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大き過ぎて潰せないと言う嘘

中央銀行支配からの脱却(1)
          ~銀行を潰して復活したアイスランド

リーマンショックから5年経ったが、世界経済の不安定さは一向に収まる気配が無い。米国は再びデフォルト危機に見舞われ、表向き株価やGDPが上がったように見える先進国でも、財政破綻の懸念が強まっている。しかし、これは必然の構造である。
 
70年に先進国では既に市場拡大を停止してしまった。にも関わらず、先進国では、毎年膨大な国家資金をカンフル剤として市場に注入し、無理やり市場拡大を演出してきた。しかし、既に人々の物的欠乏は衰弱に入り、注入資金は新たな投資や消費には向かわず、株や土地に向かい、バブルを生んでは崩壊を繰り返した、挙句、遂には国を超えて飛び交う金融バクチ商品を生み出し、実体経済の数百倍の規模にまで膨張した末に破綻した。それが2008年の世界金融危機だった。

すると今度は、金融バブルの崩壊で空いた大穴を埋めるべく、国家財政の出動が余儀なくされた。国債発行は加速度的に増加し、中央銀行は無限の量的緩和でマネーを供給し続けている。結局、尻拭いは全て国家の借金に押し付けられていった。
 
そもそも、こうした破滅的事態を先導したのは、中央銀行を頂点とする金融勢力だ。にも関わらず、そのツケは国家が銀行に借金をして埋め合わせる。この構造が明らかになるにつれ、中央銀行支配に抗する新たな動きがリーマン・ショック以降登場している。
 
今回から数回、マスコミではほとんど報道されない、中央銀行支配からの脱却を試みている国や社会の動きを追ってみる。
 
1回目は、リーマンショックの翌々年に国家破綻し、その後見事に復活したアイスランドの事例を取り上げる。

アイスランドの「無血革命」
 アイスランドの「バブルの戦犯」は元演劇青年の政治家ダヴィード・オッドソンで、1980年代に新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンに感化され、91年に首相になると大胆な民営化政策を実行した。04年に首相の座を降りると自ら中央銀行総裁に就任し、こんどは徹底した金融自由化に着手する。こうして、北極に近い小さな島にまれに見る金融バブルが発生した。

 それがどのようなものだったかは、次のようなデータを並べるだけでわかる。

 アイスランドの3大銀行(カウプシング銀行、ランズバンキ銀行、グリトニル銀行)の総資産は、2003年にはGDPとほぼ同じだったが、約3年半でGDPの10倍の14兆4370億クローナ(当時の為替レートで約28兆円)にまで膨らんだ。
 
 03年から07年にかけて不動産価格は3倍、株価は9倍になり、通貨は対ドルで60%上昇した。それにともなってアイスランドの平均的世帯の収入は、わずか3年半で3倍に増えることになる。年収500万円の世帯がいきなり年収1500万円になるのだから、これはものすごいことだ。

その後、3大銀行が膨らませた巨額の金融商品がリーマン・ショックの煽りで無価値となり、これらの銀行は国有化。それでも海外からの債務が国家にのしかかり、国家破綻の事態に陥った。 
 
しかし、その後数年で、アイスランドは見事に復活を遂げたのである。

 アイスランドというDIY国家が面目躍如なのは、実はバブルが崩壊してからだ。3大銀行がGDPをはるかに超える負債を抱えて国有化されると、その債務をどのように処理するかが問題になった。

 アイスランド政府は当初、銀行を破綻処理して債務を帳消しにすることを検討したが、預金者の多くは高金利に魅かれたイギリスやオランダの個人投資家たちで、両国政府は、アイスランド政府が元本返済の責任を放棄するなら国交を断絶すると通告した。アイスランド国民は、このままだと未来永劫、借金を返すためだけに税金を納めつづけなければならなくなり、国外への移住希望者が殺到した。まさに国家存亡の危機だ。

 ところがその後、数年のうちにアイスランド経済は奇跡の復活を遂げることになる。その理由は、2度の国民投票によって、ファンドや年金基金、金融機関や事業法人など“プロ”の大口債権者からの借金を踏み倒したことだ。こんな離れ業が可能になったのは、ギリシアのようにユーロ圏に入っておらず、スペインやイタリアよりもはるかに経済規模が小さいため、ヨーロッパを襲ったユーロ危機のなかではとるに足らない話だと扱われたからだろう。そのうえ通貨クローナの価値が対ドルでほぼ半分になったことから、輸出産業が息を吹き返した。

 アイスランドは11年8月に国際通貨基金(IMF)の支援プログラムから脱し、12年2月には国債の信用格付が投資適格のBBB-に戻った。恒常的な財政赤字に苦しむ南欧諸国とちがって、DIYの国アイスランドには過剰な福祉制度がないからだ。

「大きすぎて潰せない」は嘘
アイスランドの教訓は2つある。

1.危機に陥った銀行は潰してもよい。「大きすぎて潰せない」は嘘。

2.プロの大口債権者の債権より国民の預金や債権を守るべき。
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田布施一族、日銀の黒幕、安倍一族の意向を汲んで全マスコミは、アイスランド・ハンガリーなどの中央銀行を国民達が中央銀行に癒着する政治家達を強制的に辞めさせてきた。中央銀行自体を国民達が民衆の知恵で拒絶することに成功した事実を総力上げて国民に知らせない作戦に一斉強調しているという。

アイスランドの政界では、人々は政府を辞任させ、主な銀行は国有化され、旧政権の誤まった財政政策に基づく英国とオランダに対する債務の返済を停止することが決定され、憲法改正のための市民集会が開かれました。

これら全てのプロセスが平和裏におこなわれました。この革命全体が現在の世界的な危機を創りだした権力に対抗するものでした。これが過去二年間に如何なるニュースも報道されなかった理由なのです。もしもEUの他の国の市民がこれを例にとって行動したらどうなるでしょうか?もしも米国の市民がこれを例にとったとしたらどうなるでしょうか?

以下は、事実の要約です。
続きを読む:



First They Jailed The Bankers, Now Every Icelander To Get Paid Back In Bank Sale
最初に彼等は銀行家達を刑務所送りにし、今度は全てのアイスランド人達は、銀行の売却において支払われます(ゼロ・ヘッジ)

http://www.zerohedge.com/news/2015-10-30/first-they-jailed-bankers-now-every-icelander-get-paid-back-bank-sale


最初にアイスランド人達は、2008年の金融危機における彼等の直接の関わりのために、腐敗した銀行家達を刑務所送りにしました。今度は全てのアイスランド人達が、3大銀行の内の一つ、アイスランズバンキの売却のために支払いを受け取るでしょう。

もし金融大臣 Bjarni Benediktsson の言う通りに成ると - そしてその可能性は高いですが - アイスランド人達には、政府がその銀行の所有権を取った後、30,000クロナ(1クローナ=0.9円[2014年4月1日時点])支払われるでしょう。アイスランズバンキは、政府の所有に入る3大銀行の2番目に成るでしょう。

「私が言っているのは、政府がある決定された部分、5%を取り、そして(残りの95%を)単純にこの国の人々に手渡すと言う事です、」と彼は明言しました。

アイスランド人達は、彼等の政府の操作を取ったので、彼等は結果的にその各銀行を所有します。ベネディクトソンはこれが海外からの資本をその国へと呼び入れ、究極的に - 2008年の危機から完全に回復した唯一のヨーロッパの国である - その国の経済に拍車をかけると信じています。アイスランドは予定期日よりも前に、IMF に対する借金を全額支払いました。

予算委員会の副議長の Guðlaugur Þór Þórðarson は、政府による所有が理想的な解決策であるとは、彼は納得してはいないけれど、その行為はキャピタル・コントロール(資本操作)の上昇を容易にするであろうと説明しました。元金融大臣の Steingrímur J. Sigfússon は、Þórðarson の側に立ち、「私達は馬鹿どもの手に銀行を失うべきでは無く」そしてアイスランドは「投資銀行から商業銀行」を分離させる努力におけるシフトから利益するでしょうと、ラジオ番組で伝えました。

その(政府/国民による)乗っ取りとその後の国内全ての人達への支払いが起こるのかの計画は、まだ確定的には設定されていませんが、2008年の国際的な金融崩壊に対処するアイスランドのアプローチは、確かにそれが集めた全ての注目に相応しいでしょう。

アイスランドは最近、26人目の銀行家を刑務所送りにしましたが - 金融的な混沌の原因となった、彼等の間の懲役(の合計)は74年です。そうこうする中、米国の銀行業の犯罪者達は、彼等の詐欺と市場操作のために、納税者達の血税からの膨大な救済から報酬されました。
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ザクセン=コーブルク=ゴータ家

ザクセン=コーブルク=ゴータ家

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ザクセン=コーブルク=ゴータ家(ドイツ語: Haus Sachsen-Coburg und Gotha)は、ドイツのヴェッティン家(エルネスティン家)の分家で、ドイツ中部にあったザクセン=コーブルクおよびザクセン=ゴータの2つの領邦からなるザクセン=コーブルク=ゴータ公国の君主の家系である。一族からは現在のベルギー王家、イギリス女王ヴィクトリアの夫アルバート(サクス=コバーグ=ゴータ家の起源)、ポルトガル女王マリア2世の夫フェルナンド2世(ブラガンサ=コブルゴ家の起源)、およびブルガリアの君主も出た。

ザクセン=コーブルク、ザクセン=ゴータの両公国はともにドイツ連邦に加盟し、ヴェッティン家エルネスティン系が統治するザクセン諸公国の一つであった。1825年、最後のザクセン=ゴータ=アルテンブルク公フリードリヒ4世が男子の後継者なしに死去すると、ヴェッティン家の同族たちはその所領を分配した。フリードリヒ4世の姪ルイーゼの夫だったザクセン=コーブルク=ザールフェルト公エルンストはザールフェルトに代わってゴータを獲得し、称号をザクセン=コーブルク=ゴータ公と改めた。こうして1826年、ザクセン=コーブルク=ゴータ公国は他の領邦に隔てられた2つの公国の同君連合として始まった。

1844年にエルンスト1世が死去すると、長男エルンスト2世が公位を継承した。次男アルブレヒト(アルバート)は1840年にイギリス女王ヴィクトリアと結婚していた(女王の母ヴィクトリアはエルンスト1世の妹であった)。エルンスト2世は1893年に子を得ずに死去したため、公位継承権は弟アルバートの長男であるイギリス王太子アルバート・エドワード(後のエドワード7世)に渡ったが、アルバート・エドワードは次弟のエディンバラ公アルフレッドに継承権を譲った(アルフレート)。アルフレートは1900年に死去したが、唯一の男子アルフレートは前年に自殺していた。コノート公アーサー(アルバートの三男)とその息子が辞退したため、オールバニ公チャールズ・エドワード(アルバートの四男レオポルドの唯一の男子)が公位を継承した(カール・エドゥアルト)。

カール・エドゥアルトは第一次世界大戦中にドイツ陸軍の将軍として任務に就いていたため、1917年にオールバニ公爵位を剥奪された。1918年11月18日、ドイツ革命によってカール・エドゥアルトは追放され、2つの旧公国は別個の州となった。1919年にはイギリス王族としての身分も剥奪されている。

一方、イギリス王家はエドワード7世の子孫によって現在まで続いている。

エルンスト1世にはまた、フェルディナント、レオポルトの2人の弟がいた。レオポルトは1831年に初代ベルギー国王に即位し(レオポルド1世)、現在のベルギー王家の祖となった。フェルディナントはハンガリーの名門貴族コハーリ家のマーリア・アントーニアと結婚して同家の後継者となった(コーブルグ=コハーリ家)が、その長男フェルディナントは1836年にポルトガル女王マリア2世と結婚し(フェルナンド2世)、1910年に革命で王制が廃止されるまでポルトガル王家として続いた。フェルナンド2世の次弟アウグストの末息子フェルディナントは、1887年にバッテンベルク家のアレクサンダルに代わってブルガリア公となり、1908年からはブルガリア国王(ツァール)を称した(フェルディナンド1世)。ブルガリア王家はフェルディナンド1世の子孫によって継承され、共和制に移行する1946年まで続いた・・・

カール・エドゥアルト (ザクセン=コーブルク=ゴータ公)

カール・エドゥアルト(Carl Eduard, 1884年7月19日 - 1954年3月6日)は第4代にして最後のザクセン=コーブルク=ゴータ公(在位:1900年 - 1918年)。全名は英語でチャールズ・エドワード・ジョージ・アルバート・レオポルド(Charles Edward George Albert Leopold)、ドイツ語でカール・エドゥアルト・ゲオルク・アルベルト・レオポルト(Carl Eduard Georg Albert Leopold)。第3代ザクセン=コーブルク=ゴータ公アルフレートの甥。イギリス女王ヴィクトリアと王配アルバートの孫であり、イギリス王族としてオールバニ公の称号も継承していたが、後にそれらの身分と称号は剥奪された。

チャールズ・エドワード(カール・エドゥアルト)は、イングランド・サリーのクレアモントで生まれた。父はヴィクトリア女王とアルバート公の四男オールバニ公レオポルド、母はヴァルデック侯ゲオルク・ヴィクトルの娘ヘレーネである。前年の1883年に姉アリス・メアリーが生まれている。レオポルドは長男が生まれる前の1884年3月28日にカンヌで急死しており、チャールズ・エドワードは誕生と同時にオールバニ公位を継承した。

16歳になって間もない1900年7月30日、伯父のザクセン=コーブルク=ゴータ公アルフレート(エディンバラ公アルフレッド)が死去した。アルフレートの一人息子アルフレッドは前年に自殺しており、コノート公アーサー(アルフレートの弟、レオポルドの兄)とその息子アーサー(チャールズの従兄で学友だった)が辞退したため、チャールズ・エドワードが祖母ヴィクトリア女王の命令で公位を継承した(実は、イートン校で先輩であったアーサーが、チャールズ・エドワードが公位を辞退すれば学校でいじめるぞと脅していたため、しぶしぶ継承した)。

即位後5年間、公国はアルフレートの娘婿であるホーエンローエ=ランゲンブルク侯世子エルンストの摂政のもとに治められた。

チャールズ・エドワードがザクセン=コーブルク=ゴータ公カール・エドゥアルトとして親政を開始したのは、21歳の誕生日を迎えた1905年7月19日からである。同年10月11日にはグリュックスブルク公フリードリヒ・フェルディナント(デンマーク王クリスチャン9世の甥)の娘ヴィクトリア・アーデルハイト公女と結婚した。夫妻の間には5人の子供が生まれたが、長女シビラは1932年にスウェーデン王家に嫁ぎ、現国王カール16世グスタフの母后となった。

第一次世界大戦中、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の従弟でもあったカール・エドゥアルトはドイツ人としてドイツを支持し、ドイツ陸軍の将軍として任務に就いていた。大きな指揮権を持つことはなかったが、イギリス王族がイギリスに敵対する立場に立ったということは看過できないことであった。そのためもう一人の従兄であるイギリス王ジョージ5世は、1915年にガーター勲章を、1917年にオールバニ公の爵位を剥奪した。なお、1917年にはイギリス王家の家名もドイツ風のサクス=コバーグ=ゴータ(ザクセン=コーブルク=ゴータ)家からウィンザー家へと改めている。さらに終戦後の1919年にはカール・エドゥアルトとその子孫からイギリス王族としての身分(Prince of the United Kingdomの称号とHRHの敬称)も剥奪された。一方、ドイツ革命によって1918年11月18日にはザクセン=コーブルク=ゴータ公も廃位された。公国はヴァイマル共和政のもとでバイエルン州とテューリンゲン州に編入されて消滅した。

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一般市民となって後のカール・エドゥアルトは、ドイツ革命によるドイツの君主制廃止、ロシア皇帝ニコライ2世と皇后アレクサンドラ(カール・エドゥアルトの従姉であった)夫妻一家がボリシェヴィキにより銃殺されたことなどが影響し、左翼やボリシェヴィキに恐怖と憎悪をいだき、さまざまな右翼系の武装組織や政治運動に関わった後、ナチ党に入党して突撃隊(SA)の一員となった。また、1933年から1945年までドイツ赤十字(ロスチャイルド)社総裁、1937年から1945年までは国会議員を務めている。

ナチスのマルタ十字
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1936年、従兄ジョージ5世の葬儀に、カール・エドゥアルトはSAの制服で参列した。これは、イギリス王族としてイギリスの軍服を着用することが許されていなかったためでもある。この時、カール・エドゥアルトには新王エドワード8世と会談して独英関係の改善と条約締結の可能性を探る任務が与えられていたが、結局そうした会談は行なわれなかった。

1940年4月に皇紀二千六百年のドイツ側慶奉使節として来日している。当初は2月に訪日する予定であったが、対英米関係の悪化を恐れる時の米内内閣の要請により、訪日日程が遅れた経緯がある・・・

日本閨閥の本質は、天皇を中心とした金貸し支配

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旧王族・貴族層の(ナチス)親衛隊員( SS )
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A_%28%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9%29#.E6.97.A7.E7.8E.8B.E6.97.8F.E3.83.BB.E8.B2.B4.E6.97.8F.E5.B1.A4.E3.81.AE.E8.A6.AA.E8.A1.9B.E9.9A.8A.E5.93.A1


親衛隊にはドイツ帝国領邦の旧王族や貴族が多数参加していた。王族・貴族層は親衛隊の中に決して少なくなく、1938年の時点で親衛隊大将の18.7%、親衛隊中将の9.8%、親衛隊少将の14.3%、親衛隊大佐の8.4%を占めていた<。たとえば下のような者達がいた。

ヨシアス・ツー・ヴァルデック=ピルモント太子(ヴァルデック侯国太子)
フリードリヒ・フランツ・ツー・メクレンブルク大公太子 (メクレンブルク=シュヴェリーン大公国太子)
クリストフ・フォン・ヘッセン (Christoph von Hesse)(ヘッセン=カッセル方伯家出身)
ヴィルヘルム・フォン・ヘッセン (1905-1942)(ヘッセン=フィリップスタール方伯家出身)
フランツ・ヨーゼフ・フォン・ホーヘンツォレルン=エムデン王子 (Franz Joseph Prinz von Hohenzollern-Emden)(ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯家出身)
カール・クリスチアン・ツア・リッペ=ヴァイセンフェルト王子 (Karl Christian zur Lippe-Weißenfeld)(リッペ家出身)
ゲオルク・フォン・バッセヴィッツ=ベール伯爵
カール・フリードリヒ・フォン・ピュックラー=ブルクハウス、フォン・グローディッツ伯爵・男爵
ゴットフリート・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン伯爵(ドイツ帝国宰相オットー・フォン・ビスマルクの孫)
フリードリヒ・フォン・シューレンブルク伯爵 (Friedrich Graf von der Schulenburg)
ヴォルフ=ハインリヒ・フォン・ヘルドルフ伯爵
ヒアツィント・シュトラハヴィッツ伯爵
オイゲン・フォン・クウォード=ヴァイクラート=イスニー伯爵 (Eugen Graf von Quadt zu Wykradt und Isny)
フリードリヒ・カール・フォン・エーベルシュタイン男爵
ルドルフ・フォン・ガイアー男爵 (de:Rudolf Freiherr von Geyr)
ヘルマン・フォン・シャーデ男爵 (de:Hermann Freiherr von Schade)
オットー・フォン・フリックス男爵 (Otto Freiherr von Fircks)
アントン・フォン・ホーベルク=ブーフヴァルト男爵
ハンス・ヨアヒム・フォン・クリュードナー男爵 (Hans-Joachim Freiherr von Kruedener)
カシウス・フォン・モンティグニー男爵 (Cassius Freiherr von Montigny)
アドルフ・フォン・エインハウゼン男爵 (Adolf Freiherr von Oeynhausen)
ハンス・アルビン・フォン・ライツェンシュタイン男爵 (Hans-Albin Freiherr von Reitzenstein)
クルト・フォン・シュレーダー男爵 (Kurt Freiherr von Schröder)
クーノ・フォン・エルツ=リューベナッハ帝国男爵及び領主 (Kuno Reichsfreiherr und Edler Herr von und zu Eltz-Rübenach)
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賢者の石: 第三章

第二部

アメリカのゴールド


ダスティンは不死の妙薬にスピリット的な本質を帰属させる様で、そうしなければ、それは操作出来ないので、それは何らかの物質の中に閉じ込められなければならないけれど、それはそうであっても場所を全くとらず;そのアイデアはパラセルススの見解の中に、私達が興味深い平行線を見つけるものです。」
- E. J. ホルムヤード
錬金術、151ページ。


B.スペクトログラフィック(光学のスペクトル的な)分析:ロシア人達の参入

アリゾナに戻ると、ハドソンはフェニックス地域においてスペクトログラフィックの分析の専門家を探し、最終的に、当時の西ドイツで訓練させられた人を見つけ、そしてその人は加えて、スペクトロスコピック分析的な機器をデザインして、造りました。ハドソンは、プラチナム・グループの要素の分析的な化学と題された科学のソヴィエト学術界によって出版された本と共に彼に接近しました。ハドソンは、「この本の中で、ソヴィエトの人達は、これ等の要素を解読するために、30秒の燃焼を行わなければなりませんでした」と着目しました。これは、基準的なスペクトログラフィックの機器のために、大々的な問題を提示しました。ハドソンは、これが提示した問題を、以下のように説明しました:

「さて、スペクトロスコピーを一度もやった事の無い人達のために(説明すると)、それは天辺においてカップされた炭素の電極を含みます。貴方はその電極の上に粉末を置き、そしてもう一つの電極をその上にもたらし、そして貴方はアーク(電弧)を打ちます。約15秒の内に、この高い温度においてその炭素は燃え尽き、その電極は無く成り、そして貴方のサンプルも無く成ります。ですから、この国における全ての実験室が、15秒の燃焼を行い、貴方に結果を報告しています。科学のソヴィエト学術界によると、丁度、鉄の沸騰点が、これ等の要素の沸騰点である様に、水の沸騰点が、鉄の沸騰点でした。

「・・・ですから、私達は文字通り、酸素、または空気がこの室の中の炭素の電極に入らず、そして私達が15秒では無く300秒それを燃やせる様に、アルゴン・ガスがこの電極の周りに入れられる様に、その化学反応の室をデザインして、造らなければなりませんでした。科学のソヴィエト学会によると、これが私達がそのサンプルを燃焼しなければならない時間でした。」

車庫を満たした、必要とされた機器を造った後、ハドソンと、新たな科学的な助言者は、燃焼を行いました。次に何が起こったのかは、ハドソン自身の言葉で、最も上手く伝えられるでしょう:

「何であれ、私達がこの物質の最初の15秒の試験を行う時、私達は鉄、シリカ、アルミニウム、少々のカルシウム、ソディウム(ナトリウム)、多分とても少量のタイタニウム(チタニウム)の分析を多かれ少なかれ得て、そしてその後、それは、とても静かに成り、何も分析され無く成ります。20秒、25秒、30秒、35秒、40秒経っても何も起こりません。45秒、50秒、55秒、60秒、65秒経っても、もし貴方が、ガラス(の窓)を通して、其処にある炭素の電極を見ると、あるのはこの白い物質の小さなボールでした。」

着目してもらいたいのは、錬金術的な色の一連と同様に、ハドソンの黒い物質が此処で白く成ったと言う事です。


第三章
アリゾナの砂漠において焼き尽くされたゴールド、
デーヴィッド・ハドソンとモナトミック「ゴールド」の始まり


火も、その他の要素も、それを破壊する事は出来ません。それは石でも無く、何故ならそれが液体で、溶解され、溶かされる事が出来るためで・・・それは光で眩しく、破壊不可能で、そして機能している天界です。」
- ルーランド、マテリア・プリマについて


アリゾナの農業家、デーヴィッド・ハドソンが、一見、賢者の石を調合出来る、錬金術の熟練者に成れる、最もらしくない候補者に見えるのは、彼自身が認める様に、彼が、有名なアリゾナの米国上院議員、バリー・ゴールドウォーターの価値観にどっぷりと染まった「超保守的な右翼の背景」から出たためです。そして、彼自身が認めた様に、彼はとても裕福な人で、物質主義者の中の物質主義者でした:

「私は、ユマ峡谷の中のフェニックス地域の、およそ7万エーカーを耕していました。私はとても大規模な物質主義的な人間でした・・・私には毎週給料を与える40人の従業員達がいました。私は銀行との4百万の線(ドル)のクレディット(ローン)を持っていました。私はメルセデス・ベンツに乗り、15,000平方フットの自宅を持っていました。」

ですがハドソンが、ソディウム(ナトリウム)が豊かなアリゾナの土を、穀物が育つのに相応しい様にしようと決めた時、彼は、彼の人生が劇的な変化を経験し、そして彼を、どの光の下で見ても、錬金術的としか表現のしようの無い探求へと彼を送り出すなど殆ど知る由もありませんでした。

その全ては、とても単純に起こりました。

「アリゾナ州の農業において、私達はナトリウム性の土の問題を有する事を、貴方は理解しなければなりません、」とハドソンは言います。この土はソディウムの内容量がとても豊か過ぎて、「チョコレートのアイスクリームの様に見え」、とても砕けやすく、貴方がその上を歩く時、それはガリガリ砕けます。」農業を試みようとする者に更に悪いのは、「この土には水が染み込まない事です。水は大地から、ソディウムを流し出す事が出来ません。」

A. 土のための酸性の処理と爆発的な発見

この状態の結果として、ハドソンはその土が、穀物の成長に相応しく成るためには、化学的に集中改良されなければならないと判断しました。ハドソンはとても高濃縮な硫酸 - 一般的な自動車のバッテリーの酸の40-60%の濃度に比較して93%の濃度を - 購入し、「トラックとトレイラーに山積みにして」、彼の農場まで運び、文字通り「1エーカーの土に30トン」注入しました。この時点においてハドソンは、種蒔きの準備のために土が、この種の極度で化学的な改良の対象にされた時、その土の化学的な構成要素を知る事は不可欠であると観測しました。その謎と - ハドソンの錬金術的な探求が - 始まったのは、これ(土の構成要素)を判断している間の事でした:

「これらの自然的な産物の分析を行っている中で、私達は、誰もそれが何であるか知らないと見える、物質に出くわし続けました・・・私達はその物質を化学室へと持ち込み、そして私達がそれを溶解すると、血液の様に赤い溶液を得ました。ですが私達がこの物質を、粉末化された亜鉛の還元剤を使う事によって化学的に沈澱させた時、その物質は、もしその物質が貴金属であれば、丁度そうなる様に、黒い沈殿物として出てきました。貴金属は、もし貴方が酸から化学的に取り出すと、それは酸の中で再溶解しません。」

当時、ハドソンは知りませんでしたが彼は、前の章の中で、賢者の石、または大いなる不死の妙薬の成功的な製造の不可欠な手掛かりであると私達が目撃した2つの不可欠な色 - 赤と黒、または「カラスの頭」を偶然にも発見しました。

その知られざる実質の中から、その正体不明の貴金属を沈澱させた後、ハドソンはそれを、アリゾナの砂漠の115度(f)の熱と低い5%の湿度の中で乾かしました。次に起こった事は、ハドソンを完全に驚かせました:

「何が起こったかと言うと、その物質が乾いた後に、それが爆発した事でした。私は数多くの爆発的な物質を扱いましたが、その爆発は、私が人生の中で1度も見た事の無い爆発でした。其処には爆発も爆縮もありませんでした。それはあたかも誰かが、5万個のフラッシュの電球を一斉に爆破した様で・・・プフッ!と言った様にでした。」

その物質自体の全てが「爆発」の中で消費されただけでなく、同時に
(訳者注:何らかの原因によって、英文は此処で途切れています。)

1.日光と鉛筆

このとても奇妙な結果に関心を持ちハドソンは、新しい、砥がれていない鉛筆を取り、乾いていたもう一つのサンプルの隣にそれを立たせました。再び、その物質は「爆発」しましたが、その鉛筆は倒されませんでした。「ですからこれは、爆発でも爆縮でもありませんでした。それは凄まじい光の開放の様なものでした。」ハドソンはその現象が、彼を「混乱させた」と認めます。更に加えて、彼はまた、もし彼がその物質を日光の外で乾かすと、それは爆発しないと発見しました。それは、日光の下で乾かされた時にだけ、「爆発」しました。

2.減少化、ビーズ、そして例外的なひび割れ

その様な異例の「爆発」の幾つかの後、ハドソンはその奇妙な物質が実際に何で構成されているのかを発見しよと決断しました。彼が使用する事を決めた方法は「るつぼの減少」で、それにおいて試験される物質は、鉛と共に熱せられた要素の中で混合されます。十分に熱せられた時、その鉛は溶け、そしてその鉛よりも重い金属は、その溶けた混合物の底の方に沈殿し、その間、それよりも軽いものは、上部に浮かび、注ぎ出される事が可能です。通常、これはゴールドと銀の小さな「ビーズ(塊)」をそのるつぼ(炉)の底に残します。

彼がこの行程を終えた時、ハドソンは彼の減少させられたビーズを分析のために「あらゆる商業的な研究所」に持ち込みましたが、その中には、実際に、ゴールドと銀以外は何も無いと教えられました。しかしながら、其処にはある「小さな」問題がありました:

「・・・私がそのビーズを取り、テーブルの上に置き、ハンマーでたたくと、それはガラスの様に砕けました。柔らかく無いゴールドと銀の合金は知られていません・・・ですから、もしそれがゴールドと銀の合金であるなら、柔らかく、加工しやすいはずです。貴方はそれを平らにしてパンケーキの様に出来るはずです。ですがこの物質は、ガラスの様に砕けました。私は、此処において、私達が理解していない何らかの事が起こっていると言いました。何らかの異常な事が起こっていました・・・」

この段階において、この奇妙にももろいゴールドと銀が、どうにかしてその異例的な「爆発」に関連しているのかを判断する方法は全く無い間、ハドソンは此処で4つの謎を彼の手に持ちました:彼が発見したのは以下の化学的な構成要素でした:

1.日光の下で乾燥されると「爆発」しましたが、そうでなければ、爆発せず;

2.横に立てられた鉛筆を倒しませんでしたが、その物質自体は完全に消費され、そして「爆発」した時にその鉛筆を燃やし;

3.明らかに、銀とゴールドの合金へと、通常の方法で減少させる事が出来ましたが;ですが、

4.化学的にゴールドと銀の合金であると分析する事が出来ましたが、そうであれ、ハンマーで叩かれた時に、ガラスの様に砕けました。

ハドソンは、彼の奇妙な銀-ゴールドの合金は、更なる検査が必用であると判断しました。

その小さなビーズ(塊)から、ゴールドと銀が更に分離させられた時、残ったのは、ホドソン自身の言葉を使うと、「黒い物質の塊」でした。再び、その「カラス」はその錬金術的な黒い頭を上げ、この新たな黒い残りカスが商業的な実験室で分析された時、「彼等は私にそれが鉄、シリカ、そしてアルミニウムであると伝えました。」これはハドソンを更に困惑させ:

「私はそれが鉄、シリカ、そしてアルミニウムであるはずが無いと言いました。まず最初に、それが一度完全に乾いてしまうと、貴方はそれをあらゆる酸、または塩基の中で溶解する事が出来ません。それは、煙の昇る硫酸の中でも溶けず;硫酸系の硝酸の中でも溶けず;塩酸系の濃硝酸の中でも溶けません。これは、ゴールドでさえ溶かしますが、この黒い物質を溶かす事が出来ません。」

あたかもそれが全てでは無かった様に、その分析的な実験所の技術開発者達も、ハドソンと同様に困惑させられました。「それが何であるか、私に教える事が出来る人は一人もいませんでした。」

3.コーネル研究所での出来事

この袋小路(行き止まり)に届き、ハドソンは、もし彼が、その不可思議な物質の謎を解くなら、彼はその問題に対して「幾らかのお金を使わなければならない」と判断しました。「彼自身を、貴金属の専門家と考える」コーネル大学の博士を雇うと、その科学者は、コーネル大学には、物質を10億分の1まで分析出来る機械を持っていると伝えました。残念な事に、その先進的な機械でさえも、結局ハドソンに、以前の商業的な実験室から得た情報よりも新たなものは何も見つけませんでした:その謎めいた物質は鉄、シリカ、そしてアルミニウムでしかありませんでした。

ハドソンとその科学者は諦めずに、その奇妙なビード(塊)から鉄、シリカ、そしてアルミニウムを分離させました。これが行われた時、ハドソンによると、そのサンプル(塊)の98%は、そのままでした。そしてそのサンプルは、ハドソンが言うには、『純粋な無でした。私はこう言いました、「見て下さい、私はこれを、私の手の中で持てます;私はそれ(の重さ)を測れます;私はそれと共に化学的な行いが出来ます。」私はこう言いました「それは何かです。私はそれが何かである事を知っています。それは無ではありません。』

その科学者は、その後、問題だったのはその機械で、それは構成物質の化学的な構成要素をスペクトログラフィック分析を使用して測定しますが、その奇妙な黒い物質の構成要素を分析出来なかったのは、その物質の放射スペクトルが、その機械にプログラムされた化学的な要素のいずれにも一致しなかったためだと伝えられました!ハドソンは、アメリカの学術界に完全に絶望してコーネルから戻りましたが、その物質が何で構成されているのかを見つけ出すために、更なる決意をしました。この時点において、新たな役者達がその舞台に登場しました・・・

B.スペクトログラフィック(光学のスペクトル的な)分析:ロシア人達の参入

アリゾナに戻ると、ハドソンはフェニックス地域においてスペクトログラフィックの分析の専門家を探し、最終的に、当時の西ドイツで訓練された人を見つけ、そしてその人は加えて、スペクトロスコピック分析的な機器をデザインして造りました。ハドソンは、プラチナム・グループの要素の分析的な化学と題された、科学のソヴィエト学術界によって出版された本と共に彼に接近しました。ハドソンは、「この本の中で、ソヴィエトの人達は、これ等の要素を解読するために、30秒の燃焼を行わなければなりませんでした」と着目しました。これは、基準的なスペクトログラフィックの機器のために、大々的な問題を提示しました。ハドソンは、これが提示した問題を、以下の様に説明しました:

「さて、スペクトロスコピーを一度もやった事の無い人達のために(説明すると)、それは天辺においてカップされた炭素の電極を含みます。貴方はその電極の上に粉末を置き、そしてもう一つの電極をその上にもたらし、そして貴方はアーク(電弧)を打ちます。約15秒の内に、この高い温度においてその炭素は燃え尽き、その電極は無く成り、そして貴方のサンプルも無く成ります。ですから、この国における全ての実験室が、15秒の燃焼を行い、貴方に結果を報告しています。科学のソヴィエト学術界によると、丁度、鉄の沸騰点が、これ等の要素の沸騰点である様に、水の沸騰点が、鉄の沸騰点でした。

「・・・ですから、私達は文字通り、酸素、または空気がこの室の中の炭素の電極に入らず、そして私達が15秒では無く300秒それを燃やせる様に、アルゴン・ガスがこの電極の周りに入れられる様に、その化学反応の室をデザインして、造らなければなりませんでした。科学のソヴィエト学会によると、これが私達がそのサンプルを燃焼しなければならない時間でした。」

車庫を満たした、必要とされた機器を造った後、ハドソンと、新たな科学的な助言者は、燃焼を行いました。次に何が起こったのかは、ハドソン自身の言葉で、最も上手く伝えられるでしょう:

「何であれ、私達がこの物質の最初の15秒の試験を行う時、私達は鉄、シリカ、アルミニウム、少々のカルシウム、ソディウム(ナトリウム)、多分とても少量のタイタニウム(チタニウム)の分析を多かれ少なかれ得て、そしてその後、それは、とても静かに成り、何も分析され無く成ります。20秒、25秒、30秒、35秒、40秒経っても何も起こりません。45秒、50秒、55秒、60秒、65秒経っても、もし貴方が、ガラス(の窓)を通して、其処にある炭素の電極を見ると、あるのはこの白い物質の小さなボールでした。」

着目してもらいたいのは、錬金術的な色の一連と同様に、ハドソンの黒い物質が此処で白く成ったと言う事です。

1.プラチナム・グループの金属

ハドソンに戻ると:

「70秒経った時点において、科学のソヴィエト学術界が解読出来ると述べた様に、パラディウム(パラジウム)が解読出来る様に成ります。そしてパラディウムの後に、プラチナムが解読(探知)出来る様に成ります。そしてプラチナムの後に、私が思うに、ローディウム(ロジウム)が探知出来る様に成り始めました。ローディウムの後に、ルテニウム(白金)が探知され始めました。その後、ルテニウムの後、イリディウム(イリジウム)が探知され始め、イリディウムの後にオスミウムが探知され始めました。」

しかしながら、ハドソンは直ぐに、彼の少量のサンプルの中に見つけられたプラチナム・グループについて、更に驚きの事を見つけました:

「さて、私達はローディウムが、1オンス3000ドルで売買されている事を知り・・・イリディウムが1オンス、約800ドルで売られ、そしてルテニウムが1オンス、150ドルで売られている事を見つけました。

「その時点で、貴方は、これ等の金属には価値があると言ったでしょう。それらが重要な素材(価値がある/貴金属)なのは、何故なら世界で最もよく知られた鉱脈は、南アフリカにおいての現在あるためです。この鉱脈において貴方は0.5マイル地下に行き、この物質の18インチの層を採掘しなければなりません。貴方がそれを外(地上)に持ち出す時、1トン毎に1/3オンスのこれらの貴金属を含みます。

「私達が2年半行い、何度も、何度も調べた私達の分析において、私達は全てのスペクトルの線を調べ、全ての障害の可能性を調べ、私達はこの要素の全てを調べました・・・

「私達が終了した時に、その人(ドイツの専門家)は、質量的な分析を完了する事ができ、そして彼は私にこう伝えました「デイヴ、貴方は1トン毎に8オンスのパラディウム、1トン毎に12から13オンスのプラチナム、1トン毎に150オンスのオスミウム、1トン毎に250オンスのルテニウム、1トン毎に600オンスのイリディウム、そして1トン毎に800オンスのローディウムを有します。または、世界において最もよく知られた鉱脈において1トン毎に1/3オンスしか採掘されないのに、合計で1トン毎に約2400オンス有しています。

「貴方も見識出来る様に、この研究はそれらの要素が其処にあると言う示唆では無く;それらの要素は其処に存在し、そしてそれらは大量にありました。」

ハドソンのドイツ人の助手は「とても影響を受け、彼はドイツのスペクトロスコピーの研究所に戻りました。彼は実際に、米国の南西部の、自然的な素材の中にそれらの要素が存在していると証明したと、スペクトロトロピーのジャーナルに出筆しました。」ハドソンの土地は文字通り、もしそれが世界一では無いにしても、プラチナム・グループの金属の堆積の最も豊かな場所の一つの上にありました!そしてその濃縮度は、以上に高いものでした。

2.ニュートロン(中性子)の運動の分析における異常

ですが、本当の異常は未だ解っていませんでした!その物質を通常の15秒間を超えて燃やした後、ハドソンは,正確に69秒後にその燃焼を止める判断をしました。

「私はそれを冷却させ、ポケット・ナイフを取り出し、エレクトロード(電極)の上から小さいビード(塊)を掘り起こしました。貴方がその電弧(アーク)のスイッチを切った時、それはある意味、炭素の中に吸収され、そして貴方はこの小さなビードの物質を取り出すために、その炭素の中を掘り出さなければなりません。

「ですから、私はこの小さなビードの物質を、ロンドンのハーロウ研究所へと送りました。彼等は、この貴金属についての分析を行いました。私は「貴金属は全く探知されませんでした」と言う報告を受けました。さて、これはパラディウムが離れ始めるとされる1秒前でした。ですが中核自体を分析する中性子の活発化によると、探知される貴金属は一つもありませんでした。」

言葉を変えると、ハドソンの特別なスペクトロスコピック分析機は、プラチナム・グループの異常で高度な集中の解析を与えましたが、英国の中性子活動の分析機は全く解読を与えませんでした!ハドソンは、このとても高度に矛盾的なデータの一連から、ある興味深い結論を引き出しました:「この物質は、もう一つの要素へと変格されるか、それは、私達が未だに理解していない形状においてあるものです。

これは、私達が見る様に、彼の奇妙な物質だけで無く、恐らく太古の、そして中世の錬金術師達の、その他の異常に振舞っている物質の、謎を解く鍵なのでしょう。

a. 白から赤、そしてローディウムへ

ですがハドソンの異常への冒険は、まだ終わりではありませんでした。もう一人の冶金学の専門家を通した、その奇妙な物質の正体を発見しようとする、ハドソンの最後の試みは再び失敗に終わりました。その治金学者は、その物質を彼が知っている全ての試験を通して調べた後、その物質が、「原子表(ピリオディック・テーブル)のいずれの要素でも無い、」とハドソンに伝えました。

ハドソンとその治金学者はもう一度だけ、沈殿実験を行う事を決断し、今度は塩化ローディウムを使用する事にしました。そして此処で再び錬金術的な関連性が明らかなのは、その塩化物(chloride)の溶液が既によく知られた色を産出したためです:

「私が使用した例がローディウムなのは、何故ならそれが塩化物の溶液に対して、とても特徴的な色を有するためです。それはほぼ、葡萄のジュースの様なクランベリーの色(赤紫)です。塩化物の溶液において同じ色を産出するその他の要素は一つもありません。私(i.e. ハドソン)のローディウムがその他の要素の全てから分離された時、それは塩化物の色を産出しました。その物質を分離させる最後の行程において貴方が行うのは、その酸の溶液を中性化し、その溶液から赤茶色の二酸化物(dioxide)としてそれを沈殿させる事です。

「ですから私達はそれを行いました・・・その後、私達はそれを濾過しました。私達はそれをチューブ(筒)状の炉の中で1時間、酸素の下で熱し、その後私達はそれをこの白っぽい灰色の粉へと、hydro-reduce (水素/水圧減少?)させまし:正に要素としてローディウムがあるべき色でした。それから私達は、その物質を焼く(なます/鍛える)ためにアルゴンの下で1400度まで熱し、そしてそれを雪の様な白に変えました。」

十分に奇妙な事に、言い換えると、ハドソンによる、彼の謎めいた物質に対する様々な化学的な実験とストレスは、中世の錬金術的な文献において記録された色の変化の一連と殆ど同じ種類を産出しまし:最初は濃いクランベリー色の赤で、赤っぽい茶色で、その後、「白っぽい灰色の粉」に成り、そして最後には雪の様に白い粉でした。

その名前がジョンであった、ハドソンの治金学者も同様に困惑させられました。彼はその物質を特別な炉の中で、酸素の大気(ガス)の下に入れ、それを熱し、再びそれを冷まし、不活発なガスと共にその大気(酸素のガス)を融合させ、そしてその後、それを水素の下で再び熱しました。この行程が、あらゆる酸化物の残りカスを減少させるのは、そのサンプルの中に残っているあらゆる酸素が水を造るために水素と結合し、故にそのサンプルを純粋化するためです。その行程を通してその治金学者は、その行程のそれぞれの段階においてサンプルを取り出し、小さなガラス瓶へとそれらのサンプルを入れました。その行程を終えると、その治金学者は、そのサンプルをガラス瓶に入れ、米国における最も優れたスペクトロフィー的な研究所であるパシフィック・スペクトロケムに、分析するために送りました。

その結果が届いた時に、その謎は増すばかりでした。ハドソンが明言する様に:

「最初の分析結果が返ってきました。その赤茶色の酸化物は、酸化鉄でした。次に帰ってきた物質は:シリカとアルミニウムでした。鉄分はありませんでした。」

鉄分が無い!?同じ物質から3つの化学的な結果!?これは3重性の石の現れだったのでしょうか?ハドソンが述べる様に、明らかに水素を加える唯の運動として

「その酸化鉄は、鉄である事を止め、そして此処においてシリカとアルミニウムに成りました・・・私達は丁度、その鉄をシリカとアルミニウムへと変えました。」

実に、彼等は基準的で化学的な行程によって、酸化鉄をシリカとアルミニウムへと変えましたが、それらの行程は確かにその様な結果が起こるとは予想できませんでした。ハドソンはこう続けます:

「雪の様に白い、焼き戻されたサンプルは、カルシウムとシリカとして分析されました。アルミニウムは何処に行ってしまったのでしょう?ジョンはこう言いました、「デイヴ、私の人生は、貴方に出会うまで、とてもシンプルでした。」彼はこう言いました、「これは絶対的に意味不明です。」彼はこう言いました、「貴方が実験している物は、物理学の本を書き直す原因に成り、化学の本を書き直す元に成り、全く新しい理解へと成るでしょう。」

その治金学者はハドソンに、彼の請求書を渡し - その額は驚くなかれ、130,000ドルでしたが - ハドソンはそれを支払いました。その治金学者、ジョンが、更なる何かをハドソンに伝えたのは、その後でした・・・

b. アリゾナの砂漠の中のプラチナム

ハドソンの治金学者は、彼がハドソンの土地の異例な土を、少なくとも50種の異なった方法で検査した事を彼に伝え、その結果が凄まじい驚き以外の何ものでも無かったのは、その治金学者が彼に、彼の土地がプラチナム・グループの貴金属の高度に異例的な集中を含んでいたためだと伝えたためでした:

「貴方が有するのは、」(彼はハドソンに伝えました)、「1トン毎の4から6オンスのパラディウム、1トン毎の12から14オンスのプラチナム、1トン毎の150オンスのオスミウム、1トン毎の250オンスのルテニウム、1トン毎の600オンスのイリディウムで・・・」スペクトロスコピーの専門家が其処に存在すると私に伝えた正に同じ数値でした。」

それらの集中(濃度)はとても異常過ぎて、その治金学者はハドソンが、そのサンプルが出てきたエリアに彼を連れて行き、彼自身のサンプルを取る許可を要求し、それを彼は行いました。これらのサンプルが分析された時、それらは再び、プラチナム・グループの貴金属の、同じ異常に高い集中の結果を出しました。

1983年から1989年までこの問題を研究し、ハドソンは「1人の化学博士、3人の熟練した化学者達、(そして)2人の技術者達」を全て完全雇用で雇いました。ハドソンと彼の同僚達はこの期間の間に、「ジョンソン、マヒュー、そしてインゲルハードット社から、金属として三塩化ロディウム(rhodium tri-chloride)を購入する方法を学び、それが文字通り赤い溶液で、ロディウムが全く探知され無く成るまで、金属-金属間の結びつきの全てを壊す方法を私達は学びました。そしてそれは、ジョンソン、マヒュー、そしてインゲルハードット社からの、純粋なロディウム以外の何ものでもありませんでした。」

ですがハドソンに、彼の近代的な錬金術の探求を開始させたのは、これ等の要素の純粋な形状では無く、それは彼の農地の土と鉱物でした。そしてこれにおいても錬金術的な平行線があるのは、全てのオカルト(隠されたもの)と錬金術的な問題の秘儀主義者で学者の A. E. ウェイトが錬金術師達をこう観測したためです:

「錬金術師達は常に、金属の溶解を、この技術の主要な鍵であると説明し、それに関する方向において特定の説明をしましたが、唯、鉱物、または実際の金属が選択されるべきかの題材については、彼等の読者達が暗闇(解らない様)に保たれる様にし:否、彼等がその目的について最も語る時、彼等は、彼等がその技術に相応しく無いと考える者達を混乱させるために、彼等は意図的に鉱物では無く金属を記述しました。

偶然にもハドソンは、彼よりも1世紀以上前の人の、錬金術的な主張を確認しました!

C. ジェネラル・エレクトリック社(ロックフェラー)が、その爆発を見る:新たなエネルギーの科学技術?

この期間の間、ハドソンは、彼に取って個人的な探求と成ったものの本質を永遠に変化させる何かを学び、そして彼が発見した現象の重要性を彼に植え付けました;アメリカの防衛のコントラクター(契約者)であるジェネラル・エレクトリックが、「ロディウムとイリディウムを使用した燃料電池(核融合)を造っている」事を彼は学びました。ハドソンは、マサチューセッツ・センターの、彼等のウォルタムにおいて、この研究を行っているジェネラル・エレクトリックの化学者達と会う機会を予約しました。

ジェネラル・エレクトリック(GE)の研究者達が、同じ異例的な「爆発」を経験した事を学び、ハドソンは驚かされました。ハドソンは技術者達の分析のために、彼自身の謎めいたロディウムの幾らかを送る約束をし、そしてそれが彼等の核融合の機械で分析出来るかを確かめました。そうする間、GE は、その核融合の科学技術をユナイテッド・テクノロジー社に売却しました。その結果として、GE の核融合の科学技術者達は、彼等自身の会社を設立して、そしてハドソンの謎めいたロディウムの実験と分析を実際に行ったのは、この会社でした。

再び、その物質/素材は、全ての基準的な分析と特徴に反する様でした:

「私達の素材が彼等に送られた時、そのロディウムは、受け取られたままで分析され、その中にロディウムを一切含まないと分析されました。ですが彼等が、彼等の燃料融合(fuel cell)の科学技術における炭素の上に置き(mounted)、数週間その燃料融合を行った時、それは機能し、それはロディウムだけが行える事を行いました・・・

「3週間後、彼等はその燃料融合のスイッチを切り、彼等は電極を取り出し、そしてそれらを、元々のサンプルにはロディウムが存在しないと言った、同じ場所に送り返し、そして其処で、そのロディウムには、8%を超えるロディウムが存在していました・・・

「ですから、(元) GE の人達はこう言いました『デイヴ、もし貴方がこれを見つけた最初の人なら、もし貴方がこの形状においてこれをどの様に造るかを説明する最初の人なら、もし貴方が、それが存在する事を世界に伝える最初の人なら、貴方はこれについて特許を取れます・・・』彼等はそれから、私がそれを毎日使っていたとしても、誰かがそれを発見し、特許を取ってしまうと、彼等は、私がそれを使用する事を止めさせる(禁止させる)ことが出来ると伝えました。」

そして故に生まれたのは、ORME、または「モナトミック(単一原子)」要素と呼ばれるハドソンの特許で、彼が ORME ゴールド、ORME パラディウム、ORME イリディウム、ORME ルテニウム、そして ORME オスミウムとハドソンが明記した特許でした。ORME と言う用語は、「Orbitally Rearranged Monatomic Elements (軌道的に再編成された単一原子的な要素)」の短縮語です。この異例的な題名の理由と意味は次の章の中で検証されるでしょう。現時点においては、もう一つの高度に壮大な、その奇妙な素材と共に探求されるべき異例があり、それらの全てにおける最も重要な異常でした!

D. 驚きの質量の異常

ハドソンが、彼の奇妙な物質が示した異常の全ての中で最も重要なこの新たな異常に気が付いたのは、彼の奇妙な素材のための特許の申請書を書いている間でした。

彼が特許の申請書を書いた後、ハドソンは、その特許を申請する前に、その実質について更なるデータを送って欲しと、特許の事務局によって連絡されました。その実質が、その白い粉末の状態へと減少させられた時、それが大気へともたらされると - 20-30%の - 異常な重量の増加があると、ハドソンは気付きました。大気中におけるこの種の素材のための重さの増加は普通である間、それらはサンプルの元々の重さの1/5から1/3倍ではありません!どうであれ、ハドソンは、その異常な増加のために、特許の事務局に何らかの説明を提供しなくてはなりませんでした。

thermo(熱)- gravimetric(重力メートル的)分析機と呼ばれる機械を使う決定をして、ハドソンは試験を始めました。その機械は、酸化、hydro-reduction (水素減少?)、なます(焼き戻し)を許す、正確に操作された大気におけるサンプルの完全な操作を許し、その全ての間、正確な量においてサンプルが熱せられ、冷却される事を許し、そしてそれが対象にされている行程が何であれ、全てを通して重さを測りました。

次に起こった事は驚きで、そしてハドソン自身の言葉で描写するのが最善でしょう:

「私達はある時点において、その素材を毎分2度熱し、毎分2度冷却しました。私達が見つけたのは、その素材を酸化させると、それは102%の重さに成り、hydro-reduce させると103%の重さに成る事でした。其処までは順調です。何も問題はありません。ですがそれが雪の様に白く成ると、その重さは56%に成りました。此処においてそれは不可能です。

「ですからそれを焼き戻し(なます)して、それが白く成ると、それは元々の重さの56%の重さしかありませんでした。もしそれをシリカ試験のボートに乗せて測ると、それは56%の重さしかありません。もしそれがガラスへと融合する地点まで熱せられ、それが黒く成ると、全ての重さが戻ります。ですからその物質は揮発されてしまったのではありません。それはまだ其処にありましたが;唯それは重さを測ることが出来ませんでした。誰もがこれはおかしいと言い出し、それは不可能だと言ったのはこの時でした。

「私達がそれをヘリウム、またはアルゴンの中で熱して、冷やして、熱して、冷やして、熱して、冷やした時、それは元々の重さの300から400%の重さに成り、そして私達がそれを再加熱した時、それは実際に無よりも低い重さに成りました。それがパン(秤の皿)の中にない時、そのパンは、それ(その素材)がパンの中にある時よりも重く成りました。

言葉を変えると、ハドソンの奇妙な物質は、分析の通常のテクニックに当てはまらない、高度に異常で化学的な振る舞いを示し、それは此処において高度に異常な質量的な性質もまた示し、サンプルが入れられたパンの様に、その物質に接触したその他の物質が、それらの質量の%を失う原因に成る事が出来る様でした!そして注目すべきは、再び、その物質が示した様々な性質は - 正に中世と太古の錬金術師達が常に強調した様に - 物質のによって象徴される様で、黒く成ると質量が増え、細かく白い粉に成ると異常な質量の消失が起こりました!

ハドソンが未だ、錬金術への関連性に気付いていなかった間、彼はどうであれ、真剣に成る決断をし、実際に何が起こっているのか、彼が、彼の手の中に持っている「ゴールド」の宝箱が実際にどんなものであるのかを見つける決心をしました。ですがこの新たな逸話は、それ自体のもう一つの章が必要です。



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プラズマの放電

傷のついた戦士、火星
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「・・・この火星の独特の特徴への言及は、既に第2章において成され、そして神話、更に占星学的な逸話において、火星が「傷つけられた戦士」の太古の神話的な典型である、地学的な条件を満たし - バビロニアとギリシャにおける彼の別名、ネルガル、エアリー(牡羊座)、ヘラクレス(ギリシャ神話)は - 確かに戦士である事実が言及されました。傷のついた戦士です。

「前述された全ての章の後、私達がこの検証において以前に言及した、太古のシュメールの神話、ルガル-エから、この切り傷への、とても奇妙な協力証言の可能性があるのは、私達をもう、驚かせさせ無いでしょう。

ルガル-エについて、以前に述べられた事をまとめると、それはニヌルタに対するアザグの反乱を記述し、そしてその後の、ニヌルタによる「石の目録/在庫管理」を記述します。しかしながら、私達は此処で、その他の特徴に注目を寄せます。その神話の中で、アザグは、「恐れの無い戦士」として言及され、その称号は、私達が見た様に、火星との暗示的な関連性を持ちます。ですが最も奇妙なのは、ルガル-エが、アザグを人では無く、以下の文章が示唆する様に、計り知れない力の物体で、ものと同一視する事です:

「『アザグは、その戦いの最前線において攻撃するために、立ち上がりました。
その空は、その腰のための兵器として引き下ろされ、手の中にそれを入れ、
それは地上へと、蛇の頭の様な打撃を与え
・・・それは激怒して雄叫びを上げ
それは無敵の蛇の様に、人々の中からシュッシュと音を出し
それは高地において水を一掃させ、タマリスク(シオスギ)を流し去り、
地上の体に傷をつけました。
痛み深い傷を造りました

・・・
そして今日までその場所には、黒い燃え殻があります。

「もし人が、「the earth's body(土/地上/地球の体)」につけられた傷についての明言を、この特定の惑星(i.e.地球)への言及では無く、むしろ単純に、人の足の下の大地への、全体的で惑星的な枠組みへの言及として理解するなら、するとこの文章における、アザグのニヌルタに対する戦争の描写は、ホーグランドやその他によって検証された、火星の特徴にとても上手く当てはまります。

「例えば、アザグが兵器として「その空を引き下ろした」と言う明言に加えて、それは、その「腰」のために意図され、「手の中に入れる」事が出来ると言う、その後に続く文章は、剣を示唆します。アザグの兵器は、第2章において論議された、ゼウスの神聖な稲妻、そしてニヌルタの神聖なの一種の様に現れます。それは正に、アンソニー・ペラットのプラズマのディスチャージ(解放/放電)の様に聞こえます。故に、それが造った、「その場所に黒い燃え殻が今日まである」切り傷は、惑星規模の割れた傷への言及で、「雷」によって造られた傷で、その焼き払う効果は、未だに目に見えます。マリネリス峡谷は、火星である「戦士の傷」に完璧に相応しく、それは雷、またはプラズマのディスチャージによって原因され、今でも目に見えます。ディスチャージのこの種は、加えて、「空を引き下ろす」と解釈される事が簡単にでき、そして蛇(i.e. 龍)の様にクネクネした雷の稲妻として「地上へと」撃たれた剣として理解出来ます。

ルガル-エの少なくともある一部の惑星的なコンテキスト(文脈)は、地球よりもむしろ、火星上の出来事に、上手く当てはまる様に現れます・・・」
http://songcatcher.blog.fc2.com/blog-entry-556.html

Episode 2 Symbols of an Alien Sky: The Lightning Scarred Planet, Mars (Full Documentary)
第二話 異様な空の象徴達: 雷に傷をつけられた惑星、火星


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ハプログループ X

ハプログループ X
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97X_%28mtDNA%29

ハプログループ X (mtDNA)(ハプログループ X (ミトコンドリア DNA)、英: Haplogroup X (mtDNA))とは、分子人類学で用いられる、人類のミトコンドリア DNA ハプログループ(型集団)の分類のうち、「N」を祖先に持ち73, 7028, 11719, 12705, 14766, 16189, 16223, 16278の変異で定義されるグループである。

1 Haplogroup X


ハプログループ X はヨーロッパ人、中東人およびアメリカ先住民で観察され、とくにアルゴンキン語族話者に多く見られるが、その分布は謎に満ちている。アメリカ大陸では北米大陸のみに観察され、東部ほど高頻度であることから、ヨーロッパからの直接移住があったのではないかという説がある。これに関連してソレトリュー仮説が存在するが、立証されていない。もっともアルタイ地域においてハプログループ X がわずかに観察されるため、シベリア経由でアメリカ大陸にやってきたという説も存在するが、アルタイ地域のタイプはヨーロッパに分布するタイプの下位分岐であり、5000年前にヨーロッパ・中東方面からもたらされたという(シベリアからアメリカへ人類が移住したのは10000年以上前であるから、それよりもずっと後のことである。)。アメリカ大陸に分布するのは X2a という下位系統で、アメリカ固有のものである。分岐年代は不明であるが、アルゴンキン語族の拡散と関連して、過去のある時期(コロンブスがアメリカ大陸に到達する1492年よりもっと前)においてヨーロッパからアメリカ大陸への直接移住が存在した可能性も否定できない・・・

・・・トール・ヘイエルダールは「アステカ文明はエジプト文明と類似しており、エジプトからの移民が作った文明ではないか」と考えた。本説は一般に支持されていないが、ミトコンドリア DNA ハプログループ X の下位系統の分布は、北アメリカ型の X2a の姉妹型が北アフリカの X2j であり、Y 染色体ハプログループ R1 の分布と併せて考えれば、エジプト・ヨーロッパから有史以前(大航海時代よりさらに前)に移住があったとする彼の説はあながち間違えでない可能性もある。

DNA
http://www.atlantisinsights.net/DNA.htm

「・・・科学者達は、ハプログループ X は、ヨーロッパが起源であろうと言います。彼等は、アトランティスが今日存在しないので、それが元々の場所であるとは、否定的な傾向にあります。ハプログループ X の遺伝子を持つ人達が、アトランティスを中心地点として、その幾らかが西のアメリカ大陸に行き、そしてその他がヨーロッパに渡ったと考えるのは可能です。これは、南西ヨーロッパのソルトリアン文化の人々と、北米大陸のクロヴィス文化の人々の間の道具と習慣の驚きの類似性を説明します・・・」

太古のバスク人
http://www.bibliotecapleyades.net/ciencia/ciencia_genetica12.htm

「その驚きの結果において、太古のグループ(紀元前3,000-1,400年のサンプル)の中で予測されたハプログループ V を持つ個人は一人もいませんでした。

最も頻繁に見つけられたハプログループは H (37.2%)でした。この種(H)は現代のヨーロッパの人口の全ての中で、最も共通的なミトコンドリア遺伝子です。加えて、太古のバスク人のミトコンドリア遺伝子の9.1%は、ハプログループ X でした・・・」
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賢者の石: 第二章

賢者の石: 第二章

破壊する事の出来ない石

錬金術の根強さと賢者の石の力


「それを破壊出来る火、またはその他の要素はありません。それがまた石では無いのは、流動的で、溶解され、溶かされる事が出来るためです。」
- ルーランド


A. 錬金術的な成功の話し

錬金術の根強い謎は、正にその根強さです。つまり、もし、賢者の石の凄まじい力の所有が錬金術の目的だったのなら、何故、もし、その実行の年月が数千年では無いにしても、何世紀にも渡って、それを実際に行った人が誰もいないと、誰も気づかなかったのでしょう?人はどの様にして、恐らく数世紀に渡って蓄積された失敗の山を目の前にして、その実行の根強さを説明出来るのでしょう?古代と中世の人達は、現代人に比べて理性的では無かったわけでは無く、繰り返された失敗は、最終的に理性的な人達が、その行いの全体が無駄であると、見放す事に繋がったでしょう。人はどの様にして、賢者の石を製造するためのその探求の、途方も無く、そして無駄な可能性の高さを目の前にしているにも拘らず、何世紀にも渡る錬金術の根強さを説明出来るのでしょう?

その行いの全体が、実際の場合よりも、もっと早く見捨てられるべきであったのではないでしょうか?この根強さへの説明の一つの可能性は、勿論、それが成される事は出来ないと言う、恐らく大量のデータにも拘らず、その石自体の究極の力は、それを求め続けるのに十分な動機であったと言う事です。

ですがもう一つの可能性があり、それを前にして人は、「超自然的」なもの全てに関する私達の内在的な現代の懐疑主義と共に、躊躇します。その可能性は、場合によって、その理由がどうであれ、彼等が実際に行ったと言う、幾つかの成功例があったと言う事です。実際に、もし人がその様な記録をまともに受け入れるなら、それは歴史的な記録の中に実際に主張された事です。ホルムヤードが彼の著書に引用した数多くの例の内の幾つかだけを此処に再現してみましょう。

1. スエーデンの将軍

ある興味深い話しが、その北欧の王国がその力の絶頂期にあった、18世紀から由来します。1705年に、スエーデンの将軍、ペイクフルは

「国家反逆罪で有罪にされ、死刑宣告を受けました。この処罰を避ける試みにおいて、彼は王チャールズ12世に、彼がそれ(ゴールド)を錬金術的に造れると言い、年間、百万クロウンのゴールドを提供すると言い;彼はその秘密をルビンスキーと言う名前のポーランド人の士官から受け取ったと主張し、その彼(ルビンスキー)自信もそれをコリント(ギリシャ)の神官から会得したと主張しました。チャールズはその申し入れを受け入れ、そして初段階のテストが、独立的な監視者として、王立砲兵隊の、英国の士官、ハミルトン将軍の監督の下で行われました。全ての素材は、詐欺の可能性を避けるために、慎重な取り扱いと共に準備され、その後、ペイクフルは彼の不死の妙薬と少々の鉛を加え、そして147個のデュカット金貨へと貨幣化された、大量のゴールドに結果しました。同時に造られたメダルは(通常通り、ラテン語で):「O. A. ヴォン・ペイクフルが、1706年に、ストックホルムにおいて、化学的な技術によって、このゴールドを鋳造したと印されました。」

人が何らかの錬金術的な行程が成功的であったと想像するには難しさがあります。ですが同等に、あらゆる王、特に王チャールズ12世と、英国の砲兵隊の将軍が、特にその詐欺師の命がかかっている時に、そしてチャールズ12世が大金を得る可能性がある時に、詐欺師に騙されたと人が想像するにも難しさがあります。そのスエーデンの王室の従者達と大臣達が、文字通り、ヴォン・ペイクフル将軍の全ての動きを監視したはずであるためです。

2.地方のフランス人の男

もう一つの興味深い話しがホルムヤードによって記述され、今度はフランスの地方からで、そして再び、18世紀の初頭からです。今回の場合

「デリスルと言う名前の無知な地方の田舎者が、明らかな良い理由と共に、彼は鉄と鋼鉄を、ゴールドへと変格出来ると主張する事でセンセーションを起こしました。そのニュースはセネツの司教の耳に届き、彼は、デリスルの実験を目撃した後、パリの国務大臣と財務大臣に手紙を書き、彼は、彼の感覚(視覚)の証拠を否定する事が出来なかったと伝えました。1710年に、デリスルはリオンへと召集され、其処で、リオンの造幣局の監督の目の前で、彼は、何らかの知られていない黄色の液体を蒸留する、大袈裟なショーを見せました。それから彼は、その液体の2滴を、硝石とミョウバンに混ぜられた3オンスの拳銃の弾丸に垂らし、そしてその溶けた液体を鉄の鎧の一部にかけると、それは純粋なゴールドの様に現れ、全ての検査を通りました。そうして得られたゴールドは、その造幣局の監督によって、Aurum arte Factum (技術によって造られたゴールド)と記されたメダルへと造られ、そしてそれらはベルサイユの博物館に納められました。デリスルのその後の人生について、歴史が語るものは何もありません。」

再び私達は、王立政府、今度の場合、フランスとの関連で、そしてその財務省と王立造幣局との関連です。そして再び、その主張された成功に対して理性は私達を躊躇させるために一息置かせます。ですが同様に、理性はまた人に、リオンの造幣局の監督の厳しい目の前で、詐欺が行われた可能性は、少々低いと考えさせられ、特にその産出されたゴールドが「全ての検査」の対象であったためです。デリスルの成功は、彼のその後の失踪の理由だったのでしょうか?または、ベルサイユの宮殿はその後、騙されたと判断し、デリスルをバスティル(刑務所)のはらわたの中へと、デリスルを「失踪」させたのでしょうか?私達は決して知る事は出来ないでしょう。

3.ハプスブルグの皇帝、ファーディナンド三世とレオポルド一世

錬金術的な実施の、王族、または帝国的な支援の最もよく知られた例の一つは、神聖ローマのハプスブルグ(王朝)の皇帝、ファーディナンド三世で、それについて少なくとも4つの例が知られています。その最初は1647年の出来事で J. P. ホフマンと言う名前の錬金術的な熟練者が、ニューレンブルグの街において、ファーディナンド自身の目の前で、変格を成功的に行ったと主張された時でした。

「このヘルメス的なゴールドから、その皇帝は、珍しい美しさのメダルを造らせました。それはその表面に2つの楯を印し、その一つは8つの Fleursde-lys (アイリスの様式化された表現からなる模様)で、反対側は王冠を被ったライオンでした。そのラテン語の表記は、「黄色のユリは、雪の様に白いライオンと共にふせ:故にそのライオンはなつけられ;故に黄色いユリは繁栄し;そしてその金属はホフマンによって造られた」と記しました。更なる表記は Tincturae Guttae V Libram と読め、不死の妙薬の色合いの5滴が、1パウンドの卑金属を変格させた事を意味します。反対側の表面には、中央の円の中にマース(火星神)が描かれ、片手に?解読不能/恐らく雷の象徴?を持ち、もう片方には剣を持っています。この中央の輪の周りには6つの小さな輪があり、金、銀、銅、鉛、錫、そして水銀のサインを含み、この場合の変格における運動的な媒体は鉄から造られたと、その表記は主張しています。」

これがマース(火星神)への錬金術的な関連性に私達が出くわす唯一の例では無い間、着目する事が大事なのは再び、賢者の石が実際のと言うよりも、それは不死の妙薬、または色合いで、液体である事です。

その翌年、ファーディナンドは再びそれを行い、今度、それに関連していたのは

「Richthausen と言うある人物で、彼はその秘密の技術を、既に故人ではあるけれど、皇帝と、金鉱の監督者であるヴォン・ルッツ伯爵の前で変格を行った熟練者から会得したと主張しました。詐欺に対する全ての警戒が取られましたが、Richthausen によって供給されたの一つまみが、2.5パウンド(約1キロ強)の水銀をゴールドに変えました。」

再び、皇帝ファーディナンドは、「300デュカット」の価値と共にメダル(金貨)を造らせ、そしてそのラテン語の表記は、「1648年1月15日に、プラハにおいて、皇帝陛下ファーディナンド三世の目前において、神聖な変格が行われた」と明言しました。

その謎めいた Richthausen は、1650年に再び浮上し、その年においてファーディナンドは、その熟練者の粉の幾らかを用いて、彼自身の変格を明らかに行った様に現れるためで、そして再び、鉛が成功的にゴールドへと変えられた事を示唆するメダルを造らせたためです。1658年に、Richthausen がメインツの市長に幾つかの石を与え、水銀のゴールドへの変格が起こり、更なる成功的な変格が起こった事に続き、その皇帝は「公式」な資金援助者に成りました。感謝/報酬として、ファーディナンドは Richthausen に貴族の位を与えました。

そしてハプスブルグ家の関心はファーディナンドと共に終わったわけではありませんでした。ファーディナンドの息子、レオポルド一世は、1675年においてウィーンで、オーガスト派の修道僧によって訪問され、其処で、再び、「銅製の入れ物」が、幾らかの錫と共にゴールドへと変格されました。その機会の記念として、ゴールドのデュカット(金貨)が錫から造られました。その修道僧、ウェンゼル・セイラーが、粉と共にその行程全体を達成したのが解るのは、それらのコインの表面に、少々の詩があるためで:

Aus Wenzel Seyler’s Pulvers Macht
Bin ich von Zinn zu Gold Gemacht


つまり、「ウェンゼルの粉の力で、私は錫からゴールドへと変えられました。」です。

強力なヴォン・ハプスブルグ王朝の錬金術への支援と感心を超えて、それらの説明において何が興味深いかと言うと、その石が其処で、今は親しみのある2つの姿で現れるためで:液体として、です。後に見られる様に、その素材が実際に何であったのかの重要な手掛かりがあります。また、私達の感心を引くのは、ファーディナンドの熟練者、(Von)Richthausen が、その変格を行うことが出来たかの、明らかな頻度です。唯の一度だけでは無く、少なくとも4度で、その内の1度においては、その皇帝自身が、その実験を行いました。再び、人は、とても重大な問題の2本の角に出くわします:1)その皇帝が信じられない程馬鹿で、そして簡単に騙されたと言うのは、とてもありえない可能性で、何故なら、再び、Richthausen の行動は、その帝国の宮廷(の従者達)によって、慎重に観測され、監視されていたはずであるためで、または2)それら(変格)が実際に起こり、それはそれで、明らかな理由のために、問題的だからです。

B.特定の文献の錬金術的な解読

錬金術的な成功の上述された話全体を通して、私達が再び錬金術の「二重」の本質と、その不明瞭な主張と言語のもう一つの要素に出くわすのは、殆ど何処を取っても - 詐欺、または実際の変格であれ - 2つの可能な説明が、それら自体を現せさせ、そのそれぞれが非理論性と理論性のそれ自体の一式(セット)を有しているためです。私達がそれらの説明を2つの方法において読めるだけでなく、錬金術師達自身もそうする事が出来ました。実際に、彼等は変格に関する殆どあらゆる文献を、錬金術的な方法で読む事が出来ました。

1.オーヴィッドの変質

私達は既に、私達の錬金術的な調査において、数々の聖書的な隠喩と言及に繰り返し出くわしました。ですがそれらは、錬金術師達が彼等の技術のための隠喩を発見する事の出来る文献の唯一の種類ではありませんでした。

有名なケースは古典的なローマの詩人、オーヴィッドと、彼の著名なエピックの詩変質です。私達が以前に出会った14世紀の錬金術師、ペトルス・ボーヌスは、「オーヴィッドの変質が秘儀的に賢者の石を扱い、そしてその他多くの太古の詩と神話は、隠された錬金術的な意味を持っていたと主張しました。」言葉を変えると、錬金術師達自身が、特定の種の太古の文献が、隠され、そしてコード化(暗号化)された物理学を含み、錬金術自体の隠され暗号化された物理学は、故に、失われた科学技術と科学を復活させる試みであったと言う事です。

2.9人の哲学者達、The Enneads 、神々の委員会、そしてエジプトのネテル

太古の文献とモチーフの錬金術的な解読の更にもっと複雑な例が、アクヒムの街、言い換えるとエジプトのパノポリスにおいて、ムスリムの錬金術師、ウトマン・イブン・スワイドによって編集された、哲学者達の物議と会議の書として知られる10世紀のムスリムの錬金術的な文献の中に起こります。この本のラテン語のヴァージョンの中で、

「9人の哲学者達がその事前の議論に参加し、それらの名前は、Iximidrus, Exumdrus, Anaxagoras, Pandulfus, Arisleus, Lucas, Locustor, Pitagoras, そして Eximenus でした。‘Anaxagoras’ と ‘Pitagoras’が示唆する様に見えるのは、残りの7つの名前がギリシャ語の名前の誤訳で、そしてアラブ語の文字にそれらを戻す事によってプレスナーはそのリストが、アナクシマンダー、アナクシメネス、アナクサゴラス、エンピドクレス、アーケラウス、リューシップス、エクパントス、ピタゴラス、そしてゼノファネスと読まれるべきであると実証し - 故に古くからの謎を解きました。

「それらの9人の哲学者達は全てソクラテス以前で、(その本の中の)彼等のスピーチは、古典的な源泉から、彼等が信じていたと知られる理論の述べていたと、プレスナーは実証しました。」

ですが何故、9人の哲学者達だったのでしょう?

その文献自体の明らかなエジプト的出自は置いといて、考えられるべきより深いエジプト的な秘儀との関連性があるのは、多くによってその学派の実際の創立者として考えられた、有名な新プラトン主義の哲学者、プロティヌスが、彼のよく知られた哲学的な条項、The Enneads 、または正に文字通り、「ザ・ナイン/9」の中で、根底にある分別化/分極化されていない媒体、またはその一つ(το εν)の「単純(απλως)」な媒体と全て(το παν)からの創造の展開している分別化/分極化の彼のヴァージョンを記述したためです。そしてこれは順を追って、多くの解釈者達によると、太古の9つの創始的なエジプトのネテル達、または神々の「一般大衆への人気の広まり」でしか無く、エジプトの宇宙学において、創始的な分裂における創始的な物質の分別化/分極化の最初の運動から展開した、最初の9つの分別化/分極化された存在です。実際の点において、最初の9つのエジプトのネテル達、そして実際にエジプトの宇宙学におけるネテルの概念の全体は、「神々」としての用語の単なる翻訳よりもむしろもっと深く拘わりがあり、有名な「オルタナティヴなエジプト学者」レネー・シュワラー・デ・ルービッツが指摘した様に、その用語は実際に、原因と効果の本質の、正確な科学を示唆します:

原因と効果(結果)の間には結びつきが存在し、そしてその結びつきはネテルと呼ばれます。信仰者の懇願/祈りを通して運動へと刺激しようと信仰者が望むのはこのネテルです。更に、このネテルは、賢者によって意識的に呼び出されたエネルギー的で、ハーモニック(音響/調和)的な運動として体現されます。この意識的な呼び出しは、必然的に、呼び出されたネテルと同じ本質のジェスチャー(仕草)、または言葉でなければならず、そしてその事実によってその呼び出しは、魔術的な効果の原因に成ります。」

「エネルギー的で、ハーモニック的(i.e. 振動的)な運動」としての、原因と効果の正確な科学のこのアイデアを頭に入れておかなければならないのは、この章において更に続く私達の錬金術的な説明において大きな重要性に成るだけでなく、第2部における近代のロシアの「錬金術的」な研究の私達の検証の中で重要に成るためです。

何であれ、錬金術的な行いの全体が、太古のエジプトの宇宙学的な見解に、徹底的に融合しているのは今、明らかで、その見解は同調的な魔術の彼等の理解において機能的で、そしてそれは、マテリア・プリマを操作する能力の科学を復活させるための、錬金術の、より複雑化した「科学的」、そして「科学技術的」な試みを台頭させました。

3.旧約聖書における黄金の子牛の逸話の錬金術的な解釈

しかし、順を追ってエジプトとの関連性を持った、更なる錬金術的な関連性と、太古の文献の解釈があり、そしてそれは、勿論、旧約聖書の出エジプト記の黄金の子牛の出来事です。私は、始めに、私の著書ギザの死の星は破壊されたの中でこの関連性を述べましたが、此処において私が言った事を思い出すのは妥当です:

「例えば、「純粋化」されたと言う、聖書的な言及は多数あり、神に対する「錬金術者の炎」の純粋化の運動・・・鉛からゴールドへの錬金術的な「変格」、「賢者の石」はまた、魂の純粋化の行程として理解されました。故に、聖書におけるその様な言及は、頻繁に、錬金術における明らかな秘儀的な意味を持っていました。ですが、この変格の、変格自体の科学技術自体の、物質的な要素が、元々存在していたと言う証拠は一体あるのでしょうか?

「(サー・ローレンス・ガードナー)にとって、その答えは間違いない、「イエス」で、そして彼は出エジプト記の書を、彼の証拠として指摘します。その逸話は、私達の殆どにとって親しみがあります。シナイ(半島)において、モーゼス(アケナーテン)が山の上で、神(ヤーウェイ)と対話している間、アーロンはイスラエライト族の黄金を溶かし、そして「黄金の子牛」と言う偶像を造りました。その山から帰ってくると、モーゼスは、この偶像的な行いに対して怒り、そしてその後、ガーデナーによると、「最も異例な変格」を行いました。

「出エジプト記の32:20はこう説明します:「そして、彼らが造った若い雄牛の像を取って火で焼き、それを粉々に砕いて水の上にまき散らし、イスラエルの人々に飲ませた

「実際にこれは、その後者がどの様にしてその話の意味を託されたかではあるけれど、これは処罰と言うよりも儀式の様に聞こえます。アーロンは、偶像を造るために事前に火の中でゴールドを溶かしましたが、モーゼスが行った事が明らかに異なるのは、何故なら、ゴールドに火を加える事は、粉では無く、溶けたゴールドを産出したためです。

「ギリシャ正教の旧約聖書のセプタージェント版において、モーゼスは「火と共にそのゴールドを消費した」と言われます。これが示唆するのは、熱する事や溶かす事より、更に分裂的な行程です。オックスフォード英語辞典は、「消費する事」を、[無、または小さな分子まで減少させる事」と定義します。ですから、火の使用を通して、ゴールドを粉へと減少出来るこの行程は何なのでしょう?言い換えると、ゴールドが実際に、燃えて、微粒子まで減少させられるために、ゴールドの溶解点を超えて、極度な熱が応用されなければならないと言う事です。」

明らかに、ガードナーが正解で、モーゼスのと消費可能(燃焼可能)な液体へのゴールドの子牛の溶解には、基準的で聖書的なコメント、または通常の説教よりも、目に見えて更に含まれている事があり、ゴールドを特定の物へと減少させるには、何らかの科学技術によって得られた極度な加熱を少なくとも必要とするのは言うまでもありません。この点については、以下に更に述べられますが、極度な熱は正に錬金術師達の没頭でした。

ガードナーによると、モーゼスの一般的な化学と題された紀元3世紀の錬金術的な文献は、それらの技術を「モーゼス-ヘルメス的な技術」と言及する、中世的な錬金術の実施の実際の起源で、モーゼス自身が、中世の錬金術的な文献によって錬金術師として考えられました。

最後に、賢者の石の粉末化された形状への奇妙な言及が、「どの様にゴールドの『原子』を造り準備するのか」と題された、中世の錬金術師、グラウバーの短い文献の中で起こり、その中で言及された『原子』は、「最も繊細で微妙で」、医療的な使用が可能であると言われました。グラウバーが「そのものの秘密全体」と呼ぶ事を躊躇しないこの繊細な(細かい)粉はまた、透明なルビーの色でした。この細かい粉を頭に入れておいてもらいたいのは、それが次の章において重要な役割を果たすためです。

ですが、もう一つの錬金術的な文献は、「ルビーの様な赤く、透明性のガラス」、そして「金属灰(calx)」、またはゴールドの粉の産出は、「私達の技術の行いにおける成功にとって、とても不可欠です」と述べます。

C.石、粉、不死の妙薬、そして色の一連

今までの処、私達は賢者の石が、3重の物質的な本質であると言う言及に出会いました;それは以下のものとして存在します

1)石、またはミネラル(鉱物)、もしくは何らかの金属;
2)色合い、不死の妙薬、または何らかの液体;そして、
3)粉、または何らかの微粒子的な物質。

加えて、以前の聖書的な言及は、以下を示唆します

4)その製造において、高い熱が拘わっていて;
5)何らかの色の一連 - 白から赤が - 成功的な実験のシグナルでした。

更に重要な事に、以下が表せられました

6)関係したその石は、「体」的な要素を体現し、そして潜伏的、または隠された要素、「魂」的な要素が、根底にある変格的な実質、または主要な物質(マテリア・プリマ)の推定された性質に、それを直接結びつけている様に現れると言う事です。

ですがホルムヤードは、その性質のその様な単純な概要は

「この概要が示唆するほど単純では全くありません。最初にまず、元々の物質/素材の密度、不透明性、透明性、そして濃さの全てが取り払われなければなりません・・・その後、抽出された体、魂、そしてスピリットが蒸留され、それら自体の正しい塩によって一緒に濃縮され、心地良く、鋭い香りを持ち、そしてとても不安定な水の様な液体が産出されなければなりません。この液体は、水銀的な水、または太陽の水として知られています。それは5等分され、その内の2つは予備とされ、その間残りの3つは一緒に混ぜられ、その重さの1/12の神聖に得られたゴールドの体(塊)が加えられるべきです。これに関して一般的なゴールドが役に立たないのは、日常の使用において汚されているためです。

「その水とゴールドが、溶液的な蒸留器の中で結合させられた時、それらは固体の合成物を形成し、それは6日から7日間、優しい熱が加えられるべきです。そうこうする間、5分された水銀的な水の予備の2つの内の1つは、卵型のガラス瓶に入れられ、その合成物がそれに加えられます。融合はゆっくりと起こり、温かい水の中の氷の様に、それらはお互いに穏やかに、知覚出来ない様に混ざります。この統一を賢者達は、新郎と新婦の統一/結婚(i.e. 化学的な婚姻)に比較しました。それが完結した時、残りの5分の1の水が7度に分けて少しずつ加えられ;そのガラス瓶は、その産出物が蒸発したり、その香りを失う事を防ぐために密封され、孵化に適した温度に保たれます。熟練者は此処で、様々な変化のために注意を払うべきです。40日過ぎると、そのガラス瓶の中身は木炭の如く黒く成り:この段階はカラスの頭として知られています。更に7日後、少々高めの温度において、魚の眼の様な顆粒状の体が現れ、するとその実質を囲む輪は、最初に赤っぽく、その後、クジャクの尻尾の様に白、緑、そして黄色に成り、鮮やかな白に成り、そして最後に濃い赤に成ります。それが最終段階を印し、此処において火の浄化する影響の下で、魂とスピリットは、永続的で分解不可能なエッセンス(本質)の形状へと、それらの体と共に融合し、その出来事/現象は、尊敬と驚き無しで目撃する事は出来ません。再活性化させられたその体は、活発化、完璧化、そして栄光化され、そして最も美しい紫の色で;その色合いは変化と色合いの効能で、そして全ての不完全な体を治癒します。」と記述します。

賢者の石の製造の行程は故に少々時間がかかり、そして複雑なもので、単にゴールドを高温に加熱するよりも複雑なものです。その行程の複雑さは、単なる白から赤への変化だけでは無い色の一連、その物質/素材のスペクトログラフィー的な反応の事実によって明かされます。実際に、この一連のヴァージョンにおいて、人は以下の色の進行を有します:

1.黒から、
2.「赤っぽく」なり、
3.白から、
4.緑に成り、
5.黄色から
6.鮮やかな白、そして
7.濃い赤から、
8.「最も美しい紫」です。

この一連が - 化学的か、またはその他であったとしても - 何らかの反応を示唆している事は、疑う事が出来ません。

多少異なった一連が、ペトルス・ボーヌスによって記録されています:

初めに、実際は、その質量の全体が白いのは、水銀が圧倒的であるためで・・・それが発酵/成熟した時、その質量は magistery (マギ/賢者の化学変化)の第2段階において、効能(ポテンシャル)的な感覚の全体性において赤く成り、その間、第3段階、または2番目で、そして最後のせんじにおいて、その発酵/成熟は運動的/活発に圧倒的で、そしてその赤い色が現れる様に成り、そしてその実質の全体を所有する様に成ります。再び、私達はこの発酵/成熟は、その後全てをそれ自体の本質へと変える強い実質であると言いましょう。私達の発酵/熟成はゴールドと同じ実質で;ゴールドは水銀のもので、そして私達のデザイン(目的)は、ゴールドを産出する事です。」

ボーヌスのリストはそれ程詳細ではありませんが、そうであれ人は再び、白によって体現され始まり、赤に終わる一連の変化を見つけます。

この基本的な一連は、「ゴールドの真の色合い」と題された、錬金術師、グラウバーによる本によっても確認され、再び賢者の石が、実際の石であるのと同等に、液体、または粉である事を示唆します。ゴールド1/5、水銀3/5、そして銀1/5を取った後、それらを「哲学的な入れ物」に入れ、その中でそれらが溶解され後、グラウバーは以下の色の一連を記述します:

「15分の間隔の間に、これ等の混ぜられた金属は、水銀によって急進的に溶解され、そして紫の色を与えるでしょう。その後、過熱を徐々に上昇させると、その色はとても鮮明な緑に変化します。此処から取り出された時、溶解させるために「朝露の水」が注がれます(それは30分程で行われます)。その溶液を濾過し、その水を balneo の中のガラスの蒸留器を通して抽出し、それは再び新鮮に注ぎ出され抽出され;これを3度行います。そうこうする間、その緑色は、インクのように黒く成り、死体の様に匂い、そして故に不快です。その水を取り出すのは時には相応しく、再入され、消化された時、前述された黒い色と悪臭は40時間の間に消え、そして牛乳の様な純粋さと白さに変わり、それが現れると渇きへの蒸発によって、残りの水分が取り除かれます。多様な色が此処で現れ、残っている白い質量が、高度に精留されたワインのスピリット(アルコール)と共に入れられた時、溶解された緑のゴールドは、血液、またはルビー程赤い真髄を分離させます。」

ある部分においては、その他の一連とは大きく異なりますが、大まかな特徴は、紫、黒、白、そして赤が主だった段階で、同じままです。

ですがグラウバーのもう一つの文献は、その赤が、その石の製造の最終段階の特徴であるだけでなく、その新たな粉状の状態において、それ以上は溶解を「許さず、それ自体は加工可能な金属体に戻りません」と記述します。言い換えると、錬金術的な行程の最終段階において、「賢者のゴールド」はとても加熱され、焼き尽くされ、それ以上の溶解は不可能と言う事です。最後に、正しくグラウバーの最も奇妙な明言の連続の一つにおいて、「ゴールドの calx」、または粉末化されたゴールドは、優しい熱に熱せられたるつぼの中で、「砂のオイル」によって産出される様に現れます。賢者のゴールドとのこの関連性を頭に入れておいてもらいたいのは、それが後にとても重要に成るためです。

最も有名な錬金術師、ニコラス・フラメルは、しかしながら、1つ、または2つの例外を除いて、上述された一連の詳細と、多くの場合に類似した一連を記録しました。ホルムヤードは、彼の研究を以下の様にまとめます:

「フラネルは既に最も必要な情報を得ていましたが、最終的な成功を収めるまで、3年間の絶え間ない研究を必要としました。最終段階は達成され:残るは炉の中に設定された「賢者の卵」のガラス瓶の中で、その産物を熱するだけでした。過熱と共にフラネルは、現れている色を観測しました。それらは現れ、そして正しい順番で:灰色から「カラスの頭」である黒へ、その後、黒から、黒の淵の周りのヘイロー(後光)の様に白が始めに現れ、そしてそのヘイローはその後、その質量/塊全体が白く成るまで、中央に向かって白い繊維/格子を放ちました。これは白い不死の妙薬(elixir)で、そしてフラネルはそれ以上待つ事に我慢出来ず:彼はその瓶を開け、その不死の妙薬を取り出し、(彼の妻)ペルネレを呼び、そして試験を行う準備を行いました。これは、1382年1月17日、月曜日の事でした。1/2パウンド(約1キロ)の鉛を取り、彼はるつぼの中でそれを溶かし、そしてそれにその白い不死の妙薬を少々加え、其処でその鉛は、銀脈の銀よりも純粋な純銀へと変格させられました。

「終に、彼がその技術の熟知を達成した事に自信を得たと確信した彼は、その不死の妙薬の残りをフラスクに入れ、加熱を続けました。此処で、その他の色が次々と現れ:その白い色は、孔雀の尾の虹色に変わり、これは黄色く成り、黄色からオレンジ色、オレンジから紫色、そして最後に紫から - 大いなる不死の妙薬の赤に成りました。

此処において、色の一連は少々異なります:

1.灰色から、
2.黒に成り、
3.白く成り、
4.「孔雀の尾の虹色(青?)に成り、
5.黄色に変わり、
6.オレンジに成り、
7.紫へと変わり、
8.「大いなる不死の妙薬の赤」である、赤に成りました。

着目に値するのは最後の2つの構成要素で(ホルムヤードの最初のヴァージョンにおいて)赤と紫で、そして(フラネルのヴァージョンにおいて)紫と赤が異なっていて、それが示唆するのは、その最終段階が、赤っぽい紫、またはほぼ、海老茶色によって体現されていた事です。

色の一連は、フラネルにとって、その他の中世の錬金術師達と同様に、賢者の石の理想/神聖視です。フラネルに取ってその石の達成は全ての科学の鍵である、マテリア・プリマ自体の達成を意味し、それがその他全ての創造の「」である「最初の媒体」であり、「全ての科学の扉を開く」ためです。ですが多くの件に関して最もはっきりとした/具体的な錬金術師であるフラネルですが、彼がどの様にして賢者の石の製造を達成したのかの詳細の真っただ中で、以下の文章と共に、不明瞭の中へと、再び引き籠ります:

「私は、自然の秘密の扉の全てを開く、またはを解き開く、もしくは合計するを私達が隠す場所が何処かを表す、または記述しなければならず、その場所において、10月の月における太陽水星によって光を当てられた時、バランス、または天秤座のサインが持つ性質を、が許可を与える者達の全てが知る事を許される物事を、私自身が表すと主張しています。」

フラネルは、再び、賢者の石の成功的な製造には、占星学が何らかの不可欠で重要な役割を果たしていると示唆している様に現れます。言い換えて言うと、天体的な幾何学(配置/配列)がその石を達成するために必要な効果を、強化する、または弱くする事が出来ると示唆している様に現れます。


赤と紫の色の一連は、中世のラテンの錬金術に特徴的な事ではありません。それは、変格のあらゆる方法を効果させる力を「大いなる不死の妙薬」に帰属させた、有名なムスリムの錬金術師、アル・ジャビルに記述の中にもまた起こります。ムスリムの錬金術師、デュバイ・イブン・マリクは、更に加えて、この「赤い不死の妙薬」の性質がそれ自体の重さの500倍まで、卑金属をゴールドへと変格する効果が出来ると記録しています。

Rosarium Philosophorum は同様な色の一連を記述します。それは、その大いなる色合いが、「それ自体の中に鮮明で、明るい色合いを有し、白く、赤く、純粋で、燃焼不可で、安定的で固定され、火がそれを変える事が出来なければ、燃えた硫黄も、鋭い昇汞(腐食性)も、それを腐食する事が出来ないと明言します。

D.賢者の石の主張された性質

1.永続性と治癒

興味深い事に、賢者の石、または「大いなる不死の妙薬」の主張された性質を人が考える時に、人は更に奇妙な主張に出くわします。それらの幾つかは既に出くわされ、つまり、その石の「治癒」、または癒しの効果の能力で、黄金の子牛(の偶像)から生成したゴールドをイスラエライト族に飲ませる事を必要としたモーゼスの聖書的な逸話を思い起こさせます。この主張が西洋の錬金術にだけ限られているのでは無いのは、中国の錬金術においても、錬金術的なゴールドが寿命を長くする事が出来ると言う、類似した主張を人が見つけるためです。有名な中国の哲学者老子自身が、十分に興味深い3つの類似性に関する文献と題された文献の中に、その中心的な題材が『ゴールドから造られた「不死の錠剤」の準備で、それは極度に効果的なので、極小規模(とても小さい)』です。錠剤は、明らかに、賢者の石のもう一つの形状:粉末を再び示唆します。

これが、中国の錬金術の中で見つけられる唯一の奇妙な平行線だけで無いのは、機能させている者/技術者の信仰と正しいスピリット的な準備が、その製造の成功に不可欠であると考えられたためです。錬金術師ゴ-ホングは、端的にこう述べました:「不信は失敗/過ちをもたらします。」更にもっと示唆的に、しかしながら、ゴ-ホングは、錬金術的な製造が、「小さな山は不十分であるために、有名な大きな山の上」で行われなければならないと明言します。これは、太古のシュメールの文献においてとても頻繁に起こる山の、惑星とピラミッドとの関連性の一種なのでしょうか?中国が、この世界における最大級の土製のピラミッドの故郷で、共産党政府が慎重に、その遺跡群への立ち入りを禁止しているのは興味深い事です。

賢者の石の粉末化された形状への、もう一つの奇妙な言及は、彼より更に有名な弟子、中世の学者的な哲学者で、神学者のトマス・アクイナスの、有名な先生、アルベルタス・マグナスの記述の中に起こります。アルベルタス・マグナスは、彼自身が、「錬金術的なゴールドを実験し、6度、または7度目の発火の後、それを粉上に変えた」と明言しました。ですが、もう一人の、元修道僧で、後に錬金術師に成ったロジャー・ベイコンは、錬金術の一つの目的は、「人間の命が、自然によって達成される期間よりも、どの様にして延命される事が出来るかを発見する事である」と示唆しました。簡潔に言うと:中世の中国から中世のヨーロッパまで、賢者の石の一つの効果は、卑金属をゴールドへと変格する能力だけに限らず、治癒を効果し、長寿を促すと言う、錬金術的な総意を有していました。

2.場所を全くとらない

この件に関して、大いなる不死の妙薬についての最も異例な主張は、教皇ジョン22世と枢機卿オルシーニに定期的に接触していた、14世紀の錬金術師で、イングランド人の錬金術師、ジョン・ダスティンによって成され、それはこの題材に関する彼の記述の活動的な期間を、ジョンの教皇就任の期間、1316-1334年と、枢機卿オルシーニの人生の最後の年、1342年と共に、少々正確に固定します。ダスティンの記述の中で人が出あうのは、それを通して人が色の一連(の変化)を観測する事が出来る、透明なガラス製のフラスクの中における不死の妙薬の準備への、一般的な言及です。ですが彼と共に、その大いなる不死の妙薬に対する新たな主張があります:それは「何らかの物質/素材の中に閉じ込められなければ、操作する事が出来ませんが、それでもそれは、場所を全くとりません、」とし、そのアイデアはルネッサンスの偉大な錬金術師、パラセルススのアイデアの中にもエコーされていると、ホルムヤードは述べます。この主張は、賢者の石が超越次元的(hyper-dimensional)な性質を持っていると明言するのに等しく、i.e. その一部が、より高い次元性(eg.4次元、5次元、etc.)の空間の中に存在し、再びその非-地域性(non-locality)のもう一つの現れです。

もし人が、錬金術の没頭の全体が、変格的なマテリア・プリマの「魂」を体現しようとする試み、またはその石自体の「体」の中に、可能な限りその性質を体現しようとする試みである事実を思い出すと、その様なアイデアが何処から由来したのか、理解するのが難しいです。錬金術が実際に、賢者の石の超越次元的な構成要素の一種を示唆しているかも知れないと言うような言及は既に提案され、私達がまた見てきた様に、パラセルススのコメントの幾つかは、この本の第2部と第3部において、息を奪うようなエコーを見出します。

3.一定の距離において(遠隔的に)運動に影響する能力

この奇妙な主張に緊密に関連しているのは、17世紀のイングランド人の錬金術師、サー・ケネルム・ディグビーの主張です。ディグビーは、「同情の粉、または兵器-軟膏」と呼ばれる「究極の薬」を製造したと主張し、その秘密のフォーミュラを彼は、「1622年に、フローレンスにおいて彼が出会った」カーメライト派の修道僧から学んだと、彼は主張しました。

この注目すべき粉は、一定の距離において運動/効能しました:それは傷に応用されるのではなく、傷からの血に染められた包帯に応用されます。ディグビーは最初に、ウェールズ人で、活発な著者であるジェームズ・ハウエルを治癒するためにそれを使用したと述べます。その粉は、一時的に凄い流行に成りましたが、緑色の硫酸塩(硫酸鉄)でしかないのですが、ディグビーは、その粉の粒子の流れ(電流)と血液がどうゆうわけか、その傷口への道を見つけ、そしてその治癒を行ったと主張しました。」

明らかに、一般的で化学的な構成要素以上の物では無い間、ディグビーの粉は、王ジェームズ1世に、大きな印象を与えました。ですからそれは、錬金術的な行程の対象にされた後に、どういうわけかエキゾチック(異例な)性質を得た、一般的な構成要素だったのでしょうか?「粒子の流れ」がどういうわけか「傷口への道」を見つけたと言うディグビー自身の示唆は、十分に暗示的です。

4.破壊の不可能性:シュメールの運命のタブレットへのリンクか?

賢者の石が、少なくとも部分的にマテリア・プリマ、または変格的な媒体自体の体現なので、そしてその後者は、錬金術的な光によって、破壊不可能なので、人がとても頻繁に見つける主張は、賢者の石自体がその破壊の不可能性の特徴を与えられると言う事です。例えば、1612年に出版された錬金術的な辞書の中で、ルーランドは、マテリア・プリマである賢者の石と、その破壊の不可能性について、以下の奇妙な記述を記載します:

「マテリア・プリマ et hujus vocabula - 哲学者/錬金術師達は、特にその効果性と神秘性に関して、マテリア・プリマと呼ばれる神の創造物をとても大変に敬服し、それを十分に讃える方法を知らなかったので、彼等はそれに、殆どあらゆる表現/描写が可能な、多くの名前を与えました。

「1.彼等は元々それをマイクロコズム(小宇宙)、小さな世界と呼び、その中に天界、地球/土、火、水、そして全ての要素が存在し、また、誕生、病、死、そして溶解/分解(退化/老化)、創造、復活、etc.が存在するとしました。

「2.その後、それが賢者の石と呼ばれたのは、何故ならそれが一つのものから造られたためです。また何故なら、それが乾いていて固く、そして石の様にすりつぶす事が出来るためです。ですがそれは、更に抵抗する事ができ、そしてもっと固いです。それを破壊する事の出来る火、またはその他の要素はありません。それがまた石でも無いのは、何故ならそれが液体で、溶解される事ができ、そして溶かされるためです。」

賢者の石の破壊の不可能性は、シュメール-バビロニアのエピック、ニヌルタの冒険からの類似した明言を思い出させ - それ(運命のタブレット/板状の物)をかけてシュメールの万神殿(神々)の中の派閥の間で凄まじい破壊力の宇宙戦争が戦われた - 運命のタブレットを構成していた石の明細/在庫確認をした事を思い出させます。私の以前の著書の一つ、宇宙戦争の中で私が記述した様に、それらの石の幾つかは、意図的に破壊され、そしてその他は保存され、隠されました。ですが私が観測した様に、特別な分類の少数の石があり、それらは破壊される事が出来ませんでした。それらの内の一つは、「エルエル(Elel)の石」と言う示唆的な名前さえ有し、そして「エル(土星)」は勿論、太古のシュメール語とアッカド語の、「」のための語源です。その「エルエル」の石は、錬金術的な賢者の石の様に、神聖な石で、神聖と言うのは恐らく、神々の科学技術とのその関連性のためですが、その破壊の不可能性のために、正に神聖です。

ですがもう一つの錬金術的な文献は、シュメール、または運命のタブレットを直接呼び起こさせない間、ウリムとトゥミム、そしてヘブライの高司祭のブレストプレート(エプロン状の板)の石の、それ(その文献)自体の錬金術的な推測的な解釈を与え、それらの究極の起源を、大洪水以前に存在していた太古原始的なとても高度な文明が何であったにせよ、それに起因させます:

「その山の上で与えられたウリムとトゥミムは証明される事は出来ませんが、それらが創造が現れるかも知れないポテンシャル(効能)なのは、それらはそれらの名前と本質が、お互いを基づかせる実質で、入れ替える事の出来るもので:その名前と本質は一つで、その言葉はと完璧さ、知識と神聖さ、また現れ/体現と真実を象徴し;その本質が一つの完璧さを成すためです。それらが、(神に)与えられた法則以前のものである可能性が高いのは、全知全能(神)が、箱舟の中で鮮明な光を造る様に、ノアに命じたためです・・・」

力/権力の宝石、または石のそのテーマは、シュメールやヘブライに特徴的なものでは無く、そのエメラルド・タブレットが、哲学と技術の最も簡潔な明言として、錬金術師達にとても高く評価された、エジプトの英知の神、トート(ヘルメス)に関する秘儀的な神話の中にも、類似したエコー(響き)を見つけられるためです。

E. 結論

人はこの全てをどう理解すれば良いのでしょう?時空間(space-time)自体の基板を操作する事の出来る、エキゾチック(異例)な物質/素材のための現代科学自体の錬金術的な探求の迷路を通った、今後のページにおいて、私達を導くために、どの様な結論が引き出されるでしょう?変格的な、根底にあるプライム・マター(主要な物質)または基板における錬金術の信念を思い返すと、そしてこれが示唆するのは非-均整(運動)の原則的な状態である事を思い起こすと、大いなる不死の妙薬、または賢者の石の以下の性質を上げる事が出来ます:

1.その石は少なくとも2つ、またはより厳密に3つの「部分」で現れ、物質的な「体」と、よりエーテル的な「魂」で、錬金術師達によって観測され、言及された性質が何であれ、それらの幾つかは、普通の物質自体の三次元のものを超えた状態において存在する様に現れ;端的に、そしてより近代的な用語において、賢者の石には超越次元的な要素があり、その点は第二部と第三部の中で再び取り扱われ;

a. この要素は、その石が、「場所を取らない」少なくとも1つの構成要素を持つと言う、中世における後の言及によって、よりはっきりとされ、その奇妙な質は、より高い次元への言及によって、簡単に説明可能で;

b. 一つのとても疑わしい件、イングランド人のディグビーの場合、それは一定の距離を置いて運動を効果出来る様に現れ;

2.その石は、少なくとも3つの状態において存在する様に現れ:

a. 石、またはミネラルとしてで;

b. 赤っぽい紫の不死の妙薬、色合い、または液体で;そして

c. 粉末、または顆粒状の粒子で;

3.「錬金術的なゴールド」の成功的な製造は、その顕著な点が白から赤っぽい紫への変化で、その後者が大いなる不死の妙薬の会得を意味する、電磁的な光学スペクトルを通ったはっきりとした進行(変化)によってシグナルされ;

4.その石の製造の全てのヴァージョンを通して、複雑な行程が示唆され、全ての段階において熱の使用が拘わり、そして一つの件 - モーゼスと黄金の子牛の場合 - 実際にゴールド自体を消化する、または焼き切る事の出来るとても高い熱が拘わり、その観測は、順を追って、多少高度な炉、または鍛冶の科学技術を必要とし;

5.さらに主張されたのはまた、その石、大いなる色合い、または大いなる不死の妙薬が、傷を治し、治癒を効果する事ができ、そして自然的な寿命を遥かに超えて、人の生命を延命出来ると言う事で;

6.また、その石は破壊不可能であると主張され、根底にある主要で変格的な媒体の破壊の不可能性の直接の性質で;

7.中国の錬金術師、ゴ・フング(の文献)の中に見つけられる示唆的な言及の中で、「不死の錠剤」は、大きく、そして有名な山の上で製造されなければならず、その暗示は、恐らく、錬金術とピラミッドの間の何らかの関連性かも知れず;

8.錬金術的な文献を通して、特定のミネラルが、特定の天体に関連させられただけでなく、錬金術的な機能/実験の正にその行程もまた、それらの天体に関連させられ、それらの行程は、それらの天体が特定の位置/配列である時に、最も効果的に達成される事を示唆します。更に加えて、占星学と特定の宝石 - クリスタルとの関連性はまた - クリスタルの格子構造と、天体的な幾何学(配置/配列)との関連性を示唆し、後の章の中で私達が見る様に、重要な洞察で;そして最後に、

9.パラセルススの検証の中で着目された様に、錬金術的な実験と機能の幾つかは、特定の時間と季節においてのみ成功的に行われる事ができ、この点は第二部の主要な集中点に成ります。

この全てが、一見、極度に不可能な様に見える間、引き続く章は、現代の科学が、錬金術の技術のそれらの原則的な要素の多くを立証している様に見えると実証します・・・

・・・そしてその平行線は、私達がこれから目撃する様に、偶然を遥かに超えたものです・・・

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福島後の日本の研究は・・・

IN THE WAKE OF FUKUSHIMA, JAPANESE RESEARCH IS ...
福島後の日本の研究は・・・(ギザの死の星)

http://gizadeathstar.com/2015/10/in-the-wake-of-fukushima-japanese-research-is-doing-some-very-interesting-things/


この素晴らしい記事は、此処の常連さんの E. W. 氏によって見つけられ、送られて来ました。私がそれを高度に興味深いと思ったのは、何故なら東電の福一第二原子炉が、メルトダウンの寸前かも知れないと言うニュースがあったばかりであるためです。マスゴミの中では、その大災害に対する日本政府のパッとしない対応は、それが現在進行形であるのにも拘らず、面子を失いたくない、または辱められたくないと言う「有名な」東洋的な特徴であると言う、通常の評価がありました。私は1度成らず2度までも、福島の問題に対する日本の解決策は、日本刀を取り出して、ある種の国家的な集団切腹をする事と示唆する様な、日本人の武士道の感覚に起因させるような馬鹿馬鹿しい記事の分析を読み、笑わされるのと同時に不思議にされました。もっと真剣に取ると、私は当時から、今も思い続けていますが、その国に起きたあの大災害は、全く自然的な出来事では無く、そして悪質な連中が拘わっていたのではないかと、疑い続けています。当時の日本政府は、中国との溝を埋めようと真剣に取り組み、そして中国も実際に聞く耳を持っていました。その後、日本に対する、当時の官房長官ゲーツからの日本に対する警告があり、その警告は、皆さんもご存じの通り、脅し以外の何ものでもありませんでした。そして直後に・・・福島(3.11)が起こりました。地政学的なコンテキストは、言い換えると、単なる神、または自然の行い以上のものを示唆していました。

ですから何を、実際に、日本人は行っているのでしょう?まあ、再武装は別にしてですが、彼等は、彼等の大規模な冷温核融合の研究の努力を続けていて、今度は、低エネルギー核反応を、核廃棄物除染の方法として使う見解と共にです:

Researchers seek method to clean nuclear waste
研究者達は核廃棄物除染の方法を求める


福島のコンテキストにおける以下の文章の示唆を考えてみて下さい:

「・・・元三菱重工の原子力の専門家で、現在東北大学の特別に任命された教授であるイワムラ・ヤスヒロは、4月にそのプロジェクトに参加しました。その研究チームは、以下の原子的な変格の研究を始めました:数万年間ベータ線を放射し続ける、放射性のパラディウムを、放射線の無い安定的な錫へと変える事;放射性のセレニウムを安定的なストロンチウムに変格する事;放射性のジルコニウムをルテニウムに変える事;そして放射性セシウムを、半減期が13.6日しかないプラセオジムに変える事です。

専門家は、上述された放射性物質は、原子力発電所の副産物として、加工するのが最も難しいと述べます。政府は、2014年に開始された、政府にスポンサーされた研究のプログラム、妨害的なテクノロジーを通した、インパルスによる体系変化(ImPACT/ Impulsing Paradigm Change through Disruptive Technologies)のためのプロジェクトの候補として、核廃棄物を放射線の無い物質へと変える事を目標とした、その研究チームを選択しました。

「東北大学と三菱重工を含む、10以上の機関が、ImPACT によって部分的に資金援助された原子変格研究プロジェクトに参加しています。その研究は、物質が放射線を放射しなく成る様に、放射性物質の原子核の中の中性子の数を変えるために、中性子のチャージをぶつける事に集中します。しかしながら、今の処、大規模な施設においてのみ、その変格の行程において使用される中性子の派生と加速が可能でした。

「故にカサギとその他の研究者達は、もっと単純な方法である、放射性物質と重水素のガス、または水素のガスの間の核反応を通して原子的な変革の引き金を引く研究を行う決定をしました。

・・・

「原子力のビジネスに拘わった人達は、当時冷温核融合の可能性を信じていませんでした。ですが私達は核廃棄物を安全な物質へと変格する科学技術が必要です、」とイワモトは述べました。

勿論、これは、福島の大災害に対処出来る実質的な方法からはまだほど遠いですし、既に植物生命に変質の兆候を見せ始めている、太平洋におけるその環境的な衝撃については言うまでもありません。ですがそれは、私達のハイオクの推理のためのコンテキストを浮上させます。日本は長い間、冷温核融合の重度な投資者で、そしてその科学者達は、一般的で科学的なモデルでは説明が難しい、異様な発見の報告の最前線を担ってきました。ですから、日本人の科学者達が、原子炉からの殺傷的な核廃棄物、またはそれ以外を害の無い物質に変格する、安く、簡単で、コスト・エフェクティヴで、そして最も重要な事に、環境的に効果的な方法を開発出来たと、一時的に考えてみましょう。彼等が、最も殺傷的な物質、高濃縮ウラニウム、または更にもっと殺傷的なプルトニウム、またはセシウム、またはコバルト、もしくはストロンチウムをそうする(変格する)方法を見つけたと、一旦考えてみましょう。原油漏れを除去するために開発されたバクテリア学的な科学技術に似た「放射能漏れ」を除去する方法を彼等が見つけたとしたら?では、私達のハイオクの推理を延長してみましょう。もしその様な方法が見つけられたとして、それは同等に悪い事かも知れないと私が提案するのは、その様な科学技術は、その賜物として、特定の気違いめいた個人達にとって、通常は核兵器に対する使用への抑止力である、放射能汚染が、大々的に(方程式から)排除されるためです。もう一方で、その様な科学技術は - 本当に私達の推理を延長させると - 通常は無害の物質を、殺傷的な形状へと変格させる可能性を持つ、両刃の剣に成りうる可能性があります。

その様なハイオクな推理を人がどうとるにせよ、しかしながら、日本は今、国家的な緊急事態の解決のために、一般的な科学では禁じ手とされるものも含めて、全ての可能な方法を試みる、切迫している国家安全的な理由があります。必要性は発明の母であるがことわざです。そして日本人は、良い開発者です。此処における最終ライン(結論)は、これは結構な話で、そして冷温核融合における新たな章で、そして注目するべきもので、大きな力(大国)の諜報工作機関が注目しているのは間違いないはずであるためで、もし彼等が既にそうしてしまったのではないのなら、恐らく彼等自身の実験を行っているはずであるためです。

ではまた後日、
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戦争と平和のはざまの世界


「・・・テロリスト達を穏健派とそうでないもの(過激派)に分ける言葉遊びを何故行うのでしょう?何が違いなのですか?テロリスト達に対する戦いにおける成功は、もし彼等の幾らかを、気に入らない政権(シリア政府)を打倒する道具として使い、[後々]彼等は対処される事ができ、権力から排除され、どうにかして話し合いが出来ると言う幻想を抱いているなら、(テロリストに対する成功は)達成される事が出来ません・・・

「・・・私は、それ[シリアにおけるロシアの活動]が完全に合法的である事を再び強調したいと思います・・・

「・・・論説上のイランからの核の脅威は神話です。米国は唯、戦略的なバランスを破壊しようと試みているだけで、圧倒するだけでなく、その意志(米国のご都合主義)を - 地政学的な敵だけでは無く、同盟国に対しても押し付けようとしています・・・

「・・・私達には、米国のミサイル防衛(攻撃)システムの開発への働きが終わるだろうと予想する/期待する権利がありました。ですが、その様な事は起こらず、それは続けられています。これはとても危険なシナリオで、米国自体(米国民)も含めて、皆さんに対して有害です。核兵器の抑止力は、その価値を失い始め、そして幾らかの人達(偽ユダヤ/カザール/シオニスト/ネオ・コン)は - もし、全く勝者がいたとして - その勝者自身のために、後戻りする事の出来ない結果が待っているのにも拘らず、一方にとっての本当の勝利は、世界的な混乱(戦争)において達成出来ると言う幻想を持っています・・・

Putin at Valdai Forum 2015 - World between War and Peace (FULL SPEECH)
ヴァルダイ・クラブの年次総会2015年におけるプーチン: 戦争と平和のはざまの世界


The Dummy's Guide To The Syrian Conflict
シリア内戦の誰でも解るための簡単なガイド(ゼロ・ヘッジ)

http://www.zerohedge.com/news/2015-10-12/dummies-guide-syrian-conflict

1 20151012 syria 0

"If it looks like a terrorist, if it acts like a terrorist, if it walks like a terrorist, if it fights like a terrorist, it's a terrorist, right?"
「もしそれがテロリストの様に見え、テロリストの様に振舞い、テロリストの様に歩き、テロリストの様に戦うなら、それはテロリストです、違いますか?」
- セルゲイ・ラヴロフ外相


RUSSIA IN THE MIDDLE EAST: PUTIN SPEAKS TO HIS OFFICERS
中東におけるロシア: プーチンが、彼の軍人達(軍部士官達)に語る(ギザの死の星)

http://gizadeathstar.com/2015/10/russia-in-the-middle-east-putin-speaks-to-his-officers/


「私達は - シリアとレバノンである - レヴァントに、約200万人の正キリスト教徒達を、そして中東を渡り、約500万人のキリスト教徒達を有します。アメリカの大統領選挙の結果に拘わらずホワイト・ハウスは、狂信的なイスラミストの組織、つまり、ISIS とアル・ヌスラ前線をサポートする事によって、その原油が豊富な地域における混沌を熱望します、」とロシアの大統領が述べたと、モスクワスカヤ・プラヴダ紙は引用しました。

「中東におけるこの酷いステータス・クオ(現状)を変える事はロシアにとっての人道的な義務であるため、「救済」作戦の準備を行い、神のご加護と共に、私達はオバマの非道なテロリスト達をシリアから浄化しましょう、」とプーチン氏は加えました・・・

「・・・水曜日に、ロシアの上級士官達に対してヴラディミア・プーチンは、サウジに後ろ盾された反乱軍(テロリスト)が、シリアとイラクからキリスト教徒達とその他の少数民族達を一掃すると誓ったので、米国の中東政策は「大災害的」であると非難しました。

国連総会におけるプーチン大統領の演説(動画)
1 CoupTeaser
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英国の隠された王

THE HIDDEN KING OF ENGLAND
イングランドの隠された王
The British Exilarch Francisco Manoel
英国の追放王フランシスコ・マノエル

by Greg Hallett
http://www.theworldoftruth.net/HallettReport/THKoE/The-Hidden-King-Of-England.html


1 Front 20

王族の印が初めて明かされる・・・

ケントのヴィクトリア姫(後の英国王女)は秘密裡にカンバーランドの盲目の王子、ジョージと結婚し、その後長男(直系の後継者)、マルコス・マノエルを産みましたが、その子は王族の秘密として、ポルトガルへと追放され - 全ては1834年の事でした。

1850年にヴィクトリアは、英国の統一王国とアイルランドの王座の正式な後継者である事を - 未来の世代のためにマルコス・マノエルの血統を証明するために、箱一杯の王族の印を彼に送りました。その王族の印は、彼の16歳の誕生日の直後に、王族の全ての子供達の女家庭教師であったフランシス・ジョセリン子爵婦人と、ポルトガル王、ファーディナンド二世よって届けられました。

その他の印は彼の結婚の際に送られ、そして彼はヴィクトリア女王のお気に入りの王子、Prince le Favori として益々認識されました。

「the Shin」、または禁じられた秘密として、一般大衆は2012年まで知らされていませんでしたが、王族の全てはこの秘密を知っていました・・・

オカルトされた(隠された)王子として、マルコス・マノエルはサシェン-コーバーグ・ウンド・ゴータ(S. C. G.)の公爵の剣(つるぎ)を受け継ぎ、イングランドのオカルトされた王、ジョン二世として即位し、それをヴィクトリア女王は、1869年の10月6日に、ホルボーンの陸橋とブラックフレイアー橋を開く事によって即位を印しました。その結果として、英国の S. C. G. の公爵達は、彼等の S, C. G. の地位を見放し続けました。

ローズクロスの王立会は王権を、時が来れば明かされる様に、直ぐに認識出来るコード(暗号)で「目の前に隠し」コード化しました。ヴィクトリア女王はこれを不死化するために、J. M. バリーに「ピーター・パン」を書く事を発注し、王権はその様にして成りすましを排除するために記録されました。

王権は、誰も成りすまし出来無い様に、国土、土地の印、そして時を超えて、更にタイミングにおいて記録されています。

フランシス・マノエルの王権はその様にして記録され、彼の王としての最初の運命として、彼の誕生の際に明かされました。

その間、英国の大嘘つきの王家は、「サックス・コーバーグ・アンド・ゴーサの王家」を名乗り、「サシェン・コーバーグ・ウンド・ゴータの公爵」のドイツ語の称号を借用し、「サシェン・コーバーグ・ウンド・ゴータの公爵」を乗っ取り、ドイツのその皇帝と王国を剥ぎ取り、その後、ゴータのアルマナックを破壊しました。

ヴィクトリア女王は、彼女の家系図のために100万ポンド支払い、サード・カズン(従兄弟の従兄弟の従兄弟)であった2人のイエス達は記録され - イングランドとアルガーヴを通した彼等の年代記は、イングランドの隠された王の中に記録され描写されています。

「信仰の言葉の価値」の解読は、イングランドの王権へのイエスのアクセス、王権の王としての彼の昇進、ロンドンの市長としての昇進、池の島の上の要塞化されたライオンとしてのコミューンの彼の計画(設計)、そして彼の母の血統にちなんだ「ロンドン」の命名を表します。

イングランドのイエスは、テンプル・バー(司法)、コモン・ロー(慣習法)、グリニッジ標準時間、ロンドン市長の豪邸と毎年の行進として、石に設定された遺産を残し、と同時に、彼のエジプトの神秘主義学派の修行を明かす、ロンドンの土地の名前を残しました。

イエスの真の葡萄のつるの血統によって保たれた「サングリアル(聖杯/正当な血統)の主権的な秩序の襟、聖杯の騎士の王族のスコットランドのスチュアート家の王朝的な秩序」は、「メシア的な暗号」が解読される事を許し、その秘密を明かします・・・

その「R. S. H. E. 21」フランシスコ・マノエルは、この「メシア的なコード」の主要な所有者で、スコットランドとイングランドのためにその襟を着て、そしてシルヴスの印である「Ego Manoel Britannia Rex」私、マノエルは英国の王、の所有者です。

1150年におけるアルガーヴのイエスの再埋葬はヨーロッパにおける「最初のキリスト教-イスラム教の協定を確立し、シルヴスの歴史の多くと、結果的にイングランドとヨーロッパの王族が派生した、スペイン、ポルトガル、そしてアルガーヴの王族の歴史を確立しました。

The Real Deal Ep # 110 Greg Hallett: On the Plight of the British Monarchy
リアル・ディール No110 グレッグ・ハレット: 英国王室の窮地(フェッツアー教授)


グレッグ・ハレットの著書:
http://www.theworldoftruth.net/HallettReport/


ハレット&フェッツアー(2012年)


英文書き出し
http://www.theworldoftruth.net/HallettReport/No4.html

「・・・ですからアルバート皇太子は(同性愛者だったので)、ヴィクトリア女王の子供達のための種付けが出来ませんでした。ヴィクトリア女王の(マルコス・マノエル以外の)子供達は、ライオネル・ネイサン・ロスチャイルドによって種付けされました・・・ライオネル・ネイサン・ロスチャイルドは、「王達の中の王」として知られていました。彼は実質的にヨーロッパの全ての王族と、アジアにおける幾らかも金融支援しました。ですから彼は「種付けの権利」を持っていました。彼はヴィクトリア女王に対して種付けの権利を持っていて、ヴィクトリア女王の子供達の種に成り、それは彼等を全て二重婚に生まれた私生児(偽者)にしました・・・」

ヴィクトリア女王

子女(ロスチャイルド)

夫アルバートとの間に4男5女の9子を儲けた。娘達をドイツを中心とした各国に嫁がせ、40人の孫、37人の曾孫が誕生した。晩年には「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるに至る。

第1子(長女) ヴィクトリア(愛称ヴィッキー)(1840年 - 1901年) - ドイツ皇帝フリードリヒ3世皇后
第2子(長男) アルバート・エドワード(愛称バーティ)(1841年 - 1910年) - サクス=コバーグ=ゴータ朝初代英国王エドワード7世
第3子(二女) アリス(1843年 - 1878年) - ヘッセン大公ルートヴィヒ4世妃
第4子(二男) アルフレッド(1844年 - 1900年) - ザクセン=コーブルク=ゴータ公、エディンバラ公爵
第5子(三女) ヘレナ(1846年 - 1922年) - シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公子クリスティアン夫人
第6子(四女) ルイーズ(1848年 - 1939年) - アーガイル公爵ジョン・ダグラス・サザーランド・キャンベル夫人
第7子(三男) アーサー(1850年 - 1942年) - コノート公爵
第8子(四男) レオポルド(1853年 - 1884年) - オールバニ公爵
第9子(五女) ベアトリス(1857年 - 1944年) - バッテンベルク公子ハインリヒ・モーリッツ夫人

山口県田布施町の怪 ~日本国家の真相~
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