を空かせた体を回復するために必要な休息です。

実際に、その著者は - 出来事を詳細に表記する現代のジャーナリズムの典型的な態度と共に - こう明言します(18:8)「その木の下で、彼は、彼等と共に立ちました。

וַיֹּאכֵֽלוּ׃
yiokelu-va
ate [they]-and

And they ate
そして彼等は食べました


その場面は、その地域の典型的な遊牧民を思い起こさせ:重要な訪問者達が到着した際に、彼等の主要な地位が必要とする様に、その訪問者達が彼等の時間を取り、彼等の食事を食べられる様に、彼等は全ての安堵(休息)と便利さ(接待)を提供されました。

正確で、詳細な描写、その出来事のタイミング、そして特にそれらの多くが同時に起こっている(幾つかの物事が起こっている間、その他の物事が起こっている)事実の状況の全体は、マラキムのために用意された昼食を彼等が食べている事を伝えている事を含み、とても具体的で、現実的、そして物理(物質/肉体)的な出来事の証拠です。

天使的で、非-肉体的で、そしてスピリット(霊)的な存在達のためには、とても考える事が難しい事です。

ソドムにおける天使達

食事を食べ、休息を取った後、その2人のマラキムは彼等の旅路を続け、その間、その「リーダー」 - ヤーウェイは、ソドムとゴモラ(の街)の運命について、アブラハムと共に語るために留まります。

私達はその出来事の解説において、驚く程の正確性を有します。それは夕暮れ時で、そしてアブラハムの甥、ロットは、その街の門の近くに座っています。ロットは2人の人物達を見て、彼は、彼等がマラキムの階級に属していると認識し、彼は、彼等に会うために走り、そして彼等の足元にひれ伏します。

故に、私達は彼等がスピリット的な存在では無く、一つの場所からもう一つの場所へと歩くために時間がかかり、遠くから彼等が到着するのが目撃され、そして彼等を見た者が、敬意と尊敬の証として、彼等に会うために走り出す、個人達である事の更なる確認を有します。

認識されなければならないのは、これが、(スピリットの)突然の、そして驚きの現れの(宗教的な)伝統との、完全な矛盾にある事です。私達が此処で読むのは、暖かい夕暮れ時に静かに歩いている2人の者達に接近する、絶対的に普通の方法です。

ロットは、彼等(マラキム)の足を洗う事と、彼の家(テント)において一夜を過ごす事を彼等に提供する事で、彼等の世話をする事を申し出ます(19:2)

その2人のマラキムは、しかしながら、そうしない事を決め、そしてロットにこう伝えます:「私達は外で一夜を過ごします。」

ロットはマラキムが受け入れ、彼と共に(家に)行く事を強く薦めます。彼等は彼の家に入り、そして幾らかの無発酵の焼かれたパンを食べます(19:3)。

これは、話し合いをし、夕食を食べ(そして彼等は既にアブラハムと共に昼食を食べていました)、異なった選択肢を考慮し、その後、彼等は選択を決め、最終的に何処で一夜を過ごすかを決める、それらの「スピリット的な存在」の、とても奇妙な振る舞いです。

その逸話は続き:マラキムが眠る準備をしている際に、狂乱の集団がロットの家を囲み、その2人の訪問者達(マラキム)を呼び、そして彼等を虐待するために、ロットが彼等を手渡す事を要求します。

(純粋なスピリットを虐待する事など、あなたには考えられますか?)

ロットは明らかに拒否し、そしてその代わりに彼の2人の未だに処女(i.e. 子供)の娘達を提供します・・・

ですがソドムの人々は理性に聞く耳を持たず、そして彼等を捕らえるために、そのドアを壊そうと試みます。

その2人の不運なマラキムは、その危険な状況に気付き、彼等はロットを掴まえ、家の中へと彼を引き戻し、そしてとても奇妙な行動と共に、そのドアの近くにいる攻撃者達を追い払います(19:11):

בַּסַּנְוֵרִ֔ים הִכּוּ֙
sanverim-ba hiku
Blindness-sudden-the-with struck [they]

They struck with the sudden blindness.
[彼等は]突然の視力の消失と共に打たれました。


そして彼等(マラキム)は「若者と老人」、つまり、全員(の人達)を攻撃しました。

詳細には描写されていない何らかの機器と共に、その2人のマラキムは、見る事が出来なくなる様に、その一行の眼をくらまし、そのドアを壊して通る試みを諦める様に強制しました。

その2人のマラキムはその後、彼等がソドム(とゴモラの街)を破壊する直前なので、ロットが彼の家族を連れてその街から離れる事を強く薦めます。

次の朝の夜明けにおいて、その2人のマラキムはもう一度、ロットが彼の家族と共に避難する事を薦めたのは、その破壊が目前(秒読み)で、彼等が躊躇している余裕がもう無かったためです。

その2人のマラキムは、時間がもう無い事を知っています。その決定は既に成され、そして予定通りに達成されなければなりませんでした(創世記18:22-32)。

そのグループのリーダーである、ヤーウェイ自身は、彼が何故、ソドムとゴモラを破壊する決定をしたのかの理由をアブラハムに説明するために、彼の家に留まりました。

その後、誰もが知っている出来事が続き:ロットと彼の家族の避難、「天界からのヤーウェイによる燃え盛る硫黄」を共にしたソドムとゴモラの破壊(19:24)、立ち止まって振り向くなと言う命令に違反したために、ロットの妻が塩の柱に成った事でした。

これは、公式な宗教が「スピリット的な存在」が関わっていると解釈する、それらの出来事の実際の逸話です。体の無い存在に対して意味が無いはずの、数多くの矛盾、数多くの問題、そしてとても多くの詳細で日常的な行動です。

実際に、それらの「天使達」は歩き、疲れ、そして休息を必要とし、砂埃まみれに成り、そして彼等自身を洗う事に喜び、1日に2度食べさえし、一夜を何処で過ごそうかと決定します。そして彼等は、攻撃者達に対して、明らかに「科学技術的」な方法を使用する事によって、彼等自身を防護します。

それらの天使達/マラキムは、人々からの違いが明らかな個人達で、彼等は(科学技術的に)、より強力でしたが、全能では無く、彼等は頻繁に危険にさらされ、攻撃可能で、そして通常の日常的な生理学上の必要性の対象でした。

神の栄光(the Glory of God)

(kevod)

その「神の栄光」は、理解する事が簡単では無い概念で:それにはお互いに対して関連し、同時に相互関係する幾つかの意味があります。

ヘブライ語の単語は כבד で、kevod/kebod または kavod/kabod のどちらかとして読む事が可能です。それは、「重くなる、重さを持つ、尊敬される様に成る、固くなる」の概念を示唆している動詞から派生します。

その形容詞 kabed は、「重い、重大、困難、重要、尊敬された」ものを意味しますが、また「鈍感」(非情/固い心)を意味します。

ギリシャ人達はこの単語を「doxa」と言う言葉と共に翻訳し、それは順を追って現代の言語において「栄光」と共に翻訳されています。

この単語の翻訳は常に、聖書の中のエロヒム(エル達)の描写に一致しない、(宗教家達の)神のヴィジョン(姿)によって影響されてきましたが:エロヒムは実際に、スピリット的な存在とは、似ても似つかぬ者達でした。空想的で、神学的な合成はそれを神聖な内在性を体現し、そしてそれを「聖域」の概念と共に平行にする地点まで、その単語の元々の意味を完全に湾曲しました。

これは、全く異なった意味を持っていた単語を、「栄光」と言う単語と共に翻訳した動機でした。意味におけるこの変化は、kevod (ケヴォッド)と言う単語を、彼等が人工的に合成した神のアイデアと一致させる方法を見つけるために、神学者達によって感じられた必要性によるものでした。

実際に כבד の子音の語源はとても明らかに、「重い、固い、強力」の概念に言及し:「重い」と「強力」は故に、この語源を持つ全ての言葉に内在的な、2つの鍵と原則的な要素です。延長線によって、強力である事は、裕福である(階級が高い)事を示唆し、そして、故に、尊敬された(敬われた)存在です。

「重さ」と「敬い」のその意味は、信心深い人達に対して彼の存在を明かす事を彼が選択した時に、内在的に成る事の出来る、スピリット的で超越的なものとして見られる、神の特徴として解釈されました。

私達は、聖書の中で彼等が描写されたエロヒムの:肉と骨の個人達で、彼等が日常的な関係を保った、人類の素材的な技術開発者達としての体現に従って、この「栄光」について – そしてこの「栄光」が人々に対して現れる方法について、聖書が私達に伝える節を検証してみましょう。勿論、もしこの論説が、私達が考える様に確かなら、その2つの種族の間に、同等の関係はありませんでした。もし人が、「彼等のイメージを含んだ素材的なものと共に」エロヒムの「姿、形に続いて」創造されたとしても、私達が覚えておかなければならないのは、エロヒムが、その力(科学技術)と重要性(知識)において、人々(the Adam)よりも、遥かに優れた個人達であった事です。

その力のバランスは、その片方が、間違い無く、上手だった、共生の同意によって統制されていました。

故に、エロヒムは「重さ」を有し、彼等の重さ(重要性)は当然と認識され、そして敬われ:人は、彼の弱さにおいて、そうする以外有りませんでした。
[・・・]

The Kevod

モーゼスとヤーウェイ(エホヴァ)の間の会合と会話の逸話は、モーゼスの疑念の解説と共に続き:この「神」(ヤーウエイ/エホヴァ)が、十分な保障も、証明も与えなかったと言う事でした。

モーゼスは、約束の地へと人々(古代イスラエル族)を導く事をヤーウェイに求めますが、しかしながら、エロヒムが彼等と共にある事を誰もがとてもはっきりと観る必要があると強調し、そうで無ければイスラエル族の人々と、その他の人達の間には違い(選民主義)が無いと主張します。その「神聖な」現れは、はっきりと眼に見えなければなりませんでした。

そのエロヒムはその状況を理解し、モーゼスが要求する事を彼が行うと、彼は同意し、約束します。ですがこれは、モーゼスにとって十分では無く、彼は実際に確かめる事を望み - 言うなれば、彼自身の手で触れる事を望み - そして彼はヤーウェイに対して、こう尋ねます(出エジプト記33:18):

כְּבֹדֶֽךָ׃ נָ֖א הַרְאֵ֥נִי
ha-kevode-et na i-haran
Your-kevod (please) me-to-see-let

(please) let me see your kevod.
(お願いです)あなたの栄光(kevod/ケヴォッド)を私に見せて下さい。

モーゼスは証明を望み、ヤーウェイに対して彼の物理的な体現の機械を、彼に見せる事を求めます。モーゼスは、その他(のエル達)では無くこのエロヒム(ヤーウェイ/エホヴァ)に従う事を、(古代)イスラエルの人々を納得させるために、彼が行う事を確証しなければならず、イスラエルの人々に説得するために、何らかの補償が必用でした。

ヤーウェイはこの必要性を理解し、モーゼスの要求に答えると同意しますが、これから起こる事が極度に危険で:それは彼の死の原因に成る事さえ出来ると、彼に警告します。

モーゼスが見る事を求めた「神の栄光」は・・・
人を殺す事が出来るのでしょうか?

これが意味するのは、神格の栄光的な表れが、効能的に殺傷的である事です。

スピリット的な超越性の表現(体現)は殺すのでしょうか?

神は彼の力を操作出来ないのでしょうか?

彼はそう出来ないと現れます。

そのエロヒム(ヤーウェイ)は、彼の現れを操作する事も、彼がそれを調整する事も出来ず、彼が唯一出来るのは、彼の「栄光」の効果をどの様に軽減し、その影響を最小限化するかの幾つかの示唆を与えるだけで、彼はそれらを避ける事は可能では無く:この「栄光」は常に殺傷的な最大出力と共に機能します。

Kevod/kabod は通常、「栄光」として翻訳され、それはとても抽象的な概念で、簡単には定義される事の出来ない、神学的な分類の一種です。そのエロヒムが何故、彼の「現れ」の出来事を用意する際に、モーゼスを物理的に防御する明らかな目的のために、彼に実効的なガイドラインの一連を与えたのか、理解する事が難しく成ります。

実際に、これが正しく起こる事で:そのエロヒムは、何らかの実用的な指示をモーゼスに与える事を望み、そして正確な事前注意を彼が応用する事を強制します。そのエロヒムはモーゼスに、彼はそれの「前を見る」事が出来ない(前に立つ事が出来ない?)のは、何故なら彼が死んでしまうためで、そして彼は一つの、実用的なヒントを加えます(出エジプト記33:21):

אִתִּ֑י מָק֖וֹם הִנֵּ֥ה
i-it maqom hinneh
Me-to-close place [is a] here
עַל־הַצּֽוּר׃ וְנִצַּבְתָּ֖
tsur-ha-al nitsavta-ve
rock-the-(against) at stay will you-and

Here is a place close to me and you will stay atagainst) the rock
此処は私に近い場所で、そしてあなたはその岩に(対して)留まり(隠れ)なさい。

その指示はとても日常会話的で、はっきりとしていて、私達はその場面と、その正確な場所を示している、そのエロヒムの身振り手振りを見ているかの様です。

「其処に留まり、隠れていなさい」と言っているかの様です。

明らかに、そのエロヒムが更なる助言を加えるので、この対応は十分では無かったようです(出エジプト記33:22):

כְּבֹדִ֔י בַּעֲבֹ֣ר
i-kevod avor-ba
my-kevod passing by-(when) in
הַצּ֑וּר בְּנִקְרַ֣ת וְשַׂמְתִּ֖יךָ
tsur-ha niqrat-be ha-samti-ve
rock-the of-cleft-in you-put will I-and
עָלֶ֖יךָ כַפִּ֛י וְשַׂכֹּתִ֥י
ha-ale i-kap i-sakkot-ve
you-to-on my-(hollow?) palm cover will I-and
עַד־עָלֶ֖יךָ
i-avr-ad
I-passing by-until

When my kevod passes by, I will put you inthecleft of the rock and I will cover you with my palm until I have passed by
私のケヴォッド(栄光)が通る時、私は貴方を
(その)岩の隙間に入れ、私が通り過ぎるまで、私は、私の手のひらと共に、貴方を覆いましょう。

故に私達はこう尋ねます:

・前からでは無く、後ろからしか見る事の出来ない、この「栄光」とは何なのでしょう?

・とても危険で、特別な防御を必要とした、モーゼスの前を通っていたものは何なのでしょう?

・そして、それが通っていた間、そのエロヒムは、どの様に彼の手のひらで、モーゼスを保護する事が出来たのでしょう?

聖書の様々なヴァージョンの全ては、その伝統が受け入れたこの意味を報告しますが、この受動的な受け入れは、それらの問いによって焦点を当てられた難しさをもたらします。

「神の栄光」が、何らかの超越的なものだったと推測するための可能な説明を見つける事は困難です。

[その本において続きます・・・]

聖書についての私達の概念を永遠に変えるであろう本:
宇宙から来た神々

マウロ・ビリーノ著より:
https://drive.google.com/file/d/0B8cZZ8vNfLrRTmIzQ2p1WEc1dzA/view

第一章:

anaqim/アナキム

Anaqitis/アナキティス

長い首の人々

旧約聖書の記述は一般的に、古代シュメール人達の様な、その他の人々によって記述された逸話から由来します。それらの逸話は、この最初の章においてまとめられた、特定の論説に台頭を与えました。

それらの論説は - 私達はそれらを真実と呼ぶ事が出来ますが - 一度確認されれば:人間達によって発達させられた概念の上に基づいた、私達の現在の宗教的な思考システムである、大規模な幻想の終わりを原因する事が出来ます。キリスト教を含むこの宗教的な思考システムは、操作と操りの権力構造の構造(固定概念/先入観)を造るために、思い上がった態度で名付けられた「神聖な文献」を悪用する者達によって運営(操作)されています。その全てが終わるための時は熟し、そして今は、真実のための時です。

例えば、私達は、聖書がどの様に、何処で、そして何時;その他の世界(i.e. 宇宙)から地球へと来た、肉体的な存在である、Anaqim (アナキム)について語るかを知る事について関心を持っています。ローマ・カトリック教会は現在、この情報を認識していますが、彼等はアナキムを「スピリット的な存在」として現す、ミスリード(嘘)を続けています。

私達が旧約聖書を分析する際に、私達はそれらの肉体的な存在が、彼等の正しいヘブライ語の名称を使用している事を確認します(例えば、ヘブライ語において「天界から地球に降臨した者達(天孫降臨)」は、遥かによく知られて、公表されたシュメール語の名称、「Anunnaki (アヌンナキ)の代わりに「i.e. Anaqiti (アナクびとの複数形)とされます」。

これは、幾らかの人達にとって不安に成るかも知れない話しですが、間違いなく興味深いもので、そして同時に、自由に考える道を歩む人達のために圧倒的で、開放的な可能性をもたらすものです。それは現代のキリスト教の教義、幻想、そして強要された解釈からは、遥かに異なる逸話です。現代の宗教には、神の先入観化(固定概念化)されたヴィジョン(姿)を応用する傾向があり、それは「神」と言う言葉の存在を、超越性と共に直ぐ様一致させるものです。彼等(宗教家/神官/官僚達)は、実質の形状において、人からかけ離れた神の「オルタナティヴ」な世界を創造し:非定義的で、曖昧で、体現される事の出来無いものです。

あなたは直ぐに、聖書がその他多くの「神々」を語る事を見つけ、正に、その最も太古の文献は、人々とユダヤの人々の起源との関連において、それらの神々の逸話を伝えます。それらの文献は、当時、人々が神々(つまり、アナキム/エロヒム)と歩んだ時代について伝えます。私達は人々が、彼等と共に語り、食べ、彼等と共に約束し、そして彼等に奉仕しますが;同時に、その瞬間の関心と、状況の不特定要素に沿って、彼等(i.e. エロヒム/アナキム/アヌンナキ)を利用し、そして彼等を裏切り、彼等に従い、そして見捨てる事を見つけます。

これは、唯一一人の神の問いを決して尋ねる事無く、多くの可能性の中から人々が、彼等の「神々」を選択出来た、歴史的な時代でした。

神は、人々がこの直接の接触を失った後に、最終的に創り上げられたものからは、完全に異なった方法において知覚されたものでした・・・

Anakim (アナキム)
http://www.biblestudytools.com/dictionary/anakim/

アナクの子孫達(アナクびと/ヨシュア11:12民数記13:33申命記9:2)彼等はパレスチナの南部、ヘブロンの付近に住んでいました(創世記23:2ヨシュア15:13)アブラハムの時代において(創世記14:5-6)、彼等は後にエドム(Edom/エサウの子孫達)とモアブ(Moab/ロットの息子の子孫達)として知られる地域、ヨルダン東部に住んでいました。彼等は恐らく、バベル(バビロン)からのクッシュ族であるカナーン族(カインの子孫達)以前の、パレスチナの元々の住人達の残りで、そしてフェニキア人達とエジプトの遊牧王達と同じ民族でした。その土地を偵察するために送られたスパイ達によって描写された様に、彼等の屈強で戦闘的な容姿は、(古代)イスラエル族を恐怖で満たしました。彼等は、大洪水以前の時代の「巨人達」(創世記6:4民数記13:33)である、ネフィリムと共に彼等を同一視した様です。アナキムには様々な部族がありました(ヨシュア15:14)。ヨシュアは最終的に、ガザ、Gath、そして Ashdod の街において見つけられた難民の残りを除いて、彼等をその土地から追放しました(ヨシュア11:22)。デーヴィッドが出くわしたピリシテびとの巨人達(サムエル記下21:15-22)は、アナキムの子孫達でした。

International Standard Bible Encyclopedia
国際基準の聖書の辞典

http://biblehub.com/topical/a/anakim.htm

ANAKIM
an’-a-kim (anaqim; Enakim, または Enakeim; または「アナク(アヌンナキ)の息子(子孫)達」(民数記13:33)と呼ばれ、そして「アナキムの息子達」(申命記1:28)と呼ばれ:その(イスラエル族の)スパイ達は、創世記6:4のネフィリム、または「巨人達」に対して彼等を比較し、そして申命記2:11によると、彼等はレファイム(REPHAIM)の一部としてみなされました。民数記13:22の中でヘブロンの首長はアナクの子孫達であると言われ、その間「アナクの父」は Jos (Sic. ヨシュア15:1321:11)の中で、彼に因んでヘブロンが「アルバの街」と呼ばれたアルバ(Arba)であると明言します。ヨシュアは「ヘブロン、Debir、Anab、そしてイスラエルの小山の多い土地からアナキムを切断(追放)し」、彼等の残りはガザ、Gath、そして Ashdod のピリシテびとの街の中に残されました(ヨシュア11:21、22)。イスラエル族と比較されると、彼等は巨人達の様に背が高く(民数記13:33)、そして故に「巨人」のゴリアテ(Goliath)と彼の親族は、彼等の民族だった様です。

ヘブロンにおいて、イスラエル族の征服の当時、彼等(アナキム)の3人の指導者達、セシャイ(Sheshai)、アヒマン(Ahiman)、そしてタルマイ(Talmai)の下で(民数記13:22ヨシュア15:14士師記1:20)、アモリびとの王の護衛を形成したと、私達は考えられるかも知れません(ヨシュア10:5を参照)。テル・エル-アマルナの手紙は、カナーン族の王子達が、外人の傭兵の護衛達と共に、彼等を囲む事が習慣だった事を表します。アナキム(アナクびと達)は、彼等と血の繋がりがあるかも知れないピリシテびと達の様にエーゲ海(ギリシャ/トルコ西部)から来たのが可能な様に現れます。アナクの名称は、女神オンカ(Onka)の名前と共に私達が出会う女性形に一致する男性形で、彼女はギリシャ人の著者達、ビザンチウムのステファヌスと Hesychius によると、「Phoen」で、i.e. (女神)アテナのシリア語の同義語です。Anket もしくは Anukit はまた、最初のカタラクトにおいてエジプト人達によって信仰された女神の名前です。Ahi-man の名前において「-man」が、非-セム語的な神を意味する可能性はあります。

2 madonna2
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賢者の石: 第十一章

第十一章:
大ドイツの錬金術的なライヒ、ゴールドの製造者、黄金、ゲーラック、そして「ヒムラーのラスプーチン」


「創始的な法則:『上の様に下も、下の様に上も!』故にその中間において中立(中性)的な力(作用)で - (派生的な)フィールドです!」
- Jarl Widar、別名、Weisthor、別名、SS の准将、カール・マリア Wiligut
⁴¹⁰

ナチスが権力を掌握する以前の、1920年代と1930年代の初頭の間に、ドイツは錬金術的な流行と、そしてその他のオカルト(隠された知識)と秘儀主義の活動の実際のるつぼ(中心地)でした。この現象は、ナチス主義とオカルトの題材についての、多かれ少なかれ、学術的で多様な著書を産み出しましたが、全ては、多かれ少なかれ、同じ結論へと至り:論議可能な延長が何であれ、ナチス党と、その後のナチス・ライヒ(帝国)の形成において、少なくとも何らかの度合の、秘儀主義とオカルトの教義の影響力があったと言う事でした。

奇妙にも、それらの形成において役割を果たした秘儀的な教義の一つとして、錬金術の役割に大きな注意を払ったそれらの研究は殆どありませんでした。その(錬金術の)排除が奇妙なのが何故なら、私達が目撃する様に、高い地位で、そして影響力の強いナチスが拘わった、少々悪名高い錬金術的な出来事の一つが、ワイマール共和国の末期において、ある大規模なスキャンダルを原因したためで、タイム誌ニュー・ヨーク・タイムズ紙における幾つかの記事と、国際的な注目を引き寄せたスキャンダルだったためです。その状況が更にもっと奇妙だったのは、何故ならそれが、多かれ少なかれ、ドイツと、そして世界の最も尊敬され、そして有能な物理学者達が、それにおいて一般大衆向けにとてもはっきりと、錬金術の可能性を記述した新聞の記事を書いていた、同じ時間枠だったためです。それらの事実は、ワイマールとナチス・ドイツの内部の錬金術の題材に対する真剣な注目の欠如を奇妙にするだけでなく、錬金術と物理学の間の関連性を引き出すための、文献におけるあらゆる真剣な試みの、更により大きな欠如を、もっと奇妙なものにします。

ですがその問いは、私達の着目を要求します。

何故、高い地位で、影響力の強いナチスが、卑金属をゴールドへと変換する、自己-証明的に詐欺の策略(似非科学)とされるものに引き寄せられたのでしょう?そして何故、著名で、国際的に知られ、尊敬されたドイツ人のノーベル賞を受賞した物理学者が、錬金術に実現的で真剣な可能性である事について、広く流通されたドイツの新聞の中で記事を書いていたのでしょうか?そしてもっと重要な事に、もし何かがあったとしたら、それらの2つの間の関連性は何だったのでしょう?

それらの問いに答えるためには、その逸話の真ん中から初めて、そしてそのスキャンダルを私達が遡り、そしてナチス・ドイツの最も高度に機密化された秘密兵器の計画:ザ・ベル、そしてその正に錬金術的な「セラム525」へと進むのが最善でしょう。

A. 奇妙な件と「ヒムラーのラスプーチン」の錬金術的な信念: SS の准将、カール・マリア Wiligut(ヴィリグート)

多くの人達は、ナチスの思想の形成においてだけでなく、第三ライヒである、ナチス国家の実際の構造と政策の形成において機能していた、少なくとも何らかのオカルトと秘儀主義的な影響力を彼等が有していた事を、何と無く気付いています。ですがその問題を実際に研究した人達は、より少ないだけでなく、ナチス党を存在へと産婆する手助けする事において、その背景の中で活動していた、今では典型的な登場人物達と秘密結社等である: Thulegesellschaft (トゥーレ会)の、第一次世界大戦以前の帝国的なドイツ、そして更に重要な事に、帝国的なオーストリアにおいて繁栄した秘儀主義、オカルト、そして狂気的で、大-ドイツ民族的なグループにおける、それ(トゥーレ会等々)自体の主張された根源に、この影響力を結びつける人達はあまりいませんでした。⁴¹¹ 多大な状況証拠的なケースの土台の上で、それらの(気付いた)人達の多くは、順を追って、ヒトラー自身がそれらのグループ(秘密結社)の一つ、または複数へと入会させられたと推理しました。ですが、これの文献的な証拠は、全く表には出てきませんでした。

この考えの主要な情報源の一つは、勿論、第二次世界大戦以前の、ルドルフ・ヴォン・シーボッテンドルフ男爵の、今ではある意味、悪名高い著書、Bevor Hitler Kam (ヒトラーが台頭する前に)で、その本は、ナチス政府が一度権力を掌握すると、彼等の反感をとても買ったので、彼等はそれ(本)を禁止された出版の「インデックス(目録)」の上に載せ、彼等が出来る限り多くを回収する事(i.e. 焚書)を試みさせました。

ルドルフ・ヴォン・シーボッテンドルフ男爵のヒトラーが台頭する前にからの表紙、内包表紙、そして口絵
1 SebottendorfRudolfVon-0000
2 SebottendorfRudolfVon0002
3 Sebottendorf0005

その理由の一部は実際に、ヴォン・シーボッテンドルフによると、ナチス党の形成と儀式に対する Thulegesellschaftの影響力が、以前のページの写真が実証する様に、スワスティカ(逆卍)を含む、そのシンボルの使用と同時に、勿論、ナチスの「ジーク・ハイル!」の敬礼と(上向きに)延ばされた腕を含む、挨拶の形状まで浸透的だった事にあるかも知れません。⁴¹²

その著書に対する発禁の更に重要な理由は、しかしながら、ナチス党の全国指導者でオカルト主義の素人の実行者、ルドルフ・ヘスを含んでいる、後のナチス国家における顕著で、とても重要な人物達のみならず、次のページのその秘密結社の「殉職者達と告白者達」の「敬意」のリストの上で表されている様に、当時、その秘密結社の書記だった、Heila ヴォン・ウエストラップ伯爵夫人の様なとても著名で裕福であり、有力で、そしてグスタフ・フランツ・マリア・ヴォン Thurn-und-Taxis 王子に象徴される、とても強力で裕福なヴォン Thurn-und-Taxis 家の様な後援者達を含む、その会員達のリストにあったはずです。

シーボッテンドルフはまた、しかしながら、何か他のものに対する手掛かりを供給し、そしてそれは、SS と、その秘儀的な「文化」と、そしてザ・ベルと共にそれが調査していた物理学の高度に先進的な体系との間の実際の関係の可能性です。その繋がりは「ヒムラーのラスプーチン」、SS の准将、カール・マリア Wiligut、別名、Weisthor です。近年の学術的な出版と共に、私達はまた此処で、Wiligut によって思考され、そしてヒムラーに受け渡された様々な概念を通した、SS の秘儀的な文化と、その先進的な物理学の計画との、錬金術の関連の可能性を理解する位置にいます。

それらの推理の重要性を理解するために、しかしながら、その戦争の終結以来、学者達の中で、多かれ少なかれ基本的に浸透している見解だった、ナチスとその第三ライヒ以前の秘密結社の関係に関する基本的な結論の背景に対して、人はそれらを位置付けなければなりません。その見解は、Thulegesellschaft の会員、信念、そして儀式の間の数々の状況証拠的な関係性の上に基づいて、そしてナチス時代以前のその他のその様な秘密結社、そしてナチス党自体と、その儀式、信念、そして政策の上で、その影響力が直接で実直だったと主張します。その様な研究は頻繁に、順を追って、第一次世界大戦以前の秘儀的な秩序(結社)と、ウィーン(オーストリア)から起源している教義と、新テンプラー(テンプル騎士団)、または同時にランス・ヴォン・リーベンフェルズと、彼のオストラ誌における狂気的な人種差別の見解と、歴史の民族的に基づいた再構築として知られる新テンプルの秩序(ONT)の、Thulegesellschaft (トゥーレ会)に対する影響力を指摘します。此処が、それらの学術的な見解の全てを詳細に検証する場所では無い間、⁴¹³ それらが普遍的に伝える印象は、この関係性がヒトラーまで直接繋がり、そしてその土台の上で、その様な研究者達が頻繁に、彼(ヒトラー)が実際に、それらの3種の秘儀的な秘密結社と影響力の一つ、または複数に入会したと推理する事です。

ですが、これから目撃される様に、その影響力が一つで同時に、間接的で直接的の両方だったのは、それがアドルフ・ヒトラーに対してそれらの秘密結社の一つ、または複数によって媒体されたのではなく、一人の男 - 「ヒムラーのラスプーチン」、カール・マリア Wiligut (ヴィリグート)によって - ヒトラーとナチス党全体としてでは無く、ヒムラーと、ナチス党と国家内部の制度としての SS に対して媒体されたためです。その様なものとして、ナチス国家全体に対するオカルトの影響力を語るのは、SS の命令系統の最上層部における秘儀的な影響力を語るよりも、あまり正確ではありません。人は、言うなれば、とても秘密裡の秘儀主義と、特定の錬金術的な信念のシステムを共にした、ライヒの中のブラック(影の)ライヒ、そして SS の最上層部を扱っています。

1.ヒムラーのラスプーチン

a. 端的な履歴


Wiligut は、オーストリア人の陸軍士官の息子として、1866年12月10日に生まれ、そして、彼の父の足跡に続き、1880年においてウィーン-Breitensee における帝国士官学校に入学し、そして第一次世界大戦が勃発する1年前の1913年までに少佐の階級に昇進させられ、東方の前線の帝国陸軍において幾つかの功績と共に従軍した後、その戦争の終わりまでに大佐の階級に昇進しました。1919年におけるオーストリア-ハンガリー帝国の分裂の際に、彼はサルツブルグにおいて住居を構えました。⁴¹⁴ Wiligut をよく知られた秘儀的な学者にし、ドイツ語圏のオカルトの内輪において特定の量の敬意と名声を彼に集めたのは、第一次世界大戦の以前の期間の間に彼が出版し始めた秘儀的な研究でした。

1908年頃に Wiligut は、新テンプル秩序(ONT 秘密結社)のランツ・ヴォン・リーベンフェルズと接触する様に成り、恐らく「リーベンフェルズの内輪の一員だった彼の従兄弟、ウィリー Thaler を通して紹介された可能性が最も高く」⁴¹⁵ そして故に戦後のオーストリアとドイツのオカルト秘密結社に浸透していた「秘儀的な国家主義」の環境へと入りました。

ヴォン・リーベンフェルズと彼の歴史的、そして民族的な思想について、端的な説明が必用なのは、それらがある意味、Wiligut の考えにおいて平行していましたが、その後者への影響力の度合は論議可能であるためです。シーボッテンドルフと、ナチスに対するトゥーレ会の影響力の彼の暴露によると、元ローマ・カトリックの修道僧だったヴォン・リーベンフェルズは - 早期のキリスト教の神父的な文献の彼の知識を通して -  ヘレナ・ペトロフナ・ブラヴァッツキーの神智論的な信念の上に部分的に基づいた、歴史的な修正論の、より大きな計画の構成要素として、新約聖書の実際のより早期な文章だったと彼が信じたものを再構築し⁴¹⁶、それにおいて様々な「根源的な民族達」が徐々に、過去の黄金時代から、現在の人類の退廃的な状態へと退化したとしました。ヴォン・リーベンフェルズの考えにおいて、この退化は - 十分に解りやすい様に - ユダヤ人達の様な、劣等民族の文化と血統の混ざり合いによる、白人のテュートン(ドイツ/北欧)的な民族の「純粋なアーリア人」の血筋の民族的な腐敗によるものでした。ヴォン・リーベンフェルズは彼の見解を、Theozoologie (神-動物学)と題された悪名高い本において出版し、それは民族的に侮辱的な ソドムの猿達についてと言う副題を有していました。その題材の多くの学者達が、ヴォン・リーベンフェルズとナチスの民族的な信念の間の平行線を指摘する間、その中でそれらが投影された、歴史のより大きな見解に気付く人達はあまりおらず、つまり、遥か遠い昔に、シュメールとエジプトの太古の文明の何千年も以前に、とても高度な文明が存在していた事です。直ぐに目撃される様に、Wiligut の秘儀的なシステムにおいて、それ自体の特徴的な捻りと共に平行していたのは、この見解です。故に、ヒムラー、SS、そしてその上層部に対して直接影響を実際に行使したのは、ヴォン・リーベンフェルズでは無く、Wiligut でした。

何であれ、1919年における、オーストリア陸軍からの彼の退役と、サルツブルグへの移住の後、Wiligut は「秘儀的な研究において彼自身を没頭させた様に現れます。」⁴¹⁷ Wiligut が「聖書はドイツに起源し、誤訳と意図的な不当表示を通して、その現在の形状へと改竄された」と主張しながら、秘儀的で「より高度で聖書的な批評」と「キリスト教徒の歴史」の再構築の彼自身のヴァージョンへと至ったのは、この期間の間でした。⁴¹⁸ これにおいて彼は、ヴォン・リーベンフェルズに平行していました。

Wiligut は直ぐに、オーストリアとドイツの第一次世界大戦後の右翼政治において拘わる様に成り、Der eiserne Besen (Sic./鉄のほうき)と呼ばれた新聞を編集し、その新聞は、ヴォン・シーボッテンドルフ男爵の、後にトゥーレ会に資金援助された Völkischer Beobachter (人々の観測者)紙の様に - 最終的にナチス党の「公式な新聞紙」に成った新聞!で - 「ユダヤ人達、フリーメーソン達、そしてローマ・カトリック達(特にイエズス会)の陰謀」を暴露する事がその目的でした。⁴¹⁹ この期間の間に、彼の結婚生活が問題に成り始め、彼の妻が最終的に、そして成功的に、彼が精神的に不安定であると宣言させる事に至り、そして1924年に、(Wiligut を)精神病院に拘束する事に結果しました。⁴²⁰ 拘束のこの期間の間でさえ、しかしながら、Wiligut は新テンプル秩序(ONT 秘密結社)内の会員達と知人達との接触を保ちました。

最終的に、1927年において精神病院から解放され、Wiligut はサルツブルグに残り、そして特に秘儀的なドイツの Edda 会から、彼の秘儀的な専門知識を求めるために必死な訪問者達を、オーストリアとドイツの両方から受け入れました。その Edda 会の会員であると同時に、彼女自身が「秘儀的な問題に深く携わっていた」、国家社会主義党(i.e. ナチス党)の会員であった、フリーダ・ドーレンバーグ女史を彼が迎え入れたのは、1932年の間のそれらの訪問の一つの間でした。⁴²¹ その年の後期にドイツへと密入国させられ、Wiligut は、Jarl Widar と言うペン・ネームを使用し、秘儀的な雑誌 Hagal の中で重要で秘儀的な記事を出版しましたが - それについては少々後に。それらの接触と記事は、ドイツのオカルトの(隠された知識の)内輪において、多大な悪名と敬意を彼に与え、そしてその結果として、一年後に、ナチスが権力を掌握した後、Wiligut は秘儀的な集会において SS (ナチス親衛隊)の全国指導者、ヒムラーと面会しました。少々後の1933年9月において、Wiligut は、カール・マリア Weisthor の別名の下で SS に加入し、そしてそれによって「ヒムラーのラスプーチン」としての彼の履歴が始まりました。⁴²²

2か月後、「Wiligut は公式に、ミュンヘンにおける Rasse- und Siedlungshauptamt (民族と植民のための主要なオフィス)内の先史と早期の歴史のための部署の主任に任命され、そしてヒムラーと、太古の伝統についての彼の新たな助言者の間に親密な関係が発達した」のは、この役職においてでした。⁴²³ 1935年まで Hagal 誌において出版し続け、Wiligut/Weisthor はヒムラーにとってのとても親密な助言者に成ったので、彼はベルリンへと移動させられ、彼自身の別荘が与えられました。

Wiligut の研究がある延長まで、悪名高い SS の Ahnenerbedienst に平行する間、彼の研究は本質的に、そのオフィス(部署)からは別々でした。Wiligut が個人的にヒムラーのために研究したのに対して、Ahnenerbe は、より客観的で、学術的な基準の対象だった、もっと大きな構造の一部でした。⁴²⁴ この期間の間の Wiligut はとても重要で影響力があり、Wewelsburg におけるヒムラーの悪名高い SS の「秩序の城」の選択とデザイン、SS の指輪の実際のデザイン、そして SS の儀式の創造において彼が指導的で、そして彼は・・・「その殆どにおいてヒムラーに対して直接、神学、歴史、そして宇宙学の秘儀的な題材についての報告の一貫的な流れ」を提示しました。⁴²⁵ これは、Wiligut の秘儀的で、そしてとても錬金術的な信念の詳細を私達が検証し始める際にとても重要な点に成ります。

1938年に成ると、しかしながら、Wiligut はまた SS 内部に強力な敵を持つ様に成り、それらの一人はヒムラーの個人的なスタッフの主任、SS のウルフ将軍で、彼は Wiligut が精神病院に入院させられていた事実を発見し、そして最終的に1939年において、彼が SS から退役する事を強要しました。Wiligut はその戦争の残りを、一つの場所、または SS の退役宿舎からその他に移動しながら、もしくは移動させられながら過ごしました。その戦争の終わりに短期間、英国によって収容され、彼は最終的に解放され、1945年において Arlosen に最後は落ち着き、其処で彼は強い心臓発作に苦しみ、1946年1月3日に死亡しました。⁴²⁷

「ヒムラーのラスプーチン」カール・マリア・ヴィリグート
1 wiligut-weisthor

b. そして SS の Ahnenerbedienst

目撃された様に、ヴィリグートは、知られている限り、SS の「オカルトと秘儀的な研究」の部署、the Ahnenerbediest とは、直接の接触を持ちませんでした。ですがその両方が、SS とヒムラー自身の秘儀的な文化の形成の上に直接影響したので、その戦争の間のワイマール・ドイツの中で起こった「オカルトの再復活」の、より広いコンテキストにおいて設定された、Ahnenerbe の主要な信念の幾つかの、端的な検証が必要です。

(1)The Ahnenerbe、「アトランティス」、そして秘儀的な地政学

SS (親衛隊)の全国指導者、ハインリッヒ・ヒムラーが、1935年において SS の Ahnenerbedienst の設立を宣言した時、その部署の目的の一つは、それらが保っているかも知れないあらゆる軍事的な効能(可能性)の応用の目的を共にした、秘儀的、そして太古の逸話、伝説、そして神話の、科学的で、そして考古学的な研究でした。特定の意味において、ヒムラーは、全てが彼の個人的な操作の下の、秘儀主義の軍事的な研究だけを行う、政府的な官僚制度の全般を、存在へと意図しました。これが近代の歴史において、もし珍しくは無いにしても、異例的なものを創造したのが何故なら、近代の歴史において初めて、科学技術的に、そして科学的に先進的な巨大勢力(ドイツ)が、もし秘密裡にだけだったとしても、その科学をそれ(ドイツ)が再回復をする事を意図した、とても太古の、とても高度な文明の存在を認識したためです。ヒムラーは、効果的に、その第三帝国が、「先史的で、とても高度な文明」である「アトランティス」を探すだけでなく、より重要な事に、その科学を探求すると宣言しました。

故に、ヴィリグートの Ahnenerbe に対する関係はその程度で、彼は全くその一員ではありませんでしたが、ヒムラーの最も緊密な戦前の助言者として、彼がそれを全く知らなかったはずはありませんでした。実際に、「彼は、SS の中のヒムラーのエリートの内輪の、特定で秘儀的な目的と実施の概念化とデザインにおいて重要な役割を果たし、そしてこの要素だけでもヴィリグートを興味深く、そして特徴的な研究材料にします。」⁴²⁸ ヴィリグートが故に、Ahnenerbedienst を創造するためのヒムラーの判断の上で、影響力的な要素だった可能性があるのは、彼自身の個人的で秘儀的な見解が正しく、SS の Ahnenerbe の指導者達自身によって保たれ、そして発展させられたものと同じ一線だったためです。実際に、その部署(省庁)の最初の長官、ハーマン・ワースは、「ペイガン(キリスト教以前の土着信仰)の伝統と深く同調しました。」⁴²⁹ その部署を設立した1935年のヒムラーの宣言の後に、Ahnenerbe の長官に成ったワースは、「キリスト教に対する長く保たれた反感」を持っていただけでなく、その部署の中で「キリスト教以前の、北欧的で、アトランティス的な・・・文化」の彼のアイデアを推進する事を要点としました。⁴³⁰

ヴィリグートが親密な接触を持ったもう一人の秘儀主義者は、グンサー Kirchhoff でした。Kirchhoff の見解は Ahnenerbe 自体によって否定された間、ヒムラーに対するヴィリグートの推薦は、Kirchhoff がヒムラーの(聞く)耳を勝ち取るのに十分で、彼は1944年までヒムラーのためにオカルト的なアイデアの報告を用意していました。⁴³¹ ヒムラーの関心に着火した様に見える Kirchhoff の主だった概念は、世界グリッド(格子/龍脈/レイライン/テルルの彼の特徴的な概念に基づいた、秘儀的で風水的な地政学のアイデア(発想)で、i.e. 特定の太古の遺跡が、地球自体からエネルギーを引き出すためのデザイン(意図)された「パワー・スポット」の上に配置されていると言うアイデアでした。彼の見解においてこれは、そのヨーロッパの街(ウィーン)の六角形のパターンを通って、アジアに関連している特定のパワー・スポットを通して、ウィーン(ヨーロッパ/オーストリア/ドイツ)がアジアを操作(支配)する鍵にしました!⁴³²

この時代に推薦された更にもう一つのその様な風水的な地政学において人は、彼の人類の「別種の歴史」の構成要素として、ヴィリグートによって直接推薦されたもう一つのアイデアに注目しなければなりません。ヴィリグートの考えにおいて、エジプトの神トートi.e. ヘルメス)のドイツ化である神、テュートが、その様な活動のドイツの中心部であるハーツ山脈を創造しました。これが、私達の目的のために重要かも知れないのは、ハーツ地域が、現在では広く知られている様に、様々な地下施設、研究所、そして工場と共に密集された、SS の最も秘密裡で、そして高度に機密化された秘密兵器の計画の心臓部であったためです。実際に、ハーツ地域は、低サイリーシアと共に沿って、ピルセンに本部を構えた SS のハンツ・カムラー将軍の秘密兵器のシンク・タンクの最も重要な構成要素と、正当に呼ばれるかも知れません。

(2)The Ahnenerbe と秘儀的な逸話の科学的な解読

Ahnenerbe の研究の最も頻繁にコメントされますが、それでも矛盾的に見過ごされる要素の一つは、正に太古の民話におけるその関心です:

「ハーマン・ワースが実証する実例として、国家社会主義者達と SS-Ahnenerbe の学者達の幾らかの関心は、民話と民族的なシンボル(象徴)の研究の方向へと強く向かいました。これは、中世の装飾的な芸術、建築技術的なスタイル・・・そしてルーン(北欧の文字)を含みました。文学的な分野においてこれは、民話(昔話)を含みました。特定の感覚においてその様な研究は、ペイガニズム(キリスト教以前の土着信仰)に同情的で、そしてまた「オカルト(隠された)」知識の一種で - 民族の芸術、建築技術、そして民話の中に埋め込まれた太古の象徴的な暗号を再発見し、解読するために、訓練された頭脳と眼を必要としました・・・ですが、象徴的なモチーフ - そして更にそれらの「オカルト」な意味 - との没頭は別にして、この研究の目的は、それらを奥義的で魔術的な目的のために使うのではなく、その様な物事を表の世界へともたらして、(元に)戻す事でした。その究極的な目的は、その隠蔽された(忘れ去られた)太古の国家的な特徴を再発見し、そして人々の中に国家主義的な誇りと人格の感覚(i.e. 国粋主義)を注入する事でした。その同じ傾向と手法が、1871年におけるドイツ国家の元々の形成における補助として、19世紀において使用されました。」⁴³³

上述が彼等の記述である、フラワーズと Moynihan が部分的にだけ正しいのは、つまり、Ahnenerbe の目的の一つは正に、ドイツ民族と文化のキリスト教以前の、そしてクラシカル(な時代)以前の根源を見つけ、一般的に昇進する事でした。ですが彼等は SS の全国指導者、ヒムラーの元々の宣言が明かす Ahnenerbe の究極的に軍事的で秘密裡の目的を見過ごし:その組織の実際の、極秘で、究極的な目的は、以前に存在していた「アトランティス的な」文明の、太古の失われた科学を回復する事で、その回復の第一歩は、太古の文献、構造物、そしてシンボルにおける、その足跡と遺跡を解読する事でした。

ヴィリグート自身が、彼のペン・ネーム、Jarl Widar の下で秘儀的な Hagal 誌のために彼が記述した「ゾディアック的なサインと星座」と題された短い記事において明言した様に:

「アトランティスの時代において、当時、それらの元々のアーリアのルーンは、ゾディアックのサインにおいて、それらの合理的な秩序の特質によって深い意味を持っていましたが、明らかに、歳差運動によってもたらされた変化 の結果として、占星学的に非-合理的な方法においてその意味が変えられると直ぐに失われてしまいました・・・ですからゾディアック的なサインとそれらの記述されたサインが、黄道の星座へと変換されたのは、アトランティス的な文化の時代の絶滅の唯一後でした。この混乱は未だに原則的に、今日においても機能しています。ですがこの知識と共に私達に知られている最古の文化的な文献が測量される事が可能に成り - 地球的な年の知覚からでは無く、太陽的な年(プラトン的な年)から見解され - それらは時代の正しい知識へと、私達を導く事が出来ます。」⁴³⁴

人は此処において、ヴィリグートが実際に行っていた計画がどの様なものなのかを慎重に観測するために一時停止する必要があります。

最初に、ヴィリグートの思考において、何らかの宇宙的な大災害の一種を通して、一瞬にして絶滅に至る、(古代エジプト、ギリシャ、ローマ等々の)クラシカルな時代以前の「アトランティス的な」文明に対する言及があります。第二に、彼が示唆するこの大災害が規模において「宇宙的」なのは、何故ならその物理学が地球的な年(i.e. 地球の公転)において測量された太陽系のものでは無く、正に銀河的な規模の物理学なのが何故なら、ゾディアックの「真の年(i.e. グレート・イヤー)」が太陽的な年(i.e. 太陽の公転)で、歳差運動の行程と、そのゾディアックのサイン(星座)を通った通り道の定義において測量され、それぞれの年(グレート・イヤー)が故に地球的な年の長さの約25,000年に相当するためです!最後に、ルーン(文字)は、この下地と共に一致して配列され、合理的な発達を証拠し、この現象(歳差運動)の物理学を暗号化します。

これにおいて、ギザの死の星から始まり、宇宙戦争までの私の以前の著書のあらゆる読者が気付く様に、ヴィリグートは全く異例的な事を行っていません。ですが彼は、占星学的な逸話(民話/昔話)の重要性を、純粋に科学的で天文物理学的な観点から見解し、そしてその土台の上に基づき、その様な逸話には、太陽系と人類の、暗号化された科学と、暗号化された「異類-歴史(meta-history)」があると見解した最初の人の一人でした。ですから、彼がヒムラーの注意を捕らえ、SS の全国指導者に対する補佐官的な地位を得たのは、全く驚きでは無いでしょう!

ヴィリグートは - 1936年6月17日に、ヒムラー自身によって実際に読まれたと記された - ヒムラーに対して提出された、もう一つの彼の論文の正に初めにおいて、この「異類-歴史」と宇宙的な物理学を説明しました。その中でヴィリグートは、以下を明言します:

「現代までに起こったそれぞれの進化(変化)的な時代は、口述の秘密裡の教義によると、私達の地球と、その軌道に引き寄せられたもう一つの天体との統合による、膨大で世界規模の大災害の結果をもたらしました。

「・・・その行程において、地球上に生き残った人類は「天界(星々)から」「地球上に」降りた者達と融合しました。この融合は類似した知性をもたらし、そして故に新たな民族的な種類を構成した、新たな人類を確立しました。」⁴³⁵

再びもう一度、惑星的な衝突への彼の言及と共に、ヴィリグートは、ヴェリコフスキーやアルフォードの様な戦後の大災害主義者達よりも、数十年先に予見していました。そして、地球外の、恐らく人間-の様な、知的生命体との人間の交配に対する彼の言及と共に、ヴィリグートは、ザッカライア・シッチンの様な何人かの戦後の研究者達の見解よりも、数十年先に予見していました。

その様な見解は必然的に、更なる推理を必要とします。

人間の生命の起源についてのヴィリグートの見解は、明らかに、ナチスの民族的なイデオロギー(思想)にとても上手く当てはまったでしょう。ですが、此処における関心が何かと言うと、その様な見解のためのヴィリグートの実際の鼓舞(動機)が、最善でも、不透明で、人が推理する事を許す事です。ヴィリグートはそれらを、数千年の間、彼の一族によって所有され、保存された、木製のルーンの彫刻に上に記録された、秘密裡の、長く保たれた一族の伝統によって会得したと主張しました。それらは、1848年の革命において破壊されてしまったと、彼は主張しました。⁴³⁶ ですが人の起源のその様な見解のための文献的な土台は、古代シュメールの特定の文献を読んだ人なら誰でもよく知っており、そしてその様な文献は、それらの多くをドイツ人達が翻訳し、出版したので、第一次世界大戦以前のヨーロッパにおいて豊富に存在していました。⁴³⁷ その様なアイデアの知識を持つために、人は、秘密裡の一族の伝統を主張する必要はありませんでした。

同様にヴィリグートは – 殆どアラン・アルフォード的な方法において - 地球との惑星と隕石の「宇宙的な衝突」と、その後の地球外知的生命体との交配による、人類の「腐敗」の関係性を結びつけます。これにおいて彼は記録上、その様な再発する衝突に基づいた、大災害主義の宇宙物理学を土台とした、人類と文明の完全な異類-歴史(meta-history)を研究した最初の人物です。

ですが、私の著書、宇宙戦争:間惑星的な戦争、現代の物理学、そして太古の文献が主張した様に、⁴³⁸ 太古の文献を解読する道具として、その様な「原始物理学」のモデルには、多大な問題があります。その体系として、天界的な衝突を使用すると、その文献は透明性へと薄れ、そして何も明かしません。宇宙規模にされた物理学がその様な文献の中に存在し故に神々の戦争の太古の伝説は、隠喩では無く、文字通りの真実であった事を示唆し、(惑星等々の)衝突では無く、誰かが回転しているシステムの宇宙規模の物理学的な現象(トーション)を、実際に兵器化した事をヒントしています。

そしてヴィリグートは、このメモにおいて、同じ結論を行う事から、一歩手前でした。

そしてヒムラー自身が、このメモを読みました。

私達が直ぐに目撃する様に、ヴィリグート自身が、アラン・アルフォードや、その他多くの近代の研究者達の、衝突的な大災害者の物理学を避け、更に加えて彼は、彼の原則的な原始物理学の体系として、回転しているシステムの定義において考えさえします。端的に、ヒムラーの SS の環境の中の秘儀主義者達とオカルト主義者達の全てにおいて、最も大きな秘儀主義の影響と、その物理学の科学技術を再構築するための、その後の SS の計画の幾つかの土台を体現したのは、ヴィリグート自身でした。そして注目してもらいたいのは、ヴィリグートの手の中で、その「血統の神話」聖杯が、新たな要素を得た事なのは:全く新たな方法においてヴィリグートが、聖杯のため、「神の器(うつわ)」のための SS の探求を合理化したためで:そのうつわ - その血統/血液/DNA (遺伝子)が - 実際に、キリストでは無く、人類の地球外からの人間的な「従兄弟達」である、「太古の神々」の blood/DNA を含んでいるかも知れないためです。

d. ヴィリグートと血筋:オットー・ラーン

これに関して、ヴィリグートの秘儀的で「原始物理学」的な見解の検証を始める前に、しかしながら、ヴィリグートが仲介した秘儀主義と SS の歴史における更にもう一つの重要な出来事が着目されなければなりません。これは、勿論、聖杯に対する聖戦の著者で、秘儀主義の学者で、歴史家で、考古学者のオットー・ウィルヘルム・ラーンの、ヒムラーの個人的な抜擢で、ヨーロッパにおける聖杯と、様々な血統の神話への SS の研究の本質と度合の現在進行形の推理の源泉でした。

実際に、目撃された様に、ヴィリグートは、1848年において、太古の記録が失われた時に、彼の秘密裡の一族の伝統が破壊されたと主張しました。この伝統の一部として、しかしながら、ヴィリ―グートは、彼自身が、太古の「神」ウータン(i.e. 北欧のオーディン)から個人的に後継し、そして故にドイツの本物の「秘密裡の王」であると主張しました。そして、ラーンが SS に加入し、ヒムラーの個人的なスタッフの一員に成る前に、親密で個人的な接触を持っていたのはヴィリグートと共にでした。この(ヒムラーの個人的なスタッフ)の役割において、ラーンは必然的に、ヴィリグートと共に親密に働きました。⁴⁴⁰

この光の下で検証されると、聖杯を回復するための SS の没頭は、最後の晩餐のうつわを取り戻すためでも無く、ヨーロッパのとても多くのグノーシス派の伝統が主張した様に、キリストの子孫達の、推定され、主張された血統の回復でさえ無く、天界から降臨し、人類と共に子孫を残した - 太古のシュメールの万神殿(パンセオン/パルテノン)の正に神々である - 太古の神々の失われた血統の回復であったのは、ヴィリグートが頑固にも、彼が彼等から後継したと主張したためです。私達はエピローグ(後書き)において、ラーンについて更に述べる事があるでしょう。

2.ヴィリグートの錬金術的な見解:「創始的な捻り」

ですから、ヴィリグートの「秘儀的な物理学」の見解は一体何だったのでしょう?人はどの様に、それらを特徴付ける事が出来るのでしょう?

一言で言うと、それらは錬金術的です。

そして、錬金術的である事において、それらはまたある意味、エジプト的です。

再びもう一度、Hagal誌に対して彼のペン・ネーム、Jarl Widar の下で、ヴィリグートによって公表された、「数字」と呼ばれた詩からの以下の短い節を考えてみて下さい:

エーテルの形状からの「物質の中のスピリット!」
二重の–アイデア – の中に隠され
其処に創始的な始まりとしての「捻りがあり、
「生命の苦悩」のです。⁴⁴¹

物質における、変格的で物理的な媒質自体である、エーテルの形状のスピリットです。これは錬金術的な機能の正に典型です。

ですが、ヴィリグートが、これがどの様に行われたかも知れないのかに、更なる手掛かりを与える事に着目してもらいたいのは、創始的な始まりとして「物質におけるスピリット」が、「捻り(回転)」の中にあるためです。その創始的な捻りは - もし人が彼の言葉を翻訳すれば - 創始的なトーション(ねじれ力)がその方法なのは、ヴィリグートの見解において創造自体の多様性がそれによって存在へと至った方法であったためです。

3.オーガスティン化された三位一体と三連の石のヴィリグート版

あたかもこれだけでは十分では無いかの如く、ヴィリグートは、私達が第一部の中で出くわした、錬金術師達自身と、彼等の「三連の石」と、殆ど同じオーガスティン化された三位一体の形成を忠実に再産出します。実際に、ルーン(文字)の隠された物理学を解読する鍵の全体が、「the Drehauge (「回転している眼」)」によって達成された「物質-エネルギー-スピリットの流動」の上に基づいていました。⁴⁴² 「回転している」の言及でさえ、太古と秘儀的な逸話のテーマにおける、それ自体の根源を示唆し、(古代)エジプトの神話にとても共通的な「全てを見ている目」を思い出させます。⁴⁴³

その三連の石と三位一体の教義のオーガスティン化された形成は正に、そしてとても端的で、巧妙に、以下の重要な行の中でヴィリグートによって結び付けられました:

1.Gôt is Al-unity!
神は、Al(all=全て、またはAlchemiy=錬金術)-の統一性!

2.Gôt is “Spirit and Matter,” the dyad. He brings duality, and is nevertheless, unity and purity.
神は「スピリットと物質」である、dyad。彼は二重性をもたらし、そしてそうであれ、統一性と純粋性である。

3.Gôt is a triad: Spirit, Energy and Matter. Gôt-Spirit, Gôt-Ur, Gôt-Being, or Sun-Light and Waker (Wekr), the dyad;
神は三重性(三位一体):スピリット、エネルギー、そして物質(聖父、息子、そして精霊[N.B. キリスト教以前は、聖母])。神-スピリット、神-Ur、神-存在、または太陽の-光と Waker (目覚ます者/Wekr)、the dyad;

4.Gôt is eternal — as Time, Space, Energy and Matter in his circulating current.
神は永遠なり - 彼の循環している流動における時間、空間、エネルギー、そして物質として。

・・・

7.Gôt - beyond the concepts of good and evil — is that which carries the seven epochs of human history.
神は - 善悪の概念を超え - 人間の歴史の7つの時代を運ぶものである。

・・・

9.・・・He closes the circle at N-yule, at Nothingness, out of the conscious into the unconscious, so that this may again become conscious.
・・・彼は、無において、意識から無意識へと、N-yule (N-ユール)において、これが再び意識に成る様に、その輪を閉ざす。⁴⁴⁴

この短い行の中には、幾つかの興味深い物事があります。最初に、統一性から、「第二段階の中間」、the dyad (二重性) を通って、「スピリット、エネルギー、そして物質」の、三連の石の、今では親しみのある三重性に最終的に辿り着く、ヴィリグートの「三位一体」の進歩に着目して下さい。

もし人が、それらの3つの定義を、今では親しみのある「オーガスティン(原罪の概念の起源/正教会がカトリック教会と決別した原因)的な三重性の楯」の3つの辺の中に置き、そしてその中心に「Gôt」を位置付けると、人は直ぐに、オーガスティン的な三重性の形成と同時に、錬金術師達の三連の石の両方に対する関連性を見出します。まずは、元々のオーガスティン的な三位一体の楯を、私達は思い出してみましょう:

元々のオーガスティン的な三位一体の楯
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そして今度は、錬金術師達の三連の石のヴァージョンです:

オーガスティン的な三重の楯の錬金術的な三連の石のヴァージョン
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そして次は、そのヴィリグートのヴァージョンです:

三連の石のヴィリグートのヴァージョン
3 wiligut

ですがこの時点において、一つの重要な問いが浮上し:ヴィリグートの - 「循環している流動における時間、空間、エネルギー、そして物質として」 – 彼が「Gôt は永遠である」と明言する時、彼は何を意味したのでしょう?使用された物理学の用語 - 「循環している流動」は - その体系の全体のために、正に物理的な隠喩、または解釈が、彼の頭の中にあった事を示唆するのは、循環している流動が正に、彼の「創始的な捻り(回転)」の原理的な構成要素として、時間を示唆するためです。言葉を変えると、エネルギー、物質、そして「スピリット」の、この世界への現れへと展開している、根底にある「超越-空間」としての時間の「創始的なトーション(ねじれ力)」の - 定義を彼が知っていたなら - そのピクトグラム(三連の石の図表)が体現するかも知れないのは、以下の図表が示唆する様に:

ヴィリグートの錬金術的な三位一体の示唆された物理学
4 wiligut

この示唆された物理学が、ヴィリグートが究極的に見解していた事だと言う事は、上述の引用における最後のコメントによって更に示唆され:「彼は・・・無において・・・その輪を閉ざす」と言う事で、「そのサイクル(循環)」が、「それが、それから始まった」、無である、分別化されていない物理的な媒質(エーテル)と「正に同じ実質へと戻った時に完結する」事を示唆します。⁴⁴⁵「循環している流動への彼の言及と共に、物理学的な用語を呼び起こす事によって、ヴィリグートは錬金術-神学的なテーマのこの全体が、形而上学では無く物理学に基づいた根源にある事を示唆しています。故に、彼が断言する様に、この「Gôt」は「善悪を超越した概念」です。キリスト教の制度とモラルにおいて、既に信仰と自信を失うと共に、脳震盪(のうしんとう)を起こされていたヨーロッパにおいて、その様な明言には唯一、大災害的で、モラル的な成り行きがあったのは、キリスト教の三位一体、そして故にキリスト教のモラルの体系の全体を共にした、この物理的な行程の全く誤ったテーマ的な同一視が、道義における類似した過ちに繋がったためで:もしそれらが、善でも悪でも無い物理的な行程において唯一基づいていたなら、すると、究極的に善、または悪の運動(行動)は全く存在せず、唯一行動は此処で、多かれ少なかれ、その行程自体と共に調和にあります。ヴィリグートの「三連の石」と共に、人自身の、民族虐殺的で、錬金術的な変格のための道が開かれました。

直前の図表についての最後の点が着目されるべきです。「時間」を中心に置く事によって、ヴィリグートは、ニコライ・コザレフ博士の先駆者的な実験において示唆された、物理的なメカニクスにおける、実際の作用している物理的な行程としての時間を共にした、トーション物理学の正に同じ種類を示唆しています!ですが、この種の考え方が、ドイツ国内の物理学的な実験のために実際の土台だったとする、更なるはっきりとした示唆はあるでしょうか?

4.ヴィリグートの対峙(逆回転)している螺旋:「スワスティカ(逆卍)のテンサー(テンソル)」が再検証される

実際に、ヴィリグートの見解を、ナチス・ドイツの最も高度に機密化された秘密兵器の研究計画である、ザ・ベルにおいて体現された「錬金術的な物理学」に対して、更にもっと直接的に関連させるその他の明言があり、それらの秘儀的な見解が、部分的に、少なくとも、非-科学的な SS の再上層部に関する限り、その計画のための理論化の一部を形成したかも知れないと示唆する明言です。

例えば、ヴィリグートは、その物理学の図形として「フックした十字」、またはスワスティカ(逆卍)を解説する際に、1933年の Hagal 誌の中で再び公表された、「ヴィリグート家の太古の家紋」と題された記事から、以下を明言しました:

「回転の両方の方向における2つのフックした(曲がったカギ型の)十字(Hakenkreuz)で:左が右側に向いて回転していて、内向きに緊縮していて;右が左側に向いて回転していて、外向きに放射(拡張)しています。Korschelt は、Heermann Kassel 医師(M.D.)による最新の調査によって確認された、この分別化に既に気付いていました。彼の機器において、彼は(右向きの回転を共にした)抑制(緊縮)的な放射から、(左向きの回転を共にした)拡張的な放射を分別します。この家紋的な象徴性の実験的な確認です!」⁴⁴⁶

言い換えると、ヴィリグートにとって、宇宙の「循環している流動」の図表は実際に、とても意図的に選択された物理学の隠喩であるだけでなく、同時にスワスティカ、または「Hakenkreuz (逆卍)」を見解するために、その物理学の図形として - その方向性の両方において - 彼によってとても意図的に対化されました。更に加えて、彼が断言する様に、1933年の間、またはそれ以前に、正しく2つの回転しているフィールドの分離に関係している医学的な実験の何らかの種が行われていました。これは、今ではよく知られ、そして私達が次の章において目撃する様に、ナチスのベル計画の背後の理論化の正に土台でした!⁴⁴⁷ それらは、「創始的な始まりとしての捻り(回転)」の図形で、その根底にある超越-次元的で、変格的な媒質(エーテル)自体の正に図表でした。⁴⁴⁸スワスティカと、それが象徴したトーションに基づいた物理学への彼の言及の方法によってヴィリグートが示唆していたのは、正しくニコライ・コザレフ博士の実際の理論化と実験において示唆された様に、時空間の繊維が、回転の方向性を有すると言う事でした。更に加えて、彼がまた示唆しているのは、1933年程早期に、その第三ライヒ(ナチス・ドイツ)における誰かが、既にこの概念の上に基づいて医学的な実験を行っており、そしてその人物が医学博士なので、物理学と生命の行程自体の間の関連性が明らかに、既に成されてした事を示唆します。⁴⁴⁹

ヴィリグートは、全ての錬金術的な格言の、最も錬金術的な事に対する、はっきりと明言された言及によって、錬金術のこの回転している物理学の見解の彼の関係を更にもっと鮮明にします:

「創始的な法則:『上の様に下も、下の様に上も(大宇宙の様に、小宇宙も)!』

「故に中間には、中立(中性)的な作用 - (i.e. 派生的な - )フィールドがあります!

「(複数の)螺旋は、それらの回転においてお互いから明らかに「反対(方向)」で、そしてこれにも拘らず、形状は – それらの経度的な端において接続していて – 対照的な『dyad』の二重性から『統一』しています・・・」

ヴィリグートはその後、以下の図形を産出します:

ヴィリグートの二重の反対方向の螺旋[代用の写真]
5 wiligut

彼はこう続けます:

「派生的な平面(真ん中のフィールド)によって接続された、そしてそれぞれが三重に巻かれた2つの螺旋から、2つの末端に終わる卵の形状が発達させられ - 「世界(i.e. 宇宙)の卵」の概念です。」⁴⁵⁰

再びもう一度、彼の同僚のオーストリア人、ヴィクター・ショウバーガーが、「内破(緊縮)」と「爆発(拡張)」と呼んだ、エネルギーの螺旋している形状についての、彼の類似した観測を、人は思い出させられます。⁴⁵¹

ヴィリグートは、その記事の段落の中で上述の概念を少々更に解説し、(それは)もし人がそれを記述したのが SS の全国指導者、ハインリッヒ・ヒムラーの個人的なスタッフ(部下)だった、オーストリア-ドイツ人の SS の錬金術師だったと知らなかったなら、ニコライ・コザレフ博士の何らかの個人的な日誌の中に記されたものだと結論しかねないものです!

「私達は、その同じ行程を観測し、それは私達の地球の創始的な石灰岩の形成(貝塚)の全てにおける膨大な蓄積において見つけられる巻貝の殻(黄金比率)によって、此処において実証され、そして私達はその同じ行程を the Al (宇宙)の中の「螺旋している銀河系」の形状において目撃し・・・故に:

創造的な原則は

「エネルギーを通した、物質における螺旋的な方向性です!

創造的な推論は

「永続的な派生で、そして故に永続的な生命と、これを通した永続的な循環で、物質における生命-形状の一貫的な「回転を通して」 - 原因から効果(結果)が由来し、そしてこれから新たな原因が形成されます。これからエネルギー保存の法則が確かにされ、それは再び「物質的で循環的な変格」を示唆し – つまり、「永続的な生命」の概念です。」⁴⁵²

この宇宙規模にされた物理学をヴィリグートが、歳差運動、太陽的な年、そして銀河的な物理学に一致させた事を、私達は既に発見しました。⁴⁵³

ヴィリグートが此処において記述されるべき、もう一つの最後の明言を行うのは、ベル計画の理論化のための、可能で秘儀的な土台の上の、方向を産み出すその可能性のためです:

更なる推論は

「『世界(宇宙)の卵』の螺旋の両方が故に2つの極を有する事です。旋回している(回転)においてそれらの極は、一つの中軸として接続されています。それらは - 『上(大宇宙)-下(小宇宙)』、『下-上』の - 極で、それは世界(宇宙)の中軸です。」⁴⁵⁴

ですから、「ヒムラーのラスプーチン」であるカール・マリア・ヴィリグート、別名、Jarl Widar、別名、Weisthor を、人はどう捉えれば良いのでしょう?

明らかに、太古の「原始物理学」の彼の基本的な概念と再構築は、本質において錬金術的です。更に加えて、彼の特定的な概念の多くは、コザレフの後のトーションの実験の背後の考え方に不気味にも並行しているだけでなく、1933年程早期に、フィールドの分離化され、そして逆回転しているシステムを使用した、何らかの類似した実験のある種が、ナチス・ドイツにおいて行われていた事を示唆します。実際に、目撃された様に、その様なシステムと、生命の行程自体の間の関係の何らかの種が、既に、明らかに観測されていました。彼(ヴィリグート)の見解は、故に、全国指導者のヒムラー自身が、それらを聞く耳を持っていたので、更に真剣で、そして危険な計画を頭に持つと共に、SS に接近している誰か – または SS が接近した誰かのために – 種をまくための肥沃な土台でした。

ナチスのザ・ベルの様な計画です。

そして、ノーベル物理学賞の受賞者、ウォルター・ゲーラック教授のような人物を、ザ・ベルの最終的な主任にするものです・・・

B. タウセンド事件とウォルター・ゲーラック教授の記事

私の著書、ザ・ベルの SS 同胞団:NASA のナチス、JFK、そして MAJIC-12 の中で私は、最終的にナチスのベル計画の主任に成った、ノーベル賞受賞の物理学者、ウォルター・ゲーラック教授が、1924年において、フランクフルトの新聞の中で短い記事を書いた事に着目しました。以下は、その時、「ゲーラックの新たな錬金術」と題された章の中に、その記事について私がその本の中で記述した事です。私は此処において、唯一関連している部分だけを引用しましょう。

1.ウォルター・ゲーラック教授が、ある錬金術的な論文に注目する:ザ・ベルの SS 同胞団からの引用

「1924年7月8日、金曜日に、ノーベル物理学賞受賞のウォルター・ゲーラック教授は、フランクファーター・ジータング紙の夕刊版の中で「水銀からゴールドへの変格」と題された、興味深い記事を公表しました(222ページの写真参照)。その記事は、短いですが、底知れない約束を共にした薄暗い可能性と推測のパンドラの箱を解き開きます。その編集的な紹介文は、十分に純粋(ナイーヴ)です:

「『現代の錬金術』についての昨日の電報的に配信された文章に対して、私達はありがたい追記とコメントとして、以下の報告を表します。」

そして、その短い紹介と共に、その重要な簡潔さの全てにおいて、ゲーラックの主文が続きます:

「週刊誌『物理的な科学』の29巻号の中で、シャーロッテンバーグの技術大学からの A. Miethe 教授は、Staumreich 博士と共に、比較的に簡単で、物理学的な方法と共に、水銀の分解を促すかも知れない可能性(の事実)を、私達に通告し、そして明らかに、その分解の化学的で、物理的な(副)産物の一つとして、ゴールドを確認します。今現在まで、私達は原子的な結びつきの2つの種類を知っていて:外的な影響を全く通さず起こる自発的な崩壊、そしてイギリス人の物理学者、ルーサーフォードによって最初に行われ、そしてそのすぐ後に、『光線』を共に照射する事を通して(例えば、リチウム、ボロン、シリコン、アルミニウム等々の)より軽い原子の分解によって、ウィーン(オーストリア)のラジウム・インスティチュート(研究所)において繰り返された、その様な外的で放射線照射の分解の行程でした。原子的な研究は、最も軽い物事(素材)である水素とヘリウムから、全ての原子はとても単純な構築のブロック(塊)から構成されると、原子的な研究が実証したので、『錬金術』の一般的な可能性はもう、証明される必要が無く・・・;様々な化学的な要素(元素)は今後、構成要素のその数によって、そして恐らく、それらが(最も容易に)結合する原子の種類を通して分別されるでしょう。」

水銀からゴールドへの変格についての、ゲーラックの1924年のフランクファーター・ジータング紙の記事

「Miethe の(調査の)起源の地点は、水銀のランプが・・・とても強力で素早い照射の方法によって、それらの内部の巻き(コイル)の上で色黒いかさぶた(小さな塊)を形成したと言う観測でした。その研究は、その水銀のランプにおいてその様な塊のより大きな量を会得し - その様な水銀のランプは、あらゆるゴールドの素材を全く有していない事が確認されましたが、70ヴォルトのポテンシャル(効能)と400-2000ワットで電力供給されると共に、70-200時間の間に - 測量可能な量のゴールドを産出しました!・・・その量は少量でしたが、それらは常に1/10から1/100ミリグラムの間で、目に見える方法で測量可能であり、分析可能でした・・・より大規模で、科学的な実験が望まれるのは、特にそれがストレスの対象にされた時の水銀の、驚く程に低い安定性を人が考慮した際、それらの研究者達が、単一的で、先駆者的な突破口を開いた事のあらゆる示唆があるためです。」⁴⁵⁵

最初に読んでみると、その記事は、(14年後の1938年の、オットー・ハーンによる)核分裂の発見の直前の、原子物理学の時代の、その他多くの一般向けの科学的な記事の様に現れ:約束に満ちていますが、次の曲がり角の背後に潜んでいる量子力学の複雑性にまだ、ナイーヴにも気付いていません。現代の物理学者は、ほぼ間違いなくそれを、その後の観測の「現実性」が実証される前に、科学的な発見にとても頻繁に追随する「願望的な思考」の一種として、否定するでしょう。

「ですがその観点にもまた問題があり、その記事がゲーラックによるものである事は言うまでも無く、そしてそれが、核分裂の発見の前に起こるためです。簡単に云うと、Miethe 教授と Straumreich 教授達によって観測されていた変格が、正に「electrolytical (電気研磨/電解)」的な方法によって行われた様に現れるのは、言及された「照射」が「ヴォルト」や「ワット」の一般的な用語において表現されたためです。ですが、そのコンテキスト(文脈)がまた示唆するのは、放射線的な照射で - 電気的に派生された X-線の可能性が最も高い事がまた - 頭に入ります。

「そしてその記事について見逃されるべきでは無い、その他の奇妙さがあり、そしてそれは、その発見を行ったとされる教授の名前で:A. Miethe です。UFO のナチスの伝説と共に親しみのある読者達は、Miethe の名前が、ナチスのための空飛ぶ円盤において関わったとされる、シュリーヴァー、Habermol、ショウバーガー、そしてベロンゾの内の一つだと認識するでしょう。これは、その同じ Miethe、またはその親戚の一人だったのでしょうか?

「・・・それらの問いに対する答えが何であれ、ゲーラックの記事から一つの事が鮮明で、そしてそれは、彼が、核分裂の発見の後に得られた、ニュートロン(中性子)の照射を通した変格の、基準的なモデルの定義において考えているのではないのが単純に何故なら、それらのモデルが(当時)未だに存在していなかったためですが、それでも彼は、放射線と電磁的な照射、またはむしろ、ストレスを通した変格の何らかの形状の定義において考えています。実際に、磁気的なレゾナンス(共振)とエレクトロン(電子)の回転における1921年の実験が彼にノーベル物理学賞を受賞させたゲーラックにとって、それらの結果は、十分な資金、関心、そして研究が与えられれば、極度な状態の下で達成する事が出来るかも知れない、回転とレゾナンスの可能性と共に、彼自身の頭脳を興奮させたはずです。これは、私が信じるに、彼の頭の中に実際にあったものであるはずです。

「それらの洞察は、彼の最後の2つのコメントを、怪しくも啓示的にします。『より大規模な実験が望まれるのは、特にそれがストレスの対象にされた時の水銀の、驚く程に低い安定性を人が考慮した際、それらの研究者達が、単一的で、先駆者的な突破口を開いた事のあらゆる示唆があるためです、』とゲーラックは強調します。それは研究資金を求めている科学者の、親しみのある(悲痛な)叫びです。そして彼と、彼が彼の懇願を体現した新聞の知名度を与えられると、彼の発言の意図された標的は唯一1つしか無く:ドイツ政府と、その多くの企業的で、金融的な後援者達でした。

「ですが『それがストレスの対照にされた時の水銀の驚く程に低い安定性』に関する最後の明言に着目してもらいたいのは、ゲーラックが此処で、少ない言葉において、その様な研究が行われる事を彼が望む調査の一線を宣言するためで:水銀の様な、高い密度で、ドロドロ(粘着性)で、低い-安定性の金属を、ストレスの対象にする事です。そしてそのコンテキストを与えられると、私達はそれが対象にされる事を彼が意図する種類を知っていて:放射線的と電気的です。ゲーラックは明らかな事を推論し:もし、その様な単純な方法が、水銀の極少量がゴールドへと変格する原因に成る事が出来るなら、するとこれが意味するのは、それらの状態が水銀において不安定性の一種を誘導する事です。そしてそれと共に、彼の前に可能性の全く新たな世界が開け、その世界を彼自身が『錬金術的』と呼びました。」⁴⁵⁶

そして其処で、少なくとも、錬金術が関する限り、私はその問題について、筆を休めました。

ですが、実際に、ゲーラックの発言の、より広いコンテキストは何だったのでしょう?ゲーラックが言及した、Miethe 教授と Staumreich [sic]の論文は何だったのでしょう?

これは、それが・・・興味深く成る処です・・・

2.一人の日本人と、二人のドイツ人の物理学者達による、錬金術的な論文

その逸話は、長岡(半太郎)と言う名前の日本人の物理学者と彼の同僚達が、その約4カ月後に、ゲーラックの記事が現れる同じ年の、1924年3月に、ある実験を行った時に始まりました。水銀とビスマス(蒼鉛)のアイソトープ(同位体)の様々なスペクトル的な一線、そして特にゴールドのスペクトル的な一線を研究し、長岡(教授)と、東京(帝国)大学における彼の同僚達は

「パラフィン・オイルのダイエレクトリック(絶縁/誘電)的な層の下の、タングステンと水銀の間に、4時間、約15 x 104ヴォルト/cm を放電しました。彼等は、その粘着性の残留物において(ゴールドを)探知するために、カシウス試験の紫色を使用しました・・・その黒い塊は真空において純化され、その後、ガラス製の入れ物の、王水(濃硝酸と濃塩酸との混合液)、またはルビー色の赤の点のどちらかにおいて、(ゴールドを)産出するために、酸素との燃焼と、塩酸で抽出されました。(ゴールドの)マイクロスコープ的(極少量の)フィルム(薄い層)が時折、発見されました。」⁴⁵⁷

デーヴィッド・ハドソンの残像です!

長岡はまた、「変格を確かにするためには、200度以下の温度で、真空において蒸留する事によって(水銀の)純化を繰り返す事が不可欠」だと観測しました。⁴⁵⁸ その低い温度を頭に入れてもらいたいのは、次の章の中でそれが、その逸話の重大な部分に成るためです。

ですが、長岡がその後、提案したものが息を奪うものだったのは、当時、少なくとも、一般的に、そして表向きに知られていた文献に限って – 原子核の高度な回転の状態のモデルが、全く観測されても、提案されてもいなかったためで:

「もし、(水銀の)原子核に対する上述の推論が正確なら、私達は恐らく、([水銀]から[ゴールドを]産出するために)、(アルファ-)光線、または干渉の何らかのその他の強力な方法によって、原子核から水素のプロトン(陽子)をぶつけて出す事によって、錬金術師達の夢を実現出来るでしょう。」⁴⁵⁹

端的に、長岡教授が示唆していたのは、水銀の「原子核から」プロトンが「少々分離される」事が可能で、取り出す事が出来ると言う事です。⁴⁶⁰ 長岡教授の抽出の方法は、上述の引用から明らかで:その原子核を照射の対象にし、プロトンが分離されるかを確認する事です。当時、流通していたその様な発想は、ゲーラックの注目を間違いなく捉え、そして実際に長岡の論文の一つは1924年5月に、正しく、ドイツの科学的なジャーナル、Naterwissenschaften の中で記述されました。これは、ゲーラックに対して、彼の専門分野である高度な回転の様な、その様な変格のその他の方法を思い浮かばせたかも知れません。

ですがほぼ同じ時に、ベルリンの技術高等学校の光化学学部において、アドルフ Miethe 教授は、「紫外線の光線のための源泉として使用された水銀の蒸気のランプが、クオーツのチューブの中で形成したススっぽい残留物のために、一定の時間を過ぎると機能しなく成る事を発見しました。」⁴⁶¹ それらの残留物を試験すると、彼は、それらがゴールドを含んでいる事を発見しました。1924年5月8日に、彼と、彼の同僚、ハンツ Stammreich 博士は、「貴金属の抽出に対する改善、または関連」と題された、ドイツ特許番号233,715を与えられました。⁴⁶² そのゴールドの量は、部分的に、電気的な効能(potential)、電流の量、そして水銀の蒸気(ガス)の圧力に依存しました。⁴⁶³

それらの様な、その様な考えがまた、以前の章の中で見られた様に、レーザー・アイソトープ分離(濃縮化)のナチスの開発の可能性に更なる刺激を供給したのは、元素、またはアイソトープの分離、そして更に変格のより効果的な方法が - レーザーの光の様な – 正に一貫的な/干渉性の電磁的な放射による照射を通してで、それが正しく分離(濃縮)されるべき元素、またはアイソトープのレゾナント・フリクエンシー(共振の振動率)に対して調整されたためです。

ですが Meithe と Stammreich の特許と共に、錬金術的なジーニーが、(アラジンの)ランプから解放され、そして世界中の科学者達が、彼等の実験の可能性と結果に対して、同意、または反論し始めました。そして目撃された様に、ゲーラック自身が既に、フランクファーター・ジータング紙の中の彼の記事と共に、その可能性に好意的に意見を述べました。例えば(彼はこう述べました)、

「O. Honigschmid と E. Zintl は、電位差測定の用量設定(滴定)、または TiCl₂を共にした第二金塩を使用して、Meithe の水銀(的なゴールド)の原子的な重さを決定しました。それは、197.26であると発見され、それは通常(のゴールド/197.2)よりも重いものでした。彼等は、マス・スペクトログラフ的な分析の必要性を強調しました。」⁴⁶⁴

その他の科学者達も、そのシナリオ全体に対して介入し、観測された変格のために提案された方法は、その現象のための説明に対して単純に不十分であると、主に主張しました。

その後、1924年12月において、科学的アメリカン誌が、「 Meithe の実験の包括的で、正確な実験を実施すると公表しました。」⁴⁶⁵ 試験は実施され、そして Meithe の機器の複製が実際にドイツから会得されましたが、ゴールドのあらゆる産出は全く発見されませんでした。故に幾らかの人(科学者)達は、Meithe がそれ(ゴールド)を探知したのは唯一、元々の初めの水銀が、ゴールドを含んでいたためであると提案しました。⁴⁶⁶ ですが恐らくもう一つのメカニズムが機能していて、コザレフの実験と、錬金術師達の観測から、私達が知っているもので:実験のタイミングが、その成功のために不可欠でした。

ドイツ人達は、びくともしませんでした。1926年において、ドイツの電気的な大企業、ジーメンズ社がその行いへと加わり、1926年4月に、「水銀的なゴールドの行程の産出において、産出の10,000倍の増加を得た」と公表しました。ジーメンズ社は、その水銀を「極度に高い真空におけるエレクトロン(電子)」と共に照射し、そして「1(キログラム)の(水銀)から」、100ミリグラム(のゴールド)を会得しました。⁴⁶⁷ Siemens und Halske Aktion Gesellschaft はその後、その行程のために、ドイツ特許番号243,760を会得しました。⁴⁶⁸

その状況全体が熱狂し、様々な実験の元々の実行者達、長岡教授、Meithe 教授、そして Stammreich 教授は、物静かに批判に対応しました。ですが「その問題の全体は、全く解決されませんでした。」⁴⁶⁹

その状況の全体から浮上するのは2つの物事です。一つは既に目撃された様に、つまり、ドイツ内の誰かが、一方で回転のレゾナント現象 に対して、またはもう一方で、「カスケード」、またはレーザー処理を通した干渉性の光学的な分離の可能性に対するどちらかにおいて、機能しているメカニズムに結び付けた事です。結局の処、その状況の全体を開始したのは、水銀の蒸気(ガス)を電気的にパルス(衝動/ストレス)する事でした。それらを、干渉性のレーザーの光の、正確に調整されたレゾナントのフリクエンシーと共にパルスしてみたら、どうだったでしょう?ドイツ人達がその問いを尋ねたなら - そして以前の章から目撃された様に、彼等がそうしたと言う状況証拠はあり - すると、以前の章の中でリチャード・ホーグランドと私が主張した様に、それは、それを達成する唯一の正にメカニズムとして - レーザーである - 一貫的/干渉性の光へと、彼等を必然的に導いたでしょう。

ですが、その他の事が、この状況から台頭しました・・・

3.・・・フランツ・タウセンド事件

フランツ・タウセンドと共に、錬金術が、有名では無いジャーナルの中の科学的な論文の背後に隠れるのではなく、とても公な構図へと、それ自体を入れるのは、タウセンドが自ら認める錬金術の実行者だったためです。そして、もし人が彼の主張を信じるなら、彼は1920年代において、水銀からゴールドを産出し始めました。⁴⁷⁰

ですがこれは、彼の重要性ではありません。彼の重要性はむしろ、1925年までにタウセンドが、1918年の春から夏において、ドイツ帝国の最後の攻撃を導き、英国とフランスの陸軍を分断し、その前者を海の中へと追いやる寸前まで追い詰めた攻撃(ダンカーク)を指揮した、有名な将軍である、エリック・ルーデンドルフ以外の何者でも無い人と、とても親しくなった事実にあります。

そしてエリック・ルーデンドルフは、1925年に成ると、アドルフ・ヒトラー以外の何者でも無い人と親密に成り、ナチス党の熱烈な支持者でした。タウセンドは、彼の実験のために、ルーデンドルフから、そしてアルフレッド Mannesmann の様なその他のドイツの実業家達から、およそ100,000ライヒマルクの金貨を確保する事に成功しました。⁴⁷¹ これは、タウセンドを必然的に中心とした「錬金術的な企業」の形成に繋がりました。その他の主要な後援者達は、勿論、ヒムラーと、後の高い階級の SS の将軍、オズワルド・プールを含んでいました。

以下の写真が証明する様に、ヒムラーのためのそれらの「錬金術的な企業」の存在を証言している、プールからの戦後の手紙さえ存在しています:(227ページ参照:)

そのタウセンド事件が、しかしながら、ナチスと彼等の関係者達にとって、ある意味、国家的で国際的なスキャンダルへと発展したのは、その資金の多くがその計画の贅沢三昧を保つために使用され、そしてその行程の費用が、産出されたものの価値よりも高く、最終的にタウセンドを、ドイツにおいて一般的に報道された詐欺の裁判へと導き、その裁判は幾らかの国際的な注目を引き寄せ、例えば、ニュー・ヨーク・タイムズ誌の表紙を飾りさえしたためでした。⁴⁷²

C. まとめ

そのタウセンド事件を人がどの様に捉え様とも、人がもし、当時の一般的なピア・リヴュー(同僚の科学者達に検証評価された)「錬金術的」な科学、そして特にヴィリグートの錬金術的な哲学の、より広いコンテキストの中にそれを位置付けると、一つの事が鮮明に成り、そしてそれはつまり、SS が内密に、そして裏帳簿で探求した、「錬金術的な」物理学の十分に広い概念的な土台があったと言う事です。そして10年も経たない内の、ニュートロン(中性子)の照射による核分裂の、オットー・ハーンによる実際の発見の現れと共に、少なくとも一つの鮮明な手法が利用可能で、ドイツ人の科学者達が - その他の国々の科学者達と同様に - 大量破壊の凄まじい新たな兵器、原子爆弾に繋がる事が出来ると、直ぐに理解したものでした。

そして量子力学の科学的な文化と - ドイツの「国内産」、そして故に「アーリア的な」科学(i.e. 非-相対性理論)の両方の中に - フォトン(光子)のカスケードの原則の上に依存した、レーザー・アイソトープ分離(濃縮)である、アイソトープ(同位体)分離の急進的で、とても先進的な形状を彼等に対してまた示唆した、十分な概念的な熟成がありました。以前の章の中で目撃された様に、科学的な文献の中のその表舞台における公表の40年以上も以前に、これが正に彼等が行っていた事であると論議可能な状況証拠があります。最終的な分析において、その時間枠における、科学技術のその様な先進的な理論化の可能性に対して人が躊躇する必要も無いのは、彼等のその他の秘密兵器の計画、そして特にザ・ベルと共に、類似した行程がまた、とても明らかだったためです。

最後に、その戦争の以前の短い期間に、オカルトの(隠された)題材における、SS の全国指導者、ハインリッヒ・ヒムラーの親密な助言者だったカール・マリア・ヴィリグートと共に、人は物理的な媒質自体の、錬金術的な哲学者を有し、その媒質を更に加えて彼は回転の方向性の特徴を持っていると見解し、その概念は、ナチスのベル計画の主任、ウォルター・ゲーラック博士の様な人が見逃す事の出来るものではありませんでした。
_____
410 Jarl Widar (カール・マリア・ヴィリグート), “The Creative Spiral of the ‘World-Egg’!”, Hagal 11 (1934), Heft 9, pp. 407, cited in Stephen E. Flowers and Michael Moynihan, The Secret King : The Myth and Reality of Nazi Occultism (Los Angeles: Feral House, 2007), p. 106.
411 See for example Dusty Sklar, The Nazis and the Occult
412 Rudolf Von Sebottendorff, Bevor Hitler Kam (Munich: Deustula-Verlag Grassinger & Co, 1933, 1 Auflage), p. 190.
413 For the views, see my Reich of the Black Sun.
414 Stephen E. Flowers and Michael Moynihan, The Secret King: The Myth and Reality of Nazi Occultism (Los Angeles: Feral House, 2007), p. 44.
415 Ibid., p. 45.
416 Rudolf Von Sebottendorff, Bevor Hitler Kam, p. 32.
417 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 46.
418 Ibid.
419 Ibid.
420 Ibid., p. 47.
421 Ibid.
422 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 48.
423 Ibid.
424 Ibid., p. 49, emphasis added.
425 Ibid., emphasis added.
426 これは、イタリア北部におけるドイツ軍の降伏を行う際に、その戦争の末期に、チューリッヒにおける OSS (後の CIA)の部署の主任、アレン・ダレスと、秘密裡の話し合い(手打ち)を行った、同じウォルフです。
427 Flowers and Moynihan, The Secret King, pp. 59–60.
428 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 70.
429 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 31.
430 Ibid., p. 32.
431 Ibid.
432 Ibid.
433 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 33, emphasis added. フラワースと Moynihan は此処で、フランコ-プロシア戦争の勃発における、ドイツ帝国の形成において、1848年の革命とその後の、ヨーロッパ国家主義(EUにおけるとても重要な役割を果たした、隠れた秘密結社と秘儀主義的な関係についてヒントします。そのドイツ帝国がプロシアの国政術と戦略手法の目覚ましい達成であった事は否定出来ませんが、ヴォン・ホーヘンゾーレン達自身との彼等のあからさまな関係を超えて、「リザード(トカゲ)会」とその他のテュートニック(テュートン/トート的)騎士団の直系的な後継者達が行ったかも知れない役割の可能性は、殆ど知られていません。その時代と、秘密結社の役割の学術的な歴史の最善の一冊は、議会の元図書館員、ジェームズ・ビリントンの研究、Fire in the Minds of Men です。
434 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “Zodiacal Signs and Constellations,” Hagal 12 (1935), Heft 4, pp. 56–58, cited and translated in Stephens and Moynihan, The Secret King, p. 113.
435 Karl Maria Wiligut, “Description of the Evolution of Humanity from the Secret Tradition of our Asa-Uana-Clan of Uiligotis,” SS Document, 17 Hune 136, Marked read by H.H. (Heinrich Himmer), Archival File for Wiligut/Weisthor, Bundesarchiv Potsdam NS 19/3671, cited in Flowers and Stephens, The Secret King, p. 126, emphasis added.
436 Flowers and Moynihan, The Secret King, pp. 126–127.
437 それらの文献の多くは、私の著書、The Cosmic War: Interplanetary Warfare, Modern Physics, and Ancient Texts, (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2007), pp. 100–233.の中で検証されました。
438 Q.v. my The Cosmic War, pp. 67–83. この短い節は、相応しくヴィリグートの「錬金術的な物理学」の殆ど全てをまとめ、それは賢者の石の様に監禁(体に閉じ込める)、または「体現」でした。
439 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 34.
440 Ibid., p. 57.
441 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “Number,” Hagal 11 (1934) Heft 8, pp. 104, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 100, emphasis added.
442 Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 70.
443 Cf. my The Cosmic War: Interplanetary Warfare, Modern Physics, and Ancient Texts, pp. 285–294, and The Giza Death Star Destroyed: The Ancient War for Future Science, pp. 8–11.
444 Karl Maria Wiligut, “The Nine Commandments of Gôt,” signed manuscript, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 79, emphasis added.
445 「そのサイクル(循環)は、それが始まった正に同じ実質へと戻った時に、完結する」と言うフレーズは実際に、トマス・アクイナスのもので、正しく、三位一体の教義の、オーガスティン的な形成に対する言及において使われました。Summa Contra Gentiles, Book Four: Salvation (Notre Dame), p. 145.
446 Karl Maria Wiligut, “Ancient Family Crest of the House of Wiligut,” Hag All All Hag 10 (1933), Heft 2/3 pp. 290–293, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 81, emphasis added.
447 See my SS Brotherhood of the Bell, pp. 162–191 and my Secrets of the Unified Field: The Philadelphia Experiment, The Nazi Bell, and the Discarded Theory, pp. 262–288.
448 Karl Maria Wiligut, “Number,” Hagal 11 (1934) Heft 8, pp. 1–4, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 100.
449 私の著書、ギザの死の星は使用されたに始まり、そして更なる私の著書、ザ・ベルの SS 同胞団と、統一されたフィールドの秘密の中で発達された様に、私の主張を読んできた読者達にとってこれが意味するのは、その中で私が主張した様に、この種の物理学が、以前のソヴィエト連邦において、完全に調査し始められたと言う、トム・ビアデン二等陸佐の主張が実際に事実では無かった事です。SS におけるヴィリグートの思想の存在、そして彼がヒムラーに対する親密で個人的な助言者であった事実、彼の思想が、少なくとも、ザ・ベルの実際に機能的なパラメーターに対する強い類似性を示す事実、そして最後に彼自身が、それらの回転しているフィールドの分離において既に行われている幾つかの実験に明言する事実は、この物理学の、実際の近代の歴史的な調査と応用が、ナチス・ドイツにおいて始まったと言う、私の主張を肯定する、更にもう一つの論議です。
450 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “The Creative Spiral of the ‘ World-Egg’!” Hagal 11 (1934) Heft 9, pp. 4–7, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 106.
451 See my Reich of the Black Sun: Nazi Secret Weapons and the Cold War Allied Legend, pp. 206–221.
452 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “The Creative Spiral of the ‘ World-Egg’!” Hagal 11 (1934) Heft 9, pp. 4–7, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 107.
453 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “Zodiacal Signs and Constellations,” Hagal 12 (1935) Heft 4, pp. 56–58, p. 113, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 113. Previously cited here on p. 269.
454 Karl Maria Wiligut, a.k.a. Jarl Widar, “The Creative Spiral of the ‘ World-Egg’!” Hagal 11 (1934) Heft 9, pp. 4–7, cited in Flowers and Moynihan, The Secret King, p. 108.
455 Prof. Dr. Walther Gerlach, “The Transmutation of Mercury into Gold,” Frankfurter Zeitung, evening edition, Friday, July 18, 1924. My translation from the German. Emphasis added.
456 Joseph P. Farrell, The SS Brotherhood of the Bell: NASA’s Nazis, JFK, and MAjIc-12, (Kempton, Illinois: Adventures Unlimited Press, 2006) pp. 272–276.
457 Robert A. Nelson, “Adept Alchemy,” www.levity.com/alchemy/nelson2_html , p. 1, citing Nagaoka, H., “Transmutation of Hg into Au,” Naturwissenschaften, 13:682-684 (1925); Naturwissenschaften, 14: 85 (1926); Nature 114 (August 9, 1924), 197; Nature 117 (#2952, May 29, 1926), pp. 758–760.
458 Robert A. Nelson, “Adept Alchemy,” www.levity.com/alchemy/nelson2_html, pp. 1-2, citing Nagaoka, H., “Transmutation of Hg into Au,” Naturwissenschaften, 13:682–684 (1925); Naturwissenschaften, 14: 85 (1926); Nature 114 (August 9, 1924), 197; Nature 117 (#2952, May 29, 1926), pp. 758–760.
459 Robert A. Nelson, “Adept Alchemy,” www.levity.com/alchemy/nelson2_html, p. 2, citing Nagaoka, H., Journal de Physique et la Radium 6:209 (1925).
460 Nelson, “Adept Alchemy,” p. 2.
461 Ibid.
462 Nelson, “Adept Alchemy,” p. 2.
463 Ibid., citing “attempts at Artificial Gold” in Literary Digest (14 March 1925 and 12 December 1925). No page references given.
464 Ibid., citing Honigschmid, O. & Zintl, E., “The Atomic Weight of Au…” in Naturwissenschaften 13:644 (1925).
465 Robert Nelson, “Adept Alchemy,” p. 9.
466 Ibid., citing Scientific American (Dec. 1924); ibid. (November 1925), p. 256; ibid., (April 17 1926) p. 90; ibid., 138 (128) p. 208.
467 Ibid., p. 5., citing Scientific American (April 17 1926), p. 90.
468 Ibid.
469 Ibid., p. 7.
470 Nelson, “Adopt Alchemy,” p. 7.
471 See Franz Wegener, Der Alchemist Franz Tausend: Alchemie und Nationalsozialismus (KFVR: 2006), ISBN 3-931300-18-8.
472 See, for example, “Alchemy’s Deceitful Trail: ‘Gold’ by Transmutation Still Deludes Victims, but Early Experimenters Aided Science,” The New York Times, Sunday, November 17, 1929, p. SM 9; “German’s Alchemy Called Huge Hoax: Leading Munich Chemists and Newspapers So Brand Test — Leaks in Supervision Disclosed,” The New York Times, Friday, October 11, 1929, Section, Radio, p. 37; “German Produces Gold in Synthetic Test; Denies Swindling Ludendorff and Others,” The New York Times, Thursday, October 10, 1929, p. 1.
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