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バビロンの金融マフィア達: 第六章

第六章
錬金術が林檎の箱を引っ繰り返す

変格的な媒質(エーテル)と星々と金融マフィア達の錬金術

「太古の神秘主義の学派の間に国際的な相互関係が存在していたと言う論説のための更なる補佐は、銀細工の技術の素晴らしい例である - グンダーストラップの大釜の発見でした。ジュットランドの泥炭沼において発見されたこの椀(大釜)は、全-文化的な神々と共に装飾されていました。」
- ブライアン・デスボロ
³⁸²

ですから再び、それらの物事の全ての間の、何の可能な関連性が存在する事が出来たのでしょう?何故、私達は J.P. モーガンがテスラを隠蔽しているのを見つけるのでしょう?何故、順を追って私達は、彼の「電力無線送電」を機能させるために、テスラが「地球を鷲づかみにする」事に没頭しているのを見つけるのでしょう?何故、私達は(占星学、天文学、そして - ホーグランドがヒントした様に - 神聖な幾何学の形状において)銀行業と物理学の間の驚きの太古の関連性を見つけるのでしょう?何故、私達は、ネルソンと言う名の RCA の技術開発者が、どう見ても占星学的な図表としか見えない惑星的な図表を描いていたのを見つけるのでしょう?何故、私達は、エドワード・デューイーの様な政府の経済学者が、全ての種類のサイクルの研究のために、その生涯を捧げているのを見つけるのでしょう?そして何故、私達は、経済的な活動と物理学の間の、意識的で意図的な言及を行っているのを見つけるのでしょう?そして何故、私達は、太古の時代だけでなく、現代においても同様に、その様な調査の近辺の、銀行家達の存在を見つけるのでしょう?

A. 経済物理学

1.物理学者達が金融に進出する:原始太古の過去に対する鍵としての現代のモデル

その答えは現代において部分的にあり、そしてこの膨大で複雑な、そして太古の関係の玉ねぎの皮の層をめくり始めるために、人は新たな学術分野 - 「経済物理学」の - 台頭と、物理学者達が現代において高度な金融に進出し、彼等と共に応用された数学の、彼等の技術と道具、そして分析をもたらした際に何が起こったのかを検証しなければなりません。

その用語、「経済物理学」は、2つの物事を反映するために、1990年代の中期に H. ユージーン・スタンリーによって実際に造語され³⁸³:最初に、それは実際の基準的な学術、または実験的/研究的なキャリアにおいて可能なよりも、より高い給料の土台と、応用された数学的な分析の使用の機会を、金融的なセクターが頻繁に供給したので、そのセクター自体への学位を持つ物理学者達の大規模な流入を反映するためにデザイン(造語)され、そして第二に、それは、物理学者達が量子力学において発達させた統計学的な分析の技術を、経済的、そして金融的な分析自体の問題に応用するために得られた、物理学者達の没頭に反映的でした。

その様なものとして、経済物理学は「間学術的な研究の分野で、元々、物理学者達によって発達させられた論説と手法を経済学における問題に応用する事で、通常、それらに含まれているのは、不特定性、または確率的な行程と非-直線的な流動性(ダイナミクス)です。³⁸⁴ この関心に刺激を与えたものは、部分的に、ウィキペディアの記事によると、「1980年代から始まった、金融的なデータの莫大な量の利用の可能性でした。」³⁸⁵ 勿論、前述された様に、これが正確な真実では無いのは、更にもっと以前まで遡り、商業庁とその他の情報源、そしてその他の国々から利用可能なデータの膨大な量が存在していたためで、エドワード(デューイー)とサイクルの研究のための財団に使用されたデータベースであり、そして主要で国際的な銀行の経済学者達の幾らかを含むその会員達によって知られていたデータベースであったためです。

金融と経済のシステムに対して彼等の技術を応用するこの研究に対して物理学者達を特に引き寄せた一つの事は、正に経済学において頻繁に、非-均整の一般的な状態がはびこっていたためで³⁸⁶、つまり、資源、資産等々の均一的な分配が存在するシステムを、人が決して扱っていないと言う事のためでした。物理学者達と科学者達は、つい最近 - 1960年代において - 非-均一的で物理的なシステムと、それらの驚きの自己-組織化する能力を研究し始めたばかりで、経済学の彼等の研究のための動機が鮮明に成り:物理学者達は、人類に対して知られている最も悪名高き非-均整のシステム - 経済的なシステムを - 研究する事によって、物理的な世界におけるその様なシステムの能力の彼等のモデルが、経済的なシステムにおける自己-組織化のモデルに対して、幾らかの成功と共に応用される事が可能で、その土台の上で貴重な予測が出来ると考えたためです。直ぐにこれから目撃される様に、これは経済的なシステムにおいて関わっているより深い物理学の可能性に対する重要な手掛かりです。

簡潔に述べると、量子力学が経済学に進出し、そして何故なのかの理由は比較的に認識するのが簡単で、何故なら経済的な活動が「多くの異質の媒体の間の相互関係の結果で、そして多くの粒子が相互関係する統計学的なメカニクスを共にした類推が存在する」ためです。³⁸⁷ そしてこの新たな間学術的な試みにおける鍵の道具は、「統計学的なメカニクスの経路積分」の使用でした。³⁸⁸

ですがこれは正確に、何を意味していたのでしょう?

最初の示唆は、現代における経済的な研究への物理学者達の流入を、太古の時代において起こった事の類推として人が使用し、そしてより深い物理学の「高度な知識」を共にした者達が、高度な金融の世界、つまり彼等の現代の子孫達の様に、生活水準と個人的な資産を改善する事を求めて寺院に進出し、この同じ様な事が太古の時代にもまた起こっていたと仮定する事です。そしてそれらの神聖化された建物と部屋に一度潜入すると、彼等は当時の銀行家達である「ブリオンの売買人達」と連合しました。それが大規模な宇宙戦争の直後の不可欠な休戦だったのは、もし失われた科学と科学技術が最終的に再構築されるためには、沢山のマネー、そして沢山の科学的な専門知識を必要とするためで、そして両方が、太古の時代において、寺院の中にあったためです。

二番目の示唆は量子力学自体の詳細な検証を必要とします。

2.量子力学、太古の占星学、そして統計学的なアプローチ(近づき方)

人は、その原理的な原則、ヘイゼンバーグの不特定原則自体を考える事によって、量子力学の統計学的な本質の理解を得る事が出来るかも知れません。簡単に述べると、その不特定原則は、もし人がエレクトロン(電子)の速度を測定すると、人はその位置を測定する事が出来ず、そして正反対に、もし人がその位置を測定するなら、その速度を測定するのは不可能であるとします。故に、量子力学は幾つもの粒子の振る舞いを全て同時に考える時に、その振る舞いをモデルするために、統計学的な可能性の観測と集計に頼らなければならないと言う事です。

もし人が、占星学も同時に含めて、太古の文献を表面上の価値でとると、同じ事が真実なのは、量子力学、そして時間をかけて勤勉に行われた無数で測り知れない観測、更にその膨大な数の相互関係に対する統計学的なアプローチと共に、まさに現代的な類推が存在するのは、これが正しく太古の時代においても、人が出くわすものであるためです。実際に、以前にも記述された様に、バビロニアの「前兆の粘土板」は、惑星的な配置/配列と一致的な地球上の活動と効果の天文学的な観測 - 私達が現在、占星学と呼ぶコンビネーションが - 数百万年を超えた以前に行われていた事を示唆します。これは故にブリオンの売買人達の他に、その寺院において機能していた、何らかのその他の隠された影響力が存在していた事への、更なるもう一つのサインで、そしてその影響力は、彼等の観測のリストを収集していた、太古の占星学者-天文学者達自身のものでした。以前の章から、太古の国際的な「ブリオンの売買人達」が、様々な寺院の神官(官僚)階級-占星学者達と共謀していたのは明らかです。

3.李博士のガウシアン・コーピュラと物理学の類推:複数体の問題

量子力学の統計学的なアプローチ、そして数千年に渡る太古の天文学的、そして占星学的な観測によって示唆されるものは、少々、興味深いルート:複数体の問題を通して、デーヴィッド・李博士のガウシアン・コーピュラに直接関連しています。その問題は、粒子の質量の集合体の振る舞いをモデルする事の難しさに対する正確な類推です。ですが、人がモデルされるためのシステムに更にもっと運動している質量を加える際に、全体的で流動的なシステム、またはその中のあらゆる個々の構成要素の振る舞いを扱い、正確に予測する数学的な脳力が劣化し始め、エラーのマージン(幅)が大きく成ります。李博士は、勿論、経済的な活動の相関性の彼の「複数体の問題」を、十分に予測可能な様に、統計学的なアプローチ(対処の仕方)によって解決し、それは経済的な活動へと、ランダム(非-一貫性)の可能性を含ませました。

ですがもし、量子力学の非-一貫性が、それ自体、より深い物理学の結果だとしたらどうでしょう?そして、もしそれがそうであるなら、そして「経済物理学」は物理的なモデルの経済学への応用でしかないので、そのより深い物理学はまた、経済活動のより深い物理学に成るのでしょうか?

4.より深い物理学:

a. デーヴィッド・ボームの隠された変数の量子力学と関連した秩序


この問いによって示唆された、より深い物理学は、その最も有名な説明者の一人で、よく知られたプラズマと量子の物理学者であるデーヴィッド・ボームの検証を行う事によって、直ぐに理解する事が可能かも知れません。ボームが最も良く知られているのは、実際に、量子力学の理論の彼の「隠された変数」版のためで、その中で、物理学者達によって観測され、測定された量子力学の「ランダム(非-一貫)性」(ボームの「詳細に説明する秩序」)は、より深く、そして更に秩序化された超越-次元的な現実(ボームの「関連した秩序」)に対して示すと理解されます。ボームはそれらの見解の一般的な扱いを全体性と関連した秩序と題された本の中に概要し、そして彼のアイデアの私達の検証が基づくのはこの本です。

ボームにとって、量子力学の発達の全体は、この超越-次元的な「関連した秩序」の現実的な存在を示していました:

「人が発見するのは・・・数学的な方程式の意味の思考、そして実際の実験の結果の両方から、様々な粒子の間の相互関係のあらゆる力の定義において説明する事の出来ない、より高い-次元的な現実性の投影として、それら(の粒子)が文字通り理解されなければならないと言う事です。」³⁸⁹

言葉を変えると、ボームは、この章の始まりにおけるリチャード C. ホーグランドと殆ど正しく同じ事を言っていて:粒子は、回転している質量として、そしてその振る舞いが統計学的な集合体として測定された時に、私達自身の世界へと、超越-次元的な現実性を「ゲート(門)」するポータル(出入り口)であると言う事です。ホーグランドが、しかしながら、とても大きな質量、i.e. 恒星の物理学の超越-次元的な示唆を考慮している間、ボームはとても小さなもの(粒子)の物理学の超越-次元的な示唆と共に考えています。これは、その関わっている物理学がスケール(大きさ)不変数(定数)であると言う指標で、つまり、物理学がそれと共に扱う対象物のスケールの幅(変化)の全体に対して応用可能であると言う事です。

この超越-次元的な世界と私達自身との相互関係のボームの適切な類推は、プロジェクション(投影)です。「私達は、透明な壁を共にした四角い水槽と共に始めましょう」と、彼は述べます。³⁹⁰ 彼はその後、2つのテレビ・カメラを共にした水槽の図表を産出し、(カメラの)一つは水槽の一方の側(側面)に向き、そしてもう一つは互いから直角の側に向いています。それぞれのカメラ、「A」と「B」はそれぞれ、一つのテレビのモニターに接続されています。小魚が泳ぎ回る際に、その2つのカメラからの画像が、そのモニターに送られます。ボームはそれから、以下の様にコメントします:

「私達が其処に観るのは、2つの画面に表れている映像の間の特定の関係性です。例えば、画面 A の上で私達は小魚の映像を観て、そして画面 B の上でもう一つのその様な映像を観るでしょう。与えられた瞬間が何時であれ、それぞれの画像は一般的にお互いから異なっている様に見えるでしょう。そうであれ、一つの画像の中で特定の運動が行われるのが観られた時、その他の画像の中でも連動した運動が行われるのが観られると言う感覚において、その違いは関連していています。更に加えて、主に一方の画面の内容だったものが、もう一方の方に移り変わったり、またその逆も然りです(e.g. 元々、カメラ A の方を向いていた小魚が直角に体を入れ替えると、画面 A の上にあった映像が、今度は画面 B の上で見つけられます)。故に一方の画面上の映像の内容は常に、もう一方と相関し反映します。」³⁹¹

言い換えると、私達の三次元的な世界は、関連した運動を共にした異なった角度から知覚されると、単一的で超越-次元的な対象物を、分離されたものへと分解する「プリズム」の一種としての役割を果たします。

ボームは、高い-次元的な現実性からの投影としての、私達の三次元的な現実性のこの見解と、量子力学の知覚の上のその効果と、そしてその根底にある関連した秩序を、この章の始めにおける、恒星についてのホーグランドのコメントを不気味にも思い出させる言葉と共にまとめます:

「・・・(私達は)システムを構成しているそれぞれの「粒子」を、別々の粒子としてよりもむしろ、共通の三次元的な空間の中のその他全てと共に、「より高い-次元的な」現実性の投影として考えられるかも知れません。例えば、私達が以前に触れたアインシュタイン、ポドルスキー、そしてローゼンの実験において、単一の分子を形成するために、元々結合されたそれぞれの2つの原子は、六次元の現実性の三次元の投影として考えられるかも知れません。」³⁹²

しかしながら、このより深い物理学の可能性の全体の範囲が、完全に見解へと現れるのは、ボームがこの見解の示唆を考えるために振り向いた時で - 現代においては触れるまでも無く! - 太古の時代における金融マフィア達と寺院の関係のための理由が、少々鮮明になります。

それらの示唆が現れる様にするために、ボームは以下を記述する事によって始めます:

「・・・量子理論がフィールド(場)に応用された時・・・このフィールドのエネルギーの可能な状態は不連続(または量子化される)と発見されました。そのフィールドのその様な状態は、ある意味、空間の広い地域の上に広がっている波の様な興奮(波動)です。そうであれ、それはまたある意味、そのフリクエンシー(振動率/周波数)に対して比例的なエネルギー(そして推進力)の不連続な量子で、つまり、その他に意味においてそれは(e.g. フォトン/光子の様な)粒子です。しかしながら、もし人が空っぽの空間における電磁的なフィールドを、例えば、考える時、量子理論から人が見つけるのは、フィールドの興奮(波動)のその様な「波-粒子」のモード(種類)のそれぞれは「ゼロ-ポイント」エネルギーと呼ばれるものを有し、たとえエネルギーが可能な限り最小限まで落ちても、それ(ゼロ-ポイント)以下まで下がる事は出来ません。もし人が、空間の何らかの地域における興奮(波動)の「波-粒子」のモードの全てのエネルギーを足し算するなら、その結果が無限なのは、何故なら波長の無限の数が存在しているためです。」³⁹³

私達が先に進める前に、一時停止して、ボームがどの様に、そのゼロ-ポイント・エネルギーを特徴化させたのかを考える事が必要です。ボームにとって、前述された引用が鮮明にさせる様に、このエネルギーは空間自体の量子化された本質の結果で、そしてこの量子化が、その中の - 圧縮(密度の上昇)と粗鬆化(密度の減少)のエリア(範囲)の - 波の様な構造の結果であると言う事実でした。

これが何故そうなのかは、少々考えてみるだけで十分です。物理学者が、空間自体が量子化されていると提案する時、彼が何を意味しているのかは単純に、それが無限に分離化可能な継続性では無く、永久に更により小さな単位、またはセル(小体/細胞)へと分離可能では無いと言う事です。その理由は、ボームによると、もし空間自体が圧縮と粗鬆化(密度の上昇と減少)の波の様な構造の結果なら、するとその様な波の様な構造は必然的にその中のセルを誘導するためです。無限に分離可能な継続性として現れるものは、故に、本当は、真空の空間のあらゆる特定の地点において存在する、波長の無限の数に唯一由来するものであるためです。

この概念はボームが、空間自体の量子化に向かう次の一歩の仮定を行う事に繋がります:

「・・・更にもっと、より短い、短い波長に対して一致する様に、人がエネルギーを足し算し続ける必要は無いと提案する良い理由があります。粗鬆化のモードの合計の数、そして故にエネルギーが無限に成る特定で最短の可能な波長があるかも知れないためです。」³⁹⁴

私達はこの「最短で可能な波長」を、「ボームの波長」として呼びましょう。

この「ボームの波長」 - 波の様な現象がそれら自体量子化されると言うアイデアは - 此処において探求されている「より深い物理学」の一種のために深遠で巨大な示唆を有しています。一つを言うだけでも、この知られざる波長は、メイソン的な伝統の「失われた言葉(音)」の様に正しく聞こえ、または球体のハーモニー(調和)の秘儀的な教義の「失われた和音」の様に聞こえ、その和音は、その後者がそのハーモニック、または倍音の一連でしかないので、何らかの方法で物理的な創造の全てを一緒に結び付けるフリクエンシー(振動率/周波数)です。

この概念は、とても大きなものの物理学と、とても小さなものの物理学の統一の可能性のために、膨大な示唆を有していました。

「実際に、もし人が量子理論のルールを、現在受け入れられている一般相対性理論に応用すると、人が発見するのは、重力的なフィールドがまたその様な「波の粒子」のモードを構成し、それぞれが最小限の「ゼロ・ポイント」エネルギーを有していると言う事です。その重力的なフィールドの結果として、そして故に距離によって意味されるものの定義は、完全に定義する事が出来なくなります。その重力的なフィールドに対してより短く、更にもっと短い波長に対して一致している興奮(波動)を私達が加え続ける際に、私達は、空間と時間の測量が完全に定義不可能に成る特定の(波の)長さに辿り着きます。これを超えると、私達が知るものとしての空間と時間の概念の全体が、現時点においては特定不可能なものに変化します。ですから空間の「ゼロ・ポイント」エネルギーに対して貢献していると考えられるべきは、この最短の波長であると、少なくとも事前仮定的に、示唆するのは妥当でしょう。」³⁹⁵

端的に、その波長を見つければ、人は時空間とその中にある全てを技術開発するための能力を見つけます。人は、人が望む目的が何であれ、そのために利用可能な、エネルギーの実質的に無限な源泉へと接続する事が可能です。加えて、ボームの明言がまた示唆するのは、このフリクエンシーを見つける事はまた、重力自体を操作する道への一歩に成ると言う事です。

ボームが、更に加えて、技術開発の可能性のこの示唆をはっきりと見解するのは、物質自体の正に「構築と構成」のための彼の見解の鮮明な示唆を、彼が認識するためです。実際に、彼は「ボームの波長」を構成する正にフリクエンシーの推測を与えるまで遠く行きます!

「この(波の)長さが推測された時、それは約10⁻³³cm でした。これは、今までに物理的な実験において徹底調査された何よりも短いものでした(それまでは、およそ10⁻¹⁷cm 前後でした。もし人が、この可能な限り短い波長と共に、空間の1立方センチメートルの中にあるだろうエネルギーの量を計算すると、知られている宇宙の中の全ての物質の総合的なエネルギーを遥かに超えたものでした。

「この提案によって示唆されたものが何かと言うと、私達が空っぽの空間と呼ぶものが、エネルギーの膨大な背景を含んでいて、そして私達が知るものとしての物質は、この背景の上の小さな「量子化された」波の様な興奮で、むしろ大海原の上の小さなさざ波の様なものです。」³⁹⁶

この全ての示唆について更に考える前に、その様な見解において示唆された凄まじい力について、ボームを引用するには価値があります:

「此処において示唆されているのは、すると、私達が感覚(五感)を通して空っぽの空間として知覚するものは、実際には物質が充満した空間(i.e. エーテル)で、それは、私達自身を含めて全ての存在のための土台です。私達の感覚に対して現れる物事は派生的な形状で、そしてそれらの真の意味は、私達がその物質が充満した空間を考えた時に唯一見解される事が可能で、その中でそれらは派生させられ、そして保たれ、そしてその中へと、それらは究極的に消滅しなければなりません。

・・・

「私達のアプローチにおいて「ビッグバン」は実際に唯の「小さなさざ波」として考えられるべきです。実際の海の真ん中において(i.e. 地球上で)無数の小さなさざ波が時々、その様なフェーズ(段階)の関係性と共に幸運にも一緒に成り、空間の特定の小さな地域において集り、あたかも何処からともなく、そして無から突然現れたとても大きな一つの波を創造する事を考える事によって得られるイメージは興味深いでしょう。恐らく、この様な何かが、宇宙的なエネルギーの膨大な海において起こり、突然の波のパルス(衝動)を創造し、それから、私達の「宇宙」が産まれたのかも知れません。」³⁹⁷

ボームがたった今明言した事をとても慎重に観測してもらいたいのは、それがそれに続く全てにとって重大なためで:物質自体が、その多様化された形状の全てにおいて、様々な波長の幾つもの波のインターフェロメトリー(干渉法) - 「混ざり合い」の - 結果で、それらの全てが、順を追って、「ボームの波長」のハーモニクス、または倍音であるためです。それは波の混ざり合いによって情報とシステムを、無から創造するための物理的な媒質(エーテル)の脳力の正に科学技術;錬金術です。そしてボームの見解にはもう一つの最後の成り行きがあり、そしてそれは、その様な波に対して相対的なシステムに、または、むしろその様な波が派生させるシステムに安定性を与えるための、最も簡単な方法は、回転を通してです。

この見解から成行きが必然的に続き、つまり、回転している物質的なシステムは - 星々であれ、または粒子であれ - 故にその様な波の自然的なレゾネーター(共振器)で、そして故にその様な波の干渉のパターンを理解するために人は、地域的な時空間の幾何学的な配置を故に観測しなければならないと言う事です。端的に、ボームは、物質が「ポータル(出入り口)」であり、このより高い次元的な現実性とそのエネルギーへの一見であると言う彼の見解と共に、2つの物事のための論理を供給し:占星学との太古の没頭、そして錬金術との太古の没頭で、両方が一つで同じな物理学の現れであったためです。物質は、簡潔に云うと、その他の波の干渉法の縦波でしか無く;物質自体はその様な波の干渉の格子(グリッド)または型板(テンプレート)です。これが、錬金術へのリンクを形成するのは、その様なものとして、物質がその物理的な媒質のフィールドの中の情報として派生するためです。簡潔に述べると、物質は変化可能、または錬金術の言語に入れると変格可能で、その物理的な媒質自体である、一段と優れた賢者の石が、物質的な創造の多様性へと、それ自体を変格させるためです。物質をその様な波の干渉法の型板とするこのアイデアは、次の章の中で私達が、特定の地球の格子(龍脈/レイライン)に沿って配置された神聖な寺院を検証する際に鍵の役割を果たし、そしてそのまとめにおいて、この本の中の様々なデータ・ポイントの全てを一緒に結び付ける接続的な概念として、更にもっと重大な役割を果たします。

b. サイクルの研究のための財団が類似した事に気付く

十分に奇妙な事に、サイクルの研究のための財団が、とても類似した事に気付きました。私達は既にその財団の設立者、エドワード・デューイーが、そのデータベースの中の多くのサイクルを波の形状に対して比較し、そしてサイクルの様々な波が、音波の様に一緒に「平均化される」事が出来る事実に気付いた事を検証しました。

その財団の会員の一人、レイ・トムズは、その財団の1990年2月の集会において公表された興味深い論文を書きました。その論文の題名は示唆と共にはらんでいて:「サイクルの統一化された理論に向かって」でした。その中で、トムズは、デューイーとダーキンの音波の類推を、息を奪う様な結論へと探求します:

「最終的に私は、トウモロコシの価格・・・の中に存在するフリクエンシー(頻度)のパターンが、ピアノの上の白い鍵盤の並びのフリクエンシーと同じであると気付きました・・・これは奇妙で、そして私の以前の共通の経済的なサイクルの研究に戻ると、4:5:6:8の比率が、正しく音楽におけるそれらの主要な和音のものであると気付きました!何故、経済的な一連が、とてもゆっくりな運動において、主要な和音と音階を奏でていたのでしょう?

「調査は、サイクル・マガジンに対する何人もの貢献者達によって以前に観測され、報告された、その様なパターンを見せました。³⁹⁸ それらの内の一人は、株式市場のサイクルが、音楽的な音階に当てはまると発見した D.S. キャッスル(1956年)でした。発見されたパターンは3音階の上の幅に広がり、そして全ての7つの白い音(i.e. ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ)に加えて、少なくとも一つの音階における一つの黒い音(i.e. ♯、♭)の存在でした。」³⁹⁹

トムズの示唆は、言い換えると、単純にデーヴィッド・ボームのものと一つで同じであり、つまり、「究極的な波長」、またはその他全てがそれからのハーモニクス、または派生物である、サイクルの全ての種のフリクエンシーだと言う事です。

c. 上手く調整された鍵盤:最初の物理的な統一

その示唆は、初見において見えるよりも物理的に現実離れしたものでは無いのは、その12個の等間隔の「音」(白黒の鍵盤)を共にする現代の西洋の音楽的な音階が、実際に物理学において最初に統一された例であるためです。どの様にしてかを理解するために、人は単純な検証を行えるでしょう。もし人がアコーステイックのピアノの前に座り、静かに「C ()」の音(鍵盤)を押し、そしてその後、一音階低い同じ「C」の音を鳴らすと、人は静かに押された鍵盤の弦が、鳴らされた方の音と共に同調的に振動しているのを聴くでしょう。その理由は、単純性そのものです。そのピアノのそれぞれの弦は、それらの弦の長さの全体と共に振動するだけでなく、その長さの様々な分率においてもまた同調的に振動するためです。故に、それぞれの音が「倍音」、または音の「ハーモニック」の一連を有しています。故に、人はその後、「C」のハーモニックの一連における次の音、「G ()」を静かに押し、そして以前の様に同じ「C」を鳴らす事が出来ます。再び、人は、静かに押された「G」の音(弦)が、鳴らされた「C」と共に同調的に振動しているのが聴こえるでしょう。「G」の上のそのハーモニックの一連における次の音は、再び「C」の音で、その次の音は「E ()」で、そしてその様に続いて行きます。もし人が、ピアノの鍵盤の前に座り、この単純な実験を行っているなら、元々の「C (ド)」のそれぞれのハーモニックな倍音の間隔が、より短く成って行き、最初の音階(最初に静かに押された「ド」)、次に(ドから)五番目の音「ソ」、その後に再びもう一度(ソから)四番目であるその上の「ド」、その後、(ドから)三番目である「ミ」で、その様に続いて行きます。ですが最終的に人は、自然的に起こっているハーモニックの一連において、ピアノの鍵盤の上の「A ()」と「B ()のフラット(♭)」の鍵盤の間の隙間の中の何処かにある音に辿り着くでしょう。

C=ド、D=レ、E=ミ、F=ファ、G=ソ、A=ラ、B=シ
1 piano

ですが何故、ピアノ(または、言ってしまえばその他の鍵盤楽器)は、その(隙間の)音を有さないのでしょう?その答えは簡単です。もしその音が存在すると、キーを継続的に変化させる曲を演奏する事が不可能に成るためです。人は唯一とても制限された和音(コード)の一連しか弾けなく成るでしょう。例えば、「C」から「D」にキーを変えるために、人は文字通り(演奏を)一旦停止し、その鍵盤全体を再チューン(調整)しなければならないでしょう。ですから何が起こったのでしょう?

何が起こったのかと言うと、ルネッサンス期とバロック期の間の音楽におけるスタイル的な変化の間に、音楽家達は、ハーモニックの一連を「微妙にずらす」事、それを細工する事、または彼等がそう呼ぶ事を好んだ様に「調整」する事を学び、自然的な倍音の一連のわずかな数学的な調整を行う事によって、順を追って、12個の等間隔の音(鍵盤)を創造し、それぞれ一つひとつがその他全てのハーモニックで、そして故に音楽は、その楽器の全体を再チューンする事無く、1曲の間にそれが望むだけ多くのキーを通して変化する事が出来る様に成りました。この方法において、元々自然的に完全に重なり合わなかった、鍵盤の上のそれぞれの音のそれぞれのハーモニックの一連が、そうなる様に技術開発され、そして故に統一されました。⁴⁰⁰

端的に、そしてこの類推を頭の中に入れると、物理学者、デーヴィッド・ボームが実際に示唆していたものは、その媒質(エーテル)自体の技術開発のより深い物理学への前進の方法で、つまり - 音(音波)から電磁的な波、更に重力的な波まで - その他全てのためのフリクエンシーがあり、ハーモニクスです。彼が提案しているのは、効果的に、とても太古のアイデアで、宇宙自体の上手く調整された鍵盤の、球体の音楽そのものです。彼は秘儀的な逸話の「失われた言葉」そして「失われた和音」の、現代物理学の類推を提案しています。

d. ニコライ・コザレフの原因的なメカニクスと前兆の技術開発

もしデーヴィッド・ボームが、物理学の「上手く調整された」ハーモニックの統一の一線に沿って、物理的な媒質(エーテル)の直接の技術開発の可能性を鮮明に示唆したとして、するとロシアの天文物理学者、ニコライ・コザレフ博士は、効果(結果)では無く原因を直接技術開発する能力を示唆する事によって更に一歩先に進みました。

その様な能力が示唆するのは、コザレフが、基準的な物理学のものよりも、時間の更にもっと非-一般的な見解を持っていたと言う事です。コザレフにとって、時間は、物理的な出来事がその上で行われる受動(受け身)的な舞台である、単なる期間では無く;⁴⁰¹ むしろ、時間自体がその舞台の上の役者で、つまり、空間の様に、複数の次元的な特徴と性質を有していました。一つの類推がこの点を描写するために便利でしょう。普通の物理学は時間を、未来、現在、そして過去、i.e. 単純な期間として考える傾向にあります。⁴⁰² ですが人間の自然的な言語は:未来完了形、過去完了形(pluperfect)、過去完了形(past perfect)、能動態と受動態等々の様な様々な動詞の時制と態と共に、もっと繊細で、より深く、そして「性質的」に時間を見解します。ある意味、自然的な言語は故に、時間とシステムの間の相互関係を、物理学が行うよりも、更により深く、そしてもっと複雑な方法において見解します。

コザレフが探求しようと意図し、数学の形式的にはっきりとした言語へと翻訳しようとしていたのは、この繊細さでした。相互関係のこの複雑性と繊細さをコザレフは、与えられたシステムの「回転運動」の中に位置付け、つまり、時間の繊細さとシステムの相互関係は、相互関連していて、そして干渉している、回転のシステム、または「流動的なトーション(ねじれ力)」の一連としてモデルされる事が出来ると言う事です。⁴⁰³ 時間自体がシステムに対して - その正反対、希薄化を示唆している「圧縮」のためのコザレフの言葉である - それ(時間)自体の強度を分け与えると同時に、システムに対して回転の方向性を分け与えます。⁴⁰⁴ ジャイロスコープ、バランス、そして幾つかの場合においては望遠鏡さえ共にした、極度に繊細な実験の一連を通してコザレフは、何らかの物理的な運動の開始の前に、彼の測定の道具によって記録された「事前-運動(前兆)」の一種を特定する事が可能で、殆どあたかもその道具が、物理的な運動自体を「予測」しているかの様でした。⁴⁰⁵ 「原因」と「効果(結果)」が故にそれら自体、正にボームの投影の類推の様に、より低い-次元的な分裂、またはより高い-次元的な統一性と均整の破壊でした。その下でそれらの「事前-運動」、または「前兆」が起こる一時的な状態に気付く事によって、人は最終的にあらゆる物理的な運動に対する前兆を技術開発出来ます。

故に、コザレフの「前兆の技術開発」を頭に入れ、そしてデューイーとダーキンが「平均化された」波と呼んだものを産出している、お互いの上に干渉した媒質(エーテル)における波のセットとしての、物質自体のボームの分析に戻ると、人は恐ろしい可能性を想像する事が出来るかも知れず、つまり、その様な波の正確な鏡写しが、その元々(の波)に干渉させられると、合計がゼロに成り、またはそれを正にキャンセルし、「何か」を再び無にしてしまいます。「前兆」の技術開発における究極は、その原因を消去する事によって、物理的な運動の効果を丸々消去する力です。

更に加えて、ボームとコザレフの、量子力学の明らかに推計学的な行程の背後のより深い物理学は、経済物理学の明らかに推計学的な行程の背後の類似したより深い物理学もまた示唆します。実際に、もし人が、コザレフに足並みをそろえ、効果の前兆を技術開発し - もし人が実際に原因を技術開発出来るなら - するとこれが示唆するのは、そうするための方法が、物理的な媒質自体の直接の技術開発であると、両方の場合において示唆されているので、人が実際に経済的な活動の前兆を技術開発出来ると言う事です。

成り行きとして、寺院との歴史を通した、銀行業の階級の親密な関係のための理由を進める、推理的な土台を人が此処で有する事で、つまり、人間の社会の中のその要素、または階級が、このより深い物理学の、少なくとも幾らかの知識を持っていたと言う事で:銀行業は効果的に、無からの情報の創造している錬金術的な機能で、この場合、クレジットと借金の情報で、その後者が、物理学におけるより深い機能の、類推の金融的な領域における薄暗く色あせた科学技術的な反映でしかないためです。そして同様に可能性が高いのは、この関係性が正に形成されたのは、その後者を利用する事によって、以前の科学技術とより深い物理学が究極的に再発見出来るかも知れないためでした。端的に、その様な物理学が再発見されるためには、出来るだけ多くの寺院の神官階級との連合を結ぶ事が全体的に必要だったのは、それぞれがその(知識の)何らかの欠片を保存し、それは正しく収集された時に、再び利用可能に成るためです。それはまた、「世界の統一と支配」における、太古の時代からの彼等の没頭的な関心のために論理を供給するのは、一方で、その様なより深い物理学を再構築するために、莫大な金融的な資金源 - 古代、または現代におけるあらゆる一つの文明の富を超越する資金源が - 必要であったはずで、もう一方で、効能的な競争相手によるその様な科学技術のあらゆる開発、または再構築の隠蔽を保つために世界の延長が必用だったためです。

経済学、占星学、そして天文物理学

経済的な活動に対する、より深い物理学の可能性を示すために此処で合流するデータの2つの流れがあり:一方でサイクルの研究のための財団からの波-の様な形状の膨大なデータベースで、そしてもう一方は、物質自体がその様な波の結果であり、そして故に自然的なレゾネーター(共振器)である、デーヴィッド・ボームの関係した秩序の示唆です。第二章の中で記述された様に、サイクルの研究のための財団のデータベースの示唆の一つは、経済的なサイクルは、正にそれらが、根底にある物理的な土台の何らかの種を持っている様で - デューイーとダーキンの音波の類推を再び思い返すと - それに関して、そして特定の感覚において、「人の意識的な意図の完全な支配を超えています。」⁴⁰⁶ ですが、デューイーとダーキンが調べなかったデータベースのもう一つの種類があり、それもまた経済的な活動に対する深遠で、より深い物理学を示唆します。

そして、そのデータベースは、占星学です。

占星学者達は、勿論、もし数世紀、そして数千年では無いかも知れませんが、何十年にも渡り、様々な国々のための「現世的なホロスコープ(国の様な集合体の単位のホロスコープ)」を検証してきましたが、更に近年に成って多くの人達が、特定の再発的で惑星な配置/配列と、経済的なブーム(バブル)と崩壊の期間の奇妙な相関性に気付きました。そうした人の一人は、最近の、そして興味深い、時間とお金:経済と惑星達と呼ばれた本におけるロバート・ゴーヴァーでした。彼は、土星が太陽の周りを28-30年周期において(公転を)1周し、天王星が84年周期で、海王星は165年周期で、そして冥王星が248年周期である事実に着目する事から始めます。⁴⁰⁷ 彼はその後、占星学的で経済的な観測のための、それらの外側の惑星を記述し:その他の惑星 - 木星、火星、地球、金星、そして水星は - 全て太陽の周りを素早く移動し過ぎるので、それらは「大規模な経済的サイクルの数年単位、または数十年単位を印す」ために使用出来無いとします。⁴⁰⁸ 彼はその後、彼の主要なテーゼを明言しますが、多かれ少なかれ、占星学者達にはよく知られた事ですが、その様な内輪の外では殆ど知られていない事です:

「米国が大規模な不況を経験した時、毎回、最も外側のゆっくりと運動(移動)している惑星は、米国の出生の太陽と土星と共に、占星学者達がグランド・クロス(大十字)と呼ぶものを形成していました。1776年7月4日に米国が「生まれた」時に、それが位置していた双子座の初期へと天王星が戻ると、毎回、アメリカは最悪の戦争を経験しました。毎回、天王星と冥王星が、コンジャンクション(0度)、または90度のスクエアに移動し、そして同時的に連動に来て、米国の出生表(ホロスコープ)における敏感な地点のスクエア(90度)のオポジット(反対/180度)に成ると、アメリカは社会的な変化、または大騒動を経験しました・・・

「世界貿易センターとペンタゴンが攻撃された時の様に、米国の出生の天王星が、通過中の惑星によって「アフリクト(凶)」された時に、その他の戦争が起こりました。土星と冥王星は1世紀に3度180度のオポジションを形成しますが一番最近のものは、2001年9月11日において効果的で;その(1つ)前の土星-冥王星のオポジションは、私達が現在、60年代と呼ぶ動乱の時代に一致し、そのもう1つ前は私達が現在大恐慌と呼ぶものに一致しました。」⁴⁰⁹

ゴーヴァーはその後、最も重大なコンジャンクション(連動)、または配置/配列が何かを説明します。私達はそれらの内の2つだけに集中します:

グランド・クロスは、4つの惑星がお互いから同時にスクエア(90度)でオポジション(180度)を形成する時に創造されるアスペクト(影響力)です。これは、障害、緊張、不満をもたらす珍しい(凶の)アスペクトで、i.e. 米国が大不況に陥った時に毎回形成していた、米国の太陽-土星のスクエアです。

グランド・トライン(30度)のアスペクトもまた珍しく、そしてお互いから120度の3つの惑星の三角形によって形成され、エネルギーの調和的な流れ、幸運、そして好機(吉)を造りだします。」⁴¹⁰

グランド・クロスの連動が、RCA の技術開発者、ネルソンの惑星的な配置の図表にとても妙に類似しているのは奇妙です。

グランド・クロスは米国の不況に対して共通的な特徴なので、ゴーヴァーは実際に占星学的な法則の一種を形成し:「グランド・クロスが無ければ、大不況はありません」とします。⁴¹¹ しかしながら、これに関して、占星学的な「予測」は誤解されるべきでは無いと記述します:

「もし私達が、私達の太陽系における私達の惑星を、巨大な天界的な時計として見解するなら、歴史が私達に最初に教えるのは、その天界的な時計が、私達の地球上の時計の様には正確では無いと言う事です。私達は歴史から、経済的な出来事が何時起こるだろうか見分ける事は出来ますが、時計の如く予測するのは不可能です。特定の惑星的なパターンは、特定の種類の出来事が予測される事の出来る、季節を創造します。ですが惑星は、どの様に特定的に出来事が展開するかも、どの様に私達が反応するかも、伝える事は出来ません。私達は冬が間近な時を知っていますが、それがどれだけ寒くなるか知る事は出来ません。ハリケーンの季節の幾らかは大規模な破壊をもたらしますが、それ程強くない時もあります。」⁴¹²

これを述べた上で、ゴーヴァーの図表を一目見る事が必要です。

最初のアメリカの大不況は、1780年代において起こりました。彼の図表はこの様に見えます:

[訳者注:ゴーヴァーの図表が見つけられないので、このサイト:米国の歴史的な出来事とホロスコープの図表を参考にしてください。]⁴¹³

もし人が惑星的な象徴を解読する手間を取れば、すると人が見つけるのは「蟹座の13度にある米国の出生的な太陽の反対に位置する、山羊座の15度にある土星で;その間、牡羊座の21度にある火星は、天秤座の15度に位置する(米国の)出生の土星のオーブの中、またはオポジション(180度)です。」⁴¹⁴ 端的に、1780年代の大不況の期間の惑星的な位置と、そして米国の誕生の時のそれらの位置の間でグランド・クロスが形成されていました。

同様に、1870年代の大不況の期間にも、グランド・クロスが形成していました。

参考:⁴¹⁵

今度の期間には「(米国の出生の)太陽と土星とグランド・クロスを創造するために、山羊座の中の土星が、牡羊座の中の海王星とスクエアを形成していました。」⁴¹⁶

最後に、1930年代の大不況の期間に、更なるもう一つのグランド・クロスが形成されました:

1930年代の大不況の占星学的な図表(参考)
2 GREAT DEPRESSION - Event Chart

この図表は、山羊座の13度に位置する土星が、牡羊座の11度に位置する天王星とスクエアを形成し、そして反対(i.e. 180度)に位置する米国の出生の太陽と土星の間でグランド・クロスを現しています。⁴¹⁸

それらのグランド・クロスが、少なくとも一見した処、有害な影響(凶)を持っていると言えるでしょう。ですが何らかの現実世界の物理学との相関性はあるのでしょうか?

この問いへの答えは、惑星的な配置と、ラジオ・シグナルの伝播の彼の RCA の研究のネルソンの図表の一つを再産出する程簡単です。

土星 - 金星 & 木星のオポジション⁴¹⁹
3 20150610141014a3b

再びもう一度、惑星が、この場合、内側の惑星(i.e. 水、金、地、火、木)がお互いに対して特定の関係、90度、またはそれについての何らかのハーモニック、i.e. 180度、または270度の関係の類似性に注目して下さい。⁴²⁰

故に、もしサイクルの研究のための財団のデータベースとゴーヴァー(そしてその他の占星学者達)の図表が何らかの指標なら、すると私達が、太古の時代において銀行業と寺院の間に存在していたと見られた関係の理解に、更にもっと接近出来るのは、経済的なブームと崩壊の占星学的なデータは、太古の時代において彼等によって知られていたはずで、そしてサイクルの中のブームと崩壊の全体的な傾向を激化させる、または和らげるために、その様なデータが利用可能である事が、「知っている金融的な権力」のために重大であったはずであるためです。

これを頭に入れると共に、前書きにおいてその本が触れられた、エレン・ホッジソン・ブラウンによって収集された証拠を一見する事が必用なのは、ゴーヴァーの占星学的な図表に対する関連した銀行家達の活動の比較がとても啓示的であるためです。

C. エレン・ホッジソン・ブラウン

1780年代の不況と金融マフィア達

ブラウンは、殆どの現代のアメリカ人達が知らない何かを指摘し、そしてそれは、アメリカ革命の以前に、殆どの入植地が - 借金せずに - それら自体の紙のマネー(通貨/紙幣)を印刷した事です。その結果は、繁栄している経済と、ほぼ完全な雇用でした。その革命の以前に、ベンジャミン・フランクリンがイングランドを訪れた際に、彼は「イングランド銀行の役員達によって」、この繁栄の源泉について尋ねられ、そしてフランクリンはその入植地が「『取引(貿易)と実業の需要に対する正しい量において』紙のマネー(紙幣/通貨)を発行したためです、」と答えました。⁴²¹ ですが、このマネーの「後ろ楯」は何だったのでしょう?その(アメリカの)入植地は、しかしながら、紙の通貨の彼等の発行を後ろ楯するための、銀とゴールドを殆ど持っていませんでした。何と共に、すると、それは後ろ楯されたのでしょう?ニュー・イングランドの、当時有名だった牧師、コットン・マサーは鋭い問いの一連を尋ねる事によって、この入植地の紙幣を後ろ楯しているものを鮮明にしました:

「国債、または(千ドルの)為替手形は、紙以外の何かでしょうか?そして更にそれは、銀やゴールド程価値は無く、支払いの確保を約束するのに十分でしょうか?さて、あなたの紙のマネー(紙幣)の安全性(信用)が、その国全体のクレジット(信用貸し/i.e. GDP)以外なら、それは何ですか?」⁴²²

ブラウンが記述する様に、「マサーはマネー(通貨)を再定義しました。それが体現していたのは、ゴールド、または銀の総量ではありませんでした。それはクレジット(信用貸し)で:「その国全体のクレジット(GDP)でした。」⁴²³ 此処までに現された証拠のコンテキストの中で、そして特に、第五章の中で再検証されたデーヴィッド・アストルの分析において、マサーが本当に行った事は、太古の時代において、ブリオンの売買人達の国際的な銀行家達の階級(金融マフィア)が台頭する以前の、とても太古のマネー(通貨)の概念に戻る事で;彼が行った事は国庫の余剰(GDP)に対するクレジットの明細書としてのマネーで、個人的な発行(銀行の貸し出し)の金利/利息を産み出す銀行券ではありませんでした。

フランクリンはこの概念を少々異なった方法で明言しました:「一国の富は、その住人達が所有するゴールドと銀の量によってでは無く、彼等の労働の量(GDP)によって価値の判断が成されます。」⁴²⁴ その違いが驚きなのは、

「ゴールドが交換(取引)の媒体(通貨)であった時、産出(GDP)がマネーの供給を決定しているよりもむしろ、マネーが産出を決定していたためでした。ゴールドが豊富にあった時、物事(商品)が産出されました。それ(ゴールド)が品不足に成ると、人々は失業し、そして人々は貧困を経験しました。政府発行の紙幣の利点は、産出力と共に沿って成長(拡張)する事が可能で、効能が本物の資産に成る事を許す事です。」⁴²⁵

フランクリンは、彼の英国の主催者達に対して、入植地的な繁栄の源泉について詳しく説明し、そして彼の言葉は心に留める価値があるのは、それらの中に人は、「マネーとしての借金」、またはマネー化された借金(銀行の貸し出し=銀行券)のクローズド・システムと、産出とクレジットの交換(取引)の媒体としてのマネー(政府発行通貨)のオープン・システムの間の鮮明な違いを認識するためです:

「入植地(後の米国)において私達は、私達自身のマネー(通貨)を発行します。私達はそれを、政府に承認された出費と慈善事業を支払うために発行します。私達は、産出者達から消費者達に、商品が簡単に渡される様にするために、正しい量においてそれ(通貨)を発行します・・・この方法において、私達自身の紙のマネー(通貨)を私達自身のために創造し、そして私達が誰かに支払わなければならない金利/利息がありません。あなたも理解出来るでしょうが、合法的な政府は、マネーを流通へと使う事と貸し出す事の両方が行えますが、その間、銀行が出来るのは彼等の約束的な銀行券を大量に貸し出す事だけで、それら(銀行)は与える事も使う事も出来ないので、人々が必要としているマネーのわずかでしかありません。故に、あなた達の銀行が、此処、イングランドにおいてマネーを流通に入れる時、常に返済されなければならない借金と、支払わなければならない利息/金利が存在します。その結果は、労働者達に完全雇用を与える為には、常に不足したクレジットしか、流通の中に存在していません。あなた達は、多過ぎる労働者達を有しているのではなく、あなた達は少なすぎるマネーしか流通の中に持っておらず、そして流通しているものは全て、支払きる事の出来ない借金と利息の終わる事無き重荷を産み出します。」⁴²⁶

フランクリンが、中央銀行という、本質的な犯罪性と詐欺を見抜いたのは、「マネー化した借金」の政策を行っている政府が唯一意味するのは、それらが「マネーとしての借金」を発行する(貸し出す)、個人的な独占に恩義を受けていると言う事で、対照的に入植地的な経験 – そしてとても太古の経験は - 本当のマネーは国家の産出的な余剰(GDP)に対するクレジットで、そして故に国家だけがそれを発行出来ると言う事です。

言うまでも無く、イングランドの金融マフィア達は、彼等自身の寄生虫的な金庫を太らせる事無く、その入植地の人達が繁栄を得る事を許しているこの状況を許すはずがありませんでした。故に、イングランド銀行(ロスチャイルド/英国王室)は、議会において、1764年の通貨法が通る様にその影響力を発揮し、それはその入植者達が、彼等自身のマネー(通貨)を発行する事を違法化しました。そして予測可能な様に、フランクリンが観測した様に、その一年後には、その入植地の道端は、失業者達と乞食達で溢れかえりました。⁴²⁷ そして、フランクリンによると、その革命の本当の原因は、マネーの複写(コピー/銀行券による、本物のマネー(政府発行通貨)との入れ替えである、マネーとしての借金(銀行からの貸し出し)におけるこの入れ替えでした。⁴²⁸

その革命的な(独立)戦争が終に勃発した時、その大陸的な議会は、再びもう一度、その戦争全体を資金援助するために、未来の日付における鋳造によって返済されるべき、国家の借金の紙幣の流通として、それ自体の紙の臨時紙幣の発行の得策を行いました。⁴²⁹ 勿論、その大陸的な議会は、この臨時紙幣を、約2億ドルの価値まで(戦争のために)発行し過ぎ、その革命的な戦争の終結時には、その臨時紙幣は基本的に無価値でした。

ですが、本当の教訓は、国家が、その国家によって発行されたクレジットの明細書(紙幣)をハイパー・インフレ(超物価高)にする危険性ではありませんでした。その本当の教訓は、その大陸的な議会の臨時紙幣が

「未だに国外の観測者達の驚きと尊敬を呼び起こさせるのは、何故ならそれがその入植者達に、以前には決して行われ無かった何かを許したためでした。彼等が、人々(国民)から徴税する事無く、彼等自身の実質的な「現物(ゴールドや銀の後ろ楯)」の無い通貨を共にして、主要な権力(英国)に対する戦争を、資金援助する事に成功したためです。その戦争の間・・・、「私達がどの様に、それを返済するために、特定的に事前に固定された資金(準備金)無しで、紙(政府紙幣)と共に支払えるかは、政治家達にとってでさえ、謎の全体でした。私達が行ったこの通貨は、素晴らしい機械(道具)でした。トマス・ペインはそれを「その革命の土台」と呼び:『私達を超えさせた全ての橋のそれぞれの礎(いしずえ)は、私達の自尊心の上に主張を持つ様です。ですがこれは礎であり、その便利さは忘れられる事が出来ません。』」と、フランクリンは述べました。⁴³⁰

悲しいくもそれは、アメリカの人々と彼等を「代表する」とされる政治的な二大政党が、現代において全く忘れてしまった様な教訓です。

勿論、英国は、彼等の反乱的な入植地がどの様に彼等の革命を資金援助しているかに完全に気付いていて、そして昔ながらの偽札の戦略で、その通貨を暴落させる事を目論みました。ブラウンによって、彼女の本の中に引用された一人の英国の将軍は、偽札偽造詐欺の技術の全ての試みが行われたが、彼の無念さに対して、「その通貨は未だに暴落しなかった」と述べました。⁴³¹ その大陸的な臨時紙幣が暴落したのは、その成功的な革命の唯一後で - 流通に入っていた偽札は言うまでも無く – その供給のインフレーションが原因した、結果的な(通貨の)価値の切り下げ(i.e. 物価上昇)と共に(i.e. 英国による偽札工作に加えて、戦争のために、正しく無い量の紙幣を流通させたので)、その正に同じ建国の父達が幻滅を感じたのは理解可能でしょう。アメリカの大陸的な臨時紙幣に対するこの意図的な投機の結果が予測可能だったのは、議会はマネーを造り「そして硬貨鋳造する」力を持つと明言する事によって、国家の未来の産出的な余剰(GDP)に対するクレジットとしての正に紙のマネーに対して、その戦争の後に、その正に建国の父達が反旗を翻したためでした。言葉を変えると、その大陸的な議会は、もしその借金が国家の未来の余剰に対するクレジットだったとしても、借金としてのマネーである、マネーの複写(コピー/銀行券の昔からの落とし穴に陥りました。

「その紙幣は借金を体現し、そしてその借金は結局、返済されなければなりませんでした。債権者(貸した側)は彼等のゴールドを要求し、そしてゴールドはありませんでした。貿易(取引)を行うためにマネーの供給が十分にはありませんでした。硬貨(金貨/銀貨)に制限する事によるマネーの供給の緊縮は直ぐに、更なる不況に結果しました。1786年には、ダニエル・シェイズによって導かれた農民達の一揆がマサチューセッツ州において起こりました。農民達は熊手を掲げ、紙のマネーが豊富にあった時に重度な借金をした事に不平を申し立てました。それ(紙の政府紙幣)がもう利用可能では無く成り、そしてその借金が、より希少な英国の銀行家達の「現物」のコイン(金貨/銀貨)において支払われなければならなくなると、何人もの農民達は、彼等の農地を失わなければなりませんでした。」⁴³²

この最初のアメリカの「大不況」の直後の結果は、勿論、より強い中央政府と「拡張可能なマネーの供給」をそれが創造するための方法への呼びかけで、現在のアメリカの憲法の下書きに最終的に繋がった集会への召集でした。⁴³³

この時点において、エレン・ブラウンのコメントを長文で引用するのには価値があります:

「ハミルトン財務長官の解決策は、国家的な借金を「マネー化」する事で、それをその国のためのマネーの源泉へと変える事でした。彼は、国立的な銀行が、銀行券を印刷する事が認可され、国債のためにそれらと交換する事を提案しました。政府は、輸入の関税と公共の土地の売却からの資金を使用し、その借金に対する利息の定期的な支払を行います。反対者達は、政府の借金を表面上の額で認識する事は、兵士達や、農民達や、中小企業の事業家達から大安値でその国の I.O.U.(借金手形)を買い漁った投資家/投機家達を不公平に利益させると異論しましたが;ハミルトンはその投資家/投機家達が、彼等の「この国に対する信頼」のために、この風で落ちたもの(棚ぼた)を稼いだと主張しました。彼は、その政府が投資家/投機家達の補佐(出資)を得る必要があり、そうしなければ彼等が、その新たな国のマネー(通貨)に対して、彼等がコンチネンタル(大陸臨時政府紙幣)に対して行った事を行うと考えました・・・

「ハミルトンの主要で政治的な対峙者、ジェファーソンは、個人的な金持ちの市民達(財閥)に、その銀行における所有権(株式)の関心を与えてしまうと、彼等の関心をその(銀行の)中へと、親密に繋げさせ過ぎてしまうと危惧しました。その政府はオリガーキー(財閥)へと変貌させられてしまい、労働階級と戦争にある金持ちの政府に成ってしまうためです。その推進力の動機が利益である、個人的な株主達に所有された銀行は、公共によって所有され、公共の監視にあるものよりも、公共の必要性に対して反応的では無く成るでしょう。個人的な銀行の株主達は、公共の知識、または操作の無い、閉ざされた扉の背後で、彼等の金融的な判断を行うでしょう。

「ですがハミルトンの計画にはその他の戦略的な優位性があり、そして議論における勝利を収めました。連邦の障害的な借金を都合よく解消し、そして「金持ちの人達の信用を勝ち取る他に、それはそれぞれの州の借金もまた、その新たな銀行における株式と交換出来る様にする事によって、それぞれの州の忠誠を確保しました。その行いは物議をかもし出しましたが;合衆国の危うい金融を安定化させる事によって、ハミルトンは各州を参加させ、それらを分離させ北部同盟を確立しようと望んだ、親-英国の派閥の計画を阻止しました。」⁴³⁴

この時点で、観測するために一時停止するには価値があり、1780年代の大不況のゴーヴァーの占星学的な図表のコンテキストにおいて、私達が有するのは:

1.大陸的な議会の臨時(銀行発行/貸し出し)紙幣が、本質的に入植地的な臨時(政府発行)紙幣と同じものでは無かったのは、それが返済するための未来の約束に対して発行された(貸し出された)借金のマネーで、その幾らかは、その入植地が豊富に持っていなかったブリオンにおける返済の約束だったためです。故に、その大陸的な臨時紙幣は、実質的にブリオンの供給を独占していた、正にヨーロッパと英国の金融マフィア達による投機と偽札詐欺に対してそれ自体を必然的に無防備にし;

2.その革命の後にコンチネンタル(大陸臨時紙幣)の価値が暴落し、そしてブリオンの供給不足を反映する様にマネーの供給が緊縮したため、その必然的な結果は、革命後の各州がそれらの借金の支払いが出来ず、そしてマネーの供給が緊縮し、個人的な債券保有者達がその借金を回収出来なかったので、必然的な不況が起こり;

3.出来事のこの一連の結果は、憲法的な集会の呼び求めで、現在のアメリカの憲法的なシステム、そしてマネー化された借金に基づいたマネー(通貨)の複写(コピー/銀行券)を発行した(貸し出した)米国の最初に認可された中央銀行に繋がり;

4.ハミルトンが声にした、オルタナティヴな恐れは、もし彼等(金持ち)が階級的な既得権として、その新たな通貨において何らかの取り分が与えられないと、あらゆる新たなアメリカの通貨を、投機と偽札詐欺を通して、類似した無価値へと追いやり、新たなアメリカの国家を分断させると言う事でした。

端的に、現在のアメリカの憲法的なシステムの殆ど始めから、気がかりな妥協 - 一種の休戦が - その新たな国家の生き残りを許し、その行程においてその階級を肥えさせるために、金融マフィアとの妥協が結ばれました。そしてこの期間の全ての間、ゴーヴァーが記述した様に、各惑星は特定の配置にありました・・・

2.1870年代の不況と金融マフィア達

1870年代のアメリカの不況は再び、アメリカの歴史における更なるもう一つの戦争、各州の間の(南北)戦争に続きました。そしてアメリカの革命(独立戦争)の様に、交戦中の分派の少なくとも一人の指導者は、よく知られている様に、政府に創造された借金の-無いマネー、i.e. 国家の産出的な生産力(GDP)に対するクレジットを発行する事によって、その戦争の彼の側(北部)を資金援助する選択をしました。彼の名前は、勿論、エイブラハム・リンカーンで、そして彼の大統領職とその直後の財政的なレッスンを、再びその幾つかの詳細において再検証してみるのには価値があります。

ドイツの首相、オットー・ヴォン・ビスマルクは、リンカーン政権の財政政策について、1876年に奇妙な事を記述しました:

「同等の力量の連邦への合衆国の分裂は、ヨーロッパの高度で金融的な権力によって、その市民戦争の遥か前から決定されていた事を、私は絶対的な確証で知っています。それらの銀行家達は、もし彼等(米国)が一つのブロック、そして一つの国のままであれば、経済的で金融的な独立を会得し、それはヨーロッパと世界に対する彼等(銀行家達)の金融的な支配を脅かすかも知れないと恐れました。勿論、金融の「内輪」においてロスチャイルドの声が勝りました。彼女自体において自給自足で活気のある共和国の場所に・・・金融家達に対して借金の重荷を背負わされた2つの弱々しい民主主義に入れ替える事を彼等が行えれば、膨大な利益のための好機に成ると考えました。故に、彼等は奴隷制の問いを利用し、合衆国のその2つの部分(北部と南部)の間にくさびを打ち込むために、彼等の大使を戦場に送り込みました・・・北部と南部の間の分裂は必然的に成り;そのヨーロッパの金融のご主人様達は、それ(戦争)をもたらし、そして彼等の優位性へとそれを利用するために、彼等の力の全てを使用しました。」⁴³⁵

其処には唯一一つの問題があり、リンカーン大統領は、その市民戦争における北部の努力を資金援助するために、金融マフィア達の個人的な階級に対して借金する事を拒みました。ビスマルク首相のコメントは、引用する価値があります:

「その政府と国家は、海外(ヨーロッパ)の金融家達の策略から逃れました。彼等(金融家達)は直ぐに、米国が彼等の掌握から逃れる事を理解しました。リンカーンの死が決心されました。」⁴³⁶

ビスマルクは、言い換えると、彼の習慣的な直接の方法で、ロスチャイルドに導かれた「ヨーロッパの金融家達の内輪」が、彼等の権力に挑戦しようとする者達に対する懲罰とメッセージとして、リンカーンを暗殺させたと単純に明言していました。

リンカーンが忙しく彼の借金の-無い臨時紙幣グリーンバックを発行していた間、その金融マフィア達は、議会における彼等自身の派閥を通して、彼等自身の策略を忙しく産み出していました。再び、その策略が何であり、そしてそれがどの様に効果したのかを理解するために、エレン・ブラウンを長文で引用する事が欠かせません:

「議会における一つの派閥が、その戦争を資金援助するために、グリーンバックスを急いで準備していた間、もう一つの派閥が、国家のマネーの供給を創造する力(権利)についての独占を、ウォール街の銀行家達と彼等のヨーロッパの同僚達に与える、国家銀行業法を用意していました。国家銀行業法は、新たな国家的な銀行業のシステムための保護策として売り込まれましたが;それが真の国家的な銀行に向かう重要な第一歩であった間、それは銀行家達との妥協でしか無く、そして詳細の中に埋め込まれ、それは彼等に、正に彼等が欲していた事を与えました。1863年6月25日付の、ロンドンのロスチャイルド投資企業から、ニュー・ヨークの関連銀行企業への個人的な通信は秘密を打ち明けました:

「『そのシステムを理解する極少数は、その利益にとても関心があるか、その好意にとても頼っているかのどちらかで、その階級からの反対は一切無く、その間、もう一方で、頭脳的に理解する事の出来ない、人々の大多数が・・・文句も言わずにその重荷を背負うでしょう。』

「その法律は、表面上は良いものに見えました。それは、国家的な銀行業の組織が事業を始める事が出来る前に必要な、通貨の監査官を確立しました。それは、最低限の資本金、準備金の必要条件、不良債権、そして報告義務を覆っていた規制を敷きました。その監査官は、あらゆる国家的な銀行の状態を調べるために捜査官達をいつでも任命出来ました。全ての銀行の総裁はアメリカの市民でなければならず、そしてその役員達の4分の3は、その銀行が事業を行っている州の住人達でなければなりませんでした。金利率は各州の金利法によって制限され;そしてもし法律が無いなら7%まででした。銀行は、銀行の建物を除いて、5年以上、不動産を所有する事が出来ませんでした。国家的な銀行は、それら自体が印刷した銀行券を流通する事を許されていませんでした。代わりに、それらは財務省に、それらの資本の少なくとも3分の1に同等な合計の米国債を預けなければなりませんでした。それ等は引き換えに、政府に印刷された紙幣を受け取りました。

「ですから何が問題だったのでしょう?新たな国家的な銀行券は技術的に、その通貨の監査官によって発行されましたが、これは唯の形式上で、今日の造幣局による連邦準備銀行券の印刷の様なものです。その通貨は国債を預けている銀行の名前を印刷され、そしてそれはその銀行の要請において発行されました。効果的に、その国家銀行業法は、彼等自身のペーパー・マネーを、銀行家達が発行し、貸し出す事を許可しました。その銀行は財務省に国債を「預け」ましたが、それらはその後も国債の所有権を有し;そしてそれらは直ぐに、それら自体の銀行券の形状においてそれらのマネーを取り戻しました。その上の全てで、その国家銀行業法は効果的に、それらの銀行券に対する競争を排除しました。それは州立銀行の紙幣の上に重い課税を課して、本質的にそれらを廃止させました。それはまた、銀行家達の銀行券が思いのままに発行される間、特定の発行に制限されていた、グリーンバックスからの競争も削減しました。財務長官、サルモン P. チェイスとその他は、銀行家達が、彼等自身の銀行券を使い、グリーンバックスを買い占めていると不平を述べました。」⁴³⁷

言葉を変えると、その国家銀行業法が本当に行った事は、彼等自身の借金を-産み出す銀行券の発行(貸し出し)において金融マフィア達が、政府のグリーンバックスの発行の産出量を効果的に勝る事を許した事で、金融マフィア達はその後、それ(銀行券)を使ってグリーンバックスを買い占め、流通からそれらを排除しました!

金融マフィア達は、「73年の犯罪」として一般的に知られる様に成った法と呼ばれるものと共に、1873年においてこれに続き、その法律は効果的に法貨としての銀貨を禁止し、効果的に再び、アメリカを金本位制に置きました。予測可能な様にその法律は、1870年代の大規模な縮小したマネーの供給、失業、そして大不況に繋がりました。その結果が1780年代の、金融マフィア達に造りだされた不況に似ていたのは、相応しく名付けられたグリーンバック党を形成した強力な農民達の「反乱」にそれが繋がり、国家によって創造された借金の-無いマネーを直接呼びかけ、そのマネーは、その国のインフラの改善するための仕事に、人々を戻すために使用されるべきとしました。⁴³⁸グリーンバックス(党)は、ホワイト・ハウスへと彼等自身の国家的な代表を置く事に成功しませんでしたが、彼等のメッセージは聞かれ、そして1881年において、ジェームズ・ガーフィールドがアメリカ合衆国の大統領に成りました。ガーフィールドはこう宣言しました:

「あらゆる国においてマネー(通貨)の量を操作するのが誰であれ、全ての産工業と商業の絶対的なご主人様です・・・そしてそのシステムの全体が、多かれ少なかれ、天辺にいる極少数の強力な人達によって、とても簡単に操作されるとあなたが気付いた時、インフレーションと不況の期間がどの様に起因するのか、あなたが教えられる必要はないでしょう。」⁴³⁹

ブラウンが記述する様に、「ガーフィールドは、この明言を公表して間もなく、彼の大統領任期の4か月にも満たない時、暗殺されてしまいました。⁴⁴⁰ 私達は直ぐに、ガーフィールド大統領の明言の思考に戻る機会がありますが、此処において着目されるべきは彼が明らかに、ブーム(バブル)と崩壊のサイクルが、金融マフィア達によって人工的に創造された事をほのめかし、対照的に、エドワード・デューイーによって収集されたサイクルズのデータと、そしてゴーヴァーによって集められた占星学的なデータが、その様な物事は、唯の人間の活動よりももっと、より深い原因を有すると明らかに示唆し、そしてそれらは特定の延長において必然的であるとします。ですから・・・何が本当に起こっているのでしょう?

ヒントは恐らく以下の事実によって得られるでしょう

1.此処までに検証された不況の両方の場合、いずれとも大規模な戦争の後に起こり;そして、

2.両方が、金融マフィア達を完全に素通りして、その政府が両方の場合において、借金の-無いマネーを発行する事によってその戦争を資金援助する判断をし;そして、

3.金融マフィア達は、偽札詐欺を通した、それ(政府通貨)に対する投機と操作の様々な形状を解き放つ事によって、または流通から政府の通貨を排除する事によって、その通貨に対して攻撃し;そして、

4.今の処、それぞれの例において、これはマネーの供給の意図的な緊縮と、一致的な雇用と産出の消失と、経済的な不況に結果しました。

それらのパターンは、それらの全ての最大級の不況、1930年代の大恐慌においてそれらの表現のどん底に届きます。

3.1930年代の大恐慌と金融マフィア達

大恐慌の時代に成ると、アメリカ合衆国の連邦政府と、個人的な金融マフィア達の間の凄まじい争いは、1913年における個人的に所有された連邦準備銀行の創造、そしてその表向きには-誤魔化された警察権力組織であり、政府に対して金利付きでマネーを貸し出した金融マフィア達への利息の定期的な返済を確かにするために、新たに創造された(憲法違反の)所得税を集めるために責任を任され、特定的にデザインされた、国税庁(IRS)の設立によって、最終的にその後者(金融マフィア達)によって勝利が納められました。その後、大恐慌への、意図的で、密かに指揮された助走が始まりました:

「その問題は、米連銀が金利率を低く保つ事によってマネーを豊富にした、狂騒の20年代において始まりました。マネーが豊富にある様でしたが、実際に自由に流れていたのは「クレジット(信用貸し)」と「借金」でした。産出は、給料の上昇よりも、上がっていたので、ですから商品のために支払うマネーよりも、より多くの商品が購買可能(物価安)で;人々は借入(借金)する事が出来ました。1920年代の終わりに成ると、自動車や(当時は床の上に置かれた大きな家具だった)ラジオの様な主要な消費者の購入が、主にクレジット(信用貸し/借金)の上で購入されました。マネーはとても簡単に得る事が可能で、銀行から直ぐに手に入れる事が可能な、短期的で低金利なローンを、投資する為だけに、人々は借りました。

「彼等自身がとても安値で大量の株式保有を集め、それを泥棒男爵(金融マフィア)達が宣伝し始めるまで、殆どの人達は、株式市場に殆ど関心がありませんでした。彼等(金融マフィア達)は、「マージン(上げ下げの幅)」(またはクレジット)の上で、株式を購入する事によって直ぐに大金持ちに成れると言うアイデアを一般大衆に対して宣伝しました。投資家は株式を購入し、その(株式の)価格が上昇した後にそのバランスを決済し、大きな利益を上げる事が出来ました。この投資の策略は、凄まじいネズミ講に成りはて、それにおいて投資された殆どのマネーは実際に存在しませんでした・・・大衆はこの策略に踊らされました。投機的な熱狂において、多くの人々は文字通り、「農園(不動産)を賭けました」・・・無料で明らかに所有された不動産が、好ましいクレジットの条件と金利率を提供する事によってその熱狂に油を注いだ、銀行家達に対して担保に差し出されました。米連銀は – 組合の銀行が連銀から借りるために支払った金利の - 値下げ率(連銀の金利)を大々的に低くする事によってそれらの好ましい条件を可能にしました。米連銀は故に、数多くの複数のローン(貸し出し)によってそれらの銀行がマネーの供給を拡張出来る、追加的な準備金をそれらの銀行が簡単に得られる様にしました。」⁴⁴¹

ですが何故、連邦準備銀行は、連邦準備銀行券の借りられた「ドル」のインフレートされた(膨らまされた)供給と共に、米国の経済を洪水させたかったのでしょう?と、エレン・ブラウンは尋ねます。

その答えは、背筋が凍るものです。

「その証拠は、世界の金融的なシステムの操作を、個人的な中央銀行家達の小さなグループに与えるための、当時のニュー・ヨーク連銀の総裁、ベンジャミン・ストロングと、イングランド銀行の総裁、モンターギュ・ノーマンの間の策略」を示すと、ブラウンは述べます。⁴⁴² その理由は、彼自身が金融マフィア達の計画への「内通者」である、国際関係のジョージタウン大学のキャロル・クイグリー博士によると、1920年代の間、個人的に-所有された中央銀行は、「英国と米国の金融的な力を利用し、世界の主要な国々の全てが金本位制に成り、全ての政治的な操作から分離した中央銀行を通してそれを運用する」事に躍起に成っていました・・・」⁴⁴³ 言い換えると、その策略は、マネーが世界のゴールドの供給を反映する様に強要する事によって、借金として流通の中にあるマネーの量を大々的に削減する事で、故に不況を開始させました。

その計画は実際に、その冷酷な計算と悪賢さにおいて巧妙でした:

「英国のポンドは、第一次世界大戦の間に、ゴールドに対するその価値を大々的に失いましたが、イングランド銀行の総裁としてノーマンは、ポンドのゴールドに対する両替率を、[第一次世界大戦]以前のレベルに保つ事に必死でした。その結果は、英国のゴールドの準備金の大規模な流出でした。英国から米国へとゴールドが流出しない様に保つために、連邦準備銀行はストロングによって導かれ、米国の金利率を低く保ち、米国のドルをインフレート(対ポンドのドル安に)する事によってイングランド銀行を補佐しました。ロンドンにおける、より高い金利率は、彼等のゴールドを投資するために、投資家達にとってより魅力的な場所に成り、それ(ゴールド)を米国からイングランドへと引き出しましたが;米国における低い率は、インフレーション(物価高)の原因に成り、それは直ぐに暴走しました。ノーマンとストロングの間の会合はとても秘密裡でしたが、その証拠は、1929年2月において、その市場の崩壊は必然的で、そして最善の道はそれが「自然的に」(つまり、米連銀からの少々の手助けと共に、自然的に)修正させる事であると彼等が決定した事を示唆します。彼等は、市場から撤退する様に、大口の顧客達に助言的な警告を送りました。その後、米連銀は、公の市場において政府証券を売却し始め、それらを後ろ楯するために利用可能な準備金を減少させる事によってマネーの供給を緊縮させました。銀行のローンの利率もまた上昇させられ、ブローカー(仲買)のローンの利率が20パーセントに跳ね上がる原因に成りました。

「その結果は多大な流動性の絞り取りで - マネーの利用の可能性の欠如でした。短期のローンは突然、より高い金利においてのみ利用可能で、マージン(上下動の幅)において株式を購入する事を魅力的では無くしました。

「マージンの上で先に購入された株式を買う新たな購入者達のための動機が排除され、株式を人々が買わなくなったので、株価は下落しました。多くの投資家達は、「マージン・コールズ(証拠金請求:株価が下落した後に、特定の段階まで、彼等のマージンの口座の中に現金を入れろと言う、ブローカーの、投資家達に対する請求)」によって損失において売却する事を強要されました。投資家達が、株式のために彼等が出来るだけ回収しようと大慌てしたので、パニックが派生しました。株式市場は一晩でクラッシュしました。人々は彼等の貯金を銀行から引き出し、外人達は彼等のゴールドを引き出し、マネーの蓄えが積み上げられていた準備金はさらに縮小させられました・・・それは、マネーの供給の操作に対する力を、自治権の有る組織(中央銀行)の単一の独裁的な総裁に一任する危険性の劇的な証拠でした。」⁴⁴⁴

再び、人が有するのは、もし人がこの証拠を、それぞれの惑星が特定の配置に入るとするゴーヴァーと比較すると、最初に、マネーの供給を人工的にインフレートさせ(膨らませ)、簡単なクレジットと借金を拡張し、そしてその後、それを突然緊縮させる事で、株価が急落する事を許し、そして金融マフィア達が大々的な安値において現物資産を買いあさる事を許す特定の政策が、金融マフィア達によって行われたと言う事です。

勿論、この全てが行われていた際に、ハーバート・フーバーが大統領で、そして私達が既に目撃した様に、彼は密かに、それらの不況の全ての理由を研究するために、商業庁の経済学者、エドワード・デューイーに委託しました。

4.幾つかの示唆

ですから私達は此処で、以前に引用されたジェームズ・ガーフィールドの明言と、そしてそれらが派生させた問いに戻りましょう。

彼が明らかに、ブームと崩壊のサイクルは、金融マフィア達によって、人工的に創造されたとほのめかすのに対して、エドワード・デューイーによって収集されたサイクルズのデータ、そしてゴーヴァーによって集められた占星学的なデータは、その様な物事は、単なる人間的な活動よりも、更にもっとより深い原因を有している様に現れ、そして特定の延長において必然的であると、明らかに示唆します。ですから・・・何が本当に起こっているのでしょうか?此処までに検証されたそれぞれの場合において、それらの惑星的な配置が起こっていた際、またはもっと重要な事に、デューイーのサイクル的なデータの一見が指標する様にそれぞれの下り坂(景気悪化)、そして特に1930年代の大恐慌は、様々な政府、または金融マフィア達によって行われた活動が何であれ拘わらず、これ(景気悪化)は、多かれ少なかれ、必然的であるとデータが示唆した時に来ました。

ですから私達は此処で、収集されたデータに基づいて、2つの仮定を立てましょう:

1.デューイーのサイクル的なデータは、1930年代の大恐慌の時代の期間に、正確に下り坂が必然的であると示唆し、そしてゴーヴァーによって集められた宇宙学的なデータは、アメリカの歴史におけるその他の不況のための類似した必然性を示し;そして、

2.太古の時代以来の、その占星学的な関連性を共にした「寺院」と「銀行業の階級」の間の親密な関連性は、現代の時代まで、衰える事無く継続し、その点は、デューイー自身の財団における主要な銀行の経済学者の存在によって妥当に示唆されます。ゴーヴァーの占星学的なデータは、更に加えて、現世的なホロスコープを解読する事が出来るあらゆる占星学者達に利用可能で、そして故に、様々な経済におけるブーム(バブル)と崩壊の歴史的な証拠と比較するために、その様な図表を収集する事を意図した誰にでも利用可能です。

故に、人は驚きの、そして少々息を奪うような結論へと導かれ:デューイーのサイクル、またはゴーヴァーの類似した占星学的なデータのその様な知識の所有にある人は、慎重な政策の操作と、借金として流通しているマネーの複写(コピー/銀行券)に基づいたマネーの緊縮を通して、その様なサイクルの全体的な上昇、または下り坂の上で劇的に激化させ、利用する位置にいる様に現れます。更に加えて、これは、アメリカの歴史における3度の大不況の原因において、正に起こった事の様に現れます。

それらのより深い物理学の、人間の振る舞いに対する正確なメカニズムは、しかしながら、此処において見識されていません。特定の(惑星の)配置は、集合体において特定の種類の振る舞いが台頭する原因に成るかも知れず、それは順を追って、一つの政策、または活動の対処法が、その他よりも相応しい状況を創造するのかも知れません。または対照的に、影響力の特定の種類は、それらのご主人様に成りたい操作人達の巧妙な操作を、知覚するための人間達の集合的な脳力を阻止し、影響力のその他の種類は、人間の知覚的な脳力と行動の自由を拡大するのかも知れません。私達は単純に、これがどの様に機能するのか知りません。ですが私達は、この占星学的な構成要素と、銀行業の階級に対するその関連性は、占星学が関連させられた文明と同じ程古い事を知っていて:バビロン自体です。それは、星々と共にだけでなく、ブリオンの売買人達を共にした、太古の神官階級と寺院と同じ位古い関連性です。ですから、ロスチャイルド家が、その一族の家系図を秘密裏に、シュメールの暴君、ニムロッドまで遡らせると幾らかの人達が主張するのは、記述するだけ興味深いでしょう。⁴⁴⁵

D. 技術開発の可能性の示唆:太古の錬金術的な関連性

この全てが、もし人が、科学技術、または物理的な媒質(エーテル)、もしくは故にそのサイクルズ自体の技術開発の方法を持っていないとしても、経済的な傾向に対する「技術開発の可能性」を示唆するのは、もし人がブームと崩壊の必然的なサイクルを、事前に知るための十分なデータを持っていたなら、人はそれらのサイクルを反転させる事は出来ないかも知れませんが、それらの全体的な効果を大規模に激化させる、または和らげる事が出来るかも知れないためです。

それらのバラバラな概念の全て - 経済物理学、占星学、天文学、ボームとコザレフの原因自体の前兆技術開発、ブリオンの売買人達、太古の寺院を - 一緒にまとめるリンクの架け橋における土台は、錬金術で、その秘儀的な要素において、卑金属をゴールドへと変える実質である賢者の石を製造する能力で、そしてその秘儀的な要素は、創造、または破壊に対する力のために、物理的な媒質自体の、変格的で情報を-創造している性質を引き出す能力です。その秘儀的な要素において、故に、その様な科学技術を手に入れる事はブリオンの売買人達にとって、何らかの部外者の勢力、または派閥が、彼等のブリオンの人工的に-創造された価値の崩壊のためにその様な科学技術を使用し、そして故に彼等の個人的なマネーの-創造の権力を破滅させる事を防ぐために、実直な関心に成ったでしょう。同様に、その科学技術を利用するブリオンの売買人達の独占を壊す事を望む者達にとっても、それは実直な関心に成ったでしょう。同じように、ブリオンの売買人達は、錬金術の秘儀的な要素を操作する事によって、その中におけるその秘儀的な要素の膨大に拡張された力、物理的な媒質自体を操作し、技術開発し、そして故に集合的な人間の振る舞いと活動のサイクルさえも含んだ能力の方法を理解したでしょう。一度その力が彼等に与えられると、彼等の権力の鉄の掌握は完全にされました。

ですから、以前の章を通して観測された段階に注目してみましょう:

1.第一段階において、ブリオンの売買人達は、偽りの錬金術の一種に手を染め、i.e. 帳簿にクレジットの記入をする架空による、クレジット(そしてその借金の利息)の個人的な創造でした。これが金融業家達の錬金術的な大インチキなのは、何か(マネー)が正に文字通り、から創造されたためで、その「何か」は、周りの社会がそれ(マネー)に、その様なものとしての信用を与え続ける限り、何らかの価値があるものに成り続けられます。それが正真正銘の情報では無いのは、それが実際に、その金利/利息を産み出す借金の創造において、「マイナスの情報」の創造で、必然的に全ての創造的な産出をその中へと吸い込み、そして何ものたりとも逃げ出させない金融的なエントロピー(質の低下/破壊)のブラック・ホールであるためで;それは必然的にその母体を食い殺す癌で、それ(癌)自体の死を創造しています。その信用が無くなれば、その価値も無くなります。故に、その「マイナスの価値」を神聖化(正当化)し、確かにする方法は、彼等のマネーの鋳造と発行の活動を、様々な文明における様々な寺院の神官階級の神聖さと誠実さに関連させる事で;

2.第二段階において、それ自体のために錬金術が、ブリオンの供給を増大させる、または拡張させるためだけにでは無く、急速過ぎる供給の増大は、彼等自身が道具化した、個人的に-創造されたマネーの価値を崩壊させかねないので、その科学技術の独占もまた行いました。端的に、彼等がその科学技術を独占しなければならなかったのは、そうしなければ、彼等のマネーの独占が、彼等の領土と国民達の創造的な産出(GDP)の上に基づいた、マネー(政府発行通貨)を発行する彼等の王室の特権を再構築する上で意図された王達によって挑戦されてしまいます。そしてそれを独占化するために、彼等は文字通り、それを発達させる可能性のある全ての社会と文明に侵入しなければなりませんでした。それは、必然的に、そしてその場合の本質によって、国際的な陰謀だったのは、その経済的なシステムがクローズド(閉鎖的)に保たれる事を確かにするために、国際的な影響力を持たなければならなかったためでした。

3.第三段階において、それは常に究極的な目的ですが、そのブリオンの売買人達はそれら全ての中で最高の錬金術的な科学技術を求め:物理的な媒質とそのサイクルズを直接技術開発する能力でした。その秘儀的な要素において錬金術は、その秘儀的な要素の上、i.e. 情報を創造していて、そして変格的な媒質としての、物理的な媒質のアイデアの上に基づいていているので、この科学技術もまた同様に独占化されなければならないのは、何らかの競争相手がそれを手に入れるとマネーの発行(銀行券の貸し出し)の彼等の独占に成功的に挑戦する事が可能で、そしてもっと重大な事に、もし必要とあらば、彼等を転覆させる力を持つためです。

テスラのモーガンによる隠蔽から、テスラ自身の、ツングスカにおける兵器化された形状における、彼の無線インパルス(衝動)配信科学技術の独立的な使用(実験)の可能性まで、ナチス・ドイツの国家に-創造された借金の無いマネーの再構築と、そのベル計画を共にした、このより深い「トーション(ねじれ力)」に-基づいた物理学の調査まで、太古のスパルタとローマの経済的な独裁政治を再建する試みと、エジプトの錬金術的な本のローマの焚書まで、そのパターンは同じでした。

マネーの創造に対して個人的な独占があると何処であれ、人がまた見つけるのは、科学の寺院との必然的で秘密裡な共謀で、そしてその媒質のより深い錬金術的な物理学の秘密裡の開発における共通の関心だったのは、それが、国際的な金融マフィア達の、帳簿のクレジットの記入を創造するイミテーション(詐欺)の影を遥かに超えて、創造、または破壊のための究極の力だったためです。

その寺院との共謀は、太古のブリオンの売買人達に、失われ、そして統一化された物理学の回復のための道への更なるもう一つの手掛かりを与え:地球自体の表面の上のその様な寺院の配置で、そしてその神官達と入門者達に知られた神聖な幾何学の、それら(寺院)の構造の中に繰り返された設計です・・・
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282 Brian Desborough, They Cast No Shadows: A Collection of Essays on the Illuminati, Revisionist History, and Suppressed Technologies (San Jose, California: Writers Club Press, 2002), p. 175.
383 “Econophysics,” en.wikipedia.org/wiki/Econophysics, p. 1.
384 Ibid.
385 Ibid.
386 Ibid.
387 Ibid., p. 2.
388 “Econophysics,” en.wikipedia.org/wiki/Econophysics, p. 2.
389 David Bohm, Wholeness and the Implicate Order (London: Routledge, 1999), pp. 186f.
390 David Bohm, Wholeness and the Implicate Order, p. 187.
391 Ibid.
392 Bohm, Wholeness and the Implicate Order, p. 188.
393 Ibid., p. 190.
394 Bohm, Wholeness and the Implicate Order, p. 190, emphasis added.
395 Bohm, Wholeness and the Implicate Order, p. 190, emphasis added.
396 Ibid., pp. 190-191, emphasis added.
397 Bohm, Wholeness and the Implicate Order, pp. 191-192, emphasis added.
398 I.e., the Foundation’s private magazine.
399 Ray Tomes, “Towards a Unified Theory of Cycles,” 1990年2月のサイクルズの研究のための財団の集会の進行において公表された論文、www.cyclesresearchinstitute.org, p. 4, italicized emphasis added, boldface emphasis in the original.
400 その様な統一化の理論的なアプローチでは無くむしろ、物理学の統一化に対する技術開発的なアプローチの題材のためには、私の The Giza Death Star (Adventures Unlimited Press, 2001)を参照して下さい。
401 Q.v. my The Philosophers’ Stone (Feral House, 2009), pp. 164-65.
402 Ibid., pp. 151-169.
403 Farrell, The Philosophers’ Stone, pp. 166-167.
404 Ibid., pp. 176-178.
405 Ibid., p. 179.
406 Dewey and Dakin, Cycles: The Science of Prediction, p. 191.
407 Robert Gover, Time and Money: The Economy and the Planets (Hopewell Publications, 2005), p. 2.
408 Ibid.
409 Gover, Time and Money, pp. 2-3.
410 Ibid., p. 10, emphases in the original.
411 Ibid., p. 51.
412 Gover, Time and Money, p. 70, emphasis added.
413 Ibid., p. 41.
414 Ibid., p. 40.
415 Gover, Time and Money, p. 44.
416 Ibid.
417 Gover, Time and Money, p. 45.
418 Ibid., p. 47.
419 James Nelson, “Shortwave Radio Propagation Correlation With Planetary Positions.” Conference paper presented to the AIEE Subcommittee on Energy Sources, AIEE General Winter Meeting, January 1952.
420 Ibid. その違いもまた着目されるべきなのは、ゴーヴァーの注目が外側の惑星、つまりガスの巨星(e.g. 木星、土星等々)と[近年、惑星から降格させられた]冥王星であるためです。加えて、ゴーヴァーは、古典的で占星学的な方法において、惑星が通過しているゾディアック的なハウスを記述しますが、ネルソンはそうしません。
421 Ellen Hodgson Brown, Web of Debt: The Shocking Truth about Our Money System and How We Can Break Free (Baton Rouge, Louisiana: Third Millennium, 2008), p. 39. もし、個人的に-発行(貸し出し)された借金であるマネー国家に-発行されたクレジットであるマネーの歴史について、読者が読むべき一冊の本があるとすれば、これがそれです。それはまんべんなく調査され、上手に書かれています。ブラウンは特に、唯単に、金本位制に戻れば、その問題を解決すると言う、多くの人達の誤った推測を暴露するのに卓越しています。私達が既に目撃した様に、ブリオン自体が「ブリオンの売買人達」、または金融マフィア達に操作の対象でした。
422 Brown, op. cit., p. 37.
423 Ibid.
424 Ibid.
425 Ibid., emphasis added.
426 Brown, op. cit, pp. 40-41, italicized emphasis in the original, boldface emphasis added.
427 Ibid., p. 41.
428 Ibid.
429 Brown, op. cit., p. 43.
430 Ibid., emphasis in the original.
431 Ibid., p. 44.
432 Brown, op. cit., p. 47, emphasis added.
433 Ibid.
434 Brown, op. cit., pp. 47-48, emphasis added.
435 Brown, op. cit., pp. 89-90, emphasis added by Brown.
436 Ibid., p. 91.
437 Brown, op. cit., pp. 91-92, emphasis added.
438 See Brown’s discussion on pp. 93-95.
439 Ibid., p. 94, emphasis added.
440 Ibid.
441 Brown, op. cit., p. 140.
442 Ibid.
443 Quigley, Tragedy and Hope, p. 326.
444 Brown, op. cit., pp. 141-142, all italicized and boldface emphases added.
445 Fritz Springmeir, Bloodlines of the Illuminati, p. 237. 「神聖で、秘密裡の文献において記録されている、彼等自身の秘密裡の家系図によると、ロスチャイルド家は、バビロニアの偉大な戦士である指導者、ニムロッドから系統を引き継いでいるとされる」とスプリングメイヤーは明言します。勿論、「神聖で、秘密裡の文献」が意味するのは、それらの主張に実質的な証拠がない事です。しかしながら、後の章の中で見られる様に、その中でその様な主張が解釈されるかも知れず、その中で、多かれ少なかれ、とても緩い協力証言がされるかも知れない、一般的でコンテキスト的な本質のケースがあるかも知れません。
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統一されたフィールドの秘密

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SECRETS OF THE UNIFIED FIELD
統一されたフィールドの秘密

The Philadelphia Experiment, The Nazi Bell, and Discarded Theory
フィラデルフィアの実験、ナチスのベル、そして見捨てられた(隠蔽された)理論


JOSEPH P. FARRELL
ジョセフ P. ファレル著


TABLE OF CONTENTS
目次


PART ONE:
第一部:
THE DISCARDED THEORY
隠蔽された理論


Preface
前書き      v


隠された歴史、物理学、そしてその2つの間の奇妙な相互関係の、数多くの異なった要素を研究した後に、私が終に、隠蔽された科学と科学技術の逸話の中の最も有名な話し:フィラデルフィアの実験に目を向けなければならなかったのは、恐らく必然でしたでしょう。何年も以前に、研究のこの道を辿り始めて以来、私は必然的に、それを扱わなければならないと知っていました。ですが、本音を語らせていただくと、私は多大な戸惑い(不本意)無しで、それを行ったとは言えません。

これは、その逸話が、私を関心させなかったとか、魅了させなかったと言うわけではありません。チャールズ・バーリッツとウイリアム・モーアーのフィラデルフィアの実験:インヴィジビリテー(不可視)計画(の本)を私が購入し、少々、息を奪われ、麻痺させられた(仰天させられた)一読以来、その逸話は私をとりこにしました。その多くの読者達のためにそれが行った様に、その本は不完全性(物足りなさ)の感覚と共に私を残し、更にもっと知りたいと、私を残しました。明らかに、その逸話と共に、もっと言われる事、そして成される事が必用であり;バーリッツとモーアーでさえ、それ程多くを示唆しました。

ですがその後、その逸話に対する乱暴で、雑草の様で神話的な視聴(噂話)が派生しました。タイム・トラヴェルと新たな生活についてのノンセンスと共に、乗組員達と参加者達と主張される者達が出て来て、その正体(身元/実在)は、とても歪められていて、湾曲されていて、理解するために、物理学と家系図的な研究における二重の博士号(そして、恐らく精神医学における博士号がまた手助けに成ったでしょうが)その様な誰かを必要としました。この熱帯雨林的な(とても盛んな)増殖は、新たなプレーヤー達を含んだ、フィラデルフィアの実験の逸話の上に「モンターク計画」の神話全体を移植する事によって、全く助けられませんでした。これが唯一そのジャングル(混乱)に加えたのは、此処でその逸話が過去の生命、変格された意識、タイム・トラヴェル、そして反-重力を含んだだけで無く、意識の操作、誘導された精神分裂、ナチスの U-ボート(潜水艦)、そして親-ナチスのドイツ人の「入植者達(米国への移民達/ペーパークリップ)」を含むためで、その全ては、ロング・アイランド(i.e. ニュー・ヨーク)の東部に集中していました!

この新-グノーシス的なノンセンスの全ては、主張されたフィラデルフィアの実験について、長年に渡り多くのノートブックの中に記録された私の考えを、の形状において出版しようとする私の意欲に対する強い抑止力だったのは、その逸話自体の根源において、私が信じただけでなく、一般的な説明以上に、更にもっと単純で、センセーショナルでは無い成り行きにおいて真実で、そして更に、その正に簡単(単純)な特徴によって、元々の逸話の上に、誰かが植え付けようと試みた、更にもっとセンセーショナルで、庶民的な、無知の増殖でした。ですから、モンターク計画とか、アル・ビーレック(Al Bielek)とは、一体、何だったのでしょう?

しかしながら、その逸話についての元々の主張された事実が理解されると直ぐに、その後、そのセンセーショナルな要素が残るままであるだけでなく、主張されたタイム-トラヴェルしている個人達のあらゆるモンタークの神話は、それらの逸話と共に伝えられる事が出来るよりも、更にもっと恐ろしく、そして暗闇に成ります。これが何故なら、第二次世界大戦のるつぼ(真っ只中)において生れた、そのフィラデルフィアの実験が、奇妙で、暗号的で、そして殆ど「同時発生的な」方法において、その戦争からの隠蔽された科学と科学技術の、もう一つの同等に奇妙な逸話に対して関連しているためで:ナチスの「ザ・ベル」の機器の逸話です。従って、それらについての科学的な推理の内容に加えて、(それらの)逸話の両方をこの本は再検証します。この本は故にまた、ザ・ベルについての私の以前の著書、ザ・ベルの SS 同胞団の中で述べられる事が出来なかった事を、フィラデルフィアの実験のコンテキストにおいて述べるための、ナチスのベルの逸話を新たに見直す再検証なのは、理論的にその2つの実験の間には強い関連性が実際にあるかも知れないため、またはもっと上手く言えば、一つの理論、一つの見捨て去られた(隠蔽された)理論においてであるためです。

本文の中で目撃される様に、その2つの実験が比較された時に、平行線の奇怪で殆ど皮肉的な一連が台頭し、そして間違いなくそれらの皮肉の最も奇妙な一つは、彼等の船(海軍)を共にしたアメリカ人達が、とても少数の例外を除いて - 彼等が発見したもののために探していたのではなく、彼等がそれを発見した時に、彼等が発見したものが何であったのかを知らず、そして彼等が発見した後に、それと共にどうすれば良いのかを知らなかったからです。彼等のザ・ベル – そして私達がこれから発見する様に、(それに)類似した機器と共に - ドイツ人達は、対照的に、彼等が発見したもののために探していただけでなく、彼等は、多かれ少なかれ、どの様にして探すかを知っていて、そして彼等がそれを発見した時に、それと共に彼等がどうしたかったのかを知っていました。彼等はそれを兵器化する事を求めていました。もし彼等の側に推定があったとしたら、それはアメリカ人達にとってそうであった様に、予期されていなかった非-直線的(非線形/渦巻き)の効果の偶然的な発見においてでは無く、それは(当時)利用可能な科学技術が、理論的な概念の、革新的で、実験的な確認から、実用的で、開発可能な兵器へと移行させる役割に十分であると言う、彼等(ドイツ人達)の自信においてでした。故に、その構図は「技術不足のアメリカ人達」対「優秀なナチス」の一種では無くむしろ、両方の側における優秀さと、同時に特定の推定と自信過剰の構図です。

どの様な場合であれ、この本の本文の中で目撃される様に、ザ・ベル計画と供に拘わったドイツ人の科学者達は、彼等が見たい(検証したい)と思った処(科学技術)を検証出来るために、特定のユダヤ人の物理学者達のアイデアを論議する、または探求する事のナチスの禁止を多少、「誤魔化し」、そしてそれら(ユダヤ人達のアイデア)を、綺麗に型どられ、公式にされた、ナチスの制服で偽装(カムラースターブ)しなければなりませんでした。そしてもし、その売り込みの掛け声が失敗したなら、彼等はそれでもユダヤ人の物理学者達の未完成の理論に対して「純粋でアーリア的な」その他の選択肢を有していて、(その)選択肢は量子力学において基づいておらず、それは、それら自体の正当性において、より高い次元的な「統一されたフィールド」理論でした。そして私達がまた発見する様に、それらのより高い次元的なアプローチ(対処の仕方)は、そのユダヤ人の物理学者が一般相対性理論の彼の有名な理論に見切りをつけ、そして更にもっと完全で、理論的に満足のゆく何かを求めるための、究極の鼓舞でした。彼はそれを発見し、そして1928年において公表し、そしてそれを統一されたフィールド理論と呼びましたが、その理論は究極的に物理学が見捨てた(隠蔽した)理論で、そしてそれにおいてもまた、逸話があります。

この本は故にまた、その見捨てられた(隠蔽された)理論についてで、そしてどうして、その戦争の正反対の側の2つの戦闘員達(ナチスと連合軍)によって行われていた実験である、第二次世界大戦の最も奇妙な実験の2つを奇妙にも統一させるのかです。その逸話は、その理論がどの様に台頭し、何故とても可能性が高い様に現れ、そしてナチスにとって、とても兵器化可能だったのに、何故、その戦争の後に、技術開発可能な実験のための土台として、殆ど完全に消え去った(隠蔽された)のかについてです。実際に、もし不完全な理論だとしても、電気的に技術開発可能なものとしてのその消失は、その実験自体と同等な程奇妙で、そしてこれは、恐らく誰かが、その理論的な「不完全さ」は別にした、その他の理由のために、その理論が消滅する事(隠蔽する事)を望んだと言う疑いを浮上させます。

更にもう一つの皮肉的な平行線において、その理論と2つの実験と共に関連した科学技術はまた、その戦争の後に単純に消失し、そして奇妙にも、何十年も過ぎるまで、それらについては一言も聞かれませんでした。何年にも渡り、それらに少しでも類似している実験は全く行われず、そしてそれらが行われた時には、それらが正確に評価される事が出来たかも知れないその戦時中の背景(データ)は既に長く消失していた、または、ナチスと、彼等のベルの機器の場合、必要な弾丸(i.e. 暗殺)、記されていない大量の墓、行方不明の SS の将軍達、そして行方不明の大規模な巨大輸送(飛行)機の後、意図的に埋められ(隠蔽され)、その全ては、誰かがその科学と科学技術を隠蔽し、それを抹殺し、公共の監視と分析のあらゆる可能性からそれを永遠に排除する事を望んだ事の、明らかで鮮明な示唆です。

ですが、この統一されたフィールドの方程式のアメリカ側はどうだったのでしょう?それはどの様に埋められた(隠蔽された)のでしょう?恐怖、官僚的な緩慢、その他の理論の約束(可能性)、陰謀・・・恐らくそれらの全てが役割を果たし、そしてそれらの幾つかはこの本の中で検証されるでしょう。これに関して、恐らく、それらの合理的な結論へと、物事を解釈しようと続ける好奇心の多い人達を妨げるために、フィラデルフィアの実験において関わったとされるアメリカ人の科学者達の幾らかに因んで名付けられた物理的な効果(作用)が、その科学者達の名前との関係において、名前を変えられた、または単純に物理学の教科書(参考書)の中で全く記述さえされていないのは、それらの2つの実験にまつわる、それらの奇妙な皮肉の一つでしょう。その科学者達の名前は、テスラ-の様に、主要な文書(教科書/参考書)から殆ど完全に削除されました。人は大学の授業(講義)の中で、ビーフェルド(Biefeld)-ブラウン効果、または電気的な回路(circuits)のクロンのテンサー(テンソル)分析、そしてその見捨てられた理論の示唆を殆ど聞く事はありません。実際に、クロンの先駆者的な研究に関係すると共に、図書館制度の貸し出しを通した回転している電気的な機械のテンサー分析についての彼の論文を得ようとする私の試みにおいて、私の図書館員からの奇妙な対応をもたらし:そのクロンの研究は、個人的な大企業(財閥)の図書館である、唯一の図書館から唯一借りる事が可能で、そして単純に貸し出しするために、1,200ドルの費用が必要で何よりも効果的な隠蔽の方法でした!最後に、オルタナティヴな研究のコミュニティー(i.e. 私達)が、あたかも願望的(好き勝手)な考え方の形状に乗っ取られたかの様に、人はフィラデルフィアの実験の殺傷的で、兵器化可能な効能について殆ど聞きません。

その後者に関して、グレート・ピラミッドについての私の最初の著書の出版、そして更に最近のザ・ベルについての私の以前の著書、ザ・ベルの SS 同胞団の出版以来、私はある傾向に気付きました。その傾向は、どちらの場合においても、それらの物事が兵器として考えられたと言う私の主張を全く過小評価する、または単純に無視する、もしくは理解出来ないふりをするものでした。私が継続的に驚かされた様に、私の最初の著書の出版以来、私は接触の一貫的な流れを受け取りました。友人達、ファン達、知り合い達からの E-メールや手紙は頻繁に - その幾つもの本自体において私が行ったよりも更にワイルドで - それら(の本)が彼等(読者達)に対して体現した、「タイム・トラヴェル」や、「次元的なポータル(出入り口)」、そしてその他の可能性についてでした。この本の中で私は、少なくともザ・ベルと、ナチスのブラック(闇予算)の計画の兵器庫(ふところ)の中のその関連物は、それらの物事(タイム・トラヴェルや次元的なポータル)として全く考えられなかったと再検証する事によって、その様な解釈を思いとどませる事を望みます。それは、兵器化の土台としてさえ考えられたのではあらず、その兵器自体でした。そして関わった物理学が与えられると、大量破壊兵器でした。

一度、両方の計画の根底にある物理学が見解されると、そして一度、その恐ろしく、凄まじい効能(potential)が理解されると、すると、衝撃的な要素を供給するための、モンタークの神話、または分離させられた(時間を失った)タイム・トラヴェルの人格などの、無制限の想像力の推進力のための必要性が単純に無くなります。その物理学自体がその逸話で、そしてそれは十分に衝撃的です。ですからもし読者(あなた)が、更なる『タイム・トラヴェル』の逸話と、『終に彼等が知っている事を明かそうと決心した』、『新たな匿名の情報源』、または催眠術的な退歩(操作/後戻り)からの『更に取り戻された記憶』、もしくは何らかの『スピリットのガイド』から『チャンネル(遠隔透視)されたメッセージ(情報)』を期待しているなら、すると、この本を手元に置いて、それを通り過ぎて、そして何処か他の処に行ってください。

その2つの計画において関わった科学は、アメリカ人達、またはドイツ人達のための、深夜のラジオのゲームのトーク・ショーなどではありませんでした。第二次世界大戦の厳しい現実性は、次元的なポータル(出入り口)、タイム・トラヴェル、または光学的な不可視(ステルス)、もしくはテレポーテーションの様なノンセンスのためのあらゆる探求を絶対的に許しませんでした。アメリカ人達とドイツ人達の両方にとって、その発見するための計画は、生きるか死ぬかの問題でした。それらの国家の、それぞれの科学的な研究を管理している委員会に対して、船を不可視にする、またはより高い次元へのゲートウェイ(出入り口)を開くための資金援助を要求する事を想像すれば、それらの2つの実験にまつわる推測の幾つもの馬鹿馬鹿しさと全くの狂気を、直ぐに理解するでしょう。その様なノンセンス的な提案をしていたアメリカ人達は、恐らく精神病院に入れられた可能性が高く、そしてそれらを提案していたのがドイツ人達なら、労働収容所の奴隷労働の労働へと送られる、またはその発想が十分に突飛抜けていれば、SS (ナチス親衛隊)の秘密裡のオカルトで(隠された)、そして秘儀的な研究部門である、SS の全国指導者、ヒムラーの気違い染みた、そして残虐な Ahnenerbedienst のための研究者に成ったでしょう。

その様な物事は此処において全く提供されません。サウンドバイト(聞こえの良い短文)も、新たな啓示も、新たに回復された記憶も、チャンネル(遠隔透視)されたメッセージも無く、端的に、オルタナティヴな研究をとても頻繁に特徴化(疎外)する、下らないニュー・エイジのグノーシス的なノンセンスの吐き出しは全くありません。確かに、これは高度に推理的な本ですが、根拠の全く無い推理ではありません。此処において提供されているのは、フィラデルフィアの実験と、そして更に重要な事に、彼等の恐ろしいベルの機器がそう成るであろうとナチスが理解した、物凄い審判の日の(終末論/最終兵器的な)兵器、そして何故彼等はそれがそう成るであろうと理解したのかの背景の核心にあったであろうと私が信じる、幾つかの複雑で、数学的、そして幾何学(座標/立体性)の周りの – 言葉遊びは意図されていますが – 読者が、彼(彼女)のマインド(頭脳)を捻る事を必要とする推理です。従って、一般的な読者に対して妥当な方法においても、その概念を表そうとする試みの全ては、言うまでも無く、この本のテクニカル(技術的)な問題(題材)は難しく(難解である)と強調される事が必用です。しかしながら、私の以前の著書の殆どにおいて、そして(それぞれの)本が読み進まれるにつれ、私は科学的な推理の行程へと、徐々に、読者を紹介しようと試みました。ですが此処において、その関連性と重要性が唯一、それらの2つの実験自体における、それらの応用の浅瀬(理解)に向かって彼(彼女/読者)が泳ぐ際にあらわに成る、とてもテクニカル的な概念の深い側へと、始めから彼(彼女/読者)を投げ入れる他、方法がありません。

その推理的で、科学的な分析の結果として、此処においてまた提供されたものは、それらを分析するために応用された科学的なモデルの上に基づいた、それらの実験の歴史の可能性についての再検証です。従って、此処において提供された分析のための物理学的な土台は - 結局の処、その上に両方の計画が部分的に基づいた理論が究極的に見捨てられた(隠蔽された)ので - 実際に、間違っている、または不正確であるかも知れませんが、少なくともそれは、科学の概念における土台で、太陽神、ラーから回復された記憶、またはチャンネルされたメッセージなどではありません。私は故に、間違う事に対する私の権利を主張し、そして正に、分析のために此処において使用された物理学的なモデルが、そうするための唯一の土台であるとは主張しません。このモデルは単純に、両方の計画の背後にある、「暫定的な歴史」の一種を示唆します。

実際に、それらの歴史の再構築無しでは、その科学を再構築する事は、もし不可能では無いにしても、困難に成ります。例えば、どの様な種類の思考が実際に、それらの実験の実施に繋がったのでしょう?その科学者達がそれらを夢見ていた際に、彼等の頭の中で何を考えていたのでしょう?彼等の実験的な進歩を確認するため、そして彼等の計画の、彼等それぞれの政府からの資金援助を正当化するために、どの様な種類の実験的な基準を設定したのでしょう?そしてその問題のために、人はどの様に、その同じ物理学のモデルから、一方(アメリカ側)がその奇妙な実験的な効果を偶然によって発見し、そしてもう一方(ナチス・ドイツ側)がそれらを意図的に発見した事実を説明すればよいのでしょう?

それらの問いは、ザ・ベルのための両方の逸話を公開した主要な情報源において記述された:イゴール・ウィトコウスキーの、ドイツの秘密兵器についての素晴らしい本、ヴァンダーワッフについての真実と、ニック・クックの極めて重要な、ゼロ・ポイント(エネルギー)のための探求、そして更に、フィラデルフィアの実験のために、その逸話をより広い読者達に対して紹介した本である、チャールズ・バーリッツとウイリアム・モーアーの、フィラデルフィアの実験:不可視計画の両方の計画の歴史の重要性に焦点を当てます。その後者の本は順を追って、極度に手に入れる事が難しい研究である、その「ヴァロの注釈版」において、早期の UFO 研究家、モリス・ジェセップ博士による、UFO のための立件の重大な本に言及します。従って、それが此処において幾らかの詳細において再検証されるのは、その逸話のバーリッツとモーアーの記述、またはその注釈されていないヴァージョンにおけるジェセップの研究と共に親しみがある読者達に対してでさえ、あまり良く知られていないためです。

私自身が個人的に、長年に渡り難色を示し、そして私の個人的なノートブックの中に私の考えを記述した後、フィラデルフィアの実験について私が書く事を鼓舞した人達に対して、最後の感謝の言葉が必要です:電話でアイデアを交換し、そして論議するためにとても多くの時間を費やした、americanantigravity.com の私の友人、ティム・ヴェンチュラに対して;インターネット上でジェセップの本のヴァロの注釈版を探すために私を手助けした私の友人、リッチ・ウッドと Zhe yong に対してです。ガイ・バニスター特務捜査官の FBI の UFO の書類を私が入手する事を許し、そして邪悪な勢力:アメリカの政治的な魔術のグリモア(魔導書)の彼の素晴らしいシリーズ(一連)から此処において引用された多くの観測のために、ピーター・ラヴェンダのために、多大な感謝の言葉を送りたいと思います。また、イゴール・ウィトコウスキーのヴァンダーワッフについての真実と共に沿って、ナチスの秘密兵器についての本の頂点に位置する事が相応しい本、ヒトラーの隠蔽された、そして未だに秘密裡の兵器、科学、そして科学技術の彼の最も近年で、そしてあらゆる認知において素晴らしい研究における、卓越した資料のために、ヘンリー・スティーヴンスに対して多大な感謝を送ります。最後に、それを出版する勇気を持っていたために、私の出版者、デーヴィッド・ハッチャー・チルドレスに対するいつも通りの感謝を述べたいと思います。

ジョセフ P. ファレル
南ダコタ州、ラピド・シティー
2007年

Part One:
第一部:
The Discarded Theory
隠蔽された理論


「私はこの理論が - 少なくとも最初の応用において - とても単純で自然的な方法において、重力と電磁力のフィールド方程式を算出すると発見しました。故に、この理論が、その元々の形状において、一般相対性理論に入れ替わる事が可能な様に見えました。」
- アルバート・アインシュタイン、「重力と電気の統一されたフィールド理論のための新たな可能性」、プロシア科学学会の会議報告、1928年6月14日。

1. Tensors, Torsion, and Wringing an Aluminum Can
1.テンサー(テンソル)、トーション(ねじれ力)、そしてアルミの缶を絞る     1


「そして(マルデュックが)彼の口と共に語ると、その布(服)は消え;再び彼が命令すると、その服は再び現れました。」
- バビロニアのエピック、エヌマ・エリッシュ、粘土板4¹

1928年に、プロシア(ドイツ)の科学学会に提出された論文の中で、物理学の最も著名な人が、彼の短いコメントを付属させた、端的で短い数学的な表現、Λαβv を含みました:「このテンサーは、より複雑な Riemannian (リーマン的な)カーブのテンサーでは無く、連続体(continuum)を特徴化させるための開始地点として利用されるでしょう。」² この数学的な用語の全てに対して、読者の目が戸惑ったかも知れない間、アルバート・アインシュタインの最新の物理学の論文の読者達の眼は戸惑いませんでした。そして彼等が何故、戸惑わなかったのかの理由がこの本のについての内容なのは、その短い数学的な表現と、その関連した概念が、全ての可能性において、第二次世界大戦の最も有名で、奇怪な秘密兵器の実験と計画の2つのための、概念的な土台に成ったためで:フィラデルフィアの実験と、ナチスのザ・ベルでした。

彼等の眼が戸惑わなかったのが何故なら、アインシュタインがその後に、3つの更なる方程式と共に、この力強く重要な明言を続けたためで、その後に彼は、「これから、物理学に関係した法則が引き出せるか・・・」否かを調査するつもりであると言う、更に短いコメントを付属させたためです。³ 1930年に成ると、アインシュタインは、「Riemannian メトリクス(測定法/尺度)と距離の平行性(distant parallelism)の上に基づいた、統一されたフィールド理論」と題された論文の、ドイツにおける地位の高い Mathematische Annalen (数学の年報)の中の出版と共に、彼の約束を守り、その第二段落は、その論文の題名とは対照的に、単純性そのものでした:
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1 Enuma Elish, ed. L. W. King, M.A., F.S.A., Vol 1 (London: Luzac and Co., 1902) Tablet 4, p. 61.
2 Albert Einstein, “Riemannian Geometry with Maintaining the Notion of Distant Parallelism,” Session Report of the Prussian Academy of Science (Sitzungsberichte der Pruessischer Akademie der Wissenschaften) June 7, 1928. より近代のテンサー表記法と共に親しみのある(理系の)人達のために、私がアインシュタインの表記法に言及する場合、彼の表記法の、より古いスタイルが保存されたと注意を促しましょう。この場合において、トーションのテンサー(テンソル)は未だに以下を必要とします:Λαβν = Γ αβν – Γβαν(22ページ参照)。
3 Ibid.


「以下に続く考えの上で次元の数は問題では無いので、私達は n-次元的な連続体(継続性/continuum)を仮定します。メトリクスと重力の事実を説明するために、私達はリーマン(Riemann)-メトリックの存在を仮定します。自然においては、電磁的なフィールドがまた存在し、それはリーマン的なメトリクスによっては表現される事が出来ません。これは問いを浮上させ:その事の全体が統一的な特徴を持てる様に、追加的な構造と共に、私達はどの様に、自然的で、合理的な方法において、私達のリーマン的な空間を融合させる事が出来るのでしょうか?」⁵

慎重に読むと、もし私達が、単純な「入れ替え(substitution)」と数学者達が呼ぶものを行い、そして「メトリック」と言う言葉のために「幾何学(立体性)」で入れ替えれば(テクニカル的にそれらは全く同じものは意味しませんが)、その偉大な物理学者が考えていた事を、人は理解する事が出来ます。

此処においてアインシュタインが意味している事を理解するために、人は統一されたフィールド理論を探求する事における、彼の全体的な「方策」の理解を有さなければなりません。彼の統一されたフィールド理論の論文における彼のアプローチは、特殊相対性理論と一般相対性理論において彼が行った、概念的で、幾何学的なアプローチの継続として見解されるべきだと、幾らかの人達は主張します。⁶ 相対性の特殊理論の発展における主要な問題の一つは、「あらゆるシグナル(電波等々)的な配信の速度に対する絶対的に有限な限度の存在(i.e. 光速=定数)」のためのその要求で、つまり、光の速度が速度制限を有し、そしてこの速度制限が、あらゆるシステムにおける、あらゆる観測のために真実であると言う事です。⁷ これは、勿論、この速度制限が、「ニュートン的な重力の理論によって矛盾された」⁸ので重力の新たな理論を必要とし、そしてこの重力の新たな理論が一般相対性理論でした。
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4 Einstein, Mathematische Analen, 102 (1930), pp., 685-697.
5 Einstein, “Unified Field Theory Based on Riemannian Metrics and Distant Parallelism,” trans. A. Unzicker and T. Case, § 1., “The Structure of the Continuum,” emphasis added.
6 Tilman Suaer, “Einstein’s Unified Field Theory Program,” Einstein Papers Project, California Institute of Technology 20-7 (Pasadena, California, April 11, 2007), p. 3.
7 Ibid.


その突破口は、アインシュタインが重力を、一種のフィールド(場)として、一種の幾何学(立体性)として、そして実際に一種のとして考えた時に現れました。一般相対性理論におけるこの考えに重要なのは、「等価原理(Equivalence Principle)」または「等価仮定(Equivalence Hypothesis)」で、それは重力的な質量と加速を、慣性的な質量と加速と同等にします。これは、もし人が、アインシュタインの有名な「思考実験」の一つを思い出せば、更に簡単に理解されるでしょう。人が、窓の無いロケットの(宇宙)船の中にいて、そしてそれが突然加速したと想像してみて下さい。その船の中のあなたの体の質量に対するその加速は、座席の背もたれに対して「押し付けられる様な」親しみのある感覚(G)を産出します。ですがこれは、多かれ少なかれ、加速の同じ率において、その重力のために、質量に向かって落下している人と、全く違わないと、アインシュタインは述べました。アインシュタインの(数式の)形成のためのこの原則の一つの(必然的な)推論は、重力的、または慣性的な質量と加速が単純に(考慮)計算されていないと言う事です。特定の意味合いにおいて、それらは存在する事さえ出来ません。しかしながら、この幾何学化のために、重力的なフィールド自体が、ダイナミック(流動的)なシステムとして理解される様に成り;その重力的なフィールドが変化出来ると言う事です。これらの概念は、後に目撃される様に、とても重要です。

どんな場合であれ、アインシュタインの1928年の論文からの短い引用の中で鮮明なのは、彼が重力を、幾何学の特殊な一種、「リーマン」幾何学として描写する事によって、彼の幾何学的な方策を続ける事です。⁹ これが、彼の一般相対性理論の背後の原則の全体で、それは重力を、惑星や恒星の様なとても大きな質量の存在における、時空間の繊維の地域的な湾曲(カーブ)として表現しました。その概念が、初見した時程、理解が難しいものでは無いのは、トランポリンの上に人が、ボウリングのボールを置く事を想像すれば良い為です。そのボウリングのボールは、そのトランポリンの表面において凹み - そのトランポリンの二次元的な空間の表面の地域的な湾曲を産出し – それは、最終的にそのトランポリンの表面がタンジェント的にそのボウリングのボールの表面に触れるまで拡張します(凹みます)。その最後の概念を頭に入れておいてもらいたいのは、それがまた、私達がアインシュタインのアイデアの概要と、そしてその後に、フィラデルフィアの実験と、ザ・ベルの根底にあるかも知れない物理学を検証した際に幾らかの重要性を担うかも知れないためです。

1 gravity
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8 Ibid. ニュートンの理論における矛盾が起こるのが何故なら、それらが(お互いから)どれだけ遠かろうとに関わりなく、質量の間には即座に、引き寄せ合いの力(作用)が存在するためです。
9 バーンハルド・リーマンは、ユークリッド的な幾何学の、一般的に平らで、直線に進むものよりはむしろ、湾曲(カーブ)した表面と空間の上の幾何学的な物体と共に扱うための、基本的で、数学的な原則を形成(数式化)したドイツ人の数学者で、幾何学者でした。リーマンはまた、三次元以上において、幾何学的な物体を描写するためのテクニック(技術)の下地を敷きました。


此処で明らかに、私達のボウリングのボールの類推が、重要な点において崩壊するのは、しかしながら、そのトランポリンの表面が、唯一一つの表面で - 二次元的なものであり - それに対して、地球の表面の上の何処に私達がいるのに関わりなく、私達がジャンプする時に、重力の力(作用)がその(地球の)表面へと私達を引き戻す(または言い換えると押し戻す)、引き戻し(または押し戻し)を働かせる事を、私達が知っているためです。これが意味するのは、私達が立っている(存在している)のは、地球、またはその他の大きな天体のいずれかの、カーブしている表面と共に接触している一つだけの平面(二次元)よりもむしろ、地球の表面上のあらゆる地点のために、その様な「トランポリンの表面」の、無限の数と共に、私達が考慮しなければならないと言う事です。ですからボウリングのボールによって原因された一つの窪みを共にした二次元的な表面よりもむしろ、そのそれぞれの平面が、地球の表面上の一つの地点に対してタンジェントに成る様にアレンジ(調整/配置)された、(複数の)平面の無数の数の上の、その様な窪み(凹み)の無限の数を想像して下さい。大きな質量の存在における、空間のカーブ(湾曲)によって、アインシュタインが意味したのは、多かれ少なかれ、この事で、そして彼の一般相対性理論をとても革新的なものにしたのは、重力のこの幾何学的な描写でした。それが革新的だったのが何故なら、重力の力(作用)が、幾何学的な方程式の形状(数式)において説明される事が出来たためです。その幾何学が力(作用)で、その力が幾何学でした

その方程式は順を追って、「テンサー解析(テンソル計算法)」、または、それがまた時には「絶対微分学(absolute differential calculus)」と呼ばれる、難解で、数学的な言語において表現されました。それは物理学者の道具において、極度に便利で、数学的な道具(方程式)で、そしてそれについては後に更に述べられるのは、それが、フィラデルフィアの実験と、ナチスのベルの私達の解釈において手助けに成る、幾つもの重要な概念を含むためです。

此処で、アインシュタインの1928年の、統一されたフィールド理論の論文における、彼の明言からの最終段落:「自然においてまた、リーマン・メトリックによっては表現される事の出来ない、電磁的なフィールドが存在しています。これは、『その全体が統一的な特徴を持つように、私達はどの様に、追加的な構造を共にして、自然的で、合理的な方法において、私達のリーマン的な空間を説明出来るか?』と言う問いを台頭させます、」を思い出して下さい。此処で注目してもらいたいのは、アインシュタインがもう一つの明らかな事実 - 電磁的な力(作用)の存在 – そしてあまり明らかでは無いものを指摘した事で:それらは、リーマン幾何学を構成した、カーブ(湾曲)した表面の幾何学の何らかの種において表現される事が出来ない事です。その、あまり-明らか-では無い-事実が明らかに成るのは、しかしながら、棒磁石、一枚の紙、そして砂鉄と共に、人が(小)学校で行った、とても単純な実験と供に、磁気的なフィールド(磁場)の形、または幾何学を、人が思い出した時です。磁石の上に保たれた紙の上に砂鉄が振り撒かれた際に、その砂鉄はその棒(磁石)の磁気的なフィールドの、その力(磁力)の線(フィールド) – またはヴェクトル - に沿ってそれら自体を配置/配列させます。人が「それらの全てを一緒に考えた」時に – または、数学者達と物理学者達が「全てのヴェクトルの上の足し算(sum over all the vectors)」と呼ぶものを行った時に - 人は磁気的なフィールドの幾何学の数学的な表現を有し、それが、私達のボウリングのボールの類推同様に崩壊するのは、その一枚の紙が、実際には三次元的な現象の、二次元的な表面でしかないためです。もし私達がその幾何学を三次元にすると、その磁気的なフィールドは、「トーラス」、または「ドーナッツ型」に見えます。ですから、幾何学的な物体として、重力と磁力の間には違いがあり:一方は「球体的」で、そしてもう一方は「トロイダル(トーラス型)」、または「ドーナッツ」型です。

1 Torus in Nature

2 Torus vectors

彼の革新的な提案へとアインシュタインを導いたのは、基本的な幾何学のこの区別(特質)で:一般相対性理論における重力の「カーブした表面」の幾何学は、電磁力を描写(説明)する追加的な幾何学と共に補足され、重力と電磁力の両方が分かち合った、より更に基本的な幾何学の subsets (部分集合/準-項目)である、両方の幾何学とする方法の様なものにおいて補足されたのでしょうか?言い方を変えると、この一つの短い方程式において、アインシュタインは、現在では有名な彼の、究極的には排除された、そして今では全く忘れ去られた(隠蔽された)統一されたフィールド理論のプログラム(計画/概念)を公表していて、それは電磁力と重力の共通の幾何学を見つけるための試みでした。

ですが此処において、問いの重要な一連が起こり:何故、それは有名だったのでしょう?何故それは、究極的に排除され、そして忘れ去られたのでしょう?そして何故、私達は、現代の物理学者であれば、誰も全く受け入れない理論の定義において - フィラデルフィアの実験とナチスのベルと言った - それらの2つの重大な実験を説明する事を求めなければならないのでしょう?それらの問いに対する答えが此処で、私達を没頭させるのは、それらに答える事において、アインシュタインと同年代の人達の数多くの注意を凄く捕らえた数学的な表現 Λαβν の重要性を、私達が発見するであろうためです。

A. A Brief History of the Unified Field Theory Craze of the 1920s and 1930s
A.1920年代と1930年代の、統一されたフィールド理論の熱狂の端的な歴史
    1
1.カルツァ-クライン理論

アインシュタインは、重力と電磁力の両方を説明するための、「補足的」、または「より基本的」な幾何学を見つけるための彼の努力において、物理学の歴史の中で、幾何学的な線に沿った、重力と電磁力を統一するための、その様な最初の試みとしてその名を残した、カルツァ-クライン理論によって鼓舞されました。その発見者であるセオドア・フランツ・エドワルド・カルツァ博士に因んで名付けられたその理論は、一般相対性理論の、3つの空間(三次元)と一つの時間である、四次元に対する追加において、新たな空間的な次元を紹介する事によって、重力と電磁力の統一化の問題を解決した事において特徴的です。故に、カルツァの理論の中で人は、4つの空間的な次元と、一つの時間(五次元)を有します。

カルツァは、1885年11月9日に、低サイリーシア(地方)のオッペルンのドイツの街において生れ、そして1954年に亡くなりました。彼の、現在では有名な理論を彼が形成していた時の期間の間、カルツァは、東プロシアのドイツの一地方における、Königsberg 大学の数学の非常勤講師(Privat Dozent)でした。¹⁰ それらの2つの事実 - オッペルンと低サイリーシアと、Königberg 大学における彼の学術的な教職との両方の関係は - ナチスのベルの実験の私達の検証において、この本の第3部の中でとても重要に成ります。

1919年において、アルバート・アインシュタインが、一般相対性理論と電磁力の数学的な研究を終えた後に、カルツァは、彼に手紙を書きました。アインシュタインがカルツァの手紙を読んだ時に、彼は文字通り驚かされました。相対性理論のその有名な発案者に対する、彼の手紙の短い数行の中で、

「カルツァは、第五の次元(つまり、空間の四次元と、時間の一次元)を紹介する事によって、アインシュタインの重力の理論と、マックスウェルの光の理論を統一していました。」
_____
10 基本的には、現在のアメリカの大学における「非常勤講師」の同義語です。

「本質において彼は、昔の(空間的な)「第四次元」を復活させており・・・そして第五次元として、新鮮な方法において、アインシュタインの理論へと、含ませていました。彼(カルツァ)以前のリーマン同様に、カルツァは、が、このより高い次元によって原因されたさざなみ(小さな波/i.e. フリクエンシー)によって原因された障害(行程)であると仮定しました。リーマンから、この新たな研究を分離させている新たな違いの鍵は・・・、カルツァが正真正銘のフィールド理論を提案していた事です。

「この短い記述において、(リーマンのメトリック・テンサーが、無数の次元において形成される(数式化される)事を私達が思い出せば)、通常の四次元では無く、五次元において、重力のための、アインシュタインのフィールドの方程式を書き留める事によって、純粋にカルツァは始めました。その後、彼はそれらの五次元的な方程式の中には、アインシュタインの以前の四次元的な理論と共に、追加的な一部(予測されていた次元の破片/4+1)をその中に含んでいた追加的な欠片(i.e. 五次元)の理論を含んでいたと証明する事に至りました。ですが、アインシュタインを驚かせたのが何かと言うと、この追加的な欠片が正に光のマックスウェルの理論だった事です。言い換えると、科学において知られている2人の最も偉大なフィールドの理論者達、マックスウェルアインシュタインが、第五次元を混ぜる事によって同意しました。」¹¹

彼の有名な理論の当時の頃のセオドア・カルツァ博士
1 kaluza
_____
11  Michio Kaku , Hyperspace: A Scientific Odyssey through Parallel Universes, Time Warps, and the 10th Dimension (Oxford University Press,1994), p. 100, italicized emphasis in the original, bold and italicized emphasis added.

端的に、電磁的な力(作用)は、高い次元的な空間の幾何学のワープ(捻じれ/歪み)として台頭していました。これは、一枚の紙をクシャクシャにしたものとしての、作用を説明するためのリーマンの元々の夢を満たす様に見えた理論でした。¹² 一枚の紙をクシャクシャにするイメージは、後に目撃される様に、重要なものです。カルツァの論文との問題は、追加的な四番目の次元でした。実際に、そのアイデアは当初

「アインシュタインにとって、とても大胆過ぎる様に見えたため、彼はその論文の公表を2年間、控えた程でした。しかしながら、この理論の数学は、とても美し過ぎて、それが実際に正しいかも知れないと、アインシュタインの直感は伝えました。」¹³

実際に、カルツァの論文を受け取った後、アインシュタインは「五-次元的なシリンダー(筒型)の世界の方法による、(統一されたフィールド理論の)達成のアイデア(発想)は、私に全く起こりませんでした・・・一目見た時に、私は貴方のアイデアを多大に好きに成りました、」¹⁴ と明言し、彼に対して返事を書きました。それでも出版する事を留まり、しかしながら、アインシュタインはたった数週間後に再びカルツァに手紙を書き、「貴方の理論の形式的な統一性は驚きです、」と認めました。¹⁵

形式(数式)的な統一性は述べるまでも無く、その問題は未だに追加的で、空間的な次元でした。明らかに、カルツァが考え出したのは新しく奇抜な何かで、宇宙をシリンダー的な定義において、それを表現した基本的な幾何学で、そして共通の(一般的な)幾何学の方法によって、電磁力と重力を明らかに統一したものでした。ですが、追加的で、空間的な次元の問題の解決策はありませんでした。そうであれ、アインシュタインは最終的に、1921年において、権威あるジャーナル、 Sitzungsberichte Preussische Akademie der Wissenschaften (科学のプロシア学会の会議報告)の中で、カルツァの論文、 Zum Unitätsproblem der Physik (「物理学の統一の問題に関して」)の公表を許しました。

ですが、この第五次元に対して何が起こったのでしょう?カルツァは、それが「輪の様に、『曲がって巻き上がった(i.e. 螺旋の)』ために、その他の4つの次元からは異なる」と示唆しました。¹⁶
_____
12 Ibid., p. 101, emphasis added.
13 Michio Kaku and Jennifer Thompson, Beyond Einstein: The Cosmic Quest for the Theory of the Universe (Anchor Books, 1995), p. 162.
14 Albert Einstein, cited in Kaku and Thompson, Beyond Einstein, p. 163.
15 Ibid.
16 Ibid.


最後に、1926年において、スウェーデン人の数学者、オスカー・クラインが、この輪の大きさはとても驚く程小さく、これは、それが観測不可能な理由であると提案しました。彼はその大きさを計算するまでに至り:「(10⁻³³)の」プランク長(Planck Length)、「または原子核よりも、約1000億 x 10億倍小さいとしました。」¹⁷ ですがこれもまた、それ自体の問いを浮上させました。何故、その追加的な螺旋の次元は、その様な小さい輪へと「カールして巻き上がり」、「その他の次元を無限へと、延長させながら残したのでしょう?」¹⁸ それらの問いが究極的には宇宙学的であり、そして故に此処においては率直な問いでは無い間、それらが1920年代と1930年代の、統一されたフィールド理論の熱狂の終わりを綴り出したのは、特にそれが、実験的な確認を有する事が不可能だったので、殆どの物理学者達にとって、その様なとても小さな追加的な次元の概念が、困難過ぎたためです。そして確認が、どんな場合であれ問題的だったのは、その様な小さな次元を厳密に調査するためには、当時の(または現在の!)惑星(地球)全体が産出する事が出来るよりも、多大なエネルギーを必要としたためです。または少なくとも、それが(そして今日まで)その理論でした・・・

どんな場合であれ、カルツァの追加的なカールして巻き上がった次元(渦巻き)に対するクラインの解決策と、その大きさ(小ささ)の彼の計算は、その理論に対して今日まで知られている名前を与え:重力と電磁力の物理学の最初の統一されたフィールド理論、「カルツァ-クライン理論」です。

B. The Torsion Tensor
B. トーション・テンサー     8
1. The Meanings of “Torsion”
1.「トーション」の意味     9


その理論の、1928年のアインシュタインのヴァージョンにおけるトーション・テンサーとの問題は、つまり、人が誰に尋ねるかによって、その意味が少々変化するためです。トーションは、しかしながら、テンサーですから、これが意味するのは数学的に、それが実際の幾何学的な物体、または恐らくもっと上手く言えば、実際の幾何学的な効果だと言う事です。この全てが一体何で、カルツァ-クライン理論、アンシュタインの1928年の統一されたフィールド理論、そしてフィラデルフィアとナチスのベルの実験に関係しているのかは、直ぐに目撃されるでしょう。
______
17 Kaku and Thompson, Beyond Einstein, pp. 163-164.
18 Ibid., p. 164.


これを頭に入れると共に、トーション(ねじれ力)の以下の基本的な意味¹⁹ がその文献の中で着目され、そしてそれらの全ては、フィラデルフィアの実験と、ナチスのベルと何らかの拘わりを持っていて:

1)殆どの著者達にとって、トーションは、時空間における「捻じれ」、または「折り畳み」の一種を意味し、そして少数派の著者達の幾らかはそれを、その捻じれの度合、または量を意味すると理解します。次の部分の中で私達は、この点を描写するために、単純な類推を検証するでしょう。

2)幾らかの著者達にとって、しかしながら、トーションは - 一般論化の目的のために、物事を単純化させ過ぎると - アインシュタインの1928年のヴァージョンを含んだ、様々な統一されたフィールド理論の、数学的な人工物(数式)です。それは、(磁場や電場の)「転移(作用の線/流動性)」を行っている力(作用)のヴェクトルを描写する数学的な形式(数式)性で、それを、私達が目撃した様に、アインシュタインは「遠距離の平行性(distant parallelism)」の定義によって表現しました。この概念もまた、次の部分と、そしてフィラデルフィアの実験とナチスのベルの私達の理解において、重要に成ります。²⁰

3)特定のロシア人の著者達(e.g. コザレフ博士)において、トーションは少々異なった意味を有し、時空間における「捻じれ」、または「折り畳み」を象徴するよりもむしろ、その様な捻じれに対する「準-空間」でした。この見解の上で、トーションが意味したのは、特定の状態(時間)の下でその様な捻じれに台頭を与える、空間の根底にある「もの」でした。²¹
_____
19 私達は、第二部の中で、フィラデルフィアの実験上の、電気的な技術開発者達と物理学者達、コルムとダウムの研究の私達の検証において、「anholonomity (比較不能性?)」と捻じれの概念に関して検証します。
20 これに関してトーションが量子力学における「ゼロ・ポイント・エネルギー」に類似するのは、幾らかの物理学者達がその存在に納得する間、その他の幾らかは、それが実際の物理的な重要性を有さない、その理論の単なる数学的な人工物であると主張するためです。
21 トーションにおけるロシアの研究に関して、ニコライ A. コザレフ博士(1908-1983年)の研究についての幾つかの言葉が必要です。ネクサス・マガジンの中の最近の記事、「N.A. コザレフ博士のエーテル科学」は、研究者、デーヴィッド・ウィルコックによってまとめられました。トーションにおける彼の研究のために、コザレフが「ロシアの科学的なコミュニティーの歴史において、最も物議をかもし出した一人」に成った事に着目し(ネクサス、14巻、第3号2007年5月3日、45ページ)、ウィルコックは、その物議には触れるまでも無く、その同じ分野における彼の研究と、彼の同僚達の研究が、当時のソヴィエト連邦によって、「殆ど完全に機密化(隠蔽)された」と指摘します(45ページ)。物質のコザレフの概念化において、「全ての物理的な物体は」あたかもそれらが、「水の中に沈められたスポンジ」の様に見解されました(45ページ)。従って、人は


4)物理学においてはまた、それがそれに直接は拘わってはいないかも知れませんが、「トーション」が関係しているかも知れないとする流れ(意見)があります。これは、英国人の数学的な物理学者、E.T. ウィティカーの特定の論文によって体現された流れです。²² それらの論文の効果は、その媒質において、電磁的な渦巻きのアイデア(発想)を介入させる事でした。ウィティカーの分析において、電磁力は一種の「電気的な粘着性(摩擦)」、または反-「液体の様な」振る舞いを有しました。故に、それらの「液体-の様な」流動性は、その媒質(エーテル)において変化している電磁的な希薄化と圧力(緊縮と拡張)の部分である、経度的な圧力の波(縦波)と共に特定の特徴を分かち合います。成り行きとして、ウィティカーの論文の一つの示唆は、その様々な力(作用/i.e. ダイエレクトリシティー[誘電性]、グラヴィティー[重力]、エレクトリシティー[電気]、マグネティズム[磁気])が、その渦巻きの異なった種類、または状態でしかないと言う事でした。²³

5)最後に、アインシュタインの等価原理のコンテキスト(文脈)において、「トーション(ねじれ力)」を考える事が必要です。
_____
加熱、回転、振動、冷却等々の様な単純で、機械的な行程によって、その「スポンジ」に含まれた水の量(体積)を増やす、またへ減らす事が出来ます(45ページ)。この類推においてその水が、テスラが「固体に対して液体として振る舞い、光と熱に対して固体として振舞う」と主張した媒質、またはエーテルである、その媒質、または物理的な真空のエネルギーを形成します(45ページ)。そして此処においてトーションの発想が介入するのは、生命形態が特に、エネルギーの螺旋している形状(黄金比率)をそれらが利用していると実証していたとコザレフが気付いたためで、彼はそれをトーションに関連させました。トーションのアイデアは一般相対性理論についての1913年のエリー・カルタンの研究から由来し、その中で彼は、空間はカーブしているだけでなく、それ自体の中に、回転、または螺旋している運動を有していると実証し、それを彼はトーションと呼びました(46ページ)。故に「あなたが一度、太陽、または銀河の中心の様な何らかの形状においてエネルギーを解放する、回転している源泉、そして/または太陽の周りを公転すると同時に自らが自転している惑星の様に、一つ以上の形状の運動が同時に起こっている、回転している源泉を有すると、流動的なトーションが自動的に産出されます。」(46-47ページ)コザレフはまた – そしてこれは彼の研究が物議をかもし出した一つの点ですが - その様な回転によって空間において派生させられた折り畳みと重なり合いであるトーションのフィールドが光速超越的な速度において移動したと証明しました(47ページ)。ですが、本文の中で私達が注目した様に、アインシュタインが、統一されたフィールド理論の彼の1928年のヴァージョンにおいて、トーション・テンサーを応用した時、彼はまた異なった素材がこのフィールドの上で異なった効果を持つ可能性を紹介しました。コザレフは幾つかの素材のシールディング(防壁)、反射、または拡大している性質を実証しました。砂糖は、例えば、その原子における回転のために、トーションからシールディングされ、それに対してテルペンチン(植物の含油樹脂)の反対に回転している原子は、それらを拡大しました。(47ページ)
22 For fuller discussions of Whittaker’s work, q.v. my SS Brotherhood of the Bell, pp. 211-219.
23 See my The SS Brotherhood of the Bell, pp. 211-219.


彼の1928年の統一されたフィールド理論の中にトーション・テンサーを含んだ時に、彼は効果的に、その媒質において可能な限り、とても地域的な「折り畳み」、または「捻じれ(ワープ)」を提案していました。更に加えて、一般相対性理論において、物質の様々な種類、または私達が目撃した様に、重力的で、慣性的な加速の、小規模で、地域的な種類の、特殊な性質の考慮は全くありませんでした。トーション・テンサーの一つの(必然的な)結果は、しかしながら、その素材的な性質が、トーション自体の「折り畳み」と「捻じれ」の上で、地域的な効果を持つかも知れないと言う事でした。故に、トーション・テンサーを含ませる示唆は二重で:

a)素材的な効果による地域的な時空間における変化が、その理論の中に紹介され;そして、

b) 地域的な状態の変化はもう、重力の統一性を仮定しませんでした。重力の幾何学(立体性)における、地域的で、多大な変化が、理論的に可能でした。

故に、トーション・テンサーの含みが此処で意味したのは、その2つの要素が「折り畳み」、または「重なり合い」の量、または割合を影響する事が出来ると言う事で:

a) 地域的な環境;そして、

b) トーションの根底にある、または含まれている素材です。

アインシュタインは、結果的に、一般相対性の彼自身の理論の、中軸的な原則の幾つかを、殆ど完全に見捨てました。彼の読者達の眼がよどんだ(困惑した)のは、全く驚きでは無いでしょう!

ですが、「トーション云々(うんぬん)」のこの全ては実際に何を意味するのでしょう?時空間の「折り畳み」、「重なり合い」、または「捻じれ」の知覚(認識)が曖昧かも知れない間、人は空っぽのジュースのアルミ缶を絞った時に何時でもその題材についての良い理解を得る事が出来ます・・・

2. Wringing an Aluminum Can
2. アルミの缶を絞る     12


絶対的に不動の土台に対して接続された、金属製のパイプを考える事によって始めましょう:

図:正方形の土台に接続された筒状のパイプと、捻りの方向を示す矢印(12ページ)

此処で、そのパイプの一方の端を掴んで、その矢印の方向に捻る事を想像してみて下さい。十分な力と共に、そのパイプは、そのストレスの効果を表す様に成り;それは折り畳みと割れ目を見せ始めるでしょう。次に - 統一されたフィールド理論の、カルツァ-クラインのヴァージョンにおいて与えられた、彼等の「筒状の幾何学」に相応しい比較である - 何かに接続されていない筒である、アルミ製の缶を想像し、そしてその金属製の缶を人の両手で(雑巾の様に)絞る事を想像してみて下さい。その捻りの反対方向の運動は、その捻りの運動の回転の軸に沿って、その筒において類似した緊張状態を産出します。この場合において、その対峙している運動自体が更なるストレスを介入させ、そして結果的に、私達の固定されたパイプの例よりも、その筒において、更なる「折り畳みと重なり合い」が結果します。そのジュースの缶を絞る運動は螺旋した折り畳みと重なり合いを産出し、それは、そのストレスが最大限である処である、その缶の中央部に向かって強さを増します。加えて、その缶の両端はお互いに対して、より近くに引き寄せられます。もし此処で人が、そのジュースの缶が、時空間の媒質自体を体現し、そしてそのジュースの缶の金属的な構成要素が、その様な折り畳み、または重なり合いに対する通常の空間と時間のもろさ、または抵抗を体現すると理解すると、人はその中において構成要素だった、統一されたフィールド理論におけるトーションの効果の大まかな類推を有します。そして着目してもらいたいのは、十分な捻りと共に、私達の金属製のパイプ、または私達のジュースの缶が、最大限のストレスの地点の正に近くで、最終的にバラバラに壊れる、または乱暴に爆発する事です。これが、パイプの例においてよりも、缶の例においてより早く起こるのは、(一方向の捻りだけでは無く)捻りの対峙している(反対方向の)運動によって、その媒体(アルミ缶)へと、より大きなストレスが加えられているためだと着目して下さい。

これは、私達がナチスのベルの検証に目を向けた時に、第三部において実を結ぶ、重要な概念です。最後に、トーション自体の概念が、渦巻き、または媒質における回転のアイデアに対して緊密に関係している事に着目して下さい。それは、その回転と同じでは無く;それはむしろ、その回転から結果する、その媒質の折り畳みと重なり合いです。

3. The Mistake in Unified Field Theories and Their Discarding by Contemporary Physics
3. 統一されたフィールド理論における過ちと、現代的な物理学によるそれらの処分     14


近代的で、理論的な物理学に関する限り、カルツァの息を奪う様な1921年の超越-次元的な論文によって開始された熱狂であった、1920年代と1930年代の統一されたフィールド理論における最大の過ちは、それが唯一、電磁的、そして重力的な力(作用)を統一する事を求めたためでした。量子力学の台頭してきていた力、「強い」原子的な作用と「弱い」原子的な作用は、共通の幾何学を発見するための努力に含まれていませんでした。²⁴ 故に、完全な理論としての、重力と電磁力の統一におけるそれらの数学的な美しさ、または限定的な成功が何であったにせよ、それらは失敗で、そう言わざるを得ません。この点が強調されなければならないのは、第二部の中で目撃される様に、バーリッツ、モーアー、そしてその他多くが、アインシュタインが実際に、秘密裡に彼の理論を完成させ、そしてフィラデルフィアの実験が行われたのが、この秘密裏に完成された理論の土台の上であったと、誤って主張するためです。第二部において目撃される様に、しかしながら、フィラデルフィアの実験の結果を説明するために、その理論の完成を推定する事は必要ではありません。

物理学者のハインツ Pagels は、それらの理論の失敗を、以下の様に述べました:

1930年代の後、カルツァ-クラインのアイデア(発想/理論)は主流では無く成り、そして何年も無視されました。ですが近年、物理学者達が、重力とその他の力の統一のための、あらゆる可能な方法を求めた際に、それは再び表舞台へと飛び出しました。今日、1920年代とは対照的に、物理学者達は、重力と電磁力だけを統一させる事のみならず – 彼等は、弱い、または強い相互関係と共に同様に、重力を統一する事を求められています。これは、第五次元を超えて、更なる次元を必要とします。」²⁵
_____
24 統一されたフィールド理論を十分に量子力学に融合させる失敗のこの要素に関しては、Michio Kaku, Hyperspace, and Kaku and Thompson, Beyond Einstein, pp. 32-33, 195-197.を検証して下さい。
25 Heinz Pagels, cited in Kaku, Hyperspace, p. 140, emphasis added.


言い方を変えると、カルツァは、彼の時代において先に進み過ぎていて、物理的なフィールドの統一に対する彼の超越-次元的なアプローチ(対処法)は、量子力学が正しく統一されたフィールド理論を造り出すために、必要とされた次元の正しい数を示唆する事が出来るために、十分に進歩するまで、待たなければなりませんでした。

ですが、統一されたフィールド理論の熱狂の突然の消滅のためにはその他の可能な説明があり、そしてペイゲルスは - 間違いなく偶然に – 1930年代において・・・、実際に、1930年代初頭において、カルツァのアイデアがレーダー(表舞台)のスクリーンから消えうせた重要な手掛かりを供給します。言葉を変えると、ドイツにおいてナチス政権が権力へと台頭した時に、統一されたフィールド理論の論文の公表は、多大に減少しました。其処には2つの可能な説明があります。それは、恐らく、アインシュタインと「ユダヤ的な物理学」の、ナチの思想的な禁止でした。ですがそれはまた恐らく、その題材自体が、ナチス政府による、公表以前の検証の対象と成り、「国家機密問題」である、Geheime Reichsache に成ったと言う示唆です。別の言葉で言うと、ナチス政府の内部の誰かが、その理論が機密化され、それらを試験するために秘密裡の研究が成されるべきであると判断したと言う事です。そしてもし、ナチス・ドイツ内部の何者かが、統一されたフィールド理論が実質的に技術開発可能な理論だと判断したなら、特に米国の様なその他の国々においても、同様な結論に至ったであろうと、人は妥当に結論出来るでしょう。

この観測が、ナチスのベルの実験の上で直接拘わる事は、第三部において、より詳細に検証されます。現時点において、しかしながら、着目されるべきは、セオドア・フランツ・カルツァが、アインシュタインとは異なり、1929年において Kiel 大学において数学の教授として任命され、そして1935年においては、Göttingen 大学において数学の正教授に成り、其処で彼は1954年における彼の死去まで、彼の教職に留まり、その戦争の間にドイツを一度も離れなかった事です。その理論のカルツァのヴァージョンは、ユダヤ人によって考え出されたと言う「汚れ」が無かったので、ナチスは、政党の思想的な禁止の対象では無い、統一されたフィールド理論の、少なくとも一つのヴァージョンを有しました。そして私達が第三部の中で目撃する様に、カルツァの理論は、そのベル計画における Königsberg 大学からの、あるとても謎めいた数学者の拘わりに対する、解決策を持つかも知れません。

どんな場合であれ、ナチスが「ユダヤ的な物理学」の、彼等自身の思想的な禁止を撤回し、1928年のアインシュタインの統一されたフィールド理論を、とても秘密裡に使用したか否かは別にして、彼等はそれでもその理論の完全に「アーリア的」なヴァージョンを有し - 実際に、正に最初のもので - カルツァ-クライン理論でした。それは故に、それらの理論の実用化 - そして究極的な兵器化の - 示唆を求める誰かにとって、ナチス政権に対して「売り込む」のはとても簡単でした。欠落していたのは唯一、その理論のカルツァ-クラインのヴァージョンへと、トーション・テンサーを応用する、または組み込む事で、そしてその後、電気的な機械に対して技術開発し、そして応用する事でした。²⁶

4. ...But Some Engineers Took Notice Anyway
4. ・・・ですが幾らかの技術開発者達は、当然、気付きました     16


次の重大な手掛かりを供給するのが - 電気的な機械の分析に対するトーション・テンサーの応用である – この最後の明言なのは、その理論の新たな「第五次元」を含んでいる1921年のカルツァ、または1928年のアインシュタインのヴァージョンの多くの問題は言うまでも無く、米国における一人のハンガリー人の移民の電気的な技術開発者が驚くべき観測を行ったためで:
_____
26 私の考えにおいて、統一されたフィールド理論の中のトーション・テンサー、そしてトーション理論一般の、殆ど気付かれていない示唆の一つは、コザレフの研究においての様に、地域的なシステムの上の素材の効果の説明(計算)を取り入れる事によって、時空間の構造において凄まじいストレスが、電磁的に誘導させられるだけでなく、更に類似した効果が恐らく、原爆的、または水爆的な爆発によって、誘導される事の出来る、その媒質(エーテル)における凄まじいトーションのにおいて結果すると言う事です。これは、早期の水爆的な実験において、それらの実験のために計算された誤差の幅を遥かに超えて、計算された破壊力が多大に暴走した事実を説明するかも知れません。その追加的なエネルギーは故に、その爆発自体の中のトーションの波の誘導の様な、何らかの超越-次元的なハーモニック、またはレゾナンスから由来したのかも知れません。私がその他の場所(本/ギザの死の星、145ページ)で示唆した様に、これは世界の様々な原爆的な権力(核保有国)によって、原爆/水爆的な実験が(何度も繰り返し)続けられたのかの説明かも知れず、彼等は拘わっていた(超越-次元的で)正確で科学的な法則を学ぼうと試みていたのかも知れません。私が其処で記述した様に、それらの法則が、それらの権力者達の最も秘密裡に保たれた秘密の幾らかかも知れないのは、原爆的、そして水爆的な化学反応を超える、もう一つの力(作用)が関わっているかもしれないためです。

同時機動的で、電気的な機械の振る舞いの幾つかは、追加的な次元性、そしてトーション・テンサーと、その地域的な時空間の折り畳みと重なり合いの方法を除いた、その他の土台の上では説明不可能でした。

2. A Little-Known Hungarian Genius and the Forgotten Verification: Gabriel Kron and Einstein’s Unified Field Theory
2.あまり知られていないハンガリー人の天才と忘れ去られた確証:ガブリエル・クロンとアインシュタインの統一されたフィールド理論     18


「同時機能的な機械の本当の科学的な分析が、非-ホロノミック(nonholonomic)な言及の枠組み、または複数次元的な非-リーマンの空間、もしくはリーマン-クリストフェルのカーブ・テンサーの様な、超自然的な概念の紹介を示唆すると聞くと、あなたは笑うかも知れませんが・・・(ですが)電気的な力(電力)の技術開発者が、新たなアイデアと新たな鼓舞のために探さなければならないのは其処です・・・更に加えると、彼はその他に選択肢がありません!」
- ガブリエル・クロン¹

A. Introduction
A. 紹介     19


理論的な物理学が、その不完全性のために、統一されたフィールド理論の数学的な舷側(水面上に出た船の側面)の援護射撃(救出)に忙しかった間、究極的にそれを沈めたのは、その正に同じ不完全な理論を、実験的に確認するために、電気的な回路(サーキット)に対してその正に同じテンサー分析を、不都合な方法で応用した、ガブリエル・クロンと言う名前の、一人のハンガリー生まれの電気的な技術開発の天才でした。この点の重要性が過大評価され過ぎる事が出来ないのは、それがまた、その理論が技術開発可能に成るために²、完全である必要性も無く、そしてそれ(理論)が限定的で、そして現実(物理)世界の説明的な力を持つ必要も無いと実証したためです。
____
1 Gabriel Kron, cited in P. Alger, ed., “Gabriel Kron,” in The Life and Times of Gabriel Kron, Chapter II, Section II (Schenectady, NY: 1969), p. 284, cited in K.L. Corum, J.F. Corum, Ph.D., J.F.X. Daum, Ph.D., “Tesla’s Egg of Columbus, Radar Stealth, the Torsion Tensor, and the ‘Philadelphia Experiment,’” (1994) Tesla Symposium at Colorado Springs, CO).
2 この観点の致命的な重要性は、その確認が、近年まで、あらゆる予測可能な人間の電力産出(地球規模)を全く超えたエネルギーを必要とした弦理論(ストリング/ひも理論)の異なった種類に対する比較によって、最も上手く理解されるでしょう。最近に成って、「低エネルギー」の弦理論が提案され、それは究極的に、確認の幾らかの可能な方法を約束するかも知れません。ですがそれらが進歩するまで、弦理論は - 確認の方法のこの重大な欠如(i.e. 実験不可能性)のために - 科学的な理論と言うよりは、形而上学的な教義の、より喚起的で、数学的な形式(数式)化のまま(つまり、宗教)です。統一されたフィールド理論の彼の形式的で実験的な確認によって、クロンは実際に、その後に便利だと証明されるかも知れない技術的な開発の可能性の一線を指摘しました。


ガブリエル・クロン
1 kron

B. A Brief Biography of Gabriel Kron
B. ガブリエル・クロンの端的な履歴     23


あらゆる認識によっても、ガブリエル・クロンは、20世紀の真の「個性」の一人で、そしてその讃えられていない天才の一人でした。クロンは、カルパティアン山脈奥深い、Nagybanya のハンガリーの街において、1901年に生まれました。クロンは幼少期から言語に対する才能を現せさせ – 彼の父は信心深いユダヤ教徒だったので - 幼い歳頃においてヘブライ語を習得し、そしてその後、フランス語とドイツ語を学び、そして最終的に、英語を習得しました。クロンは、多かれ少なかれ、アメリカの高校に加え、大学の一年目の授業と同等な、高等教育学校である、Gymnasium に入学しました。其処で彼は、物理学、数学、そして天文学を学びました。クロンは、第一次世界大戦における兵士として、少量の年金をもらっていた彼の兄、ジョセフに、技術開発を研究するために米国に、彼(ガブリエル)と共に移民する話しを持ちかけました。

家族の後ろ楯と共に、ジョセフとガブリエル・クロンは、アメリカへと旅立ち、1921年1月において到着しました。最終的に、クロンと彼の兄は、ミシガン大学の技術開発学部に入学希望を提出し、そして受け入れられました。クロンは彼の大学時代の経験を以下の方法において描写し、基準的な「考え方(固定概念)」の箱の中に閉じ込められる事を拒否した自由に考える人としての、彼の個性(特徴)への重大な識見を与えます:

「自由なスピリットが、事前決定された日課(授業)に従う事を強要された時に何時でも起こる様に、私はその授業が教えたもの以外の全てを学ぶ事を欲しました。教師が、生徒自身のためと考えるもの(授業)では無く、人(生徒)が学ぶ事を望むものを学ぶ時間をどの様に見つけるのかは、好奇心旺盛な学生の多くにとって、永久の問題であるはずです。最終的に私は、金曜日の正午に、授業の全てが終わった後に、私の(自習の)スケジュールを調整するアイデアを思いつきました。金曜日の昼から月曜日の朝まで、毎週、三日間、私は通常の授業の学習の邪魔無しで、私自身の個人的な学習のスケジュールをこなす自由がありました。一週間のその他(の時間)は、機械化された授業の祭壇の上の生贄として、私は考えました。」³

彼の学位を会得した後、クロンはミシガン大学において教員に成る事を招待されましたが、断り、究極的に、世界中を旅する彼の夢を選択しました。

1926年にアメリカの市民と成った後、クロンは、彼のポケットの中のたった300ドルと共に、そして彼の夜間の読書のための微分方程式についての一冊の本と共に、ハイチ行きの貨物船に乗り込み、彼の夢を満たすために船出しました。其処で彼は、彼の世界旅行中に彼が頻繁に行った様に、木陰の下で彼の数学的な本を読みながら、午後の昼寝の時間を過ごし、一家と共に数週間過ごしました。「フィージーにおいて微分方程式の彼の学習を終了した後、彼はその本を空っぽのオイルの缶に入れ、大きな木の下に埋め、それを、先住民達によって食べられてしまった早期の宣教師達の記憶に対して捧げました。」⁴

フィージーから、オーストラリアのシドニーに移り、クロンは、彼の資金不足を改善するために、ワット-メーター(電力計)を造っている電気的な工場において仕事に就きました。これを終えた後に、彼はヴェクトル分析についての本を購入し、そしてクイーンズランドへとヒッチハイクしました。電気的な機械のテンサー分析における彼の革新的な研究に成るものの概要を彼が始めたのはこの期間の間でした:
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3 www.quantum-chemistry-history.com/Kron_Dat/KronGabriel1.htm, p. 7.
4 Ibid., p. 8.


「クイーンズランド(オーストラリア)を通り、そして後にアジアを通ったそれらの長い散歩において、私の頭の中で、多くの次元のヴェクトル分析の概要が形を整えさせられました。知られざる領域の想像的な座標との、私の常日頃の没頭の刺激の下で - 電気的な機械、または橋、もしくは飛行機の様な - 技術開発的な構造の類推的で、思考的な構図が、私の頭の中でそれ自体を刻みました。それらは(分析の目的のために)、数多くの国々、島国、そして大陸が、道路の網目、関税、そして法律によって、相互関係させられている正に同じ方法の様に、一つの単位(ユニット)へとまとめられた、関連した数々の複数-次元的な空間の集合体として現れました。

「もし様々なメンバー(国々/州)の間の通信が失われたとしても、物理(現実)的には何も失われてはおらず、一つにまとまった米国を48種の独立的な州へと変格させる無形の何かと同様か、または一つの飛行機を何千もの部品へと分解するのと同じなだけです。何年も後に、私は、私が発展させようと試みた、その様な微積分の一種のための、テンサー分析の名の下で、数学者達が既に確かな土台を築いていた事を知りました。」⁵

オーストラリアのクイーンズランドから、クロンはその後、サイゴン(ヴェトナム)から歩く事によって、マニラ(フィリピン)、香港、そしてサイゴンの、有名な太古の遺跡を通り、現在はカンボジアとして知られる、アンコール・ワットへと辿り着きました。其処から彼は Aranha へと旅し、そして其処から

バンコク行きの列車に乗り、その後、ブルマ(ミャンマー)の Cokcrake 行きの太古の貿易ルート(シルク・ロード)を通ったキャラヴァン(一行)に続きました。彼はラングーン(ビルマ/ミャンマー)まで歩き、カルカッタ(インド)行きの船に乗り、アグラまで歩き、其処で彼はタージ・マハールを見物しました。彼はカラッチのインドの砂漠を列車で渡り、ペルシャ湾を渡る船に乗り、そして列車でバグダッド(イラク)まで行き、その途中にウル(メソポタミア)の遺跡を観賞しました。彼はダマスカス(シリア)へとアラブ砂漠を渡るトラックの乗車に5ドル払い、その後再び、徒歩でギザ(エジプト)へと向かいました。彼はピラミッドを観るためにカイロへと列車で急ぎ、コンスタンティノープル(トルコ)からアレクサンドリア(エジプト)へと渡航し、そして列車でブタペスト(ハンガリー)へと行き、彼のポケットの中の極少数のコインと共に、一人の友人の家に、真夜中に到着しました。⁶

ブタペストの彼の友人は、クロンの故郷への彼の旅路を資金援助し、彼の既にボロボロの靴は、アメリカへと出発して以来、初めて彼を、彼の家族と再会させました。其処に彼は数か月間留まり、彼の後の妻、アンと社交し、そして
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5 www.quantum-chemistry-history/Kron_Dat/KronGabriel1.htm, pp. 8-9,
emphasis original.
6 Ibid., p. 9.


米国に戻り、1928年において、オハイオ州のクリーヴランドのリンカーン電気会社を共にした仕事に戻る前に、学習を続けました。

2年後、クロンは、それぞれが徐々に、機械のより完全な分析に成った幾つもの論文の最初を公表しました。彼の公表された論文の全ての基本的なテーマは、原則的に同じで:彼は電気的な機械の全ての種類が、一般化された機械の特別な場合で、そしてつまり、一般的な機械を理解する事は、新種の開発に繋がるであろうと考えた事です。⁷ 正に、テンサー分析がこの洞察に関係していたのかは、後に直ぐに見られるでしょう。

例外的な幸運によって、クロンは、彼が行わなければ成らなかったウォナー・ブラザーズ社の部署において大不況の最中において、多大な給料を支払われる位置に至り、ですからクロンと彼の妻が、第一次世界大戦の間の条約の一部として、ルーマニアに対して返された(帰属された)、ハンガリーの一部へと戻らなければならず、其処でクロンは、リーマン幾何学とテンサー分析を学ぶために努力しました。

これが、クロンにとって、起死回生だったのは、「機械における電気的、磁気的、そして機械的な作用の、それらの難解な概念と複雑な相互関係の間の類推」を見た(理解した)ためで、彼は「回転している電気的な機械の非-リーマン的な流動性」についての彼の典型的な論文を書き、そのために彼は、1935年において、ベルギーのリージュ大学からのモンテフィオレ賞を受賞しました。⁸ これが重要な点なのは、モンテフィオレ賞は有名な光栄で、国境線を超えて、クロンの論文と考えを、必然的にナチスのの注意へと引寄せたはずであったものだったためです。この事実は、殆ど理解されていない、または、全く記述されていない事は別に、第三部において体現された推理のための多大な重要性を担います。

ルーマニアから米国に戻ると、クロンは、最終的に1934年においてジェネラル・エレクトリック(G.E./ロックフェラー)に雇われました。其処で彼は1966年における彼の引退まで、彼は其処(ジェネラル・エレクトリック/ロックフェラー)に留まりました。しかしながら、クロンが、彼の賞を受賞した論文を埋もれさせる事をしなかったのは、明言されるべきでしょう。彼は、その後2冊の重要な本である、1939年におけるネットワークのテンサー分析、そして1940年には、電気的な技術開発者達のための、テンサー分析における短期講座を記述しました。クロンは、1968年に亡くなりました。
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7 www.quantum-chemistry-history.com/Kron_Dat/KronGabriel1.htm, p. 9, emphasis added.
8 Ibid.


彼の記述は大量で、100種の数を超えた特殊(専門)的な論文で、それらの殆どに、電気的な機械の上のテンサー分析を使用した彼の洞察が応用されました。この文献の殆どは不透明なまま、またはクロンの書籍における、より詳細な記述の幾つかを利用しようと試みるにおいて、この筆者が発見した様に、とても金銭的に妨害的で(値段が高すぎて手が出せず)、そのため、軍事的な研究に関連した大企業の、技術開発部門における極少数の例外を除いては、クロンの研究は今日まで実質的に知られていないままです。どんな場合であれ、クロンの研究は、理論的な物理学者達と科学の歴史家達には、殆ど全く知られておらず、それらの重要性が、この章の後に、もっと完全に探求される点です。クロンの研究はとても稀少なので、私達が1959年のドーヴァー出版の彼の本、サーキット(回路)のためのテンサーに言及するのが何故なら、この本が彼のその他の研究において見つけられる中心的なアイデアの多くを含み、そして多かれ少なかれ、一般の大衆に対して利用可能であるためです。

C. The Theme of Kron’s Work: The Tensor Analysis of Electrical Machines
C. クロンの研究のテーマ:電気的な機械のテンサー分析     23
1. Tensors before Kron and the Reception of Kron’s Work
1.クロン以前のテンサーと、クロンの研究の評価     23


電気的な機械に対するテンサー分析の応用についてのクロンの研究の発展以前に、「実用的」な物理学の応用においてテンサーが有した殆どの使用は、一般相対性理論における重力的なフィールドの幾何学においてでした。このコンテキストにおいてテンサー分析は、実験室の机の上では無く、とても大きなものである:惑星、恒星、そして銀河の物理学に対して、応用可能な様に現れました。数学的なテクニック(技術)のクロンの応用が故に、革新的なもの以外の何ものでも無かったのは、それがテンサー分析を地球上に戻しただけでなく、実験室の机の上に戻した(i.e. 実験可能にした)ためでした。この一歩の革新的な本質は、理論的な物理学の発達の基準的な評価のコンテキストの中へと入れられないと、正当に高く評価される事は出来ません。
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9 www.quantum-chemistry-history.com/Kron_Dat/KronGabriel1.htm, p. 11.

何故かを理解するために、唯一人は、統一されたフィールド理論の、歴史的、そして概念的な土台を少々、詳しく観て見るだけで良いでしょう。ティルマン Sauer は、彼の記事、「アインシュタインの統一されたフィールド理論の計画」の中で、「電磁的なフィールドが、相対性的で、重力的なフィールドの例に引き続き、再概念化されなければならない、説得力のある理由は何も無い、」と明言します。¹⁰ 言い換えると、一般相対性理論のために、アインシュタインが成功的に応用した幾何学的なアプローチ(接近の仕方)は、電磁力を含ませた統一されたフィールド理論のために、何らかの実際の形式的、または観測(実験)可能な土台が欠けていました。更に言葉を変えると、アインシュタイン – または、その課題のために - カルツァが、彼等の論文の中で達成した成功は、唯一、拘わった数学的な証明によるものでした。其処には – 未だに - その2つのフィールド(重力と電磁力)が関連しているはずであると言う、妥当で観測的な根拠がありませんでした。¹¹

これに関して、クロンの研究が正に革新的だったのは、恒星と惑星の重力的なフィールドの、理論的な物理学者達の計算を共にして、彼等の手の中からテンサー分析を彼(クロン)が取り戻し、そして、更に重要な事に、トーション・テンサーの様なテンサー・トランスフォーム(変換)を、電気的な技術開発者の実験室の机の正に上へともたらした(実験可能にした)ためです。
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10 Tilman Sauer, “Einstein’s Unified Field Theory Program,” Einstein Papers Project, California Institute of Technology (Pasadena, CA, April 11, 2007), p. 4.
11 Sauer はまた、「統一化における試みのための確認、または否定の本質的な条件は、あまりはっきりと定義されてはいません。それらに含まれていたのは、まず初めに、重力的、そして電磁力的なフィールドのための、知られている方程式が、何らかの制限的な場合において得られなければならないと言う要求でした・・・その数学的な体現は、何らかの非特定的な感覚において、重力的、そして電磁力的なフィールドに対して、左右対称的な役割を担わせなければなりませんでした。より厳密な感覚において、その2つのフィールドの体現は、重力的、そして電磁力的なフィールドを統治している2つの別々の方程式の一連へと分離可能であるべきではありませんでした。言葉を変えると、その統一化された描写(数式)は、その2つのフィールドの非-平凡(ささいな/簡単な)ミックス(混合)の何らかの種を、本質(内在)的に許すべきではありませんでした。ですがこの混合(ミックス)は、純粋的で、体現化(数式化)の段階の上で起こるかも知れず、そして故に原則的に観測不可能かも知れません。この後者の仮定はまた、故に、その統一化がまた、少なくとも原則において、新たな物理的な効果を予測すると言う、更により強い状況を必然的に必要としません、」と観測しました。この多かれ少なかれ形式的なアプローチが、統一されたフィールド理論が存在する状況で、そしてそのアプローチは、今日まで、理論的な物理学の発展の基準的な歴史に残るままです。このアプローチは、例外無く、クロンの研究を完全に無視し、1920年代と1930年代の統一されたフィールド理論を、その科学技術的な開発のための実用的な示唆が実質的にゼロである、純粋に形式的で、数学的な構成として見解します。人は、その同じ歴史を検証し、そして急進的に異なった結論に辿り着いた技術開発者達を見つけるためには、ビアデンの研究、またはコルムスとダウムの論文の様な、オルタナティヴで科学的な文献を読まなければなりません。ミチオ・カクは、例えば、ストリング(弦)理論の彼の歴史(のまとめ/説明)において、その理論の実験不可能性を強調するために横道にそれる様で、統一されたフィールド理論の歴史に対する関連性において、クロンの研究に全く一度も触れません。


効果的に、クロンが述べていたのは、つまり、アインシュタインの1928年の統一されたフィールド理論が、電気的な技術開発者達によって、頻繁に気付かれた、特定の例外(変則を説明するための土台を形成すると言う事でした。実際に、この章に対する碑文が示唆する様に、その概念は、それらを説明するための、唯一の方法でした。効果的にクロンは、電気的な機械の特定の振る舞いが、その理論を変化させたと述べていましたが、それだけではありませんでした。もしそれらの振る舞いが、その理論を変化させたなら、するとその理論は、その変則が一度理解されれば、技術開発可能であると言う事でした。そして、それらを理解する方法は、その理論を形成するために使用された、正に同じテンサー分析に対して、それらを対象にする事でした。

言うまでも無く、クロンの研究が、単純で技術開発的な問題に対して応用された時に、技術開発者達によって、複雑過ぎるとして頻繁に無視され、そして理論的な物理学のコミュニティーによって - 少しでも言及されたとしても – 横暴で誇り高い態度で言及されるのは、テンサー分析の応用によって「電気的な機械の一般相対性理論」の一種を求める事における事実で、そして正にこの理由のためでした。彼等(技術開発者達と物理学者達)にとって、クロンのアイデアを体現している彼の実用的で、非-精密な方法が唯一意味したのは、彼のアイデアが精密で数学的な「証明」に欠けていて、そしてそれを欠く事によって、それらが無視される事が出来ると - そう彼等が考えた事です。¹²

バネシュ・ホフマンは、クロンのサーキット(回路)のためのテンサーに対する彼の紹介文の中で、この分裂(誤解)をまとめます:

「何故、クロンの研究は、その様な一般的な強い敵対心を奮起させたのでしょうか?一つの理由は、疑う余地無く、その大胆なオリジナル(独創)性だったのは、発明家の運命がスムーズなのは珍しい為です。もう一つは、それが行う様に、電気的な技術開発と、テンサー分析の、以前には別々だった分野を一つにもたらす、クロンの総合化の正に本質の中にあります。当時の時代において、クロンの研究を評価する能力があった人が殆ど無かったのは、電気的な技術開発に精通していた人達は、その殆どにおいて、テンサー分析を知らず、そしてテンサー分析に精通していた人達が、電気的な技術開発を知らなかったためで・・・(ですが)その様な問題があったにしても、素晴らしい(クロンの)統一化によって、十分に補われるでしょう。
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12 クロンのアプローチの最も敵意的な批評の幾つかが、ドイツから現れたのは、恐らく重要でしょう。Q.v. Banesh Hoffmann, “Introduction,” Gabriel Kron, Tensors for Circuits, p. vii.

「ですが、クロン自身がまた非難の対象なのは、彼が説得的な説明者に成る事から程遠い為です。彼の、精密さが未熟な概念、証明の代わりにおける「仮定の一般化」に対する彼の訴え、リーマン-クリストフェルのカーブのテンサーや、統一されたフィールド理論の様な、印象的に聞こえる用語をちらつかせる事によって好感度を上げ様とする、幸運にもこの本からは欠如している、彼の試み - それらとその他の欠陥は、多くの人達を遠ざけました。

「・・・彼に対する正当な不満の全てを、私達はぶつけましょう。しかし、そうは言いても、クロンを、大規模な重要性の発明家として刻印を押す、研究の深い感銘を与える総体性が残ってあります。」¹³

「リーマン-クリストフェルのカーブのテンサー」や「統一されたフィールド理論」の様なテンサー分析の、その様な用語のクロンの使用を、クロンが「印象づける」ための「有名な用語をちらつかせる」方法として、ホフマンが非難する事に着目して下さい。ですが、そうする事において、ホフマンは、クロンの研究全般、そして彼のサーキットのためのテンサーにおける最も重要な要素を見落とし、それは、特に、1940年代の早期において、クロンが出版した本の焼き直しでしかありませんでした。端的に、電気的な機械のクロンの分析は、アルバート・アインシュタインが、彼の1928年の論文の中で概要し始め、主要な構成要素としてトーションを含めた最初である、とても「不完全」な統一されたフィールド理論の上に、部分的に基づいていました。私達が第一章において観測した様に、その理論は、カルツァの五次元的な理論の「より高い次元的な方法」によって鼓舞されていました。手短に云うと、クロンの研究は、電気的な機械のテンサー分析から、彼の1934年の論文を形成し、唯一、カーブした幾何学、またはトーションのどちらかの何らかの形状を含んでいる、より高い次元的な理論が、電気的な機械、特に、回転を含んでいる、もしくは複雑なネットワーク(回路)に接続された、電気的な機械の、特定の観測された、そして良く知られた特徴を説明する事が出来ると主張しました。それらの現象が何であったのか、そしてそれらを説明するために、クロンの研究がどの様に役立ったのかは、直ぐ後に更に触れます。

上述された様に、クロンは、「電気的な機械の全ての種類は、一般化された機械の特別な場合であるはずだと考え、そして一般的な機械を理解する事は、新たな種の開発に繋がるだろうと考えました。」¹⁴ ですがこれは、テンサー分析に対して、何の拘わりがあったのでしょう?

この問いに答えるために、私達は、テンサー微積分学について、それが何を行い、そしてどの様にそれを行うのかについて、もう少し、よく知らなければなりません。テンサー分析の基本的な問題は、数学的な座標の一つのシステムにおいて表現された、幾何学的(立体的)、または物理的な物体の一種がどの様に、またはその同じ物体ですが、言い換えると、言及(座標)の異なった枠組み、または座標システムから見解された、もう一つの物体へと変換される事が出来るのかと言う事です。
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13 Banesh Hoffmann, “Introduction,” Gabriel Kron, Tensors for Circuits, p. viii, emphasis in the original. 14 www.quantum-chemistry-history.com/Kron_Dat/KronGabriel1.htm, p. 9.

これは、テンサー分析が(それを)扱うために開発された基本的な問題で、そして一つのシステムからもう一つへと変換させる行程は、テンサー・トランスフォーメ―ション(変換)として知られています。そのテンサー変換は、順を追って、例えば、五次元における物体の、四次元における同じ物体への変換等々を描写する事が出来ます。これが意味するのは、テンサー変換の様なあらゆるテンサー・トランスフォーメーションは、それ自体が実際の幾何学的なものであると言う事です。故に、クロンにとって、

テンサー変換は、例えば、一つの電気的な機械の方程式を、もう一つの異なった種の電気的な機械のものへと変化させます。人はプロトタイプの機械を - 原型的な機械を - 造り上げ、その方程式から人は、相応しいテンサー変換を応用する事によって、電気的な機械のその他全てのものを会得します。これは、それ自体において、熟達した統一化です。ですがクロンは追加的に、どの様に、与えられた機械の確立された異なった理論が、テンサー変換によってお互いへと変換可能なのかを表します。」¹⁵

クロンは、言葉を変えると、あらゆる電気的な機械が、テンサー変換の方法によって、その他のあらゆる電気的な機械から派生される事が出来るかを実証しただけでなく、また、一つの電気的な機械の理論がどの様に、その同じテンサー変換によって、その他全ての電気的な機械の理論から派生させられるかを表しました。故に、彼の研究は、実証と実用、そして理論化と理論の統一化であるだけでなく、実用化と理論化の統一化でした。

私達は此処で、私達が有しているものに注目しましょう:

1)クロンの研究は - 彼の幾つもの論文が証言する様に - 1920年代と1930年代の、より高度で次元的な、統一されたフィールド理論に対して、クロンによって特定的に帰属可能なテンサー分析の要素の上に、はっきりと依存し、そしてこの産出(結果/成行き)の幾つかの場合において、トーションに対して特定的な言及が成されます;
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15 Banesh Hoffmann, “Introduction,” Gabriel Kron, Tensors for Ciruits, p. ix.

2)(それについては、後に直ぐに更に触れますが、)単純な方法の土台の上でクロンは、あらゆるその他の電気的な機械から、あらゆる電気的な機械を派生させ、そしてあらゆるその他の電気的な機械の理論から、その機械の理論を人は派生させる事が出来るかも知れないと実証するために、テンサー分析に頼り;そして、

3)つまり、実証的、そして理論的なテンサー・トランスフォーメーションは、それら自体が統一化されていました。

その最後の点は - 結局の処、重力と電磁力の統一化が、その様な理論の要点全体なので - 統一されたフィールド理論のあらゆる概念から明らかに流れる様に見えるかも知れません。ですが、クロンが正に革新的な何かを行ったのは、以前の章からの最初のその様な理論である、セオドア・カルツァの理論が、あらゆる基準的で、理論的な計算によると、厳密な調査をするために、地球全体の上で利用可能なものよりも、更に大きなエネルギーを必要とする程、とても小さい、追加的で、空間的な(量子)次元を有していたためだと思い出して下さい。成り行きとして、電気的な機械 – 特に回転していてネットワーク化された機械における - 特定の観測可能な現象は、時空間のカーブ、または地域的に起こっているワープ(時空間の歪み)の何らかの形状を含んでいる、より高い次元的な理論によって、唯一説明される事が可能であると主張し、クロンがまた述べていたのは、その「不完全な(統一されたフィールド)理論」が全体的に技術開発可能であると言う事でした。

これは実に革新的でした。

クロンの観測のタイミングが、一時も無視されるべきでは無いのはまた、それらが行われたのが正に、第二次世界大戦の雲行きが誰にでも明らかに目視可能な時代だったためです。一般において、そして特に、アメリカとナチス・ドイツにおける、効能的な戦闘員達(徴兵される可能性のある学者/学生達)が、クロンの研究の膨大な示唆に全く気付いていなかった可能性があるはずが無いのは、本質において、クロンが、時空間を地域的に技術開発する事が出来る効能(可能性)のパンドラの箱を、彼等のために開いたためです。それは、順を追って、膨大な効能(破壊力)の科学技術の応用を可能にし、その科学技術は理論において、「光を曲げる」、または言い換えると、核兵器が(比較的に)爆竹の様に見える兵器において、空間の正に繊維を折り畳み、重ね合わせます。これに関して、アインシュタインがアメリカに移民し、其処で、成功的な統一されたフィールド理論の探求において彼の人生を費やし、その間、最初の開発者であるセオドア・カルツァが、ナチス・ドイツにおいて留まった事が思い出されるべきでしょう。

すると、最終的に戦争し合うそれらの2つの国家(米独)において行われた統一されたフィールド理論の異なったヴァージョンの様々な示唆を試験するためにデザインされた、あらゆる姿を有する2つの実験である:アメリカのフィラデルフィアの実験と、そしてナチスのベルは、偶然ではありませんでした。また、それに対してベルギーのリージ大学が、クロンにそのモンテフィオレ賞を受賞させた、彼の1934年の論文の公表と共に、そしてナチス政権の台頭と共に、ナチス・ドイツにおいて、統一されたフィールド理論の全ての出版が止まった(禁止された)のは偶然ではありませんでした。ガブリエル・クロンのテンサーのロード・マップ(地図)の御蔭で、その理論と、技術開発可能で、軍事的な応用の間の点と点を、恐らくその両国(米独)における誰かが、一つの線に繋げたのでしょう。

2. Kron’s Basic Method of Tensor Analysis of Electrical Machines
2.電気的な機械のテンサー分析の、クロンの基本的な方法     29


現時点において、しかしながら、私達の注目は、クロンと、そしてテンサー分析の彼の方法について、彼自身が明言したものの上に集中しなければなりません。クロンにとって、

「象徴的な方程式の確立は唯一、それと共に産工業的な文明の技術開発者が直面する、特定の問題の無限の種類に対して応用されるために、比較的に少数の、象徴的な方程式を自動的に展開する、スムーズに機能しているメカニズムを構成する最終的な目的に向かった次の一歩でしかありません。

このメカニズム(機械性)は、相互関係した現象の迷路を技術開発者が渡る(対応する)際の対処法としての役割を果たす理由づけ(合理化)、哲学の方法以外のなにものでもありません。」¹⁶

テンサー分析が、理由づけ、元々、はっきりとした機械の部分(部品)の相互関連性を表現している方法以外のなにものでも無いと確立した後、クロンは、彼の基本的なアプローチをまとめ、それは単純性そのもので:

「例えば、タービン(回転している原動機)に操作されているシステム、または電気的な speed drive (加速動力)の、技術開発的な構造の、一時的で、一定的な状態を判断してみましょう。その段階は以下の様に続きます:

「1.その与えられた(それぞれの)システムは複雑なので、それを直ぐ様分析してはいけません。代わりに、まず最初に、分析するためにもっと単純な(または、その方程式が、以前の機会に既に確立された)もう一つの関連したシステムの方程式を設定しましょう。
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16 Gabriel Kron, Tensors for Circuits, p. xxi, emphasis added.

「2.その後、その単純なシステムの方程式を、その複雑なシステムの方程式へと、慣例的な行程によって変化させましょう。

「テンサー分析は、それによって単純な(または知られている)システムの方程式が、与えられた(それぞれの)システムのものに対して変化させられる慣例的(一貫的)なルールを供給します。

「・・・

「1.それぞれの構成要素(部品)が簡単に分析される事が出来る様に、特定の意図的に配置された接続部を取り外す事によって、複雑なシステムを、幾つもの構成要素(部品)へと分解します。この分解は、幾つかの段階的な方法において達成されるかも知れません。

「・・・

「一度、(例えば、調速機の様な)構成要素の部品の方程式が確立されれば、異なった技術開発的なシステムの構成要素的な部品として使われた時に、その方程式が再び始めから確立されなければならない必要性はもう全くありません。つまり、テンサーの言語における全ての調査の結果は、丁度、基準化された機械の部品が、様々な構造において再構築(再利用)されるために保存されておく(しまっておく)事が可能な様に、問題の異なった種において、後に使用されるためにしまっておく事が可能でしょう。

「2.その複雑なシステムを、幾つもの構成要素のシステム(部品)へと分解する事に加えて、元々(原型)において、または分解されたシステムにおいて、新たな、言及の枠組みの単純な種類を仮定しましょう。

「例えば、もし可能であれば、曲線軸(curvilinear axes)の代わりに直線軸(rectilinear axes)を仮定し、または角度におけるブラシの代わりに、主要な軸(中軸)に沿ったブラシを仮定する等々です。その新たな軸は、(例えば、左右対称的、または普通の座標の様な)実際に存在している仮定的な軸かも知れません。

「『創始的/原始的なシステム』の方程式から、実際のシステムの方程式へと移行する通例の順序は、通常、『トランスフォーメーション(変換)理論』、または『言及の枠組みのトランスフォーメーション』として言及されます。この行程は、テンサー分析の背骨です。」¹⁷

言葉を変えると、人は単純に、与えられたシステム(機械)の構成要素(部品)を『分解』しなければならず、そしてその後、より『原始的/単純』ですが、類推的なシステムを分析しなければなりません。¹⁸ また、着目してもらいたいのは、クロンがまた、アインシュタインの相対性理論的な言及の枠組みを、検証の下にある電気的なシステムの用語において定義したためで、もう一つの革新的な一歩でした。
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17 Kron, Tensors for Circuits, pp. xxii-xxiii.
18 『tearing/引き裂き』と『原始的/創始的なシステム(原型的なシステム)』、そして『類推的な』システムの用語(定義)は、クロンのものです。着目されるべきは、クロンは、『類推的な』システムが何かも、言ってしまえば、あらゆる場合において、何が形式的に、そしてはっきりと類推を構成するのかの、形式的で、はっきりとした定義を全く供給しませんでした。ですがこれは、その様な形式的で、はっきりとした定義が、それ以外であれば形式的な思考である殆どにおいて欠如していたので、彼の責任(失敗)ではありませんでした。類推の形式的にはっきりとした微積分学の構築は、その様な微積分学が、同じ象徴的(シンボル的)な言語において、類推の非-量子化可能な形状のためと同時に、より単純に量子化された、または計算可能な種類の両方を説明しなければならなかったので、最も難しい課題の一つであったためです。


3. The Transformation Tensor and Electrical Machines
3.トランスフォーメーション(変換)テンサーと電気的な機械     31


テンサー分析のテクニック(技術)を通して、クロンがどの様に、一つの電気的な機械を、もう一つへと変換する事が出来たのかを理解するために、彼がどの様に、技術開発のコンテキストにおいて、「トランスフォーメ―ション・テンサー」の概念を定義したのかを検証する事が必要です。私達は最初に、そして長文においてクロン自身を引用し、そしてその後、その意味を明かすためにテクニカル(技術的)な用語を展開します:

n-方向の複数マトリックス(基盤/母体)の集合が、物理的な存在を形成し、ヴァレンス(結合価) N のテンサーは、もしトランスフォーメーションの複数マトリックス C の助けを共にするなら、それらはもう一つのものへと変化させられる事が可能です。

「(1-マトリックスによって、それぞれの言及の枠組みの上で体現された)ei の様な、「結合価1のテンサー」は、「ヴェクトル」と呼ばれます。パワー(出力/ P )やエネルギー(電力/ T )の様な「結合価0のテンサー」は、「スカラー」と呼ばれます。その他の結合価のテンサーは、特定の名前を有しません。Z はすると、「インピーダンス(交流における電圧の電流に対する比)テンサー」と呼ばれた「結合価2のテンサー」です。

「一つのテンサーは、その結合価として、多くの C (または CtC⁻¹、Ct⁻¹)の助けと共に変換されます。故に ei は一つの C を必要とし、Z は2つの C を必要にし、P は C を一つも必要としません。異なった数の C を引き寄せる、テンサーの「化学的」な性質のために、「結合価 n のテンサー」の表現が起因しました。多くの記述者達は、しかしながら、それを未だに「ランク n のテンサー」と呼んでいます。

テンサーは、変換のはっきりとした法則を共にしたマトリックスだと頻繁に云われます。実際には、テンサーは、一つの物理的な存在で、そしてそのプロジェクション(投影/見積もり)は、n-方向の複数マトリックスです・・・

(a) ある問いが此処で台頭し:n コイル(巻き数)を共にした、全てのシステムの複数マトリックス、e, I, Z 等々は、唯一、物理的な存在 e, i, Z の異なった要素だと言う事が必用なのでしょうか?・・・

「特定のシステムの複数マトリックスがテンサーだと言われる時、このシステムと共に関連した全ての方程式は、物理的に類推的なシステムの集合の方程式として、テンサーの定義において全く同じだと言う事が自動的に続きます。」¹⁹

ですが、この技術的な用語の全ては何を意味するのでしょう?

私達は以前の章からの、カルツァの元々の洞察を思い出しましょう。其処で、彼はアインシュタインの一般相対性理論の四次元的なシステムを扱い、そしてそれに対して新たな追加的な次元を加え、それは、結果的に、電磁力のためのマックスウェルのフィールド方程式を合併しました。
_____
19 Kron, Tensors for Circuits, p. 40, all distinct font types in the original.

テンサー微積分学において、その4つの次元 - 空間の3つと時間の1つを共にした - アインシュタインの一般相対性理論の基本的な方法は、以下の様に見えるマトリックスの方法によって、数学的に表現されました:

g₁₁   g₁₂   g₁₃   g₁₄

g₂₁   g₂₂   g₂₃   g₂₄

g₃₁   g₃₂   g₃₃   g₃₄

g₄₁   g₄₂   g₄₃   g₄₄

この4 x 4のマトリックスは、そのマトリックス(基盤/母体)の次元、または「ランク」です。縦枠、または横枠におけるそれぞれの数値は「エントリー(記入)」と呼ばれ、そしてそれぞれのエントリーは、実際に、一つの全体的な方程式の構成かも知れません。テンサーは、その様なマトリックスを、もう一つへと変換している方法です。テンサーの異なった種は、それらのエントリーがどの様に、一つのマトリックスにおける一つの位置(座標)から、新たなマトリックスにおけるもう一つの位置へと変換されるのかを表現します。故に、もしこの4 x 4のマトリックスのモデルが空間における物体、または空間自体でさえあるなら、すると、そのエントリーの再編成を共にしたこのマトリックスの変換は、物体の新たな種、または空間の新たな種(座標)を表現するでしょう。

此処で、カルツァが行ったものを思い出して下さい:彼は単純に、アインシュタインの四次元に、一つの追加的で、空間的な次元を加えました。マトリックスの定義において、するとカルツァが加えたものは、それぞれが新たなエントリーを共にした、一つの追加的な横枠と、一つの追加的な縦枠でした:

g₁₁   g₁₂   g₁₃   g₁₄   A₁

g₂₁   g₂₂   g₂₃   g₂₄   A₂

g₃₁   g₃₂   g₃₃   g₃₄   A₃

g₄₁   g₄₂   g₄₃   g₄₄   A₄

A₁    A₂    A₃    A₄   (スカラー)²⁰
_____
20 Q. v. Michio Kaku, Hyperspace, pp. 100-103, for a discussion of this diagram and its meaning. The diagram itself is produced on p. 102.

カルツァの追加的な横枠と縦枠は、An のエントリーによって示されています。故に、「gnm」の定義によって記述されたエントリーは、一般相対性理論の方程式を意味し、「An」の定義によってマックスウェルの方程式が意味されます。着目してもらいたいのは、クロンが「ヴァレンス(結合価/数価)n のテンサー」の用語によって呼ぶものが単純に、その他の者達がランク n のテンサーと呼ぶもので、其処でその「n」は、一つのマトリックスにおける横枠と縦枠の数によって体現された次元の数を意味する事です。同様に、クロンが複数マトリックスの「n-方法」を述べる時、彼が単純に意味しているのは、n x n エントリーの四角(枠)のマトリックスの整列、またはランク n のテンサーです。

クロンの明言の示唆は既に明らかに成りましたが、それらが誤解され無い様に、それらを鮮明に明言する事が最善でしょう:チャージ(電荷/e)、インピーダンス(交流における電圧の電流に対する比/Z)等々は、人が通常それらを考える様に、抽象作用では無く、それらは、それが電気的な回路、または機械の、異なった要素でしか無い、「一般化された電気的な機械」の実際の物理的な存在で、構成要素(部品)です。故にそれらの存在(部品)は、テンサーによって、一つの機械から、もう一つへと変換(部品が再利用)されるかも知れず、人が唯一知らなければならないのは、クロンの記述において C によって代理された、一つの機械のマトリックスを、もう一つへと変換する、特定的な変換テンサーです。エントリーの新たな配置を知ると人は、新たな機械の構成要素(部品)がどの様に相互関係するのかを知ります。

4. Rotating Machines, Systems, and Torsion
4.回転している機械、システム、そしてトーション     33


ですが、より高い次元的な統一されたフィールド理論、そしてトーションととても地域化された時空間のカーブとしての、その様な概念の土台の上で唯一説明する事が出来るとクロンが主張した、観測可能で異例的な現象とは一体何だったのでしょう?その様な現象は、電気的な技術開発者達によって、よく知られていましたが、現在では、もし人々がクロンの研究を知らないなら、その様な単純な現象(i.e. 静電気/誘電性/ダイエレクトリシティー)が実際に何を示唆するのかを想像出来無いでしょう。

それぞれが数千キロワットを産出していて、全てがトランスフォーマー(変圧器)に接続されている、水力的なダムにおける巨大で電気的な発電器の一連を想像してみて下さい。私達はまた、その描写の目的のためにそれらの発電機のそれぞれが、水やメープル・シロップ等々の様な、異なった(流動性の)液体と共にそれぞれが、それ自体の放水口によって推進(発電)されていると仮定しましょう。その放出口を通って噴出している液体は、異なった速度と圧力において噴出しており、そして従って、それぞれの発電機は、異なった量の電力を産出しているだけでなく、それぞれお互いから、多かれ少なかれ、フェーズ、または「段階」がずれてそう行っています。

それらの発電機は全て一緒に対化されているので、異変が現れるのが何故なら、それぞれが、それ自体の回転の異なった効率を共にし、その発電機の総合出力が、フェーズ(段階)のために、そのシステムが出力しているべきだと「基準的な」方法(計算法)が述べるもの(数値)からずれ始めるためです。幾らかの状態の下で、そのシステムは、その様な計算がそうであると明言する状態(数値)よりも、多かれ少なかれ、多大に異なった出力さえ産出します。

クロンのテンサー分析が今、大きな構図の中で、その構図に介入するのが此処なのは、そのシステムにおけるその様な高度に異例的な「クリーピング(放電/誘電/静電気)」は、総合的なサーキット(回路)の幾何学(立体性)によってもたらされた、より高度で次元的な相互関係として、唯一説明可能であるとクロンが明言するためです。その総合的なシステムは、そのシステムが、その中へと異例的な電力を漏れ出させさせている、または対照的に、それから異例的な量の電力を変換しているかのどちらかにおいて、地域的な時空間のカーブを効果しました。

もし私達が此処で、この説明的な類推の中へとトーションの概念を注入すると、するとクロンの研究が示唆するのは、この異例的な消失と会得が、特定の方法において、回転しているシステムが、お互いに対して対化された時に結果する、地域的な空間の、折り畳みと重なり合いの結果だと言う事です。²¹ トーションが起こる時に結果する力(作用)のヴェクトルの「螺旋/回転」が意味するのは、トーションが十分に強いと、電力磁力の様な、通常は直交(i.e. 垂直/直角)の力(作用)のヴェクトルが、殆ど「平行」に成るかも知れず;それらはその様な空間の極度なワープ(歪み)によって、もたらされる「遠距離の平行化」の一種を経験するかも知れません。
_____
21 これに関して、ロシア人の物理学者、ニコライ A. コザレフの研究を、再びもう一度思い出して下さい。

トーションの量に従って、それらのヴェクトルが、直交であると言うのはもう必然では無く、その様な直交性から、少々、または多大にずれるかも知れません。

現象のこの様な種類をクロンは、電気的なシステムにおける時空間の地域的なカーブの定義において、特定的に分析しました:

「方程式の・・・不変の形状を確立するために、そしてそれによって、物理的な性質の、測定可能で可視化可能な定義において、小さな振動(oscillations)の現象を表現するために、リーマン-クリストフェル・カーブ・テンサーの様な、テンサー分析のその様な先進的な概念を使用する事が必要です・・・」²²

クロンの、革新的で、息を奪う様な明言が見過ごされない様に、それをはっきりと、そして単純明快に明言する事が最善でしょう:私達の未熟な類推において、表現された現象の一種の現れにおいて、電気的なサーキット(回路)の幾何学は、それ自体が地域的な時空間において技術開発されたカーブ(歪み)の一例です。特定の極度な状況の下で、すると、その機械の幾何学(立体性)の特質によって、その空間-時間の地域的な歪みを誘導させ、エネルギー(電力)を引き出す事が可能かも知れません。これと共に、人が、特殊相対性理論の教義を遥かに超えているのは、その技術開発不可能な、地域的で、「平な」空間であるためで、そして再びもう一度、1920年代後期と、1930年代初期の、統一されたフィールド理論が、クロンがそれらを理解した様に、実用的な示唆の領域であるためです。

D. Summary and Conclusions
D. まとめと結論     35


私達は今、此処までに学ばれたものをまとめる位置にいます:

「1)一番最初の統一されたフィールド理論は、事実において、アインシュタインによるものでは無く、ドイツ人の数学者、セオドア・フランツ・カルツァによるもので;

「2)カルツァはユダヤ人では無く、そして第二次世界大戦の間に、ドイツ内に残ったので、彼の理論と、その実用的な応用を調査する事に対して、ナチス党からの思想的な敵視は全く無く;
_____
22 Kron, Tensors for Circuits, p. xxv.

「3)カルツァの理論は五次元的な理論 - 4つの空間と1つの時間で - その中で重力と電磁力が、フィールドと作用の両方の種類の、共通の幾何学的な描写において統一され;

「4)カルツァの4番目の空間的な次元は、当時(または現在、もしくは予測可能な未来において)精密調査するために、惑星全体よりも大きなエネルギーを必要とする、プランク長の極度に小さな大きさに成ると、スウェーデン人の数学者、オスカー・クレインによって計算され;

「5)カルツァは、低サイリーシア(地方)のオッペルンにおいて生れ、そして彼が Königsberg 大学において数学の Privatdozent だった時に、彼の理論についての彼の論文を提出し、第三部において重要性を得る2つの事実で;

「6)「完全な」統一されたフィールド理論の、アンシュタインの最初の公表されたヴァージョンは、トーション・テンサーを組み入れ、そしてそれと共に、時空間の極度な捻り、または折り畳みの特定の状態の下で、通常、直交(垂直/直角)な力(作用)のヴェクトルは、その通常のパターンから逸脱し、トーションの度合の上に起因し、より大きく成ったり、より小さく成ったりすると言うアイデアを組み入れました。これは、光の地域的な屈折化を、理論的に可能にし、技術開発可能にしました。

「7)現代の理論的な物理学の概念によると、1920年代初頭の統一されたフィールド理論の「不完全性」にも拘らず、そしてカルツァの「カール・アップした(巻き上がった)」4番目の空間的な次元を厳密に検査するための努力の膨大な量にも拘らず、クロンはそれでも、電気的な機械の彼のテンサー分析を通して、ネットワーク化された機械の特定の異例的な出力(i.e. オーヴァー・ユニティー/入力よりも出力が大きくなる現象)は、リーマン-クリストフェル・カーブ・テンサー、またはアインシュタインのトーション・テンサーの様な、時空間カーブ・テンサー変換の何らかの形状を含んでいる、より高い次元的な幾何学によって、唯一、説明される事が出来ると主張しました。

「8)これが順を追って示唆したのは、殆どの通常的な場合においては、極度な、または異例的な効果(静電/誘電/ダイエレクトリシティー)は観測可能ではありませんが、電気的な回路と機械が、それら自体、例外無く、地域化された時空間のカーブだと言う事でした。そうであれ、小さな、そして観測可能で、異例的な振る舞いは、殆どの電気技術開発者達に知られており、クロンによると、より高い次元的なトポロジー(位相幾何学)と、時空間のカーブを介入させる事によって以外、説明する事が出来なかった振る舞い(作用)でした。故に、それらのよく知られた異例は、クロンにとって、1920年代後期と1930年代初頭の統一されたフィールド理論の、基本的な洞察の確認でした。

「9)1934年における、電気的な機械のテンサー分析の一線に沿った、クロンの最初の公表は、ベルギーのリージ大学からの名誉ある賞を彼に受賞させ、クロンとカルツァの研究 - もしくはクロンとアインシュタインの研究さえ - 一つに総合し、その様な理論の上に基づいた世紀末(最終)的な兵器が、効能的に可能であると言う結論を間違いなく引き出した、ナチスの関心へと彼をもたらしたのは必然で;

「10)重大な事に、1930年代初頭における、ほぼ同じ時期において、統一されたフィールド理論についての出版が、その他の国々においてそうされた様に、ドイツ内において縮小(規制)され始めました。その縮小のための一般的な説明は、量子力学の益々増える成功のためだとされました。これが正しく真実であり、最も合理的な説明である間、それは、以前にも着目された様に、クロンの研究の驚く程の軍事的な示唆(利用の可能性)に気付いていなかったはずの無い、ナチス・ドイツにおける沈黙を十分に説明しない様でした。ドイツが関係する限り、その沈黙は、Geheime Riechssache、または機密の国家的な問題として、機密化されたアイデアと技術の、意図的な隠蔽(秘密化)によるもので、²³ そしてそれが、第三帝国(ナチス・ドイツ)における秘密裡の兵器開発の土台に成ったためである可能性が、より大きく;

「11)故に - カルツァ、またはアインシュタインであれ - 加えて、機械に対するテンサー分析の応用の合理化の、何らかの形状における統一されたフィールド理論の融合の、その様な土台の理論化は、ナチスのベル計画のための理論的な土台の、もう一つの高度な可能性を構成し、そして故に、第三章において行われる、知られているその機能的なパラメーター(媒介変数/母数)と効果を分析している方法で;

「12)同様に、米国へのアインシュタインの移民、統一されたフィールド理論の上の彼の継続された研究、そして電気的な機械の、クロンのテンサー分析は、アメリカの政府と軍部の上で、類似した効果を有したはずで、そしてその軍事的な示唆(破壊力)は、直ぐに明らかであったはずです。

「13)故に、統一されたフィールド理論の幾つかの要素は、丁度、ナチス・ドイツにおいて行われた様に、米国において、国家安全保障の理由のために、表向きの文学(一般的な出版)から、量子力学の要素の幾つかの様に消滅し(隠蔽され);

「14)故に、そのトーション・テンサーを共にした、1928年のアインシュタインの統一されたフィールド理論に加えて、電気的な機械の、クロンのテンサー分析は、アメリカのフィラデルフィアの実験と、ナチスのベルの両方に架け橋している、概念的なマトリックス(基盤/母体))における中核を形成しました。
_____
23 それぞれ、米国と英国の規定において、「トップ機密」、または「最も秘密」に対して、多かれ少なかれ同等な定義です。

「故に、クロン自身の方法を使用する事によって、私達は、それぞれの機械、または実験を「分解し」、そしてその知られているパラメーターと効果を分析し、そしてその実験を再構成するかも知れません。単刀直入に、機械のクロンのテンサー分析は、特定の延長まで、2つの実験を「逆技術開発」し、そしてその機械自体を再構築するための方法を私達に可能にします。」

事前に続いた結論において、統一されたフィールド理論についての、公的で科学的な文献の記事の消失において機能した、ドイツと米国の両方におけるその他の何らかの動機の、歴史的な推理が進められ:国家安全保障と、その理論に基づいた、高度に秘密裡の戦時中の研究のためでした。それは、故に、第二次世界大戦に向かう数年において私達が目撃するのは、それまでは、多かれ少なかれ、公で自由な学術であった物理学自体において二種類の枝葉への分離が、永続的な特徴に成り:「行き止まり」に辿り着く様に意図的にデザインされた「一般大衆向けの」物理学の一種(相対性理論)と、彼等のブラック(闇予算)の計画の寺院における魔術師である、秘密裡の科学者達、技術者達、そして技術開発者達のための物理学でした。それらの計画の2つと、それらを可能にした魔導士達に向き合う前に、最後の審判の日(世の終わり)の物理学の可能性についての更なる言葉(説明)が必要です。

3. Three Routes to the Doomsday Weapon: Quantum Potential, Torsion, and Vortices: One Theory, Many Technical Applications
3.世紀末の兵器への3つの道どり:量子的な効能、トーション、そして渦巻き:一つの理論と、多くの技術的な応用     39


その戦争の後に、髪の毛の幅によって(寸前に)、世界が取返しのつかない大災害を避けた事が明らかに成りました・・・この第四(物理学)チーム(部隊)は、毎日の様に、化け物じみた分野(フィールド)において研究していました。そして私がこれを述べる時に、私が意味したのは、良く情報が与えられた一般大衆が、正に今日でさえ考えられず、信じられない、そして故に唯の妄想だろうと考える物事と共に、それによって彼等が実験していたと言う事です。私が示唆する事を意味するのは、それらの専門家達が、一般的な物理学の法則を完全に無視した概念において研究していた事です。」¹

A. A Consideration of the Practical Research Plans to be Pursued in the Philadelphia Experiment and the Bell’s Projekt Kronos
A. フィラデルフィアの実験と、ザ・ベルのクロノス計画において探求された、実用的な調査の計画の吟味     39


戦争の準備の急場、そして実際の戦時中の研究において、アメリカ人達とドイツ人達の両方にとって、以前の章の中で概要された様々な理論の究極の示唆を研究するために、攻撃の基本計画を概要する(事前計画する)事は、平和時の状況における(大)企業的、そして/または軍事的な研究(軍需産業複合体)の通常の発展よりも、更にもっと緊急であったはずです。

攻撃のこの計画は、2つのはっきりとした段階へと分離されていたはずで:第一段階は:「概念の証明」の段階で、其処で基本的な原則が、短期間で、小規模な実験の一連を通して確認され、そして第二段階は、完全規模のヴァージョンで、それはもし第一段階の結果が、完全規模の試験の費用を補償するに十分だと納得されれば、探求されたでしょう。

1. Phase One
1.第一段階     40


第一段階は、多かれ少なかれ、以下の段取りへと分離化されていたでしょう:
_____
1 Mayer and Mehner, Day Geheimnis der deutschen Atombombe, p. 89, 私の英訳。 引用はまた、私のReich of the Black Sun, p. 96, そしてThe SS Brotherhood of the Bell, p. 202にも記述されました。

1)調査されるための効果、または原則の可能性 – または可能性の無さを - 実証するための、小規模な「概念の証明」の実験をデザインする事で;

2)その実験のための相応しい測定/測量の機器のデザインで;

3)その実験のために必要な道具(機器/部品)の生産のために、様々な企業(大企業/財閥)に対して契約(コントラクト)を与える事で;

4)その計画の実験を製造し、試験し、そして稼働させるための、相応しい人材の確保です。

第二部、そして第三部の中で目撃される様に、(ザ・ベルの場合において)その様な概念の証明の実験が行われた、または(フィラデルフィアの実験の場合において)その様な概念の証明の実験が、より近代の時代の文献の中で確立される事が出来るので、故に行わる事が可能だったかも知れないと言う、異例的な証拠があります。

2. Phase Two
2.第二段階     41


Joseph P. Farrell - Secrets Of The Unified Field: The Philadelphia Experiment
ジョセフ P. ファレル博士 - 統一されたフィールド(場)の秘密:フィラデルフィアの実験

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法律、言語、そして責任:神学と金融における法人のペルソナ・フィクタ

法律、言語、そして責任:神学と金融における法人のペルソナ・フィクタ(架空人格)

ヴェニスの金融的な毒蛇達:第七章
ジョセフ P. ファレル著より


「とても頻繁に、実際、私達は、銀行家達が、偽造された硬貨と同時に、宝石や銀のベルトの様な、盗まれた貴重品を購入していると非難されているのを目撃します。私達が見てきた様に・・・彼等自身が時には、偽造硬貨の産出と分配におけるパートナーである、または摘み集めは犯罪行為なのに彼等が、鋳造された硬貨の切り取りや削り出しを大々的に指示しているのを見つけます。」
- ラインハルド C. ムエラー¹
訳者注:比較的に軟らかい貴金属性の金貨や銀貨の端っこを、ちょっと削ったり、切り取ったりする、違法行為。)

過去2,3年に、銀行業と株式債券コミュニティーによって行われた膨大な詐欺の直後において流通しているジョークがあります:「テキサス州が、それらの(企業の)内の一つを死刑にした時に、私は企業が人(法人)であると信じます」と、私達の無名の対話者は述べます。そのジョークの幾つかのヴァージョンにおいて、その企業の名前は - J.P. モーガン、ゴールドマン・サックス、そしてその他の幾つかが - 「企業的な死刑囚監房」のリストの一番上に来ます。勿論、その観衆の中には、企業の目的の全体が、企業、またはその責任者達の犯罪の、個人的な責任を制限するためだと異論する、弁護士の一人か二人が常に存在します。

ですがそれは、常にそうだったわけでは無く、そして実際に、corporate person/企業的な人格(i.e. 法人)の教義の元々の土台は神学的で、そしてその教義の神学的なヴァージョンの要点全体が、正しく、他人の犯罪(過ち)のために、一個人が道徳的な責任を負う事が出来る事を確かにするためのものでした。ですからどの様に、私達はその神学的な教義から現在の状況まで至ったのでしょう?どの様にして私達は、一個人の過ち(犯罪)のために、人類には集合的な責任があり、道徳的に責任が課せられる事であったその目的全体の教義と共に始まり、そして法人(コーポレート・パーソン/企業的な人格)が莫大な規模の詐欺を行う事が可能で、そしてそれを行い、その間、多くの企業的な責任者達が、その騒動(詐欺)の上で在席し、実際に彼等の「パフォーマンス/行い/詐欺」に対して、彼等自身にボーナスを与える、現在まで辿り着いたのでしょう?

A. その逸話の神学的な部分

この逸話の神学的な部分は、ラテン語のヴァルゲートの中で、聖者ジェロームによって行われた誤訳、そしてどの様にヒポ・レジスの聖者オーガスティンが、その誤訳に基づいて、「原罪」の西方教会(カトリック)の教義を形成したのかと共に始まります。

ですが最初に、幾つかの注意があります。

最初の注意はこれです:原罪の西方教会(カトリック)の教義の付属物としての、法人の教義について記述された膨大な量の文献の調査の試みが、一つの章の2,3ページに納められるのは不可能です。この題材についての大書の全体が既に記述され、此処において唯一達成出来るのは、それらの根源、相互関係、そして西洋文化、法理学、そして金融の形成のためのその教義の幾つかの一掃的な示唆(影響力)の、基本的で神学的な概念を表す事です。

第二の注意が、以前に記述された根源、相互関係、そして示唆から流れるのは - 一つの形状、またはもう一つ、そして様々な度合の「厳しさ」において - その教義が西方の教会において保たれる様に成ったためで、正に、中世のラテン教会に特徴的な西方(カトリック)の教義で、そして故に、それ(カトリック)から分岐した、プロテスタントの教会に対しても特徴的な概念的な根源(i.e. 原罪)です。それは(ギリシャ正教、ロシア正教の様な)東方のオーソドックスの教会(正教)の教義では無く、それは「原罪」としての教義には言及さえもせず、「先祖的な罪」とします。この短い寄り道の中で私達が発見する様に、その西方(カトリック)の教義は元々、神に対して負わされた人類の「無限の借り/借金」の概念に関連していて、そして神聖な口座の帳簿をバランス(返済)している「無限の自己犠牲」の一種としての、キリストの犠牲の西方教会の解釈に関係しています。

1.中心的な節と解釈の要点
a. ギリシャ語版とジェームズ王版


私達の、神学的に盲目な文化において、この複雑な題材に接近する最も簡単な方法は、新約聖書の中のたった一つの節を検証する事によってで、その節は、言うなれば、原罪の教義のための土台です。その節は、ローマ人達への手紙5:12です。この節の私達の展覧において、読者にとって重要なのは、私達が数世紀に渡る分析と神学的な解釈を圧縮していると覚えておく事で、そして故に読者は、一緒に少々の神学、そして少々のギリシャ語とラテン語を、学ばなければならないと言う事です。私達は此処において、直ぐに明らかに成る理由のために、承認された(ジェームズ王)版の英訳を引用します:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, for that all have sinned.
この様な理由で、一人の男(人)によって罪が世界へと入り、そして罪による死であり;そして故にが男達(人達)の全てに渡されたのは、全てが罪を犯したためです。
(このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。)

私達が複雑な分析に進む前に、着目されるべきは、その節が、「罪の本質」、または「罪悪感(罪の責任)」が全ての人達の上に渡されたとは言わず、死がそうされたと言う事です。

さて、私達は、この節を見つめ直し、そして特にその節の最後の部分 - ”for that all have sinned (そのために、全てが罪を犯した)を - とても詳細に検証してみましょう。元々のギリシャ語においてこれは ἐφ’ ᾧ πάντες ήμαρτον と読め、そして私達が思考する2つの言葉は ἐφ’ ᾧ (またはそれを翻訳すると「エフ・ホ」で)それをジェームズ王の英訳家達はとても慎重に(私達が見る様に)「for that (そのために)」と翻訳しました。この表現 - εφ ω - について興味深い事は、すべて同時に3つの異なった解釈が可能な事です(結局の処、これはギリシャ語です!)それらの2つの短いギリシャ語の言葉は、最初の例において、単純に「because (何故なら/~のために)」を意味している慣用語法的な表現です。故に、ギリシャ語におけるその節の最初の意味はこれです:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, because all have sinned.
この様な理由で、一人の人によって罪が世界へと入り、そして罪による死であり;そして故に死が人達の全てに渡されたのは、何故なら全て(の人達)が罪を犯したためです。

しかしながら、私達がその2つの言葉 εφ ω - エフ・ホの意味を別々に考えた時に、その意味は更に特定的に成ります。それらの言葉の二番目、ω、または一人称の再帰男性名詞で、明らかに、その文章の事前の部分における男性一人称の前提副詞に言及しています。その最初の言葉 εφ、またはエフは前置詞で、それはこの文法的なコンテキストにおいて、「for that reason (その理由のために)」、または「because of which (何故ならそのために)」を意味します。着目すべきは、「for that」の英訳を応用する事によってジェームズ王版の英訳者達が、最初の意味 「because」を保存するにおいて周到に忠実だっただけでなく、同時にその他の2つの可能な意味 - 「because of which」と「for that reason」を保存し様とした事です。

ですからこの時点における問いは、「その一人称の男性名詞 ω、またはの前提副詞は何か?」に成ります。

その節のその前の部分において、ギリシャ語の中で2つの可能性しか無く、その「one man(一人の人)」と death (死)です。

もし人が「一人の人」を最初の副詞として取ると、するとその節の意味はこう成ります:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, because of the one man all have sinned.
この様な理由で、一人の人によって罪が世界へと入ったので、そして罪による死なので;そして故に死が全ての人達の上に渡され、一人の人のために全て(全員)が罪を犯したためです。

ですが、この解読には問題があり、そして多くのギリシャの教会の神父達は、直ぐにそれを見解しました。その問題は、その様な構成において、通常の文法的なルールの注釈が再帰代名詞は、最も離れた前提副詞では無く、最も近くのものに言及すると意味するためで、それはこの場合、「一人の人」では無くです。故に、この節のより特定的な解読はこれです:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, because of death all have sinned.
この理由のために、一人の人によって罪が世界へと入れられたので、そして罪による死で;そして故には全ての人達の上で渡され、死のために全てが罪を犯したためです。

これが何を意味するのかと言うと、その節の最初の解読において - 「so death passed upon all men, because all have sinned (故に死が全ての人達上に渡されたのは、何故なら全てが罪を犯したためです。)」は - 死が個人的な個人の罪のための罰で、それに対してその節の3番目の解読において - 「so death passed upon all men, (and) because of death, all have sinned (故に死が全ての人達の上に渡され、(そして)死のために、全てが罪を犯しました」は - それが死で、i.e. アダムとイヴから、彼等の子孫達に渡されたのは、物理(肉体)的、そしてスピリット(霊)的な腐敗ですが、彼等の罪のための道徳的な責任では無いと言う事です。言い換えると、渡されたのは、彼等の活動の成り行きである - 死 - ですが、他人の過ちのための道徳的な責任ではありません。実際に、ギリシャの教会の神父達が好んだのは大々的に、最初と三番目の解読で、そして故に、その教義の西方版(カトリック)の中で頻繁に明言される、アダムとイヴ、または「罪の本質」の道徳的な責任を、人が後継すると言う(原罪の)概念は、東方のオーソドックス(正教)の中にはありません。

その節のこの詳細な解読は、この問題に関連したその他の文章を、東方の教会がどの様に解釈したのかに多大な影響を有し、そしてまた、東における法律的、そして文化的な発達に多大な影響を持ったためで、その最たるものはオーソドックスの文化の中で中心的な礼拝的、そして文化的な出来事が、キリストの再誕であり、その中心的で礼拝的な出来事が、キリストの磔では無い事です。 その理由は単純で:人類の基本的な問題は、この見解の上で、道徳的なもの(そして故に、無限の借金の問題)と言うよりも、言うなれば、物理的なもので、死の淘汰を通して転生し復元する事が出来るのは神のみであると言う事です。²

あるとても重要な事に此処で注目してもらいたいのは、西方(カトリック/プロテスタント)の教義がどの様にして実際に、企業的な人格(法人)の教義の上に基づいた受け継がれた罪悪感、または道徳的な責任の教義であると理解する事が重大に成るためです。ギリシャ語において、死は実際に自然的な成り行きで、つまり、親から子へ渡される共通の人間の本質において内在的で、そして故に、オーソドックスのキリスト教の見解において、アダムとイヴから人類の全てに受け継がれたものです。ですがオーソドックスの見解において個人的な選択で、そして故に、道徳的な責任は、その行いを行っている個人的なに対して帰属させられます。故に、自然/本質の間にとてもはっきりとした分別が引かれ、その分別は、私達がこれから見る様に、その教義の西方のヴァージョンにおいて消滅します。³

b. ラテン語のヴァルゲートとその他全ての英訳

ヒッポ・レジウスの聖者オーガスティンによって法典に含まれる様に成った、その西方(カトリック)の教義の起源を私達が見つけるのは、聖者ジェロームのラテン語のヴァルゲートの翻訳に、私達が目を向けた時なのは、此処において「法人」の示唆された教義が鮮明にあるためです。そのヴァルゲートの中で、ローマ人達への手紙5:12はこの様に読めます:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, in whom all have sinned.
この理由のために、一人の人によって罪が世界へと入ったので、そして罪による死で;彼(アダム)において全てが罪を犯した、全ての人達の上にが渡され(後継され)ました。

最後のフレーズのラテン語はとても鮮明で、際立って強調的で:en quo omnes peccaverunt で、ギリシャ語の εφ’ ᾧ πάντες ἥμαρτον の可能な意味の二番目だけの翻訳を選択し、その解読は、私達が見た様に、ギリシャの神父達によって好まれ無かっただけで無く、実際に、文法の通常のルールと調和的でさえありませんでした。

此処で私達は、再び、当時の神学的な記述の膨大な量と、分析の多大な量が圧縮されているので、この解読をある意味「説明」しなければならなりません。此処における私達のガイドは、person (人)nature (自然/本質)の2つの重大な分類で、そして神学的な教義論に対してとても不可欠な第三の形而上学(精神)的な分類である、natural operation (自然/本質的な機能)の分類です。それらが答える事をデザイン(意図)された問いを記述する事によって、それらの分類のそれぞれが、何を行うためにデザインされたのかのおぼろげな理解を私達は得られるかも知れません:

1)Person (人/人格)は、何かを行っているのは誰か?の問いに答え

2)Natural operation (自然/本質的な機能)は、それらが行っているのは何か?の問いに答え、そして

3)Nature (自然/本質)は、それらの物事を行っているそれらは何か?の問いに答えます。

私達は「もしそれがアヒルの様に見え、アヒルの様に歩き、そしてアヒルの様に鳴き、アヒルの全ての natural operation (自然/本質的な機能)なら、それはアヒルで、i.e. アヒルである事の共通の nature (本質)を有している」古い格言から、その二番目と三番目の問いの理解を得る事が出来ます。私達は此処において、普通の言語がそれを保つ事に着目する事によって、 person と nature の間の違いの理解に近づく事が出来ます。私達は「I am a person (私人です/person)」と言いますが、「I have a soul (私は魂を有している/nature)」と言い、そして故に、人間の nature と soul の理性的な脳力は person 自体からははっきりと異なります。私達がこれから見る様に、person (人/人格)soul (魂)同一視し、そして故に person を soul の理性的、そして意志的な脳力まで格下げする過ちを犯すのは、西洋文化における人達の習慣で、私達が直ぐに辿り着く理由のため、後継した道徳的な責任である法人の教義に緊密に連動した理由で、先祖的な罪の、東方(オーソドックス)の教義から、はっきりと異なった、「原罪」の奇妙にも独特な西方(カトリック/プロテスタント等々)の教義です。

三位一体の神学、輪廻転生の教義、そして神学的な人類学の土台を形成するのは、形而上学的な分別のそれらの3つの分類 – person (人/人格)、natural operation (自然/本質的な機能)、そして nature (自然/本質) - そしてそれらに関連した3つの問いです。後継された罪の示唆された教義と、ローマ人達への手紙5:12の西洋の解読の神学的な人類学のコンテキストの中で見解された時、それらの3つの分類に何が起こるのかを考えるために進む前に、最初の2つを簡単に見るために、一旦停止するには価値があります。着目するのが大事なのは、此処における私達の唯一の目的が、それらの教義の真実性を擁護する事でも、間違いを指摘する事でも無く、単にそれらの背後の考え方の一般的な方法を明瞭にする事だと言う事です。

その最初の2つの分野 - 三位一体の神学と輪廻転生の - データベース、またはデータのセットに関して、基準的な新約聖書の文章は、勿論、その問いが提示される土台に成りました。例えば、もし神父達が新約聖書の中でキリストが - 旧約聖書の中で神の名前である - 「I am (エア)」と言う言葉を共にしたフレーズを語り、そして奇跡を行う、または罪を許し、そして精霊(Holy Spirit)に対して不敬な事を言う事が出来るなら、するとその明らかな示唆は、「doing these things (それらの物事を行っている)」「Whos (誰か)」は、同じ共通の「divine (神聖な)」nature (本質)を有しています。故に、3つの persons (人格達)が、共通の根底にある nature共通の operation (機能)を行っています。

キリストに関して、その分類の定義においてそれ等を尋ねるその同じ秩序(順番)は、異なった結果に繋がりました。其処で、一人の personnatural operation の2つの全く異なったセット(一式)を行い:病人を治癒したり、罪を許す等々の「divine (神聖)」なものと、歩いたり、話したり等々の人間のものです。これは、彼(キリスト)が2つの nature (本質)の一人の person であると言う、451年の有名なチャルセドニアの定義に繋がりました。三位一体とキリスト論的な例の両方において、3つの分類の違いが保たれた事に注目するのは重要です。

此処で私達は、ローマ人達への手紙5:12の西方版に戻り、そして person, natural operation, そして nature の分類の定義において、何が起こったかを見るために、何が起こっているのかを説明しましょう。最初にヴァルゲート自体の解読を私達は思い出しましょう:

Wherefore, as by one man sin entered into the world, and death by sin; and so death passed upon all men, in whom all have sinned.
この理由のため、一人の人によって罪が世界へと入たので、そして罪による死で;そして彼の中で全てが罪を犯したので、故にが全ての人達の上に渡されました。

此処で、此処における形而上学的な「理論」の示唆された段階に着目して下さい:

1) アダムの person - その節の「one man (一人の人)」 - sins (罪/複数形)
2) 罪は、人間の意志の natural operation (自然/本質的な機能)、または実行の personal (個人的)な使用で、それは人間の nature (本質)に一般的な性質で;
3) ですが、その選択の道徳的な責任が全ての彼の子孫達(in whom all have sinned/彼において全て(の子孫達)が罪を犯した)に渡され(後継され);故に、
4) 意志の natural operationその personal な使用が此処で、後継された nature に対して共通な全ての persons の内容を定義します。言葉を変えると、一つ、または複数の土台の上で personnature混同させられ、同じ、または類似した方法において persons が意志のそれらの共通の脳力を使用しています。この共通の機能的な使用は故にその正に person 自体を暗黙に定義し、そして成り行き的に、正にその意志のこの共通的で機能的な使用の定義において、「グループ的」、または「企業的」な person (法人)の概念を生み出す事を可能にしています。言い換えると、とても多くの人達が苛立たしいと感じる企業的な理論を教えるのはこの段階で、つまり、企業的な「グループ・シンク(考え)」の文化の形成です。その様な現象は「原罪」の教義の根底にある企業的な理論に埋め込まれた、内在的な構成要素です。

言い方を変えると、person, operation, そして nature の間の違いが完全にごちゃ混ぜにされ⁴、そして結果的に派生させられたものは「グループ person」の一種で - プロテスタントの神学者達はそれを時には連邦 person、または「連邦的なアダム」と呼び – それはその意志の推定された共通の機能と統一的な罪(原罪)におけるその拘わりによって定義されました。共通の機能において拘わっている persons - この場合「罪」における - グループ、または企業的な person (法人)は、この場合においてアダムから、またはアダム「において」後継した全ての人類を定義し:「彼において全てが罪を犯しました。」法律において法人の教義の神学的な土台を形成するのはこの段階です。

最後に、それ自体の方法において、この教義は、無限の借り(借金)の返済としてのキリストの贖いの西方教会の理解に対して深く根付いています。⁵ ある意味、全てが共通して分かち合う人間の本質による、後継された罪、または他人の道徳的な選択の責任能力としての「原罪」の理解は、「罪」が神に対して負わされた「借り/借金」として知覚され、両方が「蓄積」し、システム的な問題に成る事を意味します。そして神は「無限」で「無限に公正」なので、これが意味するのはその借り/借金が無限で、そして人類の支払い能力を超えていて、故にこの理論によると無限である神は、その原則/元金を撤廃するために、無限の死においてその借り/借金を返済するために、輪廻転生において人に成らなければならず、そして彼自身のために彼自身を殺さなければなりません。その教義のこのヴァージョンにおいて注目してもらいたいのは、実質的に無制限の情報の創造のオープン・システムとして、生産力と創造性の隠喩として始まった、その媒質の太古の「トポロジー(位相数学)的な隠喩」が、ゼロ-サム・ゲーム、そしてクローズド・システムへと変格され、どれだけ多くの情報が創造されようとも、その情報は常に借金の形状においてで、それはその隠喩の頂上の段層 - 神のみが - 返済可能だと言う事です。私達はその隠喩、そしてこのクローズド・システムのアプローチの中のその変格に、この章の中で更に再び出くわすので、そのクローズド・システムがどの様に、西方の神学的な伝統に深く根付いているかに注意するのは重要です。

2.中世のイタリアの法律における企業、またはパートナーシップ

この短すぎて不器用な神学的な分析を頭に入れると共に、私達が本題に戻るのは、企業的なパートナーシップの責任の中世後期における形成において、この神学的な形成の役割をそれ以上により鮮明に私達が見られるのが他に無い為で、以前に概要された概念がどの様に現世的な法律学・・・そして金融の中へと入ったのかを、私達が鮮明に目撃するのが此処においてであるためです。

彼の最上級の研究中世の超-企業:フローレンスのペルッジ社の研究の中で、エドウィン S. ハントは、此処における私達の検証に直接の密接な関係のある以下の観測を行います。

1) それと共にこの章の残りにおいて私達が扱っている – 中世の超-企業は - 半-永続的なパートナーシップとして組織化され;⁶

2) それらのパートナーシップの意図された半-永続的、または永続的な本質は、「ペルッジ家の場合、青を背景とした黄金の梨、そしてバルディ家のダイアモンド型の紋章のデザインの様な」会社のロゴの彼等の使用によって証言され;⁷

3) それらのパートナーシップは、パートナー達自身の気まぐれにおいて形成され、または全体的に解消されましたがその様な解消は通常、パートナー達自身の新たな株式保有を効果させる目的のためでした。通常、その様な解消と株式保有の再編成の上で、利益(または損失)が、割り当ての土台の上でパートナー達/株主達の中で配当され。;⁸

私達は此処でその問題の要点に辿り着き、そして corporate person (企業法人)の教義の神学的な土台に対する繋がりです。ハントはこう記述します:

4) その会社においてパートナーが有した賭け金(投資)、またはシェア(株式)を反映したその「マネーの価値」は、「全体的な会社の資本に対するこの貢献(投資)の比率に割り当てられた利益、または損失の分け前を、それぞれの所有者に約束しました。故に、「株主」と言う言葉は、「パートナー」と言う言葉と入れ替えながら使われる事が出来ました。それらの会社は、破綻の場合において、それぞれの株主達が、彼の個人的な所有物(資産)の全てに対して無制限の責任の対象に成ると言う意味においてのパートナーシップでした。」⁹

現代の(i.e. 株主達が責任を負わない)企業とは異なり、中世の概念が未だに、その企業、またはパートナーシップの損失、または倒産のために個人的(personally)な責任者として、企業の「グループ・person」の株主達を構成する persons を保っている事に着目して下さい。言い換えると、神学的な教義が、現世的な概念において、未だに完全に効果的です。これと共に、私達は此処でその逸話の金融的な部分、大いなるフローレンスの中世的な超企業の台頭と崩壊、そしてその全ての背後に巣くうもの、ヴェニスの金融的なオリガーク(オリハルヒ/財閥)達の役割へと向かいましょう。そして再び、そうする事において、私達はその媒質の「トポロジー的な隠喩」の新たな隠れ蓑において出会います・・・

ヴェニスの金融的ヴァイパー(毒蛇)達
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バビロンの金融マフィア達: 第五章

第五章
マネー、一神教、王族と軍部

デーヴィッド・アストルのテーゼ

「彼等は、彼等にそうする事を許した愚かな国々同様に、彼等が台頭させた怪物によって圧倒された、肥えた悪賢い男達でしかありません。」
- デーヴィッド・アストル
³³⁷

A. 証拠の状態と推理の必要性

デーヴィッド・アストルは、それ自体の利益と目的のために、太古の時代において、寺院と連合し、場面の背後で政府、宗教、パンテオン(万神殿)、そして政治を操作していた、国際的なブリオンの売買人達の信用(信託/神託)の存在のために、膨大なデータベースと上手く論議された例を収集した研究者です。その様な物として、此処における私達の検証は、彼の研究の端的な再検証に成る事しか出来ません。この再検証は、アストルが供給する証拠と分析の種類の小さなサンプルでしか無い事が強調されるべきです。³³⁸

これを述べた上で、アストル自身が、その証拠の難しい状況と、推理の必要性について、強い警戒の記述を供給します。全ての太古の社会が、そのマネー(通貨)の硬貨鋳造と統制(価値の調整)の権力と関連した国庫(財政)のシステムを有していた事を記述し、アストルはこう述べます:

「太古の文明において専門化した、偉大な考古学者達と学者達の研究の殆ど全てにおいて、最も重要な問題、食物の余剰(i.e. 供給過多/財政黒字)の分配システムと、気候と風習によって必要とされる限りの、健全で継続的な営みを保つために必要な物資の全て(生活必需品)の余剰について、実質的な沈黙があります。

「それらの偉大で実施的な学者達の記述の全てにおいて、人々の中に交換(取引)の単位(通貨)を注入する強力なエンジンの働きと、そしてそれ無しでは、私達が知る処の文明が台頭しえない働きは、深遠な沈黙によってのみ示唆されています。それらの人々の未来への進歩の状況を、完全に統治しているこの全ての重要な問題の上で、ソヴリン(主権)の統治の権威(国家/王)からのその発行からははっきり異なったものとして、交換のシステムについて、交換の単位と個人的な個人達(後の銀行)によるその発行について、語るための一言もありません。」³³⁹

其処には関連した問いがあり、そしてアストルはそれを素早く知覚し:その様な国際的なブリオンの売買人達の階級がどの様に台頭したのかに関連した証拠も、「何が彼等を創造したのか」についての証拠も不足していて、「不可思議の領域寸前の」その様な証拠の浸透的で、殆ど統一的な欠如です。加えて、太古の国際的で金融的な政策について、学術的な文献における「それらの最も重要な問題について推理する事に対する完全な失敗」があります。ですがもっと重大な事に、「その様な機械(社会)が推進されるエネルギーの源泉の真の本質」について、推理の完全な欠如があると、アストルは観測します。³⁴¹

アストルが明らかに、彼の研究の全体を通してそのエネルギーの源泉が、太古の時代において広く広まった奴隷制度の実施であると信じ、そしてそれに限っては私達が彼と共に同意する間、アストルのコメントが明かすより深い問いがあり:奴隷制度の他に存在していた、またはそれらの太古の「ブリオンの売買人達」の仲間内によって求められた、もう一つの、そしてより深いエネルギーの源泉は無かったでしょうか?

何であれ、その空白を埋めるための推理を必要とし、実際に強要するのは、その様な重大な問題についてのこの困惑させられる沈黙です。

「彼等の記録が火によって焼かれた粘土の上で保存されたために、もっと最近の文明よりも多くが知られている、メソポタミアの太古の都市国家の日々における、個人的なマネーの創造(i.e. 銀行/金貸し)の成長について、実質的に情報が全く存在しない様に現れ;そしてそのギャップ(白紙)は、特定の量の推理によって埋められなければ成りません。王達が、太古の時代において、彼等の神聖な起源の派生をそれから主張した、神々の法律に対する対峙としての、交換の単位(i.e. 通貨 )の個人的な人達による詐欺的な発行の始まりは、殆ど知られていません。」³⁴²

故に、私達は此処において新たな流動性に出会い:もし個人的で国際的なブリオンの売買人達の権力の仮説が妥当なら、するとその個人的なマネー創造の権力と、それがその中に存在する様々な国々の権力の間に衝突が存在します。故に、アストルによると、2つの機能している交換の単位が存在していて:一方で人が有するのは、採掘場と奴隷達を操作した者達である、寺院とそれらの連合、ブリオンの売買人達によって発行された、ブリオン(貴金属)の硬貨を交換の単位とする流通です。もう一方で人が有するのは - メソポタミアにおいて - 国家の国庫の余剰(i.e. 財政黒字)に後ろ楯された単位であり、寺院との連動において、国家権力自体によって発行された交換の粘土板の単位(通貨)の発行です。³⁴³

1.太古と現代の銀行業の陰謀

この全てにも拘らず、以前の章において進められた熟考の種類の上に基づいて、太古の社会の中に重要な指標が存在したと、アストルは認めます。

「・・・記述された記録が存在する最も早期の時代における、人の歴史の進歩に影響している金融的な発行に関して、多大な影響力の陰謀が存在します。それがまた、今日存在する様な知識と、最もあからさまな陰謀の生みの親であった事は、はっきりと鮮明です。」³⁴⁴

言い換えると、多かれ少なかれ、太古の時代と現代のものの間には継続性があります。その問いは:その継続性の本質は何か?です。それは、その様な活動において行っている人達の目的、方法、そして信念の類似性において根付いた、単なる概念的なものなのでしょうか?または、その継続性は、もっと深いのでしょうか?それは歴史を通して下った特定の一族達とグループ達の実際の後継(血筋)まで延長するのでしょうか?この章の中で見られる様に、人は少なくともその最初の問いについては、はっきりとした肯定と共に答える事が出来ます。そして直ぐに見られる様に、幾つかの場合においては、その2番目の問いもまた、肯定的に答えられると言う重要な指標があります。

交換(取引)の媒体と国庫の上の注文としてのブリオン

アストルの主張が、深遠である間、彼の著書の全体を通して散りばめられ、常に簡単に見られるわけではありません。その透明性が完全に現されるために、その段階を気付く事において慎重さが必用で、それらが説明されなければなりません。私達は既に、以前の章とこの章の中で以下の物事を記述しました:

1. マネー(通貨)の価値の操作は法律によって確立され、国家、または冠(王室)によって統制され、その単一的な特権はその様なマネーの単位の発行と統制で;

2. 冠、または国家権力、もしくは寺院による、ブリオン(貴金属)に基づいた硬貨の形状における、その様なマネーの硬貨鋳造と発行の間には、深く、そして深遠な関係が存在し;


3. この期間(時代)の以前に、メソポタミアにおいて、交換の単位は、アストルによって記述された様に、単純に、国庫における供給過多(財政黒字/担保)に対するクレジット(信用貸し)の粘土板でした。

その逸話と、アストルの主張が実際に始まるのは、この最後の点においてです。

その理由が簡単に理解されるのは、もし人が国家の間の貿易を行うなら、国庫の供給過多に対するクレジットの手紙の形状におけるマネーの発行は、その様な貿易を助けるよりもむしろ、抑制するためです。それぞれの、そして全ての貿易のために、国家の間の外交的な話し合いを必要としない、もう一つのメカニズムが必要とされました。故に、一度に、そして同時に、国際的な交換の媒体が、多かれ少なかれ同意され、其処でまた、その様な貿易を行い、そしてそれらの交換の単位の上に一掃的な影響力を行使している国際的な商人達の階級が台頭します。アストルは、彼の特徴的な鋭さと簡潔さと共にそれを明言します:

「人々の中の流通への、貴金属の商品化されたマネーの密かな発行を通して、その街の神の意志のフィアット(不換紙幣)であり、彼の書生(神官)達を通した国庫の上の単なる注文を体現したマネーと入れ替える事で、この国際的な思考のグループは、彼等の室の秘密主義から、単純な人々(一般大衆)の信仰と信念の嘲笑いを行う事が出来ました。」³⁴⁵

言葉を変えると、ある特定の時点において、そしてその場合の本質によって、流通の中に2種類のマネーが存在し、一つは個人的なグループによって創造され、そしてそのために、それが取引される、または交換される事の出来る国家のマネーの複写として発行されたブリオンの商品化されたマネーで、そして2つ目は、元々の国家に発行されたマネーでした。注目されるべきは、この状況が現代の時代における英国と米国の両方における、国家のマネー(通貨)と個人的な紙幣の発行によって、殆ど正確に平行線されている事です。³⁴⁶ 太古と現代の例の両方において、個人的に発行されたマネーが、徐々に、そして容赦の無い必然性と共に国家の発行に入れ替わり、そしてそれが起こると共に、その様なマネーの個人的な発行者の権力が、社会の上に確立されました。

ですがこの入れ替えは、実際にどの様に行われたのでしょう?太古の国家の上の、この凄まじく一掃的な影響力を達成する事を太古のブリオンの売買人達のために可能にするために、成された戦略は何だったのでしょう?それらの問いへの答えは、更に詳細な検証を必要とします。

採掘とブリオンの操作

ブリオンに基づいたマネーの発行が示唆するのは何かとても重要な事で、そしてアストルはそれを素早く認知します:

「国際的、そして国内的な交換の共通の媒体としての、重さによる貴金属の制度の概念の全体は、それに対してそれが同意する、権力の延長に完全に気付いている、陰謀的な組織によって広められなければならず、彼等を最初に存在へともたらした、ブリオンの供給と採掘の上に、操作を保たなければ出来ません。」³⁴⁷

私達は既に、エジプトのビシャリー採掘場がどの様に、それらの国際的な傭兵の警護の分遣隊と共に、商人達とブリオンの売買人達のその様な国際的な階級の存在を示唆したのかを目撃しました。

その様な活動の必然的な成り行きは、王冠の権力が必然的に、その権力を侵食している正に階級と共に共謀しているので、「元々、人々がそれに沿って善良で誇りのある人生を送れる様に、人々の健全なありかたに向かって以前には行使されていた、統治者の法律が腐敗させられました。」³⁴⁸ この事実は、彼等の利益を創造した交換の媒体と共に国家と商人達に供給した、半-個人的な採掘場で労働しなければならない奴隷への、犯罪者達に対する終身刑の懲罰の法律の派生によって証言されます。再び、その状況は殆ど正確に現代において平行線され、其処で人は再び、大多数の人々の上で彼等の権力を拡張するために、個人的なマネーを持った階級が国家権力と共謀しているのに出会います。

これから更なる示唆が落ちて来て、人は直ぐに現代的な平行線を認識します:

「王達は大々的に、その外向きの、そして目に見える象徴が、ゴールド、銀、そして銅に制限される様に成ると、マネーの素材を操作したそれらの半-秘密結社の代弁者で、武力行使者に成りました・・・公正な交換をもたらしたものの背後の決定的な力だった、天界における神のフィアット(認可)は、太古の街の文明の隅に認識される様に、文明の底流を操作しているそれらの階級、奴隷商人達、荷馬車商人達、追放者達、そして一般的な犯罪者達の世界の指導者達の意志によって入れ替えられました・・・この意志の道具は貴金属で、貴金属の場合において、採掘が、奴隷労働無しでは、殆ど利益的でないために、その供給がそれらの階級の指導者達によって、奴隷貿易の彼等の操作を通して操作されたためです・・・」³⁴⁹

この主張の補佐のために、アストルは、紀元前4世紀以前において、奴隷制度は以下の様だったと記述します:

「ヨーロッパ北部における18世紀と19世紀の召使、または弟子入りの習慣に類似した、より温和な本質の習慣でした。」³⁵⁰ その時代の後、しかしながら、鞭と鎖、そして人がその制度と関連させる人間の苦しみのイメージの全てと共に、延長的で国際的な貿易に成りました。」

故に私達は今、益々拡張された、そして興味深い関係の集合体を有します:

1. 神官王達、寺院、マネーの鋳造と発行、そして国際的なブリオンの売買人達の個人的な階級の間の関係で;

2. その後者の階級と、交換の媒体としてのブリオンを流通させるための利益的な採掘を行うために必要な奴隷貿易の関係で;

3. 寺院と、ブリオンの売買人達と奴隷商人達の個人的な階級のためのマネーの鋳造と発行の関係で;そして最後に、

4. 寺院と、占星学とその関連した従装具の全て:宝石、神聖な幾何学、寺院のための地球の格子(レイライン/龍脈)、神官-魔術師達、預言者達等々との関係です。


様々な国々におけるこの個人的な階級と寺院の間の関係は、それらの神官(官僚)達に対して、腐敗的な影響力をそれぞれ一致的に行使しました:

「・・・個人的な人々の間、そして個人的な人々と国家の間の流通における銀貨の成長と共に、ジグラット(寺院)において彼(神)の下部(神官)達を通した神々からの完全な経済的操作で、彼等(神官達)のクレジット、または抽象的なマネーの創造の権力を使い、商人達が個人的な取引が出来ないものが迂回するのは、必然的に明らかでした。彼等(商人達)はまた彼等の遠距離の採掘場の事業の操作を通して、以前は献身的だった神官階級を個人的な所有物(資産)の誘惑で苦しめさせる事ができ、そして遠い場所における武器の製造の操作を通して、彼等が選択したのが誰であれ、破壊へと向かわせるために、好戦的な人々を武装化させる事が出来ました。」³⁵¹

此処において巧妙に示唆された流動性に着目してもらいたいのは、その様な階級との、様々な寺院の神官階級とのその関係を通してまた、その影響下にある様々な国々の戦争の政策が影響され、そしてそれらは頻繁に、宗教戦争の口実によって行われるかも知れないと言う事です。³⁵²

学者 T.B.L. ウェブスターを引用しながら、アストルは長文でこの流動性についてコメントします:

「そのアララクの粘土板はまた、鍛冶屋へと分配された銅を記録しますが、それが籠、または矢じりを造るために使用されるのに加えてでは無く;そしてそのアッシリアの王は、地元の技師達によって釘へと造られるために、銅をマリへ送りました。2つの場所における材木加工師達が、二輪馬車工場のための150個の車軸と150個の円材の配達を受けたというパイロスからの報告は、武器の製造のための材木の配達についてのウガリット文献と、アララクにおいて馬車の構築のために、大工達に対して配達された木材のノートと比較されるかも知れません。私達は此処でまた、パイロスからのリストを造り、製造された木製の製品のリスト、様々な場所において人々(恐らく市長達)によって受け取られた入れ物のリスト、そして象牙の商品のノートで、それらに含まれるのは鍛冶屋達、革職人達、建具屋達、そして車大工達でした。」³⁵³

「故に、ウガリットとアララク(の街)において銀本位制としてのマネーの概念が存在していた様に現れ、そしてまた、存在していたのは、半-大量生産のものの様に現れる方法の下における、特質的で個人的な武器の製造を含む、組織化された産業でした。(銀貨の様な)個人的に発行されたマネーのこの早期の時代、そして成行き的で個人的な産業、特に武器の製造に献身していたものが、特定の地域において好戦的な人々の大規模な移動に一致していて、太古のオリエント(中東)として知られる生活のパターンの下で長く生きた太古の帝国の崩壊に一致したのが、重要でないわけではありません。征服してきた人達には、最良の武器が必用でした。最良の武器は個人的な産業から入手可能だった様で;そして個人的な産業は、順を追って、その支払いにおいて、銀、またはゴールド、もしくは奴隷であった労働力を必要としていました。その両方は、戦争の結果として入手可能でした。故に、現代においても全く同じではありませんが、平行線で、より多くの戦争は、より多くの産業で、マネーの創造者達の帳簿の商品のための、より多くの必要性でした。故に、全ての何よりも産業とその追随する一つの形状、またはもう一つの形状における奴隷制をデザイン(計画)する操作が、より絶対的に成り、個人的なマネーを創造する権力でした。」³⁵⁴

言い換えると、その手掛かりは、始めからそこにあり、誰もそれに気付いていなかっただけなのは、メソポタミアの大規模な戦争を行う帝国は、個人的な武器の製造と、個人的なマネーの発行に拘わっていたためでした。この事実は私達が進む際に、唯一大きく成り続けます。

ですがその様な大規模で、そして金融的な関心は、冠(王室)と寺院の間の関係へと、唯一無常にも繋がって戻ります。著名な歴史家、クリストファー・ドーソンは、示唆をはらんだ単純性と共にその関係を概要します:

「元々国家と寺院のコーポレーション(企業/協力)は、広く広まった商業的な関係を確立するために必要な安定性と資源/財源を有する、唯一の(集合)体でした。寺院の従者(神官)達は、その他の街々において供給の確保を彼等に可能にした、クレジット(信用貸し)の手紙を用意され、遠くへの任務へと送り出されました。更に加えてその寺院は、それを通してマネーが金利付きで借りる事が可能で、そして彼の穀物(収穫)を担保として、農夫がローン(借り入れ)を出来る、そのコミュニティーの銀行でした。故にその第三ミレニウム(紀元前3,000-2,000年)の間にメソポタミアにおいて、交換の基準として貴金属に基づいた、通常のマネー経済が成長し、それは個人的な資産と実業を刺激し、本当の資本主義の発達に繋がりました。その寺院と宮廷は、そのコミュニティーの経済的な生活の中心のままでしたが、それらの横の側(副業)とそれらの屋根の下で、多くの面を持った活動が発達し、それは自由な工芸師達と商人達のギルド、そして個人的な資本主義者の個人的な事業においてその表現を見つけました。」³⁵⁵

簡単に云うと、この階級の存在の事実は、信頼される歴史家達によって、否定されていません。そしてこの交換(貿易)の国際的な延長が見過ごされるべきでは無いのは、その貿易がウルの街から「知られている世界全体を超えて」延長したと知られているためで、「それは確実に遠く、ヨーロッパまで届き、クレジットの手紙、為替手形、「支払いの約束(小切手)」の方法で行われ、主要産物の必要性の定義において支払われ、(恐らくその年度の収穫の季節の)大麦の評価における銀の定義において表現されました。」³⁵⁶ この状況の状態は明らかに、様々な国々の寺院との連合における、何らかの銀行業と商人の階級の国際的な規模を示唆します。ですがどの様な階級がどの様に台頭し、王室のマネーの鋳造、価値の統制、そして発行を乗っ取ったのでしょう?

2.太古のバビロンとエジプト

この問いの答えのために、その時代の2つの大規模な軍事的、そして金融的な勢力の詳細な検証が必要と成り:エジプトとバビロンです。此処までに記述された様に、バビロニアのマネーは元々、国庫の供給過多(財政黒字)の上で引き出されたクレジットの手紙として流通していた粘土板に構成されていて、そして故にマネーとしてのその発行は、王室によって厳しく操作されていました。ですが直ぐ上述にも記述された様に、ある時点において - 紀元前3世紀、または4世紀程早期に、実際に³⁵⁷ - それらの粘土板の隣には、その価値がまた、国庫における大麦、またはその他の主要産物の定義において固定された、個人的な発行の流通している銀貨でした。実際に、実際の小切手の使用もまた含んでいた、バビロニアのシステムの使用はとても広く広まっていて、バビロニア自体に対するアッシリアの攻撃の後に、ギリシャの都市国家の幾らかの、寺院と採掘の部門において、バビロニア人達が働いているのを人は見つけます。³⁵⁸ 言葉を変えると、バビロンに対する攻撃は、その他の国々において、その商人の銀行業の階級を分散させる役割を唯一果たし、そしてその分散と共に、バビロニアの事業と銀行業の実施は拡張されました。

a. バビロニアのマネーの権力からの早期のエジプトの独立

エジプトのマネーの権力が検証されるべきなのは、すると、このコンテキストにおいてなのは、既に記述された様に、エジプトが太古の世界における最大級で、最も産出的なゴールドの採掘場 - ビシャリー採掘場を - 操作していたためです。此処においてもまた人は、平行線的な発展とその示唆の全てに気付きます:

「ブレステッドによると、「古王朝」の時代における大規模な事業において、固定された重さのゴールドと銅の輪が流通されていて、そして(「銀行業」、またはそれがもっと良く知られているかも知れない、個人的なマネーの創造と統制の、研究者に対して十分に重要な様に)「石の重りが既に、その様な輪におけるそれらの同等(の重さ)によって印されていました。」石の上に記録されたそれらの「支払いの約束」のマネーとしての流通は、その世襲(家業)的な商売が個人的なマネーの創造であった、秘密裡の同胞団の活動の可能性を鋭く示唆します。」³⁵⁹

実際に、バビロンとの平行線は殆ど一致的なのは、その後者が交換の単位として粘土板を使用し、その間、エジプトが、貴重なブリオン(貴金属)におけるそれらの同等の価値(重さ)と共に印された石の重りを使用したためです。ですが同様に重要な違いもまた存在し、バビロンの場合においてそれらの粘土板は、ブリオンにも続いたマネーの発行以前からマネーとして流通していて、そしてその様なマネー(粘土板)の価値は、国庫における蓄えの条件(財政黒字)において明言されていました。ですがエジプトと共に、人が発展の後の段階を見つけるのは、表現されたその石の価値が、国庫における供給の蓄えの条件では無く、ブリオン自体の定義においてであったためです。端的に、マネーの概念が<i>退化させられそしてそれと共に、産業、または創造力の結果、i.e. 製品(またはサービス/労働)としての何らかの実質的な価値は言うまでも無く、マネーの統制と発行の国家と王室の特権に対する目に見える関連性は、殆ど全くありません。

そしてエジプトにおけるこのマネーの退化、i.e. その支払いのための約束が、本当の製品(または労働)の評価価値において表現されたブリオンよりもむしろ、ブリオンの評価価値において表現された事実、加えて傭兵の警備のそれらの国際的な分遣隊を共にしたエジプトのビシャリー採掘場の存在の事実は、とても重要で、そして - その巧妙さのために - 頻繁に見過ごされた点に指摘します:

「結果として、その最も初期の年月のエジプトの帝国は、バビロニアのマネーの権力から独立して存在している共通市場で、献身して指導された統治者の意志からその強さ(正当性)を派生させているとして上手く描写される事が出来るかも知れませんが、出来事の一連は、戦争におけるその最善の奉仕のためにそれが得たそれらの譲渡を通して、国際的なマネーの権力がエジプトの生活の準-構造を再-貫通し、そして、もし操作では無いにしても、より早期な時代に「古王朝」の崩壊を招いた、通常の場面の背後からの影響力を行使するのに、それ程時間はかかりませんでした。それにおいて流通していた金属のマネーにおいて同等量を示唆している石の重りが、流通していた同時代の硬貨の粘土板の複写と殆ど同じ方法で存在していた期間である、第六王朝の終わりの年月の間の千年前に、それが掌握していた、隠された権力の地位を取り戻したと、妥当に考えられるかも知れません・・・」³⁶⁰

異なった言い方に入れると、エジプトは、一度は国際的なブリオンの売買人達の権力の影響力の下にあり、その影響力を追い出す事に成功しましたが、千年近く後にそれ(国際的な権力)は、再建されました。

活動している共謀者達

a. 経済的、そして軍事的な独裁政治(専制国)と現代の類推:スパルタとギリシャの暴君達


ですがどの様に、正確に、人は、太古の時代においてその様な国際的なマネーの権力が存在していたと知る事が出来るのでしょう?アストルの答えが驚きなのは、それが両方とも同時代で単純であるためで:人は特定の古代の戦争との連動において、機能している隠れた手を理解するために、様々な国々の経済的な活動と政策を見るだけで十分です。そして、マネーの権力と、その専制(独裁)政治からの独立を保つ事にかたくなな国家の間のこの戦争の最善の例は、アテネとその連合国達と、スパルタの間のペロポネシア戦争です。アストルと彼の情報源を長文で引用するには価値があります:

「古代の時代におけるギリシャと小アジアの暴君達について、博識な教授、Heichelheim はこう記述しました:

『それらの暴君達は、その殆どの部分において貴族自体のメンバー達で、彼等は、彼等の同格達を転覆させ、そして彼等の国(都市国家)の全体を一時的に従わせるために、彼等の時代の新たな政治的、そして経済的な可能性を利用してその地位を達成しました。その暴君達は頻繁に、彼等の敵達に対して優位性を得るために、彼等が支配した地域へと硬貨経済のパターンを紹介する事を余儀なくされ、またはその発展を、少なくとも公式に推薦させました・・・』

「(人は不思議に思うでしょう:誰によって余儀なくされたのか?と)

『・・・その土地の農夫階級の地位を安定化させ、そして国家の経済を拡張し立て直すために、マネーと製品の中央的な分配において、部分的に傭兵達、護衛達、そして様々な政治的な仲間達に向けられ、そして部分的に、拡張的な建設の計画と整備(公共事業)のために支払われた賃金の形状において、大量の貧乏な人達(一般大衆)に、間接的に向けられるのが、暴君の経済の特徴です・・・』³⁶¹

アストルは、以下の様にコメントします:

「上述の Heichelheim 教授の明言は、暴君達の全てが最も繁栄した、紀元前650-500年の期間に『新たな政治的、そして経済的な可能性』が存在した事を示唆し・・・するとその問いは『新たな政治的、そして経済的な可能性』が何であったか?に成り・・・その答えは直ぐに到達され:アルゴス、アテネ、そして紀元前680年にフェイドン王が最初のギリシャの銀貨を鋳造させたアエジアの様な港から、新たな銀貨、またはそれについての約束(契約)に対してカツラから娼婦達までの彼等の商品を売った、高級品の商人達を推進した、国際的な銀のブリオンの売買人達のエージェント(手先)達の活動から、それらは派生しました。その好機(新たな可能性)は、明らかに、その街、そしてその活動の全てと所有物、そしてその人口をマネー化する事において補佐した者達のものでした・・・」³⁶²

その都市国家の「マネー化」の結果 – そしてその人口のそれぞれの一員達を(現代の用語を使用すると)「人的資源」の地位へと降格させる事は – Heichelheim 教授によると、全く予測可能で、1980年代後期と1990年代の「自由貿易」の同意と、それらを採用した産工業化された(先進国の)社会の上のそれらの大災害的な効果を不気味にも思い出させます(そして思い出してもらいたいのは、Heichelheim は、その様な主張が提供されるずっと以前の、1940年代に記述していて、そして古代の時代を述べていた事です!):

「その貴族階級は、土地を持たない商人達と製造者達に平等(階級)を与える事を拒否し、農夫達は金持ちによってしいたげられ、借金をする事を薦められ、奴隷化と追放へと降格させられ;奴隷達は自由労働と競争し始めました。野心ある個人達は、設立された政府を転覆させるためにこの不満を利用し、スパルタの顕著な例外を除いて、ギリシャの街々の全てにおいて、彼等自身を暴君として確立しました。」³⁶³

ギリシャの都市国家のその他が、スパルタとの戦争を行うとは、スパルタの何がそれ程、重大だったのでしょう?

アストルはそれを「とても簡単に」述べます:

「・・・スパルタとローマが太古の時代に、そしてロシアが現代において行った様に、国際的なマネーの権力を拒否した国家は、完全で軍事的な自給自足を確立する準備を行わなければなりませんでした。」³⁶⁴

人が、アストルのリストにナチス・ドイツを加えるかも知れないのは、(現代の)ロシアや古代のスパルタと同様に、その第三帝国(ドイツ)の政府が、マネーの発行権をその政府へと取り戻しただけでなく、軍事とエネルギー(電力)の専制(国有化)の政策もまた始めたためです。³⁶⁵

ですから、ギリシャのその他の都市国家を激怒させるために、スパルタは、正確に、何を行ったのでしょう?その答えは複雑で、少々の寄り道を必要とします。(哲学者)プラトンとアリストテレスの両方は、マネー(通貨)は、国家の法律によって(法貨として)定義される限りにおいて唯一価値を有すると鮮明で;言い換えると、彼等の両方が、マネーを発行し、その価値を統制する権力は、個人的では無く、国家の特権であると間接的に認識し、そしてこれは、彼等の時代までに、個人的なマネーの発行が既に確立されていた実施であったにも拘らず、でした。³⁶⁸ 故に、その暴君達の都市国家と、彼等の銀貨の発行を人が見た時、人は慎重に偽装されてはいますが、明らかな隠された手を認識します:

「ギリシャにおける最も早期の硬貨が、本質的に地域的な流通だったと言う証拠は、銀のマネー(銀貨)が国際的な陰謀の一部だったと言う、以前に概要された構図を全く変えません。アテネとサモス、シフノスと Corcyra、そしてその他一つか二つを除いた全てのギリシャの(都市)国家は、彼等の硬貨のための銀のブリオンを国外から会得し、それは必然的に、ブリオンを扱う事に特殊化したそれらの売買人達と、彼等が取引する事を必要としました。ブリオンにおけるその様な取引は、供給の源泉が少なく、遠距離に散らばっていたために、そして、彼等の採掘の活動の成功に不可欠だった奴隷の労働力を、可能性が高い、低いは別にして、彼等自身が扇動した、戦争的な活動において勝利的な人達から、奴隷労働とそれらの購入のそれらの供給をまた、操作する事の可能な唯一のその様なグループであった、小規模で高度に秘密裡なグループの手の中にありました。」³⁶⁹

様々なギリシャの都市国家において、それらに供給が不足していたブリオンにおいて、そのブリオンに基づいたマネーを発行する事が決定されると、それらの都市国家は、ブリオンの売買人達自身の影響下に益々入りました。ブリオンに基づいた硬貨を発行する事を拒んだ一つの国を除いて。

スパルタです。

故に人が此処で、スパルタがその人口の全体に課した、よく知られた厳しさと軍事的な訓練の理解の根底を有するのは、もしスパルタが、その他のギリシャの都市国家を汚染していたマネーの権力から、彼女自身を独立に保つためには、彼女の軍隊が最高でなければならなかったためです。故に アテネもスパルタも「勝利もしなければ、敗北もしなかった」戦争である - 悪名高いペロポネシア戦争には、隠された、そしてもっと実質的な目的がありました。その戦争は、両方の強力なギリシャの都市国家を「疲弊させ、そして彼等の横たわった体の上で、この同じ冷笑的なマネーの権力は、彼等の奴隷達の鎖を引っ張りました。」³⁷⁰ ペロポネシア戦争の目的の本当の根底にあったのは、「trapezitae、または現代の用語における銀行家達によって完全に操作された、ギリシャ世界に渡る個人的で共通なマネーの市場を確立する事でした。」³⁷¹ 結果的に、「スパルタと・・・後のローマから判断すると、太古の時代において、それ自体が(人工)操作の対象に成る事によって、貴金属のマネーに内在的な、あらゆる民族、または国家のステータス・クオ(現状維持/安定性)に対する破壊力の、何らかの多大な理解があったようです。³⁷²

b. バビロン、ペルシャ、そしてマネーの創造

国際的な場面上のマネーの権力の活動と隠された方向性の更にもう一つの、そしてより説得的な例は、バビロンとペルシャの場合において与えられます。再び、アストルを長文で引用するには価値があります:

「とても頻繁に、世界規模の覇権を創造する事を目論む、個人的なマネーを創造する権力の、わざとらしくメダル(冠)をつけられた代理人以上の何ものでも無く成った王達と皇帝達と呼ばれる、王族的な権力の完全な腐敗の明らかな証拠が遡って辿る事が出来るのは、アッシリア、新バビロニア、そしてペルシャの時代です・・・彼等(王達/皇帝達)は主に、一般大衆の忠誠が自然的に向かって傾く方向において、全てが健全では無いと気付かせないために、または生命の樹自体の根元を蝕んでいる破壊的な勢力が発見されないために、人々の目を向けさせる集中点として必要であり続けました。紀元前2500年まで遠く遡っても、アッカド(の街)のサルゴン(王)は、メソポタミアの商業的なコミュニティーのために、Ganes の街を制圧するためにアナトリアに進軍し;恐らくローン(貸し出し)の上の利息の支払い、または元金の払い戻しを強要するためでした・・・彼が、彼のソヴリン、ミードの Astyages を打倒した、紀元前550年まで、些細なペルシャの王子でしか無かったサイラスの成功の理由の一つは、紀元前546年におけるリディアのクロエサスに対する彼の勝利の状況から鮮明です。

「クロエサスは、国際的なマネーの権力のエージェント(手先)によって管理された彼等の資産を取り押さえ、そして国家による金融的な発行(i.e. 通貨発行権)を完全に取り戻した事によって、国際的なマネーの権力を激怒させました。その他の王子達が、類似した行動を取る事をさせないために、彼(クロエサス)を血祭りに上げなければならず、そして意欲的で野心的なサイラスは、明らかにこの目的のために選ばれた者でした。ブリタニカ百科事典の第9編集の中のセイス教授のバビロニアについての記事によると、クレオサスは、(聖書の)ダニエル書のベルシャズザルの父、ナブ-ナフアの下の、彼のバビロニアの連合の到着を待たずに、サイラスとの戦いに慌てて挑みました。しかしながら、それらの出来事の、より現実的な解読は、サイラスの傭兵の兵士達と、最善の武器の供給の組織化の両方を通して、サイラスの台頭の資金援助者だった国際的なマネーの権力が、14年後のバビロンの兵糧攻めの様なその他のサイラスの事業(戦争)におけるその他の出来事において主要な影響力だったと言う事です。この影響力の御蔭で、クレオサスの勢力との合流に向かうナブ-ナフアの進軍がサボタージュされた間、クレオサス自身も、サイラスとナブ-ナフアの両方の意図と強さについて、誤った情報が与えられました。

「サイラスは勝利を収め、クレオサスは完全に打ちのめされました。故に彼の「相応しさ」と、彼の金融的な後ろ楯の政策を推進する彼の意欲を証明し、その約14年後の、比較的に簡単なバビロンの征服は、サイラスのために用意されました。」³⁷³

誰が、バビロンの比較的に簡単な征服を準備したのでしょうか?更に重要な事に、誰がその大規模なペルシャの戦争マシーンを資金援助したのでしょうか?

その答えは、アストルによると、聖書的なものでした。「着目するために興味深いのは、」と彼が観測する様に、

「その街へのペルシャ軍の侵入の直後に、『イスラエルの子供達(ユダヤ人)』は、彼等が故郷と考えた処へ戻る事が許され、彼等の国家的な生活の再開、そして、勿論、その心臓部であった、彼等の寺院の再建に向かって、あらゆる補助が彼等に与えられました・・・バビロンの街に入ったほぼ直後に、サイラスによってヘブライ族に与えられた特別な容認は、恐らくバビロニアの商業的、そして銀行業的な組織の善意を通してのみ得る事が可能な、最も良質で軍事的な道具の購入に向けられた金融を通して、そしてその街の中の軍事的な準備の状態等々の、ヘブライ人達が彼に一貫的に供給したかも知れない情報を通して、彼が彼等の多大な補佐を受けた事を確かに示唆します。

「その表向きの職業が何であれ、バビロニアのマネーの権力は、その見解において完全に国際的で、ジグラットの太古の信仰、そしてマルドュックの崇拝、そして当時のウル(の街)におけるネブチャドネズザルによるジグラットの再建築の意図された影響に向かって、完全に非-同情的(無関心)だったと、妥当に理由づけられるでしょう。もし、より早期のアッシリアの時代において、その様なマネーの権力がヘブライ人達では無かったにしても、後のイスラエライト的な連合のメンバー達を通してそれにリンクされる事が可能かも知れず・・・新バビロニアの時代においての国際的な金融において強力な、ヘブライ族の影響力の存在の事実は、妥当な提案の様です。

「ヘブライ人達は・・・もしそれがそう呼ばれる事が出来るなら、バビロニアのマネーの産業において特に高い地位へと台頭したのかも知れず、モーゼスの訓戒によると、彼等の故郷においては禁止されていた、マネーの両替師の技のそれらの秘密裡の実施を、当時、学ぶ様に成ったのかも知れません。」³⁷⁴

実際に、アストルが指摘する様に、パレスチナに帰郷していたヘブライ人達は、エズラの勅令の下で、彼等の外人の妻達と離婚する事を余儀なくされました。教義的、そして民族的な純粋さを再建するために意図された宗教的な法令として確かに説明出来る間、国際結婚の実施自体が今日まで、国際的な銀行業の階級の特徴で、そして故に、エズラの法令自体が、バビロニアにおける奴隷化の間にヘブライ人達が実際に、国際的なマネーの権力に侵入した指標であると、アストルは記述します。³⁷⁵ ヘブライの宗教と実施のこの「バビロニア化」の更なるもう一つの指標があり、そしてそれはタルムードとラビ制の存在で、ヘブライ人達とユダヤの人々に今日まで応用された象徴、Mogen David、またはダビデ(デーヴィッド)の星です。この象徴自体が、ヘブライでは無くバビロンが起源で、そして私達が次の章の中で見る様に、「秘密を保っている」同胞団に相応しい象徴です。

C. その陰謀がどの様に機能したのか

隠された国際的なブリオン-売買人達、戦争商人(金融-軍産複合体)達、奴隷商人達、そして採掘場の管理人達の明らかな手を、人が最も鮮明に理解するのは恐らく、太古の時代、そして様々な文明における、ブリオンに基づいたマネーの個人的な発行の発展の実際の歴史においてなのは、殆ど不変的に、そのパターンが同じであるためです。

1.第一段階:寺院に潜入し連合する

以前のページ全般を通して繰り返し記述された様に、ギリシャからローマ、エジプトまで、シュメール、バビロン、そしてアッシリアのメソポタミアの文明まで、寺院との、銀行業の活動と、採掘自体の鮮明な関連性があります。この関連性のための理由は、少なくとも銀行業と金融に関する限り論理化するのは簡単で:

「それらの人達は、地域的に畏怖(尊敬)の下に保たれた力、または神秘(i.e. 宗教)が、それらを支えた人達(一般大衆)の健全に対してとても頻繁に逆効果した、彼等(金融マフィア達)の活動に神聖さを与える様に、もし彼等が出来るなら、太古の時代の寺院の中庭の木陰の下で、彼等の事業を行いました・・・

「それらのエージェント(金融マフィア)達は、寺院の表向きの背後の唯一わずかに知覚可能な木陰に潜み、それらの日々に起こった事の殆どを彼等が扇動していましたが、彼等自身は殆ど見られませんでした。彼等にとっての第一の関心は、その外見に限り、彼等のご主人様である神官階級(i.e. 官僚)の敬虔、誠実さ、そして神聖さ(i.e. 信用創造)の評判を保つ事でした。神官階級の地位を保つ事によって、彼等は彼等自身と彼等の秘密裡の権力を保ちましたが:彼等がもたらしたものが何であれ、もし特に邪悪であれば、そうであれ神聖とされた神官階級に責任があるとされたのは、妥当に推測出来るでしょう。」

寺院の神聖さを彼等の活動の隠れ蓑と偽装すると共に、このブリオンの売買人達の階級はその後、彼等の活動のつぎの段階において活動する事が可能でした:

2.第二段階:偽のレシート(紙幣)を発行する

その第二段階は、国庫のクレジット(信用貸し)、または供給過多(i.e. 財政黒字)に対して偽札、または偽のレシートを発行する事で、そしてそれによって、マネー(通貨)の供給自体を増大する事(量的緩和)で:この段階における主な道具は、彼等(銀行)の信用金庫、またはその他の安全な保管における預金として保たれたとされる貴重品・・・のための、偽りのレシート(紙幣)を流通へと入れる(金利付きで貸し出しする)事です。³⁷⁶ それらの貸し出しが比較的に簡単に行えたのは、様々な国家の寺院に潜入し親密な関係を築く事によって、寺院の神官階級によって、クレジットの手紙に信用を創造するために使用された判子やその他の道具を利用する事が彼等に出来たためです。

3.第三段階:偽のレシートに対する対策として、クレジットの手紙のために、ブリオンを入れ替える

これが必然的に私達をその第三段階へともたらすのは、一度その様な偽のレシートが十分な数で流通に入れば、単純に多過ぎる数の偽のレシートが流通の中にあると、王室と寺院のメンバー達の両方に明らかに成り、そして金融的な改革が必要に成るためです。この時点において、ブリオンの売買人達が解決策と共に介入し:採掘において実質的な独占を保有しながら、彼等は、私達がメソポタミアの場合において見た様に、実際の商品 – 大麦の - 特定の量によって元々定義された価値である、実際に国家に発行されたクレジットの手紙を、ブリオンに基づいた硬貨に入れ替える事を提案します。あらゆる国家の中のあらゆる王室と寺院が、一度この調整(制度)を受け入れてしまうと、ブリオンの必要性のために、そしてそれを供給出来る商人達、 奴隷商人達、そして採掘の傭兵達、そしてそれを採掘、溶解、そして鋳造するための科学技術のために、それ(国家)は益々、人質に成ります(借金が増えます)。³⁷⁷

4.第四段階:その後、マネーの複製を創造する

ブリオンの価値を人工的に刺激し、増大させた後、この階級はその後、最後の一歩を創造し:それは、国庫の供給過多(i.e. 財政黒字)では無く、むしろブリオンの供給に対して新たな手紙を発行し、それらのクレジットの手紙を、何らかの貴金属の重さの定義において価値評価します。故に私達は、偽のレシートを発行している状態に戻って辿り着きますが、唯この場合において、それらのレシートは偽物でも偽造詐欺でも無いのは、それらが単純に、個人的に創造された紙幣(借金手形)、または(彼等がまた操作している)ブリオンの特定の量を支払う事に対する約束であるためです。故に、再びもう一度、そのマネーの供給は拡張されただけでなく、その様な道具の使用は実際に、ブリオンの売買人達が、弁済するために持っていた実際のブリオン(準備金)よりももっと多くのその様な紙幣を流通する事を彼等に許す役割を果たしました。その鍵は、再び、寺院との関連性が彼等に与えた神聖化する誠実さでした。この一歩と共に、彼等が侵入した様々な国家に対する彼等の権力と影響力は殆ど完全だったのは、それがそれらの太古の銀行家達に、彼等の現代の対象相手(金融マフィア達)と同様に、国家のマネーの供給を拡張する、または緊縮させ、そしてブーム(バブル)と崩壊(破裂)を創造するために、彼等の経済を操作する能力を与えたためです。その最後の一歩は、言い換えると、国家に発行されたマネーの複製の粘土板、または石(もしくは現代においては、紙、またはプラスチックの)複製を創造する事でした(ブリオンに基づいたマネーもまた、彼等自身の創造でした)!

D. 宇宙戦争と、第二次世界大戦の後の平行線:グローバリストの目的とマネー、王制、一神教、そして軍部

ですが、この太古の逸話と策略には最後の一欠けらがあり、そしてそれは、それら全ての最も息を奪う様なものです。太古の世界全体を通したこのブリオンの売買人達の階級と寺院との連合の効果として、様々な文明のパンテオン(万神殿)、そして更に様々な神々と関連させられる逸話と行いが全て、驚く程似ている事実に、彼等の注意をもたらしたでしょう。この気付きの結果として、そのブリオンの売買人達はまた

「金属、またはマネーを約束している粘土板の上に尖筆によって刻まれた記録の代わりに、マネーとして機能するものを実際に彼等が創造出来ると気付きました。明らかに、彼等の誠実さを人々の頭に中に植え付けられれば彼等が創造出来る信用(信用創造)に頼るこの発見の結果として、絶対的な秘密主義と共に彼等自身が一つに結託し、彼等の証明された同胞以外の全てを排除する事が供給されれば、全てを与えるものである、その街の神自身をも、彼等が入れ替えられると気付きました。もしそうなれば、彼等は一つの神、彼等の神、世界の特別な神、全ての神々の上の神の概念を制度化する事が可能で、そうすれば、ウル(の街)であれ、キッシュであれ、ラガシュであれ、ウルクであれ、単なる街だけでなく、世界自体、そしてその中の全てが、彼等自身のものに成りました。」³⁷⁸

言い換えると、ペルシャと、そして後のアレクサンダー大王のマケドニア-ギリシャの膨大な帝国の創造の背後にあったのは、中央的な国家と統一された宗教-文化的な世界を共にした太古の「ニュー・ワールド・オーダー(NWO/新世界秩序)」を創造する事を励んでいる、強力で金融的な関心の活動でした。³⁷⁹ そしてこの宗教的な世界観を、それによって植え付けるメカニズムは、全ての地域的な宗教が同じものでしか無く、「同じ神々」のための「異なった名称」であると、徐々に指摘し、一般人達の想像力の中にそのアイデアを教え込む事でした。³⁸⁰ 故に、それら(以前の宗教)の融合体とカバール(組織)は、新たな帝国と新たな一神教の代表であり、そして再新の軍事的な道具によって後ろ楯された、王制的なフロント(建前)の推進の背後へと、置き去りにされました。

ですが、もう一つの可能性があり、第一章の中で概要された宇宙戦争のシナリオによって示唆されたもので³⁸¹、そしてそれは、もしその昔に科学的に先進的だった文明の生き残りが、間惑星的な戦争を可能にした科学的な力と達成の絶頂まで再び届くために、つまり、もし彼等が、彼等の覇権の破壊的な科学技術の再構築を行い、彼等自身を再び宇宙へと進出させるためには、すると彼等は正に文字通り、全世界の資源の全てを利用し、発達の通常の速さ以上の速さで科学技術的な達成を推進させるために、戦争と紛争を創造しなければなりません。この場合において彼等は、この目的のための秘密裡の関係を発達させるだけでなく、マネーと、そして寺院との親密な関係が、それを行うための最も簡単で、科学技術的にもっとも複雑で無い方法でした。そしてその政治的な目的は同じで:より大きく成り続ける帝国で最終的には世界全体自体を覆い囲むものです。

マネーの創造との寺院のこの関連性、そして覇権の失われた科学技術を再構築する目的のための、統一された世界秩序の目的は、この逸話が本当に興味深く成る処です。人々が言う様に、その筋書き(台本)は厚く成る寸前です・・・
_____
337 David Astle, The Babylonian Woe, www.jrbooksonline.com/PDF_Books/the_babylonian_woe.pdf, p. 92.
338 私がまた強調すべきなのは、それらが彼の著書の主要な主張を減少させる、または障害する事はありませんが、私がアストルの神学的、またはスピリット的な信念の全てを分かち合うわけでは無い事です。
339 David Astle, The Babylonian Woe, p. 3, emphasis added.
340 Ibid.
341 Ibid., emphasis added.
342 Astle, The Babylonian Woe, p. 5, emphasis added.
343 Ibid.
344 Ibid., p. 10.
345 Astle, The Babylonian Woe, p. 9.
346 米国において、連邦準備銀行(i.e. 個人所有企業)システムの確立以来、流通において元々、幾つかのペーパー・ノート(紙幣/手形)の種類があった事を考えて下さい:国家の銀とゴールドの証明書と米国の(国家発行)紙幣(法貨)、そして「米連銀紙幣(借金手形)」です。さらに着目されるべきは、現在、一般的な流通においてあらゆる前者の紙幣を見つけるのは全く不可能なのは、米連銀が、金利/利息を生み出す借金の紙幣(借金手形)以外、そしてそれ(米連銀)が個人的に発行しない、のあらゆる紙幣を回収し、破壊する政策を行い、そして収集家達はこれを知っているので、彼等自身が彼等のコレクションのためにその様な紙幣を回収し、またはその他の収集家達に売るためです。
347 Astle, The Babylonian Woe, p. 10, emphasis added.
348 Ibid., p. 8.
349 Ibid.
350 Astle, The Babylonian Woe, p. 29.
351 Astle, The Babylonian Woe, pp. 14-15.
352 再び、思い出されるべきは、様々なエジプトの寺院の天文学的な土台がまた、それらの宗教的な戦争の土台に成る事が出来ると、ロックイヤーが提案した事です。
353 Citing T.B.L. Webster, From Mycenaean Homer, p. 22.
354 Astle, The Babylonian Woe, p. 39.
355 Christopher Dawson, The Age of the Gods (London, 1928), p. 130, emphasis added.
356 Astle, The Babylonian Woe, pp. 13-14, emphasis added, citing Sir Charles Woolley, Abraham (London, 1936), pp. 124-125.
357 Astle, op. cit., p. 12.
358 Ibid.,, p. 55.
359 Astle, The Babylonian Woe, p. 36, citing James H. Breasted, A History of Egypt, pp. 97-98.
360 Astle, The Babylonian Woe, p. 43.
361 Citing Encyclopedia of World History (Houghton Mifflin, publishers, Boston, 1940), p. 48, cited in Astle, The Babylonian Woe, p. 96, emphasis added by me.
362 Astle, op. cit., p. 96, emphasis added.
363 Citing Encyclopedia of World History (Houghton Mifflin, publishers, Boston, 1940), p. 48, cited in Astle, The Babylonian Woe, p. 96, emphasis added by me.
364 Astle, The Babylonian Woe, p. 40.
365 エネルギー(電力)の独裁(専制)政治と連合した軍事的な科学技術のために、私のベルの SS 同胞団統一フィールドの秘密、そして国際ナチスを参照して下さい。
366 Astle, op. cit., p. 139.
367 Ibid., pp. 139-140.
368 Ibid., p. 140.
369 Astle, The Babylonian Woe, p. 140.
370 Ibid., p. 143.
371 Ibid.
372 Astle, The Babylonian Woe, p. 144.
373 Astle, The Babylonian Woe, p. 71.
374 Astle, The Babylonian Woe, p. 76. See also p. 129.
375 Ibid., pp. 76-77.
376 Astle, The Babylonian Woe, p. 13.
377 See Astle’s discussion on pp. 15ff, The Babylonian Woe.
378 Astle, The Babylonian Woe, p. 15, italicized emphasis added, boldface emphasis in the original.
379 See also Astle, op. cit., p. 192.
380 これに関して、人は、ロックフェラーに資金援助されたリベラルなプロテスタント主義、そして様々な世界キリスト教統一的な機関と策略との、現代の平行線を考えるだけで十分でしょう。
381 宇宙的な戦争のシナリオの全体を、私は宇宙戦争:間惑星的な戦争、現代物理学、そして太古の文献(アドヴェンチャーズ・アンリミッティド出版、2007年)の中で概要しました。
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ロズウェル(事件)とライヒ(帝国)

Roswell and the Reich
ロズウェルとライヒ

1 Roswell and The Reich
The Nazi Connection
ナチスの関連性


Joseph P. Farrell
ジョセフ P. ファレル著

TABLE OF CONTENTS
目次

Preface and Prologue
前書きと序章

A. Initial Personal Notes
A. 始めの個人的なメモ
B. The Huge Anomaly
B. 巨大な異例性
C. Methodological Overview and Other Considerations
C. 方法論的な全体像とその他の考慮
D. Succinct Abstract of the Case and the Argument
D. その件の簡潔な概念と論議
E. Final Personal Notes
E. 最終的で個人的なメモ

PART ONE:
第一部:

THE TIMELINES AND THE SCENARIOS
その時系列とそのシナリオ
1. The First Articulation: The Roswell Daily Record Articles and the Berlitz and Moore
Presentation
1.第一の明確な表現:ロズウェル・デイリー・レコードの記事とバーリッツとモーアーのプレゼン

A. The First Articulation: The July 8, 1947 Articles in the Roswell Daily Record
A. 第一の明確な表現:1947年7月8日のロズウェル・デイリー・レコードの中の記事
1. The Main Article
1.主要な記事
2. The Forgotten Article
2.忘れられた記事
3. A Summary of the First Articulation of the Roswell Incident
3.ロズウェル事件の第一の明確な表現のまとめ

2. The Second Articulation: Berlitz-Moore-Friedman and the Emergence of the Standard
Scenario
2.第二の明確な表現:バーリッツ-モーアー-フリードマンと基準的なシナリオの台頭

A. The Conventional Wisdom
A. 一般的な英知
1. The Interrupted Teletype: Lydia Sleppy
1.妨害/中断されたテレタイプ:リディア・スレッピー
2. Prejudicing the Response: Initial Inquiries of the Pro-ET Scenario
2.反応を偏見する:認-ET シナリオの元々の調査
3. 1st Lieutenant Walter Haut’s Press Release
3.ウォルター二等陸尉(空尉/海尉)の広報発表
4. Major Jesse Marcel is Ordered to Fort Worth with the Wreckage
4.ジェシー・マーセル少佐が、事故機と共にフォート・ワース(空軍基地)に出頭命令される
5. Weather Balloon Debris is Substituted at the Press Conference: Major Jesse Marcel and the Debris
5.報道会見において天候風船の残骸が入れ替えられる:ジェシー・マーセル少佐と残骸
a. Marcel’s Curriculum Vitae According to Berlitz and Moore
a. バーリッツとモーアーによるマーセルの履歴
b. The Moore-Friedman-Marcel Interviews of May and December 1979
b. 1979年5月と12月のモーアー-フリードマン-マーセルのインタヴュー
6. The Parade of Witnesses Begins
6.目撃証人達の行進が始まる
a. Colonel Blanchard’s Widow
a. ブランチャード大佐の未亡人
b. Grady Barnett and the Second Site: Bodies are Finally Found
b. グレイディー・バーネットと第二の現場:遺体が終に見つけられた
c. Mac Brazel’s Son, Bill Brazel: New Scenario Details, and the Debris Again
c. マック・ブラゼルの息子、ビル・ブラゼル:新たなシナリオの詳細、そして再び残骸
d. Floyd Proctor Interview: More Details Emerge
d. フロイド・プロクターのインタヴュー:更なる詳細が浮上する
e. The Timing of Mac Brazel’s Radio Interview
e. マック・ブラゼルのインタヴューのタイミング
f. Jesse Marcel Jr. on the Debris and His Father
f. その残骸と彼の父についてのジェシー・マーセル・ジュニア
7. Enter the Extraterrestrials: A Morgue Full of ETs, Strange Incidents, and Stranger Memoranda
7.宇宙人の介入:遺体安置所一杯の ET 達、奇妙な出来事、そして更に奇妙なメモ
a. The Norma Gardner Story
a. ノーマ・ガードナーの話し
b. The Goldwater-LeMay Incident
b. ゴールドウォーター-レ・メイの出来事
c. The FBI and Twining-Schulgen Memoranda
c. FBI とトワイニング-シュルジェンのメモ
B. Summary
B. まとめ
1. The Basic Timeline of Events According to Berlitz Moore’s and Presentation
1.バーリッツとモーアーとプレゼンによる出来事の基本的な時系列
2. The “Bodies”
2.「遺体」
3. The Debris
3.残骸
4. Problems with the Balloon Theory
4.風船(気球)理論との問題

3. The Third Articulation: Berliner-Friedman and the Tightening of the Standard Scenario
3.第三の明確な表現:バーリナー-フリードマンと基準的なシナリオの明確化

A. The Wider Context
A. より広いコンテキスト
1. The Problems with Any Balloon Explanation of the Event
1.その出来事のあらゆる風船(気球)の説明との問題
2. Some Pertinent Questions
2.幾つかの関係した疑問
3. The Memoranda
3.そのメモ
a. The Twining-Schulgen Memorandumb
a. トワイニング-シュルジェンの メモ
b. Project Sign and General Hoyt Vandenberg’s Conclusion
b. 計画のサインとホイト・バンデンバーグ将軍の結論
c. The Conclusions of the Robertson Panel
c. ロバートソン・パネル(討論会)の結論
4. The Smith-Sarbacher Interview
4.スミス-Sarbacher のインタヴュー
B. The Debris and the Bodies
B. その残骸と遺体
1. A Methodological Assumption
1.方法論的な推測
2. The Glenn Dennis Story
2.グレン・デニスの逸話
3. The Gerald Anderson Story
3.アンダーソン将軍の逸話
a. Preliminary Context
a. 主要なコンテキスト
b. The Story Itself
b. その逸話自体
4. Mac Brazel
4.マック・ブラゼル
a. The Debris
a. その残骸
b. The Bodies
b. それらの遺体
c. Berliner’s and Friedman’s Analysis
c. バーリナーとフリードマンの分析
5. The Grady “Barney” Barnett Story
5.グレイディー「バーニー」バーネットの逸話
C. “In the Cause of Objectivity”
C. 「客観性のために」
1. Dispensing With The Writing
1.記述の仕分け
2. Making More Short Shrift of the German Connection
2.ドイツの関連性のより短い懺悔の期間を造る
a. The Foo Fighter Problem
a. フー・ファイターの問題
b. The Ghost Rockets: Ignoring Another Significant Clue
b. 亡霊ロケット:もう一つの重要な手掛かりを無視している
c. The Declassification Argument and Its Implicit Assumption
c. 論議の非-機密化とその示唆的な推測

4. The Fourth Articulation: Randle, Schmitt, Carey, and the Emergence of the Revisionist Scenario
4.第四の明確な表現:ランドル、シュミット、キャリー、そして修正論者のシナリオの台頭

A. The Revisionist Scenario
A. 修正論者のシナリオ
1. Adjusting the Timeline: The Military’s Earlier Involvement
1.時系列の調整:軍部のより早期の拘わり
2. Discounting Grady “Barney” Barnett
2.グレイディー「バーニー」バーネットを切り捨てにする
3. New Witnesses, and New Details from Old Witnesses
3.新たな目撃証人達、そして古い目撃証人達からの新たな詳細
a. New Witness: The Roswell Fire Department Response, Frankie Rowe, and Dan Dwyer
a. 新たな目撃証人達:ロズウェル消防隊、フランキー・ロウ、そしてダン・ドワイヤー
b. The “Archaeologists Problem”
b. その「考古学者達の問題」
c. Mac Brazel’s July 9, 1947 Interview, and an Inherent Contradiction
c. 1947年7月9日のマック・ブラゼルのインタヴューと、内在的な矛盾
d. Frank Kaufman
d. フランク・カウフマン
e. Melvin Brown
e. メルヴィン・ブラウン
f. Pappy and Sappho Henderson
f. パピーとサフォ・ヘンダーソン
g. Jim Ragsdale and Trudy Truelove
g. ジム・ラグスデールとトゥルーディー・トゥルーラヴ
h. Glenn Dennis, the Nurse, and the Bodies
h. グレン・デニス、その看護師、そしてそれらの遺体
i. The Lieutenant Governor Joseph Montoya Episode
i. ジョセフ・モントーヤ副知事の逸話
j. Radar Tracking of the Craft
j. その乗り物のレーダー追跡
k. Walter Haut’s Post-Mortem Affidavit and its Implications
k. ウォルター・ハウトの検死解剖の宣誓供述書とその示唆
l. Don Schmitt’s Illustration of the Craft and the Testors Model Rendition
l. ドン・シュミットのその乗り物のイラストとテスターズ・モデルの表現
m. Jesse Marcel Jr.’s Hieroglyphics
m. ジェシー・マーセルの象形文字
B. Taking Account of “All the Evidence”
B. 「証拠の全て」を説明する
1. Randle and Schmitt on the Debris, the Bodies, and “Other Explanations”
1.残骸、遺体、そして「その他の説明」についてのランドルとシュミット
2. Colonel Blanchard’s Strange Remark to His Wife
2.ブランチャード中佐の彼の妻に対する奇妙な明言
3. The Pathology of a Methodology: The Primacy of the Bodies
3.方法論の病理学:それらの遺体の重要性

5. The Fifth Articulation: The Skeptics, the Balloon, and the Hot Air Force
5.第五の明確な表現:懐疑主義者達、風船(気球)、そして熱い空軍

A. Kal Korff
A. カル・コーフ
1. And the Witnesses
1.そして目撃証言者達
a. The “Collapse” of the Lydia Sleppy “Interrupted Teletype” Story
a. リディア・スレッピーの「中断されたテレタイプ」の逸話の「崩壊」
b. The Collapse of the Lieutenant Governor Joseph Montoya Story
b. ジョセフ・モントーヤ副知事の逸話の崩壊
c. The Collapse of the Melvin Brown Story
c. メルヴィン・ブラウンの逸話の崩壊
d. The Collapse of the Glenn Dennis Story
d. グレン・デニスの逸話の崩壊
e. The Collapse of the Frank Kaufmann Story
e. フランク・カウフマンの逸話の崩壊
(1) Kaufmann’s Lack of “Universal Endorsement”
(1)カウフマンの「統一的な支持」の欠如
(2) Randle’s and Schmitt’s Presentation of Kaufmann as Three Different People
(2)ランドルとシュミットの3人の異なった人物としてのカウフマンの体現
(3) Kaufmann’s Appearance at nearly Every Critical Juncture of the Roswell Story
(3)ロズウェルの逸話の殆ど全ての重要な分岐点におけるカウフマンの登場
(4) Too Many Internal Contradictions
(4)多過ぎる内在的な矛盾
f. Jim Ragsdale and the Golden Helmets
f. ジム・ラグスデールと黄金のヘルメット
g. The Rowe Story and the Roswell Fire Department
g. ロウの逸話とロズウェル消防局
h. Colonel Blanchard’s Leave
h. ブランチャード中佐が離れる
i. General Nathan Twining’s Schedule Change
i. ネイサン・トワイニング将軍のスケジュールの変更
2. And the Debris
2.そしてその残骸
a. The Debris and the Original Witnesses
a. その残骸と元々の目撃証言者達
(1) Proctor Problems
(1)プロクターの問題
(2) Bill Brazel, Bessie Brazel Schreiber, and Korff’s Analysis
(2)ビル・ブラゼル、ベシー・ブラゼル・シュリーバー、そしてコーフの分析
b. “Art’s Parts”
b. 「アートの部分」
c. The Blake Larsen Debris Hoax
c. ブレーク・ラーセンの残骸の詐欺
d. Korff’s Summary of the Debris
d. その残骸のコーフのまとめ
3. Korff and the New Balloon Hypothesis
3.コーフと新たな風船の論説
a. Major Marcel’s “Bait and Switch” Scenario
a. マーセル少佐の「餌と変換」のシナリオ
b. The Shandera Interview with General Thomas DuBose, the Testimony of Warrant Officer Irving Newton, and Counterintelligence Agent Sheridan Cavitt’s Affidavit
b. トマス・デュボセー将軍とのシャンデラ・インタヴュー、アーヴィン・ニュートン准尉の証言、そして対諜報工作調査官、シェリダン・キャヴィットの宣誓供述書
c. The Mogul Balloon and the Roswell Debris
c. モーグル風船とロズウェルの残骸
d. Berliner’s and Friedman’s Refusal to Hear Professor Moore’s Side of the Story
d. バーリナーとフリードマンの、モーアー教授の側の話しを聞く事の拒否
B. Karl Pflock
B. カール・フロック
1. And the Standard Scenario
1.そして基準的なシナリオ
a. The Debris
a. 残骸
b. The Bodies
b. 遺体
2. The Revisionist Scenario
2.修正論者のシナリオ
a. The Witnesses
a. 目撃証言者達
(1) Jim Ragsdale
(1)ジム・ラグスデール
(2) Frank Kaufmann
(2)フランク・カウフマン
b. The Radar Tracking Story
b. レーダー追跡の逸話
c. “The Terror and Other Exaggerations”
c. 「恐怖とその他の誇張した表現」
d. Kevin Randle’s Break with Don Schmitt
d. ケヴィン・ランドルのドン・シュミットとの決別
3. A Personal Note on Major Jesse Marcel Sr.
3.ジェシー・マーセル・シニアについての個人的なメモ
4. The Debris Again
4.残骸、再び

6. The Hot Air Force, the Skeptics, and the Balloon Hypothesis: Randle’s Replies
6.熱い空軍、懐疑主義者達、そして風船の論説:ランドルの返答

A. The U.S. Air Force’s Balloon Explanations: “Case Closed”?
A. 米国空軍の風船の説明:「事件解決」?
1. The Air Force Calls the Roswell Witnesses
1.空軍がロズウェルの目撃証言者達を呼び出す
2. Its Potential Significance: The Massive, Fatal Problem
2.その効能的な重要性:膨大で致命的な問題
3. The Balloon Launch Hypothesis: Bodies and Debris
3.風船(気球)発射の論説:遺体と残骸
4. The Hieroglyphics: A Failure to Explain
4.象形文字:説明への失敗
5. Summing Up
5.まとめると
B. Kevin Randle’s Responses
B. ケヴィン・ランドルの返答
1. Randle’s Admissions Regarding the Principal Revisionist Witnesses
1.主要な修正論者の目撃証言者達に関するランドルの認め
2. “New” Witnesses, and Old Ones Retreaded
2.「新たな」目撃証言者達と古い目撃証言者達が再交換された
a. Anna Willmon
a. アナ・ウィルモン
b. Johnson, the Debris, and the Bodies
b. ジョンソン、残骸、そして遺体
c. Jorgenson’s Story: Drone Jets, Hieroglyphics, and Some Descriptions
c. ヨーゲンソンの逸話:ドローン・ジェット機、象形文字、そして幾つかの描写
d. Gonzales’ Aliens, and the “Spacecraft”
d. ゴンザレスの宇宙人、そして「宇宙船」
e. Provost Marshal Edwin Easley, and Barton’s Bodies, Aircraft, and Radiation
e. 憲兵司令官エドウィン・イースリー、そしてバートンの遺体、飛行機(宇宙船)、そして放射能
f. An “Estimation of the Situation”
f. 「その状況の推測」
3. The Air Force’s Mogul Investigation: Whom It Did Not Interview, and Why
3.空軍のモーグルの調査:それは誰をインタヴューしなかったのか、そして何故か
4. General DuBose
4.デュボセー将軍
5. Randle’s Latest Summation of the Incident
5.その出来事のランドルの最新のまとめ

7. The Alien Autopsy Carnival, and the General’s Telegram
宇宙人の解剖のお祭り、そして将軍の電報

A. The Alien Autopsy Carnival
A. 宇宙人の解剖のお祭り
1. Korff’s and Friedman’s Involvement
1.コーフとフリードマンの拘わり
2. Korff’s and Friedman’s Critiques of the Film
2.コーフとフリードマンのそのフィルム(映像)に対する批評
B. General Roger Ramey’s Telegram
B. ロジャー・ラミー将軍の電報
1. The Discovered “Messages”
1.発見された「メッセージ」
2. Houran’s and Randle’s Critique
2.ホウランとランドルの批評

8. The Corso Conundrum
8.コーソーの謎々

A. A Brief Overview of Corso’s Story
A. コーソ―の逸話の端的な概要
B. Corso’s Assertions Versus the Public Histories of the Technologies
B. コーソーの主張対その科学技術の公の歴史
C. Corso’s “Technologies List” and the Nazi Connection
C. コーソーの「科学技術のリスト」とナチスの関連性

PART TWO:
第二部
THE PROBLEMATIC OF THE MAJIC-12 DOCUMENTS HOAX
マジェスティック-12の書類の偽造の問題

9. Friedman and the Case for the Authenticity of the Majic-12 Documents
9.フリードマンとマジェスティック-12の書類の正真正銘性のための場合

A. Friedman on the Nature of Majic-12 Document Authenticity
A. フリードマンとマジェスティック-12の書類の正真正銘性の本質
1. The Methodology
1.方法論
2. The Eisenhower Briefing Document
2.アイゼンハワーの簡単な報告の書類
3. The Majestic-12 Membership List
3.マジェスティック-12のメンバーのリスト
a. Dr. Donald Menzel
a. ドナルド・メンゼル博士
b. The Others
b. その他の者達
c. The Missing Annexes and the Truman-Forrestal Memorandum
c. 消失している追加とトゥルーマン-フォレスタルのメモ
4. The Cutler-Twining Memo
4.カトラー-トワイニングのメモ
5. The Special Operations Manual
5.特殊作戦の説明書
6. The “Cooper-Cantwheel” Documents
6.「クーパー-キャントウィール」の書類
B. Implications and Observations: General Montague, Majestic-12, and the Nazi Scenario
B. 示唆と観測:モンターギュ将軍、マジェスティック-12、そしてナチスのシナリオ

10. Randle and the case Against the Authenticity of the Majic-12 Documents
10.ランドルとマジェスティック-12の書類の正真正銘性に対する件

A. The Original Set of Majic-12 Documents
A. マジック-12の書類の元々の一式
1. The Eisenhower Briefing Document
1.アイゼンハワーの簡単な報告の書類
2. The Cutler Twining Memo
2.カトラー・トワイニングのメモ
B. The Cooper-Cantwheel Documents
B. クーパー-キャントウィールの書類
C. Friedman’s Replies, and a Methodological Assumption
C. フリードマンの返答、そして方法論的な推測

PART THREE:
第三部:
ROSWELL AND THE REICH:
THE NAZI SCENARIO IN THE WIDER Context of OPERATION
PAPERCLIP, THE COLD WAR, AND THE NAZI INTERNATIONAL
ロズウェルとライヒ:
ペーパークリップ作戦、冷戦、そして国際ナチスの
より広いコンテキストにおけるナチスのシナリオ

11. Conclusions and Analysis to Parts One and Two
11.第一部と第二部の結論と分析

A. Summary
A. まとめ
1. Two Datasets
1.2つのデータの一式
2. The Witnesses for the Bodies and the Alleged Consistency of Their Description
2.遺体の目撃証言者達とそれらの描写の主張された一貫性
3. The State of the Story of the Roswell Incident: the Basic Facts and Randle’s and Korff’s Conclusions
3.ロズウェル事件の逸話の状態:基本的な事実とランドルとコーフの結論
4. The Methodology of Proponents of the Extraterrestrial Interpretation
4.地球外知的生命体的な解釈の主張者達の方法論
5. The Dialectic of Roswell
5.ロズウェルの弁証法
6. The Roswell Dialectic and the Principal Researchers
6.ロズウェルの弁証法と主要な研究者達
B. Analysis
B. 分析
1. The Methodology of Part Three
1.第三部の方法論
2. The Debris and the Witnesses
2.残骸と目撃証言者達
3. The Inadequacy of Any Balloon Theory
3.あらゆる風船理論の不十分さ
4. The Arguments Against Something Exotic but Terrestrial
4.エキゾチック(珍しい)何かに対する地球的(な起源)の主張

12. The Breathtaking Audacity of the Wider Context: “Harmless” Foo Fighters, Paperclip, The Nazi International, UFOs, and the National Security State
12.より広いコンテキストの息を奪うような大胆さ:「害の無い」フー・ファイター達、国際ナチス、未確認飛行物体達、そして国家安全保障の国

A. Those “Harmless” Foo Fighters
A. それらの「無害な」フー・ファイター達
1. Sightings Immediately Prior to World War Two and Unusual Explanations
1.第二次世界大戦直前の目撃と異例的な説明
2. The Skies over Germany and Those Oh-So-Harmless Foo Fighters
2.ドイツ上空の空とそれらのおお-とても-無害なフー・ファイター達
3. General Twining and Robertson Make Their First Appearance
3.トワイニング将軍とロバートソンが、彼等の最初の登場を成す
B. The “Paperclip Detente”
B. 「ペーパークリップの休戦」
1. The Gehlen-Dulles Deal and Its Fallout
1.ゲーレン-ダレスの同意とその決裂
2. The Paperclip Scientists and Some Disturbing Implications
2.ペーパークリップの科学者達と幾つかの不穏な示唆
C. The Nazi International and the Legacy of “Paperclip Detente”
C. 国際ナチスと「ペーパークリップの休戦」の遺産
1. The Initial Purpose of the Early Bilderberg Meetings
1.早期のビルダバーグの会議の元々の目的
2. “Read My Lips: No New Nazis”
2.「私の唇を読め:新たなナチスはいない」
3. Richter’s “Fusion” Project at Huemul
3.Huemul におけるリヒターの「核融合」計画
4. Corso’s Unusual Statements and the Bell
4.コーソーの異例的な明言とザ・ベル
D. “Shoot Them Down”: UFOs and the National Security State
D. 「それらを撃ち落とせ」:未確認飛行物体と国家安全保障
1. The General Performance Characteristics of UFOs in the Period
1.その期間における未確認飛行物体の一般的な性能の特徴
2. Shoot Them Down!
2.それらを撃ち落とせ!
E. Conclusions
E. まとめ

13. The Documents: The Nazi Scenario from the Internal Evidence and the Wider Context
13.文献:内的な証拠とより広いコンテキストからのナチスのシナリオ

A. The Indisputably Authentic Documents
A. 疑う余地無く正真正銘の書類
1. The Schulgen Collection Memorandum, 28 October, 1947
1.1947年10月28日の、シュルジェン・コレクションのメモ
a. Text
a. 文章
b. The Faked Version
b. 偽造されたヴァージョン
c.The Background and Possible “Leaker” of the Faked Version
c. その偽造されたヴァージョンの背景と「漏らした者」の可能性
d. Analysis of Statements and the Gestalt of the Genuine Document
d. 明言の分析と正真正銘の書類の形態
2. Twining-Schulgen Memorandum
2.トワイニング-シュルジェンのメモ
3. The FBI’s “Disc” Communiqué
3.FBI の「円盤」の通信
4. The FBI’s Bormann Memorandum: A Related Document?
4.FBI のボーマンのメモ:関連した書類?
5. Redfern’s FBI and CIA Documentation of the Nazi Connection
5.ナチスの関連性のレッドファーンの FBI と CIA のメモ
B. The Documents of Dubious and Disputed Authenticity
B. 疑わしく異論された正真正銘性の書類
1. The Eisenhower Briefing Document, Majic-12, and General Montague
1.アイゼンハワーの簡単な報告の書類、マジック-12、そしてモンターギュ将軍
2. The White Hot Intelligence Estimate
2.白く熱い諜報工作の予測
3. The Debus Dilemma
3.デバスのジレンマ
4. A Brief Mention of an Odd “Coincidence”
4.奇妙な「偶然」の簡単な明言
C. Conclusions: The Outlines of the Scenario Begin to Take Shape
C. まとめ:シナリオの概要が形成し始める

14. Nick Redfern and The Body Snatchers in the Desert
14.ニック・レッドファーンと砂漠におけるボディー・スナッチャー達

A. The Review and the Inconvenient Picture
A. 再検証と不都合な構図
B. Redfern’s Book and the Real Roswell Problems
B. レッドファーンの本と本当のロズウェルの問題
1. Redfern and the First Problem: The Roswell Dialectic and the Roswell Researchers
1.レッドファーンと最初の問題:ロズウェルの弁証法とロズウェルの研究者達
2. Redfern and the Second Problem: The Incongruous Presence of Paperclip Nazis
2.レッドファーンと第二の問題:ペーパークリップのナチスの不適切な存在
3. Redfern and the Third, Final, and Biggest Problem: Bodies are Alien, but not Extraterrestrial, and Fully Rationalizable
3.レッドファーンの第三の、最後の、そして最大の問題:遺体はエイリアンですが、地球外知的生命体では無く、そして完全に理論化可能です

15. The Doctor and the Debris: A Brief Interlude for a Pseudonymous Deathbed Confession
15.博士とその残骸:偽名の死ぬ間際の告白のための手短な幕間

A. “Marsh’s” Story
A. 「マーシュ」の逸話
B. Analysis
B. 分析

16. The Roswell Debris and The Reich’s Developments
16.ロズウェルの残骸とライヒの開発

A. The Roswell Debris According to the Witnesses and Some Nazi Technological Antecedents
A. 目撃証言者達によるロズウェルの残骸と幾らかのナチスの科学技術の前例
1. Memory Metal
1.記憶金属
2. “I-Beams” and Hieroglyphs
2.「I-ビーム」と象形文字
a. The “I-Beam Material” and Two Problems
a. 「I-ビームの素材」と2つの問題
b. The Hieroglyphs, Indian Petroglyphs, Plasma Pinch, and Electron Probability States
b. 象形文字、先住民のペトログリフ、プラズマのピンチ(つまみ)、そして電子の可能性の状態
3. Monofilament “String”
3.単一繊維の「糸」
4. Super-Strong Metal or Material
4.超-固い金属、または素材
5. Major Marcel’s Porous Metal
5.マーセル少佐の小穴のある素材
B. The Technologies of Roswell in the Corso Version
B. コーソーのヴァージョンにおけるロズウェルの科学技術
1. Fiber Optics
1.ファイバー・オプティクス
2. Kevlar
2.ケヴラー(素材)
3. Night Vision
3.夜間視力
4. Lasers and Particle Accelerators
4.レーザーと粒子の加速器
5. Transistors and Integrated Circuits
5.トランジスターと集積回路
6. Portable Atomic Power for Air- and Space-Craft
6.飛行機と宇宙船(スペースシャトル)のための移動可能な原子力
C. The Lifting Bodies: A Staged Program toward Field Propulsion
C. 機体を浮かせる:フィールド(場)推進力にむかった段階化された計画
1. Mark I: Conventionally powered Turbine Saucers of Unusual Turbine Configuration
1.1号機:異例的なタービンの設計の、通常的に電力/燃料供給されたタービン円盤
2. Mark II: The Extension of Mark I Craft by the Use of Conventional Technologies in Exotic Combinations, or by exotic Technologies Themselves in Combination with Conventional Ones
2.2号機:エキゾチック(珍しい)コンビネーションにおける、通常の科学技術の使用、または通常的なものとのコンビネーションにおける、エキゾチックな科学技術の使用による、1号機の改良
3. Mark III: Field Propulsion Craft
3.3号機:フィールド推進力機
D. The Nazi Scenario
D. ナチスのシナリオ
1. The Rationalization of the Documents, Bodies, and Debris
1.その書類、遺体、そして残骸の理論化
2. The Wider Historical Context
2.より広い歴史的なコンテキスト
3. The Czech Incident Revisited
3.チェコの出来事の再検証
4. Alternative Two: Antarctica Revisited
4.オルタナティヴ2:南極が再訪問される

BIBLIOGRAPHY
参考書籍

Roswell and The Reich, Joseph P. Farrell, Part 1 The Byte Show
ロズウェルとライヒ、ジョセフ P. ファレル

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